コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.133 )
- 日時: 2018/09/11 21:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4V2YWQBF)
episode.126 これが最後かもしれないし
「使えぬやつだったな、リュビエも」
脱け殻のように地面へ倒れ込んだリュビエを目にしても、ボスはただぽそりと呟くだけ。あれほど自分を慕い、傍で熱心に働いていた女性がやられたにもかかわらず、彼はほんの少し悲しむことさえなかった。
「それだけ?君は本当に、人の心がないね」
そんなボスの態度に不快の色を見せたのはトリスタン。
白銀の剣をしっかり構え、いつでも戦える、というような顔つきをしている。
「人の心、だと?」
「そうだよ。君には人間らしさというものが欠落している。仲間がやられたっていうのに、平気で『使えぬやつ』なんて切り捨てるところとかね」
「……ほう。確かにそうやもしれん。だがな」
ひと呼吸空けて、ボスは続ける。
「心などというものは、人を弱くすることしかない。まったくもって無意味なものだ」
ボスはやはりボスだった。
彼には人の心はない。ゼーレもリュビエも持っていたけれど、ボスはそれを持っていないようである。
人間らしさを持たぬ彼と分かりあうことはできない。
改めて、そう感じた。
「そういう考え方、僕は一番好きじゃない!」
「お主の好き嫌いなど、聞いてはおらん」
「ま、でもその方がいいよ。その方が……躊躇わずに斬れるからさ!」
言い切ると同時に、トリスタンは地面を蹴った。白銀の剣を手に、再びボスへ戦いを挑んでいくつもりのようだ。
けれど、まともにやり合えば、トリスタンが勝てる確率は低い。ボスはトリスタンの動き方を記憶しているから。
「待って、トリスタン!貴方の動き方は把握されているわ!」
素早くボスの背後に回り、白銀の剣を振る。だが、その振りさえ読まれていたらしく、ボスに片足で止められていた。やはり、このまま一対一でやり合うだけでは、トリスタンに勝ち目はなさそうだ。
「けどマレイちゃん!やるしかないよ!」
「分かっているわ!だから——」
腕時計を装着した右腕をボスへ向け、光線を発射する。
比較的細い光線だったため、甲冑にあっさり弾かれてしまった。だがボスの意識をこちらへ向けさせることはできたので、上出来だ。
「私も一緒に!」
トリスタンの青い瞳は、確かに私を捉えている。
「……そうだね」
「えぇ!」
今、私たちの心は一つ。
ボスを倒す。それだけを目指し、ただ戦うのだ。
「マレイ・チャーム・カトレア、お主に何ができる」
私とトリスタンが離れた場所で頷きあうのを見てか、ボスはそんなことを言ってきた。
「できるわ。何だって」
短く答えると、ボスは眉間にしわをよせる。
「お主は甘い。我を甘く見すぎだ」
「そう?でも、さっきの一撃にはダメージを受けたんじゃないの?」
「確かに。あれは強烈であった。だがしかし、もう一度あれほどの力を使うことはできまい」
それはそうかもしれない。
ボスの言うことも、完全な間違いではないと思う。
先ほどボスにダメージを与えた一撃は、無意識に放った攻撃だった。だから、あれを意図的にもう一度やれるかと聞かれれば、「もちろん」と自信を持って答えることはできない。
単なる奇跡だったのかもしれないから。
「そうかもしれない。でも、やってみなくちゃ分からないわよ」
トリスタンと視線を交える。
それが——終わりの始まり、その合図だ。
こうして始まった最後の戦いは、これまでに体験したことがないくらい壮絶なものだった。戦いの途中で現れた様々な種類の化け物はグレイブに任せ、私とトリスタンは、ボスと懸命に戦った。逃げることも諦めることもせずに。
その努力が実を結んでか、圧倒的と思われていたボスにも、綻びが目立つようになってきた。
もちろん、すぐに倒せるほどの大きな弱点ではない。
だが、ほんの少しの綻びが、「倒せるかもしれない」という微かな希望を抱かせてくれた。
——どのくらい時間が経っただろう。
