コメディ・ライト小説(新)
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- 暁のカトレア 《完結!》
- 日時: 2019/06/23 20:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。
《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。
※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。
《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153
《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん
- Re: 暁のカトレア ( No.68 )
- 日時: 2018/07/25 20:19
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 10J78vWC)
episode.63 海の街へと
数日後。
ダリアへ出発する朝が来た。
天気は見事な快晴。空は晴れ渡り、青く澄んでいる。日差しはかなり強いが、そんなことは少しも気にならないほどに、心地よい朝だ。
昨夜の夜警は、今回ダリアへ行かない隊員が務めてくれた。そのため、私たちは夜の間に睡眠をとることができ、助かった。恐らくみんな、ぐっすり眠れたことだろう。
普段通り、焦げ茶色の長くも短くもない髪を一つにまとめ、帝国軍の制服を身にまとう。私はそれから、荷物を詰めたトランク持って、集合場所へと向かった。
「マレイちゃーんっ!」
集合場所である、基地を出てすぐのところへ行くと、フランシスカが迎えてくれた。彼女は、朝早いとは思えぬ、晴れやかな顔つきをしている。
そして驚いたのは服装だ。
私はてっきり制服を着ていくものと思っていた。しかし、それは違ったらしい。というのも、フランシスカは私服だったのである。
彼女が着用しているワンピースは、初々しさのある桃色。丈は太ももと膝のちょうど真ん中くらいまで。丸みのある襟と、スカートに当たる部分に施された小花の刺繍が、非常に愛らしくて印象的だ。
あどけなさの残る、大人と子どもの狭間の女性——そんな雰囲気を演出するにはもってこいのデザインだと、私は思った。
「おはようございます」
「おはようっ」
「その服、可愛らしいですね」
「でしょでしょ!ありがとっ」
フランシスカは屈託のない笑みを浮かべる。今日の彼女は機嫌が良さそうだ。
「で、マレイちゃんはどうして制服なの?」
穢れなき笑顔のまま、痛いところを突いてくる。
さすがはフランシスカ。
「前にフランが買ってあげた服、着ないの?」
「いいえ。もちろんちゃんと持ってきているわ」
つい怪しい発言になってしまったが、嘘ではない。前にフランに買ってもらった服は、トランクの中にちゃんと入っている。
「着てくれば良かったのに!」
「ごめんなさい、フランさん。制服を着るものだと勝手に思い込んでしまっていたの」
するとフランシスカは、瞼を半分ほど閉じ、ジトッとこちらを見てきた。
「ホントにー?」
「嘘なんてつかないわ。本当よ」
「……なんてねっ。冗談だよ。びっくりした?」
そんなことだろうと思った。
彼女は、冗談とは思えない冗談を言う質である。
さすがにもう慣れたわ。
呑気にフランシスカと話していると、そこへ、グレイブがやって来た。
「マレイに、フラン。もう来ていたのか。早いな」
良かった!
グレイブも制服だった!
「どうしてマレイちゃんが先なんですかっ。フランの方が早く来てたんですけどー」
「そうだったのか、すまない。では、フランにマレイ、だな」
フランシスカの絡みを軽く流せるグレイブを、私は内心尊敬した。さすが大人、といった感じの対応だ。
私もいつかそんな対応をできるようになりたい、と思った。
それから、私たちはダリアへと移動することになった。トリスタンと帝都へ来た時と同じ、列車での移動だ。
二人ずつ座る席だったので、私はゼーレの隣に座った。彼の隣に座りたい者はいないだろう、と思ったから。
ちなみに、窓側がゼーレで、私は通路側である。
「そういえば……カトレア」
隣の席に座りはしたものの気まずくて、黙っていると、ゼーレが自ら話しかけてきた。彼から関わってくるというのは、新鮮な感じだ。
「何?」
「貴女が働いていた、あのオンボロ宿に泊まるそうですねぇ」
「そうなの!?」
「グレイブがそう言っていましたよ。カトレアの知人の宿だからだそうです」
知らなかった……。
ということは、アニタに会うということだ。久々でなんだか緊張する。
だが、この機に成長した姿を見せなくては!
