複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.81 )
日時: 2018/12/26 21:39
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gF4d7gY7)

78話 視察を終えて、帰路につく

 ネージア人らを退けた後、私たちは父親と合流。
 そして帰路につく。


「この二日間、色々あったわね」
「そうだな」

 帰りの浮遊自動車の中で、私は、右隣に座っているベルンハルトへ話しかける。

「厄介なことが多々あったな」

 帰り道も、行きと同じで、父親は別の浮遊自動車だ。
 父親はやはり、シュヴァルと乗っていた。彼はよほど、シュヴァルのことを気に入っているのだろう。

「そーねー、疲れちゃったわー。王女様と出掛けると、こーんな大変なのねー」
「リンディア。そういうことは言わない方が良いと思うのだがね」

 リンディアの発言に対し、アスターが注意を加える。

「は? ジジイは黙っていてちょーだい!」
「ジジイ、は余計だよ」
「なーによ、事実じゃなーい。実際、一人二人にてこずるくらい、ジジイ化してたでしょー」
「心外だよ。確かに年老いてきつつはあるが、そこまで弱ってはいない。それに、私の本来の専門は狙撃だからね」
「はー、ヤダヤダ! かっこつけてんじゃないわよー!」

 決して若くはない年でありながら、あれほどの戦いを見せてくれたアスターだ。若い頃ならもっと強かったものと思われる。

 そう考えると、リンディアが言っていることもあながち間違いではないのだろう。

「それにしても、アスターさんが接近戦もいける人だったなんて、驚きだわ」
「お。そうかね?」
「狙撃手って、狙撃だけじゃないのね」

 アスターが接近戦でもあれほど戦えるというのは、正直意外だった。狙撃特化のイメージが強かったからである。

「若い頃、『もしもに備えてある程度訓練しておけ』と言われていたものでね」
「へぇ。さすがだわ」
「ま、たいしたことではないよ。しかし……『さすが』だなんて照れてしまう」

 すると、ベルンハルトがすかさず口を挟む。

「勘違いするなよ、アスター」

 ベルンハルトがアスターに向ける視線は、見ているだけでも痛みを覚えたかのように錯覚するほど、冷ややかだ。

 例えるならば、氷で作られた剣のよう。いかにも冷たげで、鋭さのある視線である。

「イーダ王女はお人好しで優しい。だから、そうやって、心地よいことを言ってくれる。ただそれだけのことだ」

 ベルンハルトにそう言われたアスターは、きょとんとした顔をした。唐突なことで、話についていけなかったのかもしれない。

「ん? 一体何の話をしているのかね?」
「いや。ただ、イーダ王女の優しさに勘違いするなよ、と警告しておいただけのことだ」
「警告? どういう意味だね、それは」

 アスターの言動は謎に満ちている。

 ベルンハルトの心を察していながら何も分かっていないふりをしているのか。あるいは、本当にまったく何も分かっていないのか。どちらもあり得そうな気はする。しかし、実際のところを知る方法は、今の私にはない。彼の言動から想像する——それ以上のことはできないのだ。

「もういい」

 呑気に似たようなことばかり尋ねるアスターの相手をするのが嫌になったからだろうか。
 ベルンハルトはそう小さく呟いて、ぷいとそっぽを向いた。

「おぉ……そうかね」

 そっぽを向かれてしまったアスターは、残念がっているような声色で、そんなことを言う。しかし、表情からは、残念そうな感じは伝わってこなかった。

 アスターの謎がまたしても深まる。

 ……もっとも、絶対に解き明かさなくてはならない謎なわけではないのだが。

「あららー。もしかしてベルンハルト、妬いてるのかしらー?」

 それまでは窓の外を眺めていたリンディアだったが、いきなりそんなことを言い始めた。
 実に愉快そうな顔をしているあたり、本当にシュヴァルの血を引いているのだな、という感じだ。

