複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.146 )
- 日時: 2019/03/23 13:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nEqByxTs)
143話 進まないなら
翌日のお昼頃、私は、自室でのっそり勉強をしていた。
……といっても、実際にはあまり進んでいないのだが。
窓の外はよく晴れていて、室内にまで柔らかな日差しが降り注いできている。その日差しのせいか、部屋の中が妙にぽかぽかして、段々眠たくなってきてしまう。
ここしばらく、度重なる襲撃のせいで、ろくに落ち着く間もなかった。それゆえ、勉強はまったく進んでいなくて。しかし、ようやく平和になった。だから、久々に取りかかろうと思い立ったのだが。
しかしまぁ、進まない。
誰もいないのに気は散る。睡眠不足でもないのに眠くなる。
もはや、どうしようもない。
なぜこうも上手くいかないのかと悩み、溜め息を漏らしかけた——その時、唐突に扉が開いた。
「あら、ベルンハルト」
やって来たのは、ベルンハルトだった。相変わらず感情の読み取れない顔つきをしているが、特別機嫌が悪いということはなさそうだ。
「一人?」
「あぁ。リンディアはシュヴァルのところへ行った」
なるほど、と思う。
リンディアはシュヴァルの実娘だ。今や罪人となった父親に対し、話したいこともあるのだろう。
「アスターさんは、まだ面会は無理なの?」
「今朝も確認してきたが、もうしばらくかかりそうだ」
リンディアはシュヴァルのところへ行ってしまい、アスターとはただ会うことさえままならない。何とも言えない寂しさが、この胸の内側を満たす。
「そう……」
それでなくとも進まなかった勉強が、寂しさを感じたせいか余計に進まなくなってしまった。
「いつか元気になるといいけれど」
「そうだな」
ベルンハルトは淡々とした声で返しつつ、こちらへ歩いてくる。
「ところでイーダ王女。それは何をしているんだ」
彼にとっては、アスターの容体などどうでもいいことなのかもしれない。そんな風に感じたほど、彼は、何でもないような顔つきをしていた。
「これ? 勉強よ」
「勉強。……あぁ、あれの続きか」
彼は以前、私に、勉強のためのものを届けてくれたことがある。どうやら覚えていたようだ。
「そうなの。でも、全然進まなくって」
進まなさをごまかすように苦笑する。
しかし、ベルンハルトは笑わない。口角を持ち上げることさえしない。真面目な顔つきのまま、言ってくる。
「内容が難しすぎるということか」
「まぁ……それもあるけれど」
「それだけではないのか?」
ベルンハルトは、興味深い形態の生物を発見した生物学者のような目で、私を見つめてくる。
「……散るのよ、気が」
「僕がいると、か?」
「いいえ、そうじゃないわ。貴方は関係ないのよ。ただ、今日は何だか落ち着かないの」
今私が陥っている状況を、既存の言葉で説明するのは難しい。
もっとも、私がもっと語彙力のある人間であったなら、きっときちんと説明できたのだろうけど。
上手く説明できず困っていた私に、ベルンハルトはきっぱりと言う。
「なら、今やらなければいい」
恨みのある相手を剣で斬り捨てる時のような、一切躊躇いのない言い方だった。
「昼中に仕上げろと言われているのか?」
「いいえ。べつに、そうは言われていないわ」
私は首を左右に動かす。
すると彼は、ふっ、と小さな笑みをこぼす。
「なら止めておけばいいだろう」
それまでは無表情に近い顔つきをしていたベルンハルトだったが、今のでようやく、口角が微かに持ち上がった。
無表情というのも、彼らしくて悪くはない。置かれている状況によっては、その冷静さに救われることだってあるわけで。しかし、今のような状況下では、微かでも笑みが浮かんでいる顔の方が望ましい。もちろん、個人的な意見に過ぎないのだが。
「一度休憩したらどうだ」
「……そうね!」
私が言うと、彼は手を口元に当てて笑った。
「え。どうして笑うのよ?」
「凄く嬉しそうな顔をしたのが笑えてしまっただけだ」
そんなに嬉しそうな顔をしたのかしら、私は。
「イーダ王女は、本当は勉強が嫌いなのだな」
うっ……。
本当のことを言うなら、ベルンハルトが言うことも間違いではない。私は、新しい経験をすることは嫌いでないが、こういった紙の上の勉強をするのはあまり好きでない。大嫌いということはないのだが、日によっては、面倒臭いと思ってしまうこともあるのだ。
それから二日ほどが経過した、ある夕暮れ。
