コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.123 )
日時: 2018/09/06 23:50
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: a4Z8mItP)

episode.116 小娘なんて呼ばないで

 やがて。
 凄まじい勢いで放たれ続ける炎を掻き分けるようにして、リュビエが姿を現した。
 緑色の髪には炎が燃え移っている。なのにまったく気にせず、ゼーレとフランシスカの方へ走ってきていた。
「うそっ!あれに耐えられるなんて!」
 これにはフランシスカも驚きを隠せない。彼女は、衝撃のあまり、口をぽかんと空けてしまっている。一方、ゼーレはというと、顔色を少しも変えないまま、リュビエを凝視していた。翡翠のような瞳は、ほんの数ミリも揺れていない。落ち着き払っている。
「この程度であたしを止められると思ったら大間違いよ」
 ゼーレらに接近るしようと駆けてくるリュビエの声は、非常に冷たいものだった。いや、「冷たい」という表現は正確ではないかもしれない。どちらかというと、「感情がこもっていない」といった感じの冷たさである。
「ちょっとゼーレ!何か手はあるのっ?」
「……いえ」
「ええっ!じゃあどうするつもりよっ!」
「貴女に……お任せします」
「はぁぁ!?何それ、わけ分かんない!!」
 ゼーレの考えていなさにうんざりしつつも、迫りくるリュビエへ目を向けるフランシスカ。
「でもまぁー……フランがやるしかないよね」
 フランシスカはドーナツ型武器を両手に構える。
 そして、リュビエへと狙いを定め——同時に投げた。
 今回は二つの飛び方が異なっている。片方はいつものような大きめの弧を描く飛び方だが、もう一つは少し変わった動きだ。
「甘いわ」
 いつものように大きめの弧を描いて襲いかかる片方のドーナツ型武器を、リュビエは杖で弾いて防ぐ。もはや見ずとも防げるらしく、ドーナツ型武器へ視線を向けることなく弾いていた。
「そうかなっ?」
「えぇ、そうよ。お前もゼーレと一緒に、あの世へ送ってやるわ」
 リュビエのその発言を聞いた瞬間、フランシスカは突然、嫌悪感に満ちた表情になる。
「それは、それだけは、ぜぇーったいに嫌っ!」
 ——刹那。
 普段とは異なった軌道を描いていた方のドーナツ型武器が、リュビエを背後から襲った。
 命中するリュビエは、直前でその存在に気づく。咄嗟に身を返し杖で防ごうとするも、間に合わない。彼女の手から杖が落ちる。蛇型化け物を生み出そうにも、時間が足りない。
 危機的状況に立たされたリュビエは、両腕を胸の前で交差させた。
 彼女にできる対応は、それしかなかった。
「……くっ!」
 ドーナツ型武器はリュビエの両腕を傷つけ、持ち主であるフランシスカの手元へと帰ってくる。フランシスカが上手にキャッチした時には、ドーナツ型武器は赤く染まっていた。
 リュビエにダメージを与えることに成功したフランシスカは、胸を張り、自信満々な顔でゼーレに言う。
「見た?フラン、凄いでしょっ!」
「……見事ですねぇ」
 ゼーレは半ば呆れたような声で答えた。
 そして続ける。
「しかし……まだ終わってはいませんよ」
 ドーナツ型武器の直撃を食らったリュビエ。彼女の両腕はかなりのダメージを受けたらしく、ほとんど動かせていない。だが、腕で防いだため、致命傷にはならなかったようだ。彼女の闘志はまだ消えていない。
「やってくれるじゃない……小娘の分際で!」
「小娘じゃなくて、フランだよっ」
「そんなことはどうでもいいわ!」
「よくないもんっ!名前は大事なものっ!」
 フランシスカは小娘と呼ばれたことに憤慨していた。
「次ちゃんとフランって言わなかったら、許さないからっ」
 フラン、という存在に自信を持っている彼女にとっては、小娘などという誰のことだかはっきり分からないような言葉で呼ばれることは、苦痛だったのだろう。
「そろそろ……終わらせた方が良いのでは?」
 呼び方について必死になっているフランシスカに対し、ゼーレは、しゃがみ込んだまま言った。話がずれていることを注意したかったものと思われる。
「人任せにしないでよっ」
「私にできないから……貴女に言っているのですが」
「何それ、わけ分かんないっ!どうして全部フランに押し付けるの!?」
 またしても憤慨するフランシスカ。
 そんな彼女に対し、ゼーレは述べる。
「……私とて、無敵ではないのですよ」
 静かだがどこか切迫した雰囲気を感じさせる声。そこから漂う普段とは違った空気に、フランシスカは、ゼーレの状態があまりよくないことに気がつく。
「体調が悪いの?もしかして、毒のせい?」
「えぇ……。弱音を吐きたくはありませんが……そのようです」
「そういうことなら先に言ってよっ!」
 フランシスカは慌てて座り込み、しゃがんでいるゼーレの背中へ手を当てる。
「ゼーレがいなくなったら、フランたち帰れないんだからっ」
「……馬鹿らしい。そう易々とやられる気はありませんよ」
「いい?無理しちゃ駄目だからね?」
 らしくなくゼーレに優しくするフランシスカを、リュビエは馬鹿にしたように笑う。
「敵前で慣れ合うなんて随分余裕なのね。……ま、いいわ。今のうちに倒させてもらうこととしま——」
「すみません!リュビエさん!」
 リュビエが言いかけたのを遮るように、人の声が飛んでくる。新手かと思い警戒するフランシスカだったが、声の主は戦闘員という感じの人間ではなかった。いたって普通の男性である。
「ボスが多数の敵に取り囲まれている模様!援護お願いします!」
「何ですって……?」
「ボスは今、お一人なのです!あれだけの数とお一人で戦われるのはさすがに危険では、と思い、知らせに参りました!」
 特徴のない男性が報告する言葉から、フランシスカらは、作戦が順調に進んでいることを知った。
「分かったわ。すぐに行く」
 リュビエは男性にそう答えると、一度フランシスカらの方へ目をやる。そして、微かに顎を持ち上げ、吐き捨てるように言う。
「お前たち、命拾いしたわね」
 その言葉を最後に、彼女は走り去った。
 場に残されたフランシスカはぼそっと呟く。
「走っていくんだ、変なのっ。いつもみたいにぐにゃってする移動をすればいいのにっ」
 フランシスカの呟きに、ゼーレは返す。
「……腕がやられるとあれは使えませんよ」
「え。そうなのっ!?」
「そうです。私も……以前食器洗いで腕を濡らしてしまった時、一時使えなくなりました」
「へ、へぇー」
 例が妙なところには突っ込まないフランシスカであった。

