コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.143 )
日時: 2018/09/14 03:18
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3i70snR8)

episode.136 名誉章受章

 あれから数日。
 ゼーレの件に関する答えは、まだ出そうにない。
 そんな微妙な心境のまま、私は、皇帝に謁見することとなった。というのも、名誉章を受章できることになったからである。帝国を脅かす化け物を消し去ったということで、化け物狩り部隊の隊員の中の特に活躍した数名に与えられることとなったそうだ。
 そして、その中にはなぜか私も入っていた。
 そういうわけで、私も皇帝のところへ行かなければならなくなってしまったのである。
 受章する数名の中には、幸い、グレイブとトリスタンも入っていた。おかげで一人にならずに済んだのは、良かったと思う。

「マレイちゃん、どうしたの?」
 皇帝との謁見の直前、豪華絢爛な扉の近くで待っていた時、トリスタンが声をかけてきた。
「トリスタン?」
「何だかぼーっとしてるけど、大丈夫?体調が優れない?」
 帝国軍の白い制服をきっちりと着た彼は、私へ、不安げな眼差しを向けている。
 自覚はないのだが、何かおかしかっただろうか……。
「私?普通よ。元気いっぱいよ」
 はっきりとそう答えた。
 しかしトリスタンはというと、納得できないような顔。元気なわけがない、とでも言いたげな表情を浮かべている。
「私、そんなにぼーっとしてた?」
 改めて尋ねると、彼はこくりと頷いた。
 自覚はないが、トリスタンがそう言うのだから、本当にぼーっとしてしまっていたのかもしれない。少なくとも、客観的に見ればぼーっとしていたのだろう。
 なぜだろう——べつに、考え事をしていたわけでもないのに。
 そんなことをしているうちに、謁見の時がやって来た。豪華絢爛な扉が開かれる。私たちは係の者に案内され、皇帝が待つ間へと、歩みを進めた。

