コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.53 )
- 日時: 2018/07/01 18:06
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qRt8qnz/)
episode.48 おやつの時間
あれから何日が経ったのだろう。
トリスタンがいない。ただそれだけのことなのに、胸の内の寂しさは日に日に膨張していく。このままではいつか胸が張り裂けてしまうのではないか、と不安になるほどに。
そんなある日の午後、フランシスカからおやつの時間に誘われた。多分、陰鬱な様子の私を見兼ねて、誘ってくれたのだろう。
私は気が進まなかった。
けれども、せっかくのお誘いだ。断るのも申し訳ない気がする。
食べたり話したりすれば、もしかしたら、少しは楽しい気持ちになるかもしれない。この胸に広がる灰色の雲が晴れるかもしれない。いずれにせよ、参加する意味がまったくない、ということはないだろう。
だから私は、おやつの時間に参加することにした。
フランシスカと一緒に食堂へ向かうと、グレイブとシンの姿があった。
なぜただの審判であるシンもいるのかは不明だ。
「来たな、マレイ」
「マレイさぁぁーん!待ってましたよぉぉーっ!」
「黙れ、シン」
いきなり大声を出したシンは、グレイブに叱られていた。
今に始まったことではないが、彼のテンションの高さは、謎としか言い様がない。
「グレイブさんもいらっしゃったんですね」
私が小さく言うと、彼女は冗談混じりの声色で返してくる。
「もしかして、私はいない方が良かったか?」
「い、いえ!そんなことはっ……!」
慌てて首を左右に振る。
するとグレイブは、愉快そうにくすくす笑った。
彼女の顔立ちは、整い過ぎていて、近寄り難いくらいだ。しかし、こうして笑っていると、いたって普通の女性にも見える。
「慌てるところが可愛いな」
「へ?」
「実に興味深い。さ、とにかく座れ」
グレイブに促され、私は、彼女の向かいの席へ腰掛けた。フランシスカは私の隣に座る。
「せっかくだ、私が貰ってきてやろう。マレイ、何を食べるんだ?」
「えっと……」
「飲み物は確か、レヴィアススカッシュだったな。マレイはレヴィアススカッシュが好きだと、トリスタンから聞いている」
レヴィアススカッシュ、と聞くと、前にトリスタンと二人で飲んだ記憶が蘇った。たわいないことを話し、笑いあう、楽しかった記憶が。
「……はい。前に飲んだ時、美味しかったです」
胸がズキンと痛む。
そこへ、フランシスカが口を挟んでくる。
「あーっ!グレイブさん、思い出させちゃ駄目ですよっ!」
「な、何だと?どういう意味だ」
困惑した顔をするグレイブ。
「トリスタンのこと思い出させたら、マレイちゃんが弱るからっ!面倒臭いから、止めて下さい!」
相変わらずはっきりとした物言いだ。真実なのだが、正直グサリときた。いつものことながら、フランシスカは鋭いところを突いてくる。
「そうか……それもそうだな」
グレイブは納得したように頷いた。
そこへ、シンが大きな声を挟む。
「えっ!えぇっ?何の話ですかぁぁーっ!?」
「黙れ。シン」
グレイブは呆れ顔になりながら、静かな声でシンを制止した。
子どもではないため大声を出したりはしない。だが、その静かな声には、得体の知れない威圧感がある。
シンは黙った。
それから数秒して、グレイブは立ち上がる。
「よし。では飲み物を持ってこよう」
だが、その直後にフランシスカが腰を上げた。明るい声で「フランが行きますっ」と言う。まるでグレイブの行動を読んでいたかのようなタイミングだ。
いきなりのことにきょとんとした顔をするグレイブ。
「あ、あぁ。そうか。では任せよう」
「フランのとマレイちゃんのだけですよねっ?」
「その通りだ」
「ではでは、行ってきます!」
フランシスカは軽やかな足取りで席から離れていく。
私は、結局何も言えぬまま、彼女の背を見送った。
グレイブとシンは知り合いだ。だから、三人になってしまうとどうしても、一対二のように感じてしまう。
敵対しているわけではない。なので、本来、さして問題はないはずなのだ。しかし、アウェイ感がどうも気になって仕方がない。
「……マレイ。大丈夫か?」
場に居づらい顔をしてしまっていたのか、グレイブが心配したように尋ねてきた。
黒い瞳がこちらをじっと見つめている。
「えっ。私、ですか」
「そうだ。トリスタンがさらわれて、早数日。さぞ寂しい思いをしていることだろうが、平気か?」
ちょっぴり失礼な発言。
しかし、そんな小さなことにいちいち腹を立ててはいられない。
