コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

暁のカトレア 《完結!》
日時: 2019/06/23 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

※シリアス多めかもしれません。
※「小説家になろう」にも投稿しています。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-76 >>79-152
epilogue >>153


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん
雪うさぎさん
御笠さん
塩鮭☆ユーリさん

Re: 暁のカトレア ( No.98 )
日時: 2018/08/23 20:44
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: aOQVtgWR)

episode.91 私が叩き潰すとしよう

「ぐぎゃっ!」
 妄想にふけっていたシロは、突如叩き込まれた蹴りに、情けない悲鳴をあげた。
 無防備になっていたところに攻撃を受けたのだ、悲鳴をあげてしまうのも無理はない。しかし、それにしても、何とも言えないかっこ悪さである。
 シロの手が離れた隙に、ゼーレはその場から離れた。
「ががーん!やってしまったでごわす!」
 惜しいところで獲物を取り逃がし、顔面蒼白になるシロ。
「ゼーレ!こっちへ来て!」
 私は、蜘蛛型化け物の上に乗ったまま、ゼーレに対して言い放つ。
 この大きなチャンスを、逃すわけにはいかない。
「……そうします」
 ゼーレは時折よろけながらも、自力でこちらへ歩いてくる。その間、先ほどゼーレが生み出した蜘蛛型化け物たちは、シロに襲いかかっていっていた。
 シロが蜘蛛型化け物たちに翻弄されているうちに、ゼーレは私のいるところへたどり着く。
「ゼーレ、平気?」
 手を差し出すと、彼はこくりと頷く。
「この程度なら……どうということはありません」
「本当に?」
「もちろんです」
 ゼーレは私の手を取ると、蜘蛛型化け物の上へ上がってきた。慣れが伝わってくる動きだ。
 蜘蛛型化け物の上に二人が揃うと、私たちは顔を見合わせる。
「このまま逃げるの?」
「そうです。どのみち追ってくるでしょうが……ひとまず退きましょう」
「分かったわ」
 私たちは、最低限の言葉だけを交わす。
 そして、今度こそ部屋を脱出した。

 外へ出れば何とかなる。いくらでもいる隊員に助けてもらえる。
 そんな風に思っていた頃もあった。
 しかし、シロの前から脱走した私たちに突きつけられたのは、厳しい現実。
「そんな……!」
 襲撃を受けているのは、私たちだけではなかったのだ。
 耳をつんざくような警報音がけたたましく鳴り響き、廊下を隊員らが駆けていく。帝都ではなく、基地自体が襲撃を受けているようである。
 私はすぐに、ゼーレの方へと視線を向けた。
「これは……襲撃よね」
「どうやら、あの男一人ではなかったようですねぇ」
 仮面の隙間から覗くゼーレの顔は、いつもより強張っていた。いくら心の強い彼でも、この状況にはさすがに動揺しているのかもしれない。
「さて、どうしたものですかねぇ……」
 ゼーレは溜め息を漏らす。
 私は、場のただならぬ緊迫感に、まともに呼吸ができない。
 頭の中がぐちゃぐちゃになって、何か考えなくてはならないはずなのに、何も考えられない。
「……カトレア?」
 負傷者を連れているのだ、私がしっかりしなくては。そう思うのに、思いとは逆に、心はどんどん縮んでいってしまう。
 この期に及んで、この様だ。
 もはや、情けないとしか言い様がない。
「どうしたのです?……本物の馬鹿にでもなりましたか」
 ちょっぴり棘のある言葉を吐いてくるゼーレ。
 だが、今の私には、言い返す余裕などない。
「ごめんなさい、ゼーレ。私、段々よく分からなくなってきたの」
「どういう意味です?」
「考えようとすればするほど、頭がこんがらがって、何から考えればいいか分からなくなるの」
 取り敢えず、今の状態を素直に話してみた。気の利いたことなんて言えないから。
 するとゼーレは、そっけなく、「一度落ち着けるところへ行きましょうか」と言う。
 決して温かな声色ではなかったけれど、それでも、彼の存在は私の支えになってくれた。一人でいるより二人でいる方が、ずっと気が楽である。

