複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.121 )
- 日時: 2019/03/04 19:31
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 50PasCpc)
118話 冷たき静寂
一歩、一歩、歩み寄ってくるシュヴァル。彼との距離が縮まるたび、私の鼓動は大きく速くなってゆく。さらに、背筋を冷たいものが駆け抜け、生物としての危機感を覚える。
「……こんなことをして、どうするつもりなの」
「どうするつもり? そんなこと、貴女にお話しする必要はありません」
シュヴァルは私へ手を伸ばそうとする。
私は咄嗟に後ろへ下がった。
幸い足はくくられていなかったので、一二歩下がるくらいのことは容易であったのだ。
「話してちょうだい!」
「おや……随分強気ですね。分かっているのですか? 今の状況を」
分かっていないわけがないじゃない。
危険な状況だってことくらい、素人の私でも分かるわ。
でも——だからこそ。
不利で危険な状況におかれているからこそ、弱音を吐いてはいられない。不安であってもそれは隠し、強気に振る舞わなくてはならないのだ。
「シュヴァル! こんなこと、もう止めて!」
「それは無理な願いです」
「貴方だって馬鹿ではないはず。分かるでしょう、こんなことを続けても何も変わらないと」
私がそう言うと、シュヴァルは大股で接近してきて私が着ている服の襟を乱暴に掴んだ。そしてそのまま、私の体を壁の近くへと移動させる。
「……っ!」
体を壁に押し付けられ、私は思わず音を漏らしてしまった。声にもならないような、微かな音を。
その次の瞬間、私は思わず喉を上下させた。
——首筋に銃口が突きつけられていたからである。
「立場を理解できないというのなら、恐怖で理解させて差し上げても良いのですよ?」
「……そんな脅しが何になるというの」
「脅し? まさか。このシュヴァル、そのような生温いことは致しません。常に本気です」
この男、本気でやりかねないから恐ろしい。
私は少しも動かず、助けを求めるようにリンディアを一瞥する。だが、ほんの一二秒で、彼女に助けを求めるのは無理だと悟った。彼女は彼女で、やや腹が出ている男に捕まえられていたからである。
もはや、自力で抜け出すか、時間稼ぎする以外の選択肢はない。
そんな風に思っていた時。
「シュヴァル様」
リンディアを捕らえている男が、唐突に口を開いた。
「何です」
「この女、もう連れていっても?」
「リンディアを、ですか」
シュヴァルは私の首筋に銃口を押し当てたまま、淡々とした調子で話している。
「はい。そろそろもう一人のあいつが帰ってきます。あいつは凄く楽しみにしていたので」
「なるほど。……ま、そろそろいいでしょう」
その返事に、男の瞳が輝く。
「ありがとうございまっす!」
「あまり騒ぎを起こさないで下さいよ」
「はい!」
急激に生き生きした顔つきになった男は、身をよじり抵抗するリンディアの体を押さえこみながら、入り口の方へと歩いていく。
「リンディア!」
我慢できず、思わず叫んだ。
でも、男の足は止まらない。
私の声など完全に無視で、どんどん歩いていってしまう。
「ちょっと、シュヴァル! あんなやつにリンディアを渡していいの!?」
男とリンディアの姿が見えなくなってから、私は、視線を再びシュヴァルへ戻す。
「良いのです。もとよりそういう約束でしたから」
「リンディアは貴方の娘じゃない! あんな男に差し出していいの!?」
「役に立たぬ者は、もはや必要ありません」
シュヴァルの口から放たれる言葉を、私は理解することができなかった。
例え仲良しではなくとも、距離は遠く離れていても、父と娘であることに変わりはないのだと……そう信じていたかった。日頃は罵り合っていたとしても、肝心な時にはお互いを大切にできるものだと、そう信じていた。
——けれども、それは幻想だったのかもしれない。