「はい。私は大丈夫です。それよりも、トリスタンが痛い目に遭っていないかが心配です」
心配するべきは私ではない。トリスタンだ。
「それもそうだな。あいつらのことだ、どんな酷いことをするか分からん。やはり……一刻も早くゼーレから情報を」
「怪我させるのは駄目ですよ!」
半ば無意識に、私にしては大きな声を出してしまっていた。
情報を聞き出す——そのためなら、グレイブはゼーレの体のことなど、微塵も考慮しないだろう。もし彼が吐かなければ、かなり残酷な手段でも使うに違いない。
ゼーレは既に傷を負っている身。あれ以上のダメージは危険だ。
こんなことを言えば、「なぜ敵であるゼーレを庇おうとするのか」と思われるだろう。
正直、はっきりとした理由など私自身にも分かっていない。
だが、ただ一つ分かることはある。それは、ゼーレとて悪魔ではないということ。彼は素直でないし性格も口も悪い。けれども、人の心を失ってはいない。
それが、この数週間、一日ほんの数時間だが近くで接してきて、私が抱いた思いだ。
「何だと?」
グレイブは眉頭を寄せ、訝しむような顔をする。
そんな表情をしている時ですら美人なのだから、彼女の美しさは凄まじいものだと思う。もっとも、あくまで私個人の意見だが。
「ゼーレをあれ以上傷つけるのは止めてほしいです」
私ははっきりと意見を述べた。
こんなことを言えば、グレイブは怒るだろう。ゼーレを憎しみをぶつける対象と認識している彼女が怒らないわけがない。
だから、怒られること覚悟の上で、私は言いたいことを言った。
それはかなり勇気がいることだった。けれども、自分の言いたいことを言うというのは、すっきりするものだ。後悔はしていない。
「……そうか」
恐る恐る、グレイブの顔へ視線を向ける。
強く恐ろしい彼女に対し歯向かうような発言をしたのだ、気楽ではいられない。
だが——グレイブは怒った顔をしていなかった。
「本来なら限界まで痛めつけるところだ。だが、お前がそれを嫌がるのなら、トリスタンも同じ思いでいることだろう」
怒りを露わにするどころか、彼女の整った顔は哀愁を帯びていた。やや伏せられた目は、大人びていると同時に、寂しげな色をしている。
「分かって……下さったんですか?」
控えめに言ってみる。
すると彼女は、憂いの色の滲む視線をこちらへ向けた。
「ゼーレの世話を任せてしまっているからな。そのお返しと言ってはなんだが、お前の意見も考慮しよう」
漆黒の瞳は瑞々しい。しかも、妙なほどに澄んでいて、私の姿がくっきりと映っている。嫌いな闇と同じ黒なのに、彼女の瞳には嫌なイメージを抱かない。不思議なものだ。
「ただ、一刻も早くトリスタンを助けなくてはならないことは、変わらない。そこで、だ」
「……何ですか?」
脳内にいくつもの疑問符が浮かぶ。
そんな私に対し、彼女ははっきりと述べる。
「マレイ。お前がゼーレから情報を聞き出せ」
- Re: 暁のカトレア ( No.54 )
- 日時: 2018/07/02 09:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3edphfcO)
episode.49 役割
「え。私が、ですか?」
思わずそう聞き返してしまった。『お前がゼーレから情報を聞き出せ』なんて言われるとは、微塵も予想していなかったからだ。
「その通り」
グレイブは一度ゆったりと深く頷く。
彼女は一体、何を考えているのだろう。グレイブですら聞き出せないというのに、私に聞き出せるとは到底思えないのだが。
そこへシンが参加してくる。
「マレイさん!頑張って下さいよぉぉぉーっ!」
大きな眼鏡をかけた顔面を近づけられると、反射的に身を引いてしまう。
慣れてしまえばどうといったことはないのかもしれない。だが、まだ慣れられていない私にとっては、シンの接近は衝撃が強すぎだ。
「仲間の安否がかかってぇぇー、いますぅからぁぁねぇぇぇ!」
「は、はい……」
私は椅子に座ったまま、背を反らし、シンの顔面と距離をとる。
「頑張ってぇ下さあぁぁい!」
「シン。まず黙れ」
「は、はいぃぃぃ……」
グレイブに淡々と注意され、シンはしゅんと肩を落とした。発言することを許されなくなってしまった彼は、手元のコーヒーをちみちみと飲む。
「そういうことだ、マレイ。今晩、ゼーレから心当たりのある場所を聞き出せ」
そんな重要な役を任せられるなんて思わなかった。
だが、任せられた以上、やらないわけにはいかないというものだろう。
「分かりました。でも……」
「何だ。まだ文句があるのか?」
「いいえ。ただ、私にできるのかと思って」
すると彼女は、愉快そうに、赤い唇の口角を持ち上げた。
