複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.11 )
日時: 2018/10/20 19:25
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: A4fkHVpn)

10話 僕一人に戦わせるつもりか

 食器が割れる甲高い音は、誰かがあげた悲鳴であるかのように、空気を揺らす。

 私は恐怖の泉に突き落とされながらも、声を発することなく、椅子の陰に隠れていた。

 ここは星王の間だ。扉の向こう側には警備の者がいるはずである。いくら扉の向こう側にいるとしても、これだけの音が響いていれば異変に気づくはず。

 ……なのに。

 誰一人として助けに来てくれない。それは一体なぜなのか。

「ここには警備の者はいないのか」
「いや! 扉の向こうにいる!」

 椅子の陰に隠れつつ耳をすますと、ベルンハルトと父親が話している声が聞こえた。やはりベルンハルトも、この状況で誰も来ないことに違和感を持っているようだ。

「なぜ駆けつけない……っ」
「ベルンハルト! 大丈夫かぁ!?」

 父親が声を大きくする。
 ベルンハルトに何かあったのだろうか。少し心配だ。

「問題ない、軽傷だ」
「ならいいが……って、うわっ!」

 直後、足音が聞こえてきた。一人二人ではない足音だ。大体五人分くらいだろうか。

 ——やっと助けにきてくれた!

 私は最初そう思った。
 が、その嬉しさは、一瞬にして恐怖に変わる。

「窓から入ってくるとは何事だぁっ!?」

 父親がそう叫ぶのを、耳にしてしまったからだ。

 彼の言葉を聞けば、やって来たのが味方でないことは明らか。警備の者が窓から入ってくるはずがないのだから。

 足音が近づいてくる。

 様子を窺おうと、椅子の隙間からほんの少しだけ顔を出すと、こちらへ進んでくる男の姿が見えた。
 部屋へ入ってきているのは一人ではないのだろうが、私の方へ近づいてきているのは一人だけだ。

 どうする? どうればいい?

 私は頭を巡らせる。
 元々さほど聡明ではないが、取り敢えず考え続けた。

「おぉっ! 王女隠れてんじゃねーか!」

 私の存在は既にばれてしまっているようだ。となると、ここから引きずり出されるのも、時間の問題だろう。このまま隠れている、なんて選択肢は、もはや選べない。

「イーダ! 気をつけろぉっ!」

 馬鹿みたいに叫ぶ父親の声が聞こえた。

「引っ張り出してやんぜぇ!」

 男が椅子に顔を近づけてきた——その瞬間を狙い、椅子を一気に押す。

「ぐべっ!」

 椅子は男の顔面に直撃。
 顔面を強打した男は、情けない声を出した後、その岩のような鼻を押さえていた。

「何すんでぇい!」
「……ごめんなさい」

 一応謝罪して、椅子の陰から出る。男のいない方を通り、父親に合流した。

「イーダ! 無事か!」
「えぇ、何とか」
「あいつら、銃を持っているからな。イーダも気をつけないと駄目だぞ」

 そう話す父親の手には、拳銃が握られていた。

 父親が持っている拳銃は、使い込まれた感じがまったくない拳銃だ。星王が銃撃戦をする機会など滅多にない、ということが伝わってくる。

「ベルンハルトは?」
「彼は戦ってくれている」
「そうなの?」

 ここまで移動する間、周囲を見る余裕などほとんどなかった。それゆえ、ベルンハルトを見つけることはできなかったのだが、どうやら戦ってくれているようだ。

 テーブルの隙間から、音のする方へ視線を向ける。
 すると、一人の男を投げ飛ばし銃を奪うベルンハルトの姿が見えた。

「父さんが頼んだの?」
「そうだ。イーダの身に何かあったら、堪らないからな」

 そう言ってから、父親は私の体をぎゅっと抱く。

「何度も怖い目に遭わせて、ごめんな」

 温もりが全身を包み込む。いつまでもこうしていたいと思うような、そんな温もりだ。
 けれども、温かさを感じるほどに辛くなる自分がいた。この温もりを失う日を想像して、胸が痛くなるのである。