 行く先をゼーレに委ね、暫し時が流れた。
 私たちは偶然、長槍を持ったグレイブに遭遇する。
「グレイブさん!」
 彼女の姿を見るや否や、私は、半ば無意識に呼んでいた。
 しっとりとした長い黒髪。凛々しい顔立ち。血のような紅の塗られた唇。今はただ、そのすべてが頼もしく感じられた。
「おぉ。マレイか」
 長槍を握ったグレイブは、私の呼びかけに反応して振り返る。黒髪が、華麗にひらりと揺れていた。
「ゼーレも一緒か。二人とも、そんなところで何をしている」
 グレイブの問いに答えるのはゼーレ。
「指定された部屋で待っていたところ……曲者に襲われましてねぇ」
「指定された部屋?報告会を予定していた部屋のことか」
 眉をひそめるグレイブ。眉間にしわがよってもなお、その容貌は美しい。
「そうです」
「まだそこにいたのか?」
「皆さんが遅いので、仕方なく待っていたのですがねぇ……」
 ゼーレはグレイブをじっとりと睨んでいる。
 ちなみに、睨んでいると言ってもそんなに鋭い睨み方ではない。鋭利というよりは、重苦しいような睨み方だ。
「おかしいな。襲撃のため中止だと、放送を流したはずなのだが」
「聞いていませんねぇ……」
 確かに、中止の知らせなど聞いた覚えはない。
「そうか、ミスかもしれないな。すまなかった。それでその——」
 グレイブはひと呼吸空けて続ける。
「曲者とは、どんなやつだったんだ?」
 彼女の漆黒の瞳はゼーレを捉えていた。彼女の勇猛さが肌で感じられるような目つきである。
 なんというか、凄くかっこいい。
「詳しくは知りませんが……いかにも野蛮の極みといった感じの人間でしたねぇ。あまり関わりたくない感じの輩でした」
 物凄く同感だ。
 あんな凶暴な男とは、もう関わりたくない。

 だが、運命は残酷だった。
 苦難からそう易々と逃れさせてはくれない。
「逃がさんでごわーっすっ!!」
 ドスドスと激しい足音を立てながら、凄まじい勢いで走ってくるシロが見えた。やはり諦めてくれはしなかったようだ。
「来たわ!ゼーレ!」
「はぁ……鬱陶しいですねぇ……」
 ゼーレは漏らす。その顔には、疲労の色が濃く浮かんでいる。
「ほう。あれが例の曲者なのだな」
 駆けてくるシロを見て、口を開いたのはグレイブ。
「では私が叩き潰すとしよう」
 彼女は長槍を構えた。
 黒い髪がしゃらんと揺れる。まるで、夜の始まりを告げるかのように。

Re: 暁のカトレア ( No.99 )
日時: 2018/08/25 00:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: noCtoyMf)

episode.92 戦闘の行方

 凄まじい勢いで駆けてくるシロ。グレイブはそれを、長槍を構えて待ち受ける。
 そんな彼女の存在に気がついたシロは驚きの声をあげた。
「えぇっ!何で他のやつがいるのでごわすか!?」
 ここは基地なのだから、他の者がいるのは当然だろう。そう突っ込みたくなるのをこらえつつ、私は様子を見守る。
「貴様がマレイたちを狙う曲者だな」
「曲者とは失礼でごわすな。おいらはただ、リュビリュビ様の命により、ゼーレ殿の命を頂戴しに参っただけでごわす」
 シロとグレイブは言葉を交わす。
 対峙する二人の間には、緊迫感のある空気が流れていた。そこにいるだけで肌がぴりぴりするような空気である。
「貴女は関係ない者ゆえ、本来なら戦わなくていいでごわす。しかーし!任務の邪魔をするというのなら、遠慮なく倒させてもらうでごわす!」
「そうか。ならば倒してみるがいい」
 グレイブの赤い口角が微かに持ち上がる。
「倒せるのなら、な」
 そう言って挑発的な笑みを浮かべるグレイブを目にし、シロは体勢を戦闘モードへと切り替えた。
 すぐにでも走り出せそうな体勢だ。
「おいらを馬鹿にしていると、痛い目に遭うでごわすよ!」
「できるのなら、やってみるがいい」
「うぐぐ……。か、覚悟しろでごわす!おおおっ!!」
 シロは地響きがするような雄叫びをあげ、隆起した筋肉の目立つ上半身を大きく仰け反らせる。そして、分厚い胸板を、両拳で交互に叩く。
「本気でいかせていただくでごわす!」
 宣言とほぼ同時に、グレイブに向かって駆け出すシロ。
「おおおぉぉぉっ!」
 シロはパンチを繰り出す。
 しかしグレイブは、ひらりと一歩下がり、気迫の乗った拳を軽々と避けた。
 そして素早い切り返し。
 グレイブは長槍をひと振りし、シロの片腕を叩き斬った。
「うぐぅぎゃっ!」
 彼の腕は太いため、さすがに切断とまではいかない。けれども、彼の腕が赤いものでびっしょりと濡れる程度には、傷つけることができていた。
 私はグレイブの強さを再確認し、密かに安堵の溜め息を漏らす。
「あの女……さすがにやりますねぇ」
 一緒に蜘蛛型化け物に乗っているゼーレが、珍しく、素直に感心していた。彼を認めさせるとは、グレイブはやはり凄い。
「えぇ。尊敬だわ」
「敵だと厄介ですが……味方であれば便利です」
「もう!便利とか言わないの!」
 私とゼーレが話している間にも、グレイブとシロの戦いは続いていた。
 激しい攻防が繰り広げられている。だが、どちらかといえばグレイブの方が優勢だ。
「ぐぬぬ……!捉えられんでごわす……!」
「力しかないような男には負けん」
「うっ!お、おのれ……」
 グレイブの槍は、シロの身を貫き、急所を抉る。
 そこに容赦なんてものは存在しない。
「はぎゅあぁっ!」
 長槍を叩きつけられたシロは、小動物のような悲鳴を吐く。理解できないほどの、かっこ悪さである。

