複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.6 )
日時: 2018/10/16 14:28
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b92MFW9H)

5話 謝っても遅いのだけれど

 ヘレナの腕が冷えていく。
 時が経つにつれ、生の温もりは失われ、残るのは陶器人形のような感触だけ。

「……ヘレナ」

 彼女は銃口を向けられた私を救おうと、ダンダに厳しい言葉をかけた。そして、撃たれた。私のせいで命を落としたも同然だ。

「……ごめんなさい」

 また一つ、命が奪われた。

 私が王女だったから。私が無力だったから。

 王女というこの身分は、結局、悲劇しか引き寄せない。もう誰も犠牲にするまいと、これまで新しい従者をとらずにきたのに、やはりまた犠牲を出してしまった。

「本当に……ごめんなさい、ヘレナ」

 その冷えきった体を抱き、私はそっと謝る。
 謝ったからといって、彼女が生き返るわけではないのだけれど。


 部屋に静寂が訪れてから、どのくらいの時間が経っただろうか。ヘレナの死をすぐに受け入れることができずにいた私には、あれからどのくらい時が経ったのか、よく分からない。

 ただ、気がつけば人が来ていた。

 ヘレナの亡骸を抱いて固まっていた私に、最初に話しかけてきたのは、星王の側近である男性だった。

「王女様、一体何があったのです?」
「……貴方は」
「シュヴァル・リンクですよ。王女様のお父上、星王様の側近です」
「……そう。そうだったわね。思い出したわ」

 シュヴァル・リンク——その名前は聞き覚えがある。
 あまり詳しくは知らないが、日頃の生活の中で聞いたのだろうと思う。

 三割くらい白髪の混じった灰色の髪に、彫りの深いはっきりとした顔立ち。瞳は灰色を少し混ぜたような水色をしている。

 シュヴァルは、そんな男性だ。

「これは一体、何がどうなったのです?」
「……ダンダという人が、私を」

 なるべくちゃんと伝わるように説明しようと頑張ってみたけれど、完璧な説明をすることは難しかった。

「彼が……ベルンハルトがいなければ、今頃……私も」

 そんな風に途切れ途切れながら話していた時だ。

 シュヴァルは遠くを眺めるような目つきをしながら、近くにいても聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、「役立たずめ」と呟いた。

「ヘレナは役立たずではないわ!」

 誰に対しての言葉なのか分からないにもかかわらず、私はそんなことを言ってしまった。うっかり、言葉が口から滑り出てしまったのである。

 いきなり鋭い声を浴びせられたシュヴァルは、顔面に戸惑いの色を浮かべた。

 だが、少しすると柔らかな笑顔になる。

「まさか。彼女のことではありませんよ」

 ならば、誰に対しての言葉だというのか。

「さっきの言葉はヘレナに対してのものではない、と言うのね?」
「えぇ、もちろんです。命を懸けて王女様を護ったのならば、従者の鏡と言えるでしょう。役立たずなどではありません」
「そう……そうよね」

 ヘレナのことは好きではなかった。だがそれでも、彼女を否定されるのは良い気分がしない。まるで私が否定されているかのような心境に陥るからだ。

「シュヴァル……貴方が心ない人でなくて、良かったわ」

 私がそう言うと、彼は笑顔のまま言葉を返してくる。

「心配なさらないで下さい。このシュヴァル・リンク、心ない行為は絶対に致しませんから」

 他人ひとが悲しんでいる時に、屈託のない笑みを浮かべていられるのが、とても不思議だ。
 ただ、今はそんな細かいことに注目しているような状況ではない。それゆえ私は、シュヴァルが笑顔でいることを指摘しはしなかった。

「王女様、色々あってお疲れでしょう。一度、星王様のところまでお連れします」
「父のところへ?」
「はい。従者が完全にいなくなった今、お一人でいらっしゃると危険ですから」

