複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.71 )
日時: 2018/12/17 19:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Ga5FD7ZE)

68話 嘘つきは誰

 取り敢えずアスターを取り戻すことはできた。が、ここからが問題だ。

 私は勝手な行動をした。

 これは、父親——星王への反逆も同然。
 たとえ王女であっても、無事で済むという保証はない。

「何をやっているんだ、イーダ! せっかく拘束したんだぞぉ!?」
「父さん。私、やっぱり、アスターさんの疑うことはできないわ」
「賢いイーダだろぅ!? どうして理解できないんだぁっ!!」

 父親は正直者。そして、馬鹿と言っても言い過ぎでないほどの、素直な人間だ。だから彼は、シュヴァルのことを完全に信じきっている。

「アスターさんが嘘をついてまでシュヴァルを悪に仕立てあげる理由がないわ!」
「どうしてそう言えるんだっ! だったら、シュヴァルが嘘つきだと言うのかぁっ!?」
「その可能性もあるのよ!」

 他人が相手なら、こうもきつく言うことはしなかっただろう。父親が相手だから、度胸のない私でもここまで言えたのだ。

「私がダンダに襲われた時、シュヴァルは、すべてが終わってから部屋に入ってきたわ! まるでタイミングを見計らっていたかのように!」

 この際、怪しく思っていたことは躊躇いなく言ってやろう。
 私はそう決意した。

「それはたまたまに決まっているじゃないかぁ! きっと、連絡を受けてそこへ駆けつけたんだろぅ!」
「それだけじゃないわ!」

 もう引き返すことはできないが、それでも後悔はない。

「駆けつけてきた後、シュヴァルは『役立たずめ』って言ったの。あの時は私、ヘレナに対して言ったのだと思っていたわ。彼は一応否定したけれど、本当はヘレナに対しての言葉なのだと、当たり前のようにそう思っていた。けれども、今は思うの」
「……何をだぁ?」
「それはダンダへの言葉だったのかもしれないって。私を殺し損ねた彼に対し呟いた言葉だったという可能性もないわけじゃないって」

 後悔しないためには、今ちゃんと話しておくしかない。

「それにね、私と父さんとベルンハルトで夕食をとった時もね」
「途中で襲撃された時のことかぁ?」
「えぇ。あの時も、シュヴァルが出ていくなり襲撃が始まったでしょう」

 私の言葉に、父親は目をぱちぱちさせる。

 まだ納得しきってはいないかもしれない。が、多少は心が動いてきている様子だ。
 この感じならば、そのうち理解してもらえるかもしれない。

「けどそれは、偶然ってこともあるだろぅ……?」
「確かにそうね。ただ、偶然がそんなに何度も重なるとは、とても思えなくて」

 父親と話しながら、リンディアやアスターを一瞥する。二人の面には戸惑いの色が浮かんでいた。

「まぁ、それはそうかもしれないけどなぁ……。だが、シュヴァルが裏切るとは、とても思えないぞぉ……」

 父親は揺れている。それは間違いない。無論そう簡単に同意してはくれないだろうが、私の言葉に耳を傾けようとしてくれつつあることは確かだ。もうひと頑張り、というところか。

 ——そう思っていたのだが。

「星王様。このシュヴァルが裏切ることなど、あり得ません」

 それまでは黙っていた本人が、唐突に口を挟んできた。

「恐らく、王女様はお疲れなのでしょう」
「イーダがおかしいってことか?」
「アスターが吹き込みでもしたのでしょう。そして、疲れていらっしゃる王女様は、それを素直にお信じになった。そういうことかと」

 やはりシュヴァルは上手い。
 決定的な証拠のないことを言っているという意味ではお互い様なのに、彼の言葉の方が真実らしさが感じられる。

「そうか……」
「あくまで推測ではありますが、それが有力かと」
「確かに、それもそうだな」

 納得してしまった。

 せっかくここまで頑張ったのに……残念だ。

 私がそんな風にがっかりしていると、父親は、シュヴァルに向かって声を発した。

「シュヴァル。やはり、もう少し様子を確認することにする」

 父親の発言に、シュヴァルは驚いた顔をする。
 しかし、彼が顔面に驚きの色を浮かべたのはほんの数秒だけで、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。