もはや時間の感覚というものがなくなってきた。心にあるのは、ボスを倒すことと、ゼーレが生きているだろうかということだけ。
ボスはまだ動きを保っている。
しかし、最初に比べれば遅くなってきたことも確かだ。ボスも、まったく疲労しない、というわけではないらしい。
「大丈夫?マレイちゃん。だいぶ力を使ってるみたいだけど」
「えぇ、平気。これはさほど疲れないの」
私は主に、光線によるサポートを行っている。だからさほど動かない。それゆえ、体力の消耗は少なかった。
それとは逆に、トリスタンは剣での戦いを繰り広げているため、動きが激しい。
「体力は私よりもトリスタンの方が心配よ」
「そう?」
「えぇ。これだけ動き続けていたら、さすがに辛いでしょう」
ボスとまともにやり合っているトリスタンが、疲労していないわけがない。何度かボスの手から出る波動を受けてしまったりしていたし、トリスタンの体にもダメージが溜まっているはずだ。
「今は大丈夫」
「本当に?休むならグレイブさんに……」
「いいよ。僕は平気だから」
それに、と彼は続ける。
「君に僕の戦いを見てもらえるのも、これが最後かもしれないしね」
どういう意味?私はそう尋ねようと思ったが、トリスタンは再びボスに仕掛けに行ってしまった。仕方がないから、私は光線を放つ体勢へと戻る。サポートをしなくてはならないからだ。
「ふん、まだ来るか」
「もちろん。何度だっていくよ」
私の光線でボスの意識を逸らし、そのうちにトリスタンが剣を叩き込む。これが定番のパターンだ。
だから私は、定番通り、ボスの意識を逸らすような位置へ光線を放つ。直後、トリスタンが、ボスの甲冑に護られた体へ剣を叩き込む——と、信じられないことが起こった。
「……よし」
「ぐぬっ!?」
甲冑の一部が割れたのである。
割れたのは、右上腕部辺り。トリスタンが何度も攻撃していた部位だ。
「せあっ!」
右上腕部を覆っていたパーツが割れたことに、ボスは戸惑っている。そのうちに、トリスタンはそこを斬った。赤い液体が飛び散る。
「ぐぅっ!?」
トリスタンは着地して数歩下がると、私に、光線を撃つよう口の動きで指示してきた。
甲冑に護られていない右上腕部に向かって撃て、ということなのだろう。そこが狙い目だ、と言おうとしているに違いない。
——狙うは、ボスの右上腕部。
私は光線を放った。
- Re: 暁のカトレア ( No.134 )
- 日時: 2018/09/12 16:44
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Bf..vpS5)
episode.127 もしも違ったら、なんて考えて
私は赤い光線を放った。
一筋の光線は宙を駆ける。真っ直ぐ、ボスに向かって。
それはまるで涙のよう。
化け物により犠牲になった者。故郷や身近な人を失った者。彼らが流した血が涙に混ざり、頬を伝っていく——その光景を見ているかのように感じられた。
だが、そんなことを考えたのも束の間。
光線がボスの右上腕部へ突き刺さり、爆発が起きた。凄まじい爆風が辺りの空気を激しく揺らす。
「……凄っ」
思わずそんな風に呟いてしまった。
激しい風に見舞われ、赤いドレスの裾がこれでもかというほど揺れる。襟のビーズはいくつか弾け飛んだ。
しばらくして爆風が止む。
ようやく静かになって、私は細めていた目を開く。そうして視界に入ったのは、灰色の甲冑をほぼ失ったボスだった。
どうやら、今の一撃でボスの甲冑を大破させることができたようである。
「トリスタン、これでいいの」
確認のため尋ねると、トリスタンは頷く。そして、親指と人差し指で丸を作って見せてくれた。多分「これでいい」という意味なのだろう。
「お主ら……調子に乗るなよ」
数秒して、ボスは低い声で言ってきた。
地底から聞こえてくる声はこんな感じだろうな、と思うような声だ。
「マレイ・チャーム・カトレア……お主がここまでやる小娘だとは思わなかったぞ」
「私一人の力じゃないわ」
「ふん。随分余裕ありげな言い方だな」
「余裕なんてないわよ」
いつ何を仕掛けてくるか分からないボスと戦っているのだ、余裕なんてあるわけがない。