「できない、で許さることではない。方法はお前に一任するが、聞き出せなかった時は覚悟しろ」
落ち着きのある声と楽しげな笑みが混ざり合い、何とも形容し難い雰囲気が漂っている。
「今晩中にトリスタンが連れていかれた可能性のある場所を聞き出し、報告するように」
「は、はい!」
一応返事をしておく。
だが、この胸を覆う不安は消えない。ゼーレが簡単に情報を話してくれるとは、到底思えないからだ。
そこへフランシスカが戻ってきた。
一つはアイスティーの入ったグラス。もう一つはホットコーヒーのカップ。計二つを持っている。
「マレイちゃん、お待たせっ」
フランシスカの笑みは相変わらず明るい。向日葵のような、太陽のような、直視すると目を細めたくなるくらい眩しい笑顔だ。
「フランはコーヒー。マレイちゃんはアイスティー。これでいいよねっ」
「ありがとうございます」
「マレイちゃん、確か、コーヒー飲めないんだよねっ。味覚が子どもだからかなっ?」
失礼ね、飲めないわけじゃないわよ。
コーヒーよりは紅茶が好きというだけのこと。
しかし私は何も言い返さなかった。今私が発言すると、余計にややこしいことになりそうだからだ。取り敢えず、笑ってやり過ごす。
「あ、グレイブさん!お菓子、貰ってきますねっ」
「あぁ。助かる。ちょうど、もっと食べたいと思っていたところだ」
私はまだ一口も食べていないのだが……。
「何にします?」
「チーズケーキが理想だ」
「分かりましたっ。行ってきます!」
フランシスカは凄く働き者だ。
他者に従わない自由奔放な人といったイメージを持っていたため、少々意外である。
「フランさんって、善い人ですね」
再びフランシスカがいなくなった後、私はさりげなく、グレイブにそう言ってみた。深い意味などない。ただ話を振ってみただけだ。
するとグレイブは、苦笑しながらも穏やかに返してくれる。
「はっきりしすぎた物言いは、時に問題だがな」
いつまでもこんな風に、平和な時間が続けばいいのに——。
心からそう思った。
傷つけあうことも、戦うこともない、穏やかな日々。それさえ手に入れば、今よりもっと素敵な毎日が待っているに違いない。
……そのためにはまず、与えられた役目を果たさなくては。
その日の夕方、私はゼーレのいる地下牢へと向かった。
通い慣れた薄暗い通路を歩く。
慣れもあってか、ここしばらくは恐怖を抱かなくなっていた。もちろん、緊張感も消えてきていた。
だが、今は違う。頭頂部から足の先まで、緊張に包まれている。
今日は食事を運び食べさせるという内容ではない。固く閉ざされた金庫のようなあの口を、開けなくてはならないのだ。そんなことが私にできるのだろうか。正直、自信がない。
けれど、今さら逃げることなどできはしない——いや、逃げたりしたくない。
この役目から逃れる。それはつまり、トリスタンを助けない、ということだ。私を庇ったために敵に連れ去られてしまったトリスタンを見捨てることと同義である。
「……よし」
私は一人、そっと呟く。
それと同時に決意を固める。
——迷いは捨てよう。
トリスタンを救うためだ。ゼーレに情けをかけている場合ではない。
ゼーレがいる部屋に入る。
すると彼は、私が口を開くより先に言葉を発する。
「来ましたねぇ、マレイ・チャーム・カトレア」
まるで私が訪れた理由を知っているかのような言い方だ。いつも私が入っていった時とは反応が異なる。
「ごめんなさい。いきなり来てしまって」
殺伐とした空気になっても嫌なので、敢えて穏やかな口調で返す。
しかし、ゼーレの様子に変化はない。
彼は警戒心を剥き出しにしている。一体何があったのか、と首を傾げてしまうほどの変わりようだ。
「いいえ、謝ることはありません。上からの命なら仕方のないことですからねぇ。それで……用件は何です?」
やはり感づかれている。
これといった根拠があるわけではない。しかし、彼の口振りが昼頃までと明らかに異なっていることから、私は、「感づかれている」と判断したのだ。
「実は、少し話があって……」
「そんな前振りは結構です。早く本題に入りなさい」
ゼーレはきっぱりと述べた。
ここまで言われては仕方がない。私は観念して、本題を切り出す。
「教えてほしいの。トリスタンがどこへ連れていかれたかを」
本当は言いたくなかった。こんな尋問みたいなこと、したくはなかった。
でも、仕方がなかったの。
このままではトリスタンを助けられないから。
- Re: 暁のカトレア ( No.55 )
- 日時: 2018/07/05 21:42
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Jolbfk2/)
episode.50 なぜ好きなようにしないのです?