「気にしないで。父さんは悪くないわ」
「イーダ、優しいな! 誇らしい娘だ!」
「だ、抱き締めるのは止めてっ」

 こんなことをしている場合ではない。それは分かっているにもかかわらず、私と父親は、なぜか揉み合いになる。

 だが、ベルンハルトが一旦下がってきたことで、私たちの揉み合いは収まった。

「親子揃って何をしている」

 男から奪い取った銃を胸元に構えているベルンハルトは、私たちを一瞥した後、呆れたように呟く。これはもう、完全に馬鹿だと思われてしまったかもしれない。

「僕一人に戦わせるつもりか」

 ベルンハルトは不満げだ。

「念のため言っておくが、僕一人で勝てる保証はない」
「何ぃ!? そうなのかぁっ!?」

 父親は驚いた顔をする。
 どうやら、彼にはその発想はなかったようだ。

「警備の者を呼んできた方がいい」

 ベルンハルトは胸元に抱えた銃の引き金を引く。すると、ダダダ、と凄まじい音が響いた。硝煙の香りが漂ってくる。

「僕一人でできることには、限りがある」
「なら、加勢するぞ!」

 父親はそう返すと、拳銃を手に、腰を上げる。

「……できるのか?」
「当然だ! これでもオルマリンの星王だからな!」
「そうか」

 ベルンハルトと父親はそれぞれ武器を構え、侵入者の男たちへと弾丸を放つ。発砲の音にまぎれて、男たちの声も聞こえてくる。

 私の位置から状況をはっきり掴むことはできない。
 だが、男の悲鳴が聞こえてくるところから察するに、一人か二人は倒せているものと思われる。

 けれど、数では負けている。

 ベルンハルトとあまり強くない父親の二人だけで、侵入者全員を倒しきれるかといったら、それは分からない。

 私も力にならなければ。
 そう思い立ち、扉へと駆けた。

 扉の外へ行けば警備の者がいるはずだ。そこでこの状況を伝えれば、彼らはきっと助けに来てくれるーーそう思ったからである。

「イーダ!?」
「人を呼んでくるわ!」

 父親にそう返し、扉のロックを解除する。解除作業は思ったよりスムーズにできた。

 扉を開け、部屋の外へ出かけた——その時。

「イーダ! 危ないっ!」
「……え」
「避けるんだっ!!」

 父親の緊迫した言葉が耳に入ったのとほぼ同時に、私の首もとを銃弾が通過していく。

 ぎりぎり当たりはしなかったものの、髪が切れ、ひと房はらりと地面へ落ちた。その銃弾は、最後、扉に突き刺さった。

 ダメージはない。けれど、初めて体験したかなり危機的な状況に、私は体を動かせなくなってしまった。今や、恐怖に全身を支配されてしまっている。

「イーダ! すぐに行くからなぁっ!!」

 父親はこちらへ駆けてくる。

 ——その右肩を、銃弾が貫いた。

「父さんっ!」
「く……はっ……」

 赤いものが視界を舞う。
 まるで、花びらが儚く散ってゆくかのように。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.12 )
日時: 2018/10/21 12:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbPm4Szp)

11話 待ち望むは、救世主

 目の前で父親が撃たれる光景を見る日が来るなんて、思いもしなかった。

 いつも笑っていて、明るくて、騒がしくて。本当に鬱陶しい人。
 けれど、正直に言うなら、その優しさは嫌いではなかった。

 そんな彼を失うかもしれないと思った時、これまでの記憶が、脳裏に鮮明に蘇る。

 それは、大切な人を失う記憶。
 当たり前に存在していたものを奪われる、恐怖に塗り潰された悪夢。

「父さん!」

 私は無意識に駆け寄っていた。
 右肩を撃ち抜かれた衝撃で床に倒れ込んだ、父親のもとへ。

「大丈夫!?」
「……も、もちろ、ん」

 父親はそんなことを言いながら、笑みを浮かべようとする。けれど、その顔は引きつって、まともに動いていない。

 助けを求められないものかとベルンハルトの方へ視線を向けたが、彼はまだ交戦中。到底呼べるような状態ではない。なので、ベルンハルトに助けを求めるという選択肢は消滅した。

「し、死なないで。お願いよ」
「星王だから、なぁ……こんなくらいでくたばってちゃ、いけないだろぉ……」

 撃たれたのが肩であったことが、唯一の救いだ。
 もし少しでもずれて背中に命中していたら、即死した可能性だってある。いや、それならまだしも、出血多量によって、赤に染まりながら死んでいくことになっていた可能性だってゼロではない。