「どうしたんだ、マレイ。そんな情けない顔をして」
 謁見終了後。
 建物内にある二つ並んだ椅子の片方に座っていると、グレイブが声をかけてきた。彼女は、奇妙なものを見るような眼差しを向けてきている。
「あ、グレイブさん」
「何をそんなにぼんやりしている?」
 まただ。
 謁見の直前にトリスタンに言われたのと同じようなことを、またしても言われてしまった。
「ぼんやりしていたつもりはなかったのですが……」
「居眠りでもしているのかと思ったぞ?その様子で無自覚は、さすがにまずいだろう」
 確かに、グレイブの言う通りだ。自覚なく居眠りしているような状態になっているというのは、さすがに少し問題がある。
「先日は、フランからも、マレイがぼんやりしていると聞いたが……何かあったのか?」
 グレイブの表情は真剣そのものだ。漆黒の瞳から放たれる視線も、胸を貫かれそうなほどに真っ直ぐである。
「いえ、べつに何も……」
「まさか、ゼーレか?」
 ドキッ!!
 ゼーレという言葉を耳にした瞬間、まるで雷に打たれたかのような衝撃が全身を駆け抜けた。今まで経験したことのない、極めて妙な感覚だ。
 グレイブは隣の椅子に腰を掛けると、私の顔を、覗き込むようにして見つめてくる。
「やはりか!」
 まだ答えていないのに……。
「ゼーレと二人の時間を過ごしたと思われるあの日以来、ぼんやりしている時が増えた。そうフランが言っていたのでな、奴があやしいと思っていたんだ」
 うぅ……。
 話が勝手に進んでいく……。
「私で良ければ話を聞こう。悩みがあるのなら、一人で悩まず相談してくれ」
 ゼーレの件によってぼんやりすることが増えた、というのは、あながち間違いでもないかもしれない。答えの出ない問いについてぐるぐる考えてしまっている、という可能性はゼロではないからだ。
 だが、もし仮にそうだとしても、それをグレイブに相談するなんて恐ろしすぎる。
 ゼーレを嫌っていたグレイブに対し、「共に生きてくれ」と言われた話なんて、打ち明けられるわけがない。そんなことを打ち明けた日には、とんでもないことになりそうだから。
「あ……いえ、結構です」
「一人では答えの出ないことであっても、二人で考えれば答えを出せるかもしれないぞ?」
 そんなことを言われても。
 心の準備もせずに相談なんて、できるわけがないではないか。
「大丈夫です」
「そう言うな。悩みは、大きく膨らむ前に話した方がいい」
「いえ、悩みなんて大層なものではありませんから……」
 グレイブは、彼女にしては珍しく、結構粘ってくる。が、私はただひたすらに断り続けた。恐ろしくて言えないから。
「悩みというほどのことではないのだな?ではなおさら、今がもってこいじゃないか。悩みになる前に相談して解決するのが、一番の理想形だ」
 それでも彼女は粘る。かなり執拗に、悩みを聞き出そうとしてくる。
 私とゼーレのことがそんなに気になるのだろうか?
「いえ、本当に大丈夫なので……」
「そうか!ゼーレに口止めされているのだな!?」
 おかしな誤解が!
 このままでは、ゼーレの立場が悪くなってしまう。彼に罪はない、ということだけは、何としても伝えなくては。
 だから、私は返した。
「違いますっ!」
 はっきりと述べた。
「それだけは違います!ゼーレは悪くないんです!」
 するとグレイブは驚いた顔をする。私がいきなり大声を出したことに驚いたものと思われる。
「……あ、その、騒がしくしてすみません。でも、ゼーレは悪くありません」
 ここは基地ではない。皇帝が暮らす、厳かな空気に包まれた場所だ。その中で突然大声を発するなど、何とみっともないことか。叱られても仕方のないことをしてしまった、と、私は内心後悔した。
「ここにはゼーレはいない。だから、本当のことを言ってくれ」
「本当に……何でもありませんから」
 その時、グレイブはハッとした顔をした。何かに気づいたような顔つきだ。
「もしや、私には話しづらいことなのか?」
「そ、そういうわけでは……」
 実際には「はい」と答えるべきだったのだが、さすがにそんな答え方はできなかった。
「では、トリスタンに相談するか?」
 駄目!それは絶対に駄目!
 私は咄嗟に、首を左右に動かす。首を痛めそうなくらいの勢いで、首を振る。
 ゼーレとの将来に関する悩みなんて、トリスタンに相談できるわけがない。それならグレイブの方がまだましだ。
「じゃあ、グレイブさんでお願いしますっ!」
 口から言葉が滑り出た。
 なんてことだ。
 やってしまった……、と、言ってしまってから凄く後悔した。

Re: 暁のカトレア ( No.144 )
日時: 2018/09/14 03:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3i70snR8)