暫し、沈黙。
私は何とも言えない思いを抱いたまま、ゼーレの返答を待つ。
せっかくここまで築いてきた関係が崩れてしまうことを、私は、何よりも恐れていた。
彼がこれ以上傷つかないためにはこの道しかない。この道を選ばなくては、ゼーレがまた痛い目に遭う。だから、たとえ私たち二人の関係が壊れたとしても、これしかない。
一分くらい経ち、やがて、ゼーレは口を開く。
「構いませんよ」
仮面に隠された彼の口から出たのは、意外な言葉だった。
状況を理解しきれず、ただ彼の顔を見つめる。
「……なぜそんなに見つめるのです」
ゼーレは座り姿勢のまま、少し気まずそうな顔をした。
もっとも、顔は仮面に隠れているため、顔といっても雰囲気なのだが。
「あっ、ごめんなさい。でも、いいの?本当に教えてくれるの?」
彼の口が金庫のように固く閉ざされたものであることは、これまでの様子で分かっている。そんな彼が、こんなにもすんなり「構わない」など、明らかに不自然だ。疑いたくはないが、裏があるとしか思えない。
「リュビエがレヴィアス人を連れていくところなど、一つしかありませんからねぇ。貴女になら教えて差し上げても構いません」
「本当!?」
ゼーレは音もなくそっと頷いた。
妙に上手くいく。スムーズに事が運ぶのは、私としてもありがたいことだ。しかし、ここまでスムーズだと、さすがに少し戸惑ってしまう。
「ただ、二つだけ条件があります。それを飲んでいただけるのであれば、教えて差し上げましょう」
「条件?どんな?」
とんでもない条件を突きつけられたらどうしよう。そんな不安を抱きつつも、一応聞いてみた。何事も、聞いてみなくては始まらないからだ。
するとゼーレは述べる。
「一つは……私を自由の身にすること」
「拘束を解け、ということ?」
「そうです。いい加減、この暗闇にも飽きてきましたからねぇ。散歩でもしたいです」
ゼーレがここへ繋がれてから数週間が経過している。一日のほとんどの時間を拘束されたまま過ごしているのだから、退屈になるのも無理はないだろう。むしろ、よく今まで耐えたな、という感じである。
だが、拘束を解くなど、私の独断でできることではない。
相談もせずゼーレを解放したとなれば、グレイブに怒られるだろう。悪ければ帝国軍を追い出されるかもしれない。
「それは……グレイブさんに聞いてみないと」
「マレイ・チャーム・カトレア——貴女は、トリスタンよりもあの女が大切なのですか?」
「トリスタンの方が大切に決まっているじゃない。だって、何度も助けてもらった恩があるもの」
グレイブにお世話になっていないと言いたいわけではない。トリスタンにお世話になったことの方が多い、という意味だ。なんせトリスタンには、今まで何度も命を救われている。八年前のあの夜だって、そう。
「では彼を優先すべきではないですか」
「本当はそうしたいわ。でも、できないの」
「なぜです?」
「居場所がなくなるのが怖いの……」
狡い女だと思うわ、自分でも。
トリスタンはその身を痛めてでも私を護ろうとしてくれた。
それなのに私は、自分のことばかり考えて、トリスタン救出への一歩を踏み出せずにいる。
「笑いたければ笑えばいいわ」
私は勢いのままに吐き捨てた。
するとゼーレは、淡々とした声で話しかけてくる。
「らしくありませんねぇ、カトレア。板挟みでストレスが溜まっている、といったところですか」
「どうすればいいか分からない……」
ゼーレに対して弱音を吐くなんて、今日の私は本当にどうかしている。ゼーレは、私から大切な者を奪い、禍々しい記憶を植え付けた張本人。そんな憎むべき相手に弱さを見せるなんて、普通は考えられないことだ。
重い気持ちになっていると、ゼーレは唐突に言う。
「なぜ好きなようにしないのです?」
胸に突き刺さる言葉だった。
私だって好きなようにしたいわよ!と言いたくなるが、それはこらえる。上手くいかないからといって他人に当たるのは良くない。
「これまで貴女は好き放題してきたではありませんか。なぜ今になって迷うのですかねぇ」
