複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.126 )
日時: 2019/03/05 18:08
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 62e0Birk)

123話 じっとしてはいられない

「……はぁ。このシュヴァルとしたことが、不覚をとってしまいました」

 シュヴァルは既に立っていた。

 いつの間に——そんな思いでいっぱいだ。

 彼は確かに気を失っていた。仰向けに倒れていたし、動いたり声を発することもなかった。それに、アスターも「眠っている」と言っていた。だから、私だけが勝手に「意識がない」と解釈していた、ということはないと思う。

 しかし、今、彼は立っている。
 それは間違いのない事実だ。

 しかも、意識がはっきりしているような顔つきをしているし、声も発している。

「どうして……」

 シュヴァルがいつの間にか意識を取り戻していた。その事実に、私は愕然とする外なかった。

「こんなことをしたのは……アスターですね」
「な! もう起きてしまったのかね!?」

 アスターは目を皿のようにして驚いている。
 シュヴァルが意識を取り戻すという展開は、アスターにとっても予想外だったようだ。

「許しませんよ……!」

 小さく言ったシュヴァルの声は、微かに震えていた。

 震えている、と聞けば、怖いだとか怯えているだとかを連想する者もいるかもしれない。実際私がそうだった。

 けれども、今のシュヴァルの声の震えは、それらとは違う。
 彼の声が震えているのは、多分、彼が怒りに震えているからだろう。

「よくもこんなことをしてくれましたね!」

 シュヴァルは黒いスーツのジャケットの内側から、拳銃を取り出す。そして、その銃口を私たちに向ける。

 私に向けているの?
 それとも、アスターに?

 何だかよく分からない。けど、危険さだけは感じる。

「許しませんよ」

 よくもこんなことを、許さない——シュヴァルがそう言っていることから考えると、彼が狙っているのはアスターだろうか。

「な、ちょっと待ってくれたまえ! いきなり拳銃を突きつけるというのは、さすがに野蛮すぎないかね!?」

 アスターはそんな風に言葉を発する。しかし、シュヴァルはそんな言葉には反応しない。淡々と、スライドを引き、引き金に指を当てる。

「拳銃を向けるのは問題だと思うが? どうなのかね?」
「願いのためなら何でもします」
「おぉ……固い決意…… !そうか、なら仕方ない」

 アスターはシュヴァルを説得することを諦めたようだ。片腕で持っていた大型の銃をぐいと上げ、その先をシュヴァルへと向ける。

「本来こういうことはしたくなかったのだがね。ま、やむを得ない」
「このシュヴァルに銃口を向ける気ですか」
「ははは、そうだよ。これでも一応、悪いとは思うのだがね」

 そうか! 銃には銃ね!

 シュヴァルとアスターは、どちらも銃を持っている。似た武器を持っている者同士の戦いならば、平等だ。

「アスター。悪いと思うのなら、退けばどうなのです。今ならまだ、見逃して差し上げても構いませんよ」
「悪いが、それはできないね」
「そうですか……残念です。物分かりのいい貴方なら、理解してくれるものと思っていたのですが」

 ——刹那、弾丸が飛んだ。

 何の前触れもなく飛び出した弾丸は、私たちにはぎりぎり当たらず、無機質な壁にぶつかる。

 ちなみに、アスターが背中でぐいと押してきてくれたおかげで当たらずに済んだのである。
 こればかりは、アスターに感謝。

「イーダくんはそちらへ寄っていてくれるかな」
「えぇ」

 私は一二歩横へ移動した。

 ただ、シュヴァルの反対側にはミストがいる。ベルンハルトが牽制してくれているとはいえ、彼女が何をしてくるか分からない以上、油断はできない。

 そんな状況だから、立ち位置が非常に難しい。

「シュヴァルは私が相手をする」
「平気なの? アスターさん」
「もちろん! 綿菓子を食べながらでも勝てる!」

 綿菓子を食べながら?

