コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.8 )
日時: 2018/05/04 11:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kgjUD18D)

episode.5 やはり今日も忙しい

 洗濯を終え、巨大蜘蛛を倒した私たちは、一旦宿屋へ戻ることにした。
 私がシーツを持って宿屋を出てから、既に結構な時間が経っている。アニタはもしかしたら私を心配しているかもしれない。いや、それならまだしも、怒っていたら最悪だ。
 だから私は、いつもより急ぎ足だった。

 宿屋へ着くや否や、アニタにトリスタンを紹介した。速やかに紹介しなくては怪しまれると思ったからである。
 続けてトリスタンが怪我を負っていることを説明すると、アニタはすぐに救急箱を取り出してくれる。彼の白い衣装に赤い染みが広がっているのもあり、状況を飲み込みやすかったのだろう。
「服、脱げるかい」
「はい」
 椅子に腰掛けているトリスタンは静かに頷く。
「じゃあ脱いでもらってもいいかい?軽く手当てするから」
「はい」
 落ち着いた声色で短く返事をし、トリスタンは白い上衣の前を開く。そして袖から腕を抜き、そのまま隣の椅子へそっと置いた。
 こうして露わになったのは、上衣の下に着ていた白色の半袖シャツ。こちらも上衣と同じく血に濡れている。
 トリスタンはそのシャツを、躊躇いなく捲り上げた。すると、脇腹の傷が露わになる。引っ掻かれたような傷だ。
 それを見たアニタは、目をみ開き眉頭を寄せる。
「アンタ、何があったんだい?こんな深い傷を負うなんて……」
「少し襲われまして」
 ごまかすように笑うトリスタン。
「もしかして、例の化け物にかい?」
 アニタは唐突に真剣な顔つきになる。
 硬い表情、静かな声色——いずれも彼女らしくない。
「はい。その一種に遭遇しまして、ついうっかり」
「そうかい。アンタいい顔してるんだから、気をつけなくちゃ駄目だよ」
 脇腹の引っ掻き傷を拭きながら母親のような発言をするアニタ。どうやら、彼女はトリスタンのことを気に入っているらしい。
 洗い場の時も然り、今も然り、トリスタンはかなり女性を惹き付ける質のようだ。
「そうだマレイ。裏の倉庫からいつものを取ってきておくれ」
「いつもの、ですか?」
「そうだよ」
 曖昧な言い方をされても分からない。
「えっと、何でしたっけ……」
 するとアニタは調子を強めた。
「また忘れたのかい!?いい加減にしなよ!」
 急にこうやって怒り出すから嫌なのよ。
 私は内心言ってやった。
 ……もっとも、口から出すことはできないが。
「パン、ビーンズ、干し肉だっていつも言っているじゃないか!何度言えば覚えるんだい!?」
 初耳だ。
 パン、ビーンズ、干し肉——そんな簡単な内容を何度も忘れるほど、私は馬鹿ではない。
 しかし、こういう場面で本当のことを言えば、余計に揉める。だから私は頭を下げておいた。悔しさはあるが、生きていくためなので仕方がない。
「その後はシーツ回収!それからベッドメイク!頼んだよ!」
 分かってますって。そう言いたくなるような言葉を、次から次へとかけられた。だが、もはや苛立つ気にすらならない。用事を次々言われるのには慣れっこだ。
 そんなことで、私はいつも通り仕事をこなしていく。ベッドメイクが終われば、宿泊客の夕食に向けて準備。夕食が終われば、皿洗い。それに加えて、テーブル周りや床の掃除。トリスタンがいれば少しはましになるかと思ったが、そんなことは微塵もなかった。一瞬期待しただけに残念な気分だ。
 一方、ここへ宿泊することを決めたトリスタンは、常に一階に居座り、あくせく働く私を眺めていた。単に私が自意識過剰なだけかもしれないが、彼は妙に熱心にこちらを見つめていた。少し戸惑ったくらいである。

 その夜、私はトリスタンに呼び出された。
 夜間に男性と二人で会うのは極力避けたい。しかし相手はトリスタンだ。しかも宿屋内の彼の客室で会うという話。
 それなら大丈夫だろう、と思った私は、こっそりと彼の客室へ向かった。