「あのオンボロ宿……衛生管理はちゃんとしていますか?」
「え?」
「清潔にしているのか、と聞いているのです」
いきなりの問いに戸惑いながらも、私は、「えぇ」と答えた。
衛生管理、というのは難しくて分からない。しかし、不潔ではないということは、分かっているからである。
「なら良いですが」
ゼーレは銀色の仮面に覆われた顔を窓側へ向けつつ、独り言のように言う。
どうやら彼は綺麗好きらしい。正直ちょっと意外。新たな発見だ。
ちょうどその時、小さな男の子が、ててて、と走ってきた。茶色い髪の五歳くらいと思われる男の子だ。
その子は、私たちの席の近くにまで歩いてくると、立ち止まる。そして、ゼーレを指差した。
「怪しいやつがいるー!」
大声で言われたゼーレは、ガタンと座席から立ち上がる。
「何が怪しいやつですか!」
「落ち着いて。子どもよ」
しかしゼーレは止まらない。むしろ、さらにヒートアップしていってしまう。
「カトレア!貴女は、子どもなら何をしても許されると言うのですか!」
「叫ばないでちょうだい!」
私はついに声を荒らげた。
口調を強めなくてはゼーレは止まらない、と思ったからだ。
すると、ゼーレの怒りは少し止まる。
「……はいはい。分かりましたよ」
今度はいじけるモードに入ったようだ。窓の方を向き、手元に小さな蜘蛛の化け物を乗せている。私の方は一切見ない。
泣き出しそうになっている男の子に、私は優しめの声で話しかける。
「大丈夫?お父さんかお母さんは?」
「う、う……う……」
ついに泣き出してしまった。
「泣かなくていいわ。お父さんかお母さんのところへ帰るのよ」
「……うん」
それから一二分が経過した後、母親らしき女性が男の子を連れにきた。おかげで、親を一緒に探さなくてはならない状況は免れた。それは良かったと思う。
しかし——ゼーレの機嫌が悪くなってしまったのが厄介だ。
- Re: 暁のカトレア ( No.69 )
- 日時: 2018/07/26 15:11
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GudiotDM)
episode.64 弾きあいつつも
無理矢理制止しようと強い調子で声をかけたため、ゼーレはすっかり不機嫌になってしまった。彼は窓の方を向きながら、自身が作り出した小さな蜘蛛型化け物と戯れている。こちらへ顔を向けようとは少しもしない。
「ゼーレ。さっきはきつい口調になって、ごめんなさい」
「…………」
「怒ってる?」
「…………」
完全に無視だ。
これだからゼーレは、と言いたくなるような、露骨な無視の仕方である。
なぜこうも分かりやすいのだろう。
「ゼーレ、こっちを向いて。怒らないで」
挫けずに声をかけてみるが、やはり返事は返ってこなかった。さすがにイラッときた私は、いけないと分かっていながらも、声を荒らげてしまう。
「もう!どうして無視するの!」
カッとなっていたのもあり、私は半ば無意識に、ゼーレの片腕を掴んでしまう。すると彼は、腕を掴む私の手を、パァンと払い除けた。
——そして、訪れる沈黙。
私とゼーレの間の空気が、冬のように冷えていく。どうしてゼーレとだけは、こうも上手くいかないのだろう。
アニタ、トリスタン、その他の隊員たち。今まで出会ってきたゼーレ以外の人たちとは、気まずくなることはあれど、派手に喧嘩になることはあまりなかった。
なのにゼーレとは、すぐに言い合いになってしまう。
「……酷い」
隣に座っているのがトリスタンなら、こんなことにはならなかったのに。
そんな風に思ってしまった。
「口を利いてさえくれないなんて、酷いわ」
段々泣きたくなってくる。
親しくなれてきたと思った。少しずつ距離は近づいていると、そう信じていた。
だけどそれは、私の勝手な思い込みだったのかもしれない。そう思った時、悲しみの波が押し寄せてきた。
言葉にならない鈍い痛みが、胸全体に広がる。
「どうしてよ……」
グレイブやシン、フランシスカなどを含む他の隊員たちは、自由気ままに寛いでいる。
持ってきたお菓子を食べる者。本を読んでいる者。隣の人と話す者。と、行動は色々だが、みんなリラックスした表情だ。
暗い顔をしているのは私だけ。
そんな時だった。