「……でも、一人じゃないから。信頼できる人がいてくれるから。前を向いて戦える」
こんな演劇みたいなことを言うなんて、正直、私らしくないと思う。私は他人に偉そうな物言いをできるほど立派な人間ではない。
すると、ボスは突然笑い出した。はっはっはっ、と、腹の底から溢れてくるような笑いだ。
「そうかそうか。それは立派なことだな」
……馬鹿にされている気しかしない。
「一人じゃない。信頼できる人がいる。確かに聞こえはいい。だが、所詮は綺麗事よ!そんなものは理想論に過ぎぬ!」
ボスは急に調子を強めた。脅すような強め方だ。
だが、もう怖くはない。
今の私が目の前の巨体に対し恐怖心を抱くことはなかった。
むしろ、可哀想とすら思ってしまう。すべてを理想論と吐き捨て、誰の手も取ろうとしないなんて、憐れとしか思えない。
彼にだって機会はあったはずなのだ。誰かの手を取り、幸福に満ちた人生を歩む機会は。
すぐ傍に手を差し出している人がいたのだから、もしその手を取っていれば、彼も少しは変わっていたかもしれない。そんな風に考える時、私はほんの少しだけ、切なさに襲われる。
——あったかもしれなかった可能性に、思いを馳せてしまうから。
もし彼が、襲撃を途中で止めていたならば。
もし彼が、どこかで人の心を手に入れていたならば。
こんな結末を迎えることはなかっただろう。私たちがボスを倒すなんて、しなくて良かったに違いない。
「マレイ・チャーム・カトレア。お主が信じているものも、所詮すべては幻想よ」
「いいえ……幻想などではないわ」
「今から我が証明してやろう!お主の信じているものを壊すことでな!」
信じているもの。
その言葉を聞き、私は咄嗟に叫ぶ。
「トリスタン!」
ボスは先にトリスタンを潰すつもりだと気づいたのだ。
「……マレイちゃん?」
「逃げて!」
ボスが全身の筋肉に力をこめるのが分かった。ボスは本気でトリスタンを潰しにかかる気なのだろう。
「早く!!」
直後、ボスは両の手のひらをトリスタンへかざした。
そして、力む。
「ふぅん!」
ボスの手のひらから、波動のようなものが放たれる。
トリスタンは咄嗟に白銀の剣を体の前へ出す。それにより、波動のようなものを辛くも防いだ。ずずず、と数メートルほど後ろへ下がらされてしまっていたものの、体がダメージを受けることはなかったようである。
私は安堵した。
……けれど、それは間違いだった。
「終わらせてやろう」
ボスはその巨体を低く屈め、握り拳で、トリスタンの腹部を突き上げる。対応しきれず打撃をもろに受けたトリスタンはふらつく。
そこへ、もう一方の拳が迫る。
「ふぅん!」
凄まじい鼻息と共に放たれたボスの二発目のパンチは、トリスタンの脇腹に命中。トリスタンの体は紙切れのように飛んでいってしまった。
「トリスタンッ!」
成人男性をこうも容易く殴り飛ばすとは、想像するだけでも恐ろしい。もしあれを私が食らえば、再起不能になることは間違いないだろう。それだけは絶対に避けなくては。
「なんてことをするの!」
私は思わず言い放った。
ボスからしてみれば、トリスタンは敵。だから、ボスがトリスタンに攻撃するのは、当然ともいえるのだ。
だがしかし、「何もここまでしなくても……」と思ってしまう部分はある。
「酷いわ!!」
感情的になっても、良いことは何もない。それは分かっている。でも、それでも、沸き上がる感情を抑えることはできなかった。
私は、大切な仲間が目の前で傷つけられて黙っていられるほど、大人ではなかったのだろう。
だがボスはというと、私の言葉に対しては何も答えなかった。彼は倒れ込んだトリスタンへ近づくと、その背中を片足で踏む。
「止めて!」
「いいや、止めん」
トリスタンの身を、ボスは、まるで道端のごみのように扱う。その行為はさすがに許せず、私は右腕をボスへと向けた。
「なら死んでもらうしかないわ!」
こんなことを言うなんて、らしくないとは思う。でも、トリスタンを助けるには、私がボスを倒す外ない。
言葉は時に夢を現実へと変化させる——。
今は、そんな僅かな可能性にもすがりたいような気分だったのだ。
「ふん……小娘の分際で偉そうなことを。お主ごときに我が倒せるものか」