 シュヴァルは、それから、淡々とした調子で唇を動かす。

「アスターをもうしばらく泳がせておく、ということですか」
「そういうことになるな。可愛いイーダの訴えを無視するわけにもいかないからなぁ」

 するとシュヴァルは冷ややかな目つきになった。妙に呑気な父親は気がついていないようだが、今のシュヴァルの目つきは、主に向けるものとは到底思えないようなものであった。

「……大事になってから騒いでも知りませんよ」

 彼はそんなことをぽそりと漏らす。
 自分の思い通りにならなかったのが悔しかったのだろう。

「父さん」
「何だぁ、イーダ」
「アスターさんをまだ従者として傍においておいても構わない?」
「あぁ! 可愛いイーダがそこまで言うなら、おいておいて構わないぞぉ!」

 やった。良かった。

「ただし!」
「……ただし?」
「アスターが悪であったと明らかになった時には、従者としておくことは認めないからなぁ」
「分かったわ。それでいいわよ」

 今はそれで十分だ。

 アスターが収容所へ放り込まれずに済むなら、それだけでいい。


 その後、私たち一向は、第一収容所の中を視察した。

 たくさんの人。淀んだ空気。
 第一収容所は、良い環境だとはとても言えないような環境であった。

 ただ、それでも、かつてベルンハルトが暮らしていた場所を見ることができるのは嬉しかった。彼について、また一つ知ることができたような気がして、ワクワクするのである。

 とはいえ、当のベルンハルトは、あまり楽しくなさそうだった。過去の忌まわしき記憶が蘇るから——かもしれない。

 彼には少し辛い思いをさせてしまっただろうか。

 そんな風に思い、微かな不安を抱きながらも、私は視察を続ける。

 昨日負傷したばかり足は、幸運なことに、歩いても痛くならなかった。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.72 )
日時: 2018/12/18 17:39
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 62e0Birk)

69話 一段落して、お茶の時間

 視察が一段落すると、休憩時間に入る。
 ルンルンが、みんなに、お茶とお菓子を振る舞ってくれた。

「ドゥオウゾー!」
「ありがとう」
「ドゥオウゾー!」
「あたしも貰っていーの?」
「ドゥオウゾー!」
「僕は要らない」

 私だけではなく、従者であるリンディアやベルンハルトにも渡してくれるところは、良いと思った。

 ……もっとも、アスターにはくれなかったのだが。

 だが、それにしても、ハーブティーとクッキーだなんて、最高の組み合わせではないか。

「ベルンハルト、受け取らなくて良かったの?」
「……あんなやつから施しを受けようとは思わない」

 私とリンディアはハーブティーとクッキーを受け取ったが、ベルンハルトは断っていた。それを見て「なぜ受け取らないのだろう」と不思議に思っていたのだが、どうやら、「ルンルンから施しを受けるのが嫌」という理由だったようである。少々意外ではあるが、ベルンハルトらしい理由だと思った。

「なーに意地張ってんのよー。素直に受け取ればいーじゃなーい」

 リンディアは紙コップを片手に、クッキーをポリポリ食べている。彼女には、貰い物を食べることに対する抵抗など、欠片もないようだ。

「借りを作りたくはない」
「あーいかわらず、重苦しい男ねー。クッキーなんて、借りとかいう大層なものじゃないでしょー?」
「小さなことだろうが、借りを作るのは嫌だ」
「あーヤダヤダー」