「どうしたのですかぁぁ?」
憂鬱な気分にさいなまれて黙り込んでいると、唐突に、誰かが声をかけてきた。いちびったような声だったので、声の主がシンだとすぐに気づく。
俯いていた面を持ち上げると、彼の大きめの眼鏡が、すぐ近くにまで接近してきていた。今日のシンは、いつもとはデザインが異なった眼鏡を装着している。今日の眼鏡は黒縁だ。
「シンさん……」
「浮かない顔をなさってますけどぉ、何かありましたかぁぁぁぁぁぁ?」
シンの独特の喋り方は健在のようである。
「特に何も……」
私が言いかけた瞬間、シンはさらに顔を近づけてきた。ぐいっぐいっ、と寄ってくる。かなりの迫力だ。
「嘘!それは嘘ですねぇぇぇ!」
声が大きい、声が。
「あ!もしかしてぇぇ、隣の彼と喧嘩ですかぁぁぁぁぁ!?」
「ちょ、ちょっと、静かにして下さいっ……!」
ヒートアップしてくるシンを、私は慌てて制止する。するとシンは、「そうでした」と言いつつ、大人びた咳払いをした。グレイブに怒られ慣れているからか、意外と素直だ。
「で、マレイさんがぁぁ、落ち込んでらっしゃる理由はぁぁ、何ですかぁぁぁ?」
「あの、気にしないで下さい。たいしたことはないので」
「けどぉ……心配ですよぉぉぉぉぉぉ。仲間ですからぁぁぁ」
なぜこうも首を突っ込んでくるのだろう、と不思議に思っていると、シンはゼーレの方へ目を向けた。
シンが余計なことを言わなければいいのだが。
「あのぉー、ゼーレさん。マレイさんに意地悪するのはぁ、止めて下さいぃぃぃ」
「余計な発言は慎んでいただきたいものですねぇ」
「で、ですがぁ、ゼーレさん。マレイさんが落ち込んでぇ……」
するとゼーレは、いつになく冷ややかな声を発する。
「黙りなさい」
ゼーレの金属製の腕に乗った小さな蜘蛛が、シンを威嚇するように動いていた。
その蜘蛛型化け物に気がつくや否や、シンは叫ぶ。
「うわあああぁぁ!虫は嫌ぁぁぁぁぁぁ!」
空気を震わせ、彼は大慌てで走り去る。半泣きになっていた。
シンが逃げていった直後、ゼーレは不満げにぽそりと呟く。
「蜘蛛は虫ではないのですがねぇ……」
突然の独り言に驚いてゼーレの方へ顔を向けると、ちょうど、彼もこちらを向いていた。彼は気まずそうな仕草をする。
しかし、少しして、彼は口を開く。
「先ほどは……その」
何やら言いにくそうにしている。
「すみませんでしたねぇ、無視して」
「え?」
思わず情けない声が出てしまった。ゼーレの方から謝ってくるなんて、夢にも思わなかったからだ。
「ゼーレ?今、何て……」
「何度も言わせないで下さい」
両腕を背中側へ回しつつゼーレは返してきた。
「どうしてよ。聞こえなかったの、もう一度言ってくれない?」
「聞き逃した貴女に問題があるでしょう」
「ごめんなさい。でも、ちゃんと聞きたいの。だからお願い。もう一度言って」
やや上目遣いで頼んでみる。こういったことには慣れていないが、せっかくの機会だから試してみたのだ。
すると、意外なことに、ゼーレは言う。
「無視して悪かった、と言ったのです」
やはり聞き間違いではなかったらしい。改めてほっとした。
「……私を責めますか?」
「いいえ。そんなことしないわよ。気にしていないもの」
責めたって、何にもならない。
「やはり……お人好しですねぇ」
「悪い?」
「いえ、べつに」
- Re: 暁のカトレア ( No.70 )
- 日時: 2018/07/27 18:54
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)
episode.65 ダリアに着いてから
長い列車の旅を終え、私たちはダリアに降り立った。
すっきりと晴れた空と、夏のような音を立てる海が、青一色で繋がっている。
帝都とはかなり異なる風景が懐かしい。が、その風景よりも、「懐かしい」と思ってしまう自分に驚く。ダリアから離れ、まだ半年も経ってもいないのに、こんなに懐かしいのが不思議だ。
「ここがマレイちゃんが暮らしてた街なんだねっ。凄い田舎だけど、綺麗!」
アニタの宿へ行く道中、隣を歩いていたフランシスカが言った。
凄い田舎、は余計だが、ダリアの美しさを分かってくれている様子なのは嬉しい。なんせ青が綺麗なのだ、この街は。