 その後、工場は残りの隊員たちに任せ、フランシスカとゼーレもボスのいる中庭へ移動することになった。リュビエがそちらへ行ってしまったからである。

Re: 暁のカトレア ( No.124 )
日時: 2018/09/08 01:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: te9LMWl4)

episode.117 レアものの時間稼ぎ

 時は少し遡り——まだフランシスカとゼーレがリュビエと戦っていた頃。

「帝国を手に入れるために……貴方は化け物を使って私たちを襲うの?」
 すぼめた手のひらてすくい上げた水は、はらはらとこぼれ落ち、水面に当たってぱしゃんと切なげな音を立てる。
「そうだ」
「……どうして、そんな方法を選んだの。死者が出るような乱暴な手段で帝国を手に入れたって……何の意味もないじゃない」
「いいや。意味がないことはない。どんな手段を使おうが、帝国を我が手の内に入れることができればそれでいい」
「そんな!」
 心無いボスの言葉に、私は思わず声を荒らげてしまった。
 願いを叶えるためなら何人犠牲になっても構わない、というような言い方に賛同するような真似はできない。作戦中だろうが何だろうが、それだけは絶対だ。
「酷いわ!どうしてそんな風に思えるの!」
「騒ぐな」
 注意されたため、私は声の大きさを小さめに調整する。
 ここはボスのテリトリー内だ。それゆえ、彼を刺激しすぎてはいけない。うっかり怒らせてしまえば、倒すどころの話ではなくなってしまう。場合によっては、私の命さえ危ない。
「……そうね、ごめんなさい。でも……本当に、なぜそんなことを簡単に言えるの?誰かが死んだり、それによって悲しむ人がいたりするのよ。なぜ、それを問題だと思わないの?」
 私はボスの顔色を窺いつつ口を動かす。
 それに対してボスは、地鳴りのような低音で返してくる。
「そんなことは、お主と我が話すべきことではない」
「いいえ。話すべきことよ」
 私もボスも無関係、というわけではないのだから、話したって問題はないはずだ。
「話すつもりは毛頭ない」
「そう……教えてくれないのね」
「お主はその力の研究材料となれば、それでいいのだ」
 随分失礼な物言いである。
 私だって人間だ、生活もあるし友人もいる。他の人間と同じように、毎日普通に生活しているのだ。
 にもかかわらず、研究材料だなんて。失礼にもほどがある。
「貴女は私のことを道具としか考えていないのね」
 今すぐ飛びかかりたい苛立ちぶりだ。しかし、今ここでボスに飛びかかっても何の意味もない。だから私は、ちょっとした嫌みを言うだけで済ませた。
「そうだ。だが、お主のような力の持ち主はなかなかおらん。そういう意味では、かなりレアものと言えるやもしれんな」
 ボスは両手を腰に当てたまま、低い声でそんなことを言った。
 重厚感のある声が空気を引き締める。だが、その程度で怯む私ではない。
「レアものですって?」
 グレイブらが現れるまで、ボスをここに引き止める。それが、今私が、一番しなくてはならないことだ。そして、今回の作戦においての最重要部分でもある。
「失礼ね。他人を物扱いするなんて」
「お主の感覚からすれば、そうなのやもしれんな」
 完全否定ではないところが、微妙に腹立たしい。他人事のように言うのは止めていただきたいものだ。