誰だってそう思うだろう。
巨体のボスと、ただの女の私。二人がぶつかり、そのどちらが勝つかと問われれば、多くの者がボスを選ぶに違いない。
けれど、奇跡が起きることだってあるはずだ。
だから私は諦めない。最後まで、諦めたくない。
「そう思われるのは当然だわ。でも……倒してみせる!」
告げた瞬間、腕時計が再び赤く輝いた。
- Re: 暁のカトレア ( No.135 )
- 日時: 2018/09/12 16:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Bf..vpS5)
episode.128 一と一
腕時計から赤い光が溢れる。見覚えのある光景だ。
そう、確かあれは、ダリアでシブキガニと戦った時。初めて一対一で化け物を倒した、記念すべき日だったと思う。
あの日、私は、今と同じ光景を目にした。
私の意思に関係なく、腕時計から当然光が放たれるという光景を。
もしこれが、あの時と同じなのだとしたら、この赤い光がやがて剣となるはず。シブキガニと戦ったあの時以来、この現象が起きたことは一度もないけれど、可能性はゼロではない。
「……何だと?」
これにはさすがのボスも怪訝な顔をする。今までの光線とは違う、ということを、薄々感じているのだろう。
「お主、何をするつもりだ」
私に聞かれても。
それが本心だ。いや、もちろん、そんな返答はしなかったけれども。
「さぁね」
一応返しておく。
言ってから、かっこつけすぎたかもしれないと少し思ったりしたのは、秘密にしておこう。
そのうちに赤い光は、一ヶ所に集まっていく。そしてついに、剣の形へと変化していき始めた。
予想通りだ!と、嬉しい気持ちが込み上げてくる。だが今は、そう呑気に喜んでいる場合ではない。剣を取り、戦う。そしてボスを倒さなくては、何の意味もないのだから。
光が去り、剣は私の手元へ落ちてくる。私は落とさないよう、何とかキャッチした。
刃部分は細く、銅のような赤茶色。持ち手は赤で、華やかな装飾が施されている。どこの誰が作ったのかは知らないが、個人的には、結構綺麗な剣だと思う。
「ほう、剣か」
剣を手に取る私の姿を見て、ボスは低い声でそう述べた。
「光だけではないのだな。実に興味深い」
研究したい、みたいな目で見るのは止めていただきたいものだ。
そんなことを思っていると、ボスは唐突に話しかけてきた。
「マレイ・チャーム・カトレア」
先ほどまでとは打って変わって穏やかな表情になっている。非常に不気味だ。
「……何?」
「もう一度だけ問おう。我につく気はないか」
ボスの言葉に、私はただ唖然とすることしかできなかった。
何を今さら——。
そんな思いだけが、心を満たす。
「お断りよ。残念だけど、貴方につく気はないわ」
「我が研究に協力する気はないか。お主の力を研究すれば、新たな化け物を生み出すことができるやもしれぬ。そうすれば、お主も多くのものを手に入れられるぞ」
「いいえ。人を傷つけることしか頭にない貴方に、協力することはできない」
何と言われようが、それだけは譲れない。
私も、化け物狩り部隊のみんなも、そしてゼーレも、ボスに多くのものを奪われてきたのだ。それを忘れ、彼につくなんて、できるわけがない。
するとボスは、はぁ、と溜め息を漏らす。
「……そうか、残念だ」
言い終わるや否や、ボスは私へ手のひらを向けてくる。
波動のようなものを使った攻撃だろう。
「ふぅん!」
先ほどトリスタンがやられた時の光景を、忘れてはいない。私は咄嗟に足を動かし、その場から離れる。
赤いドレスは布が重くて走りにくい。
だが、早めに走り出したため、何とかかわすことができた。ギリギリセーフである。
「逃がさんぞ!」
ボスの鋭い声が飛んできた。
その声に怯みそうになりながらも、「しっかりしなくちゃ!」と自身を鼓舞し、走り続ける。
手には剣。そして腕時計。
私が使える武器はそれだけしかない。少し離れた場所にいるグレイブを呼びにいく暇もない。
「我に手を貸さぬなら!ここで消し炭にしてやろう!」
今やボスは、私さえ殺す気のようだった。思い通りにならない者を生かしておく価値はない、ということなのだろう。