 リンディアは顔を不快そうにしかめながら、紙コップに入ったハーブティーを口内へ注ぎ込む。
 その様子を穏やかに見つめていたアスターが、ゆっくりと口を開く。

「私は綿菓子が食べたい気分なのだがね」

 相変わらずの唐突ぶりだ。

 彼との付き合いが長いリンディアは何も感じていないようだが、私は密かに驚いた。
 だって、いきなり綿菓子の話を始めるなんて思わなかったのだもの。

「アンタ、ほーんと綿菓子が好きなのねー」
「もちろんだとも。私は糖分が無いと死んでしまう」
「摂りすぎても死ぬわよー」

 そんな風に話しながらも、リンディアはクッキーを食べている。わりと気に入っているみたいだ。恐らく美味しいのだろう。

 彼女の様子を見ている感じでは特に問題なさそうなので、私もクッキーを食べることにした。

「……あ!」

 クッキーを口に含んだ瞬間、半ば無意識に、声を漏らしてしまった。

「何事だ」
「どーしたの」

 ベルンハルトとリンディアが、ほぼ同時に私の方を向く。

 二人とも、警戒した顔つきをしていた。
 だが、私が思わず声を漏らしたのは、何か異変を感じたからではない。クッキーが美味しかったから、なのである。

「美味しい!」

 私がそう言うと、ベルンハルトとリンディアは溜め息をつきながら返してくる。

「……何だ、そんなことか」
「なーんだ、それだけだったのねー」

 二人が言葉を発したタイミングは、ほぼ同時。その合いぶりといったら、まるで事前に練習を重ねていたかのようだった。

「そのクッキー……そんなに美味しいのかね?」
「えぇ! アスターさんも食べる?」
「実に気になるところではあるのだがね……そんな美味しい物を貰うなど、申し訳ない」

 アスターは遠慮がちにそんなことを言う。しかし、その瞳には「欲しい」と書いてある。非常に分かりやすい。

 きっと食べたいのだろうな、と思ったため、私はクッキーを一枚アスターに差し出す。

「どうぞ」
「……いただいて良いのかね?」

 貰えると思ってはいなかったのか、アスターはきょとんとした顔をする。

「アスターさん、甘いものは好きでしょう? あげるわ。……要らない?」
「いやいや。もちろん、いただけると嬉しいよ。ただ、こんな至れり尽くせりで罰が当たらないかと、そう思ってね」
「おかしなことを言うのね。罰なんて当たらないわよ」
「……ではいただくとしようかね」

 アスターは、この時になってようやく、私が差し出しているクッキーを手に取った。そして、つまんだクッキーをそのまま口へと放り込む。

 それからしばらく咀嚼して、アスターは口を開く。

「……おぉ! 確かに!」

 驚きと感動が混じったような、張りのある声だ。

「甘い!」
「なーに言ってんのよ。クッキーだもの、甘いのはとーぜんじゃなーい」

 しっかり聞いていたらしいリンディアが会話に入ってくる。

「美味だね、これは。なかなか素晴らしい味だよ」
「アンタ、ホーント甘いものが好きよね。よく肥えずにいられたものだわー」
「狙撃は結構な糖分を消費するからね、摂取量も多くなければやっていけないのだよ」
「今はなーんにもしてないじゃなーい」
「……それは言わないでくれたまえ」

 リンディアの発言に、アスターは顔をしかめた。渋柿をかじりでもしたかのような顔である。

 そもそもが、年齢を感じさせるしわの刻まれた顔だ。それをしかめると、若者が顔をしかめた時よりも、もっと渋いものを食べた顔に見える。

 その時、それまでは黙っていたベルンハルトが声を発した。

「イーダ王女。少し構わないか」
「何? ベルンハルト」

 そう問うと、ベルンハルトは、少々気まずそうな顔をした。

 とても言いにくいことなのだろうか? と思いつつ、彼の顔を見つめてみる。

「ベルンハルト?」
「その、僕も一枚欲しいのだが」

 視線を逸らしつつ彼は言った。

「欲しい、って……クッキー?」

 ベルンハルトはこくりと頷く。
 彼はどうやら、クッキーが欲しかったようだ。

 気難しい彼のことだ、自ら気軽に「欲しい」と言うことは容易でなかったのだろう。

「いいわよ。はい!」
「……感謝する」
「もっと気軽に言って構わないのよ、ベルンハルト」

 気を遣う必要などないのだから。

「いや、気軽には無理だ」
「そう?」
「従者が主に対して気軽に物を要求する、というのは問題だ」

 ベルンハルトはいつも、妙なところで真面目さを発揮する。私からすれば、不思議で仕方がなかった。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.73 )
日時: 2018/12/19 19:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)