私はずっと大切にされてきた。父親に可愛がられて育ってきた。時折面倒臭くなることはあったけれど、私だって、無条件に愛してくれる父親を嫌いではなくて。
そういう関係が父娘の関係であるのだと、ずっとそう思っていた。
でも、違うのだ。
すべての父娘がそうなれるわけじゃなくて、誰もがそれを望んでいるというわけでもない。きっと、それが真実なのだろう。
「自分に従わない娘なんて要らないと、そう言うの……?」
「そういうことです」
「どうして……。貴方の血を引く彼女が惜しくないの」
「血など、どうでもいい。このシュヴァルが求めるもの、それは、我が願いの成就だけなのです」
なんて冷たいのだろう。
彼の言葉も、首筋に触れる銃口も。
そしてきっと——彼の心はもっと冷えきっているに違いない。
「こんなこと止めて。もう一度やり直して、と、そう言いたい。でもきっと……そんな言葉は貴方には届かないのね」
父親を騙し続け、私の命を執拗に狙い、役に立たなくなった者は消す。そんなやり方をしてきた彼が、許されるはずがない。許されていいはずがない。
でも、彼を消してしまっただけで、本当にすべては終わるのだろうか。
ふとそんなことを考えた。
裏切り者を、罪人を、始末するだけなら簡単だ。消してしまえばいいのなら、それはきっと容易いことで。けれど……それでは、彼のしてきたことと同じことをすることになるのではないかと、考えてしまった。
そんなことを考えているうちに、段々よく分からなくなって、私は深みにはまっていく。
出よう出ようともがいても、もう、思考という沼から自力で抜け出すことはできない。
「……ねぇ、シュヴァル。もう、戻れないの?」
十八の春を迎える前に、何も知らずにいた頃に戻れたら、どんなに幸せだろう。
「私たち、もう、穏やかだった頃には戻れないの?」
「それは無理です。なぜなら、穏やかだった頃なんてなかったからです」
「でも、平和だったじゃない! 私が最初に襲撃された、十八の春までは!」
すぐに何か言い返してくるものと思っていたが、意外にも、シュヴァルはそこで黙った。言葉を止めた。
暫し、沈黙。
無機質な部屋から、音が消える。
それから、どのくらい時間が経っただろう。シュヴァルがようやく、再び口を開いた。
「平和? 十八の春までは? ……本当に、そうでしたか」
シュヴァルはそっと耳打ちしてくる。
「お考えになったことはないのですか。例えば……貴女のお母上である、王妃様の行方なんて」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.122 )
- 日時: 2019/03/04 19:32
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 50PasCpc)
119話 あの日々という幻影
「母さん……?」
「そうです」
「一体、何の話?」
「王妃様は、貴女が幼い頃に亡くなられたのでしたよね」
シュヴァルは、唇を私の耳へ寄せ、そっと述べる。
「えぇ、確か。よく覚えてはいないけれど」
私の中には、母親の記憶がない。
日常生活においてそういった話題が出ないというのもあり、これまで、母親の存在について考えたことはなかった。それが普通だった。
けれど、よくよく考えてみれば、それはおかしなことなのかもしれない。
「……疑問に思ったことはないのですか? なぜ母親がいないのだろう、と」
「私が幼い頃に亡くなったと聞いているもの。敢えて『なぜ』とは思わないわ」
シュヴァルの手に握られている拳銃の口は、まだ、私の首筋にひんやりした感触を与え続けている。
彼が引き金を引けば、私の命は——そういう意味では、私の命は今、彼の手の中にあると言えよう。
「それはそれは。実に幸福なことですね。……親の仇が目の前にいるとも知らず」
「シュヴァル……もしかして、貴方が?」
これまで心を隠し続けてきた彼が、自らの罪をこんなにもあっさりとばらしたりするものだろうか?