「——で、時間稼ぎはもう満足か?」
 会話の途中、ボスが唐突に言った。
 直後、私の首に刃が突きつけられた。銀色の、ぎらりと煌めく、よく斬れそうな刃だ。
 ボス本人が突きつけているのではないが、恐らく、彼の手の者の仕業なのだろう。背後から伸びてきている。
「時間稼ぎ?どういうこと?」
「とぼけるなよ、マレイ・チャーム・カトレア」
 恐る恐る、背後へと視線を向ける。すると視界に、銀色のロボットのようなものが入った。私の首に突きつけられている刃は、そのロボットのようなものが持つ剣の先のようだ。
「付近に刺客がいることは分かっているぞ。視線と気配でまるばれだ」
「……何のことだか分からないわ」
「あくまでとぼけ続ける気か」
 ボスの視線からは、凄まじい迫力が感じられる。見る者が生命の危機を感じるほどの威圧感だ。
「ならば!」
 口調を強めるボス。それとほぼ同時に、私の首もとに当てがわれていた刃が首に食い込む。ギリギリ斬れてはいないものの、ほんの少しでも動けば皮膚が斬れそうである。
「……っ!」
「容赦はしない。覚悟しろ、マレイ・チャーム・カトレア」
 ボスは言い放ち、その後、中庭内のあらゆるところへ視線を向けた。ぐるりと一周見渡して、それから低い声で告げる。
「刺客よ、出てこい。出てこぬならば、この小娘を殺す」
 グレイブらは本当に既に来ているのだろうか。ボスは視線や気配で分かると言うが、私にはちっとも分からない。今はただ、彼女らが来てくれていることを願うのみだ。
「今日は特別だ、十秒だけ待ってやろう。その間に出てくれば、この小娘の命を助けてやってもいい」
 リュビエと同じく、ボスもかなりの上から目線である。
「十、九、八……」
 ボスのカウントダウンが始まった。
 カウントダウンもするのか……、という突っ込みはさておき。
「七、六、五……」
 あっという間に半分。
 これはそろそろ出てきてくれないとまずい。
 ボスの言葉が本気かどうかは不明だが、カウントダウンが終われば私の首が飛ぶ可能性だってあるのだ。
「四、三、二……」

 そこまでボスが数えた瞬間。

 白い光が私に向かって飛んできた。
 まるで、夜空を駆ける流れ星のように。

「お待たせ、マレイちゃん」
 ——気がつくと、私の前には、白銀の剣を構えたトリスタンが立っていた。
「トリスタン!」
「大丈夫だった?」
 私が思わず名前を呼ぶと、トリスタンは首から上だけ振り返って尋ねてきた。私はすぐに頷く。
「えぇ、もちろん!もちろんよ!」
 さらりと揺れる金の髪が、なぜか凄く懐かしい。前に見た時から時間はそんなに経っていないはずなのに、まるで旧友に会ったかのような気分だ。
「マレイちゃん、これを」
 トリスタンが投げてきたのは腕時計。没収されていることを想定して、持ってきてくれていたのだろう。
「ありがとう!」
 速やかに右手首に装着する。
「後は僕たちに任せて」
「できることがあるなら、私も手伝うわ」
 トリスタンが来てくれたことで心に余裕ができたからだろうか、今は上手くいきそうな気がする。