けれど、そう易々とやられる気はない。
そのうちに、ボスは再び狙いを私へ定め、手のひらを向けてきた。
ここから力み、波動のようなものを出す、という流れだろう。波動のようなものの威力は結構なものだ、油断はできない。しかし、力んだ後しばらくはボスはその場に停止するので、その瞬間は逆に、攻撃を当てるチャンスとも捉えられる。
「ふぅん!」
ボスの手のひらから、波動のようなものが放たれた。
それを見て、私は駆け出す。ボスに向かって、一直線に。服装のせいであまり速度が出ないけれど、懸命に駆けた。
もちろんボスも馬鹿者ではない。すぐに視線を私へ向けてきた。ボスの肉食獣のような目つきには、思わずゾッとしてしまったほどだ。
それでも走り続け、あと数メートルというところまで接近した時、ボスが私の方へと体を向けた。
完全な戦闘体勢をとられてしまっていては、私に勝ち目はない。いや、私が勝つ可能性もゼロではないだろうが、かなり低くなってしまうことは確かだ。
とにかく崩さなくては。
しかし、必要な時にパッと名案を思いつくような賢い頭脳を持ってはいない。なので取り敢えず、ボスの顔面に向けて光線を発射してみる。
ボスはもちろん避けた。
だが、その眩しさに目を閉じてしまっている。
チャンス!と思った私は、剣を手に、ボスに向かって跳んだ。
前へ突き出した剣の先が、ボスの胸元に突き刺さる。
まるで、厚いステーキにフォークを突き刺したかのよう。まさか、という光景だった。
「な、に……!?」
ボスの目が見開かれる。
彼は驚いた顔をしているが、本当に驚いたのは私の方だ。やみくもに行った一撃が胸に命中したのだから、驚かないわけがない。
「ぐ……ふんっ!」
ボスは動揺を隠せぬ顔をしながらも、私を振り払った。
私の体はぽぉんと飛んで、ぽとんと地面へ落下する。地面で尾てい骨を打った。正直、痛い。
「ふぅぅんっ!」
——そこへ、波動のようなものが飛んでくる。
避けなくちゃ、と思ったけれど、間に合わず。結局そのまま、まともに受けてしまった。
「……あっ」
全身に激痛が走る。引っ掻かれるような痛みと、骨を砕かれるような痛みが、同時に襲ってくる。
こればかりは「もう駄目かもしれない」と思ってしまった。
こんなに激しい痛みを体験するのは、生まれて初めてだ。これまでも怪我はしてきた私だが、脳裏に死がよぎるほどの苦痛は、これが初めてな気がする。
「マレイ・チャーム・カトレア……道連れにしてやろう」
- Re: 暁のカトレア ( No.136 )
- 日時: 2018/09/12 16:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Bf..vpS5)
episode.129 この剣のひと振りで
地面へ座り込んだまま痛みに震えていると、ボスが歩み寄ってきた。山のような巨体が近づくにつれ、尋常でない殺気が私の肌を粟立てる。一刻も早くこの場から離れなくては、という危機感を覚えた。
「……っ!」
気づくと、ボスの片足が私を睨んでいた。
私は腕の力を利用して立ち上がり、踏みつけられそうになるのを何とか回避する。しかし、またそこから転倒という、笑い話のようなことになってしまった。着なれないドレスなこともあり、すぐには体勢を立て直せない。
まずい、心が折れそうだ……。
それが今の私の本心だった。
胸に剣を突き刺すという奇跡的な成功を収めはしたものの、ボスを倒すには至らず。結局またこんな風に追い回されて。
もはやどうしようもない状況である。
「逃がすものか!」
「止めてっ……」
「我にこのようなことをして、ただで済むと思うなよ!」
ボスの胸元の傷からは、とくとくと脈打つように血液が流れ出している。にもかかわらず、ボスはまだ動きを止める気配がない。血が出続ければ人はいずれ動けなくなるはずなのだが。
——と、そこへさらにボスの足が迫る。
「止めてっ!」
私は咄嗟に、剣を振った。
剣先がボスの足を薙ぎ、赤い飛沫が飛び散り、頬を濡らす。
「うぐっ!?」
「お願い、ボス!もう止めて!」
「何を……馬鹿なことを……」
