複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.111 )
日時: 2019/02/18 02:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

108話 髪の毛

 あの後、父親がシュヴァルと相談してくれ、私とシュヴァルが会って話す日が決まった。

 ちなみに、三日後である。

 まだ先のような気もするが、三日なんてあっという間に過ぎるだろう。その日は、思っているよりすぐに来るかもしれない。

 だから、心の準備をしておかなくては。


「おっはよー、王女様ー」

 アスターが意識を取り戻した翌日。
 自室で寝ていた私がいつものベッドの上で目を覚ますと、すぐにリンディアが声をかけてきた。

 私が目覚めたことに、こんなにも早く気づくなんて。

 驚きの発見力である。

「リンディア!」
「今日はあたし、一日ここにいるからー。よろしくねー」
「よろしく。……ってリンディア、今日はラナたちのところへは行かなくていいの?」
「そーなのよー」

 その時になって、私はリンディアの異変に気づいた。

 ……いや、「異変」と言うのは大袈裟かもしれないけれど。

 何に気づいたのかというと、いつもは後頭部で一つに束ねている赤い髪が束ねられていないことに気づいたのである。

 彼女が髪を下ろしているなんて、かなり珍しい。

「たまには休めー、なんて言われちゃったのよー」
「誰に?」
「アスターよ」

 アスターはリンディアを大切に思っている。そういう意味では、彼がリンディアに「たまには休め」と言うのも、理解できないことではない。

「あのジジイ、相変わらずうっざいわー」

 リンディアは、アスターの話をする時は特別口が悪くなる。今に始まったことではないが、実に不思議である。

 彼女だって、師であるアスターを嫌ってはいないはずなのに。

「リンディアって、アスターさんの話をする時は厳しいわよね」

 思いきって言ってみた。
 するとリンディアは、眉をひそめて怪訝な顔をする。

「そー?」

 頭部が動くたび、真っ直ぐに伸びた紅の髪が微かに揺れ動く。さら、さら、と。その様は、女性らしい魅力に満ちていて、女の私でさえ「おぉ!」と思ったほどに素敵だ。

「あたしはいっつも口が悪いわよー? そーいう性格なの。アスターに対してだけに限ったことじゃないわー」

 彼女はそう言うが、それは本当だろうか?

 もちろん、リンディアがベルンハルトに対して挑発的なことを言っている場面なんかも見たことはある。だから、アスターに対してだけではないというのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 けれどやはり、アスターに関することを話す時は、他のことを話す時に比べて厳しいような気がする。

 私の誤解なのかもしれないが……私はどうしても、そんな風に感じてしまうのだ。

「ま、王女様にそー見えるなら、本当はそーなのかもしれないけどねー」
「……無自覚ということもあるものね」
「そーね! その可能性はゼロじゃないわねー!」

 リンディアは爽やかだった。

「あ、そーだ」
「何?」
「フィリーナっていたじゃなーい? あの娘、捕まったらしーわよー」
「え! そうなの!?」

 思わず口を大きく開いてしまった。
 襲撃者らに荷担したのだから、捕まるのも、当然といえば当然で。今さら驚くようなことではないのだが。

「そーみたい」
「酷いことをされたりしないかしら……」

 少し心配だ。

「ま、大丈夫なんじゃなーい? あの娘、下手に抵抗したりはしなさそーだし」
「あまり酷いことをされていないといいけど……」

 フィリーナは少々残念なところのある少女だが、悪人という感じの人ではなかった。それだけに、彼女が酷いことをされるところを想像すると、胸が痛む。

「きっとだいじょーぶよ!」
「本当に……?」
「あのラナたちでも、特に何もされることなくまだ生きてるんだものー」

 言いながら、リンディアは笑う。
 その笑みは快晴の空のよう。

「……そうね、そうだわ」

 リンディアの笑みを見ていたら、段々、大丈夫な気がしてきた。

「必要以上に心配するのは良くないわね」
「そーよ!」

 リンディアと言葉を交わしつつ立ち上がった私は、ゆっくり洗面所へと向かう。
 洗面所の鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を見て、溜め息を漏らしてしまった。