「だが、これは少し……まずいなぁ……」
「父さん?」
「ベルンハルトに任せっきりになってしまうしなぁ……」
「そんなことはいいわ。そんなことよりも、父さんの命の方が重要よ」

 すると父親は、倒れ込んだ体勢のまま、首をゆっくりと左右に動かす。

「イーダ……それは違う……」
「え?」
「一対多になったらなぁ……今度は、ベルンハルトが、こんな風になるかもしれな……」
「言わないで!」

 私は思わず遮った。

 言われたら、聞いてしまったら、最悪を想像してしまう。また私のために命が失われるという最悪を、考えてしまう。

「お願い! それ以上、言わないで!」

 らしくなく、鋭く叫んでしまった。
 そんな私に対し父親は、そっと片手を伸ばし、私の頬を触る。

「……分かっている、から」

 父親の瞳は私をじっと見つめていた。
 温かみのある視線だ。これが、親が子を見る目、というものなのだろうか。

「イーダは……外へ逃げるんだぁ……ここにいたら巻き込まれる……」
「でも、父さんやベルンハルトを残して逃げるなんてできないわ」
「いいから……この部屋から出ていってくれ……」
「無理よ。そんなこと、できるわけがない」

 怪我して倒れている父親。嫌なのに戦ってくれている人。彼らを放って逃げ出すなんて、私にはできない。できるわけがない。

 そんなことをして私だけが生き延びたって、その先には何の喜びも存在しないではないか。

「イーダはなぁ、この星の……オルマリンの未来なんだ……だから、こんなところで死ぬなんてぇ……許されたことじゃない……」

 自分は死んでもいい、とでも言いたげだ。
 まるですべてを諦めたかのような言い方は、気に食わない。

「それを言うなら、父さんだってそうじゃない! 父さんが今いなくなったら、この星を誰がどうやって治めるのよ!」
「……イーダが、いるだろ」
「な……何なの。止めてよ、そんな言い方」
「可愛いイーダなら……星一つくらい、ちゃんと治めて……いける」

 父親の言葉は、まるで自身の死を悟っているかのような、穏やかなものだった。

 けれども、いきなりそんなことを言われても、「これからは私に任せて!」なんて返せるわけがない。私はまだ王女にすぎないのだから。私にこの星を治めてゆくほどの能力が備わっていないことは、誰だって知っているだろう。


 けど……もしかしたら、本当に駄目なのかもしれない。
 そんな風に諦めかけた、ちょうどその時だった。

「何の騒ぎですか」

 先ほど私がロックを解除した扉から、シュヴァルが姿を現したのだ。

「シュヴァル、戻って参りました」

 彼は、襲撃が始まる直前に部屋から出ていっていた。しかし、この素晴らしいタイミングで帰ってきてくれた。今だけは、彼が救世主に思える。いつもと変わらない格好にもかかわらず、輝いて見える。

「シュヴァル! 助けてちょうだい!」

 私は彼にそう訴えた。

 彼のことは、個人的には、あまり好ましく思っていなかった。どうも仲良くなれそうな気がしなかったのである。

 だが、この状況下においては、個人的な好き嫌いなど無関係。
 どんな相手にでも助けを求めたい——今の私の心は、そう叫んでいる。

「またしても襲撃ですか?」
「そうよ! それで、父さんが撃たれたの!」

 シュヴァルは私へ視線を向けたままコクリと頷くと、声は発さずに、片手をすっと掲げた。すると、彼の背後から警備の者が二三名現れ、入室してくる。

「捕らえなさい」

 警備の者に命じるシュヴァル。
 その姿は、私が今まで目にしたどんな彼よりも、凛々しく勇ましく、かっこよかった。

 星王の間へと入ってきた警備の者たちは、透明な素材で作られた薄い盾を持ち、侵入者の男たちがいる方向へ突き進んでいく。その足取りは、さすが警備の職に就いているだけある、と思えるほどに安定している。