「好き放題なんて……!」
「いいや。貴女は好き放題していました」
ゼーレは重ねてくる。
「貴女の好き放題があったから、今私はここにいるのだと思いますが?」
その言葉には何も言い返せなかった。
真実だったからだ。
「……悪かったと思っているわ。あの時は、こんなことになるなんて考えてもみなかったのよ。私はただ、話し合って理解できればと……」
はめてやろう、なんて気は微塵もなかった。あわよくば捕虜にしてやろうなんて気も。私はただ純粋に、落ち着いて話し合えればと思っていただけだったのだ。
私が言い終えて数秒後。
ゼーレは座った体勢のまま、呆れ顔になる。
「まったく、馬鹿らしい。そんな話ではありません」
「えっ?」
「好き放題できるのが貴女の良いところだと、そう言っているのです」
……意味不明。
分かりにくすぎる。この流れで「褒められている」と思える者など、存在するわけがない。
「そんなの分からないわよ!」
「すぐに怒らないでいただきたいものですねぇ」
冷静な声色で言われるから、余計に腹が立つ。
「ゼーレはいちいち分かりにくいの!」
「落ち着きなさい。近くで騒がれると耳が痛いです。うるささのあまり、耳が外れて、ポロリと落ちそうです」
何それ、怖い。
ゼーレが言うと笑えない。
「……もう。分かったわよ!」
灰色の大きな雨雲が風に流されていくような感覚。
馬鹿みたいなやり取りをしているうちに、心は段々軽くなっていった。そして、リラックスしてくると同時に、心は決まってくる。
「拘束を解くわ。その代わり、もし誰かに『なぜ』と聞かれたら、『脅されたから』と答えることにするから。それでいい?」
するとゼーレは、片側の口角を持ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「構いませんよ」
- Re: 暁のカトレア ( No.56 )
- 日時: 2018/07/06 09:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0dFK.yJT)
episode.51 今はただ、信じるのみ
トリスタン救出のための情報を教えるのと引き換えに、ゼーレが出した条件の一つ。それは、『拘束を解くこと』だった。
私一人では決められない。そう思った私は、すぐに条件を飲むことはできなかった。しかし、ついに覚悟を決める。
多少私の立場が悪くなろうが、そんなことは気にしない。トリスタンを救うためにできることはすべてする、と。
「拘束具の外し方を私は知らないわ。だから、これで壊すわね」
私は右の袖を捲る。そして、右手首に装着された腕時計の文字盤に、左手の人差し指と中指をそっと当てた。
「もし体に当たったらごめんなさい」
なんせ、まだまともにコントロールできないのだ。拘束具だけを狙い打ちするなど、ほぼ不可能である。
「べつに構いませんよ。どうせ、腕は機械ですから」
「体にも当たるかもしれないわ」
「お気になさらず」
ゼーレはあっさりとした調子で返してくれた。
私は右腕を、ゼーレの背中側にある拘束具へ向ける。
そして、光球を放つ——。
「……っ!」
衝撃に、ゼーレは身を縮める。
放たれた赤い光球は、拘束具を砕いた。それと同時に、彼の体に絡みついていた鎖もずり落ちる。
残るは足の拘束具のみ。
「平気?」
「問題ありません」
ゼーレは落ち着いていた。
今のところ怪しい動きはない。
次は足の拘束具を外すよう試みる。腕を拘束していたものよりかは頑丈だったが、赤い光球を三四回当てるうちに外れた。
これで彼は、完全に自由の身だ。
「外したわ。これで教えてくれる?」
ゆっくりと立ち上がろうとしているゼーレに声をかける。すると彼は「まだです」と返してきた。それを聞いて私は、彼が条件は二つと言っていたことを思い出す。
「そういえば、そうだったわね。忘れていたわ」
やれやれ、といった空気を全身から漂わせてくるゼーレ。