「な。僕が嫉妬していると言いたいのか」
「そーなんでしょー?」
「わけが分からない。誰の何に僕が嫉妬するというんだ」

 ベルンハルトはそっぽを向いたまま、ぽそりと放つ。
 それに対してリンディアは、ニヤリと笑みを浮かべたまま返す。

「アスターと王女様が楽しそーな感じなのが、悔しかったんじゃないのー?」

 刹那、ベルンハルトの表情が固くなる。
 彼はその後もしばらく、何も返さぬまま、眉を寄せていた。

「そう……なのだろうか?」
「少なくともあたしにはそー見えたわー」
「なるほど。リンディアがそう言うなら、ある意味ではそうなのかもしれないな」

 ベルンハルトは意外と素直だった。

 リンディアに刺激するようなことを言われたにもかかわらず、怒ることなく、しっかりと受け止めている。

 彼もそろそろ、リンディアに刺激されることに慣れてきたのかもしれない。
 そう思わせてくれる光景だった。


 私たちがこうやって話している間も、浮遊自動車は走り続けている。

 いや、浮遊しているのだから「走り」という表現は相応しくないのかもしれないが。ただ、とにかく進み続けているのである。

 時が経つにつれ、窓の外の景色も、その姿を変えていく。

 第一収容所に近い辺りは、あまり都会という雰囲気ではなく、木々を始めとする自然の物が目立っていた。
 だが、徐々に街の面影が露わになってくる。

 その変化は、私たちを乗せた浮遊自動車が星都に近づきつつあることを、私に教えてくれた。


「ねぇ、ベルンハルト」

 浮遊自動車は、もうあと少しで、星都へと入りそうだ。

「何だ」
「久々に戻ってみて、どうだった?」

 沈黙は嫌なので、私は車内でも、ベルンハルトにちょくちょく話しかける。一応「迷惑かな?」と思いはするのだが、しんとしてしまうと過ごしづらいのだ。

「第一収容所に、か」
「えぇ」

 どんな答えが返ってくるだろう、と少し期待していたのだが、ベルンハルトから返ってきたのは非常にあっさりとした言葉だった。

「特に何も思うことはなかった」

 まさか、という感じだ。

「逆に、貴女はどう感じたんだ」
「私?」
「初めて行ったのだろう。感想が……少し聞いてみたい」

 ベルンハルトは気まずそうな顔をしながら尋ねてくる。

 私としては、正直、かなり意外だった。
 彼が私の心について問うことなんて、ありはしないと思っていたから。

「見たことのないものがたくさん見られて、勉強になったと思うわ」

 私は、内心戸惑いつつも、そう答えた。
 せっかく私に興味を抱いて質問してくれたのだ。敢えて答えない理由なんて存在しない。

「……嫌なところだろう」
「え、そう?」
「あそこは、ろくに掃除もしていない不潔なところだからな。イーダ王女、貴女みたいな人にはとても似合わない」

 そんな風に話すベルンハルトの表情は、微かに陰っていた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.82 )
日時: 2018/12/29 23:11
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GbhM/jTP)