70話 手と手

「ディハ、アトゥハ、Cエリアヲアンナイイタシマスネ!」

 ゆっくりとティータイムを済ませた後、視察が再開される。ルンルンは張りきった足取りで私たちを案内してくれた。

 私は、父親やシュヴァルの後ろに連なるようにして、ゆっくりと歩いていく。

 そんな中で、ふと、隣を歩くベルンハルトへと視線を向けた。そして、彼が憂鬱そうな顔をしていることに気がついた。

 かつて生活していた場所へ帰ってくる、ということは、やはり嫌なことなのだろうか。

「ベルンハルト」
「何だ」

 浮かない顔をしていた彼だったが、意外にもすぐに言葉を返してきた。

「どうかしたの?」

 こんなことは聞かない方がいいかもしれない。そう思いながらも、気になるので尋ねてみた。
 するとベルンハルトは、ほんの少し俯いて答える。

「……どうもしない」

 彼ははっきりとそう言いきった。けれども、その表情は、明らかに何かある人間の表情だ。何かを抱いていながら言わないでおこうとしていることは、誰の目にも明らかである。

「本当に?」

 今は移動中ゆえ、ルンルンやシュヴァルが近くにいる。だから、あまり大きな声で話すことはできない。

「本当に、何もないの?」

 自分の従者のことくらいは知っておきたい。中でも、ベルンハルトの心には、特に関心がある。だから、こうして問いを重ねるのだ。迷惑かもしれないけれど。

「……ふと昔を思い出した」

 けれども、結果的には何度か聞いてみて良かった。
 というのも、何度も質問を重ねたことで、ようやく口を開いてくれたからである。

「Cエリアは僕の生まれ育ったところだ」
「今から向かうところ?」
「そうだ」
「なら、知り合いとかに会えるんじゃない?」
「……そうだな」

 ベルンハルトはそう言って、ふっ、と自嘲気味な笑みを浮かべる。

「オルマリンに屈服するなんて、と幻滅されるに違いない」
「まさか! そんなことないわよ」
「いや、そういうものなんだ。オルマリンの王女に仕えるなど、裏切り以外の何でもない」

 ベルンハルトは裏切り者ではない。
 従者となった今でも、彼は、彼であることを諦めず暮らしているのだから。

 それに、もしベルンハルトが王女の従者になっただけで裏切り者扱いするような人がいるならば、そんな人たちとの関係を持ち続ける価値などあまりないだろう。

 そんな心の狭い人間は、ベルンハルトには相応しくない。

「何を言うの。誇り高い貴方が、裏切り者なわけないじゃない」
「僕はネージアを捨てた。それがすべてだ」

 ベルンハルトは考えを変える気はないようだ。裏切ったと言われる、と、完全に思い込んでいる様子である。

「スォロスォロトゥーチャクシマスヨ!」

 ルンルンが告げる。
 まもなくCエリアに着くようだ。


「ココハ、ネージアディンヲオオクシュウヨウシトゥエイル、イェリアニナリマス!」

 先頭を行くルンルンが、父親に説明していた。

「おぉ、ネージア人か。ネージア人といったら確か——」
「セイトヨリズゥーットキタニイッタトゥコロニアルシマニスンデイタヒトタチドゥエス!」
「そういえばそうだったな」

 父親はあまりよく分かっていないのかもしれない——会話を聞いていて、そんな風に思った。

 もっとも、あまり大きな声では言えないことだけれども。

「星王様。くれぐれもお気をつけ下さいませ」
「シュヴァル? 何を言うんだ?」
「ネージア人は極めて危険な種族ですから、何をやらかすか分かりませんよ」

 父親はよく分かっていないらしく、シュヴァルの言葉を聞いても目をぱちぱちさせていた。

「クリタヴェール。星王様に危害を加えようとする者がおらぬか、確認済みなのでしょうね?」
「モティロンデス!」
「反逆者には死を」
「ダ、ダ、ダ、ダイジョウブディスヨー! サトゥガニ、ソンナアブナイヤトゥハイマテンヨー!」