 確かに、そうだ。
 従者がいなくなったのをチャンスと思い、さらに私を狙ってくる者がいる可能性は、否定できない。

「星王様のいらっしゃるところまで、案内します」
「ありがとう」

 礼を言いながら立ち上がる。
 その瞬間、視界の端に、再び身を拘束されたベルンハルトの姿が入り込んだ。

「シュヴァル。彼をどうするつもり?」

 まさかそんなことはないだろうが、もし彼が罪人扱いされるようなことがあっては大変だ。なので一応確認しておいた。

「ベルンハルトなどという、そこの男のことですか?」
「えぇ」
「彼からは聞き取りを行います」

 聞き取り。何だか嫌な響きだ。

 色々あった後で心が荒んでいるせいかもしれないが、聞き取りという名の酷いことが行われそうな気がして仕方がない。

「聞き取りとは、具体的にどのようなことを?」
「それは王女様には関係のないことです」

 シュヴァルは笑顔のまま、きっぱりとそう返してきた。聞き取りの具体的な内容を私に教える気はないようだ。

「まさか、私には言えないようなことをするつもり? ベルンハルトに乱暴なことをするのは、絶対に許さないわよ」

 ベルンハルトは私を嫌っているのだろうが、私は彼を嫌いではない。それに、好き嫌いを除けて考えても、彼は命の恩人だ。

「王女様はなぜ、そんなにも、そこのベルンハルトなどという男を気にかけていらっしゃるのです? もしや……異性として気に入られました?」

 シュヴァルは、にやりと、嫌らしい笑みを浮かべる。

 ……これは完全に、悪意があるパターンだ。

 王女といえども、ただの娘。そんな風に馬鹿にされているのかもしれない。

「そういうことなら、顔を傷物にするようなことは致しません。ご安心を」

 どうやら、すっかり誤解されてしまっているようだ。

「……そんなのじゃないわ」
「隠さずとも構いませんよ、王女様。お気に召す者がいて安心しました」
「命の恩人だから、傷ついてほしくない。ただそれだけのことだわ」
「ふふふ。否定なさるところが初々しくて、可愛らしいです」

 違うと言っているじゃない!

 そう叫びたい衝動に駆られるも、ぐっとこらえた。
 今は喧嘩している時ではない、と思ったからだ。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.7 )
日時: 2018/10/17 16:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SsOklNqw)

6話 愛情が過剰

 その後、私は、シュヴァルに連れられ星王の間へと移動した。

 父親が生活している部屋へ入るのは久々なので、少しばかり緊張するかもしれない——と思っていたのだが、そんな思いはすぐに吹き飛んだ。

「イーダぁ! 無事だったのかぁ!!」

 いきなり抱き締めてくる。

 星を治める星王とは到底考えられない、軽い行動だ。
 しばらく会っていなかったため忘れていたが、彼がこういう人であることを思い出した。

「事件に巻き込まれたと聞いて、心配したんだぞぉ!?」
「お願い、父さん。人が見ているところで抱き締めるのは止めて」
「離すなんて無理だぁ!」

 シュヴァルを筆頭に、周囲にいる者たち皆が、くすくすと笑っていた。父親が二十歳近い娘を何の躊躇いもなく抱き締めているのだから、笑われるのも無理はない。

「最低でも今日一日、ずっと抱き締めるからなぁ」
「止めて! 父さん、本当に止めて!」

 私は父親の腕を振り払った。
 他人がいるところで父親に抱き締められ続けるなんて、いろんな意味で恥ずかしすぎるからである。

「そういうことをするなら、自分の部屋に帰るわ」
「うそーん! それはショックだぁ!」

 父親の頭を抱える大きなアクションに、周囲の側近たちは苦笑していた。当然だ、私にとってはただの父親でも、彼らにとっては星王なのだから。この星を治める者がこの様では、苦笑する外あるまい。

「じゃあもうしないっ。もう抱き締めたりはしないから、せめて今日一日はここにいてくれよぉ!」
「何もしないと誓うならいいわよ。あんなことがあった後で一人の夜というのも、あまり嬉しくはないし」
「おおっ! そうかっ! ならば誓おう! 何もしないと!」