私は父親の部下の一人から、シュヴァルを処刑することになったと聞いた。
仕方のないことだ。幾人もを使い捨ての駒として利用し、星王家の人間を狙ったのだから、処刑という最期も不自然ではない。もう二度と同じことを繰り返させないためには、それが最善の方法なのだろう。
でも——私はなぜか納得できなかった。
死をもって償わせることは簡単だ。だが、本当にそれでいいのだろうか。そんな風に考えてしまって。
邪魔者は消す。裏切り者は消す。
それは結局、シュヴァルがやっていたことと大差ないのではないだろうか。
こんなことを言えば、また「甘い」と笑われてしまうだろう。
しかし、言いたいことがあった。
だから私は、父親がいる星王の間へと向かった。
夜になってすぐの頃だったので、父親は星王の間にいた。
上手く会えたのは、幸運といえよう。
「おぉ! イーダぁ! 来てくれたのかぁっ!!」
「えぇ。来たわ」
父親は相変わらずのハイテンションで迎えてくれる。
私がここへ来た理由など、彼はまったく知らないし、想像してもいないのだろう。
「父さんと一緒に眠りたくなったのかぁ!?」
「止めて。それはないわ」
「えぇっ! 今日のイーダは冷たくないかぁ!?」
「いつだってこう答えるわよ」
「うぅぅ……」
妙な誤解が生まれぬよう、一応きちんと返しておいた。
早く本題に入りたい。
だから私は、父親が自分のしたい話を始める前に、本題を切り出すことにした。
「シュヴァルの処刑が決まったと聞いたわ。それは本当?」
父親はほんの数秒だけ気まずそうな顔をしたが、すぐに普段通りの顔つきに戻ると、こくりと頷く。そして「決定に何か問題があるのかぁ?」と、独り言のような声の大きさで放った。
「本当なのね。それはもう、決定事項なの?」
「そうだぞぅ」
父親は自信なさげな表情になっている。
「……父さんが決めたことなのね」
「その通りだぁ」
今さらシュヴァルを擁護するのか。
そう怒られそうな気もするが、私は、本心を伝えてみることにした。
「命まで取ることはないんじゃない?」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.147 )
- 日時: 2019/03/24 10:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .uCwXdh9)
144話 処刑までせずとも
騒がしかった父親が黙った。星王の間に静寂が訪れる。父親は言葉を失い、ただ、私の顔をじっと見ていた。
「こんなことを言ったら馬鹿だと思われるかもしれない。それは分かっているわ。覚悟のうえで言っているの」
そっと父親を見つめ返す。
「シュヴァルは罪人よ。だから、罰を与えるのも、間違ったことではないと思うわ」
私とて聖人ではない。だから、シュヴァルが犯した罪を許すことはできないし、これまで通り接するなんてこともできない。どうしても、敵として見てしまう。
ただ、「命を奪うほどのことなのだろうか」という思いが、少しあるだけだ。
「処刑ではない、別の罰を与えるべきなのではないかしら」
「……イーダ」
「例えばー……えぇと」
良い例が思いつかない。どうしたものか、と考えていると、父親が小さく言ってくる。
「追放とかかぁ?」
「できる?」
「もちろんできないことはない。が……その程度の罰だと、軽すぎないかぁ」
父親は納得していないような口ぶりだ。
ついこの前まで、彼はシュヴァルを盲信していた。誰が何を言おうと、シュヴァルを疑うことは絶対にしなかった。それはもう、不気味と言っても差し支えがないほどに、信じきっていたのだ。
なのに、今は、こんなにもシュヴァルに厳しい。
そこがどうもしっくりこない。
「一生外に出られないというだけでも、ほぼ死んだも同然よ。わざわざ殺さなくても、人のいない島なんかに行ってもらえば、それでいいんじゃないかしら」
私の言葉に、父親は考えているような顔をした。何も発することなく、じっとして、考え込んでいる。
父親が何か発するのを待つ。
誰も言葉を放たなくなって、数十秒。
ようやく、父親が沈黙を破った。
「そうかぁ……それもそうだな!」
良い返事が来るとは思っていなかったため、少々驚いた。が、この感じだと話は早そうだ。
「分かったぁ! イーダがそう言うなら、変更するぅ!」
父親にしては物分かりがいい。
少し不気味だと思ってしまったほどに。
「間に合うの?」
「もちろん! 星王に不可能はないぃっ!」
妙に張り切っている父親を見ると、不安は募るばかり。
「……本当に大丈夫?」