 殺伐とした空気を漂わせるシュヴァルを見て、ルンルンは慌てたように言う。その時のルンルンは、シュヴァルの冷たい瞳から放たれる威圧感に怯えているようにも見えた。

「……なら構いませんが」
「アンシンシテクドゥァサイ! オエライサマグァタニメイワクヲオカケスルコトノナイヨウ、キッチリミハラスェテイタドゥァキマツ!」

 シュヴァルとルンルンが言葉を交わすのを聞きながら、私はそっと、隣にいるベルンハルトを一瞥する。

 彼の表情は明るくはなかった。
 ひんやりしていて、どこか寂しげ。この土地の気候はそんな感じだ。今のベルンハルトの表情は、それによく似ていた。

「大丈夫? ベルンハルト」

 小声で話しかけてみる。

 すると彼は、こちらへすっと視線を向けて、一度だけ静かに頷いた。

 彼の表情は明るいものではない。けれども、瞳の鋭さは健在だ。目つきが弱々しい、ということはまったくない。

「無理しなくていいのよ」
「……していない」
「強いのね、貴方は」

 そう返してから、私は、すぐ近くにあったベルンハルトの手を握る。
 いきなりこんなことをしたら、驚かせてしまうかもしれないが。

「っ!?」

 ……案の定、驚かせてしまったようだ。

「な。いきなり何をするんだ」
「こうしていた方が元気が出るかなー、なんて」
「イーダ王女が僕に気を遣う必要はない」

 ベルンハルトはそう言うと、離してほしそうに手をぱたぱた動かし始めた。

「……こうしているのは、嫌?」
「いや、そういうわけではないが」
「ならどうして拒むの?」
「主に手を握ってもらう従者など、情けないからだ」

 思わず「そんなこと?」と言いそうになった。が、気を悪くさせてしまっては申し訳ないので、寸前のところで口を閉ざした。

「……離してはもらえないだろうか」
「嫌よ。もう少しこうしていたいわ」
「その……人の目があるところで手を繋ぐというのは、どうかと思うのだが……」
「大丈夫よ。誰も見ていないもの」
「そ、そうか……」

 直後、私たちに降り注ぐリンディアの声。

「まったく、仲良しねー」

 誰も見ていないものと思っていたが、どうやら、見られてしまっていたようだ。見られていない、というのは、私の勝手な思い込みだったのかもしれない。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.74 )
日時: 2018/12/21 22:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KXQB7i/G)