episode.137 分からないことだらけでも

 それから私は、ゼーレとのことについて、グレイブに話した。
 彼がアニタの宿屋に勤められないかと思っている様子だったこと。それに加え、「共に生きてくれ」と言われたこと。
 一部だけ隠すなんて面倒なので、思いきってすべてを話すことにしたのだった。
 私の話を聞いたグレイブは、始終、驚いた顔をしていた。
 あれほど嫌みばかり言う性格だったゼーレのことだ、この話を聞いてグレイブが驚くのも無理はない。むしろ、当然と言っても過言ではないくらいだ。
「なるほど、そういうことだったのか」
「はい」
 隣同士の椅子に腰掛けながら、私とグレイブは話す。
「彼が宿で働きたいというのは、正直意外だな」
「ですよね」
「だが、まともな職に就くというのも悪くはないかもしれない。立派な一つの道だ」
 グレイブは赤い唇を動かし、話を続ける。
「しかし……『共に生きてくれ』は気が早くないか?まだ二十歳にもなっていない娘に、そんなことを言うものだろうか」
「難しいです」
「だろうな。私がマレイであったとしても、答えられなかったと思う」
 そんな風に言葉を発するグレイブは、意外にも、涼しい顔をしている。
 化け物やそれに関わる者へ憎しみを抱いている彼女だから、もう少し厳しいことを言われるかと予想していたのだが、案外そうでもなかった。彼女は、私が思っているよりずっと大人なのかもしれない。
「で、マレイの気持ちはどうなんだ?」
「よく分からないんです」
「ゼーレのこと、大切に思っているのか?」
 大切なのだろうか。
 彼が命を落とすかもしれないと思った時は、本当に辛かったし、悲しくなって仕方がなかった。
 そこから察するに、どうでもいい、ということはないのだと思う。
 けれども、それが、共に生きていきたいと願うほどの感情なのかどうか。そこがいまいちよく分からない。
「嫌いでは……ないです。でも、これがどの程度の想いなのか、よく分かりません」
 率直な心境を述べた。
 するとグレイブは、さらに尋ねてくる。
「一緒にいると楽しいか?彼のいない生活を想像できるか?……など考えてみてはどうだ」
「それはもちろん、一緒にいれば楽しいですし、死んでしまったら嫌です」
 もう二度と、大切な人を失いたくない。私一人だけが遺されるなんて、絶対にごめんだ。
 ——って、あれ?
 今、私……ゼーレのことを大切な人って思った?
 ということはやっぱり、ゼーレは私にとって大切な人なのだろうか。別段意識はしてこなかったけれど、いつの間にか大切になっていたということも、考えられないことはない。
「やっぱり……大切なのかも、しれません」
 戸惑いの海に溺れかけながらも、私は述べた。
 私が突然そんなことを言い出したからか、グレイブは目を見開く。
「そうなのか?」
「よく分かっていませんでしたが……今、大切かもしれないと気づきました」
 散々分からないなどと言っておきながら、いきなりこんなことを言い出したのだ。驚かれるのも無理はない。
 だが、グレイブはすぐに切り替え、ふっと余裕のある笑みをこぼす。
「そうか。なら簡単だな」
 楽しいものを見たような、含みのある笑みだ。
「もう答えは出ただろう?マレイ」
 グレイブはその凛々しい顔に笑みを浮かべたまま、そんなことを言ってきた。すべてを見透かしているかのような眼差しを向けられると、何だか不思議な気分になってくる。
「えっと、あの……」
「あと必要なのは、勇気だけだ。頑張れ」
「え……?」
 グレイブが言おうとしていることは、薄々察することができる。が、彼女がそんなことを言うということ自体が信じられず、私はただ、困惑する外なかった。
 化け物を、化け物と繋がりのあるゼーレを、あんなに嫌っていたグレイブなのに——今、私の心は驚きに満ちている。
「特に何かをしてやれるというわけではないが、応援しているからな」
「え、あの」
「大丈夫だ!あのボスを倒したマレイなら、きっと上手くやれる!」
 胸の前で拳を握り、はきはきとした調子で述べるグレイブ。
 ノリが男前すぎて、もはや言葉で表することはことはできそうにない。
「私は賛成だ、マレイ。お前は誰かと幸せになった方がいい」
 いきなり言われても……。
 私の胸の内は、今、そんな思いで満ちていた。
 これまでずっと相談してきたというのなら、熱くなるのも分かる。他人のことであっても、熱心に取り組んでいたのなら、熱くなる場合だってあるだろう。
 だが、今回の件は違う。先ほど初めて打ち明け、相談したばかりだ。
 にもかかわらず、これほど熱心になってくれるというのは、不思議な感覚である。少なくとも、私の頭の中には、こういった展開は存在していなかった。
「あ、ありがとうございます……」
 私が返せる言葉はそれだけしかない。
 いや、もしかしたらもっと相応しい言葉があったのかもしれない今の私の頭では、ぱっとは思いつかなかったのである。

 私は、ややこしいことになるのが嫌で、これまで誰かに相談することはしなかった。
 けれど、今回、グレイブに話してみて良かった、とは思う。
 というのも、これまでずっとよく分からずにいた、私の中でのゼーレの存在というものに、気がつくことができたからだ。
 一人でいくら考え続けても、答えが出ないことはある。だが、誰かと一緒に考えれば、意外な形で、思いの外簡単に答えが出ることもある。それを改めて感じた出来事だった。