「……うわ」

 寝癖が酷い。
 私の金の髪は元々真っ直ぐではないけれど、いつも以上に乱れている。

 リンディアにこの状態を見られていたと思うと、少し恥ずかしい。

「なーにしてるのー?」
「へっ!?」

 洗面所の鏡を見つめていたところ、リンディアが背後から声をかけてきた。突然のことだったので、つい、かっこ悪い声を発してしまった。

「あ、驚かせちゃった? ごめんなさいねー」
「い、いえ。大丈夫よ」
「そ? ならいーんだけど。王女様は何をしてるのかなーなんて思ってねー、見に来てみたの」

 そんな風に話すリンディアの髪は真っ直ぐ。
 燃えるような赤の髪は、ほんの僅かに波打つことすらしていない。

 正直、羨ましい。

「寝癖を確認していたところよ」
「ふーん、そーだったの」

 リンディアはこちらへと一直線に歩いてくる。そして、私のすぐ隣で停止した。

「もしかして、寝癖気にしてるのー?」
「あ、いえ……気にはしていないわ。ただ、身嗜みを意識することは大切かと考えていただけよ」

 人は「気にしているのか」と聞かれると「気にしていない」と答えたくなるものだ。

「べつに、そんなに気にしなくていーんじゃなーい? ふわふわした髪も、かわいーわよー?」
「気にしてないって言ってるでしょ!?」

 うっかり調子を強めてしまった。

「あ……ごめんなさい。つい」
「いーえ、気にしないで」

 沈黙が訪れてしまった。
 気まずい。

 ……けれど。

 このまま黙っていたら、ますます気まずくなってしまうかもしれない。そんな風に思い、私は、勇気を出して話しかけてみることにした。

「そういえば、リンディアは綺麗な髪の毛をしているわよね」

 するとリンディアは、意外にも、何事もなかったかのように返してきた。

「あたしー? まっさか。そんなわけないじゃなーい」

 良かった。
 嫌われてはいないようだ。

「リンディアの髪、真っ直ぐで羨ましいわ」
「そ? あたしからすれば、王女様の髪の方が素敵よー?」
「……寝癖が酷いわ。直すのが面倒よ」
「まー確かに、それはそーかもしれないけど……でも、直毛過ぎるっていうのも、あまり色気ないのよねー」

 リンディアと話す時は、いつも不思議な気分だ。

 彼女のように飾り気のない女性と話す機会というのは、これまで、滅多になかったからである。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.112 )
日時: 2019/02/18 02:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