 扉をノックすると、トリスタンはすぐに出てきてくれる。
「来てくれたんだね」
「えぇ。でも何の用?」
「それは中で。取り敢えず入って」
 トリスタンがそう言うので、私は仕方なく客室内へと入ることに決めた。本当はあまり気が進まなかったけれど。
 室内へ入ると、彼は扉を閉める。これで完全な二人きりだ。逃げられないし、助けを求めることもできない。
 もし彼が何かしてきたらどうしよう、と一瞬不安がよぎる。しかし私は心の中で否定した。巨大蜘蛛の化け物から助けようとしてくれたトリスタンが悪人なわけがない、と。
「夜遅くに呼んでごめんね、マレイちゃん」
 やがて、トリスタンは口を開く。
 室内の明かりはオレンジ色のランプ二つだけ。お互いの姿が見えないほどではないけれど、昼間に比べると薄暗い。
「そこの椅子にでも座って。僕はこっちへ座るから」
 言いながらベッドに腰掛けるトリスタン。
 彼の下ろした長い金髪は、薄暗い闇の中でも輝いて見える。まるで上質な絹糸のようだ。
「分かったわ。でも、トリスタンはどうしてベッドへ座るの?」
 椅子は二つある。にもかかわらず、彼はベッドに座る。まるで私を避けているかのように。
「貴方もこっちで話せばいいのに」
 すると彼は黙った。言いたいことはあるが言えない、といったような表情を浮かべている。
「……トリスタン?」
 改めて声をかけると、彼の意識がこちらへ戻った。
「あ、気にしないで。僕はここが好きなだけだよ。それにほら」
 彼は近くにあった紐で金髪を一つに結びながら続ける。
「マレイちゃんを怖がらせても駄目だしね」
 怖がらせる?
 私には彼の発言の意味がいまいち分からなかった。
「どういう意味?トリスタンは怖くなんかないわよ」
 それに対し、彼は苦笑する。
「男と二人きりという状況は、女性にとっては怖くもある。前にそんなことを聞いたんだ」
「まぁそうね。そういった類いの犯罪に巻き込まれることだってあるわけだもの。でも、トリスタンはそんなことしないでしょ」
 確かに、私も一瞬は不安になった。
 しかし今はもう、彼を疑ってはいない。トリスタンは信じるに値する男性だと思うから。
「それで、用って何?」
 私は彼の青い瞳を真っ直ぐに見て尋ねた。
 すると彼は、一度目を閉じ、少しして開く。
「……マレイちゃん」
 トリスタンの表情は真剣そのものだ。
「帝国軍へ来る気はない?」

Re: 暁のカトレア ( No.9 )
日時: 2018/05/05 19:39
名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: VNP3BWQA)
参照: http://From iPad@

こんばんは! お久しぶりです٩( ᐛ )و
新作読ませて頂きました~⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝

トリスタンさんの爽やかさが文章からもすごく感じられます笑
戦っている時のかっこよさや、シーツを干す時のちょっと抜けているようなところも読んでいて面白かったです。

マレイちゃんもずっと働いていて、絶対大変だろうなと思いますし私だったら「嫌だー!:(;゙゚'ω゚'):」ってなりそうなところでもしっかりやっている辺りが偉いなと感じました。 見習いたいです←


最新の更新のラスト1行からこれからの物語がぐんぐん進んで展開していくのかなと思うと今から楽しみです( ̄∇ ̄*)ゞ

だんだんと、マレイちゃんとトリスタンさんとの仲が深まっていけばいいなと思っています!!!


これからも読ませて頂きますね( ᐛ )و
頑張ってくださいm(*_ _)m

byてるてる522

Re: 暁のカトレア ( No.10 )
日時: 2018/05/05 22:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)

てるてる522さん

こんばんは。お久しぶりです〜。
今作は始まったばかりですが、読んで下さりありがとうございます(^-^)

トリスタンにはまだまだ頑張ってもらわなくてはなりませんね。

ちなみに、多分私も「嫌だー!:(;゙゚'ω゚'):」となると思います。笑
私も見習わなくてはならないかもしれませんね。

二人や皆(まだほぼ出てませんが……)の物語を楽しんでいただければ幸いです。

コメントありがとうございましたー!♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪

Re: 暁のカトレア ( No.11 )
日時: 2018/05/05 22:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)