 戦いは終わり、この国を覆う長い夜も終わって。

 でも、私の人生はまだ終わらない。

 ここからまた、新しい物語が始まるのだと、確信している。

Re: 暁のカトレア ( No.145 )
日時: 2018/09/14 21:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: eldbtQ7Y)

episode.138 ケーキの中から魚の骨

 受章式典を終え、基地へ戻った私たちのもとへ、一番に現れたのはフランシスカ。彼女は、私たちが帰ってくるのをかなり心待ちにしていたようだ。迎えてくれた時の眼差しといったら、真夏の太陽のように、キラキラと輝いていた。こんなに温かく迎えてくれる人がいるということに気づき、私は内心とても感動した。
「トリスタン!どんなの貰ったのっ!?」
「君に見せる気はないから」
「えぇっ!でもでも、フラン見たいよぉっ!」
「ごめん。今、そういう気分じゃない」
 フランシスカが一番に絡んでいったのは、やはりトリスタンだった。
 だがトリスタンは、そんな彼女を、冷たくあしらうのみ。何とか引き止めようとするフランシスカには応じることなく、淡々とした足取りで歩いていっていた。
 この前負傷隊員らのいる部屋で話した時には、二人の距離が少しは縮んだかと思ったのだが、案外そうでもないようだ。……いや、二人にはこういう関わり方しかない、という可能性もあるのだが。
「もー。トリスタンったら、酷いー!」
「あいつは相変わらずだな」
 トリスタンが構ってくれないことに不満を漏らすフランシスカへ、グレイブが苦笑しながら言葉をかける。
「本当ですよっ。何なんですかね!?あれは!!」
 女の子らしいフランシスカには似合わない、大きな声を出していた。
 結構真剣に怒っている様子だ。
「本当に……何だろうな、あれは」
「感じ悪すぎですよねっ!」
「そこまで言うならフラン。そろそろ諦めるというのはどうだ?」
 グレイブは驚きの提案をした。
 だが、もちろんフランシスカは頷かない。
「諦めるなんて嫌ですっ!」
 躊躇いの「た」の字もないほどきっぱりと返したフランシスカ。まさに女の子、という雰囲気を持ちながらも、決して弱々しくなどない彼女を、上手く表している言動だと思った。
「そんなの、負けたみたいじゃないですかっ!」
 丸く大きな瞳に、ミルクティー色のボブヘア。そして、そこから漂う、シャンプーの素敵な香り。
 まさに女性の中の女性という感じのフランシスカだが、「負けたくない」と思う心だけは、男にも負けないほどに強そうだ。……なんて、ふと考えたりした。
「そういうものなのか……?」
「フラン、絶対諦めないことだけには自信があるんですっ!」
「なるほど。では、よく分からんが、頑張れ」
 正直面倒臭い——グレイブはそんな顔つきをしていた。
 トリスタンとフランシスカの関係には、あまり関心がないのかもしれない。表情を見る感じ、なんとなくそんな感じがする。
「で、マレイちゃん!名誉章貰えたのっ?」
「えぇ。いただいたわ」
「謁見もあったって聞いたよ!びっくりしたっ」
「私も驚きだったわ」
 謁見の時には緊張で胃が痛くなった。
 何かやらかしてしまったらどうしよう、みたいなことを考えすぎたせいだ。
 だが、実際にやらかしてしまうことはなかったし、胃が痛くなっただけで済んだので、まだ良かった方だと思う。何事もなく終了して、本当に良かった。
「でも凄いよねっ。マレイちゃん、ここに来て一年も経っていないくらいなのに、名誉章なんて貰っちゃうなんて!フラン、羨ましいよっ!」
 そんな風に言葉を発するフランシスカは、真夏の昼間のように明るい顔つきだった。また、その丸く愛らしい瞳は、雲一つない空のように、透明感に満ちている。
 フランシスカは名誉章を受章するに至らなかった。受章したグレイブやトリスタンや私とほぼ変わらないくらい、しっかりと戦ってくれていたにも関わらず、だ。相手が皇帝でなければ文句を言いたかったほどのおかしな判断だと、私は思う。
 きっと彼女だって同じ気持ちのはずだ。
 なぜ自分だけが受章できないのか。そんな疑問を抱いているに違いない。
 にもかかわらず、受章した私たちを妬むようなことはせず、逆に笑顔で祝ってくれる。温かい言葉をかけてくれる。
 彼女のそういうところには、尊敬するに値すると思う。
「ありがとう。フランさんにそう言ってもらえると、嬉しいわ」
「でしょ!フランに褒められたら、やっぱり嬉しいよねっ」
 そんなことを平気で言えてしまうなんて……。
「じゃ、謁見のこと色々聞かせてねっ!」
 唐突に話題が変わる。驚いた。
「え。私なの?」
「うん!もちろん!」
「けど私、たいしたことはしていないわ。聞くならグレイブさんとかの方がいいんじゃない?」
 緊張でガチガチになっていたため、謁見の時のことは、あまりはっきりと覚えていない。なので、フランシスカに「聞かせて」と言われても、話せることは限られている。
「だってグレイブさんは忙しいもん!」
「じゃあトリスタンに……」
「トリスタンは教えてくれそうにないもん!」
「だから私なの?」
「そうだよっ。マレイちゃんなら仕事もないし、暇そうだもんっ」
 グサッ。
 胸に何かが突き刺さった気がした。
 暇そう……いや、それは事実だ。ボスを倒すという役目が終わった今、私にはこれといった仕事はない。つまり、暇。することの何もない、完全な暇人である。
 だが、私だって、望んでそうなっているわけではないのだから、そんなにはっきりとは言わないでほしかった。
 ——なんて思っても、何の意味もないのだけれど。
「いいよねっ?」
「え、えぇ。ちゃんと伝えられるか分からないけど、それでも良かったら」
「もちろん!分かる範囲でいいよっ!」
 ひと呼吸空け、フランシスカはさらに続ける。
「フランだってべつに、マレイちゃんが全部しっかり分かってるなんて思ってなかったからっ」
 またしても、グサッ、と何かが刺さったような気がした。
 フランシスカが発する言葉は、やはり、安定の鋭さを持っている。
 それはまるで、柔らかいケーキの中から魚の骨が出てきたかのよう。突如現れる鋭さだから、余計に威力があるように感じられるのだ。