「マレイちゃんはこんな綺麗なところで、宿のお手伝いなんてしてたの?」
「えぇ。そうよ」
あっさり答えると、彼女は満面の笑みで述べる。
「もったいないことしてたんだね!」
はい?と言いたくなる気分だ。
とにかくどこかで働かなくては、生きていけない状況だったのだ。それに、職場を選ぶ余裕なんてなかった。そんな状況でまともな宿に勤められていたのだから、感謝しなくてはならない。
もっとも、ずっと帝都暮らしのフランシスカには分からないのだろうが。
少しして宿に着く。
なぜか私が先頭になってしまったため、恐る恐る、アニタの宿の入り口の扉を開ける。帝国軍の一員として泊りにやって来た私を見たら、アニタはどんな顔をするだろうか。
また何やら叱られそうな気もするが、今やそんなことは怖くない。
キィ、と音を立てて扉は開く。
するとそこには、懐かしい風景が広がっていた。宿泊客が食事をとる一階だ。
「こんにちはー」
私はやや小さめの声で挨拶をしてみる。
しかしアニタからの返事はない。
しばらく待ってみるも、誰も出てこない。それに、私が勤めていた頃より、空いている気がする。寂しげな空気が一階全体を満たしていた。
「……留守か?」
後ろにいたグレイブが、私の前辺りまで歩いてくる。
「マレイ、この時間は留守のことが多かったか?」
「いえ。お昼時は大体一階にいるはずなんですけど……」
おかしい。こんな昼間から、アニタが席を外すはずはない。だって、今の時間帯は、一番宿泊客が予約に来る時間だもの。アニタは、書き入れ時に外出するほど、マイペースな人ではないはずだ。
「もしかして……何かあったのかな?」
不安げな表情になるフランシスカ。
漂う空気が固くなっていく。
「よく分からないが、何かあったら問題だ。そこらまで様子を見てこよう。フランも来れるか?」
「はいっ」
「よし。では行こう」
グレイブはアニタを探しにいく気のようだ。
彼女の持つ、慣れない街でも怯まない行動力は、尊敬する。遠征部隊に所属していた頃に培った力だろうか。
宿を出ていくグレイブとフランシスカの後を、シンが追いかけていく。大きな声で「待って下さいよぉぉぉ!」などと言いながら。
なかなか珍妙な光景だ。
ダリアで暮らす人たちに、不審な集団と思われないといいが……。
グレイブらが出ていった後、私以外で唯一その場に残っていたゼーレが呟く。
「やれやれ。行ってしまいましたねぇ」
確かに、それは思う。
慣れていない街でいきなり動くなど、私だったらできない。
「行動が早いわよね」
「慣れない地では下手に動かない方がいいと思うのですがねぇ」
「……ゼーレにしては珍しく、まともなこと言っているわね」
「珍しく、は余計です」
そんな風に、ゼーレと冗談混じりの会話をしていると、トントントントン、と足音が聞こえてきた。それは、二階からの階段を降りる時の音だ。この宿屋で働いていたからこそ分かる。
アニタが降りてきた。
そう思い、階段の方へ顔を向ける——が、アニタではなかった。
さらりと流れる金の髪。
階段を降りてきたその人に、私は愕然とする。
「とっ、トリスタン!?」
暫し頭がついていかなかった。
休息するよう言われていたトリスタンがここにいるなんて、夢でも見ているのではないか、といった感じだ。
一つにまとめた長い金髪。深みのある青をした双眸。見慣れたトリスタンの容姿だが、今見ると、不思議という感じしかしない。
隣のゼーレを一瞥してみる。やはり彼も言葉を失っていた。
「びっくりさせちゃったかな?マレイちゃん」
トリスタンは柔らかく微笑みかけてくる。だが、私の心は疑問に満ちたままだ。
「どうしてトリスタンがここにいるの?」
「基地にいようと思っていたけど、やっぱりマレイちゃんに会いたくてね。ちなみに、宿泊費は自腹だよ」
マレイちゃんに会いたくて、は気恥ずかしいので止めてほしい。
特に、ゼーレがいる時は止めていただきたいものだ。というのも、ゼーレはそういったことに敏感なので、ややこしくなりがちなのだ。
「トリスタンも戦うの?」
「ううん、戦いはしないよ。なんせ休めと言われているからね」
一応分かってはいるらしい。
「ただ、マレイちゃんと離れるなんて嫌だったからね。つい来てしまったんだ」