episode.6 運命の別れ道

 突然の誘いに、暫し空いた口が塞がらなかった。
 私はどこにでもいるようなありふれた娘。宿屋で働く一般人である。帝国軍なんて言葉には馴染みがない。入るなんてもっての外だ。
 今日一日共に過ごしたのだから、トリスタンもそれは分かっているはず。にもかかわらず私を勧誘するなんて、謎としか言い様がない。
「トリスタン……何を言い出すの?私みたいな一般人を帝国軍に誘うなんて、変よ?」
 私を帝国軍へ誘うということは、彼は帝国軍人なのだろう。それも驚きの一つだった。
 それならそうと、もっと早く言ってくれれば良かったのに。
「変じゃないよ。一般人出身の軍人もたくさんいる」
 トリスタンの言葉を聞き思い出す。そういえばアニタの息子も帝国軍に勤めていたな、と。それを思えば、普通の家からでも軍人になれるというのも理解できる。
 しかし私は女だ。しかも齢十八。
「それはそうね。でも、私には軍人なんて無理だわ」
「いや、無理じゃない。僕はこの目で君の持つ凄まじい力を見たから言っているんだ。マレイちゃん、君の力なら十分活躍できる」
「……だとしても、無理よ」
 凄まじい力なんて、活躍できるなんて。そんな次々言われても、私にはよく分からない。昨日まで平凡に暮らしてきたんだもの。
「私はこれまでもそうだったように、これからも平凡に生きていくの。普通の女として、ただひたすら平凡に」
 その瞬間、ベッドに腰掛けているトリスタンの眉がぴくっと動く。
「それでいいの?」
 いつになく静かな声。落ち着きのある低いその声は、まるで私の心の奥深くを探っているかのようだ。
 私は彼の問いに、すぐには答えられなかった。
 なぜなら、心の隅に、得体の知れない何かがあったからである。
「君はここが一番自分に相応しい場所だと思っているの?」
 追い討ちをかけるように言ってくるトリスタン。
 私は私自身の心がよく分からなくなってきていた。
 平凡に生きていくものと思っていたし、それを望んでいるはずだった。なのに、今私は、なぜか、彼についていきたいような気がしてならない。可能性を信じ、新たな道へと歩み出したい。そんな思いが湧いてくる。
「……分からないわ」
 自然と口からこぼれていた。
 考える間もなく、ありのままの心が溢れ出す。
「いきなりそんなことを言われても困るわよ。私自身、私がどうしたいのか分からないの」
 すると、トリスタンは頬を緩めた。
「帝国軍へ来てくれる可能性は、ゼロじゃないってことだね」
「えぇ。貴方には助けられた恩があるもの。バッサリとは断れないわ」
「……そんな理由なんだね」
 少し残念そうな顔をするトリスタン。
 彼についていくかはまだ分からない。しかし、彼と行ってもいいかもしれないと徐々に思えてきた。
 なので、疑問に思ったことを尋ねてみる。
「もし私が帝国軍へ入るとして、そこで何をするの?」
 するとトリスタンは、その整った顔に気色を浮かべた。海のように深みのある青の目は輝き、口角が僅かに上がっている。
「マレイちゃん……!興味を持ってくれているんだね」
 トリスタンの声は弾んでいた。非常に分かりやすい人だ。
「まだ行くと決めたわけではないわよ」
「興味を持ってくれている事実だけで嬉しいよ」
 心から嬉しそうな顔をしているトリスタンを眺めていると、彼が女性を惹き付ける理由が少し分かった気がした。
「僕たちの仕事は化け物狩り。つまり、今朝の巨大蜘蛛みたいなのを片付けるのが仕事ってわけだよ」
「あんなのと戦うの?」
 早くも自信を失ってきた。
 不安しかない。
「そうだよ。今から十年前くらいかな、レヴィアス帝国に突如化け物が発生するようになったのは知っているよね?」
「えぇ」
 知らないわけがない。だって私の故郷は、あの巨大蜘蛛の化け物に焼き滅ぼされたのだから。
 圧倒的な強さを誇る化け物にすべてを破壊される恐ろしさは、この脳に深く刻み込まれている。八年が経った今でも、鮮明に思い出せるくらいに。
「その後、いくつもの街が化け物に襲われて破壊された。このままでは国が滅亡してしまうと考えた帝国は、対抗する手段を必死に研究し、ついにこれを発明した」
 説明しながら、トリスタンは腕時計を私に見せる。
「これは……今朝のおしゃれな腕時計ね」
「そう。これは、僕たち人間があの化け物を倒す、唯一の希望なんだ」
 レヴィアス帝国ならではのテクノロジーを利用した道具、といったところか。
「そういえば、白銀の剣を取り出していたわね」
 何も思わず言うと、トリスタンは「しまった」というような顔をする。
「あ、見られてた?」
「えっ、見ちゃいけなかったの?」
 私とトリスタンは顔を見合わせた。そのまま少しの沈黙。
 見つめあっているのにお互い何も言わないことが妙におかしくて、徐々に笑いが込み上げてくる。
 それから数秒、私はついに笑いをこぼしてしまった。ふふふっ、と変な笑い声を出してしまう。
「なんというか……見てしまってごめんなさい」
 変な笑い声を出してしまったのが恥ずかしくて仕方ない。
「あ、いや、気にしないで。説明の手間が省けて良かったよ」
 トリスタンはぎこちなく言葉を紡いでいく。
 ひんやりとした空気が私たち二人を包む。上手く言葉にできないのだが、非常に気まずい。それから、またしても沈黙が訪れた。
 やがて、長い沈黙を破り、トリスタンが爽やかに述べる。
「ちなみに僕の所属している化け物狩り部隊は、レヴィアス帝国軍の中でも比較的高い地位だから、給与は結構いいよ。その代わり死と隣り合わせだけどね」
 さらっと怖いことを……。
 不安を煽るような内容を時折混ぜ込んでくるのは止めてほしい。怖いことを言われては、私の心が揺れてしまう。
「トリスタン。取り敢えず、明日の朝まで時間を貰っても構わない?」
 これは私の人生を変えるような大きなことだ。一応色々考えてはみたが、「そう簡単に答えを出せるような内容ではない」というのが私の答えだった。もう少し時間が必要である。
「もちろん。構わないよ」
「ありがとう!」
「それじゃ、今日はお開きにしようか。マレイちゃん、部屋まで送るよ」
 トリスタンは優しく言ってくれた。しかし私は首を横に振る。
「いいわ。アニタに見つかると厄介なの」
「でも危ないよ?」
「外へ行くわけじゃないし、平気よ」
「駄目だよ!」
 急に調子を強めるトリスタン。
 日頃は温厚なのに時々強く出てくるところが不思議だ。
「部屋まで送るよ。……何かあってからじゃ遅いから」
「そうね、分かったわ。ありがとう」
 何かあってからじゃ遅いから、の部分に若干違和感を覚えながらも、私は素直に送ってもらうことにした。好意に甘えるというのも時には悪くないだろうから。