 ……いや、気にしたら負けか。

 何のことやら分からないが、取り敢えず、アスターには「勝てる」という自信があるようだ。彼に任せるというのも悪くはないかもしれない。

「じゃあ、そっちはお願いね。アスターさん」
「もちろん!」

 アスターの瞳に、生き生きとした輝きが宿る。

 それから私は、ベルンハルトの方へと視線を移す。
 その時ベルンハルトは、まだ、ミストをじっと睨んでいた。こちらは動きがないようだ。状況が変わらないのは、ベルンハルトとミスト——お互いが、慎重になっているからだと思われる。

「ベルンハルト、リンディアは?」

 私は彼に話しかける。
 すると彼は、視線はミストに向けたままの状態で返してくれた。

「分からない」

 まぁ……そうよね。
 こんな廃墟ビルの中だもの。どこの部屋に誰がいるかなんて、そう簡単に分かりやしないわよね。

「だったら私、探してくるわ」
「馬鹿か、貴女は」
「どうしてよ。いいじゃない」

 確かに私は無能よ? でも、こんなはっきり「馬鹿」なんて言われたら、さすがにイラッとはするわ!

「何を言っているんだ、イーダ王女。貴女が一人で行って、何ができる」

 間違いじゃないわ。
 だけど、リンディアのことは心配なの。

 ……いや、実はさっきまで忘れていたのだけれど。

 でも、心配なのよ! リンディアだって女性だもの。何かされていたらどうしようって、考えてしまうの!

「分かっているわ。でも、リンディアを助けに行きたいの」
「駄目だ。許可しない」

 ベルンハルトの声は冷たい。

「どうして! 助けに行って何が悪いの!?」
「助けに行くことが悪いわけではない。ただ、貴女が他人を物理的に助けるなど、不可能だ」
「……無能だって、言いたいのね」

 駄目と言われれば言われるほど、行きたくなる。
 人の心とは、そういうものなのだ。

 だから、私は駆け出した。

 入り口に向かって。

「無能とは言っていない。僕はただ……イーダ王女!?」

 こんなこと勝手すぎると、自己満足に過ぎないのだと、分かってはいる。

 でも、何もできないのは嫌。

 アスターもベルンハルトも、誰もが戦っているというのに、私だけじっとしているのは嫌なの。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.127 )
日時: 2019/03/06 22:20
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)

124話 弱い心を捨てる時

 幸運なことに、入り口は開いていた。そのため、ただ体をぶつけるだけで部屋の外へ出ることができた。

 背後からは、ベルンハルトの声が聞こえた気がする。
 でも、私は何も返さなかった。

 こんな勝手なことをしたのだ、怒られるに決まっている。もし今、彼に返事をしたりなんかすれば、怒られ、連れ戻されるに違いない。

 そんなことをされたら、たまったものじゃない。

 せっかく勇気を持てたのだ、今さら止まるのは嫌だ。

 無謀かもしれないけれど。
 でもどうか、私にも何かさせてほしい。


 廊下へ出る。
 そこはとにかく狭かった。無機質な壁のせいで圧迫感が凄まじい。

 人の気配はなく、かなり不気味だ。

 頬を一筋の汗が伝う。

「……どこへ行けば」

 答えてくれる人なんていないけれど、私は一人呟いた。
 静寂の中で佇み続けるくらいなら、自分のものであっても声が聞こえる方がいいから。

「……よし!」

 リンディアを探そう。

 ——けど、どこを探せばいいのだろう?

 散々偉そうなことを言っておいてなんだが、私は、こういった類いの経験はしたことがない。そんな私が、いきなり一人でリンディアを探すなんて、可能なのだろうか。

 胸の内は不安でいっぱいだ。

 ……いや、これはもはや、「不安でいっぱい」などという次元ではない。「不安しかない」という表現の方が相応しいくらいだと思う。

 でも、今さら引き返すことなんてできないのだ。
 これは私が選んだ道だから。

「行かなくちゃ」

 私は自身を鼓舞するようにそう呟き、頬を手のひらで二度軽く叩き、真っ直ぐ前を見つめる。

 今こそ、弱い心を捨てる時だ。

 弱くても無力でも、いつまでも護られるだけでいるわけにはいかない——そう思うことができたのは、リンディアのおかげかもしれない。

 私は歩き出す。
 前だけを見つめて。


 時折、風が窓を揺らす。
 恐らくもう使われていないからだろう、このビルの窓は、よくガタガタと揺れる。怪物でも出てきそうな雰囲気だ。

 そんな不気味な廊下を、しばらく歩いた時だった。

 目の前に現れた一室。その扉は、全開になっていた。不思議なくらい、完全に開いている。

「……え」

 ここへ来るまでに、いくつもの部屋の前を通り過ぎてきた。それらの部屋にも扉があったが、すべてきちんと閉まっていたように思う。私の記憶によれば、数センチほど開いている、という扉さえなかった。

 なら、どうして?
 なぜ、ここだけ扉が開いているの?