109話 料理見学、それもあり

「ところで王女様、朝食は?」

 直前までは髪の毛について話していたのだが、リンディアの方から急に話題を変えてきた。

「朝食?」
「食べるものは、もー決まってるのかしらー」

 水で髪を湿らせて寝癖を直そうと努力しながら、私は、リンディアの発言に対する言葉を返す。

「決まってはいないわ」

 一方リンディアはというと、洗面所内の壁にもたれて立っている。
 ほんの僅かに脱力したような立ち方が大人っぽい。

「そ。じゃーさ、今日はあたしが作ってあげるわー」

 いきなりの発言に、私は暫し何も返せなかった。返すべき言葉が、何一つ見つからなかったのである。

「あらー。意外とはんのー薄いじゃなーい」

 彼女が求めているのは、どのような言葉なのだろう。どう返事をすれば、彼女が喜ぶだろう。
 そんなことを色々考えてみるが、答えはなかなか出ない。

「ちょーっと、王女様? 聞いてるのかしらー?」
「……あっ。え、えぇ。もちろんよ」
「ホント? 怪しーわねー。ぼんやりして聞いてなかったんじゃないかしらー?」

 一応、ちゃんと聞いてはいた。が、ぼんやりしていたかと聞かれれば、ぼんやりしていたと答えざるをえないと思う。

 ちなみに、ぼんやりしていることと他人の話を聞かないことは、イコールではない。

「ぼんやりしてはいたけれど、聞いていないことはなかったわよ。朝食の話でしょう」

 するとリンディアは、一度目を見開いた後、ふっと笑みをこぼした。

「なーんだ! 聞ーてるじゃなーい!」
「もちろんよ」
「で、どーなの? あたしが作った料理、食べてみたーい?」

 どうやら、リンディアは料理を作りたいようだ。
 せっかく作りたいと思ってくれているのに、無下に断るというのも申し訳ない。ここは話を合わせておこう。

「ぜひ食べてみたいわ!」

 ……思っていたより明るい声になってしまった。

 明らかにいつもと違う声。
 わざとらしいと感じられていないか、少々不安だ。

 ——しかし、その不安は次の瞬間払拭された。

「ま、そー言ってくれると思ってたわよー!」

 リンディアが嬉しそうな顔をしながら、そんな風に言ったからである。

 今の彼女は、胸を張り、誇らしげな顔をしている。私のことをあれこれ考えているとはとても思えない。
 この様子だと、私が考えていたことはすべて杞憂で終わりそうだ。取り敢えず良かった。

「じゃ、行きましょーか!」
「え。どこへ?」
「どこへ、ですって? やーね! 調理場に決まってるじゃなーい!」

 なるほど、調理場か。
 まぁ確かに……料理をするなら調理場へ行くのが普通と言えよう。

「いいわね、楽しそう。けど……調理場なんて、勝手に入っていいの?」

 素朴な疑問を放ってみた。
 すると彼女は、さらりと答える。

「いーのよ!」

 一切迷いのない答え方だった。

「誰でも自由に使える調理場があーるのよー」
「そんなところが……!」
「着替えたら、早速行きましょー」

 なぜだろう、ワクワクしてきた。

「えぇ! すぐに着替えるわ!」

 こうして、私とリンディアは、調理場へ移動することになった。


 調理場は、想像を遥かに越える綺麗な場所だった。

 磨かれた鏡のようなシンク。何もこびりついていないコンロ。
 隅から隅まで清潔感に満ちている。

 私の中では、調理場といえばあまり綺麗でないイメージだった。水なんかによるくすみがあったり、油が飛んでいたり、そんな状態になっているものなのだと思っていた。

 けれど、今この瞬間目の前に広がる調理場は、そんなイメージとは真逆。

「とても綺麗ね!」
「そーね。食べ物を扱うところだもの、清潔にしてなくちゃならないわよねー」

 リンディアは、まず、赤い髪を一つに束ねる。それから、エプロンを着て、三角巾を頭に装着した。慣れた手つきだ。

「リンディア、私はエプロンがないわ」

 適当に選んだ服を着てきたため、今の私は、少々場に馴染まない服装になってしまっている。
 膝より二三センチほど下までの丈の、桜色をしたワンピース。

 ……なぜこれを選んでしまったのだろう。

「エプロン? なーに言ってるのよ。王女様は作らないでしょー?」
「けど、ここにいる以上、エプロンをしておいた方がいいんじゃないかって」
「いーのいーの! 気にする必要なんて、なーんもないのよー!」

 そういうものなのだろうか。
 調理場に来たのは初めてなので、私には、ここでの決まりがよく分からない。

「あたしが作るんだものー。ま、王女様はその辺にいてちょーだい!」

 結構適当なことを言われ、正直少し戸惑った。

「リンディアが料理するところ、見ていても構わないかしら」
「え。べつにいーけど……そんなに上手くはないわよー?」
「プロレベルなんかじゃなくてもいいの。ただ、料理というものを見てみたいだけだから」

 料理は、したことがないどころか、見たこともほとんどない。大体、完成したものを目の前に出されるのが普通だから。

「そーなの? ならもちろんいーわよ」
「やった! ありがとう」

 分からないことや知らないことほど、興味が湧くというものである。

「ところで、何を作ってくれるの?」
「んー……何にしよーかしら」
「卵焼きとか作れる?」
「えぇ、できるわよ。そーしましょっか!」

 こうして、意味もなく卵焼きに決まってしまった。


 それから私は、リンディアが料理するところを見学した。

 ——が、その様は想像を絶する凄まじいものであった。

 まず最初、卵を割る時、ボウルの端に当てる勢いが半端なかった。恨みのある相手を鈍器で殴る時のような、激しい叩きつけ方。その迫力に、私は圧倒されてしまった。

 凄まじい勢いで卵を割り、その中身をボウルへ入れる。そこへ、白い粒——塩だろうか、を入れ、掻き混ぜる。それから少しして、黒みを帯びた粒——多分胡椒を少し入れ、さらに掻き混ぜていく。