 ここまでダメージを与えれば、グレイブの勝利はほぼ確定——とはならなかった。

「やーっと隙を見せたでごわすな」
 ほんの一瞬。
 グレイブの攻めの手が緩んだのを、シロは見逃さなかったのである。
「どりゃす!」
 シロはグレイブの腹部に向けて、拳を突き出す。グレイブは長槍の柄で防ぐが、そこへさらなる攻撃が降り注ぐ。
「くっ」
 グレイブは咄嗟に長槍を消す。
 一発目、低めの拳は片膝で防御。続く二発目、顔面狙いの拳は、上半身をひねって回避。そして三発目、肩付近への拳は、片腕を上手く使って受け流す。
 グレイブは肉弾戦もそれなりに強く、シロに負けてはいない。
 ただ、先ほどまでと形勢が変わったということは、誰の目にも明らかであった。
「どりゃす!どりゃす!どりゃーっす!」
 仕返し、とばかりにグレイブへ猛攻を加えるシロ。その筋肉まみれの太い腕から繰り出されるパンチは、一撃一撃がかなり重そうだ。グレイブも反応速度自体は劣っていないが、パンチの凄まじい威力ゆえか、何度か、防ぐ瞬間に顔を強張らせていた。
 接近戦になれば、グレイブの長槍は役に立たない。
 いや、もちろん、まったくの役立たずになってしまうわけではないが。しかし、彼女の長槍が本領を発揮するのは、中長距離戦においてである。
 怪しい雲行きになってきた。
 そんな戦いの行方を見守るゼーレの表情にも、心なしか陰りが見える。形勢の変化を、彼も察しているのだろう。
「これで終わりでごわす!」
 シロは飛びかかるような動作でグレイブの背後へ回る。そして、彼女を羽交い締めにした。
「くっ……!」
 グレイブの視線の鋭さが増す。
 彼女はシロから逃れるべく、身を振り、激しく抵抗した。だが、笑えるほど筋肉がついているシロの腕からは、そう簡単には逃れられない。
「邪魔をした仕返しでごわす!」
 シロは、羽交い締めにしているグレイブの片腕を乱暴に掴み、握力を徐々に強めていく。グレイブの肘は、ミシミシと、痛そうな音を立てている。
「グレイブさん!」
 助けないと。
 そう思った私は、腕時計へ指を当て、シロの背に向かって赤い光線を放つ。
「ぴぎゃあっ!」
 まさかの、だが、命中した。
 背に光線を浴びたシロは、甲高い悲鳴をあげる。グレイブを羽交い締めにしていた体勢も崩れた。
 自由を手に入れたグレイブは、視線をこちらへ向ける。
「感謝する」
 紅に彩られた口元が、微かに緩む。
 彼女の瞳に見つめられると、なぜか、胸がバクンと鳴った。
「い、いえ……」
 私は小さな声で、さりげなく答える。妙に緊張して、それしか言えなかった。
「よくもやってくれたな……」
 グレイブは前に垂れていた長い黒髪を、手で、さらりと背中側へ流す。そして、再び長槍を取り出した。
「覚悟しろ。野蛮人め」
 漆黒の瞳から放たれる視線は、胸の奥まで突き刺さる刃のよう。
 どうやらシロは、グレイブの本気スイッチを入れてしまったみたいだ。