 今日の父親は恐ろしいくらいテンションが高い。
 娘が命を狙われた後なのにこの明るさとは、もはや不思議な人である。

「では星王様。このシュヴァル、これにて失礼致します」
「そうだな。連れてきてくれて助かった」

 私と話す時とは全然似ていない、別人のような声だ。シュヴァルに対し言葉を放った時だけは、父親がちゃんとした星王に見えた。

 こうして、取り敢えず今日一日は、星王の間で生活することとなったのである。


「いやぁーそれにしても、こんな風にイーダと過ごせる日がまた来るとは思わなかったなぁ」

 仕事机で書類を漁りながら、父親がそんなことを呟く。

 あの春の襲撃以降、私は、自室からほとんど出ない生活を送っていた。それゆえ、父親ともしばらく会っていなかったのだ。

 だから、こうやって二人で過ごすのは、とても久しぶり。

「そうね。確かに、久しぶりだわ」
「昔はよくここで遊んだんだけどなぁ!」
「それは小さい頃の話でしょ」

 人が死んだというのに、こんなにのんびりしていて良いのだろうか。こんな呑気な会話をしていて、罪ではないのだろうか。私はふと、そんなことを思った。ひとまず安全なところに移動できたのは良かったが、やはり、まだあまり明るい気分にはなれない。

「ねぇ、父さん。一つ質問してもいい?」
「もちろんいいぞ! どんな質問でも、どーんと来い!」
「……どうして私は命を狙われるの?」

 私が問いを述べた瞬間、室内が静寂に包まれた。

 答えはすぐには返ってこない。

 もしかしたら父親は、私に気を遣って、明るい雰囲気作りをするよう努めてくれていたのかもしれない。だとしたら、こんな暗い問いを投げかけるべきではなかった……もっとも、今さら後悔しても遅いことだが。

「星王家の一人娘だから、だろうなぁ」

 質問してからだいぶ時間が経った頃、父親はそんな風に答えた。

 まとめた書類を机でトントンと揃えながらも、過去に思いを馳せるような目つきをしている。何かを思い出しているのかもしれない。

「イーダは、星王になる可能性のある女であり、将来星王となる子を生む可能性のある女でもあるからなぁ。普通よりもかなり狙われやすいのかもしれない」
「こんなことばかり……疲れるわ」
「だよなぁ。イーダだって、狙われたくてここに生まれてきたわけじゃないもんな」

 父親は立ち上がると、私が座っていた椅子の方へと近づいてくる。何だろう、と思っていたら、突然抱き締められた。

「すまんなぁ、イーダ! 辛い思いばかりさせてぇっ!!」

 耳元で凄まじい大声を出され、鼓膜を痛めるかと思った。

 何というか……正直少し鬱陶しい。

「ちょ、ちょっと。抱き締めるのは止めて。そんなことをするなら帰るわよ」
「すまん! 帰らないでくれぇっ!」
「だったらべたべたしないでちょうだい!」
「本当にすまんっ! けど、イーダが可愛すぎて自制できん!!」

 わけが分からない。馬鹿なのだろうか。

「怖いことを言わないで。そろそろ本気で逃げるわよ」
「許してくれぇっ!」
「なら怖いことを言わないようにしてちょうだい」
「あぁ、もちろん! もちろんだとも!」

 彼は多分、私の言おうとしていることを、ちゃんと理解してはいないだろう。その場では「もちろん」などと言っておきながら、またそのうち寄ってくるものと思われる。彼はいつもそうだから、さすがにもう読めてきた。

「けど、今だけはギュッとさせてくれ! 頼む!」
「離してちょうだい! 変よ、父さんは!」

 穏やかな時間を過ごしていたはずなのに、いつの間にやら言い合いみたいになってきてしまう。

「親なんだ! 少しくらい可愛がってもいいだろぉ!?」
「可愛がると抱き締めるは同義ではないのよ……?」
「そんな小さいことはどうでもいいっ! 今はイーダを可愛がることが優先なんだ!」
「言っていることが全部おかしいわよ」

 父親は元々、こういった強引さを持った人だ。それゆえ、かつては慣れていた。だが、最近はあまり関わっていなかったため、こういうことをされるのは久しぶりで、どうも慣れない。