Re: 暁のカトレア ( No.146 )
日時: 2018/09/14 21:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: eldbtQ7Y)

episode.139 取り戻しましょう、幸せを

 受章式典を終え、基地に帰ったその日は、フランシスカによって終わってしまった。彼女から色々尋ねられたので、それらに答えていたところ、いつの間にやら夜になっていたのである。
 ゼーレとも一言くらいは交わせれば良いなと思っていたのだが、自由の身になった時には既に夜遅くだったため、その日は、そのまま自室へと向かった。
 ボスとの、あの壮絶な戦いから、まだ数日しか経っていない——。
 そう考えると不思議な感じだ。飛行艇へ攻め入り、ボスを倒した日が、ずっと昔のように思える。なぜだろう、よくは分からないけれど。でも、少なくとも数か月は経っているような、そんな感覚だ。
 この夜、私は、久々にゆっくりできた気がした。
 一人自室で寛いでいると、次から次へと、今までの戦いの記憶が蘇ってくる。化け物やリュビエ、そしてボス。これまで敵として向かい合った者たちの姿が、脳裏に浮かんでくるのだ。
 だが、もう戦いは終わった。
 その事実が、私の心を救ってくれる。
 化け物狩り部隊のみんなと一緒に戦うことがなくなるのは、少し寂しい気もしないではないけれど。
 それでも、今はただ、平穏が嬉しい。

 翌日。いつの間にか寝てしまっていたらしく、寝る前の記憶がないが、気づけば既に朝が来ていた。
 背伸びをして、乱れた暗い茶色の髪を整える。服はこのままで出歩けそうだ。自室から出る準備には、意外と時間がかからなかった。良いことなのか悪いことなのか、よく分からないけれど、個人的には幸運だと思う。
 そして私は向かった。ゼーレのいる、あの部屋へと。