「星王様。すぐに救護班を呼びますので、もう少し辛抱なさって下さい」

 その後、シュヴァルは床にしゃがみ込み、倒れている父親へ声をかけた。だが、その時には既に、父親は意識を失っていたため、返事はなかった。

「王女様の方は、お怪我は?」
「私は無傷よ」
「それは何より。では、負傷者は星王様のみですね」

 シュヴァルがそう確認した時、私はふと、少し前の会話を思い出した。

「待って。ベルンハルトもよ。多分、ベルンハルトも怪我しているわ」

 するとシュヴァルは、まったく感情のこもっていない目で、呆れたように私を見る。

「彼のことは知りません」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.13 )
日時: 2018/10/22 15:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qToThS8B)

12話 唯一の救い

「彼のことは知らない、ですって?」

 危機的状況に陥っていた私たちを助けにきてくれたシュヴァル。彼のことを私は一度「まるで救世主」と思ったけれど……前言撤回。シュヴァルはやはり、救世主などではない。救世主どころか、ただの心ない人だ。

「どうしてそんなことが言えるのよ」
「王女様は勘違いなさっています。星王様や王女様と、ベルンハルト。それらはまったく異なる存在です」

 シュヴァルは無線で誰かと連絡をとりつつ、淡々とそんなことを言った。

「何よ、それ。どういう意味?」
「ベルンハルトは収容所より連れてこられた男にすぎません。星王家の方々と同じように扱われるわけがないでしょう」

 そう話すシュヴァルの目は、とても冷たい。氷で作られた剣のような視線を放っている。

「でも同じ人間だわ」
「違います」
「そんなことない!」
「いいえ。オルマリン人でない彼は、貴女方どころか、我々とも違うのです」

 シュヴァルは当たり前のように言う。けれども、私には理解できなかった。

 確かに、ベルンハルトはオルマリン人ではないかもしれない。だが、同じような姿をしているではないか。体も顔も、見た感じ、オルマリン人と何も変わらない。そっくりだ。

 にもかかわらず、なぜそれほどに「違う」と認識しているのか、私には理解不能である。

「……もっとも、王女様の従者ともなれば、多少は扱いが変わるやもしれませんがね」

 静かにそう述べたシュヴァルの瞳は、不気味な輝きをまとっていた。

 この、よく分からない感じ……どうも馴染めない。


 こうして、私とシュヴァルの会話は終了した。

 ちょうどその頃に、彼が呼んでいた救護班が到着。右肩を撃たれた父親は担架に乗せられ、手当てするべく、星王の間から運び出されていった。

 私は胸のうちに黒いものを抱えたまま、星王の間から避難。今回も何とか、ほぼ怪我なしで乗り越えることができた。あれだけ危機的な状況におかれながら、大きな怪我をせずに済んだというのは、本当に幸運だったと思う。

 ただ、星王の間に残してきてしまったベルンハルトの身が心配ではある。
 あまり酷い怪我をしていないと良いのだが。


 それから一時間ほどが経過し、ようやく、父親が運び込まれた部屋へ入ることを許された。手当てが完了し状態が落ち着いたから、とのことだ。なので私は、血の飛沫がついてしまっている白いワンピースを脱ぎ、清潔なものに着替えてから、部屋へと入った。

 そこにあったのは、ベッドの上に横たわる父親の姿。
 呼吸は浅く、意識はない。ただ、穏やかな顔つきであることだけが、私にとっては救いだった。

 父親がこんな目に遭ったのは、私が迂闊な行動をしたせい。その思いがあるだけに、父親が苦しそうにしていなくて安心した。もしも苦しみ続けていたとしたら、私は父親に何と謝れば良いのか分からないところだった。

「やれやれ。一体どこの誰がこのようなことを」

 私の隣に立っているシュヴァルが、そんなことをぽそりと呟く。

 珍しく共感した。今は私も同じ気持ちだ。
 こんなことをして、一体何になるというのか。人を傷つけ、幸せを奪って、何が楽しいというのか。襲撃なんてする心は、私には、まったく理解できない。

「シュヴァル、貴方はどこへ行っていたのよ」
「少しばかり用事がありまして」
「貴方がいなくなった途端、襲われたのよ。きっと、貴方がいなくなるのを待っていたのだわ」
「それは想像にすぎません」