Re: 暁のカトレア ( No.100 )
日時: 2018/08/25 17:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CwTdFiZy)

episode.93 宣戦布告

 それからのグレイブは凄まじかった。
 目から放たれる本気の視線。しなやかさと豪快さのある槍術。そして、敵に反撃の隙を与えない位置取り。それらすべてが合わさり、今のグレイブは、シロを圧倒するほどの強さとなっている。
 もはや私が援護する必要もない——戦闘の光景を遠巻きに見ていた私が、迷いなくそう思ったほどだ。
 一度不利な状況に陥ったことが、彼女を本気にした。
 そういう意味では、この流れは良かったのかもしれない。
「終わりだ」
 紅の唇から言葉がこぼれる。
 そして、グレイブの長槍が、シロへと振り下ろされた。
「……やられ……ごわ……す……」
 シロからあふれ、飛び散る、赤い液体。
 それは、槍の先やグレイブの純白の制服すらも、真っ赤に染めた。
「リュビリュ……ビ……さ……」
 場が赤黒く染まる様は、見ているだけで恐ろしい。
 しかし、その中に落ち着き払って立っているグレイブも、常人ではない雰囲気を漂わせている。返り血に濡れた彼女は、まるで、一輪の赤薔薇のようだった。
 少しして、シロの生命活動が完全に停止したことを確認すると、グレイブは、私とゼーレがいる方へと歩いてくる。「もう白には戻らないのでは」と思うほど赤く染まった制服と、不気味なくらい艶のある黒髪がさらりと揺れるところが、非常に印象的だ。
「マレイ。良い援護、感謝する」
 グレイブの第一声はそれだった。
 それまで無表情だった彼女の顔に、今は、軽い笑みが浮かんでいる。
 世間一般の人々と比べれば、あまりにさりげない、控えめな笑みだ。けれども、彼女の凛々しい顔立ちには、このくらいの笑みがちょうどいい。ほんの少し、口角を上げて、頬を緩めるだけ——その程度の笑顔が、彼女を一番魅力的にするのだから。
「襲撃してきたのがゴリラ型であったことを考えると、今回はこれで終結することだろう。マレイ、もう心配は要らない」
「本当ですか!……良かったです。ありがとうございます」
「例の報告会は後ほど改めて開くこととする。予定が決まり次第、また伝えるからな」
「はい!分かりました!」
 蜘蛛型化け物の上に乗ったまま、頭を下げる。シロに襲われるのを助けてもらった感謝を込めて、しっかりとお辞儀をした。それから私は、すぐ隣にいるゼーレへと視線を向ける。
「助かって良かったわね」
 さりげなく声をかけると、彼は微かに頷いて、「そうですねぇ……」と返してきた。素直に「良かった!」と言わないところがゼーレらしい。
「素直に良かったねって言えばいいのに」
「……そうですかねぇ」
「せっかく助けてもらったのだから、ありがとうくらい言ったら?」
 私は冗談めかして言ってみた。
 だが、彼の顔は笑わない。まだ真剣な顔をしている。妙だ。
「ゼーレ?どうしたの?」
 シロはグレイブが倒した。この目で見たのだから、それは間違いない。
 ゼーレだって、グレイブがシロを倒すところは、その目で見届けたはずだ。なのに、なぜ少しもリラックスした表情にならないのか。実に謎である。
「ねぇ、ゼーレ。本当に、どうしちゃったの。何だか様子がおかしいけど」
 不思議に思いながら彼を見つめた。
 すると彼は、静かな淡々とした声で、そっと述べる。
「まだ……何やら気配がします」
「えっ」
「終わってはいないのやも……しれませんねぇ」