79話 おはよう

 こうして、第一収容所への視察は無事終了した。

 いや、もちろん、何もなく終わったわけではない。何度も襲われたし、多少の負傷もあった。だから「無事終了した」という表現はあまり相応しくないかもしれない。

 ただ、重傷者や死傷者が出なかったのは良かった。

 ベルンハルトも、リンディアも、アスターも。色々ありはしたけれど、ちゃんと生きている。
 今はそれだけで十分だ。


 ——星都へ戻り、翌朝。


 自室のベッドの上で、私はふっと目を覚ました。

 昨夜のことはあまり記憶にない。ただ、ベッドの上で目を覚ましたことから、ちゃんと寝たのだということだけは理解できた。

 あくびによって濡れた目もとを手の甲で拭き、ゆっくりと上半身を起こす。

「おはよう」
「おはよう……って、え?」

 まだ起ききっていない目を開くと、ベルンハルトの姿を捉えることができた。

「べ、ベルンハルトッ!?」

 私は思わず大声を出してしまう。
 彼が意外と近くにいたからである。

 起きてすぐの時はぼんやりしていたからか、気づかなかった。しかし、彼は私のすぐ隣にいたのだ。

「どうして!?」
「驚かせてしまったか」
「い、いえ。それは大丈夫よ。ただ、どうしてベルンハルトがここに?」

 何をするためにここにいたのかが気になるところだ。

「僕は見張っていただけだ」

 意外な答えが返ってきて、驚いた。

 見張っていてもらえるのはありがたい。が、主の枕元で見張るというのは、少々距離が近すぎる気がする。
 嫌とは言わないが……何とも言えない心境だ。

「最近はやたらと襲撃があるだろう。だから、貴女が眠っている間も見張りをつけておかなくてはならない、と思ったんだ」

 邪な企みのためにここにいたわけではないようで、取り敢えず安心した。

 いや、べつに、ベルンハルトのことを疑っているわけではないけれど。

「なんだ、そういうことだったのね」
「不快にしてしまったなら謝る」
「いえ、気にしないで。そういうことなら、むしろ私がお礼を言わなくちゃだわ」

 ベルンハルトが枕元にいて驚いたということは事実。しかし、彼の行動が私の身を護るためであったのならば、彼を責めるわけにはいかないだろう。

「で、特に何もなかった?」
「あぁ。実は僕も途中から寝てしまっていたのだがな」

 ずっと見張っていたわけではないのか。
 私は内心そんな風に突っ込みを入れてしまった。

「ただ、異変がなかったことは確かだ」
「ありがとう、ベルンハルト」

 ベルンハルトとて、寝る気で寝たわけではないのだろう。ならば仕方のないことだ。生き物である以上、寝ずに生きていくことはできまい。

 あんな戦いのあった日だ。
 きっと、ベルンハルトも疲れていたのだろう。

「ベルンハルトはよく眠れた?」
「恥ずかしながら、ぐっすり眠ってしまった」
「ふふ。私もよ。昨夜ベッドに入った記憶がないわ」

 そのうちリンディアやアスターが来るかと思っていたが、案外来なかった。

 それゆえ、ベルンハルトと二人きりの時間が続いていく。

 けれど、それを嫌だとは思わなかった。ベルンハルトと二人きりでゆっくり話すというのも、時には悪くない。

「そうだ。ベルンハルト、怪我したんだったわよね」
「怪我……背中のことか」
「そうそう。もう大丈夫なの?」
「あぁ。手当てはしている、問題はない」

 ネージア人の大柄な男との戦いの時も、ベルンハルトは動けていた。そこから察するに、生活に支障があるほどの怪我ではないのだろう。

 ただ、それでも、少し心配になる時はあるものだ。

「ならいいけれど……くれぐれも無理はしないでちょうだいね。何か問題があったら、すぐに言うのよ」
「分かった。そうする」

 今日のベルンハルトは妙に素直だ。
 それが何だか微笑ましくて、私は思わず笑い声を漏らしてしまう。

「ふふっ」

 私が何の前触れもなく笑ったからか、ベルンハルトは怪訝な顔をする。

「……なぜ笑う?」
「ごめんなさい。何だか、微笑ましくって」
「微笑ましい、だと?」

 ますます怪訝な顔になるベルンハルト。

「変な意味じゃないわよ。ただ、素直なベルンハルトを見ていたら、温かい気持ちになって」

 苦しい言い訳のように聞こえないこともないが、これはすべて事実だ。ごまかすための言葉なんかではない。

「温かい気持ち、か……。僕にはよく分からないな」
「そうなの?」
「気持ちなのに温かい、というところが、まったく理解できない。温かいは、主に温度に使うものだと思っていたのだが」
「まぁ、そうね。貴方みたいな人生を送っていたら、温かい気持ちになることなんてなかったでしょうね……」

 するとベルンハルトは黙った。
 悪いことを言ってしまっただろうか、と密かに焦る。

「……あ。え、えと……」

 ベルンハルトは勇敢で凛々しいが、それでいて繊細だ。ほんの一言、小さなことでも、傷ついてしまうかもしれない。

 彼をそんな目には遭わせたくない。

「その、ごめんなさい。ベルンハルト。変な意味じゃないのよ。私はただ……」

 悪意がなかったことを何とか伝えたいのだが、上手く言葉が出てこない。心をちゃんと伝えなくてはならない時に限ってこれだから、嫌になってくる。

 言葉を上手く発することができずあたふたしていると、ベルンハルトは唐突に、私の顔をじっと見つめてきた。

「イーダ王女」
「へっ?」

 うっかり、情けない声を発してしまった。

 恥ずかしい……。

「僕に対して気を遣うのは止めてくれ」
「え、えぇ」
「そういうことをされると、こちらも困ってしまう」
「そう……ごめんなさい」

 どういった対応が最も相応しいのか不明だが、一応謝っておく。

 するとベルンハルトは、私の手をそっと掴んできた。

「貴女が優しいことを責めるつもりはない。ただ、僕としては、こき使ってもらえる方がしっくりくる」

 ベルンハルトの手は大きい。
 単に握っているだけだろうに、いとも容易く、私の手を包み込んでしまう。

「こき使って……だなんて。面白いことを言うのね」
「いや、面白いことを言ったつもりはないのだが」
「面白いわよ。ただ、残念ながら、その希望に応えることはできないわ。私には、ベルンハルトをこき使うなんて、できっこないもの」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.83 )
日時: 2018/12/29 23:13
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GbhM/jTP)