 確かに、これといった根拠があるわけではない。
 しかし、だからといって「想像」と一蹴されるのは、少々不快だ。

「想像が間違いだとは決まっていないわよ」
「……それもそうですね」

 シュヴァルはそれ以上言い返してはこなかった。多分、相手が王女の私だったからだろう。

「ではこれにて。失礼します」
「言ったそばからそれ? また何かあったらどうするのよ」

 あんなことがあった後なのだから、もう少しくらい気を遣ってほしい。

 ……そう思うのは、贅沢だろうか。

「その点はご安心下さい、王女様」

 私が文句を言い放つと、シュヴァルは宥めるような柔らかい声色で述べた。

「貴女は従者をとることを拒んでらっしゃったようですが、こうなってしまえば仕方がない。ということで、従者もどきを用意させていただきました」

 シュヴァルは、片手を胸に当てながら、そっとお辞儀する。

「従者もどき?」
「はい。そちらは一応オルマリン人ですので、あの収容所上がりとは質が違います」
「さりげなくベルンハルトの悪口を言うのは止めて!」

 どさくさにまぎれて嫌みを言われるというのは、自分のことでなくとも、良い気はしない。だから一応指摘しておいた。

 それに対し、シュヴァルは口角を持ち上げる。

「……ふふ。王女様はやはり、彼をとても気に入っていらっしゃるのですね」

 馬鹿にしたように、ニヤニヤと笑っている。

「だったら何か問題が?」
「いえ、何も。初々しく魅力的な王女様だと、そう思っただけです」
「失礼ね」
「おや。それは実におかしな話です。魅力的というのは失礼な言葉でしたか」

 そんな微妙な言葉を最後に、シュヴァルは部屋から出ていく。

 去りゆくその背中を眺めながら、私は心の中で「嫌なやつ!」と吐き捨ててやった。

 本当に失礼な人だ、シュヴァルは。
 失礼にもほどがある。


 すやすやと穏やかな寝息をたてている父親と二人になると、急激に部屋が広くなったような気がした。

 音がない。動きもない。
 そんな中に一人佇んでいると、深海の檻に閉じ込められているかのような感覚に襲われる。

 私は眠る父親の枕元へ移動すると、その場にしゃがみ込み、そっと呟く。

「ごめんね」

 父親がこんな目に遭ったのは、私が勝手な行動をしたせい。何もできない無力な人間なのに、無理をして何かしようとしたから、こんなことになってしまった。だから、謝っておいたのだ。

 けれども、返事は返ってこない。
 そのことが、現状を私の胸へ突きつける。痛いほどに。


 そんな時、唐突に扉が開いた。

「こーんばーんはっ」

 聞き慣れない女性の声が耳に入り、私は立ち上がる。色々あった後だからか、またしても敵か、と警戒してしまう。

「……どなた?」
「初めましてー、貴女がイーダ王女ね」

 まさに「大人の女性」という雰囲気の、綺麗な人だった。

 後頭部の高い位置で結った、赤く長い髪。華やかな睫毛に彩られた、水晶のように透明な水色の瞳。

「……私をご存知なのですね」
「えぇ。そーよ」

 つい見惚れてしまうような華やかさを持った人だ。
 ただ、少し軽い感じもする。

「何かご用ですか」

 すると彼女は、困ったような笑みを浮かべながら、片方の手をぱたぱたさせた。

「もー、王女様ったら。べつに、あたしなんかに敬語じゃなくていーわよ」

 凄く不思議な人だが……もしかして、彼女がシュヴァルの言っていた従者もどきなのだろうか。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.14 )
日時: 2018/10/23 14:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3KWbYKzL)

13話 赤い髪のリンディア

「なら……普通に話させてもらうわね」

 敬語でなくてもいい、とのことなので、取り敢えず普通に話すことにした。本人がそれでいいと言っているのだから、問題ないのだろう。

「それで、貴女は一体?」

 すると、大人びた彼女は、にこっと華のある笑顔を作って口を開く。

「あたしの名前はリンディア・リンク。これからよろしくお願いするわねー」

 赤色の長い髪が印象的な彼女——リンディアは、大人びた顔立ちだ。しかし、その顔に浮かぶ表情は、非常に明るさのあるものである。

「リンディアさんというのね」
「あー、ほらほら。さん付けなんてしなくていーわよ」
「なら……リンディア?」
「そうねー。それがいいわ。それでお願いするわ」

 リンディアは付近に置かれている椅子を発見すると、何の躊躇いもなく腰掛けた。しかも、堂々と足を組んでいる。女性が人前でとる格好とは到底思えないような座り方だ。

「あ、そーだ。あたし、従者になったのよ。よろしくねー」

 やはりか。
 シュヴァルが言っていた「従者もどき」とは、やはり彼女のことだったようだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」
「さすがは王女様ねー。丁寧でびっくりするわ」