「もちろんだぁ! ……って、まさかイーダ! 父さんのこと、信頼していないのかぁ!?」
「信頼していないわけじゃないけれど、不安はいっぱいだわ」
父親への進言から、またたく間に二日が過ぎた。
結果、シュヴァルに与える罰は、処刑ではなく本島からの追放に変わった。
その日、私が自室で勉強に取りかかっていると、室内にいたリンディアが声をかけてくる。
「ねー王女様ー」
勉強中に躊躇いなく話しかけてくるとは、さすがはリンディア。
「何?」
「シュヴァルへの罰を軽くするよーに言ったらしーわね」
「えぇ」
リンディアが何を言おうとしているのか、まだ分からない。なので、どういった返答をするのが最善なのかは不明だ。
取り敢えず、無難な言葉を返しておくこととしよう。
「どーして?」
冷たい声。
思わず動揺してしまう。
「……リンディア?」
胸の鼓動が加速する。
「どーしてそんなことを言ったのかしらー」
「命を奪うのはやり過ぎだと思ったからよ」
「ほんとーに、それだけ?」
リンディアは私を凝視していた。
彼女の透明感のある瞳には、動揺した私の顔が映り込んでいる。
何を言いたいのか。何を言おうとしているのか。私には、分からない。察することができない。
「……それはどういう意味?」
緊張で、声が微かに震えた気がした。
「べつにー。深い意味なんてなーいわよー。ただ、なぜそんなことを言ったのか、理解できなくてねー」
リンディアは何食わぬ顔で言ってくる。
「シュヴァルのせいで、イーダ王女は何度も危なーい目に遭ったわけでしょー。なのに、そんな相手への罰を軽くしよーだなんて。おかしな話よー」
「……リンディア」
「少なくともあたしには理解できないわねー」
言われるだろうと思っていた。
私は甘い。そして、普通でないことを進言した。それは理解しているつもりだ。
けれど、改めて言われると、複雑な心境になってしまう。
「リンディアは……処刑の方が良かったの?」
恐る恐る聞いてみる。
すると彼女は、数秒私をじっと見て、それから述べる。
「良いも何も、とーぜんってものがあるでしょー」
「でも、シュヴァルはリンディアのお父さんよね。お父さんが処刑されるなんて——」
言いかけた時だ。
すたすたと歩み寄ってきたと思ったら、彼女はばぁんと机を叩いた。
机の上に置かれていた勉強のための冊子が、床に落ちる。
「勘違いしてんじゃないわよ」
机を叩く力の強さに、私は、ただただ圧倒されるばかり。何も返せない。
「……リンディア」
「あんなやつ、もーあたしの父親じゃなーいのよ」
リンディアの顔つきと声色は、冷たさのあるものだ。しかし、机に叩きつけられた拳は震えている。
「どうしたの、リンディア」
私は椅子から立ち、彼女の整った顔を見上げる。
「大丈夫?」
「……どーかしてるんじゃないの」
「えっ」
リンディアの心が分からない。私には、彼女の心を掴むことはできない。理解しようとしてはいるつもりなのだが。
「もーいーわ」
吐き捨てるようにリンディアは言う。
「待って。ごめんなさい。不快なことをしてしまったなら謝るわ」
「べつにいーわよ。謝らせたいわけじゃないものー」
何を言っても、空回りばかり。
「お願い、リンディア。言ってちょうだい」
「いーのよ」
「どうして!」
思わず大きな声を出してしまう。
すると、歩き出しかけていたリンディアはぴたりと足を止め、振り返った。
「もーいーって言ってるじゃない!」
飛んできた鋭い言葉に、全身が一気に強張る。
リンディアは歩き出す。私は「待って」と言おうとしたけれど、緊張のせいで何も言えずじまい。結果、彼女はそのまま部屋から出ていってしまった。
それと入れ替わるようなタイミングで、ベルンハルトがやって来る。
「何があったんだ?」
飛び出していったリンディアのことを聞いているのだろう。
「怒らせてしまったみたい……」
「状況が掴めない」
ベルンハルトは、その凛々しい顔に、困惑の色を濃く滲ませている。状況がまったく理解できない、というような顔だ。
「机を叩かれてしまったの……」
「状況が掴めない。なぜ机を叩かれるんだ」
「怒らせてしまったから……」
「何の話をしていたんだ?」
ベルンハルトの問いに、私は小さく答える。
「……シュヴァルの」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.148 )
- 日時: 2019/03/24 10:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .uCwXdh9)
145話 久々に?