 さすがに二度目は案内なしでたどり着くことができた。予想していたよりも、早く着いたような気がする。一度経験した道のりで、慣れたからかもしれない。
 飾り気のない扉の前まで来ると、私は、二回ほど軽くノックした。
 予告もなしにいきなり入っていくのは失礼かな、と思ったからである。
 ノックに対する返答は特になかった。まだ寝ているのかもしれない、と思ったが、一応確認することに決め、ゆっくりと扉を開けてみる。そして、狭い隙間から部屋の中を覗く。
 今の私の行動は、傍から見れば完全に不審者だろう。
 しかし、幸運なことに、付近に人はいない。そのため、遠慮なく、扉の開いた細い隙間から中を覗くことができた。
 照明は消えているらしく室内は薄暗い。また、白いカーテンがきっちりと閉ざされているせいで、ベッドは少しも見えない。もちろん、ゼーレの姿も捉えられなかった。物音もしないので、ゼーレはまだ寝ている可能性が高いと思われる。
 そんな風にあれこれ考えていると。
「……カトレアですか」
 突如、ゼーレの声が聞こえてきた。
「もしそうなら……何をそんなところで覗いているのです?普通に入ってくれば……良いではありませんか」
 ゼーレは何と勘が良いのだろう。
 妙なところで感心してしまった。
「入ってもいいの?」
「えぇ……お入りなさい」
「ありがとう!」
 なんだかんだで部屋に入る許可を得ることができたため、静かに入室する。あまり騒がしくすると不快がられる可能性が高いので、なるべく音を立てないよう気をつけつつ入った。
「照明は点ける?」
 部屋に入ってすぐの場所に、照明を点けたり消したりするためのスイッチが備え付けられている。だから一応尋ねてみた。
 だが、返ってきたのは曖昧な返事。
「……貴女のお好きなようになさい」
「じゃあ点けるわね」
「……点けるのですか」
「どっちなのよ」
「貴女が明るい方が良いなら……点けてもかまいませんよ」
 どちらでもいいような口振りだ。
 なので私は照明を点けることにした。明るい方が過ごしやすから。
 それから、ゼーレのいるベッドの方へと歩いていく。白いカーテンを開けると、そこには、ベッド上で横になって寛いでいるゼーレの姿があった。小さい蜘蛛型化け物と戯れているようだ。
「遊んでいたの?」
 尋ねると、ゼーレは一瞬焦りの色を浮かべる。しかしすぐに冷静さを取り戻し、何事もなかったかのように私へと視線を向けた。
「……眠れなかっただけです」
 蜘蛛型化け物と戯れている姿を、見られたくなかったのかもしれない。
「……それで。受章とやらは……どうでした?」
「知っていたのね」
「えぇ……世話役の女性から聞きました。カトレアは何とか章を受章した、と……」
「名誉章よ」
「……ほう。なかなか大層な名の章ですねぇ」
 言いながら、ゼーレは上半身を起こす。
 あの直後は上半身を起こすことさえ厳しい状態だったが、数日経ったことで、上半身を起こすくらいはできるようになったようだ。一応回復しつつあることが分かり、私は密かに安堵の溜め息を漏らした。
 少しでも回復してきているのなら、いずれほぼ完治することだろう。
「まぁ、あのボスを倒したのですから……妥当と言えるやもしれませんが」
 ゼーレはぽそっと付け加える。
 彼のことだから素直に言いはしないけれど、少しは私の頑張りも認めてくれているようである。
 もちろん、認めてもらうために頑張ったわけではないが、彼に認めてもらえたのは嬉しい。なかなか人を認めないような彼に、だからこそ、認めてもらえた嬉しさもひとしおだ。
「ありがとう」
「……べつに。当然のことを言ったまでです」
 当然のこと、だなんて。ますます嬉しいではないか。
「ありがとう!」
「止めて下さい……そのような笑顔、不気味です」
「……酷いわね」
 せっかく良い流れだったのに、笑顔が不気味発言のせいで、すべてが台無しだ。
 そんな何とも言えない流れになりつつも、私はすぐに気を取り直し、述べる。
「そうだ、ゼーレ。あれから色々考えたのだけれど」
 今日ここへ来たのは、この話の続きをするため。彼の褒め言葉やら嫌みやらに振り回されるためでは決してない。
「私、やっぱり、貴方のことが大切だわ。だから、貴方の望みを少しでも叶えたいと、そう思うの」
 ゼーレはこれまで、幸せな人生ではなかったはずだ。だからこそ、ここから先、その不幸分を取り戻せるような日々を過ごしてほしいと思う。望むことをして、楽しいことを探して、一人の人間として普通の暮らしを体験させてあげたい。
 もちろん、普通の暮らしだって大変なことは多いけれど。
 でも、そんな日々で、微かに煌めくものを探していってほしい。
「だから、これから色々協力するわ。仕事確保も、私にできる限りのことをさせてもらうわね。……それでいい?」
 するとゼーレは口を開く。
「……構いませんよ。むしろ、よろしく頼みたいところです」
 珍しく素直だった。
 ゼーレがすんなりとまともな返答を述べると、何となく不思議な感じがする。
「それと……共に生きていただけるのかどうかも気になりますねぇ……」
 ゼーレはしっかりと確認してきた。やはり、そこを答えないままというわけにはいかないようだ。無理もない、そこは特に重要なところなのだから。
 もはやごまかしなど利かない。
 逃げ道だってありはしない。
 ならば、今私にできることはただ一つ。
 自分が導き出した答えを、口から発する。それだけだ。
「えぇ。そのつもりよ」
 私の言葉に、ゼーレの翡翠のような瞳の中に浮かぶ瞳孔が大きくなる。他人の瞳孔をこれほどはっきりと見たのは、生まれて初めてかもしれない。
「貴方を支えると誓うわ」
 被害者だった私と、加害者だった彼。私たちは真逆の立ち位置だったけれど、共通点がないわけではない。まともな幸せを手にできなかった——それは、私と彼を繋ぐ、大きな大きな共通点だ。
「取り戻しましょう。幸せを」
 それだけが、今の私に言えることだった。