このまま放っておいても、ボスはいずれ息絶えるだろう。胸を刺され、あれだけ出血すれば、息絶えるのも時間の問題だ。だが、放置しておくこともできない。というのも、放置していたら、ボスが息絶える前に私がやられてしまうのである。
私がやられないためには、早く止めを刺さなくてはならない。それに——早く楽にしてあげた方が良いだろう。
「もう終わりにしましょう!こんなこと!」
「ほざくな!小娘が!」
憤ったボスが突っ込んでくる。
狙うなら、今。
剣の柄を握る指に力を込めた。
すべてを終わらせる。
この剣のひと振りで。
「……な」
刃はボスの首を掻き切った。
私の力では、首と頭を離すことはできなかったが、それでも深く斬ることはできたようだ。
「馬鹿……な……」
赤いものが噴き出すのを、私は、見ることができなかった。私はそんなに度胸のある人間ではないから。
背後でどしゃりと、大きなものが崩れる音がした。
足が震える。肌は粟立ち、寒気すら感じた。これまで一度も体験したことのないような悪寒が、背筋を駆け抜けていく。
やがて、そんな私の耳に、グレイブの声が飛び込んでくる。
「終わったのか、マレイ」
聞き慣れた声が聞こえたことで正気を取り戻した私は、初めて体を後ろへ向けることができた。
「グレイブさん!」
「マレイが倒すとは、夢にも思わなかった」
苦笑いしながら、彼女が歩み寄ってくる。
私は、その時初めて、すぐそこに転がるボスの姿を目にした。既に息絶えたボスの骸は、まるで捨てられた人形のよう。
「おかげで、こちら側の隊員はほぼ全員無事だ。最後の最後に協力してやれなくてすまなかったな、マレイ」
「い、いえ……」
「私はまだ後始末が残っているが、マレイは、これで後は撤退するのみだ」
グレイブの漆黒の瞳は私をじっと見つめている。
「動けるか?引き上げる準備をしよう」
彼女は相変わらず淡白だ。大きな戦いが終わった直後だというのに、嬉しそうな顔すらしていない。
そんな彼女に、私は尋ねる。
「あ、あの、ゼーレは……?」
すると、ちょうどそのタイミングで、大きな声が聞こえてきた。
「ゼーレさんはぁぁぁーっ!生きてますよぉぉぉーっ!」
この騒がしさ、間違いない。シンだ。
そう思いながら、声がした方へ目を向ける。すると、シンと、ゼーレを乗せた蜘蛛型化け物の姿が見えた。先ほどの大声を発したのは、やはりシンだったようだ。
シンに対し、グレイブはほんの少し口角を持ち上げつつ、問う。
「おぉ、シン。ゼーレの様子はどうだ」
「ちゃんと意識戻りましたよぉぉぉーっ!」
意識が戻った——その言葉を耳にした瞬間、胸の奥から明るい光のようなものが込み上げてきた。
「そうか。それなら良かった」
「でもでもぉぉー!蜘蛛怖いですよぉぉーっ!」
「よし、もう離れていいぞ」
「いいんですかぁー!?わぁぁーいっ!!」
グレイブに許可を得たシンは、その場から走り去る。どうやら、蜘蛛型化け物が怖かったようだ。
シンが離れていくや否や、蜘蛛型化け物の上にいたゼーレがむくりと起き上がる。
「……騒がしい……です、ねぇ……」
「ゼーレ!」
私はすぐに彼へ駆け寄ろうとしたのだが、途中で足が絡まり、頭から転がってしまった。こんな何もないところで転んでしまったのは、疲れのせいだろうか。
「……何を、して……いるのですかねぇ……」
転んで情けない格好になってしまっている私の頭上から、ゼーレの掠れた声が降ってくる。顔を上げると、彼の顔が私を見下ろしていることが分かった。
「ゼーレ!動けるのね!?」
「えぇ……今さら、気がつきました……」
そう話すゼーレは、顔色こそあまり良くないものの、意識自体ははっきりしている様子。私は内心安堵の溜め息をついた。
私はその場で立ち上がると、彼の体を抱き締める。
「良かった!」
彼の体を抱き締めると、ようやく「終わったのだ」という実感が湧いてきた。言葉にならない不思議な感情が込み上げてくる。
「生きてて……良かった」
私のせいで誰かが命を落とすなんて、もうごめんだ。
そんな経験は二度としたくない。
「……何です、カトレア。そんなことを言うとは……らしくありませんよ……」
「そうかもしれないわ。でも、でも、嬉しいの。貴方が生きていてくれて、本当に良かった」