「シュヴァルの……罰を軽くした件か?」
怪訝な顔をしつつ、ベルンハルトは尋ねてきた。
彼はまだ、話を飲み込みきれていないのだろう。
無理もない。当事者である私でさえ、この状況を理解しきれていないのだから。
「えぇ」
一度ベルンハルトへ視線を向けた。しかし、すぐに視線を下ろしてしまう。憂鬱な気分を振り払えなくて。
「リンディアだって、お父さんであるシュヴァルが処刑されるなんて嫌なはずなのに……」
父親が処刑されて何も感じない娘などいないはずだ。いや、もしかしたら稀にはいるのかもしれないが。しかし、そう多くはないだろう。
だから、シュヴァルへの罰を軽くすることは、リンディアのためにもなると思っていた。
「……違うのかしら」
だが、今やもう、よく分からない。
「ねぇ、ベルンハルト」
考えれば考えるほど混乱する。こんな状態では、自分で悩み続けても、何も変わらないだろう。
そう思ったから、ベルンハルトに聞いてみることにした。
「何だ」
「私がしたことは、間違っていたの?」
ベルンハルトの目をじっと見つめる。すると彼は、ほんの少し目を伏せた。それから、ゆっくりと口を開く。
「いや。べつに間違ってはいないと思う」
彼の声は淡々としている。
感情的でないところが、今の私にとってはありがたい。
「多少優しすぎる気はするが、それが貴女の選択ならば間違いではないだろう」
ベルンハルトは私を肯定してくれた。
それはとても嬉しくて。
けれど、このままではリンディアとの関係は気まずいままだ。
「……ありがとう、ベルンハルト」
「気にすることはない」
礼を述べると、彼は首を左右に振った。
「そうだ! 私、リンディアに謝らなくちゃ。どうすればいいと思う?」
「それは自分で決めろ」
ばっさりいかれてしまった。
「そ、そうよね! 頼りすぎは良くないわよね!」
「貴女の人生は貴女が決めるべきだ。……僕もそうした」
「僕も、って?」
思わず尋ねてしまう。
それに対して彼は、「敢えて聞くなよ」というような顔をした。
しかし、答えてはくれる。
「貴女に仕えると決めた。それが、僕の選択だ」
なるほど、と思った。
オルマリンを敵視している環境で育った彼にとって、星王家の人間に仕えるという選択は、とても大きな選択だったのだろう。
そこには、私などにはとても想像できないような苦悩があったはず。
「……ありがとう、ベルンハルト」
分岐点に達した時、どちらの道を選ぶのか。それを決められるのは、自分自身しかいない。
「私、会いに行くわ! リンディアに!」
フィリーナとだって、話せば分かり合えたのだ。リンディアとだって、きっと理解し合える。誤解があったとしても、今はすれ違っていても、きちんと話せば分かり合えるはずだ。
「行くのか」
「えぇ!」
今、私はやる気に満ちている。
きっとできる! きちんと話せる!
根拠はないが、自信だけはあるのだ。
「リンディアがどこにいるのか、分かっているのか?」
「いいえ。分からないわ」
すると、ベルンハルトは苦笑する。
「しっかりしてくれ」
確かに、やる気だけじゃ意味がないかもしれないわね……。
「だが、恐らくはあそこだろう」
「あそこ?」
「アスターのいる部屋だ」
確かに! そこへ行っていそうな気がする!