 ——彼が言い終わり、数秒。
 蜘蛛型化け物に乗っている私たちやグレイブから、数メートルほど離れた場所の空間が、突如ぐにゃりと曲がった。
 見覚えのある光景だ。
 そう、あれは、トリスタンを助けに行く時にゼーレが使った空間を移動できる技と同じ。
 詳しいことは分からないが、それと同じ類のものであることは確かだ。
「どうも」
 しっとりした女性の声が耳に入ってくる。
 そして現れたのは——リュビエだった。
 全身を包む黒いボディスーツはすっかり綺麗になっていて、穴どころか傷一つ見当たらない。はっきりと体の凹凸が視認できる。また、灯りを照り返して、艶めかしく輝いている。
「リュビエさん!?」
 私は思わず声を出してしまった。
 本当なら、言葉を交わすことも視線を交えることもなく、気づかなかったふりをして逃げ出すべきだったのだろう。一刻もこの場から離れるのが、私にとって望ましい選択肢であったことは間違いない。
 けれども、名を呼んでしまった。
 だからもう、気づかなかったふりはできない。
「あら。また会うなんて、偶然ね。マレイ・チャーム・カトレア……この前やってくれたことは忘れていないわよ」
 ゼーレは警戒した顔をし、グレイブは長槍を構えて戦闘態勢に入る。空気が再び固くなった。
「貴様、何者だ」
 槍の先端をリュビエへ向け、睨みを利かせながら問うグレイブ。
「あたしはボスの優秀な部下であるリュビエ」
 優秀な、を強調しているところが、珍妙だ。自らそこを強調する必要性がいまいち分からない。
「一つ、お知らせにやって来たの。ボスからのお言葉よ、しかとお聞きなさい」
 相変わらずの上から目線である。
 なぜこうも偉そうな話し方ができるのだろう。そういう質なのか。
「聞く気などない」
「あらあら。そんな態度でいいのかしら。聞く気がないのならこのまま帰ってあげても構わないけれど……重要な予定を聞かなくて、本当にいいのかしら?」
「どういう意味だ」
 グレイブはリュビエへ槍の先を向けたまま、怪訝な顔をしている。リュビエの意味ありげな発言に、その真意を知りたくなっているのだろう。
「聞いてくれるのかしら」
「重要な予定、とは何だ。くだらぬことであれば許しはしない」
 なかなか厳しいグレイブである。
「偉そうな口の利き方ね」
 他人のことは言えないと思うが……。
「ま、いいわ。ボスからの命令だもの、今ここで伝えるわ」
 リュビエは、うねりのある緑の髪を、一度わざとらしく掻き上げる。それから右足をほんの少しだけ前へ出し、腕組みをして、ふふっと怪しげな笑みをこぼす。
 そして、口を開いた。
「本日より一週間以内に、マレイ・チャーム・カトレア及びゼーレの捕獲作戦を決行する」
 色気のあるリュビエの声が告げた瞬間、空気が凍りつく。
 やはりまだ狙って——私はショックを受けた。
 本当ならショックを受ける理由なんてなかったはずだ。ボスが私を狙っていることは、ずっと前から知っていたのだから。なのに、そのはずなのに、なぜか非常にショックだ。
「これは、ちょっぴり早めの宣戦布告よ」
 リュビエは動揺する私たちを楽しんでいるようだ。愉快そうに笑みを浮かべている。
「弱い弱いお前たちに、ボスは、準備時間を与えることになさったのよ。感謝なさい」
「準備時間?私たちも舐められたものだな」
「あら。舐めるも何も、お前たちが弱いのは事実じゃない」
 見下した表情で口を動かすリュビエ。それに対しグレイブは、その美しい顔面に不快の色を浮かべる。
「貴様…!」
「図星だからって怒らないでちょうだい」
「いい加減にしろ!」
「ふふっ。あたしはお前と言い争う気はないわ」
 怒りを露わにするグレイブの発言を軽く長し、リュビエは手を伸ばす。すると空間が歪んだ。
「それじゃ、今日はこれで失礼するわね」
 数秒後、リュビエは跡形もなく消え去る。
 残されたのは、私たち三人と、殺伐とした空気だけだった。

Re: 暁のカトレア ( No.101 )
日時: 2018/08/26 01:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jhXfiZTU)