するとゼーレは黙ってしまった。
彼は口を閉ざし、それから十秒ほどして、ようやく言葉を発する。
「……ありがとうございます」
ゼーレの頬が、熱を取り戻したように、ほんのり紅潮するのが見えた。
可愛らしい、なんて思ってしまったが、それは黙っておいた。そんなことを言うと、彼の機嫌を損ねてしまうような気がしたからである。
だが、戦いは終わった。
今はそれだけで十分。私はそう思う。
- Re: 暁のカトレア ( No.137 )
- 日時: 2018/09/12 20:49
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: u5wP1acT)
episode.130 さようなら、夜の闇
ゼーレの体をを抱き、戦いが終わったことを噛み締めていると、突如脱力してしまった。
「……カトレア!?」
予期せぬ脱力に見舞われた私は、蜘蛛型化け物の上に座っているゼーレにもたれかかるような形になってしまう。そのせいか、ゼーレだけではなく蜘蛛型化け物も、驚いた様子だった。
「……どうしたのです、いきなり」
ゼーレは怪訝な顔をしながら尋ねてくる。
「ごめんなさい、ちょっと、安心したら力が」
「……情けないですねぇ」
このタイミングでそんなことを言う!?と、心の中で密かに突っ込んでしまった。
生命を脅かされるような数多の危機を乗り越え、こうして、ようやく再会できたのだ。少しくらい優しくしてくれたっていいのに、と思ってしまう。だが、良い空気の場面で敢えて余計なことを言うというのも、彼らしいと言えば彼らしい行動だ。そういう意味では、これで良いのかもしれない。
「……乗りますか」
「え?」
「……何度も、言わせないで下さい。貴女も乗るか、と……聞いたのです」
一瞬彼の発言の意味が理解できなかった。しかし、数秒してから、その意味に気がついた。彼は多分、私を、蜘蛛型化け物に乗せてくれようとしているのだろう。
「いいの?」
「えぇ……構いません」
「でも、二人も乗って大丈夫?」
「……そんなに柔では……ありませんよ」
「じゃあ、お願いするわ」
私は歩けないような怪我をしているわけではない。それゆえ、あまり甘えるのは良くないと思う気持ちもある。
だが、ゼーレが好意で言ってくれているのだから、きっぱり断るというのも申し訳ない。そのため、乗せてもらうことにした。
ゼーレに手を貸してもらいながら、蜘蛛型化け物の上へと登る。若干ゆらゆらと揺れているのが不思議な感じだが、決して悪い乗り心地ではない。
「……この飛行艇が消えるのも、時間の問題です。引き上げに……かかりましょう」
私がちゃんと乗ったことを確認すると、ゼーレはそんなことを言った。
「飛行艇が、消える?」
「……この飛行艇は、ボスが生み出したもの……ボスが死ねば……いずれは消えます」
「そうなの!?」
まさか。
その発想はなかった。
ゼーレの話に寄れば、この飛行艇は、化け物を生み出すのと同じ要領でボスが作ったものらしい。だから、ボスが息絶えれば飛行艇も消える。そういう仕組みのようだ。
「グレイブさんたちは、そのことを知っているの!?」
「……えぇ。先ほど伝えて……おきました」
もし知らなかったら、早く伝えなくては。そう思ってたのだが、どうやら、知らないということはないらしい。
「良かった」
「……相変わらずですねぇ」
安堵の溜め息を漏らしているとゼーレがそんなことを言ってきた。
相変わらずなのは彼の方だと思うのだが。
「どういう意味よ」
「……相変わらずお人好しだと、思いましてねぇ……」
「なぜ?」
「この期に及んでまだ……他人の心配をするのですから。お人好し以外の何物でも……ないでしょう」
ゼーレはそこで一旦言葉を切り、その金属製の片手で、私の焦げ茶色の髪をそっとすくう。
そして再び口を開く。
「もっとも……そういうところが魅力的、とも……言えるわけですが」
そう述べる彼の表情は、柔らかいものだった。
一応まだ着けている仮面に隠れていない瞳は、木々が溢れる大自然のような色。それに加え、口角は微かに持ち上がり、頬は緩んでいる。
いつからこんなに優しい顔をするようになったのだろう——なんて、ほんの少し思ったりした。