Re: 暁のカトレア ( No.125 )
日時: 2018/09/09 00:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: sE.KM5jw)

episode.118 銀剣士

 私のすぐ前にトリスタン。彼と対峙するように立っているのは、ボスと、先ほど私に刃を突きつけていたロボットだ。ちなみにそのロボットは、全身に銀色を塗りたくった人間のような容姿である。
「お主が出てくるとはな。驚いたぞ」
 ボスは低い声で述べる。
 そこに優しさなんてものは微塵もない。
「今日こそくたばってもらうよ」
 それに対しトリスタンは、白銀の剣を構えた体勢のままで返した。彼の深海のような青をした双眸は、ボスを鋭く睨んでいる。
「くたばってもらう、だと?笑わせるな。お主ごときが我をくたばらせようなど、百年早いわ」
「僕一人、だったらね」
 言いながら、トリスタンはニヤリと口角を持ち上げた。
 ちょうどそのタイミングで、反対側から、長槍を持ったグレイブが姿を現す。若草色の地面をバックに緩やかになびく黒髪は、こんな時でも艶があって凄く綺麗である。
「覚悟してもらおう」
 淡々と言い放つグレイブ。
 彼女の漆黒の瞳は、夜の湖の水面のように澄んでいた。
「化け物め!」
 そう叫ぶと同時に、彼女は片手を掲げる。すると、それを合図に、大量の光の弾が飛んできた。そのすべてが、ボスへと向かっていく。恐らく、付近に隠れている隊員たちが放ったものなのだろう。
 だがボスは慌てない。
 彼は、ロボットに何やら指示を出した後、「ふんっ!」と叫びながら全身に力を加えた。光弾をすべて弾き返す。

 そんなボスの様子を見つめていると、ロボットがこちらへ向かってきた。
 トリスタンがすかさず対応する。
「……やるね」
 ロボットが勢いよく振り下ろした剣を咄嗟に止め、ぽそりと呟くトリスタン。その均整のとれた顔には、ほんの少し、焦りの色が見える。冷静さをなくしてはいないが、多少動揺していることは確かだ。
「トリスタン!援護するわ!」
「マレイちゃんは下がっていて構わないよ」
「でも……!」
 トリスタンとロボットは、剣と剣を交えた体勢のまま、動きを止めている。
 両者の力は拮抗しているのだろう。それゆえ動くに動けない、という状態なのだと思われる。
 ……もっとも、あくまで私の想像だが。
「マレイちゃんは無理しなくていいよ」
 トリスタンは一旦ロボットと距離をとり、剣を構え直す。
 そんなトリスタンへ、さらに仕掛けてくるロボット。その動きは、立て直す暇を与える気はない、といった雰囲気である。
 ロボットの鋭い剣撃。
 トリスタンは咄嗟に白銀の剣で防ぐ。
「……この動き」
 彼は小さく漏らしていた。何かに気がついたような顔つきだ。
 援護しないと——そんな思いが、胸に広がる。
 ここはまだ敵地だ。そこに立っていながら、私だけぼんやりしているなど、許されたことではない。たとえトリスタンが「いい」と言ったとしても、である。
 私は腕時計に指先を当て、右腕をロボットへ向ける。
 ここから光線を放てば、多少でもダメージを与えられるはず。そう信じ、赤い光線がロボットに命中するところをイメージしながら、意識を集中させていく。
 この力を本格的に使うのは久々だが、いざやるとなると、案外できそうな気がする。不思議なものだ。
「行けっ!」
 私はらしくなく叫んだ。
 その声とともに、腕時計から赤い光が溢れる。光はいつしか線となり、ロボットに向かって真っ直ぐに進んでいった。
 ——そして、ロボットの銀色の腹部辺りを貫く。
「マレイちゃん……!?」
 ロボットと戦っていたトリスタンは、こちらを見た。その青い瞳は、驚きの色に満ちている。予告もなしに攻撃したからびっくりさせてしまったのかもしれない。
「私も手伝うわ!」
「そんな。手伝いなんていいよ」
「いいえ!仲間だもの!」
 するとトリスタンは、少し呆れたようにくすっと笑う。
「……そっか。分かったよ」
 その顔つきには、どこか柔らかさがあった。
 戦場にあっても微笑むことのできる強さには、純粋に尊敬する以外何もできない。