 すぐに脳内で繋がった。
 私は、その部屋の方へと走る。

「誰かいるの!?」

 開いている扉を通過し、室内に入る。

「……やっぱり」

 そこにはリンディアと思われる女性の姿があった。
 殺風景な室内には、掛け布団のないベッド一つだけが置かれている。彼女はそこに横たわっていた。

「リン……ディア?」

 ベッドの上に横たわる、脱力した女性の体。
 こんなに艶めかしいものはない。

 ……って、そうじゃなかった。

 私がしなくてはならないのは、ベッドの上にいる彼女がリンディア本人かどうかを確認すること。そして、もしそれが本人であったなら、怪我をしていないかどうかであったり体調が悪いことはないかであったりを、聞いてみなければならない。

 私はゆっくりとベッドの方へ歩み寄る。

 そして、数メートルも離れていないくらいの位置まで行って、初めて顔を覗き込んだ。

「リンディア!」

 やはりだ。やはり、彼女はリンディアだった。

 やればできるじゃない、私! ……なんてね。

「……王女、様?」
「私よ。イーダ! 分かるでしょう?」
「ん……そーね。……分かるわよー」

 正常な意識があるようだ。返答もおかしさはない。まともな会話になっている。

 だが、どうしてだろう。
 彼女は体を動かすことはあまりしない。

「起きられる? リンディア」
「……それは、まだ無理ねー……」

 ベッドの脇にしゃがみ込み、彼女の片手をそっと掴む。
 彼女の手は、ちゃんと握り返してきた。

「無理? 無理ってどういうこと?」

 そう尋ねると、リンディアは元々細くしか開いていなかった目をさらに細める。

「……なーんか打たれたのよー」
「打たれたって……注射?」
「……そー」
「リンディアは同意したの? それとも勝手に?」
「……無理矢理、ねー」

 そこで私は、思わず叫んでしまった。

「無理矢理!? 何よそれ! おかしいじゃない!」

 リンディアが望んだのならいい。同意したというなら、まだいい。しかし、無理矢理なんて論外だ。許可なく他人に注射を、なんて、どうかんがえてもおかしな話ではないか。

「……あまり騒がないほーが……いーわよ」
「どうして?」
「敵に……気づかれたりなんかしたら、ややこしーもの……」

 言われてみれば、と、私は納得。

 起き上がることさえままならないリンディアと、戦闘能力ゼロの私。
 二人でいる時に敵に遭遇したら、とんでもないことになってしまうだろう。

 何もできぬまま、二人揃って死。そういう展開だけは避けたい。

「確かにそうね。気をつけるわ。……ところで」
「……なーに?」
「リンディア、武器は持っていないの?」

 私……は何一つ持っていない。
 一つでも持っておいた方が安心なのだが。

「……武器、ですってー……?」
「そうそう」
「……あるわよ、拳銃」

 ベッドに横たわったまま肘から先だけを持ち上げ、少し離れたところを指し示すリンディア。
 彼女が示す方へ視線を向ける。

 するとそこには、赤い拳銃が落ちていた。

「あ。あれ、リンディアがいつも持っているやつね」
「……そーよ」
「拾ってくるわ!」

 小走りで赤い拳銃に寄る。そして、それを拾い、リンディアの方へと戻った。

「はい、これ!」

 ベッドの上のリンディアは、弱々しい声質で「どーも」などと言いながら赤い拳銃を受け取った。

 リンディアは動けない。でも、肘から先くらいは動かせるみたいだ。
 闇の中で煌めく、唯一の救いの星である。

「これで少しは安心ね」
「……そーね。けど王女様、どーやって……一人でここへ来たの?」

 その言葉を聞いて気づいた。
 彼女はアスターやベルンハルトが来てくれたことをまだ知らないのだと。

「実はね、アスターさんとベルンハルトが来てくれたの。それで、向こうは二人に任せてきたのよ。だから、ここへ来ることができたのは私だけ」

 するとリンディアは、怪訝な顔をする。

「……どーやってここを、突き止めたのかしらねー……」
「そこまでは分からないわ」
「……そーよね」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.128 )
日時: 2019/03/06 22:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)

125話 少し嬉しい?