つい来てしまった、でいいのか。大人なのにそれで大丈夫なのか。
突っ込みたいことは色々あるが、色々ありすぎて突っ込む気にもなれない。
「せっかくのマレイちゃんと楽しめる機会だからね」
トリスタンは私の手をとり、そっと握ってくる。
「戦えないにしても、来ないわけにはいかないよ」
「相変わらずね、トリスタン」
「え、そう?」
言いながら、首を傾げるトリスタン。その目つきは柔らかい。どうやらトリスタンは、無自覚でこのような発言をしているようだ。
トリスタンに会えたのは嬉しいが——少々疲れそうな予感がする。
- Re: 暁のカトレア ( No.71 )
- 日時: 2018/07/29 23:23
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: npB6/xR8)
episode.66 食べられる化け物
数分後。
フランシスカが宿へ帰ってきた。息が荒れているところを思うと、駆けてきたのだろう。
「マレイちゃんっ!」
彼女は私の近くにいるトリスタンを目にし、戸惑いに満ちたような顔をする。なぜトリスタンらしき者がいるのか分からないからだろう。
しかしフランシスカは、そのことに触れはしなかった。それより大切なことがあったからだと思われる。
「すぐ来れるっ!?」
慌てた様子のフランシスカに、ゼーレが怪訝な顔をする。異変を察知したようだ。
「……何かあったのですか?」
「カニ型化け物が出たの!この宿の主さんも巻き込まれてるっ」
それを聞き、私は思わず声をあげる。
「そんな……!」
アニタが化け物に襲われているということだろうか。だとしたら、少しでも早く助けに行かなくては。一刻も早く駆けつけて、助けなくてはいけない。
だって、アニタには凄くお世話になったから。
カニ型化け物か何か知らないが、恩のある人をそんなやつに傷つけさせるわけにはいかない。
「分かった。すぐに行くわ」
私はトリスタンを一瞥する。彼は「行って」というように、一度こくりと頷く。急なことではあったが、トリスタンは状況を理解してくれているようである。
「じゃあついてきてっ」
「えぇ、行くわ!」
先に走って行くフランシスカ。
私は、その背中を追った。
フランシスカの背を見失わないよう気をつけつつ、砂利道を懸命に走る。
帝都の道はもう少し整備されている。だから、整備されていない砂利だらけの道を走るのは久々だ。けれど、私の足は砂利道を駆ける感覚をしっかりと覚えていた。それゆえ、苦労なく走ることができる。
人生において、何の役にも立たない経験などありはしないのだと、今改めて感じる。
海の見える高台に着いた時、そこから見下ろす砂浜の光景に、私は愕然とした。というのも、アニタの宿に勤めていた八年間の中でも、一度も見たことのない光景だったからである。
「なっ、なにこれっ!?」
驚かずにはいられなかった。
なんせ、広大な砂浜にびっしりと、巨大なカニが現れていたのだから。
「あれが噂のカニ型化け物らしいよっ」
フランシスカが最小限の言葉で教えてくれた。
「あれが……。でも、カニにしては大きくない?」
「マレイちゃんったら、もう!カニじゃないって言ってるでしょ?あれは化け物の一種!」
あ、そうか。
それなら巨大なのも理解できる。蜘蛛型化け物の中に数メートルある個体がいるのと同じことだから。
そこへ、今になって追いついてきたゼーレが口を挟んでくる。
「実に多いですねぇ」
ゼーレが自ら絡んできたことに、戸惑った顔をするフランシスカ。
よく考えてみれば、その反応は真っ当だ。ついこの前まで敵だった者が当たり前のように話に入ってきたのだから、戸惑わないわけがない。
むしろ、なんとなく馴染んでいる私が変なのである。
「何それっ。他人事みたいで感じ悪いっ!」
「貴女は……カトレアと違ってうるさいですねぇ」
「マレイちゃんと比べないで!フランはフランなのっ!」
フランシスカとゼーレは、いつの間にやら険悪になっていた。
こうして見ていると、なかなか上手くはいかないものなのだな、と思う。
「……それより。倒さなくて良いのですかねぇ」
砂浜を見下ろしながらゼーレが漏らすと、フランシスカはむっとした顔をする。そして、鋭く言い放つ。