「本当に、もう止めてちょうだい!」

 あまりの鬱陶しさに、思わず父親を突き飛ばしてしまう。急に突き飛ばされた父親は、バランスを崩し、しりもちをついた。


 ——ちょうどその時。

 星王の間の、外と繋がる扉が開き、シュヴァルが現れた。

「せ、星王様……?」

 豪快に床に転がってしまっている父親を見て、シュヴァルは戸惑った顔をしている。
 無理もない。良い年した大人が、床に転がっているのだから。

「シュヴァル、どうかしたの?」

 父親はすぐには返事をできそうにないため、私がシュヴァルに言葉を返しておいた。

「あの、これは一体……?」
「無理に抱き締めてきた罰だから、気にしないで。それより、用は何?」

 シュヴァルは「そ、そうですか」と少し引いたように言っていた。そして、十秒ほど経ってから、彼は述べる。

「ベルンハルトの聞き取りが終了致しました。こちらへお連れしても構わないでしょうか。……と、星王様にご確認を」
「連れてきてくれていいぞ」

 今度は父親が答えた。
 いつの間にか起き上がってきていたらしく、既に上半身は完全に起きている。

「承知しました、星王様。では、ベルンハルトをお連れします」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.8 )
日時: 2018/10/18 06:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 62e0Birk)

7話 彼と星王

 シュヴァルは許可を得ると、一度星王の間を出ていく。そして、数分してから戻ってきた。

 戻ってきたシュヴァルの背後には、ベルンハルトの姿がある。ベルンハルトは、やはり鋭い目つきをしていた。彼の心は、まだ解けていないようである。

「ベルンハルトを連れて参りました」

 シュヴァルは父親に対しそう言った。
 続けて、私の方へ顔を向けてくる。

「王女様、ご安心を。顔に傷はつけておりません」

 う……まただ……。

 こういうことを言われるのは想像の範囲内ではあるが、正直、あまり嬉しいことではない。

「おかしなことは言わないでちょうだいね、シュヴァル」

 父親に誤解されたら、非常にややこしいことになりそうだ。だから、前もってシュヴァルにそう忠告しておいた。先に忠告しておかないと、どのようなことを言われるか分かったものでないから。

「えぇ、もちろん。このシュヴァル、余計な口は開きません」

 シュヴァルは笑顔で応じてくれた。だが、笑顔のせいであまり信用できない。

 ……やはり、一応警戒しておかなくては。

「噂の彼を連れてきてくれたんだな、シュヴァル」
「はい。お連れしました」

 シュヴァルは軽くお辞儀をし、背後に立っていたベルンハルトの体を前へと押し出す。
 それに対しベルンハルトは、シュヴァルを冷たく睨んだ。恐らく、乱雑に扱われたのが不愉快だったのだろう。

「そうやって、すぐに他人を睨むのはよくありませんよ」
「余計なお世話だ」

 ベルンハルトは相変わらずだ。しかし父親はというと、明るい笑みを浮かべて、ベルンハルトに話しかけようとしていた。

「初めまして。君が噂の男の子だね」

 今のところ、ベルンハルトのことを悪くは思っていないらしい。
 それが分かり、私は密かに安堵した。星王である父親がベルンハルトを嫌ってしまえば、彼の立場は危うくなる一方だから。

「シュヴァルから、イーダの従者になってくれる予定だと聞いているよ」

 父親がそう言うと、ベルンハルトは怪訝な顔をする。

「それは間違いだ。オルマリンの女に仕える気はない」
「なっ! そうなのか?」
「僕は仕えるとは言っていない」
「そんなぁ!」

 ベルンハルトにきっぱりと返され、父親は星王らしからぬ情けない声を出した。

 私の父親には星王としての威厳が欠けている——素直にそう感じた。

 彼が優しく悪人でないことは、もちろん知っている。それはもう、嫌というほど。一人の人間という意味では、彼は善い人だと思う。ただ、娘の私から見ても、彼が星王に相応しくないことは明らかだ。