 リンディアと無事合流できた。
 それは良かったのだけれど、これからどうしよう。

 彼女は正常な意識を保っている。しかし、注射されたとかなんとかで、体がまともに動かないようだ。

 一体、どうすればいいのだろう。
 彼女の体を抱え上げて運ぶ、というのは、私の力ではさすがに不可能だ。

「とにかく無事で良かったわ。注射以外に酷いことはされなかった?」
「……えぇ、大丈夫だったわよー」
「本当に良かった」

 この言葉は本心だ。
 従者が傷ついたり命を落としたりするところは、もう二度と見たくない。

「ところで、これからどうする? リンディア」
「……どーすべきなのかしらねー……」

 ベッドに横たわったまま、溜め息を漏らすリンディア。

「……動けないあたし、完全に、足手まといよねー……やだわー……」

 リンディアの手は、赤い拳銃をしっかりと握っている。
 持ち慣れている拳銃だからか、持ちにくそうということはまったくなかった。

「そんなことないわ! リンディアが無事でいてくれれば、それでいいの」

 私はいつもより明るめに発する。
 リンディアを暗い気持ちにさせたくないから。

「……ありがとー」
「いえいえ」


 ——その時。


「何してるん?」

 背後には影。
 そして、人の声。

 振り返るとそこには、ラナの姿があった。

 あどけなさの残る体つき。私よりも低い背。片耳の付近で乱雑にまとめた紺の髪。それらの要素から「彼女がラナである」と判断するのに、そう時間はかからなかった。

「貴女は……!」
「ラナ・ルシェフや。久しぶりやね」

 全身が強張る。
 私は恐怖心を抱いているのだ、と、その時初めて自覚した。

「何しに来たの」
「今日はあの男はいないんや? 珍しいやん」
「あの男……ベルンハルトのことね」
「んー、多分そうやわ」

 ラナは呑気に喋っている。
 もしかしたら説得できるのでは、なんて思ってしまったほどに、今の彼女は明るい。

「おらんとは思わんかったわ。また戦いを楽しめるかと、期待してたんやけど」
「……なーに言ってんのよー」

 ベッドに横たわるリンディアが、唐突に口を挟んできた。
 ラナへ拳銃の口を向けながら。

「……戦いを楽しむなんて、じょーだんでも……言ってんじゃないわよー」

 リンディアの言葉に、ラナは目を見開いた。しかし、それも束の間。すぐに普段の顔に戻る。さらに、片側の口角を持ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべることまでしていた。

「ま、それもそうやな」

 意外。
 こう来るとは思わなかった。

「……分かって、んなら……最初から言うのは、止めなさいよー……」

 真っ当だと思う。
 だが、発言における配慮というのは難しいものなのかもしれない。

「ごめんって。許してちょうだいよ」

 ラナは顔の前で手を合わせる。

 なぜだろう。今日のラナからは、殺気のようなものを感じない。これまでもそうだったように、彼女は今日も、私たちの命を狙っているはずだ。なのに、どうして、こんなにも穏やかなのだろう。私には理解できない。

「何をするつもり?」
「……ちょっと聞きたいことがあるんよ」

 真剣な顔つきのラナ。

「聞きたいこと?」
「フィリーナを撃ったのは、王女様の仲間なん?」

 ラナは、彼女にしては静かな声色で尋ねてきた。

 騒々しいイメージがあっただけに、彼女が静かな声を発しているところを見ると不思議な感じだ。

「解放され呼び出され、ミストと二人で、会議室みたいなとこに向かったんよ。そしたらそこには、フィリーナだけ。しかも倒れてるフィリーナやったから、びびったわ」
「……フィリーナは死んでいたの?」