 赤い光線を腹部付近に食らったロボットだが、まだ動きが止まってはいなかった。ダメージを受けた部分からは白っぽい煙が噴き出しているものの、まだ剣を持って、戦おうとしている。
「よし、後は僕が」
 トリスタンは視線を私へ向けたままそう言って微笑んだ。そして、白銀の剣を手にロボットへ近づいていく。
 一撃目、彼の大きな振りが、ロボットの右腕に命中。その肘より先を綺麗に斬った。続けて左腕にも深刻なダメージを与える。ロボットも一応抵抗しようとはするのだが、鋭く切れ味も最高な白銀の剣の前には無力だ。
 今のトリスタンの戦い方は美しかった。
 強いだとか、かっこいいだとか、そんな類のものではない。もはや芸術、といったレベルの動きである。
 素早くもどことなく優雅さを感じさせる立ち回り。まるで舞っているかのように自由自在に剣を操る技術。そのすべてに華があり、彼の戦いは、舞踊を眺めているかのような気分にさせてくれる。
 それと同時に、繊細さと大胆さを兼ね備えているところも印象的だ。
 細やかな位置取りをしつつも、斬る時には剣を一気に振り抜く。その時には一切躊躇しない。そんな落差も独特である。
「終わらせてあげるよ」
 トリスタンは呟く。そして、ロボットの銀色の体を、縦に真っ二つにしてしまった。
 ロボットはついに沈黙した。
 結構タフなロボットではあるが、体を真っ二つにされては、さすがにもう動けないようだ。
「やったわね、トリスタン」
 私は勝利が嬉しくて声をかける。
 もっとも、本命のボスはまだ倒せていないのだが、それでも今は、目の前のロボットを倒せたことが嬉しい。
「うん。サポートありがとう」
「どういたしまして」
 ……なんて和んでいる場合ではないのだけれどね。本当は。
「じゃあ次は本命だね」
「ボス?」
「うん。そうだよ」
 しばらく見ていなかったボスの方へ視線を向けてみる。すると、ボスと戦う数名の隊員が見えた。
 その中にはグレイブとシンもいる。
 シンもいることが少々驚きだったのは、言うまでもない。彼はあくまで審判役なのだと、何となく思い込んでしまっていたのである。だが、よく考えてみれば、彼とて化け物狩り部隊の一員だ。戦えたっておかしくはない。
「なかなか苦戦してるみたいだね」
「そうね……ボスの力は圧倒的だもの」
「行ってくるよ」
 トリスタンの意識は既にボスへと向いていた。
 今はグレイブらが何とか倒そうと頑張ってくれている。が、このまま続けていればいつか力尽きて負けてしまいそうな雰囲気だ。
 その状況を見て彼は、自分も早く参戦した方がいい、と判断したのだろう。

Re: 暁のカトレア ( No.126 )
日時: 2018/09/09 00:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: sE.KM5jw)