いや、それはあり得ない。
普通起こり得ないようなことだ。
しかし、もし彼が勝ち誇ってかなり油断しているとしたら……うっかりばらしてしまうということも、考えられないことはない。
「そうです」
「……っ!」
シュヴァルが機械的な声で発した言葉に、私は、思わず短い音を発してしまった。
動揺しているのもあり、緊張しているのもあって、まともな言葉にはならなかった。今の私には、まともな言葉を発するような余裕はなかったのである。
「そして、次は貴女」
背中に軽い膝蹴りを入れられた。
そのせいで、背の中央辺りに鈍い痛みが広がる。
「イーダ王女。次は貴女に、消えていただきます」
シュヴァルの声は冷たい。
氷のような、金属のような、そんな声色だ。
「……本気、なのね」
「それはもちろん。このシュヴァル、冗談でこんなことをするほど馬鹿ではありません」
そうだろうと思った。
が、本音を言うなら、「冗談でしたー」と笑って言ってほしかった。
そうすれば、今起こっていることのすべてが、一つのほろ苦い経験で済むから。
「貴女が大人しくしていれば、今すぐここで殺すようなことはしません。餌としての利用価値は十分にあるからです」
「利用価値がある、ですって? よく言うわ!」
可愛がってくれとは言わない。大事に守ってくれとも言わない。けれど、「利用価値がある」なんて言い方をされるのは気に食わなかった。物のように扱われるのは不愉快だ。
「私が相手だから、簡単に勝てる気でいるのね。分からないではないわ、私は弱いもの」
弱虫な私だって、時に怒りはする。
「でもね! 思い上がっているシュヴァルなんかに、そう易々と屈する気はないわよ!」
はっきり言ってやった。
するとシュヴァルは、首筋に当てていた銃口をこめかみまで移動させる。
冷たい感触が皮膚上を動く。
その感覚は、なかなか不気味なものだった。
「あまり生意気な口を利くなよ、イーダ・オルマリン……!」
シュヴァルが私に向ける視線が変わった。
「生意気な口、ですって? それはこちらのセリフよ!」
「調子に乗るなよ! 女の分際で……!」
彼が拳銃を握る手に力を加えたのが、視界の端に入る。
——今撃たれたらまずい。
それが本心だ。
怪我は何度かしたが、こめかみを撃たれた経験はない。だから、頭部を撃たれた時どうなってしまうかは分からない。が、とんでもないことになることは確かだろう。
今この場所で動けなくなったりしたら、致命的だ。
それだけは避けたいところである。
「あまり苛立たせないで下さいよ!」
シュヴァルの指が、微かに動く。
——撃たれる。
そう思った瞬間、脳内に映像が流れ込んできた。
それは、従者との穏やかな日々。
ベルンハルトとの運命的な出会いから始まって——ヘレナの葬儀にリンディアと参加したり、最初は敵として出会ったアスターが仲間になったり、みんな揃って視察に行ったり。
望んで始まった関係ではなかったけれど。
でもそれが、いつしか幸福となり、そして当たり前へと姿を変えて。
……ごめんなさい。
私はもう、ここで終わるかもしれない。
でも、これだけは言わせて。
私は後悔はしていないわ。オルマリンの王女であれたことを、今は誇りに思っているの。
——ありがとう。
こめかみの近くで、何か火花のようなものが散るのが見えた。
きっと、シュヴァルの拳銃から放たれたものなのだろう。
でも、痛みはなかった。
死ぬ時って、案外痛くないのね。
薄れてゆく、意識が。
消えてゆく、すべてが。
何もかも……。
……………………。
闇の中、目を覚ます。
瞼を持ち上げる。でも、ぼやけてしか見えない。
頬に感じるのは、微かな風。
その正体は分からない。
分からないけれど——どこか優しげだ。
「……ょ」
声が耳に入る。
少し掠れた、乱雑な声。
どことなく懐かしい。故郷に帰ったみたいな気分。
「……じょ!」
徐々に近づいてくる。大きくなってゆく。けれど、言葉をきちんと聞き取ることは難しかった。前の方が特に聞き取りにくい。
「……なに?」
唇を動かす。
呼び掛けてくれている者に、意識があると伝えたかったから。
「……だれ?」
意識がぼんやりしているせいか、視界もぼやけてしまっている。だから、黒い影が見えはするけれど、それが誰かまでは分からないのだ。
「……おねがい、もういちどいって?」
この言葉は、ちゃんと届いているだろうか? 私の名を呼ぶ誰かに、聞こえているだろうか?