 恐る恐る尋ねると、ラナは笑みを浮かべつつ答えてくれる。

「いやいや。死んではなかった。大丈夫やったで」

 ラナの声を聞き、私は思わず声をあげる。

「そうなの!?」

 嬉しかった。

 フィリーナには酷いことをしてしまった。しかし、まだ謝れていない。だから、もしこのまま彼女が亡くなってしまったりしたら、きちんと謝れないまま別れることになってしまう。それは嫌だ。

 もう一度ちゃんと話をしなくては。

 ちゃんと話をして、理解しあうことができれば、私たちはきっと仲良しになれるだろう。

「良かった……」

 無意識のうちに、安堵の溜め息を漏らしていた。

「ふーん。そんなこと言うんや」
「そうよ。フィリーナは少し残念な娘だけれど、でも、明るくて優しいの」

 それに少し嫉妬していた、なんてことは言えないけれど。

「へー、案外気に入ってるんやね。裏切られて恨んでるもんやと、そう思ってたわ」

 ラナは剣を抜かない。手を巨大化させることもしない。ただ、愉快そうな笑みを浮かべている。

 ——攻撃する気はないというの?

「ま、でも、そうゆうことなら良かったわ」
「……どういう意味?」
「フィリーナは今頃ちゃんと手当てされてるわ。心配せんでも、助かるやろ」

 ひと呼吸おいて、ラナは続ける。

「にしてもあのおっさん、やっぱワルやったんやな」
「……おっさん?」
「名前何やったっけ……えーと、シュトーレン? いや、ちゃうわ。えーと……」

 言いたい人の名を忘れてしまったらしく、ラナは、妙なことを言い始める。そんな彼女に対し、リンディアはベッドに横たわったまま放つ。

「……シュヴァル、でしょー」

 なるほど、と思った。

 シュヴァルのことを言おうとしていたのなら、「シュトーレン」などと間違えるのも無理はない。

 ……いや、そうだろうか?

 さすがにシュトーレンと間違えることはないだろう、と思ってしまうところもある。ただ、私にとっては明らかに異なる二つの単語だが、ラナにとっては「シュヴァル」も「シュトーレン」も同じようなものなのかもしれない。

「そうや! それやわ!」

 ラナは手を合わせ、パンと乾いた音を鳴らした。

「うちはシュヴァルから依頼を受けて、王女様らを殺しに来たんよ。けど、その依頼をうちが受けたんは、あの男が『星王家はこの国に悪い影響を与えている』なんて言うからや」
「……そんなこと言うなんて、サイテーねー……」
「国のためになるんやったらと思て受けたんや。やのに、結果はこれ。はー呆れてまうわー」

 ラナにはラナの信条があるのかもしれない、と、この時初めて気がついた。
 彼女とて、殺人鬼ではない。だから、ただの人を殺したいというだけではないのかもしれない。今は、そんな風に思うことができた。

 ……少し嬉しい。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.129 )
日時: 2019/03/06 22:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)

126話 撃退に必要なのは、強さだけではない

 両方の手のひらを上へ向け、やれやれ、といった風に首を横に振るラナ。
 あどけなさの残る少女の姿をした彼女がそんな動作をすると、大人と子どもが混ざったような奇妙さが漂う。

「……ちょっと、どーなってんのかしらー……?」
「私も知らないの。でも、攻撃してくる感じではなさそうね」

 私とリンディアがひそひそ話をしていると、ラナが「ひそひそせんとはっきり言いや!」なんて声をかけてきた。

 真っ直ぐさの感じられる発言に、私は微かに笑みを浮かべてしまう。

 もちろん、変な意味ではない。
 ただ、少々ほっこりしたのである。

「そうね。小さな声で話すなんて失礼よね、ごめんなさい」
「……素直やな。調子狂うわ」

 ラナは歯切れよく呟き、耳元を軽く掻く。
 そんな彼女に、私は言う。

「ねぇ、お願いがあるの。私たちのこと、見逃してくれない?」

 完全に敵であるラナに対してこんなことを言うのは、凄く勇気のいることだった。すぐに頷いてもらえるとはとても思えないようなことを言うわけだから、発する瞬間の緊張感といったら恐ろしいものがある。