Re: 暁のカトレア ( No.12 )
日時: 2018/05/06 17:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SsOklNqw)

episode.7 動き出す、私の歯車

「……マレイ?こんな夜遅くにうろついて、何をしているんだい」
 最悪だ、と青ざめる。
 なぜかというと、トリスタンに送ってもらっている途中でアニタに出会ってしまったからである。
 よりによってこのタイミングで遭遇するなんて——驚くくらいのついていなさだ。
「こんばんは、アニタさん」
 トリスタンはさりげない笑顔でアニタに挨拶する。しかし、彼女は、そのくらいでごまかせる人間ではなかった。
「どうしてアンタがマレイと一緒にいるんだい?」
 アニタはトリスタンへ、ねっとりとした視線を向けながら問う。
「少し用があったもので。部屋でお話をさせていただきました」
 さらりと答えるトリスタン。
 しかしアニタはそのくらいでは納得しない。
「まさか……おかしなことをしたんじゃないだろうね」
「おかしなこと?何ですか、それ」
「男女が部屋でと言ったら決まっているじゃないか!」
 きょとんとした顔をするトリスタン。
「とぼけるんじゃないよ!マレイに何をしたんだい!?」
 すっかり怒りモードに入ってしまったアニタは止まらない。トリスタンの言葉を聞く気は微塵もなく、一方的に言葉を吐く。
「いくら宿泊客でも、手を出してたら承知しないよ!」
「待って下さい!トリスタンはそんな人じゃないです!」
 私は、怒りに染まったアニタを落ち着けようと、必死に声をかける。しかし私の声かけ程度で彼女を止められるわけもなかった。むしろ悪化させてしまったくらいである。
「マレイは黙ってな!これはその男との話だよ!」
「アニタさん。僕は本当に何もしていません」
「嘘だね!やらかした男ほど、最初はそういうことを言うんだよ!」
「いえ。本当に、たわいない話をしていただけです」
 淡々と返すトリスタン。
 私はその横で首を上下に動かす。
 するとアニタは「もういいよ!」と鋭く言い放ち、私の片腕を強く引っ張る。私はつまづきそうになったが、何とか耐えた。
「マレイ、来な」
「あ、でもトリスタンは……」
「あんなやつはいいよ!」
「待って下さい、まだお礼を言えてな」
「礼なんていらないよ!」
 鋭く言われたものだから、私は何も言い返せなかった。
 ……だって怖いんだもの。