……少し単純かもしれないが。
「分かった! アスターさんのところへ、行ってみるわ!」
「場所、分かるのか?」
言われて気がついた。今アスターがいる部屋の場所は知らないということに。
「……分からないわ」
「仕方ない。僕が案内しよう」
「ありがとう!」
何だかんだ言いつつも、ベルンハルトはいつも私に協力してくれる。困った時には、いつだって手を貸してくれる。彼は、本当にありがたい存在だ。
「ここだ」
歩くことしばらく、ベルンハルトは足を止めた。
「ここが、アスターの部屋」
「へぇ……こんなところだったの」
これといった装飾はない扉だ。この感じだと、部屋も普通の部屋なのだろう。扉を見ただけですべてを判断できるとは思わないが、それほど広い部屋でもなさそうだ。
ベルンハルトは周囲を見回す。
しかし、彼の目が人を捉えることはなかっただろう。なぜなら、本当に誰もいなかったから。私も一応見回したが、人の姿を捉えることはできなかった。
「おかしいな」
首を傾げるベルンハルト。
「いつもなら、扉の近くに人がいるはずなのだが」
「見張り?」
「あぁ。そんなところだ。これまで覗きに来た時は、ほぼ毎回、誰かが立っていたのだが」
休憩か何かだろうか。
いや、これまでいつも誰かがいたというのなら、その可能性は低いだろう。
今日から休憩が導入された、なんてことは、さすがにないだろうし。
「取り敢えず入ってみるか」
言いながら、ベルンハルトはノブを掴む。
「開いているかしら」
「開けてみれば分かる」
彼は小さく言って、掴んだノブを回した。ノブは何事もなかったかのよう回る。そして、扉が開いた。
「入ろう」
「えぇ。そうね」
ベルンハルトは部屋に入っていく。私は彼の後ろについて、恐る恐る入室した。
赤い髪が視界に入る。
ベルンハルトが言った通り。リンディアは、やはり、アスターのところへ行っていたのだ。
入り口に背を向けるようにして椅子に座っているリンディア。彼女は私たちが入室したことに気づいていないようで、特に反応しない。
「何をしている」
一番に口を開いたのは、ベルンハルト。
「……っ!?」
その声でようやく気がついたらしく、リンディアは振り返った。
水色の水晶みたいな瞳には、まだ涙の粒が残っている。
「……あ、あらー。ベルンハルト? なーにしに来たのよ」
リンディアは手の甲で、目もとを慌てて拭う。
その動作は彼女らしくない。が、とても女性的だ。案外似合う。
「イーダ王女が、お前と話したいと」
「あらそーなの?」
「だが、まずは謝れ」
きっぱり述べるベルンハルト。いきなり謝罪を求められたリンディアは、眉をひそめる。
「は?」
「勝手に怒り飛び出したことを、イーダ王女に謝れ」
……え。
そういう話をしに来たわけではないのだが。
「どーしてアンタに命令されなきゃなんないのよー」
「従者が主に当たり散らすのは問題だ」
「は? アンタはかんけーないじゃなーい。出てこないでちょーだいよ」
リンディアは私の存在には気がついていないようだ。彼女はベルンハルトだけを見ていた。
「関係は大いにある!」
ベルンハルトが調子を強める。
攻撃的な口調だ。
「どーこがよー」
「イーダ王女は僕の主だ!」
まずい。
喧嘩が始まりそうな予感。
「主を落ち込ませ、しかも謝りもしないような者を、イーダ王女の傍に置いておくわけにはいかない!」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.149 )
- 日時: 2019/03/24 11:00
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: .uCwXdh9)
146話 皆で
「は? なーにかっこつけてんのよー?」
「かっこつけてなどいない! 僕はただ、イーダ王女に忠実であるだけだ!」
「馬鹿みたいに騒いでんじゃないわよー!」
ベルンハルトとリンディアの言い合いが始まってしまった。
ここしばらく、二人が口喧嘩をすることはなくなっていて。それどころか、お互いを認めるような場面さえあった。