Re: 暁のカトレア ( No.147 )
日時: 2018/09/15 15:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YohzdPX5)

episode.140 平和的で得意なこと

 私が言葉を発した後、暫し、ゼーレは黙っていた。
 だが、いまだに装着している割れた仮面の隙間から覗く瞳は、私をじっと見つめている。まるで、私の心を奥底まで見通そうとしているかのように。
 自分の発言の後に沈黙が訪れるというのは、何ともいえない息苦しさを感じる。悪いことを言ってしまったのだろうか、なんて考えてしまうから。
 そんな複雑な心境のまま、待つことしばらく。
 ゼーレはゆっくりと口を動かした。
「……事実ですか、それは」
 彼は私の言葉を信じきれてはいないようだ。
 こちらへ向けている彼の視線からは、まだ、訝しんでいるような雰囲気が漂っている。
「後から悔やんでも、遅いですよ」
「えぇ。今さら逃げるつもりはないわ」
「……本気なのですか」
「そうよ、決めたの。私は自分の選択を後悔なんてするつもりはないわ」
 かつては、ゼーレをこちら側へ引き込んだことを後悔しかけていたこともあった。だがあれは、成り行きでそういう形になってしまったという部分もあったからであって、今回の件とは違うパターンだ。今回の答えは、私が悩み、私が考え、私が出した答え。それゆえ、後悔なんてするわけがない。
「貴方こそ、本当にそのつもりなのよね?」
 逆に問う。
 するとゼーレは、静かに、首を縦に動かした。
「当然です」
 小さい蜘蛛型化け物がベッドの上をうろついているのが、微妙に気になるが、今はそちらに構っている暇はない。
「今さら逃げ出すほど情けない男ではないと……自負していますからねぇ」
「そうね。なら決まりだわ」
 はっきり言ってくれると、話がスムーズに進むのでありがたい。しかも、色々探らずに済むから、変に頭を使わなくてよくて楽だ。
「じゃあ、改めて」
 私はそう言って、上半身だけ起こした体勢のままゼーレに、片手を差し出す。
「……何のつもりです?」
「改めてよろしく、の握手よ」
「……そうですか」
 いきなり私が手を差し出したことに戸惑ってか、ゼーレは一瞬怪訝な顔をした。だが、私がその意味を説明すると、彼は納得したような表情で、その手を掴んでくれる。指先にひんやりとした感覚が広がる。
「よろしくね」
「……こちらこそ」
 気まずそうな顔をしつつも言葉を返してしてくれる真面目さが、微笑ましい。
「じゃあ取り敢えず、ゼーレがちゃんと動けるようになるまでの間に、宿屋に連絡しておくわ。雇ってもらえるかどうか、聞いてみるわね」
「……えぇ」
「何か、伝えておいた方が良いことはある?」
「いえ……べつに、何も」
 小さな蜘蛛型化け物は、ゼーレの気を引こうとしてか、彼の腰辺りを細い脚でこすっていた。が、まったく相手してもらえていない。その様子を目にすると、少し可哀想な気もした。
「得意な仕事の分野とかは?」
「戦闘ならば、できますが」
「それは駄目よ。もっと平和的なことで得意なことはないの?」
 たとえば掃除が得意とか、重い荷物を運べるだとか。そういった強みがあれば、雇ってもらいやすいかと思ったから、聞いてみているのだ。