 その掻き混ぜ方も凄い。
 ボウルの中で渦潮が発生するかと思うような、とても人間業とは思えない混ぜ方なのである。

 果たして、ちゃんとした卵焼きが完成するのか——不安はあるが、今はただ見守ろう。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.113 )
日時: 2019/02/18 02:43
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

110話 ブラックな卵焼き

 リンディアの凄まじい卵焼き作りは続く。

 熱したフライパンに油をピューッとかけ、そこへ、先ほど渦潮が発生しかけていたボウルの中の卵を注ぎ入れる。

 コンロの火力は最大。
 噴き出す炎が目視でき、若干怖い。

 フライパンに投入された卵は、みるみるうちに固形化していく。こんなに早く焼けるものなのか、という感じだ。

 リンディアは近くに置いてあった菜箸を掴み、フライパンの上の固まりつつある卵を混ぜる。ぐちゃぐちゃにしてしまうようだ。

 言葉が出ない。

 彼女は、そうしてぐちゃぐちゃの塊のようになった黒い卵を、前もって用意していた二つの皿へずるんと乗せた。勢いのままにずるんと。卵焼きを皿へ移す時の動作とは思えない。驚くべき移し方だ。

 最後に、胡椒をパラパラとかけ、彼女は私の方へ視線を向ける。

「かんせーよ」

 おぉ……。
 どうやら出来上がったようだ。

「料理って、凄いのね」
「いいえ。あたしは素人だし、そんなに凄くないわよー」

 言いながら、リンディアは皿を二つ渡してくる。

「これ、向こうに持っていっといてもらってもいーかしら」
「もちろん。リンディアはまだ何かするの?」
「片付けをしなくちゃでしょー」
「そっか! 確かに!」

 つい失念してしまっていたが、リンディアに言われて気づいた。誰かが片付けをしてくれるわけではないのだ、と。

「分かったわ、持っていっておくわね」

 皿を二つ同時に持つことなんて滅多にないから、落とさず運べるか不安はあるけれど。

「あっちのテーブルでいいのよね?」
「そーよ。よろしくー」
「任せて!」

 二つの皿を持ち、調理場エリア内にあるテーブルのコーナーへと歩いていく。

 ゆっくり、慎重に。


 少し歩いて、テーブルのコーナーへ着く。

 私はぐちゃぐちゃな卵焼きが乗った二つの皿をテーブルへそっと置くと、すぐに転びそうなほど軽い椅子に腰掛ける。それから、隣の椅子を私が座っている椅子にぴったりとくっつけておいた。万が一リンディアが来たときに満席になっていたら困るからである。

 私は椅子に腰掛けて、リンディアが来るのをぼんやりと待つ。

「アンタ、薬はもう取りに行けたのか?」
「行けたっぷ」
「ならいいんだが……ちゃんと働けよ」
「もちろんっぷ」

 ぼんやりしていた私の視界を、話し声の大きい二人の男が通り過ぎていく。
 一人はやや腹が出た三十代くらいと思われる男。もう一人は、紫の髪を頭頂部で角のように固めているスリムな男。