「もう一つの条件は、何?」
彼は立ち上がりきると、銀色の仮面に覆われた顔をこちらへ向ける。
「すべてが終わるまで、他の者に口外しないことです」
それには、さすがに戸惑いを隠せなかった。
他の者に言ってはならないのなら、私一人でトリスタンを助けに行かなくてはならないではないか。無茶だ。
「私に一人で行けと言うの?あんまりだわ!」
はっきり言い放つ。
すると彼は、静かな声で「まさか」と返してきた。
「馬鹿ですかねぇ?貴女一人が乗り込んだところで、救出など不可能でしょう」
くくく、と笑われる。
正直感じが悪い。
しかし、時折他人を小馬鹿にしたような態度をとるのは、彼の性分だ。だから気にすることはない。一応分かってはいるのだが、それでもイラッとしてしまう。
「どうして笑うのよ!」
「小さいですねぇ。すぐに怒らないで下さい」
「真面目な話をしているのよ!?笑ってる場合じゃ……」
すると彼は、金属製の手で私の片腕を掴んできた。
バクン、と心臓が鳴る。このまま誘拐されたらどうしよう、と脳裏に不安がよぎる。
しかし乱暴な手段をとられることはなかった。
ただ、一気に体を引き寄せられたために、顔と顔の距離が接近する。
「話を聞きなさい。私が同行すると言っているのです」
「……え。ゼーレが?」
「そうです。私ならまだしも怪しまれないでしょう」
顔と顔の距離が近いことに動揺し、話が頭に入ってこない。
トリスタンはあんな質だ。すぐに接近してくる。だから、トリスタンと距離が近くなることには慣れてきた。
しかし、ゼーレは違う。
彼とはこれまで、それほど近づいたことがなかった。なので、今こうして体が触れるほど近くにいることが、信じられない。緊張やら何やらで、全身が強張る。
「でも……私たち二人だけで基地の外へ出られる?」
「その心配は要りません」
「言うのは簡単だけど、結構きっちり閉ざされているわよ。何か策はあるの?」
ゼーレだって傷を負っている身だ。
こっそり基地から抜け出せるのかどうか怪しい。
「策無しではさすがに……」
言いかけた、その時だった。
ゼーレは仮面を着けた顔を私に近づけたまま述べる。
「気にすることはありません。ここから直通で行けますから」
「え。直通って?」
想像の範囲を軽く超えていくゼーレの発言に、私はただ戸惑うことしかできなかった。
この地下牢に外へ続く道などありはしない。罪人や捕虜を収容するための牢に、そんなものが存在するわけがないではないか。それなのにゼーレは「直通」なんて言う。理解不能だ。
「まぁ……説明するのも面倒です。見せて差し上げます」
彼は、その時になってようやく、私の腕を離した。
続けて金属製の右腕を前向けに伸ばす。すると、手の周辺の空間がグニャリと歪んだ。
「え、え、え」
私は思わず情けない声を発してしまう。
この世の現象とは思えない現象が、目の前で起こったからだ。これが現実に起きていることだとは到底理解できない。しかし、ゼーレが真面目な雰囲気でいるところを見ると、冗談やまやかしなどではなさそうだ。
そのうちに、歪んだ空間は大きくなっていく。
——そしてついに、人が通れるくらいの穴となった。
「えっ……穴?」
「そうです。通れます」
私は混乱しながらゼーレへ視線を向ける。
「どこへ繋がっているの?」
トリスタンが腕時計から白銀の剣を取り出したり、私の腕時計から赤い光が放出されたり。普通考えられないような現象は、これまでに多々見てきた。しかし、別の空間に繋がる穴を作る、なんて現象は見たことがないし理解できない。
「ボスをはじめ、我々が生活している基地です」
「トリスタンは……本当にそこにいるの?」
やはり疑ってしまう。
ゼーレは私をボスに差し出すつもりなのではないか、と。
「疑い深いですねぇ、カトレア」
「そこにトリスタンがいる保証があるの?」
彼は数秒空けて、静かに「恐らく間違いないと思います」と返してきた。淡々とした、真っ直ぐな声色だ。その声を聞く感じだと、嘘を述べているとは思えない。