 善良な人間であることと、人々の上に立つに相応しい人間であることは、必ずしも一致するものではない。

「イーダの傍にいてくれるという話は、嘘だったのか!?」
「嘘ではない。僕はそもそも、『仕える』とは言っていない」

 星王の前であっても淡々とした態度を崩さないベルンハルトの度胸は、なかなかのものだ。媚を売ろうとしていないところが、良い意味で印象的である。

「勝手に話を進めておきながら、僕が嘘をついたかのように言われるのは、非常に不愉快だ」
「確かに……それもそうだな。すまなかった!」

 父親は頭を下げ、謝罪した。

 その素直すぎる対応に、近くで見ていたシュヴァルは驚いた顔をする。まるで珍妙な生物を見たかのように、目をぱちぱちさせていた。

「そういうことなら、今ここで改めてお願いしよう! イーダの従者になってやってくれぇ!」
「断る。僕はオルマリンには仕えない」

 即答だった。

 星王相手に、こうもはっきりと断れるなんて、ベルンハルトはある意味逸材かもしれない。

「なら、夕食だけでも一緒に! それで心が変わらなければ、断ってくれて構わないっ!」

 どうやら父親は、ベルンハルトを気に入っているようだ。父親は今、ベルンハルトの頑なな心を動かそうと必死である。

「……なぜ、そのようなことを言うのか」

 しばらく黙り込んでいたベルンハルトが放ったのは、そんな言葉だった。

「僕はオルマリン人ではない。それゆえ迫害を受けてきた」

 ゆっくりと口を動かす彼の、その細い目からは、どことなく哀愁が漂っている。何か、言葉として発することのできない複雑な思いが、胸のうちにあるのかもしれない。

「だから、突然態度を変えられても、そう容易く納得することはできない」

 ベルンハルトの口から放たれる言葉。それは、彼が生きてきた人生を垣間見ることができるような、静かで寂しげなものであった。

「……ベルンハルト。貴方は、オルマリンを恨んでいるの?」
「そうだ。僕はオルマリン人と分かりあえるとは考えていない」
「でも、あの時は助けてくれたわよね」

 ダンダに命を狙われた時、頼んだわけでもないのに、彼は私を救ってくれた。
 あの優しさが幻だったとは、どうしても思えない。

「私がオルマリン人だということは知っていたはずよね。にもかかわらず助けてくれたのは……なぜ?」

 少し怖いが、ベルンハルトの顔へ視線を向ける。すると、彼も私の顔を見ていたことが分かった。

 偶然に過ぎないのだろう。
 ただ、今はなぜか、得体の知れない運命のようなものを感じる。

「あの男を殺れる機会を逃すわけにはいかなかった。ただそれだけだ」
「ダンダという人に恨みがあっただけ、ということ?」
「そうだ」
「じゃあ……私を助けてくれたわけではなかったのね?」
「そういうことだ」

 助けてくれたのだと思っていたが、それ自体が間違いだったというのか。

「そうだったのね」

 なぜだろう、妙に悲しい。

 彼なら私を護ってくれるかも——そんな風に期待している部分があったから、悲しいのかもしれない。

「イーダを護ることが目的でなかったということなのかっ!?」

 個人的にしんみりしていたところ、それをぶち破るように、父親が声を発した。

「こんなに可愛いイーダより、他の男へ意識を向けていたというのか!? 君は正気かっ!?」

 しんみりしていたのが吹き飛んだのはありがたいことだ。
 ……が、親馬鹿は大概にしてほしい。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.9 )
日時: 2018/10/19 00:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Rn9Xbmu5)

8話 そういうところ

 その後、父親が必死にベルンハルトを説得し、今夜の夕食は三人で食べることになった。
 私と父親、そしてベルンハルト——その三人で、である。

 ただ、半ば強制的に私たちと食事を共にしなくてはなったベルンハルトは、納得がいかない、というような顔のままだった。

「ベルンハルト! 今日は美味しいものを食わせてやるからな!」
「触るな」
「何だそれ。美味しいもの、食べたくないのかぁ?」
「ここにいることを強制しておいて、そのようなことを言われても、不愉快なだけだ」

 父親はベルンハルトを気に入っているようで、彼にどんどん絡んでいっている。しかしそれとは逆に、ベルンハルトは、父親のことを嫌っているようだ。二人は完全にすれ違ってしまっている。