「あの方は失敗には厳しいからな。アンタは詰めが甘いところがある、ミスには気をつけろよ」
「分かっているっぷ! ミスなんかしないっぷ!」

 元気そうな声で話しながら、ゆっくりと歩いている。

 知り合いでさえない人をジロジロ見るのは失礼なのだろうが、声が大きいうえ個性的な外見の二人なので、気になってつい見てしまう。

「ご褒美がお姉ちゃんだなんて、楽しみっぷねー」

 紫の髪のスリムな男は、そんなことを言いながらニヤニヤしていた。

 ……不思議な人たち。


「お待たせー」

 待つことしばらく、リンディアがやって来た。
 彼女の手には紙製コップとフォークが二つずつ。

「リンディア!」
「フォークと、ついでに飲み物も、持ってきたわよー」
「飲み物? あ、そうね。必要よね。ありがとう!」

 彼女は既に、三角巾とエプロンを外していた。髪だけはくくったままだが、他は料理をする前の状態に戻っている。

「ただのお茶だけど、良かったかしらー」

 言いながら、リンディアは私の向かいの椅子へ腰を下ろした。

 そうか。
 彼女が座るのは、隣ではなく向かい側だったか。

「えぇ、ありがとう。嬉しいわ」
「良かったー」

 お茶と黒い焼き卵が揃った。

「「いただきまーす!」」

 こうして、私たちはようやく手を合わせることができた。


 黒い焼き卵を、恐る恐る口へ運ぶ。

「……あっ」
「どー?」

 見た目の邪悪さとは裏腹に、わりと美味しい。

 意外だが、卵焼きらしい味。
 若干甘みが強い気はするが、吐き出したくなるほど甘いということはなかった。

「美味しいわ」

 表面がカリカリしていて渋苦いところだけは微妙だが、他は悪くない。

「ちょっと焦げちゃって悪かったわねー」
「表面は大人な味よね。肝なんかの味に似ている気がするわ」
「それは焦げてるのよー。だから、表面は残していーのよ」
「そんな、もったいないわ」

 表面はあまり美味しくはない。でも、リンディアが作ってくれたものだと思えば、ほとんど気にせず食べられる。

「せっかくリンディアが作ってくれたのだもの。食べられるところは全部食べなくちゃ、損よ」

 美味しいものを食べたい、と思うのは普通。もちろん私だってそうだし、誰だってそうだろう。

 けど、それだけではないと思うの。

 自分のために誰かが作ってくれるということは、とても嬉しいこと。だから、私にとっては、リンディアの手作りであるということが嬉しい。

 ぐちゃぐちゃに固まった黒い卵でも構わない。多少苦くたって、気にはならない。

「ふーん、心優しーのねー」
「当然のことだわ」
「そーなの? あたしにはよく分かんないわー」

 リンディアは自身の優しさに気づいていないのだろう。彼女の言動からは、自分を心ない人間だと思っている、ということを感じ取ることができる。

 けれど、彼女は本当は優しい人間。
 彼女自身は気づいていないのかもしれないけれど、私はその優しさを知っている。

 ……って、あれ?

 私、前にもそんなことを考えたことがあるような気がする。
 今と同じようなことを、誰かに対して思っていた覚えがある。

 誰に思っていたのだっけ。

 確か……ベルンハルト?

 記憶は正確ではないかもしれない。が、確か彼だったような気がする。

 だとしたら、不思議なことだ。
 運命という糸によって集められた私たちが、同じような部分を持っているのだとしたら、それはとても不思議なこと。

「ちょっと。どーしたのよ」
「えっ」
「王女様ったら、ぼんやりしちゃってー」

 つい自分の世界に入り込んでしまっていた。

「卵焼きが苦すぎて失神したのかと思ったわよー」
「まさか! それはないわ。ただ、考え事をしていただけなの」

 リンディアの卵焼きは、確かに苦い。魚介類の肝に似た、独特の苦みがある。卵焼きなのに表面が肝のような味、というのは、なかなか珍しい。生まれてこのかた、苦みのある卵焼きなんて食べたことがない。

 ーーけど、さすがに失神はないと思うわよ。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.114 )
日時: 2019/02/26 15:18
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)