71話 いや、おかしい

 整備されていない、砂利だらけの地面。
 灰色のかなり古そうな建物。

 今私たちがいるCエリアは、第一収容所の中でも、特に薄汚い場所だった。

 隣にいるベルンハルトは、かつてここで暮らしていたからか、さほど何も感じていないような顔をしている。

 それとは対照的に、リンディアとアスターは、渋柿をかじってしまったかのような顔つきをしていた。この場所に馴染みがないため、複雑な心境になっているものと思われる。

「怪しーところねー」
「まぁ、収容所だからね。怪しいのも無理はない」
「……それもそーね」

 リンディアとアスターがそんな風に話していても、ベルンハルトは話に加わろうとはしなかった。ただ、じっと前を見据えているだけである。


 そんなベルンハルトの様子を観察していた時だ。
 道の向こうから、何やら、ぱたぱたじゃりじゃりという足音が聞こえてきた。

「お前、また失敗しただろう!」
「うわぁーん! ごめんなさーい!」

 足音に続いて耳に飛び込んできたのは、二種類の声。
 威圧的な雰囲気のある男性の声と、おっとりした感じの少女の声である。

「何事ですか? クリタヴェール」
「アァ、アレハイトゥモノクォトナノデ……ホウッテオイテェクダサイ」
「そうですか」
「ムガイナクォムスメデス」

 唐突なことに警戒するシュヴァルと、いつものことと適当に流すルンルン。二人の様子は対照的だった。

「お願いしますぅー! 許して下さいー!」
「待てェッ! 取り敢えず止まれェ!」

 ——と、その時。

 視界に、全力疾走する二人の姿が入った。

 追われているのは、少女。

 やや赤みを帯びた濃い茶色をした髪は、肩辺りまで伸びている。軽くウエーブがかかっていて、暗い色にもかかわらず柔らかな毛質に見える。

 愛らしい雰囲気を持つ少女だ。

 そんな彼女を追いかけているのは、男性。

 角刈り以外にこれといった特徴のない、極めて普通な男性である。説明できる点を敢えて探すとしたら、昆布色の服を着ている、くらいのものだろうか。

「逃げるなァ!」
「怖いですよぉーっ! ……って、あっ!」

 昆布色の服の男性から走って逃げていた少女は、私まで数メートルという辺りまで来た時、なぜ急につまずいた。

 こちらへ倒れ込んでくる。
 このままではぶつかってしまう——そう焦った、が。

「イーダ王女!」

 ベルンハルトが咄嗟に動き、倒れ込んできた少女から私を庇ってくれた。

「はわっ」

 少女は可愛らしい声を出しながら、ベルンハルトの胸元へ額から突っ込む。それによって、結果的に、ベルンハルトが少女を抱き留めるような形となった。

 それから数秒経って、少女は顔をゆっくりと持ち上げる。

「あ、あの……すみませんっ!」

 大慌てで謝罪する彼女の瞳は、琥珀のような色をしていた。あまり見かけない色みではあるが、こうして見ると、結構綺麗だ。

「走るな。危険だ」
「は、はいっ! 申し訳ありません!」
「気をつけろ」

 ベルンハルトは淡々と警告する。
 すると、少女の瞳の奥に潜む瞳孔が、明らかに大きくなった。

「は、はいぃ……失礼しました……」

 なぜだろう。少女は歪だ。

 彼女は一見、ベルンハルトに警告されたことで落ち込んでいる風だ。声も小さくなっているし、身を縮めているから、そう感じるのだろう。

 しかし、その一方で、表情は直前までより輝いているように感じられる。
 広がった瞳孔、恥じらいが表出した顔面、そしてほんのり赤らんだ頬。そのすべてが、ベルンハルトにぶつかった後に生まれたものだ。

 見ている側からすると、何とも言えない複雑な心境である。

 ……いや、おかしい。

 少女はベルンハルトに謝罪していただけ。ただそれだけで、それ以上のことなんて何もない。にもかかわらず、その光景を見て私は複雑な心境になった。

 ……なぜ?

「コラァ! やっと止まったな、この小娘がァッ!」

 少女が穏やかな表情になっていたのも束の間。彼女を追いかけていた男性が、追いついてきた。

「ひえぇぇぇーっ」

 昆布色の服をまとった男性は、少女に追いつくや否や、彼女の片手首を掴んで、ぐいと引っ張る。

「またしても配り間違えるとは、どういうことだァ!」
「ふわぁー! ごめんなさいぃぃぃー!」

 手首をがっしり掴まれた少女は、半泣きになりながらジタバタしている。しかし、少女が少し体を動かした程度では、男性の手から逃れることはできない。

「118から121にはロールケーキパンじゃないって、何度言ったら分かるんだァ!」
「ふぇぇぇー! そ、そうなんですかー!?」
「もう三週間近く言い続けてるだろォが!」
「すみませんー!」