そこは少し心配だ。
でも、きっと大丈夫。
呼び掛けてくれるような優しい人なら、私の声にも気づいてくれるはず。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.123 )
- 日時: 2019/03/04 19:33
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 50PasCpc)
120話 王女という言葉に
「……王女!」
ようやく少し聞き取れたその「王女」という言葉に、私は、急激に目を覚ました。
なぜなら、私を「王女」と付けて呼ぶのはベルンハルトだけだから。
何がどうなってこうなったかのかは分からない。ただ、ベルンハルトの顔を思い出すたびに、明るいものが込み上げてきた。
彼が私を呼んでくれている。
手を取って、早く返事をしなくては——!
その時、視界が晴れた。
目に映るのは、灰色をした無機質な天井と——ベルンハルトではなく、アスター。
「……アスター、さん?」
セットされた白髪。
それは確かに、アスターのものだった。
私の記憶にあるアスターの姿とは、服装が異なっている。けれど、頭部を見れば、彼がアスターであることは明らかである。
「おぉ。目が覚めたようだね」
「……どう、して?」
声は確かに、私を「王女」と呼んでいた。私の周りにいる人で、私を呼ぶ時「王女」と付けるのはベルンハルトだけだ。だから、私を呼んでくれているのはベルンハルトだと思い、それを疑わなかった。
けれど、アスターだった。
ベルンハルトではなかったのだ。
「どうして……貴方が」
拍子抜けだ。
もちろん、嬉しいことは嬉しいけれど。
「ベルンハルトくんだと勘違いさせてしまったなら、すまなかったね。私が『イーダ王女』と呼んだのは、わざとなのだよ」
……やはり、そうだったのね。
騙されたことに対して腹はまったく立たない、と言うと嘘になるだろう。ベルンハルトが来てくれたと思い喜んだ瞬間を返してくれ、と言いたいくらいだ。
しかし、アスターを恨む気はない。
むしろ感謝している。
彼が来てくれたから、私は今こうして生きているのだ。感謝しないわけがない。
「また嘘をついてしまったが……まぁそこは許してくれたまえ」
「……えぇ」
「もちろん、タダで許せとは言わないよ。綿菓子でも林檎飴でも、後で好きなものをプレゼントするとも」
プレゼントの例のチョイスが謎。
「で、イーダくん。座れるかな?」
「えぇ……」
私はゆっくりと上半身を起こした。
特に痛みはない。
数秒して拳銃のことを思い出し、こめかみに手を当てる。
特に何もついていないようだ。
「私、確か……拳銃で撃たれかけて……」
撃たれたはずなのに傷一つないこめかみを、不思議に思いながら触っていると、アスターは軽やかに笑った。
「ははは。大丈夫だよ」
「え」
「私の狙撃が、何とか間に合ったからね」
その言葉を聞き、ハッとする。
気を失う直前に火花が散るのを見た記憶が、今になって、鮮明に蘇ってきたのだ。
「じゃあ、あの火花も……アスターさんの狙撃?」
「火花?」
「見えたの、気を失う直前に。私はシュヴァルが拳銃を撃った時に出たのだと思っていたのだけど……」
するとアスターは、目を大きく開く。
「なるほど! そういう火花なら、狙撃によるものだろうね」
「良かった……って、違った!」
シュヴァルは? シュヴァルはどうなったのよ!?