それゆえ、二人は仲良くなったものと思っていた。
だが、そうではなかったようだ。
「とにかく謝れ! イーダ王女に!」
「はぁ!? どーしてアンタに言われなくちゃなんないのよー!」
「謝らないつもりか?」
「謝るわよ! ……後で」
驚くべきことだが、リンディアはまだ私に気づいていないようだ。
「今謝れ!」
「……うっさいわねー。分かった! 分かったわよ!」
リンディアは吐き捨てるように言って、扉の方へと歩き出す——そして、彼女は初めて私に気づいた。
「……王女様!?」
「あ。リンディア」
「あらー? いつからいたのー?」
ずっと前からいた、なんて、少し言いづらい。
だが、嘘をつくわけにもいかないので、本当のことを言っておく。
「え、えっと……ベルンハルトと一緒に来たのよ」
するとリンディアは、ふっと笑みをこぼしながら、「あら、そーだったのー」などと言った。軽やかな口調だ。それから二三秒間を空けて、彼女は、「さっきはカッとなって悪かったわねー」と謝ってきた。
「謝るのはリンディアじゃないわ。私の方よ。けど……どうして不快な思いをさせてしまったのかしら」
本当は突っ込むべきではないのかもしれない。しかし、同じミスを繰り返さないためにも、質問しておきたくなったのだ。
だが、リンディアは答えてはくれなかった。
「べっつにー。言うほどのことじゃなーいわよー」
彼女はそう言うだけ。
答える気はないようだ。
「で、でも……!」
「気にしないでちょーだい」
「ごめんなさい! けど、気にしないでいるなんて無理なの!」
勇気を出し、さらに聞いてみることにした。
「……教えて?」
だが、リンディアはさらりと「嫌よ」と返してきた。その表情は冷たくて。私は思わず、言葉を詰まらせてしまった。
「リンディア。イーダ王女の問いには答えろ」
ベルンハルトが口を挟んでくる。
「は? そんなのあたしの勝手でしょー」
「勝手ではない。主の問いに答えるのは、当然のことだろう」
みるみるうちに険悪な空気に包まれる、リンディアとベルンハルト。
「当然? 馬っ鹿みたい!」
「なに!?」
「挑発に引っ掛かってくる辺りも、馬鹿ねー」
「何だと!」
またしても言い合いが始まってしまいそうな雰囲気だ。
嫌な空気になってしまっては困る。そのため、私は、二人を落ち着けるように言葉を発する。
「待って! 落ち着いて。喧嘩は止めてちょうだい!」
すると二人は、ほぼ同時に私を見た。
「けど!」
「だが!」
二人が言葉を発したのも、ほとんど同時だった。
妙に息がぴったり。
実は相性が良いのでは、と思ってしまうのは私だけだろうか……。
「ごめんなさい、リンディア。私が余計なことを聞いたのが悪かったわね」
一応謝っておく。
すると、リンディアは首を左右に振った。
「べっつにー。王女様が悪いわけじゃなーいのよー」
「そうかしら」
リンディアはベルンハルトを指差して述べる。
「こいつがいちいち首突っ込んでくるのが悪いのよー」
彼女の発言に対し、「は!?」というような顔をするベルンハルト。
リンディアとベルンハルトの間に漂う空気が柔らかくなることはない。今私たちを包み込む固く冷ややかな空気は、恐ろしいほど揺るがない。
「責任を僕に押し付けるのか!」
「だーって事実じゃなーい」
「あり得ない!」
自分が悪いかのように言われ、ベルンハルトは憤慨する。
「なぜ僕がそんな風に言われなくてはならないんだ!」
「事実だから仕方なーいのー」
「な。ふざけたことを言うな! 事実の『じ』の字もないだろう!」
「そーかしらー?」
あぁ、また喧嘩。
これはもはやどうしようもないのかもしれないわね。
私が止めようとしても、まったく止まりそうにない。それどころか、入っていけば入っていくほど状況は悪化する。
そんな時だ。
「ん……」
小さな低い声が耳に入ってくる。
その声がアスターが発したものだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
もちろん、すぐに気づいたのは私だけではない。リンディアも、ベルンハルトも、すぐに気づいてベッドへ視線を向ける。