それから私たちは、飛行艇から撤退することとなった。
隊員の多くは、負傷してこそいたものの、命に別状はなしという状態だったらしく、ゼーレが開いてくれた扉から、帝国の基地へと帰還。蛇となったリュビエの尾による打撃で腰部付近を負傷したフランシスカや、ボスの拳を腹部に受けたトリスタンも、基地へと無事送還された。
基地でならちゃんとした手当てを受けることができるはずだ。手当てを受けさえすれば、フランシスカもトリスタンも、命を失うなんてことはないだろう。
一方、工場の方で戦っていた隊員らの中には、数名の犠牲者がいたらしい。ほんの数名だけれども、敵と交戦する中で命を落とした者がいたというのは、残念としか言い様がない。
犠牲となった彼らのためにも、生き延びた私たちが未来を創っていかなくてはならない——改めて、そんな風に感じた。
「よし、大体終わったな」
ほぼすべての隊員を飛行艇から帝国にある基地へと返した後、まだ飛行艇に残っているグレイブが言った。近くにはシンの姿もある。
「終わりましたねぇぇぇー!」
「うるさい、シン」
「今日くらいはぁぁー!いいじゃないですかぁぁぁーっ!」
相変わらずのテンションのシンを見て、グレイブは呆れたように口元を緩める。
「……そうだな」
日頃なら厳しく叱る彼女が許したことに、シンは驚いた顔をする。いや、驚いた顔というよりかは、きょとんとした顔と表現する方が相応しいかもしれない。
「たまにはいいかもしれないな。そういう騒がしさも」
グレイブは、穏やかな朝のような、落ち着いた笑みを浮かべていた。
ボスを倒したからといって、失われたものが戻ってくるわけではない。既に失われた命は、失われたままだ。
けれども、ほんの少しは救いとなったかもしれない——遺された者にとっては。
「わぁぁぁーいっ!許可が出るなんて最高ですよぉぉぉーっ!!」
突如として叫び出すシン。
戦いの時はあれほど弱々しかったというのに、今は活力に満ちている。
「グレイブさぁーん!帰ったらみんなでぇぇお祝いぃぃしましょうねぇぇぇーっ!!」
近くにいるだけで鼓膜が破れるのではないかと思ってしまうほどの、凄まじい大声だ。
「そうだな、シン」
「はいぃっ!」
「では、シン。お前は先に帰っておいてくれ」
「はいぃぃぃっ!!」
空気を振動させるほどの大声で返事をし、シンは飛行艇から去っていった。
ここに残ったのも、ついに、私とゼーレとグレイブの三人だけ。
寂しくなってしまった。
「ゼーレ。お前はどうするつもりだ」
静かに問うグレイブ。
「この先、お前は帝国で暮らすのか」
「……どうしましょうかねぇ」
ゼーレは蜘蛛型化け物の上に座った体勢のまま、わざとらしく、考えるような動作をとる。
「残念だが、リュビエは死んでいた。ボスもリュビエもいなくなった今、お前が頼れる者などいないだろう」
「……二人を頼るつもりなど……毛頭ありませんがねぇ……」
「ならやはり、帝国で暮らしていくつもりなのだな?」
「それしか……なさそうです」
言い終わると、ゼーレは断りもなく、私の体を引き寄せる。
私はいきなりのことに戸惑いを隠せなかった。ただ、そっと優しくだったため、敢えて抵抗することはしなかった。
「……彼女に頼ることにしますかねぇ」
するとグレイブは、ふっ、と小さく笑みをこぼす。そして、少し間を空けてから、「なるほど」と呟いた。なんとなく面白そうなものを見たような顔つきで。
「よし。では帰るとしよう」
グレイブは黒い髪をひらめかせながら、ゼーレが作った扉を抜けて、帝国にある基地へと戻っていった。
飛行艇から去る間際、私は一度、静かに振り返る。
ところどころ赤い染みの広がる台地に、煉瓦が崩れた花壇。そして、乱雑に乱された、土と色とりどりの花。
最初に見た時とは、すっかり様子が変わってしまった。
それでも、蝶だけは変わらず舞っている。それが凄く印象的だった。
「戻りますよ……カトレア」
さよなら、飛行艇。
さようなら、夜の闇。
「えぇ」
——これでようやく来る、暁が。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32