episode.119 華麗なる黒鳥

「ひ、ひぃぃぃー!つ、強すぎですよぉぉぉーっ!!」
「シン!逃げ回るな!」
 一番に耳に入ってきたのは、グレイブとシンの会話だった。これまでにもよく聞いたことのある、定番のやり取りである。もはや笑いが込み上げてもこない。
 シンはボスが漂わせる迫力に気圧されているようだ。
 ……無論、実際の戦闘能力でも圧倒されているのだろうが。
 だがそうなるのも仕方ないことだろう。かなりの強者であるグレイブを含む大勢で取り囲んでいるにもかかわらず、まだ倒せていないのだ。それほどの強さを持つボスに、いかにも戦闘向きでなさそうなシンが圧倒されるのは当然のことである。むしろ、そうでない方が違和感がある。
「でもぉぉぉっ!怖いんですよぉぉぉーっ!」
 涙目になりながらグレイブに訴えるシンに、ボスの視線が注がれる。
「騒がしいやつだ」
「……ひっ!」
 ボスの意識が自分へ向いていることを悟ったシンは、引きつったかん高い声を漏らす。みるみるうちに、顔全体から血の気が引いていく。
「だが愉快だ。少々遊ぶとしよう」
 ニヤリと不気味な笑みを浮かべるボス。彼がその大きな手のひらを地面へ向けると、ずずず……、と謎の地鳴りが始まる。
 新手の攻撃かと警戒した前衛の隊員たちは、一旦、ボスから距離をとった。もちろん、トリスタンもグレイブも、である。
 しかし、シンだけはその場に立ったまま震えていた。
 腕、肩、背、脚など、全身が激しく震える様は、まるで高熱が出る前の寒気に襲われている者のようである。
「おい、シン!何ぼさっとしている!」
 その場で立ちすくんでしまっているシンのところへ、グレイブが走っていく。トリスタンは彼女の背に向かって「危険ですよ!」と叫んでいたが、彼女は何も応じなかった。それほどに、シンを助けることに夢中になっていたということだろう。
「ふふふ……始まるぞ。我が最高の出し物、存分に楽しむが良い」
 出し物、て。
 内心そう突っ込んでしまったことは私だけの秘密だ。
「シン。一体何をしている」
「ぐ、ぐぐ、グレイブさんっ……ボク、怖くてぇぇぇー……」
「泣くな。今は」
 グレイブがそこまで言った刹那。
 ボスの周囲の地面がごぼっと持ち上がり、ライオン型の化け物が現れた。
 高さは、ボスよりほんの少し低い程度。つまり、かなり背の高い人くらいの高さはあるということだ。大型の化け物である。
「……ライオンか!」
 驚きの声を漏らすグレイブ。
 その時、ライオン型化け物の登場に、シンはふうっと気を失った。あまりに怖すぎて失神してしまったようだ。
 グレイブは付近の隊員にシンを回収するように命じ、長槍の先をライオン型化け物へと向ける。
「何が出てこようが関係ない。ただ殲滅するのみ」
 彼女の漆黒の瞳には恐怖など欠片も存在していなかった。目の前の敵を倒す。それだけしか頭にないような、そんな目だ。
「我の忠実な手下を倒せるか?女の分際で」
 ボスは挑発するように言う。
 しかしグレイブは何も返さない。ほんの一瞬睨んだだけだった。それほどに集中しているのだろう。
 直後、ライオン型化け物はグレイブへ、一気に襲いかかる。
 だがグレイブは冷静さを失わない。前足から放たれた打撃を長槍の柄で受け流し、すぐに反撃に転じる。長槍を素早く一周回転させ、一瞬にして構え直すと、ライオン型化け物の一本の足を薙ぎ払った。
 ライオン型化け物は転びそうになりながらも、速やかに体勢を立て直そうとする。
 だが、それを許すグレイブではない。
「ふっ!」
 彼女は二三歩でライオン型化け物の背後へ回ると、その腰部辺りに長槍を突き刺した。
「凄い……」
 大きな化け物相手に怯まず戦うグレイブを見て、私は思わずそう呟いてしまっていた。
 先ほどの、トリスタンのロボットとの戦いも、なかなか華麗で美しかった。つい見惚れてしまったのが、記憶に新しい。
 しかし、今のグレイブの戦いも、トリスタンとは別の意味で尊敬に値する凄さだと思う。槍の長さを活かした大胆な攻撃は、これまた印象的である。
 グレイブはライオン型化け物の腰部から槍を抜いた。それにより動けるようになったライオン型化け物は、先ほどまでよりも大きな咆哮を発しながら、グレイブに向かっていく。口を限界まで開け、鋭い牙を剥き出しにして、襲いかかる——その様は、もはや言葉にならないほどの迫力であった。
 そんな恐ろしい状況におかれてなお、グレイブは口角を持ち上げる。
「ふ……仕上げといこうか」
 グレイブは持っていた長槍を、ライオン型化け物の開いた口に縦向けに突き立て、つっかえ棒のようにした。急に口を閉じられなくなったライオン型化け物は、戸惑った様子で、ふがふがと情けない声を漏らしている。
 ——だが、長槍がなくなったらどうやって戦うのだろう?
 私は一瞬そんな疑問を抱いた。しかしその疑問は、すぐに消えることとなる。
 というのも、グレイブは再び長槍を作り出したのだ。どうやら、一本だけしか作れないというわけではなかったようである。
 ……私は少し、頭が固いのかもしれない。
 そんなことを思っているうちに、グレイブは跳び上がった。ジャンプ力が半端でない。
「はぁっ!」
 そして、勇ましい叫びと共に、長槍を勢いよく振り下ろした。
 槍の先端が肉を裂く。薄紫色の粘液が辺りに飛び散る。
 返り血ならぬ返り粘液を浴びたグレイブは、その白い制服が白に見えなくなるほど、薄紫色に染まっている。
 そして、グレイブが地面に着地するのとほぼ同時のタイミングで、ライオン型化け物は消滅した。
 これはグレイブの完全勝利と言っても問題ないだろう。
「あまり強くはなかったな、ライオン型は」
 頬についた粘液を手の甲で拭いながら、紅の塗られた唇を動かすグレイブは、不気味なほどに美しく見える。
「す、凄いわね……グレイブさん……」
「容赦ないぜ……」
 たまたま私の近くにいた隊員は、グレイブの凄まじい戦いぶりに、驚きを隠せていない。声からも言葉からも、驚き戸惑っていることがひしひしと伝わってくる。
 けれど、私としては、ボスが次にどう動くかの方が気になるところだ。
 これで終わりということはないだろう。次はどんな手を使ってくるのか。どんな敵が現れるのか。そこが一番気になるところなのである。