すっかり忘れてしまっていたけれど、一番重要なのはそこだ。
「アスターさん、シュヴァルはっ!?」
「眠っているよ」
「へ?」
意外な答えに、私はつい情けない声を漏らしてしまった。
「そこを見たまえ」
アスターが示した方へ、視線を向ける。
そして驚いた。
なぜなら、シュヴァルが床に仰向けに横たわっていたから。
「まさか……アスターさんが殺したの」
「えっ、ないない! 殺したりはしていないよ!」
「……本当に?」
「もちろん! 薬品を撃ち込んだだけだとも! 少しすれば目を覚ますよ。もっとも、できれば数日は目覚めないでもらえる方がありがたいのだがね」
何その発言、ちょっと怖い。
「さて、今のうちに脱出するとするかな」
「待って。リンディアが……」
「分かっている」
いつもは軽やかさのあるアスターの声だが、その時だけは硬く重苦しかった。
「だが、君を連れ出すのが先なのだよ」
アスターはきっと、リンディアのことが心配でならないのだろう。そんな中でも、彼は私を優先してくれた。
それは多分、仕事だから。
本当は、彼の心は、リンディアを助けたいと願っているに違いない。
「……ごめんなさい」
私は思わず謝った。
彼の心を少しも考えず、軽い気持ちで余計なことを言ってしまったから。
しかし、アスターはというと、私の謝罪に戸惑った顔をした。
「ん? どうしたのかね、いきなり」
「私、アスターさんの気持ちも考えず余計なことを言ってしまったから、申し訳ないなと思って」
敢えて説明するというのも複雑な気分ではあるが、やむを得ない状況なので、簡単に説明しておいた。
するとアスターは、大型の銃を片手に立ち上がる。
「なに、気にすることはないよ」
そう言って、銃を持っているのとは違う方の手を、私へ差し出してくれた。
なぜだろう。ベルンハルトが手を差し出してくれた時と違って、まったくときめかない。胸の鼓動が速まることさえない。
ただ、落ち着きはする。
それは、アスターに包容力があるからかもしれない。
「ありがとう、アスターさん」
私は彼の手を掴み、十秒ほどかかって立ち上がった。
立つだけに十秒も、と驚かれそうな気もする。しかし、アスターの支えがなければ、もっとかかってしまっていたことだろう。
ようやく立ち上がった時、ふと髪に風を感じて、振り返る。
部屋に唯一あった窓が、割れていた。私が感じた風は、どうやら、そこから吹き込んでいるようだ。
……あそこから狙撃したのかしら。
私は密かに、そんな風に考えたりした。
「歩けるかね? イーダくん」
「えぇ」
「よし。では行こ——」
アスターが言いかけた、ちょうどその時。
入り口部分が開いた。
そこから現れたのは、二人の男。
そう、私とリンディアをここへ連れてきた、やや腹が出ている男とユニコーン頭の男だ。
「侵入者は覚悟しろよ!」
「行かせないっぷ!」
やや腹の出た三十代くらいと思われる男は、太くてごつい斧を。ユニコーン頭の男は、手のひらで包み込める程度の細さの金属製棒を。それぞれ持っている。
暴力に訴える気か、二人は。
「……やれやれ。面倒臭いね」
アスターはそう呟くと、大型の銃を男たちへ向ける。
「大丈夫なんですか? アスターさん」
「何かね、その質問は」
「だってほら、アスターさん、まだ病み上がりでしょう?」
すると彼は、口角をくいっと持ち上げた。
「なるほど。その心配なら不要だよ。なぜなら……」
アスターの瞳に鋭い光が宿るのが分かった。
「やる気になれば、体調なんて関係ないからね」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.124 )
- 日時: 2019/03/05 04:52
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zT2VMAiJ)
121話 眠らせる初老
斧やら金属製棒やらを持った男たちを前にしても、アスターはまったく動揺していない。冷静そのものだった。
「覚悟しろーっぷ!」
ユニコーン頭が叫ぶ。
その叫びとほぼ同時に、やや腹が出ている方の男が斧を持って突撃してきた。
アスターは怯まず前へ出る。
「イーダくんは下がっていてくれるかな」
「えぇ」
「助かるよ」
彼は片手に持っていた大型の銃を持ち上げ、斧を手に駆け寄ってきている男へと、その先端を向ける。
アスターは撃つ気なのだろう。
男は斧を振り上げる。
その大きな刃が振り下ろされる直前、アスターは引き金を引いた。
「あっ!」