「相変わらず冷たいな」
「当然だ。親しくするつもりはない」

 仕事机のすぐ横にある椅子に座っているベルンハルトは、何を言われても、顔色を変えたりはしない。常に無表情で、視界に入った者を時折鋭く睨むだけである。

 私は少し離れたソファに座り、父親とベルンハルトの様子を眺めていた。それ以外にするべきことがないからだ。

 ベルンハルトは、今のところは、大人しくしている。
 もちろん、心を開こうとはしない。が、私や父親へ何か仕掛けようとしている感じはなかった。

「そういや、ベルンハルトはどこの出身なんだ?」
「答える必要はない」
「何だそれ。そのくらい、教えてくれたっていいだろ?」

 父親が、女を口説こうとしている男に見えて、心なしか笑えた。

「そんなことを聞いて、何になる」
「何になる、か……すまん! そこまで考えてはいなかった!」
「馬鹿か」

 星王に対し平気で「馬鹿」なんて言える度胸だけは、尊敬に値すると思った。

 ……いや、正確には、尊敬できるところは度胸だけではないのだが。

「馬鹿とは何だぁ!? それは酷くないか!?」
「事実を述べたまでのことだ」
「うそーん! じゃ、俺は馬鹿星王ってことか!?」
「個人的見解ではあるがな」

 父親とベルンハルトのやり取りを聞いていると、何やらおかしな気分になってきた。

 身分としては、父親の方が圧倒的に上なはず。なのに、会話を聞いている感じでは、ベルンハルトの方が上であるかのように感じられるのだ。

 だが、取り敢えず平和な時間が訪れたことは嬉しい。

 もし願いが叶うなら——これからはこんな風に、穏やかに過ごしたい。


 それからも穏やかな時間が過ぎた。

 そして、やっと夕食の時間が訪れる。

「本日はこちらの部屋まで運び込ませます」

 シュヴァルはそう知らせに来てくれた。

 それにしても、側近がこういった類の仕事までこなしているということは、少々意外だ。彼のような側近が関わるのは、政治的な仕事なんかに関してだけなのだろうと、何となく想像していたのだが。


 夕食の時間が来ると、料理が星王の間へ運ばれてきた。
 下にコマがついていて手で押せるようになっているテーブル。その上に、料理の乗った皿が並べられている。

「よし、食べよう」

 料理が運ばれてきたことに気づき一番に声をあげたのは、父親だった。その顔つきからは、わくわくしていることが強く伝わってくる。久々に親子で食事ができることが、嬉しいのかもしれない。

「イーダと一緒の夕食! 久々だな!」
「えぇ、そうね」

 父親の高いテンションには少しついていけないが、一応無難な言葉を返しておいた。盛り上がっているところに水をさすのは、申し訳ない気がしたからである。

 すると父親は、今度は、ベルンハルトの方へと視線を向けた。

「ベルンハルトも早く来いよ。食べるぞ!」

 椅子に座っていたベルンハルトは、声をかけられてから、ゆっくりと腰を上げる。そして、私や父親がいる方へと歩みを進めてきた。

 ただ、凛々しさのある彼の顔に、何か表情が浮かぶことはない。
 黙々と歩いてきたベルンハルトは、私と父親の近くへ来ると、その足を止めた。

「あら、来てくれるの。案外優しいのね」

 私がそう言うと、彼の表情が初めて動いた。
 先ほどまでの無表情から一変、眉間にしわをよせ、不愉快極まりない、といった感じの顔つきになっている。

 今の私の発言は、そんなに嫌な思いをさせるようなものだったのだろうか……。

「優しくなど、ない」
「そう? でも、本当は嫌でしょうに、こうして一緒にいてくれているわ。それだけでも、十分優しい人だと思うわよ」

 するとベルンハルトは、その薄い唇を真一文字に結んだ。彼の瞳は相変わらず私を捉えているが、睨まれているというよりかは、凝視されているという雰囲気である。

 それからしばらく、彼はその場に立ったまま、口を開こうとしなかった。

 ——まさか、怒らせてしまった?