 目の前で騒ぐ、少女と男性。
 しかし、こちらからしてみれば、何を騒いでいるのやらまったく分からない。

「クリタヴェール、止めなさい。星王様の目前で騒ぐ愚か者を制止せぬなど、無礼にもほどがありますよ」
「ハ、ハイ! モウスィワケアリマセン!」

 シュヴァルに冷ややかな声をかけられたルンルンは、慌てたように言葉を返しながら、ペコペコと何度も頭を下げる。

 そして、それから数十秒ほど経過した後、騒いでいる男性と少女に向けて言い放つ。

「サワグノハヤメナタイ!」

 非常にユニークな容姿に似合わない、真面目な声だった。
 いきなり強く注意され、男性と少女は黙る。

「オウタマノムァエデソンナコトヲスルナンテ!」

 厳しく述べるルンルンに、少女は頭を下げた。
 頭部が動くたび、赤みを帯びた髪がふわりと揺れる。触りたくなるような柔らかな揺れが印象的だ。

「す、すみませんー」
「所長! 配膳ミスをしたこいつが悪いのです!」
「ふぇ……」
「お叱りになるなら、この娘をお叱り下さい!」

 何やら騒々しい。

 それに、こんな愛らしい少女に責任を押し付けようとするなんて、何て嫌な男性だろう。
 昆布色の服を着た男性の行動は、私には理解できなかった。

「トニカク、ココカラスァリナサイ!」
「は、はいー」
「承知しました」

 ルンルンの命に従い去っていく——のかと思いきや、少女はくるりと身を返して、私の方へと駆け寄ってきた。

「ごっ、ご迷惑おかけしてすみませんでしたっ」
「え。私?」
「先ほど、ぶつかりそうになってしまいましたよね!?」

 少女の琥珀のような瞳が、私をじっと捉えている。

「お怪我はありませんでしたか?」
「え、えぇ……大丈夫よ」
「そうですかっ。それなら良かったです!」

 なんて純粋な目をした少女なのだろう。

「おい、もたもたするな!」
「はいーっ」

 その後、男性と少女は走り去っていた。

「凄く元気な二人だったな!」
「……まったくです」
「シュヴァルは不機嫌なのか?」
「まさか。ただ、騒がしい輩に少し疲れただけのことです」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.75 )
日時: 2018/12/21 22:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KXQB7i/G)

72話 間違いありませんね

「ミグルシイムォノヲオミセシテシマイ、シツレイシマシタ。デハ、ロウドウスルヒトヴィトヲゴルァンクダツァイ」

 ルンルンがそう言いながら見せてくれたのは、工場だった。
 椅子に座った人たちが、何やらせっせと働いている。男性も女性もいるが、皆真面目に働いているのだから不思議だ。十人以上集まれば、普通は、誰か一人くらいさぼりそうなものなのだが。

「へぇ……意外とみんな真面目なのね」
「真面目に働かないと痛い目に遭うからな」
「あ、そうなの?」

 独り言のような呟きにベルンハルトが言葉を返してきたことは、少々意外だった。このタイミングで彼が自ら言葉を返してくるとは、予想していなかった。

「逆らえば厳しい罰が与えられる。それは、ここでは当然のことだ」

 そう話すベルンハルトの表情は、哀愁を帯びている。

 彼の瞳を何かに例えるとしたら、木枯らしが肌を撫でる秋の終わりの夕暮れのよう、という表現が相応しいだろうか。ベルンハルトは、何もなくてもほんのり寂しくなる季節のような、静かで切なげな顔をしていた。