Re: 暁のカトレア ( No.127 )
日時: 2018/09/11 01:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5TWPLANd)

episode.120 繋がれた腕

 グレイブとライオン型化け物の戦いに決着がつき、辺りが静かになった、その時だった。
 突如左腕を掴まれるような感覚を覚え、私は反射的に振り返る。するとそこには、ボスが立っていた。私の腕を掴んでいるのは彼だったようだ。
「……いつの間に」
 私は思わず漏らした。
 移動する気配なんてまったく感じなかったにもかかわらず背後に回られていたことに、私はただ驚くことしかできない。
 ボスほどの大柄な者が動くのを誰一人気づかなかったなんてことはあり得ないはずだ。にもかかわらず、今私が気づく瞬間まで誰も何も言わなかった。それはもう、謎としか言い様がない。
「この我を騙そうとした罪、その身をもって償ってもらおう」
「……っ!」
 ボスの言葉に、私は思わず身震いしてしまった。
 この期に及んで恐怖心を抱いてしまうなんて情けない。こういう時こそ強くあらなければならないというのに。
「……離して下さい」
 私は何とか平静を装い、言ってやる。
 怖くて怖くて、怖いけれど。でも、だからといって、弱気になるわけにはいかない。
 グレイブもトリスタンも他の隊員たちも、怯まず戦っているのだ。フランシスカやゼーレも、ここにはいないけれど、きっと頑張ってくれていることだろう。なのに私だけ恐怖心に負けるなんて、許されないことだ。
「マレイちゃんに触れるんじゃない!」
 私がボスに左腕を掴まれていることに気づいたトリスタンは、白銀の剣を手にしたまま鋭く叫ぶ。
 しかしボスは何も返さない。ただ、ほんの一瞬目を向けただけだった。
「マレイ・チャーム・カトレア。我に逆らうことがどれほど愚かなことか、今から教えてやる」
「……何するつもり?」
「言うほどのことではない。ただ——」
 刹那、ボスに体を引き寄せられる。顔と顔が一メートルも離れていないくらいの距離に近づく。ボスの口からは酒の香りがした。
「見せてやるだけのことだ」
 一体何を。
 不安で胸の鼓動が加速する。
「マレイちゃんを離せ!」
 耳へ飛び込んでくるのはトリスタンの鋭い叫び声。それに対し、ボスは不快そうに顔を歪める。
「……騒ぐな」
 ボスは、不快感に顔を歪めると同時に、地鳴りのような低い声でそう言った。静かながらも迫力のある、威圧的な言い方だ。
「そのように騒ぐのならば、この小娘を酷い目に遭わせてやる」
「そうはさせない!」
 脅すような発言をするボス。だがトリスタンは、そんな適当な脅しに怯むような人間ではなかった。
「返してもらうよ!」
 彼は白銀の剣を握ったまま、ボスのいる方へと駆けてくる。腕時計で身体能力を強化しているからだろう、かなりのスピードだ。
 しかしボスは、眉一つ動かさない。トリスタンの方へ視線を向けたまま、じっと動きを止めていた。
 トリスタンは、そんなボスへ、あっという間に迫る。
「覚悟!」
 白銀の剣を大きく振り上げ、勢いよく振り下ろす。その様は、まるで白い閃光が走ったかのようだ。
 猛スピードでの接近。そして、至近距離からの一撃。これを防げる者は、この世にはいないだろう。いくらボスでも、さすがに対応できないはずだ。
 ——そう思っていたのだが。
「遅いぞ」
 ボスはしっかりと対応していた。
 私の腕を掴んでいない空いている方の手で、白銀の剣の刃の部分を握っていたのである。
「……止めた!?」