「ちょっとは協力しなさいよっ!」
ミルクティー色の髪は柔らかで、無垢な少女のように愛らしい顔立ち。睫毛は長く、瞳は丸い。そんなフランシスカだが、はっきりとした物言いには結構迫力があった。
「うるさいですねぇ」
フランシスカから鋭い声をかけられたゼーレは、「怒るまでもない」といったようにそう呟き、顔を私の方へ向ける。これ以降フランシスカを無視する、ということを暗に言っているような態度だった。
「効率的に行きましょう」
「取り敢えず砂浜の方へ行ってみる?グレイブさんの指示を待ち続けるだけというのもなんだし……」
「……分かりました」
ゼーレはなぜか素直だった。ひねくれ者の彼が素直な言動をとっていると、とにかく不思議で仕方がない。
その瞬間。
フランシスカが文句を言ってきた。
「ちょっと!フランを放って勝手に進めるとか!」
……あ。
正直に言うと、彼女の存在を忘れてしまっていた。
時折、傍にいる人の存在を忘れて話を進めてしまうのは、私の悪い癖だ。そんなのは失礼極まりない。
これからは気をつけよう、と、私は密かに思った。
「あっ……、勝手にごめんなさい」
「ま、分かればいいけどねっ」
良かった。許してはもらえそうだ。
「それじゃあグレイブさんからの伝言を伝えるねっ。マレイちゃんとそいつは——」
刹那、ゼーレがぐっと前へ出る。
「不躾ですねぇ。そいつ、などと言わないで下さい」
「うるさい。黙って」
またしても険悪な空気になるフランシスカとゼーレを、私は必死に制止した。
というのも、くだらないことでいちいち言い争っている暇はないと分かっているからだ。今は、砂浜を埋め尽くすカニ型化け物を倒すのが、最優先である。
「とにかく!マレイちゃんとその男は、地面から化け物退治をして!フランは上空から一気にいくからっ」
フランシスカの言葉に、私はハキハキと返す。
「えぇ、分かったわ!任せて!」
「なるほど……シブキガ二退治というわけですねぇ」
——数秒の間。
そして、私とフランシスカは同時に発する。
「「シブキガニ?」」
ゼーレがさらりと言った言葉に、反応したのだ。聞き慣れない言葉だけに、何かと思った。
「「シブキガニって?」」
私とフランシスカが再び尋ねると、ゼーレは答える。
「いちいち面倒ですねぇ……シブキガニというのは、あのカニ型の別名です」
なるほど、と感心する。
さすがあちら側にいた人間だけあって、化け物に詳しい。
「食用として開発された、珍しく食べられる化け物ですよ」
- Re: 暁のカトレア ( No.72 )
- 日時: 2018/08/01 12:56
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xDap4eTO)
episode.67 シブキガニ
私とゼーレは、高台から、砂浜へと下りる。赤茶色をしたカニ型化け物——別名シブキガニの群れを退治するために。
ゼーレは蜘蛛型化け物に乗っての移動だが、私は走りなので、彼についていくのが大変だ。必死である。
けれども、ダリアのためアニタのためと思えば、少しくらい無理しても平気だ。
「待って!ゼーレ!」
「カトレア……急いで下さい。もたついていると、時間がもったいないですからねぇ」
ゼーレはこんな時にまで
「なら乗せてちょうだいよ!」
「それはできません。この子たちはデリケートなのです」
べつに悪いと言うわけではないが、過保護すぎる感が否めない。
砂浜に降り立つ。
改めて、シブキガニの大きさを感じた。高台から見下ろしても結構な大きさではあったが、同じ高さに立つと、より一層巨大に見える。日頃食べるカニとは、比べ物にならない大きさだ。
ゼーレは蜘蛛型化け物から降りる。
そして、高さ一メートル程度の蜘蛛型化け物を、四体作り出す。乗っていたものも含めると五体だ。恐らく、シブキガニと交戦する準備なのだろう。
「ではカトレア、行きま——ん?」
ゼーレは言いかけて、言葉を詰まらせた。何かを発見したような雰囲気だ。
何かと思い、私は目を凝らす。すると、明らかに化け物狩り部隊の隊員ではない人間が、数名、走ってくるのが見えた。そして、さらによく見ると、アニタの姿があることも視認できた。
「あれは……何です?」