この場の雰囲気に似合わない斧を持っていた男は、アスターの銃から放たれた弾丸によって肩に傷を負う。
「くっ……」
直撃ではなかったが、男は怯んで、後ろへ一二歩下がった。
「アスターさん、これでいいの? 掠っただけよ?」
失敗したのでは、と不安になり、尋ねてみた。
しかし当のアスターはというと、かなり淡々としている。冷静さを失ってはいない。
「良いのだよ、これで」
「そうなの?」
するとアスターは、頭を掻く動作をする。
「いやー本当に信頼がないね、私は」
「待って、アスターさん。べつに疑っているわけじゃないわ」
「……光栄だ」
時折冗談めかしつつも、落ち着き払っているアスター。
その後ろ姿に、私は思わず見惚れてしまった。
背を見つめる。ただそれだけのことなのに、彼が生きてきた道が、彼が背負っている物が、より一層鮮明に感じられるようになった——そんな気がする。
と、その時。
「アスターさん! 来ているわ!」
金属製の棒をいかにも素人らしく握っているユニコーン頭の男が、アスターに向かって走ってきていた。
回り込むようにして横から走ってきているところから察するに、ユニコーン頭は腹が出ている方の男よりかは頭を使っているようだ。
しかし、アスターは慌てない。
瞳を微かに揺らすことさえせず、ただ、大型の銃を構える。
これが多分、彼の、仕事中の姿なのだろう。
そう思いはするのだが、いまだに不思議な感覚だ。
私は、日頃のマイペースで呑気なアスターを、アスターの本当の姿なのだと思っていた。そのため、このような真剣な眼差しの彼を見ていると、非常に不思議な感じがするのである。
タァン!
室内に乾いた音が響く。
「痛いっぷ!」
ユニコーン頭の男は叫んだ。
どうやら、アスターが放った弾丸が男の脇腹に当たったようである。
男は「痛い」と言っている。が、派手な出血はない。そこから察するに、弾丸が突き刺さることはなかったようだ。掠った程度だったのだろう。
「何するんっぷ! 痛かったっぷ!」
腹が出ている方の男とは違い、ユニコーン頭は足を止めなかった。
金属製の棒を手に、まだ接近してくる。
「おや、まだ動けるのかね」
「舐めるなよーっぷ!」
ユニコーン頭はアスターに向かって、棒を派手にスイング。アスターはそれを、銃によって軽やかに防御した。
「防がれたっぷ!?」
「乱暴は止めていただきたいのだがね」
金属製の棒を思いきりスイングしたユニコーン頭は、軽く防がれてしまったことにショックを受けているようだった。
けれど、彼は諦めない。
もう一度やってやる! とばかりに、棒を握り直す。
「次は仕留めるっぷ!」
そんなことを恥ずかしげもなく言っている時点で、少なくとも強い方ではなさそうだ。ただ、今の彼はやる気に満ちている。やる気に満ちている者は奇跡を起こす可能性もあるため、油断はできない。
「では、その前に」
タァン!
再び、乾いた音が空気を揺らした。
アスターが銃の引き金を引いたのだ。
「……っぷ!」
今度は、ユニコーン頭の男の脇腹に、弾丸が刺さった。
撃たれた男は思わず脱力し、握っていた金属製の棒を落とす。棒は、固い音をたてながら、床に落下。その後、男の体も床へと崩れ落ちた。
「ぷ……っぷ……ぷっぷっ……」
床に倒れた後も、男は何か言っていた。どうも、絶命してはいないようである。そのことに気づき、私は内心安堵した。
「ひ、人に銃を向けるとは! 卑怯か!」
その時になって急に叫んだのは、やや腹が出ている方の男だ。
「卑怯者! 悪魔!」
男の足は微かに震えていた。
彼は、アスターの躊躇いのない銃撃に、怯えているようにも見える。
「そんなことは自覚しているとも」
「うっ……」
「それに、こんなか弱い娘を連れ去るというのも、それはそれで卑怯者だと思うのだがね」
アスターが放つ声は、静かだ。驚くくらい静かな声である。
「う、うるさい!」
腹が出た男は、品なく喚く。
「罪なき者に牙を剥く、アンタの方が悪質だ!」
「……それもそうだね」
アスターは片側の口角を微かに持ち上げる。
「ただ、感謝してもらいたいものだね。実弾は使わないでおいているのだから」
「何だとォ!? ……って、あれ……?」
それまでは威勢よく騒いでいた男だったが、みるみるうちに急に声が小さくなっていく。それに加え、目つきも徐々に力なくなってきている。
「お、おいっ……何を……」
「安心したまえ、死にやしないとも。ちょっぴり眠ってもらうだけのことだよ」
「う……嘘だぁっ……」
やや腹が出ている男は、膝をカクンと折る。その時には、表情はなくなってきつつあった。彼はそのまま、床に倒れ込む。