 私は改めてリンディアへと視線を向ける。

 彼女の服装は独特なものだった。
 灰色の軍服のような上衣に、脚のラインの出る黒いズボン。そして、膝までのブーツを履いている。ちなみに、黒いズボンの裾はブーツの中へ入れてあるため、ブーツが非常に見えやすい状態だ。

「ところでイーダ王女。貴女の周りって、寂しいのねー」
「……どういう意味?」
「あ、誤解しないでちょうだいね。悪い意味じゃないのよ。ただね、この星の王女ともあろう人に、護衛の一人もついていないことに驚いただけなのよー」

 リンディアの口調は爽やかだ。

 ただ、ほんの少しだけ毒気を感じるような気もするけれど。

「ま、あたしとしては、その方がやりやすくて良いけどねー」

 一つに束ねた長い髪を色っぽく掻き上げる仕草が印象的だ。

「これから貴女が私を護ってくれるの?」
「そーよ」
「あの……私の近くにいると危険だわ。何があるか分からないもの。だからどうか、あまり近づかないで」

 するとリンディアは、急に眉間にしわを寄せた。

「ちょっとー。何よ、それ。もしかして、あたしのこと信じられないのー?」

 彼女は椅子からすっと立ち上がると、流れるような足取りで私の方へと歩いてくる。そして、その華のある顔を、私の顔へとぐいっと近づけてきた。

「女だから弱いなんて思っていたら、大間違いよ」

 リンディアの顔から笑みが消える——しかし次の瞬間には、彼女の顔はそれまでと変わらないものに戻っていた。

「ま、心配しなくて大丈夫よー。あたしはイーダ王女を怪我させたりしないから」

 言いながら彼女は、太ももに取り付けてあるホルスターから銃を抜く。女性の手に似合う小さめの拳銃で、全体が赤く塗られているものだ。

「……銃をよく使うの?」
「そーよ。こう見えてもあたし、オルマリン杯で優勝したこととかあるのよねー」

 何やら自慢が始まった。

 オルマリン杯で優勝するということがどのくらい凄いことなのか、私にはよく分からない。ただ、オルマリンの名がついているということは、それなりに大きな大会なのだろう。ということはやはり、結構凄いことなのか……。