 それからアニタの部屋に連れていかれた私は、「夜に男の部屋へ行くなんて」とこっぴどく叱られた。
 相手はトリスタンだし、そこまで気にすることもないと思うのだが。
「いいね、マレイ。今後こういったことが絶対にないようにしなよ。寄ってくる男には必ず企みがあるものと思うこと」
「トリスタンはそんな人じゃないです」
「今は紳士を装っているけど、いずれは手を出すつもりだよ。あの男には、今後絶対関わらないようにしな」
 アニタがなぜそこまで言うのか、私にはさっぱり理解できなかった。
 世の中には、確かに、女に手を出し罪を犯す人間もいる。しかし、トリスタンがそのような人間だとは考え難い。
「どうしてそこまで決めつけられるんですか?トリスタンに前科があるわけではないですよね?」
「前科の有無なんて関係ない。男はみんな獣になるんだよ。あいつは少しはいいやつかと思ってたが、結局……」
 ぷちっ。
 その瞬間、私の中の何かが切れた気がした。
「アニタさん、酷いです!」
 私は半ば無意識に叫んでいた。怒りのままに口から言葉が飛び出した、という感じだ。
「何も知らないのにそんなこと言わないで下さいっ!」
 するとアニタは激昂する。
「何だい!その口の利き方は!」
「一方的にトリスタンを悪く言わないで下さいっ!」
「マレイ、アンタ!雇い主である主人になんてこと言うんだい!?」
「雇い主でも主人でも、言っていいことと悪いことがあります!」
 完全に喧嘩だ。
 正直面倒臭い。
 しかし、トリスタンを悪人扱いされてなるものか。私を理解しようとしてくれた彼を、まるで犯罪者かのように見るなんて、絶対に許せない。
 それだけが、今の私の原動力だった。
「やれやれ、まったく。マレイはいつから、そんなワガママになったのかねぇ」
「ワガママではありません。トリスタンを悪く言わないでほしいだけです」
「女を連れ込む男なんざ、みんな悪だよ。トリスタンとかいうあいつも、悪としか言い様がない」
 トリスタンが悪だとアニタに言いきられ、我慢ができなくなった。雇われの身ゆえ、日頃は極力穏やかに振る舞っている。だがこればかりは堪え難い。
「話になりません!こんなところ、もう出ていきます!」
 私は立ち上がり、アニタの部屋から脱走する。
「こら!待ちな!」
 背後からアニタの焦ったような叫び声が聞こえた。
 しかし私は振り返らない。
 今振り返れば、私は脱走を躊躇ってしまうことだろう。それを分かっているからこそ、私は前だけを見据えて走った。

 喧嘩した勢いで宿屋を出たものの、行く当てなどない。だからといってすぐに宿屋へ戻るのも、アニタに負けたみたいで不愉快だ。となると、もはや、「外にいる」しか選択肢はない。だから私は、夜の闇を一人で歩くことにした。
 闇はあの夜を思い出す。だから嫌いだ。ただ、アニタへの怒りで頭がいっぱいな今の私は、そこまで嫌だと感じなかった。夜の闇以外に意識が回っているからだと思う。

 そんなことでぶらぶらしていた、その時だった。突如、私の背後の空気が揺れるのを感じ、振り返る。
「貴女が……マレイ・チャーム・カトレアですよねぇ」
「……誰!?」
 闇の中から、黒い影が近づいてくるのが見えた。
 私は警戒体勢をとる。
 やがて黒い影の正体が露わになる。そして私は愕然とした。想像を越える、不気味な姿をしていたからだ。
 銀色の仮面を着け、黒く長いマントを羽織っている。腕は両方とも機械のようだ。
「私の名は……ゼーレ。今朝は貴女のお力、存分に見させていただきましたよ」
 黒い影の正体——ゼーレは、ゆっくり足を動かし、一歩、一歩と、こちらへ近づいてくる。その滑らかな足取りが、彼の不気味さを高めている気がする。
「何か用ですか」
「マレイ・チャーム・カトレア。貴女は化け物から二度も生き延びましたねぇ。なかなか幸運の持ち主です」
 状況がまったく読めない。
 トリスタンと出会ってからというもの、おかしなことばかりが起きる。
「そこで一つ、貴女に尋ねたいことがあります」
「尋ねたいこと?」
「えぇ、その通り」
 ゼーレは私に発言に頷き、それから告げる。
「マレイ・チャーム・カトレア。我々につきませんかねぇ?」

 またしても勧誘。
 既に揉めているというのに、また新たな勧誘。

 ——嫌になってきた。


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