episode.94 よく分からなくなってくる

「一週間以内、か」
 誰もいない夜の食堂。私は一人、呟いた。
 私がわざわざ食堂まで来た理由は一つ。
 寝つけなかったから、だけである。それ以外に理由はない。
 化け物狩り部隊の人間の半数は、この時間だと、帝都の警備や化け物の殲滅を行っていることだろう。そして、非番の者は自室にいる。
 つまり、この時間帯に食堂にいる者はいない、と言っても過言ではないのだ。
「これからどうなってしまうのかなっ?……なんて」
 思ったことをすべて口から出している私は、端から見れば、結構な変わり者だろう。だが、今は、こうでもしていないと落ち着きを保っていられないのだ。変わり者だと思われてもいい。本当に気が変になるくらいなら、他者から変わっていると認識される方がましだ。
「そもそも、どうして私を狙うのよ……」
 食堂の営業時間内ではないため、料理やスイーツは頼めない。しかし、セルフサービスのコーナーにある紅茶やコーヒーだけは、夜中でも淹れられる。なので私は、そこに置いてある紅茶を飲むことにした。
 白いカップを一個手に取る。ティーバッグは、種類を選ばず適当に一つ。そして、それらを使い、適当に紅茶を入れた。湯は近くに備え付けられているポットのものだ。
 席に戻ると、カップから立ちのぼる湯気をぼんやりと眺める。
「あぁもう!分からない!」
 衝動的に、カップの中の紅茶を飲み干す。
「って、熱っ!!」
 舌に走るのは、焼けるような感覚。
 そうだ。淹れたばかりの紅茶だった。と、後悔しても、時既に遅し。舌の先から喉の奥まで、ひりひりする。
「……うぅ」
 冷水を飲みたくなるが、取りに行くのも面倒臭い。だから私は、そのひりひりする痛みを我慢することに決めた。
 舌を歯に当ててみると、感覚がだいぶなくなっていることに気がつく。
 ただ、こんなのはよくあることだ。神経質になって気にすることではない。
 せっかく紅茶を淹れたカップは、空になってしまった。
 露わになったカップの底を、私は、意味もなく見つめ続ける。ほんの少し紅茶の色が残る底は、私の浮かない顔を映していた。

 そんな風にして時間を潰していると、突然、視界の端に人の姿が入る。こんな時間に珍しいな、と思い、私は視線をそちらへ向けた。
「トリスタン?」
 目を向けた先にいたのは、彼だった。
 帝国軍の制服でもある白い衣装を身にまとい、一つにまとめた金の髪をなびかせて歩く様は、ダリアで初めて会った日の彼を彷彿とさせる。
 何だか懐かしい光景だ。
「……マレイちゃん?」
 少し遅れて私に気づいたトリスタンは、その足を止めた。
 深海のような青の瞳は、今日も変わらず綺麗だ。大自然を思い起こさせるような色をしている。
「こんな時間に、どうして?」
 彼は少々気まずそうな表情で、そう尋ねてきた。
「ちょっと眠れなくて」
 私は正直に真実を答える。
 飾る必要はない、無理に理由を作る必要もない、と判断したから。
「不眠症?」
「違う!」
「そ、そっか。ごめん」
「いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。気にしないで」
 何だかぎこちない会話になってしまっている。どうにか普段通りの楽しい会話へもっていきたいのだが、なかなか上手くいかない。
「……眠れないのも仕方がないよね。これだけ色々あったら」
 十秒ほどの沈黙の後、控えめな声でトリスタンが言った。
「宣戦布告の話は、グレイブさんから聞いたよ。マレイちゃんとゼーレを狙っているらしいね」
「えぇ、そうなの」
「マレイちゃんが狙われていることは前から分かっていたけど、ゼーレもなんだ」
「そうよ。ボスからすれば、彼は、反逆者で裏切り者だもの」
 この短期間で、ゼーレを消すための刺客を、二人も送り込んできたのだ。ボスの手の者は、また襲ってくるに違いない。