 私は返答を返せぬまま、そんなことをぐるぐる考えてしまう。

「何なら腕前を見せてあげてもいーわよ。イーダ王女が『お願い、見せて』って頼んでくれるな——」
「随分上から目線だな」

 リンディアの言葉を遮るように聞こえてきたのは、ベルンハルトの声。

「な、何よアンタ! いきなり現れて!」
「いや、少し前からここにいたが」

 まったく気づかなかった……。

「気づかないわよ! そんなの!」
「僕にさえ気づけないような者は、従者には向いていない」
「なーによ! その言い方!」

 ベルンハルトに挑発的な態度をとられたリンディアは、怒りを露わにしながら、彼へ近寄っていく。

「アンタ一体誰なのよ?」
「ベルンハルトだ」
「名前を聞いているわけじゃないのよ! 何者かーって、聞いてるの!」
「何者か? 僕はベルンハルト・デューラーだ」

 また名前を言うのか……。

 私は内心そう呟いてしまった。

 二度目の問いの答えも、一度目の答えとさほど変わらないものだったから、リンディアはきっと怒るに違いない。

 そんな風に思ったのだが——意外にも、彼女は笑い出した。

「あっはははは! あは! あははははっ!」

 突然大笑いし始めた。まるで、何か悪いものを食べてしまったかのようだ。

「そっか! そーいうことね!」

 リンディアは信じられないくらい派手に笑っている。何がそんなにおかしいのか不明だが、彼女的には笑えて仕方がないのだろう。

「アンタが噂の、蛮勇の息子ねー?」

 あっけらかんと言い放つリンディアに、ベルンハルトは鋭い視線を向ける。

「……蛮勇、だと」
「だってそーじゃない。確かアンタのお父さん、反乱起こして処刑されたんじゃなかったっけー?」

 不快の色を滲ませるベルンハルトを見て、リンディアはニヤニヤしている。ベルンハルトの反応を楽しんでいるようにも見える顔だ。

「反乱? 処刑? 一体、何のことなの?」

 話がよく分からないので尋ねてみた。
 するとリンディアは、赤い髪を手でふわりととかしながら、笑みを浮かべて答えてくれる。

「あれ、知らないのー? なら教えてあーげるーわよっ。ベルンハルト・デューラーのお父さんはねー、第一収容所で反乱を起こしたの。けど鎮圧されちゃって、結局処刑されたのよー」

 話の内容自体は、決して明るいものではない。だが、リンディアの口調は、軽やかで明るいものだった。

「そんなことが……」
「反乱を起こすなんて、ばっかよねー」

 リンディアは片手で頭を掻きながら、呆れたような声を出す。

「大人しくしとけば、それなりに生きていけたってのにー」
「それ以上話すな!」

 突然、ベルンハルトが叫んだ。

 彼は憎しみのこもった目で、リンディアを睨んでいた。

 その形相は、まるで鬼のよう。
 この世のすべてを憎んでいるかのような、そんな顔つきをしている。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.15 )
日時: 2018/10/24 17:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CwTdFiZy)

14話 従者

 リンディアが反乱について話したせいだろうか。ベルンハルトは、今までにないくらい、恐ろしい顔つきをしている。もはや人の域を超えている、と言っても過言ではないような、憎しみに満ちた表情だ。

 だが、当のリンディアは、少しも怯んでいない。

「なーによ。いきなりキレちゃって」

 怯むどころか、余計に刺激するような発言を続けるので、こちらがハラハラする。ベルンハルトがさらに怒ったらどうしよう、なんて考えると、不安になってしまうのだ。

「その気性の荒さ、父親譲りかしらねー」
「り、リンディア。それ以上刺激しない方がいいわ」
「大丈夫よ、イーダ王女。もしこいつが何かやらかしても、あたしがちゃーんと護るから」

 いや、そういう問題ではないのだが……。
 そんな風に思いながら返答に困っていると、ベルンハルトが鋭い表情のまま口を開いた。

「念のため言っておくが、僕はそこまで馬鹿者ではない」

 彼は、はっきりと言いきった。
 こうも言いきってしまえるというのは、少し憧れる。私にはあまりできないことだから。

「見境なく攻撃したりはしない」

 ベルンハルトが淡々とした調子で述べると、リンディアは片側の口角をそっと持ち上げる。

「ふーん、なるほど。イーダ王女のこと、嫌ってはいないのねー」
「……何だと」
「オルマリン嫌いと噂のアンタのことだから、もっと憎しみを向けているものだと、そー思ってたわー」

 リンディアが明るくもまったりした調子で言うと、ベルンハルトは微かに俯く。それから数秒して、再び面を持ち上げると、ほんの少しだけ穏やかになった凛々しい顔で返す。

「いや。最初は嫌っていた」

 ……はっきりと言われてしまった。少し辛い。

「あら、そーなの?」
「そうだ」
「じゃ、今は嫌いではなくなったーってことなのね?」

 長い睫毛の生えた目をぱちぱちさせながら確認するリンディア。
 その確認に対し、ベルンハルトは一度だけ小さく頷く。

「少しだが、心が変わった」

 ベルンハルトの瞳は凛々しい。けれども、どこか悲しげな雰囲気をまとってもいる。一つの単語では到底説明できないような目つきを、今の彼はしていた。

「心が変わったーって、どーいうことよ」
「……お前に話す気はない」
「は!? ちょっと、何よその口の利き方!」
「お、落ち着いて、リンディア」
「あたしのことをお前呼ばわりして、ただで済むと思ったら大間違いよ!」