「シュヴァルに絶対的な忠誠を誓っているわけではないのでしょう? それなら、どうか、見逃してほしいの」
「……見逃してほしい、やって?」
「そう。私は戦えないし、リンディアも今はまともに動けないのよ。だからどうか。お願い」

 ——暫し沈黙。

 ベッド以外には何もない殺風景な部屋の中、ラナだけを見つめ続ける。

 宇宙に飛び出したかのような静寂の中で、敵である人物の瞳を凝視し続けるというのは、簡単なことではなかった。

 いきなり攻撃されたらどうしよう。
 心ない言葉をかけられたらどうしよう。

 もちろんそれだけではなく、他にも色々あるが、とにかく考えてしまうのである。

 けれど私は、ラナから視線を逸らさなかった。

 それは、彼女と分かり合えたら、という思いがあったからだ。

 目を逸らすことは簡単。視線をラナから外すだけでいいのだから、難しいことではない。私にだって、苦なくできることである。

 だが、簡単な方向に逃げているだけでは何も変わらない。

「……ん、まぁ、そやな」

 長い沈黙の果て、先に口を開いたのはラナだった。

「うちかてそっちに直接的な恨みがあるというわけやないし……まぁ、見逃してやってもいいか」

 ラナの口から出たのは、意外な言葉。

「分かった。今日のところは見逃したる」

 そう言ってから、ラナはびしっと指を差してきた。私に向けて、だ。

「でもな、王女様」
「……何」
「王女様はいずれ頂点に立つんやろ?せやから言っとくけど、この星は今のままやったらあかん」

 ラナの口から出ている言葉だとは、とても思えない。
 けれども、発しているのは確かにラナだ。

「こんなままやったら、保ち続けていくんは無理や。いずれ反乱か何かが起こって、滅茶苦茶になるかもしれんよ。まぁ、うちは予言者ちゃうから、『絶対』なんてことは言えへんけどな」

 言い終わると、ラナは軽く手を掲げる。

「そしたら、失礼するわ」

 体をくるりと返し、開いている扉の方へと歩き出す。
 その背中に、私は叫んだ。

「待って!」

 私たちは敵同士。
 でも、今はもう、狙う狙われるの関係ではなくなった。

 だからこそ、言いたい。

「ラナ! フィリーナを心配してくれてありがとう!」

 私の発言に、驚きを露わにするリンディア。

 今この状況下でこんなことを言うというのは、もしかしたら、少しおかしいのかもしれない。誰もが選ぶ選択肢ではないのかもしれない。リンディアが驚いた顔で言葉を失っていたのを見て、若干そう思った。

 でもいいの。
 たとえ普通でないとしても、それが私の選んだ選択肢だから。

「その……今度は、敵としてではなく会えたら嬉しいわ」

 返事はなかった。
 静寂の中、ラナの小さな影は闇に沈む。


「……やるじゃなーい」

 ラナが去った後、ベッドに横たわったままのリンディアがそう言った。

 視線をリンディアへ落とす。
 彼女の目は、前に見た時よりかは開いていた。もしかしたら、注射された薬品の効果が少しずつ切れてきたのかもしれない。

「ふぅ。取り敢えず何とかなったわね」
「か弱いわりには……頑張った方じゃなーい?」
「えぇ、頑張ったつもりよ」

 今は緊張状態にあるおかげで疲れを感じにくくなっている。しかし、気が緩んだ瞬間どっと疲れが来そうな気がする。

「……ふーん。頑張ったなんて、自分で言っちゃうのねー」
「まさか。つもりよ、つもり」

 自分としてはかなり頑張った気でいるが、物差しには個人差があるものだ。私が頑張ったと思っていても、「べつに頑張っていないじゃないか」と思う人もいるかもしれない。だから「頑張った」ではなく、「頑張ったつもり」という表現にしたのである。

「自分で『自分は頑張った』なんてことは、少し言いづらいわ」

 私が口を動かすと、リンディアは柔らかく、ふふ、と笑みをこぼした。
 女性らしさのある表情。男性が見ていたなら、十人中八人は恋に落ちそうなくらい魅力のある笑みだった。