 そんなことが脳裏をよぎる。
 せっかく我慢していてくれているのに、不快な思いをさせてしまったら、もはや申し訳ないとしか言い様がない。

 私が一人ぐるぐると考えていた——その時。

「……貴女は苦手だ」

 ベルンハルトがぽそりと呟いた。

「え?」
「貴女はよく分からない」

 彼の瞳には、私の姿が、くっきりと映り込んでいる。それほどに澄んだ瞳をしているのに、表情は曇っているのが、とても不思議だ。

「貴女も、あの男も、よく分からない」
「あの男って……父のこと?」

 ベルンハルトは一度だけ静かに頷く。

「オルマリン人でもない僕に、なぜこんなにも関わろうとするのか。理解不能だ」
「貴方が何人でも、そんなことは関係ないわ」

 そう言ってから、私はふと、ヘレナの言葉を思い出した。

『我々は、あそこで暮らす彼らを、『人』とは呼ばないのです』

 確か彼女はそんなことを言っていたような……。

「ベルンハルト。貴方が違和感を抱いているのは、人として扱われていることに対して、なの?」

 偶然思い出したヘレナの言葉。そこから繋がったことを、ベルンハルトに尋ねてみた。

「もし違ったら……ごめんなさい。あくまで想像の域を出ないことではあるのだけれど」

 私は改めて、彼の瞳へ視線を向ける。

「……違った?」

 するとベルンハルトは、微かに目を細めながら、口をゆっくりと動かす。

「……そうかも、しれない」
「やっぱり!?」
「そういうところが苦手だ」
「え。どういうところよ」
「そういうところだ」

 いや、そういうところとだけ言われても、どういうところかまったく分からないのだが。

 そんな風に内心突っ込んでしまったことは、私だけの秘密にしておこう。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.10 )
日時: 2018/10/19 18:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b92MFW9H)

9話 ダルマグロの刺身

 久々に自室の外で食べる夕食。久々に誰かと一緒に食べる夕食。

 私にとっては、とても新鮮なものだった。

 従者の多くを失ったあの日から、私は、周りに人がいない方が良いと思って過ごしてきた。誰かを巻き込んでしまうくらいなら、一人でいる方が幸せだ。そんな風に考えて生活してきた。

 けれど、人の温もりを感じながら過ごす時間というのも、たまには必要なのかもしれない——今はそんな風に思う部分もある。

「ベルンハルト、それ食べないのか?」
「……僕には必要ない」
「ダルマグロの刺身だぞ? 食べないと損だぁ!」
「魚は受けつけない」

 父親は相変わらずだ。
 食べ物への関心が薄そうなベルンハルトに対し、何の躊躇いもなく、どんどん話しかけていっている。

 室内にいるのは、私と父親、そしてベルンハルトとシュヴァル。だが、実際食べ物を口にしているのは三人だけだ。シュヴァルは、ベルンハルトがおかしな動きをしないか見張っておく役のようである。

「貴方は魚が苦手なの?」
「あまり好みでない」
「もしかして、食べられない感じ?」

 今日の夕食には、ダルマグロの刺身があった。宝石のように赤く輝くその身は、見る者にダルマグロの新鮮さを感じさせてくれる。

 ダルマグロは、マグロにしてはあっさりしているため、個人的にはとても好みだ。

 だがベルンハルトはというと、白い皿に乗った赤いダルマグロの切り身を見て、渋柿を食べたような顔をしていた。その手が、ダルマグロの刺身へ伸びることはない。

「生の魚など食べたことがない」
「え。そうなの? そんな人もいるのね」

 そこへ父親が口を挟んでくる。

「ダルマグロは高級魚だからなぁ!」

 大きな声を出している父親は、ダルマグロの刺身を既に完食し、その隣に盛られたオルマリンイカの刺身を食べているところだ。

 彼の食べる早さは、私の想像を遥かに超えていた。
 もっとも、私が食べるのが遅いだけなのかもしれないが。

「ベルンハルト、苦手なら無理しなくていいのよ」
「だが、残すのはもったいない」

 彼は意外と真面目なのかもしれない。

「せっかく用意されたものだ。食べる」
「ふふっ。ベルンハルトって、真面目なのね」

 すると彼はこちらを睨んできた。

「馬鹿にしているのか」

 すぐにこんな険しい顔をするのは、育ってきた環境のせいだろうか。
 本人に直接聞くわけにはいかないため、真実を確かめることはできない。けれど、もしそうなのだとしたら、それはとても悲しいことだ。