 ベルンハルトに「お前」と呼ばれたことに、リンディアは激高する。

 私は何とか彼女を静めようと声をかけてみたが、ほぼ無視、という状態だった。憤慨する彼女を落ち着かせるほどの力は、私にはなかったようだ。

 躊躇いなく怒りを露わにするリンディアは、かなりの迫力。
 しかし、ベルンハルトにしてみればたいしたことではないらしく、彼はリンディアを無視して、私へと歩み寄ってきた。

 一メートル離れているか離れていないかくらいの距離で足を止めると、彼は、私の顔をじっと見つめてくる。何か言いたげな眼差しだ。

「何か、お話?」

 黙って凝視され続けるのも怖いので、小さな声で尋ねてみた。
 すると彼は、真一文字に結んでいた唇を動かす。

「……気が変わった」

 控えめな声。ただ、彼の真っ直ぐな性格がよく伝わってくる声色だ。彼らしい声、というのが相応しいだろうか。

「イーダ・オルマリン。貴女に仕えても構わない」
「え?」

 いきなりの言葉に、私は思わず情けない声を出してしまった。

「それは、その、私の従者になろうかなって思ってくれたということ?」

 脳内は大嵐。正直なことを言うなら、今かなり動揺している。頭の中は混乱状態だ。

 けれども、それが他人にばれたら恥ずかしい。
 だから私は、懸命に、平静を保つよう努めた。

 ……いや、そう見えるように振る舞うよう努めた、が正しい。

「そうだ」
「えっと……本気なの?」
「嘘は言わない」

 言葉を交わしている間、彼はずっと、私を真っ直ぐに見ていた。
 その見つめ方を見れば、彼の言葉が本気であるということは、いとも簡単に分かる。嘘を言っている人間がこんなにも真っ直ぐな見つめ方をするとは考え難い。

「でもね、ベルンハルト。その……今さらこんなことを言うのも問題だけれど、私、従者に傍にいてもらうのは、怖いの」

 ベルンハルトは首を傾げる。

「ヘレナが殺されたところは貴女も見たでしょう。ああいうことが、前にもあったのよ。それから……誰かに傍にいてもらう気にはなれなくて」

 リンディアからの視線も感じる。だが彼女は何も言ってこない。ただ、私へ視線を向けているだけだ。

「私のせいで誰かが死ぬのは、もう嫌で……」
「僕は死なない」

 唐突に放たれた言葉に、半ば無意識に目を見開いてしまう。

 死なない——その言葉をこんなにもはっきりと告げられたことは、今まで一度もなかったからだ。

 どこに死なない根拠があるというのか。
 何を根拠として死なないと断言できるのか。

 ただ一言、そんな短い言葉を言われただけで信じてしまうなんて、普通ならあり得ないこと。

 けれども、彼の唇から出たその言葉には、聞いた者に言葉を信じさせてしまう不思議な力があった。魔法かと勘違いしてしまうような、明らかに普通でない力が。

「どうだろうか」
「……ベルンハルト」
「最終的に決めるのは貴女だ」

 ベルンハルトの瞳には、私の姿が映り込んでいる。彼はそれほどに、こちらを凝視していたのだ。

 信じてもいいのだろうか——彼を。

「……そうね」

 もう二度と、新しい従者は迎えない。まったく関係のない人を巻き込んでしまうことになるから。
 かつて私はそう決意した。

 だが、その決意は揺らぎつつある。

 ……いや、本当は、とうに崩れていたのだろう。

 ベルンハルトに助けてもらったあの時から。

「よろしくお願いします」

 私はベルンハルトへ片手を差し出す。

「せっかく、ベルンハルトが仕えてもいいという気になってくれたのだもの。断る理由なんてないわ。だから、これからよろしく」

 いきなり手を差し出されたことに、一瞬戸惑いの表情を浮かべるベルンハルトだったが、すぐに普段通りの淡白な顔つきに戻る。そして、私の出した手を握ってくれた。

「決まりだな」
「えぇ、頼りにしているわ」
「僕にできることはする」
「ありがとう。けれど……くれぐれも無理はしないでちょうだいね。命を落とすようなことがあったら、悲しいから」

 もう二度と、あんなことは繰り返さない。
 従者に命を落とさせたりはしたくない。

 彼ならーーベルンハルトなら、その願いを叶えてくれるだろう。きっと。


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