「……そーね」

 それから彼女は、横になったまま、右手を上へと伸ばす。

「……ちょーっと、手を貸してもらえるかしらー」

 段々起きられる気がしてきたのかもしれない。そう思い、私は、彼女が上へ伸ばした腕を掴む。

 掴む時の力加減が難しい。
 弱すぎたら意味がないだろうし、強すぎると痛いだろうから。

「こう?」
「そ。……起こしてもらえるかしらー」
「えぇ、やってみるわ」

 腕を掴んでいるのと違う方の手は、リンディアの背中に添える。

「こ、こんな感じ……?」
「……やり方なんて、何でもいーわよー」
「分かったわ」

 ゆっくりと上半身を起こすリンディア。私は両手で、それをサポート。
 結果、彼女は上半身を起こすことに成功した。
 胸に得たいの知れない達成感が込み上げてくる。私は軽くサポートしただけだというのに、まるで自分が起き上がることに成功したかのような達成感があった。

「やったわね! リンディア!」
「……喜んでる場合じゃ、ないわよー……」
「あ、そうね。つい。ごめんなさい」
「……べつに、謝らなくていーわ」

 上半身を起こし、ようやく座る体勢になれたリンディアは、片手で乱れた髪を整える。
 紅葉のような赤が、私の視界をさらりと流れた。

「……さて。これから……どーすべきかしらねー……」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.130 )
日時: 2019/03/12 16:11
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0dFK.yJT)

127話 一つ、過ぎて

 ラナは去った。
 一つ、嵐が過ぎた。

 けれど、まだ安心はできない。というのも、これで終わりではないからだ。ラナから逃れただけで、すべてが終わるわけではない。

 すべてを終わらせるためには、元凶であるシュヴァルをどうにかせねばならないのである。

「リンディア、歩くのはまだ無理よね?」
「……そーね。この感じだと、どーも……そのうち歩けるよーには、なりそーだけどねー」

 リンディアを一人ここに残していくのは心配。だが、アスターやベルンハルトの様子も気になる。

 結局何もできない私だから、いてもいなくても同じこと。
 それは分かっているのだけれど、でも、やはり気になって仕方がない。

「もう少し時間がかかりそうよね」
「そーね」
「……ベルンハルトたち、大丈夫かしら」

 制止を聞かず飛び出してきた私には、こんなことを言う資格なんてないのだろうけど。

「……相変わらず、他人の心配ばっかしてるのねー」
「えぇ、心配よ。もう誰も失いたくないんだもの」
「そ。ま、心配したっていーんじゃない? あたしからすれば、他人の心配より……自分の心配をなさいよーって、感じだけどー……」

 リンディアの言うことはもっともだと思う。
 本当は、他人の心配をしている余裕なんてないはずなのだ。私の存在によってベルンハルトらが巻き込まれてしまうのだから、本当は、私が自分の身を護れるようになることが最優先なのである。

「……そうね、そうよね」

 必要なのは、現実に向き合う勇気。
 ただそれだけで。

 けれど、私はそれを手にすることができずに、ここまで来た。

「私が変わらなくちゃ、何も変わらない」

 すると、リンディアは口を開く。

「……そーね」

 ベッドの上で上半身を起こしているリンディアは、静かな声を発する。

「でも……もう変わりつつあると思うわよー」
「えっ」

 リンディアの水色の瞳が、私をじっと見つめてきた。

 水晶のような美しさのある瞳に凝視されると、言葉を発せなくなってしまう。しかも、その瞳と一度視線を合わせてからは、目を逸らせなくなってしまった。

「……王女様はもー、弱々しい王女様じゃなくなったでしょー?」

 さらりとそんなことを言うリンディア。

 だが、私には分からなかった。
 彼女が何を言っているのか、正確に理解することができなかったのである。

「どういう意味? 私は強くなれてなんかいないと思うけど……」
「それはねー……気づいていないだけよー」
「気づいていない、ですって?」

 私は改めて、彼女の瞳を見つめる。

 そして、彼女の発言が冗談でないことを悟った。

 リンディアが真剣に物を言っていると感じられたのは、彼女の瞳が真っ直ぐな光を放っていたからだ。もしその光に気づかなかったとしたら、私は、彼女は冗談を言っているものと思い込んで終わっていただろう。