 これにはトリスタンも驚きを隠せない。
「お主の攻撃パターンは、すべて把握している」
 ボスの剣先を握る手から、血は一滴も流れていなかった。
 素手で刃物を握ったりすれば、普通なら、血が出ることは避けられないだろう。それも、勢いよく振り下ろしている途中で握ったのだから、出血する可能性はなおさら高くなるはずである。
 しかし、ボスの手からは何も出ていない。妙だ。
「……それは嘘だね」
「いいや、嘘などではない」
 静かな声で述べるや否や、ボスは握った剣先を軸にして、トリスタンを地面へ叩きつけた。ダァン、と痛々しい音が響く。
「止めて!」
 私は思わず叫んだが、ボスは何も返してくれなかった。もはや私と話す気はないのかもしれない。
 地面に叩きつけられながらも、トリスタンはすぐに立ち上がった。だが、彼が立ち上がった瞬間を狙い、ボスはトリスタンへ手のひらを向ける。何だろう?と思っていると、ボスの手のひらから波動のような何かが飛び出した。
「くっ……」
 トリスタンは咄嗟に白銀の剣を前に出し、ボスが放った波動のような何かを防ごうとする。
「そんな!」
 けれど、無意味だった。
 ボスが手のひらから放った波動のような何かは、白銀の剣の刃部分を、ほんの数秒で砕いてしまったのである。
 防御する術を失ったトリスタンは、波動のような何かをもろに浴びてしまう。そして、その場に倒れ込んだ。
「う、ぐ……」
 半ば横たわるような姿勢になり、肩を抱えて震えるトリスタン。トリスタンだとは到底思えないような、弱々しい様子だ。均整のとれた美しい顔も、苦痛に歪んでいる。
「トリスタンに何をしたの!」
 思わず口から滑り出ていた。
 言うべきではなかった、と後悔しても、時既に遅し。
「……何をした、だと?」
「私はまだいいわ。でも、トリスタンにまで酷いことをするのは止めて!」
 するとボスは、私の左腕を掴む手に力を加えた。
 ミシミシと軋むような音が鳴る。強く握られた左腕に、折れてしまうのでは、と思うような痛みが走った。
「……痛っ」
「マレイ・チャーム・カトレア、お主は大人しくしているがいい。後で思う存分楽しませてやる」
「……大人しくなんて、しないわ」
 左腕が自由になれば腕時計の力を使える。そうすれば、ボスに一撃浴びせることができるかもしれない。倒すことはできずとも、多少ダメージを与えるくらいは可能なはずだ。
 ただ、この凄まじい握力からどうやって逃れるかが問題である。
「マレイちゃん!無理しなくていいよ!」
 色々と考えていた時、弱々しく地面に倒れ込んでいるトリスタンが、そんなことを言ってきた。
「君一人で解決しようとしないで!僕もできることはするから!」
「トリスタン、でも……!」
「みんなで一つの作戦をやり遂げる!それでいいんだ!」
 こんな時でも温かな励ましの言葉をかけてくれるトリスタンには、感謝しかない。彼と仲間で良かった、と、心からそう思った。
「僕もまだ戦えるから!」
 そう言ってゆっくり立ち上がるトリスタンを、ボスはギロリと睨んだ。その迫力といったら、もはや言葉にならないほどの凄まじさである。
「お主は黙っているがいい……!」
「悪いけど、君に従うわけにはいかない」
 トリスタンは再び、白銀の剣を抜く。新たに作り直した、新品同様の剣だ。
「僕は君を倒す。そして、マレイちゃんを助け出す」
「ふん……身のほど知らずの愚か者が」
 こうして、トリスタンは再び立ち上がるのだった。


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