「馬鹿にしてなんていないわ。普通の会話よ」

 静かにそう述べると、彼は私を睨むことを止めた。

 彼は表情のない顔に戻ると、ダルマグロの刺身へ手を伸ばす。そして、その赤い身を、手に持ったフォークで貫く。

「美味しいわよ、ダルマグロ」

 私は一応そんな声をかけておいた。

 その直後、ベルンハルトはダルマグロの刺身を口に含んだ。
 赤い宝石のような身を口へ入れると、ベルンハルトは暫し咀嚼する。その後、数十秒ほど経ってから、彼はようやく飲み込んだようだ。

「妙な触感だ」
「……美味しくなかった?」
「なぜかぐにぐにする」
「生のダルマグロはそんなものなのよ」

 今のベルンハルトは、不快そうな顔をしてはいない。ただ、奇妙なものを食べてしまった、とでも言いたげな顔つきをしている。ほどよい歯ごたえも、慣れていないと奇妙なものに感じてしまうのかもしれない。

「こんなものは食べたことがない」
「ベルンハルトの故郷では、魚は食べないのね」
「収容所には魚などいない」

 きっぱりと述べつつ、ベルンハルトはダルマグロの刺身へフォークを突き刺している。
 二切れ目に進んでいるということは、到底食べられないような美味しくなさではなかったということだろう。それが分かり、私は密かに安堵した。

「……収容所?」

 私は故郷の話をした。なのに彼は収容所と言った。これではまるで、彼が、収容所で生まれ育った人間であるかのような流れになってしまっている。妙だ。

「貴方の故郷は収容所なの?」

 だが、その問いに彼が答えることはなかった。

 きっと、オルマリン人である私なんかには、言いたくないことなのだろう。何となくそう察したため、私は、それ以上問うことはしなかった。他人が問われたくないと思っていることを問うほど、無情な人間ではない。

 こうして、私とベルンハルトの会話は一旦幕を下ろした。

 その時、それまでずっと黙っていたシュヴァルが、唐突に口を開く。

「星王様。少しばかり、席を外させていただいても構わないでしょうか」
「あぁ。好きにしてくれ」
「ありがとうございます。それでは暫し、失礼させていただきます」

 シュヴァルは軽く頭を下げると、速やかに退室していった。
 恐らく、何か急ぎの用でも思い出したのだろう。星王の側近ともなれば、やはり、それなりに忙しいみたいだ。

 今度会ったら、その時からは、「いつもお疲れ様」くらいは声をかけるようにしようと思う。


 こうして、星王の間にいるのが三人になった——そんな時だった。

「イーダ! 伏せろ!」

 父親が突然そんな言葉を叫んだ。

 だが、頭がすぐにはついていかない。何を言っているのか咄嗟に理解できるほど、私は聡明ではないのである。

 その次の瞬間。

 飲み水が入っていた私用のガラス製グラスが、悲鳴のような凄まじい音をたてて砕け散った。

「……何!?」

 あまりに急なことで、何が起こったのかまったく掴めない。
 けれど、危険が迫っていることだけは、本能で察知することができた。

 ただ、今度は逆に気が動転し、目に見えない何かがいたずらをしたのか、なんて馬鹿なことをことを考えてしまうような状態になってしまう。

「次が来る!」

 耳に飛び込んできたのは、父親の鋭い声。
 視界の端には、立ち上がるベルンハルトの姿が映る。

「ま、窓の方……?」
「イーダ! 椅子に隠れるんだぁっ!」

 日頃とはまったく違う父親の声色に、かなり危険な状況におかれているのだと理解した。

 取り敢えず隠れる。今私にできることは、それしかない。
 だから私は、すぐに椅子から立った。そして、椅子の下へと潜り込む。


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