「アニタもいるから、きっと街の人たちだわ」
「なるほど。しかし……シブキガニから逃れられないとは、何とも言えぬ弱さですねぇ」
馬鹿にしたような調子で、くくく、と笑うゼーレ。いろんな意味で彼らしい、嫌みのある笑い方だ。
「そんな言い方をしないでちょうだい」
「おや。私は事実を言ったまでなのですがねぇ」
「事実なら何でも言っていいわけじゃないのよ、ゼーレ」
「はぁ……いちいち面倒ですねぇ」
私とゼーレが言葉を交わしているうちに、一般の人たちは高台の方へ上がっていく。シブキガニは追ってきていない。にもかかわらず、彼らは必死になって走っていた。恐らく、シブキガニの群れから、早く逃げたかったのだろう。
その集団の中にアニタの姿もあったのだが、彼女が私に気づくことはなかった。
集団が目の前を通り過ぎた後、長槍を持ったグレイブが現れた。
長く艶のある黒髪、夜空のような漆黒の瞳、そして血のように真っ赤な唇。彼女を彼女たらしめる要素は、すべていつも通りだ。
「マレイにゼーレ。遅かったな」
私たちの姿を見つけるや否や、グレイブは声をかけてきた。
大量のシブキガニがいる状況下にあっても、彼女は冷静そのもの。その紅の唇からこぼれる声は、淡々とした調子である。
「巻き込まれた民間人の避難は完了した。ここからはカニ型の退治にかかる」
そう言って、グレイブは長槍を構えた。
——そして跳躍。
シブキガニとの距離を、一気に縮める。
「せいっ!」
グレイブは、手にした長槍で、シブキガニを上から殴る。殴られたシブキガニは、己より上にいるグレイブに狙いを定めて、プシューッと霧状のものを吐き出す。
「……そう来たか」
ぽそっと呟きながら、くるりと身を翻して飛沫をかわすグレイブ。
その身のこなしからは、軽やかさの中にもしなやかな強さを感じられる。ただ突撃するだけではない、というところが印象的だ。
シブキガニの背後の地面に降り立ったグレイブは、槍の先で、シブキガニの脚を切断する。トリスタンと巨大蜘蛛の戦いを彷彿とさせるような光景だ。
「お前たちも戦え!」
動きが止まっていた私たちに、彼女は鋭く叫ぶ。
私は咄嗟に「はい!」と答えた。
右手首の腕時計に指先を当て、攻撃の準備を行う。そして、徐々に前へと進む。
ここからが本当の戦いだ。
一体のシブキガニと対面すると、ばくん、と心臓が鳴った。
巨大な化け物と一対一という状況は、胸の奥の恐怖を掻き立てる。母を失ったあの夜を思い出すからかもしれない。
——だが、あの夜とは違うのだ。
今の私には戦う力がある。だからもう、一方的にやられるだけではない。気を強く持ち、できることをすべてする。今はただそれだけだ。
そんなことを考えている私に向けて、シブキガニは霧状のものを放ってくる。
咄嗟に横へ飛び退く——が、足にかかってしまった。
「あ!」
私のスピードでは避けきれなかったのだ。
しかし、痛みなどはなかった。ただ濡れるような感覚があるだけである。軽く濡れた足を指で触ってみると、微妙にべたっとしていた。
これは海水だろうか。
海から上がってきたシブキガニだから、海水ということも、あり得ないことはない。だとしたら、このまま動いても問題ないだろう。
右腕を伸ばし、シブキガニの脚の付け根辺りへ光球を放つ。
赤い光球は、狙い通りに飛んでいった。そして、シブキガニの脚周辺へ命中する。
「やった!」
上手く当たったことが嬉しくて、つい声を出してしまった。
しかし、少しして煙が晴れると、シブキガニの赤茶色をした体が視界に入る。まだ動いている。さすがに、私の力で一気に倒せるほど弱くはないようだ。
シブキガニはズシンズシンと低い音を響かせつつ近寄ってくる。
けれど、この程度で怯むわけにはいかない。
「……負けない!」
弱気になりそうになる私自身に、はっきりと言い聞かせた。
シブキガニは私に狙って霧状のものを吐き出してくる。今度の飛沫は薄い黄色をしていた。もしかしたら、先ほどまでとは違う成分なのかもしれない。
私は何とかすれすれのところでかわし、すぐに反撃に転じる。
気を強く持ち、放つのは、赤い光球——ではなく、赤い光線だった。
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