「アスター!?」
ベッドへ駆け寄るリンディア。
「……ここ、は」
「気がついたの!?」
リンディアは、ベルンハルトと言い合っていたことなど忘れてしまったかのように、凄まじい勢いでアスターに声をかけている。
「あぁ……リンディアかね」
ベッドに横たわっているアスターは、息がたくさん混じった声を漏らす。
「少しいいかな……」
「なーに? アスター」
「イーダくんに、だね……」
リンディアは、ベッドに横たわるアスターへ顔を近づけ、懸命に彼の言葉を聞こうとしていた。そんな彼女の瞳からは、真剣さが伝わってくる。
「王女様にー?」
「綿菓子か、林檎飴……」
アスターの口から発された言葉に、リンディアは戸惑ったような顔をした。
「綿菓子? 林檎飴? 何の話よー?」
「約束したのだよ……あげると……」
直後、リンディアは急に、私の方へ視線を向けてくる。
「そーなの?」
そういえば、いつかそんな話をしたような気はする。しかし、それがいつ話したことだったかは、すぐには思い出せない。きちんと説明できるほどの明瞭な記憶はないのだ。
「確か、いつかそんなことも話したわね」
「事実なのねー?」
「えぇ。はっきりとした記憶はないけれど」
私の言葉に対し、リンディアは、「ふーん」と呟いていた。
「ま、それはいーとして」
「……良くはない。もう嘘をつくわけにはいかないのだよ……」
起き上がろうとするアスター。リンディアは彼を制止する。
「アンタはじっとしてなさーい」
制止されたアスターは、奇妙なものを見たかのような表情を浮かべた。
「……ん? リンディア? 一体何を言い出すのかね」
「まだ寝てろーって言ってんのよ!」
「いや、だが……」
制止を聞かず上半身を起こそうとしたアスターを、リンディアは無理矢理横たわらせる。本当に、無理矢理、である。
「いーから寝てなさい!」
「しかし仕事が……」
「そーいうのはいーから!」
リンディアが制止するものの、アスターは起き上がろうとし続ける。そんな変わらない繰り返しを一変させたのは、ベルンハルトの言葉だった。
「そうだ。まだ動かない方がいい」
シンプルな言葉。飾り気のない意見。
これといった特徴のない、ありふれた発言ではあるが、その発言がアスターを止めた。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.150 )
- 日時: 2019/03/25 21:19
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
147話 私にとっては
「ベルンハルトくんがそう言うなら……もうしばらく大人しくしておくことにするかな」
リンディアの制止は聞かなかったアスターだが、ベルンハルトの制止には従い、起こそうとしていた体を横にする。
「ちょ、ベルンハルトの言うことは聞くわけー!?」
「ベルンハルトくんが言ってくれているからね」
アスターの発言に、リンディアは眉を寄せた。
若干苛立っているように見える。
「は? あたしの意見は聞かなかったくせにー!」
両手をそれぞれ腰に当て、圧をかけるように発するリンディア。しかし、アスターはというと、まったく動じていない。
「いや、リンディアが言うのは気遣いだろうと思ったのだよ」
「は? ちょ、なーに言ってんのよ」
「気遣いに甘えるわけには……いかないからね」
アスターはベッドに横たわりながら、すぐ近くにいるリンディアへ微笑みかける。
唐突に微笑みかけられたリンディアは、状況を飲み込めていないような、きょとんとした顔をしていた。
「ところでリンディア」
穏やかに微笑みながら、口を開くアスター。
「……娘と妻、どちらが良いかね?」
「え」
想定の範囲を大きく出たアスターの発言に、さすがのリンディアも戸惑いを隠せなくなっている。
「君がシュヴァルの娘であること分かっているよ。ただ、私はいずれ、君を引き取りたい」
「は……?」
「娘としてでも、妻としてでも、形は問わない。共に暮らせるなら、ね」
これは遠回しなプロポーズなのだろうか?