111話 第五会議室

 それなりに穏やかな時間を送り、ついに、約束の日が来た。
 シュヴァルと話をする約束の日である。

 場所は第五会議室。
 会議室にしてはあまり広さのない、コンパクトな部屋だ。

 室内にあるのは、横幅が五メートルほどある横長のテーブルといくつかの椅子、そしてロッカー。ちなみに、ロッカーは部屋の隅にある。

 テーブルを挟み、私とシュヴァルは向き合って座る。これまでは、彼とこんな風に真っ直ぐ向き合うことはなかったから、今私は、妙に緊張している。

 室内には、父親もいる。

 だが、私としてはそれは好都合なこと。なぜなら、シュヴァルの言動すべてを父親に見せられるということだからだ。

 もちろん、室内にいるのは、それだけではない。

 アスターは回復しきっていないため来ていないが、ベルンハルトとリンディアは来てくれている。もし何かあった時に備えて、である。

 そして、フィリーナもいる。
 ちなみに、彼女のことを見張っているのはリンディア。

「それで王女様、お話とは?」

 先に切り出したのは、シュヴァル。

「王女様からこのシュヴァルに用があると、そう伺っておりますが」
「……単刀直入に聞かせてもらうわ」

 できれば早く決着をつけたい。
 だから、本題から入っていくことにした。

「シュヴァル、貴方……私のことを狙っているの?」

 彼にこんなことを問う日が来るなんて、夢にも思わなかった。
 以前から彼のことはあまり好きではなかったけれど、それでも、ずっと王女と星王の側近という関係であり続けられるのだと思っていた。

「ここ最近の襲撃、貴方が仕掛けたことなのではない?」
「何を仰っているのか分かりませんが。このシュヴァルが王女様を狙う理由なんて、あるものでしょうか」

 シュヴァルの表情には、まだ余裕がある。
 王女なんかに口で負けるわけがない、とでも思っているのだろう。

「このシュヴァルは、長年、星王様にお仕えしてきた身です。裏切るつもりなら、もっと早くに裏切っていたはずではありませんか」
「長年仕えることで『絶対裏切らない』と思い込ませておいてから、裏切る。そういうことはないかしら」

 ふと視線の端に入ったベルンハルトは、部屋の隅にあるロッカーをじっと見つめていた。
 ベルンハルトが余所見だなんて、珍しい。

「王女様、そんなことはあり得ませんよ」
「そうかしら」
「色々あって心配になられるのは理解できます。疑心暗鬼になられるのも、無理はありません。ただ、身近な者から疑っていくというのは少々おかしな話かと」

 シュヴァルに隙はない。

「そうだよな! シュヴァル!」

 唐突に口を挟んできたのは父親。

「裏切るわけがないよなぁ!」
「もちろんです」

 父親は「シュヴァルは裏切らない」と信じたがっている。彼が求めているのは自分にとって都合のいい答えで、それはシュヴァルも理解しているだろう。

 それだけに、厄介だ。

 何か証拠があれば、話が早いのだが。

 ——そんな風に思っていた時。

「あ、あの……!」

 リンディアに見張られているフィリーナが、体を縮こめたまま、口を開いた。

「フィリーナ?」

 物陰に隠れる小動物のように小さくなっているフィリーナは、怯えているのか、その琥珀のような瞳を揺らしている。

「少し……その、構いませんか……」
「何か言いたいことがあるの?」
「は、はいぃ……」

 私がフィリーナの立場だったら、多分、小さくなってじっとしていることしかできなかったと思う。このような冷たい空気の中にいても発言しようとする彼女の度胸は、私も見習わねばならぬ立派なものだ。

 フィリーナの琥珀の双眸が、シュヴァルを捉える。

「その……役目を果たせなくて、すみません……」

 彼女はシュヴァルに対し謝罪した。

「はい?」

 突然の謝罪に、怪訝な顔をするシュヴァル。

「失敗したことは謝りますぅ。で、でも……やっぱり、人を傷つけるのは……良くないです……」
「何の話ですか」

 シュヴァルはますます怪訝な顔になる。

「悪い人でもない人を殺すなんて……やっぱり、良くないと思うんです……」
「待って下さい。一体何を」
「忘れていませんよね……『王女様を確実に仕留めるために、一人にする』と、そう……言ったこと」