一体何が起きたのだろう。
今この瞬間、目の前で起こったことを、私は理解することができなかった。何がどうなったのか、私の脳では理解不能である。
「何がどうなったの? アスターさん」
「先ほどの弾丸、麻酔弾だったのだよ」
「麻酔!?」
「まぁ、その……あまり深く突っ込まないでくれたまえ」
なかなか謎な部分が多い。
が、男たちを取り敢えず退けることができて良かった。
これなら何とかなりそうだ。
「今のうちに行こう」
「えぇ」
連れていかれたリンディアのことが気がかりだ。だが今は、そんなことを言っていられるほど余裕のある状況ではない。
私はアスターに連れられ、部屋から出ようとした——のだが。
「帰らせません」
入り口を通って外へ出ようとした瞬間、一人の女性が現れた。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.125 )
- 日時: 2019/03/05 18:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 62e0Birk)
122話 ミスト
私たちの前に現れたのは、灰色がかった水色の髪をした女性——ミスト。
私は、彼女がこの場にいるという現実を、すぐには信じられなかった。というのも、彼女はラナと共に捕らわれているはずだったのである。
にもかかわらず、今彼女は目の前にいる。つまり、解放されたということだ。
私にはそれが、どうしても信じられなかった。
「……何をしに来たのかね?」
アスターは眉をひそめる。
またしても現れた敵に攻撃されないよう、私はさりげなく彼の後ろへと隠れた。
「生き延びたと聞いて驚きました、アスター・ヴァレンタイン。あれだけ刺せば……まともに復活はできまいと思っていたのですが」
淡々と述べる彼女の手には、ステッキが握られている。
以前顔を合わせた時、彼女は確か、クナイを持っていたような気がする。しかし、今の彼女が持っているのはステッキのみだ。
「はは。予想が外れて残念だったね」
「……そう簡単にはいきませんか」
「そうそう! そういうことだよ!」
ミストは真剣な顔。アスターのことをじっとりと睨んでいる。一方アスターはというと、夏の空のように明るさのある笑みを浮かべている。ミストの陰湿な表情とは真逆で、爽やかさのある顔つきだ。
「で、何か用かね」
「シュヴァルさんより、王女及びその従者の殺害を命じられています」
アスターは目を細め、銃を持っているのとは逆の手で頭を掻く。
「やれやれ、面倒臭いね」
それから彼は、はぁ、と、わざとらしい溜め息を漏らした。ミストを刺激しようとしているかのような、大袈裟な溜め息のつき方である。
そんな嫌みな態度を取るアスターへ、ミストはステッキを向けた。
ミストの顔面には何一つとして変化は起こっていない。ただ、ステッキを握る手に微かに力を加えたところから察するに、今のミストは平常心ではないのだろう。怒鳴り散らしたり暴れまわったりとまではいかずとも、多少苛ついていることは確かと考えて間違いないはずだ。
「言いたいことがあるような顔だね? 君は。私に話したいことは、何かな?」
無言でステッキの先を向けてくるミストに対し、アスターはそんなことを発した。
言葉自体は特に何でもないようなものだ。しかし、その声色は、少々嫌み混じりなものである。
「付き合って下さい、なら、丁重にお断りするがね?」
「……馬鹿なことを言わないで下さい」
その時になって、ミストの表情が初めて揺らいだ。
——不快の色に。
「品のないジョークは嫌いです。もはや、不快を通り越して、最低です」
「最低? いやはや、酷い言われようだ」
「自覚があるなら、改善していただきたいもので——」
ミストが言い終えないうちだった。
入り口の向こう側から、バタバタと足音が聞こえてきた。
またしても敵が!? と焦り、冷や汗が背を伝う。
こちらはアスターしかいない。しかも、この前怪我したばかりの、まだ完全でない状態のアスターだ。これ以上敵が増えたりしたら、さすがに危険だろう。
一人そんなことを考えていると、入り口が急に開く。
「イーダ王女!」
聞こえてきたのは、青年の声。よく聞いたことのある——ベルンハルトの声だった。
「ベルンハルト!?」
思わず叫ぶ。
直後、入り口から一人の青年が入ってきた。
黒に近い色をした髪。素早い動き。そして、凛々しい顔立ち。
「ベルンハルト!」
やはりそうだ!