80話 二人きりという特別感

 自室内でベルンハルトと二人きりという状況は、私を非常に緊張させる。

 彼が私の従者になってくれてから、もうだいぶ経った。しかし、彼と二人になってしまった時の得体の知れない緊張感は、いまだに消えない。

 敵意向けられているわけでもないのに……謎だ。

「ねぇ、ベルンハルト。そういえば、リンディアとアスターさんはどこにいるの?」

 ベッドから起き上がった私は、寝癖のついた髪を見られたことを恥ずかしく思いつつ、尋ねてみた。
 すると、彼はさらりと答える。

「今日はアスターの家へ行くと言っていた」

 よく考えてみれば存在して当然なのだが、「アスターの家」という言葉に驚いた。彼は一軒の家に留まるような暮らしをしていないものと、そう思い込んでいたから。

「そうだったのね」
「あぁ」
「じゃあ今日は、ベルンハルトしかいないのね」
「そうなるな。二人きりだ」

 二人きり。

 その言葉が耳に入った瞬間、胸の鼓動が速まった。

 緊張はする。けれども、それと同時にワクワクもする。そこが実に不思議なところだ。人の心は単純なものではないのだと、改めてそう教えてくれる。

「二人きり、かぁ……」

 私が思わず漏らしたのを聞き逃さず、ベルンハルトは鋭めの声を発する。

「心配するな。襲撃者が来たら、すぐに撃退する」

 いや、いきなり物騒過ぎないだろうか。

「違うのよ。そういう心配をしているわけじゃないの」
「そうなのか?」
「せっかくの二人きりをどう活かそうかなって、ワクワクしながら考えていたのよ」

 ベルンハルトと二人きりになるなんて、なかなかないことだ。この機会を逃すのは勿体ない。運良く与えられた機会なのだから、それを上手く活かして、少しでも楽しく過ごしたいものだ。

「ワクワク? なぜだ。よく分からない」
「ふふ。私の心のことだから、まだ分からなくていいわよ」
「そうか」

 言いながら、ベルンハルトは立ち上がる。

「ところで、僕はここにいた方がいいのか」
「え?」
「外へ出ておいた方が良ければ、そう言ってくれ」

 立ち上がったベルンハルトは、涼しい顔でそんなことを言った。

「だ、駄目よ! 外へ行っちゃ駄目!」

 外に出ていかれたりしたら、私のワクワクは完全に消滅してしまう。それだけは、何としても防がねばならない。

「今日は一緒に過ごすの!」

 ——あ。

 勢いのままに、言ってしまった。

「一緒に、だと?」
「そ、そうよ! 一緒に、よ!」

 ベルンハルトに怪訝な顔をされてしまったのは若干辛いが、このくらいで挫けるわけにはいかない。

「せっかく二人なんだもの!」
「僕と一緒にいても、あまり楽しくないと思うが」
「いいえ。きっと楽しいわ」
「不愉快な思いをするだけだと思うが」
「そんなことないわ!」

 私はベルンハルトの手を掴む。

「絶対楽しい!」

 これは、従者と主が言い争うような内容ではない。しかし、私としては、「楽しい」と言わなくては気が済まなかった。

「……そうなのか」

 私が急に調子を強めたからか、ベルンハルトは、戸惑ったように目をぱちぱちさせている。

「えぇ!」
「ならいいが。……では、何をする?」

 そうだった。私はそれを考えていたのだった。

「ベルンハルトは何がしたい?」
「僕に意見を求めるな」
「それは、何でもいいということ?」
「あぁ。そんな感じだ」

 こくりと頷くベルンハルトは、どこか子どものような雰囲気をまとっていた。

「じゃあ……うーん……」

 暫し考えた後。

「お出掛け!」

 パッと思いついたことを口から出した。

 が、よくよく考えてみれば、お出掛けなんてできるわけがない。
 これといった行き先があるわけではないし、そもそも、どこへならすぐに出掛けられるというのか。

「それは難しくないか」
「そうよね……」
「だが、貴女がどうしてもと言うなら、何か考えようか」

 ベルンハルトの口から出たのは、意外な言葉だった。

「いいの!?」
「もちろんだ」

 そう話すベルンハルトは、口角を微かに持ち上げている。また、目つきも、どことなく柔らかさを感じさせる目つきだ。

「どこへ行くか考えよう」
「そうね!」

 今のところ、順調。

「この建物の外は無理なのか」
「そうなの。勝手に出ることはできないわ」

 王女でなければ、どこへでも行けるのに——その思いは、なかなか捨てきれない。

「なら、建物の中で決めなくてはならないな」
「えぇ」
「建物の中を散策、というのはどうだ」

 確かにね。そのくらいしかないわよね。

「それならすぐに行けるから良いと思うわ」
「貴女のお気に入りの場所があれば、ぜひ紹介してほしい」
「……そんなことでいいの?」
「あぁ。僕はまだ、あまりたくさんの場所へは行ったことがない。従者をしていると、よく行く場所というのも限られてくるからな」