 フィリーナは両手を胸の前に寄せつつ、言葉を紡いでいく。

「あの時は……家族のことを言われて、怖くなって……拒めなくなりました……。でも、今なら言えます……! 仕留める、なんて、間違っているって!」

 いつもは失敗ばかりのフィリーナ。ちょっとのことですぐ涙目になる、情けないフィリーナ。
 けれど、今の彼女からは、凛とした空気が感じられる。

 不思議な現象だ。

 まるで、別人とすり変わってしまったかのよう。

「……もう止めて下さい。止めましょう、もう……こんなことは。こんなことを続けても、誰も幸せになんて……」

 その時。

 シュヴァルが突如、テーブルを強く叩いて立ち上がった。
 ばぁん、という刺々しい音が空気を揺らし、部屋全体に緊張の波が押し寄せる。

「貴女、一体何を言っているのですか」

 脅すような低い声で述べるシュヴァルの顔からは、先ほどまでのような余裕は消えていた。

 ——フィリーナの言葉は真実。

 シュヴァルの顔つきから、私はそう察した。

 だって、そうだろう。
 元々血の気の多い者ならともかく、冷静なシュヴァルなら嘘を言われて怒ったりはするまい。

 いや、もちろん、嘘を言われて腹が立つのは分かる。

 しかし、日頃のシュヴァルなら、こんな乱暴な行動には出ないと思うのだ。普段の彼ならちゃんと言葉で説明すると、そう思うのである。

「誤解を招くような嘘は控えていただけますかね?」
「あ……ごめんなさい。でも……! 嘘は言っていません……!」

 シュヴァルは無表情だ。
 目の前のフィリーナへ、憎しみのこもった視線を向けるだけである。

「シュヴァル、どうなっているの」

 私はシュヴァルに向けて言い放つ。

「やっぱり無関係じゃなかったのね?」
「…………」
「答えてちょうだい!」
「……えぇ」

 ——刹那。

 フィリーナの首に、弾丸が突き刺さった。

「あ」

 紅の飛沫が散る。

 それは、本当に一瞬のことだった。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.115 )
日時: 2019/02/26 15:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)

112話 動く

 少女は崩れ落ち、残るは紅と硝煙の匂いのみ。

「フィリーナ!」

 私は思わず叫ぶ。
 けれども、もう、この声が彼女に届いているかは分からない。

 突如撃ち抜かれたフィリーナの隣にいたリンディアは、目を見開いている。驚愕しているようだった。

 驚くのも無理はない、あまりに急なことだったから。

「シュヴァル……!」

 私はすぐに彼の方へと視線を向ける。

「なぜこんなことを」

 フィリーナへ向けていた銃口を下ろし、シュヴァルは襟を整えていた。何事もなかったかのような顔で。

「彼女は味方だったのではないの……!?」

 シュヴァルは彼女を利用していた。半ば無理矢理、協力させたのだ。歪な形だとしても、敵か味方かといえば味方だったはず。

 にもかかわらず、彼は彼女を躊躇いなく撃った。

 なぜそのようことを平気でできるのか、私にはまったく理解できない。説明なしでは欠片も理解できないし、たとえ説明されたとしても理解することは不可能に近いだろう。

「味方? ……いやはや、面白いことを言いますね」

 緊迫した空気の中、シュヴァルは微かに口角を持ち上げる。
 その表情は、動揺する私たちを嘲笑うかのようなものだった。

「彼女はただの駒にすぎません。味方、なんて近しいものではないのです」
「お……おいっ!」

 愕然とし言葉を失っていた父親が、この頃になって、ようやく口を開いた。

「シュヴァル! これは一体、どういうことなんだぁ!?」

 ずっと信じていた相手に裏切られた父親は、かなり動揺しているようだ。顔面は引きつり、瞳は震えていた。

「こんなにも早くこの時が来るとは思っていなかったのですが……」
「おい、シュヴァル! 問いに答えろぅ!」
「ま、仕方ないですね。こうなってしまってはもう」

 そこまで言って、シュヴァルは拳銃を構える。

 その銃口が睨むのは、父親。
 シュヴァルはついに、父親——星王にまで牙を剥くことにしたようだ。

「銃!?」
「申し訳ありませんが、ここで消えていただきます」
「おいぃ! 話が理解できないぞぅ!」
「理解していただかなくて、結構です」

 冷ややかに言い放ち、シュヴァルは引き金に指を添える。

「や、止め、止めてくれよ! そんなことぅ!」

 本来取り敢えず逃げなくてはならないような状況にもかかわらず、叫ぶことしかしていない。誰より信頼していた側近に銃口を向けられるという事態に、父親はかなり混乱しているようだ。