「何を言い出すの? リンディア。よく分からないわ。私は……あの春から、何一つとして成長できていない。そう思うの」
「……それはそー思い込んでるだけよ」

 視線が重なり合う。

「……なら聞くわ。その春の頃の王女様なら、ラナを口で追い払うことなんて、できたかしらー?」

 ——私は何か変わったのだろうか。

 リンディアに言われて、もう一度それを考えてみる気になった。
 けれど、私の脳が「変わることができた」という答えを出すことはなかった。

 武術を学んだわけでもない。熱心に勉強に取り組み、知識を蓄えたわけでもない。ただひたすら、従者たちに護られ続けてきただけ。そんな私が「変わることができた」とは、とても思えなくて。

「あるいは……一人で勝手にこんなとこまで来たり、したかしらー? ……どーなのよ?」

 リンディアはそう問う。私はその問いに、すぐには答えられない。

「……どーなの? 答えるくらい簡単でしょー? ねぇ——んっ!」

 途中で言葉を切り、リンディアは拳銃を構える。

 赤い銃口が、扉の方へと向けられた。

 私は一瞬何事か理解できず、焦る。しかし、四五秒が経過してから、リンディアが武器を構えた理由に気づいた。
 ぱたぱたという足音が聞こえてきたから、ということなのだろう。

「敵?」
「分かんないわよー。ま、でも……いちおーね」

 足音は徐々に近づいてきているようだった。

 ラナが戻ってきた? シュヴァルが狙いに来た? それとも、ベルンハルトかアスター?

 考えられるパターンは山のようにあるが、ヒントは何もない。

「……備えておいて損はないでしょー」
「それはそうね」

 私も心の準備をしておかなくちゃ。

 もちろん、足音が味方のものという可能性もある。けれど、敵の足音である可能性だって高いのだ。まだ気を緩める時ではない。
 そんなことを考えているうちに、足音が大きくなってきた。見えない誰かが近づいてくるのが分かる。リンディアが構えている拳銃の安全装置を解除するところを見て、全身に緊張が駆け巡った。

「……もーそろそろ来そーね」
「えぇ……」
「……そんな顔、してるんじゃないわよー。あたしがいるわ。少しくらいなら、戦えるわよ」

 リンディアは、まだ、立ち上がれそうにない。

 彼女が傍にいてくれることは、とてもありがたいこと。けれど、今の状態のままでは、いくら彼女でもまともに戦えないだろう。

 だが、親切心で言ってくれた言葉に対して否定的なことを返すというのは、善の心が少々痛む。なので私は、「そうね。頼もしいわ」と、短く返しておいた。


 やがて、視界に現れる人影。
 リンディアは咄嗟に引き金を引いた。

 緑色をした細い光が、彼女が構える赤い拳銃の先端から放たれる。発射された光は、微かに曲がることさえなく、宙を駆けていく。

「くっ!」

 人影の声。

 ……ん? ちょっと待って。

 思わずそう言いたい衝動に駆られた。というのも、人影から漏れた声に、聞き覚えがあったのである。それも、非常に聞いたことのある声だ。

 宙を駆けた緑色の光。それは、何か——恐らく人影の正体にぶつかり、花火のように散った。光が散るまでにかかったのは、ほんの数秒。十秒にも満たない、本当に一瞬のことだった。

「敵か!」

 そんな一瞬の出来事の後、開いた扉の向こう側に、ナイフを構えて警戒しているベルンハルトの姿が見えた。

「……あらー」

 ベッドの上のリンディアが漏らす。

「やっちゃったわねー」

 リンディアも、人影の正体がベルンハルトであったことに気がついたようだ。しかし、謝る気はなさそうである。

「リンディア?」
「……ごめんなさいねー。まさかアンタだとは思わなかったわー」

 一言交わして、ベルンハルトはナイフを構えることを止めた。
 彼はナイフを下ろし、私たちがいる方へと歩いてくる。

「イーダ王女も一緒か」

 あ、これはまずい。
 言うことを聞かず飛び出してきて、それっきりだっただけに、かなり気まずい。

「そーなのー。……逆に助けられちゃったわー」
「しっかりしてくれ」
「……は? うっさいわねー、黙ってなさいよ」

 ベルンハルトにはきつい言葉を向けるリンディア。
 しかし、当のベルンハルトはというと、彼女の方など見てはいなかった。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。