 これまでのところは、何とか切り抜けられてきた。が、今後現れる刺客から確実に逃れられるという保証はどこにもないのである。いつ誰に襲われ、どんな目に遭うか、分かったものでない。
「ボスはゼーレを殺すつもりだわ。私は彼に、そんな険しい道を歩ませてしまった……」
 するとトリスタンは問う。
「後悔してるの?」
 淡々とした調子で問うトリスタンには、妙だと感じるほどの落ち着きがあった。この前ダリアで迫ってきた彼とは、別人のようである。……もっとも、あの時の彼がおかしかっただけかもしれないが。
「マレイちゃんは、ゼーレをこちら側へ引き込んだことを後悔してるの?」
「……今は、少しだけ」
 正しいことだと思っていたのだ、あの頃は。
 悪人として一生を終えるより、今からでも善き人となって生き直すべきだと、そう信じて疑わなかったのだ。
 でも、今はよく分からなくなった。
 これが本当にゼーレにとって、最善の幸せな道なのか、もはや私には分からない。
「変よね。今になって、過去の行いの善し悪しについて悩むなんて」
 そう呟くと、トリスタンは首を左右に動かす。
「マレイちゃんは変なんかじゃないよ。ただ、理想を追いすぎているようには思うけどね」
「理想を追いすぎている、って?」
「何もかもが最善になる選択肢を、君は探している。でも、そんなものは、この世界にはほとんどない。君の中の理想と、この世界の現実には、大きな差があるんだよ」
 トリスタンの言葉は、私の胸に突き刺さる。
 しかし、その理由を私は知っている。
 浴びせられた言葉に、胸がこんなにも痛むのは、その言葉が正しいからだ。真実だからこそ、的を得ているからこそ、言われるのが辛いのだろう。
「確かに、ゼーレはこちら側についたことで、ボスから命を狙われる立場になってしまった。でも彼は、それ以上のものを手に入れたんじゃないのかな」
 それはそうなのかもしれない。
 けれど、私がしたことによってゼーレが狙われているという事実に、耐えられないのだ。
「それでも嫌!」
 私は思わず声を強めてしまった。
「確かに、ゼーレは色々なものを手に入れたかもしれない。でも、だから狙われても仕方ないなんて、言いたくない!」
 トリスタン以外に誰もいないというのも手伝って、私は、いつもより、きついことを言ってしまっているかもしれない。
「理想と現実の差なんて関係ないわ!たとえ理想には届かないとしても、そこへ少しでも近づけるように努力するべきじゃない!」
「努力ではどうしようもないことだってあるんだよ。マレイちゃんには分からないかもしれないけど……」
「えぇ!ちっとも分からないわ!」
 ——まただ。またしても、当たり散らすようなことを言ってしまった。
 こんなことをトリスタンに言ったって、何も変わりはしない。それを分かっていながら、彼に酷い言葉を吐いている。
 なぜ、こんな風にしか言えないのだろう。こんなはずではなかったのに。
「そもそも、化け物がこんなに蔓延り続けているのだって、誰も世界を変えようとしないからでしょ!?」
「マレイちゃん……」
「化け物を倒す術を持っていながら、いつまでも、毎晩ぷちぷち倒すだけで!状況を改善しようともしないで!」
「違うよ、それは……」
 私を見つめるトリスタンの瞳は揺れている。
 しかしそれでも、この胸に込み上げるものを、抑えられはしなかった。
「何が『違う』よ!ふざけないで!」
 必死に止めようとした。
 だがもはや、自力で止められる範囲ではない。
「口では綺麗なことを言っても、本当は、民間人が何人かやられるくらいならいいって思っているのでしょう?大勢の死者が出さえしなければいい、帝都に甚大な被害がでなければまぁいいやって、そう思っているのでしょう?」
 だから——と言いかけた瞬間。
 突如、トリスタンが抱き締めてきた。
「ごめん」
 耳元で囁かれるのは、息の混じった声。弱弱しく、震えていた。
「あの夜、僕が間に合わなかったから……君にそんな思いを背負わせてしまったんだよね。本当に、ごめん」