「信じられないなら……止めますか?」
「いっ、いいえっ!行く!行くわよ!」
トリスタンを助けに行く。
今はそれが何よりも優先だ。私がどうなるかなど、関係ない。
「……良い覚悟ですねぇ」
「ちゃんと案内してちょうだいよ!」
「もちろん……そのつもりです」
今日のゼーレは、なぜか、いつもより素直な気がする。
不気味さはあるが、彼はきっと裏切ったりしないだろう。
いずれにせよ彼を頼る外ないのだ——だから、信じるしかない。
- Re: 暁のカトレア ( No.57 )
- 日時: 2018/07/08 22:01
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: rLG6AwA2)
episode.52 敵地へ乗り込む
ゼーレが開いた穴を通り、私は見知らぬ場所へと飛び込んだ。
そこは無機質な場所だった。
金属製と思われる真っ黒な床に立つと、靴を履いていても、足の裏まで冷たさが伝わってくる。そこに温かみなんてものは、ほんのひと欠片も存在していない。
「なるべく騒がないで下さいね」
「騒がないわよ!」
「ほら。すぐにそうやって大きな声を出すじゃないですか。止めていただきたいものですねぇ」
「……ごめんなさい」
私の心は不安に揺れていた。
まったく知らない敵地、というだけでも不安だ。それなのに、傍にゼーレしかいないのだから、なおさらである。
「ま、分かればいいでしょう。とっとと行きますよ」
ゼーレは歩き出す。妙に早足だ。私は慌てて彼の背を負う。
「待って」
「待ちません。面倒なことになりたくありませんから」
淡々と足を進めるゼーレ。その足取りに迷いはない。
そんな彼の背中は、なぜか、妙に逞しく見えた。
本来憎むべき相手のはずだったのに。
それからしばらく、私はゼーレの後ろについて歩いた。
黒いマントをなびかせて歩く彼は、私を待ってはくれない。しかし、一応速度は調節してくれているようで、ゼーレと私の距離は常に一定だった。
「ねぇ、ゼーレ。本当にこっちで間違いないの?」
「間違いありませんよ。疑い深いですねぇ」
ゼーレは、煩わしい、と言いたげに顔をしかめる。
「トリスタンに会える?」
「会えます」
「トリスタン……。怪我していないといいけど」
するとゼーレは吐き捨てるように言う。
「さすがに、無傷ということはないでしょう」
こちらが切なくなるほどに、冷ややかな声だった。
同情など、彼が一番嫌うことだ。それは分かっている。しかし、それでも私は、こんな風になってしまった彼を可哀想だと思った。
「どうしてそんなことを言うの!」
「だから騒ぐなと言っているでしょう」
「トリスタンが傷つくことを望むなんて、酷いわ!」
つい感情的になってしまった。無意識のうちに声が大きくなる。
おかげでゼーレに睨まれた。
「……勘違いしないで下さい」
低い声を出されると、自然と体が強張る。
「私は貴女への恩を返すだけ。レヴィアス人の味方になるというわけではありません」
なぜ平気でそんなことを言うのだろう。突き放すようなことばかり言って、自分を独りにして、寂しいとは思わないのだろうか。
少しくらい、寄り添うように努めればいいのに。
「じゃあゼーレは、これが終わったらもう、喋ってくれないの?」
数歩先を行く彼に尋ねてみた。
「ボスやリュビエのところへ帰ってしまうの?」
私の二度の問いかけに、ゼーレは答えなかった。
彼は進行方向だけをじっと見据え、歩き、沈黙を貫く。グレイブにやられた傷はまだ治癒しきっていないはず。それなのに背筋がぴんと伸びているから、不思議だ。
——そんなことで、彼からその答えを聞くことはできずじまいだった。
さらに歩くこと数分。
ゼーレと私は、扉の前へたどり着いた。
無知な私でも「鉄製だろうな」と想像のつくような、いかにも分厚そうな扉だ。全体的には灰色で、ところどころ赤茶色になっている。お世辞にも綺麗とは言い難い外観である。
威圧的な空気をまとった扉にゼーレは触れた。