彼はベルンハルト。間違いない、彼だ!
「……イーダ王女!」
「来てくれたのね!」
私の存在に気づいた彼は、すぐにこちらへ駆け寄ってこようとした——が、ミストの姿を目にし、ナイフを構える。
彼が私やアスターのところへ来るには、ミストという高い壁を越えなくてはならないのだ。
「またしても仲間ですか。鬱陶しいですね」
「邪魔者は退け」
ベルンハルトは一切の躊躇いなく、ミストに向かっていく。
今の彼は、これまでのいつよりも積極的に、攻撃に出ていた。
「ふっ!」
腕ごと振る動作と握ったまま突く動作を巧みに織り交ぜ、攪乱しつつ攻めてゆくベルンハルト。対するミストは、ナイフによる攻撃をステッキで弾いたり受け流したりして、何とか凌いでいる。
けれど、ベルンハルトが圧倒している。
ミストも弱いことはないのだろうが、今はベルンハルトが有利な状態だ。
「……くっ」
「通してくれ」
激しい攻防の果て、隙を作ってしまったミストはベルンハルトに回し蹴りを入れられる。
「……っ!」
一度の回し蹴りくらいでは、大きなダメージを与えることはできなかったようだ。ミストは、上体を下げることさえなかった。
ただ、動きは止まった。
その隙にベルンハルトは、私たちの方へと駆けてくる。
「ベルンハルト!」
「無事か、イーダ王女」
「えぇ」
再会することに成功した私とベルンハルトは、勢いに乗って、つい手を取り合ってしまった。
こんなことをする関係ではないのに……。
しかしベルンハルトは、まったく何も意識してはいないようで、すぐに、私の横のアスターへと視線を移した。
「ところでアスター。お前はいつからここにいた」
「いつから? ……うーむ、それは難しい質問だね。なんせ、ここには時計がない。だから、私がここへ来てからどのくらい時間が経ったのかなんて、分からないよ」
アスターはわりとよく喋る。
「あのまま直接ここへ来たのか?」
「んー……少し違うかな」
「違うのか」
「糖分を摂取してから、まずは狙撃。そして、ここへ来たのだよ」
アスターが楽しげに話す間、ベルンハルトはずっと怪訝な顔をしていた。
「だがまぁ、安心してくれたまえ。イーダくんに傷はないよ」
「そうだな……それは助かった」
ベルンハルトは珍しく、あっさりと話を終わらせる。そしてすぐにミストへ視線を向けた。突き刺すような、鋭い視線を。
「ここからは僕がやる。アスターは帰れ」
「帰れ!? それは酷くないかね!?」
「酷い、だと? 意味不明だな。まだ本調子でないことを考慮して言ったのだが」
「な、なるほど。確かに、それなら酷くはないね。勘違いしてすまない」
そんな風にアスターと言葉を交わしつつも、ベルンハルトはミストを睨み続けている。
「そんな憎しみのこもった目で見られるのは久々です」
「……お前は拘束されていたはず。なぜまたしても出てきた」
「シュヴァルさんのお力です。感謝せねばなりませんね」
ベルンハルトはまだミストを睨んでいる。
「やはりな。……もはや完全に倒すしかないということか」
低い声で呟くベルンハルト。彼は、倒すべき敵である目の前のミストを睨み続けている。その眼差しは鋭く、まるで剣の先のようだ。
戦いが始まるかと思われた——刹那。
「倒されるのはそちらですよ」
背後から声が聞こえ、振り返る。
そこには、意識を取り戻したシュヴァルの姿があった。
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