Re: 暁のカトレア ( No.102 )
日時: 2018/08/27 00:43
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: s/G6V5Ad)

episode.95 君だけじゃなくて

 トリスタンは私の背に回した腕を離さない。
 これまでにも抱き締められることはあった。だから、彼に抱き締められること自体は、さほど驚くことではない。
 しかし、彼の様子は、これまで抱き締められた時とは違っていた。
「許してくれとは言わない。でも、本当にごめん」
「ちょっと、トリスタン?」
「あの夜、僕がもう少し早く着いていたなら、マレイちゃんが一人になることはなかったんだよね。失うことも傷つくことも知らず、幸せに生きられたかもしれなかったのに……」
 トリスタンは謝り続ける。
 謝ることではないのに、と私は内心思った。
 あの夜、彼が間に合わなかったのは、色々な事情が絡んでのことだろう。トリスタンのせいではない。
 それに。そもそも、彼が私の村を絶対に護らねばならないといった契約は、交わされていなかったはずだ。
 私が助けてもらえたこと——それだけでも、十分奇跡なのである。
「あ、あの、トリスタン……謝らなくちゃならないのは、私の方よ」
 すべてが失われたあの夜、トリスタンが助けに来てくれたから、私はこうして生きられている。私が今、こうやって話したり動いたりできているのは、彼のおかげだ。
 だから、先の無礼はちゃんと謝らなくては。
「さっきは酷いことを言ってしまって、ごめんなさい」
 勇気を出して、謝罪の言葉を述べた。
「トリスタンは何も悪くないのに、感情的になって当たり散らすなんて、最低よね」
 するとトリスタンは、私を抱き締めた体勢のままで返してくれる。
「ううん。最低じゃないよ」
 彼は迷いのない調子で言うと、数秒間を空けてから、腕の力を緩めた。密着していた体が、ようやく離れる。
 それから、彼は二三歩下がった。
 トリスタンの整った顔には、穏やかさの感じられる表情が浮かんでいる。
「最低なんかじゃない。マレイちゃんはいつだって最高だよ!」
 ……へ?
 今の心境を素直に表現すると、「え、ちょ、何?」といった感じである。突如飛び出した予想外の発言に、脳がついていかない。
「可愛いし、謙虚だし、思いやりがあるし、可愛いし、非も認めるし、優しいし、温かいし、可愛い。だから、マレイちゃんは最低なんかじゃないよ」
 トリスタンの海底のように青い双眸は、穢れのない輝きを放ちながら、こちらをじっと見つめていた。
 それにしても、これほど褒め言葉をかけられ続けるというのは、どうも少し違和感がある。
 胸の奥に湧きくのは、嬉しいような恥ずかしいような複雑な感情。だがそれだけでもない。というのも、どこか他人事のような感じがする、という部分が結構大きいのだ。
「トリスタン……ありがとう。でも、無理矢理褒めようとしてはくれなくて大丈夫よ。最低なんかじゃない、だけで十分嬉しいわ」
 すると、トリスタンは眉をひそめる。
「え。無理矢理褒めようとなんて、していないよ。僕は本心を言っているだけなんだけど、ちょっと伝わりにくかったかな?」
 珍妙な動物を発見した人のような顔だ。
 私の発言は、そんなに謎に満ちたものだったのだろうか。私としては、いたって普通のことを言っただけのつもりなのだが。
「じゃあ改めて言うね。さっき言ったことは、全部僕の本心だよ」
「本当?それはちょっと、おかしいと思うわ」
 私がそう言うと、トリスタンは困ったように苦笑する。リラックスしていることが伝わってくる笑い方だ。
「そういうもの?べつにおかしくはないと思うけど」
「変よ。だって私は、可愛くなんてないし、謙虚でもないわ。それに、思いやりだって、評価してもらえるほどないわよ」
 トリスタンは少し黙った。
 そして、十数秒ほど経過してから、口を開く。
「マレイちゃんは少し、自己評価が低すぎると思うな」
 そうだろうか。
 私はそうは思わない。
 個人的には、私の自己評価が低すぎるのではなく、トリスタンが高く評価しすぎているだけなのでは、と思う。もちろん、低い評価をされるよりかはずっと良いのだが。
「もっと自信を持っていいと思うよ」
 柔らかな顔つきのトリスタンから放たれる言葉。それは、春の木漏れ日のように優しい。木々の隙間から差し込む太陽光のように、しっとりと心へ沁み込んでくる。
「……ありがとう」
 なんとなく気恥ずかしくて、彼の顔を真っ直ぐに見ることはできない。
 ただ、感謝の気持ちを伝えたい、という思いは、この胸にしっかりと存在している。それだけは確かだ。風に煽られふっと消えるような、曖昧な存在の仕方ではない。
「私が貴方に返せるものはないけれど、その、心から感謝しているわ」
 文章にして口から出してしまうと、薄っぺらいものになってしまわないか不安ではある。だが、胸の内にしまい込んでおくだけでは、相手には伝わらない。だから私は、こうして口から出してみたのである。
 たとえ薄っぺらい言葉と認識されたとしても、黙っていて一切伝わらないままという状態に比べれば何十倍もましだと、私は思う。
「ありがとう、トリスタン」
 勇気を出して、そう告げた。
 すると彼は、ガシッと手を掴んでくる。
「こちらこそありがとう。これからも僕はずっと君の傍にいるから」
 私の手より一回りほど大きなトリスタンの手。いかにも男、といったごつごつ感はないけれど、それでも頼もしさは感じられた。
 すっと伸びる指と、女性に比べれば筋張ったラインのギャップが、握る者の心を惹きつける。トリスタンは、そんな、不思議な魅力のある手をしている。
「もしマレイちゃんが望むのなら、君だけじゃなくてゼーレも護るよ」
「えっ?」
「マレイちゃんがもう二度と何も失わずに済むように、僕も頑張る。君の心を護るためなら、化け物とだってボスとだって、いくらでも戦うから」
 トリスタンがふっと笑みをこぼすと、彼の絹糸のような金の髪はさらりと揺れた。幻想的だ。
「でも、怪我は?足首とか痛めていたんじゃ……」
「そんなのは気にしない。完治してはいなくても、戦えないわけじゃないから。できる限り戦うよ」
 なぜ彼はこうも親切なのだろう、と密かに思った。
「だから、安心してね」
 そう言って、トリスタンは笑う。
 彼の浮世離れしてしまうほどに美しい顔立ちを見るのは、何だか、久しぶりな気がした。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。