ピコン、と可愛らしい音が鳴る。
「カトレア、心の準備をしておきなさい。トリスタンは恐らく、この先です」
「分かったわ」
私は心の準備をしながら、一度だけ深く頷いた。
その間も、ゼーレは手を扉に当てている。
「何をしているの?」
「ロック解除です。どうしても……少し時間がかかりますねぇ」
扉を開けるために、なぜ手なのか。
私は純粋に疑問に思った。
「扉を開けるなら、鍵じゃないの?」
「帝国ではそうなのでしょうねぇ。しかし、ここでは違うのです」
「そう。謎ね」
待つこと数十秒。
突然ガチャリと音がした。
これは私にでも分かる。鍵が開いた音だろう。
「もう開いた?」
「せっかちですねぇ……」
「何よ、悪い!?」
「いちいち怒らないで下さい。で、貴女が仰る通り、扉は開きました」
ゼーレは淡白に言うと、鉄製の扉を開ける。
キィィィ、と軋むような音が鳴り、私は一瞬耳を塞いだ。単純に耳が痛かったからである。すぐに元の体勢に戻る。
「ここは……部屋?凄く広いのね」
私は思わず感心の声を漏らした。
分厚い扉の向こう側に広がっていたのは、狭い牢屋などではなかったからだ。個人的にはゼーレが入れられていたような薄汚い部屋をイメージしていたのだが、扉が開かれた今、この目に映るのは、想像とは真逆の空間だった。
だが、こんなことに驚いて時間を潰している場合ではない。
一刻も早くトリスタンのもとへ行かねばならないのだ。一分一秒も無駄にはできない。
なので私は、ゼーレとともに、部屋の中へと足を進めた。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「……化け物っ!?」
私たち二人の行く手を遮るように、化け物の群れが現れたのだ。
今回は狼型ではない。蜘蛛でも蛇でもない。
昔何かの本で見た悪魔のように鋭い羽を持ったこれは——コウモリ。洞窟なんかの天井にぶら下がると言われている、コウモリの形をしている。
「やはり罠がありましたか……」
ゼーレは、一人納得したように呟いている。
「罠がありましたか、じゃないわよ!可能性があるなら、先に教えておいてちょうだい!」
「細かいですねぇ、貴女は」
「べつに細かくなんてないわ!普通よ!」
「はぁ」
面倒臭そうな顔をされてしまった。
当たり前のことを言っただけなのに面倒臭そうな顔をされるというのは、少々悔しいものがある。文句を言ってやりたい気分だ。
けれど、そんなことをしている暇はない。
今はただ、目の前のコウモリ型化け物を殲滅することだけを考えなくては。
「ゼーレ!この群れはどうするの!?」
考えにずれがあっては後ほど困る。だから一応確認しておいたのだ。
すると彼は、落ち着きのある声で返してくる。
「一気に片付けます。貴女も協力なさい」
そんなことを言いながら、ゼーレは、高さ一メートルほどの蜘蛛の化け物を、四五体作り出した。
「えっ。私も!?」
「まったく馬鹿らしい。当然でしょう」
「わ、分かったわ!」
私は速やかに、赤い光球を放つ準備をする。
そのうちに、コウモリ型化け物の群れが、私たちをめがけて飛んでくる。予想外の速度だ。
だがゼーレは怯まない。蜘蛛の化け物たちへ素早く支持を出す。
そして支持を受けた蜘蛛の化け物たちは、炎を吹き出し応戦する。コウモリ型化け物もさすがに近寄れない、かなり強力な炎だ。
それを目にした瞬間、あの夜の禍々しい記憶が蘇った。
村が燃える。人々は泣き叫び、逃げ惑う。そして私の母は、この赤に飲み込まれて塵と化した。
すべてが失われたあの夜の、消し去ってしまいたいものが、次から次へと脳裏に浮かんでくる。そしてそれらの記憶は、ゼーレは憎むべき相手なのだと、繰り返し語りかけてきた。
分かっているのだ、そんなことは。嫌というほど分かっている。
それでも今は——トリスタンを助けるために、ゼーレを信じる外ないのだ。
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