「……平和的、ですか」
 考えるのが面倒臭い、といった顔をするゼーレ。
「えぇ。何かない?」
「そう……ですねぇ……」
 ゼーレが考えている間も、小さな蜘蛛型化け物は、彼の腰付近を足でこすっていた。気を引こうと、懸命に努力している。恐らく、私との話が長くて退屈しているのだろう。
 いつまでも放置、というのも少し気の毒な気がする。
 極力早く話を終わらせるようにしよう、と私は思った。
「料理なら……少しはできますが」
「りょ、料理!?」
 家庭的なのがきた!
 宿屋で働くにはもってこいの特技ではないか!
「……いきなり大声を出すのは、止めて下さい」
 冷静に注意され、私は思わず、口を手のひらで塞ぐ。
「ご、ごめんなさい。びっくりして、つい……」
「……失礼ですねぇ」
 ゼーレは眉間にしわを寄せていた。
 言われてみれば、ゼーレが料理が得意ということにこんなに驚くのは、変かもしれない。
 ただ、これまで私が抱いていたイメージと、大きな差があったのである。
「でも、ゼーレが料理が得意だなんて知らなかったわ」
「ま、得意というほどではありませんがねぇ……」
「できるだけでも凄いわよ。私なんて、ほとんど何もできないもの」
「でしょうねぇ。貴女が不器用だということは、私でさえ知っています」
「ちょっと、失礼よ!」
 確かに私は不器用だ。宿屋にいた頃もたいして役には立てていなかったことが、すべてを物語っている。だから、ゼーレの言うことも間違いではないのだ。
 けど!
 べつに、改めて言わなくてもいいじゃない!
「すみませんねぇ、失礼な人間で」
「本当よ!」
 つい、日頃より強い調子で言ってしまった。言ってから、「やってしまった」と焦る。
 ゼーレは案外繊細だ。何げない一言であっても、傷つく可能性は十分にある。せっかく素直になってきたというのに、そんな小さなことでまたひねくれてしまったら、大変だ。
「でも、そういうところも嫌いじゃないわ」
 速やかにフォローを入れる。
「ゼーレらしくて、微笑ましいもの」
 苦しすぎる発言だと、自分でも思う。けれど、今の私に入れられるフォローはそれしかなかったのだ。
 するとゼーレは、呆れた顔をしながら低い声で返してくる。
「構いませんよ、フォローなど入れなくても」
 う。ばれてる。
 だが、このくらいで挫けたりはしない。ゼーレを扱うのが難しいことは知っているし、こういった流れになることも想定の範囲内だ。
「フォローなんかじゃないわ。本当のことよ」
「……怪しいですねぇ」
 だから負けない、挫けない。
「私を疑うの?」
「いえ。疑うも何も……嘘臭さ満点ですから」
「ちょ、何よ、その言い方は」
「分かりやすいですねぇ……」
 く、悔しい。
 だが、ゼーレの方が一枚上手かもしれない、と思った。私には勝てそうにない。
「さ、さすがね!よく見てるじゃない!」
「……やはり」
「でも、完全な嘘ではないのよ。ゼーレが嫌みを言ってくれていると安心するの」
 そう、これはまぎれもない事実。
 思いつきで発した嘘などではない。


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