……いや、娘という選択肢がある時点でプロポーズではないか。
「ちょ、どーしたのよ? しょーき? いきなりそんなこと言って、どーかしてるわよ」
「また共に暮らしたくてね」
「ろーごのお供をしろーとでも言いたいわけ?」
怪訝な顔で尋ねるリンディアに、アスターは控えめな声で返す。
「まぁ……そんなところだね」
正直、意外だ。
アスターがこんなことを言い出すとは思っていなかった。
だが、このような展開を意外に思っているのは、私だけではないはず。ベルンハルトも、リンディアだって、驚き戸惑っているに違いない。
「ははは。どうかな?」
「おっ断りよ!」
リンディアはきっぱり述べた。
「な! 即答はさすがに酷くないかね!?」
大袈裟に、ショックを受けたような顔をするアスター。
だが、こればかりは私でも分かった。今のこの表情は、意図的なものだと。自然と生まれた表情ではないと、簡単に判断できた。
「言っておくけど、あたしは、アンタのろーごの世話をする気はないわよー」
リンディアは眉を寄せたまま、日頃より低い声で言った。
「おぉ……冷たい……」
訝しむような顔をされ、しかも低い声で言葉を返されたアスター。
彼は、「残念だ……」とでも言いたげに、そんなことを漏らしていた。
「甘やかす気はないから」
「分かっている! それは分かっているとも!」
なんだかんだでリンディアとアスターの息がぴったりだと感じるのは、私だけなのだろうか。
「ま、でもー」
「ん?」
「どーしてもって言うなら、考えてあげてもいーわよ」
そう述べるリンディアの頬は、微かに紅潮している。
「ま、もし一緒にいても甘やかしはしないけどー」
頬を林檎のように染めているリンディアに向かって、アスターは大きめの声を発する。
「本当かね!? いいのかね!?」
大きめの声を発するアスターは、今にも起き上がりそうな勢いをまとっている。
「……甘やかしてもらおーって魂胆じゃなーいなら、考えてあげないこともないけど」
「もちろん! 甘やかしてもらおうなんて、欠片も思っていない。私にとっては、君がいてくれることそのものが幸福だからね!」
なんだかんだで上手くいきそうなアスターとリンディアを眺めていると、何だか温かい気持ちになって、つい笑みをこぼしてしまった。
「イーダ王女?」
ベルンハルトは私が笑っていることに気がついたらしく、首を軽く傾げつつ声をかけてくる。
「何を笑っている」
「え」
「面白いことがあったわけでもないのに、笑っている。こんなに不思議なことはない」
真顔。ベルンハルトは真顔だ。
恐らく彼は、私が笑みをこぼしていたことを、心から不思議に思っているのだろう。
だが、私からしてみれば、ベルンハルトの思考も不思議なものである。
もちろん、面白い時に笑う、という発想自体は分かる。しかし、彼は「面白い時以外に笑うのはおかしい」と考えているようで。そこは少し理解できない。
安堵した時だとか、ほっこりした時なんかに、ついつい笑みをこぼしてしまう。
それは、何ら珍しいことではないはず。
……個人的には、そう思うのだが。
「笑うのは面白い時だけじゃないのよ、ベルンハルト。心温まるった時なんかも、笑みをこぼすことはあるの」
改めて説明するというのは、少しばかり恥ずかしさがある。
「そうなのか?」
「えぇ」
「では、イーダ王女は心温まっていたのだな」
ベルンハルトは案外素直。
説明すれば理解してはくれるようだ。
「そうよ。仲良しなリンディアとアスターさんを見ていたら、ね」
私はそう言った。
これは本心だ。
リンディアとアスターがなんだかんだで良い雰囲気になっているところを見ると、とてもほっこりする。
「なるほど。……だが」
一度そこで言葉を切る。
そして、少し間を空けて、続けるベルンハルト。
「心からの謝罪が、まだない。それは問題ではないのか」
真面目過ぎる発言に、不覚にも、一瞬吹き出しそうになってしまった。
「もう怒ってはいないみたいだし——まぁいいんじゃないかしら」
「まともな謝罪もなしで、納得できるのか」
「いいのよ。そもそも私、謝罪してもらいにここまで来たわけじゃないもの」
私としては、リンディアが怒っていないならそれだけで十分なのである。
「それはそうだな。だが! 僕は納得できない。身勝手な言動でイーダ王女を不安にさせたのだから、もっときちんと謝るべきだ」
今のベルンハルトは、まるで、真面目を練って固めたかのよう。
「いいのいいの!」
「良くない。僕は納得できない」
リンディアの方へ歩き出そうとするベルンハルトの腕を掴む。そして「今は二人にしてあげた方がいいわ」と述べる。それに対してベルンハルトは、納得できていない顔。何か言いたげな表情だ。しかし、足はきちんと止めてくれている。
「……邪魔しないでくれ、イーダ王女。僕はただ、貴女のためになることをしたいだけだ」
「ならここにいてちょうだい!」
「どういうことだ」
リンディアとアスターは二人の世界。もはや、私などが入っていく隙はない。
だからこそ、ベルンハルトにはここにいてほしい。
「何も、わざわざあっちへ首を突っ込むことはないわ」
「そうなのか」
「今は……ベルンハルトは私の傍にいて」
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