 そんな父親に駆け寄っていくのは、ベルンハルト。

 彼はすぐに、シュヴァルと父親の間に入った。

「べ、ベルンハルトぉ……」
「危険だ。逃げろ」

 ベルンハルトは落ち着いた声で父親に言う。

 しかし、父親はぼんやりしているまま。
 受けたショックが大きすぎたせいだと思われる。

「こんなの嘘だろぅ……夢だって……」
「現実だ」
「嘘だ! 嘘に決まってるぅ!」

 シュヴァルの裏切りを認めたくない父親は、冷静に現実を突きつけるベルンハルトに掴みかかる。

「嘘だと言ってくれよぅ!」
「これは現実。それが真実だ」

 そんな風に言葉を交わしていた父親とベルンハルトに向けて、銃弾が放たれた。

 ベルンハルトは咄嗟に気づき、反応。
 取り乱している父親諸共、地面に伏せる。

 おかげで、シュヴァルの拳銃から飛び出した弾丸が父親やベルンハルトに命中することはなかった。

 これは、ベルンハルトの動きによって助かったと言っても、過言ではない。父親一人であったなら、銃弾の餌食になっていたことだろう。

「王女様!」
「……リンディア」

 私の方へやって来たのは、リンディア。

「逃げるわよ!」
「わ、私?」
「そーに決まってるでしょー!」

 確かに、と思う。

 父親が狙われているところを見ていたため、私はまったく無関係であるかのように錯覚してしまっていた。が、よくよく考えてみれば、私も無関係ではないのだ。私だってシュヴァルに狙われる対象である。

「でも、フィリーナ」
「……そんなのは後でいーのよ」
「けど、命を落としてしまったら……!」

 ——ぱぁん。

 一瞬何が起きたか分からなかった。
 ただ、頬にじんわりとした痛みだけが残っている。

「どっちが大事なのよ!」

 リンディアは叫んでいた。
 どうやら私は、彼女にビンタされてしまったようだ。

「こんなところで殺されていーって言うの? だったら、大人しく殺られればいーじゃない!」

 シュヴァルの意識は、まだ父親らに向いている。

「生き残るためには捨てなくちゃならないものもあるのよ!」
「……リンディア」
「真実を明るみに出せた、今日はそれだけでじゅーぶんよ。一旦退きましょう」

 リンディアは手を差し出してくれた。

「星王様はベルンハルトが連れて逃げるから、こっちも脱出しましょ」

 私は、彼女の手を取る。
 まだ死にたくなんてないから。

「そうね」

 ——けれど。

「そうはさせませんよ、王女様」

 その時には既に、シュヴァルが、私たちの目の前にまで迫っていた。

 父親とベルンハルトは、もう室内にいない。無事脱出したようだ。そこはホッとできるところである。

 しかし、今度はこちらが危ない。

「こんなことになる原因を作ったのは、貴女です。このシュヴァル、貴女だけは生かして帰らせません」

 私たち二人と扉の間に、シュヴァルがいる。
 この状態では部屋から出られない。

「こんなことして、どーするつもり」

 リンディアが言い放つ。

「実の娘を巻き込むというのは、さすがに良い気がしません。そこを退きなさい、リンディア」
「残念ながら、それは無理よ!」
「父に逆らうつもりですか? そんな愚かな娘を持った覚えはありませんが」

 本当の父娘がこんな形で対峙することになるなんて。
 そんな思いが、胸の内を暗くする。

「愚かはそっちじゃなーい? あたしみたいなのを従者に推薦しちゃうなんて、ばっかねー」
「…………」
「あたしが言いなりになんないことくらい、分かってたでしょー?」

 挑発的に述べるリンディア。しかし、対するシュヴァルは、挑発などには乗らない。彼は、実の娘を、冷淡な目で見つめていた。

 一体どうなってしまうのだろう。

「……少々、娘を舐めていたのかもしれませんね」

 やがて、彼はそう呟いた。
 そして片手を挙げる。

「ま、想像の範囲内ではありますがね!」

 シュヴァルはパチンと指を鳴らした。

 すると、部屋の隅にあったロッカーの扉が開き、そこから男が二人も現れる。
 その男たちを——私は見たことがあった。


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