「……ベルンハルトは、そんなところで生まれ育ったのね」
「そうだ」
「そんな厳しい環境で生まれ育ったなら、貴方の心が冷えきっていたのも分かる気がするわ」

 濃い色をしたベルンハルトの瞳を、私はそっと見つめる。

「……僕はいまだによく分からない」
「何が?」
「自由を許さぬ環境でありながら、なぜ子を生むことが許されたのか」

 ベルンハルトは静かに唇を動かす。

「僕には理解不能だ」
「まぁ確かに……それはそうね」
「それに、子を生んだところで、どのみちその子がまともな人生をゆけぬことは、分かっていたはずだ」

 確かに、と、私は内心頷く。

 けれども、「そうね」とは言えなかった——いや、言いたくなかった。

 厳しい環境で生まれ育った人間がまともに生きていくのは、難しいのかもしれない。ただ、だからといって諦めてほしくはないし、「そんなものだ」と思いたくもない。

 少しでも良い道を。
 ほんの少しでも、幸福な人生を。

 彼には求めていってほしい。

 たとえ、それがとても難しいことなのだとしても。

「でも、ベルンハルトが生まれてきてくれて良かった」
「……イーダ王女?」
「もし貴方が生まれてこなかったら、私と貴方が出会うこともなかったはずだもの」

 ベルンハルトは、理解しきれない、というような顔をしている。

「出会わなかった今より、出会うことのできた今の方が、ずっと素敵だと思うわ」


 Cエリアにある工場をひと通り見学した後、父親らと私たちは、別ルートを辿ることとなった。

 無論、帰りには合流するわけだが。

 父親らがどのような見学ルートを行ったのかはしらない。が、私たち四人——私とベルンハルト、リンディア、アスターは、ネージア人を収容しているエリアへと向かうことになった。

 王女が気軽に見に行っていいところなのか甚だ疑問ではある。しかし、勝手にこのルートに決まってしまった。私たちがこのルートを選び決めたわけではないのだ。

「あー退屈だわー。早く帰りたーい」

 歩いている途中、リンディアが唐突にそんなことを言った。

 正直、同感だ。
 本当のところを言うなら、私も少し飽きてきている。

 歩きながら、代わり映えしない光景を眺め続けるというのは、結構退屈なこと。今、それを改めて感じている。

「そういうことを言うものではないよ、リンディア」
「アンタは黙っててちょーだい。ジジイ」
「この私をジジイ呼ばわりとは、なかなか酷いね」
「間違いじゃないでしょー」

 リンディアとアスターは相変わらず。
 二人のぶれなさは、もはや、尊敬に値するくらいのものだと思う。

 前を行く案内役の男性は、とても無口だ。ほとんど何も言わない。ダンダともルンルンとも違ったタイプの振る舞いが、妙に印象的である。

「それはまぁ、確かに、間違いではないがね……」
「でしょー? 分かったら、大人しくしてなさーい」

 案内役の男性は黙々と歩いていく。私とベルンハルトは、その背中を追って歩む。そして、リンディアとアスターは仲良く喋る。

 ……何やらおかしな気もするが、まぁいいだろう。


 それからも、私たちは歩き続けた。
 建物は古く、屋内にもかかわらず、外からの風が入ってきていた。ひんやりとした冷気が、足下を這う。

「ねー、ちょっとー。まだ着かないのー?」

 退屈さに耐えきれなくなったらしく、リンディアがそう発した。
 しかし、案内役の無口な男性は、「もう少しです」と返すだけ。それ以上のことは何も言わなかった。

「なーんか愛想悪いやつねー」
「リンディア、そういうことは言わない方がいいよ」
「は? 本当のことなんだから、べつにいーじゃなーい」

 個人的には、リンディアの意見もアスターの意見も理解できる。間違ってはいないと思う。ただ、社会でスムーズに生きていくには、という方向で考えた場合には、アスターの方が正しいのかもしれない。

「嫌われてしまうかもしれないよ?」
「嫌われるくらい、いーわよ。言ーたいこと言えないよりましだわ」
「リンディア自身はそれでいいかもしれない。だが、イーダくんにも迷惑がかかるのだよ?」
「そんなことがあるかしらー」
「従者の評価は、主の評価に繋がるからね」

 アスターの言葉を聞き、リンディアは大人しい表情になる。

「それは厄介ねー」

 以降、リンディアは愚痴を言わなくなった。
 もっとも、表情は数分のうちに不満げなものに戻っていたのだが。


 静寂の中を歩き続けて、数分。

 案内役の男性は不意に足を止めた。

 着いたのかな? と思いながら、私は立ち止まる。隣のベルンハルトも、不思議なものを見たような顔つきをしながら足を止めている。

「……失礼ですが」

 案内役の男性がそっと口を開く。

「イーダ・オルマリン王女、で、間違いありませんね?」
「えぇ」

 唐突に名を確認するなんて、一体どうしたのだろう。


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