 建物の外へ出なくていいなら、許可を取る必要もない。それに、襲撃に遭う可能性も、外へ行く場合よりかは低いだろう。もちろん「絶対に大丈夫」とは言えないが。ただ、慣れていないところへ行くより安全であることは確かだと思う。

 しかし、問題が一つ。

 私にはお気に入りの場所なんてない。
 唯一にして、大きな問題だ。

「いいわよ、そうしましょう」
「よし」
「ただね……」
「何だ」
「私、お気に入りの場所なんてないの」

 素敵なところをたくさん案内してあげたいという心はあるのだが、生憎、私はこの建物についてそれほど詳しくない。だから、どこが素敵だとか、どこに魅力があるだとかまでは、あまり紹介できそうにないのである。

「だから……知っている場所の紹介でもいい?」

 すると、ベルンハルトはこくりと頷く。
 子どものような頷き方が、素直な感じを漂わせている。

「分かった」
「せっかく案を考えてくれたのに、ごめんなさいね」
「いや。ただ紹介してもらえるだけでもありがたい」

 ベルンハルトの優しさに、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.84 )
日時: 2018/12/29 23:14
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GbhM/jTP)

81話 どこへ行こう?

 建物内を散策すると決めた後、私は、速やかに準備をした。
 髪を整えたり、服を着替えたり、である。

「お待たせ!」
「意外と早いな」
「そう?」
「あぁ。驚いた」

 そして、ベルンハルトと共に自室を出る。

 ——さて、どこへ行こう?


 半年ほど出歩いていなかったということもあってか、廊下を歩いていると妙に視線を感じる。その多くは、恐らく、行き来する侍女からのものだろう。

 だが、それらの視線も、今はさほど気にならない。
 それは多分、隣にベルンハルトがいてくれるからだと思う。

 落ち着き払った彼が傍にいてくれる。ただそれだけで、私の心は強くなるのだ。

「で、どこへ行くんだ」
「そうね……中庭?」

 するとベルンハルトは、数秒間を空けてから返してくる。

「なんというか、ロマンチックな感じだな」

 そんなことを言われるとは思わなかった。
 私からすれば、中庭がロマンチックという発想こそがロマンチックだ。

「そうかしら」
「いや、もちろん、あくまでイメージだが」
「ふふっ。ベルンハルト、可愛いわね」

 私が笑うと、ベルンハルトは気恥ずかしそうな顔つきになる。

「可愛い、と言われるのは初めてだ」
「それは嬉しいわ」
「な。どういう意味だ」
「だって、可愛いベルンハルトを知っているのは私だけだってことでしょう」
「いや、それの何が嬉しいんだ。理解できない」

 ベルンハルトは何も分かっていないようだ。

 だが、そこがいい。
 そういうところこそが、彼の魅力的なところなのである。


 暫し歩き、中庭へ着いた。

 中庭と言っても完全に屋外なわけではなく、見上げると、ドーム状の透明な天井が見える。雨が降っても濡れずに寛げるようになっているのだ。

 しかし、そこを除けば、見た目はいたって普通の庭。
 芝生に覆われた地面も、手入れされた樹木も、自然の色を失ってはいない。

「なるほど。これが中庭なんだな」

 ベルンハルトは周囲を見回しながら呟く。

「ここは何をするための場所なんだ」
「何をするため? ……えーと」

 小さい頃、父親とよく見に来た。そんな記憶はあるのだが、これといって何かをした記憶はない。

「心を休めるため、とかかしら」

 自分でもよく分からない答えを言ってしまった。

「心を休める?」
「美しい風景を眺めていると、穏やかな気持ちになれるでしょう」
「なるほど」

 花が咲いているからか、どこからともなく甘い香りが漂ってくる。ベルンハルトと二人で来るにはもってこいの雰囲気だ。

「確かに、穏やかな気持ちになってきた」
「でしょう」
「眠く……なって……く……る……」
「寝ちゃ駄目よ!?」

 意外な展開に驚き、私は思わず、大きな声を発してしまう。

 しかし、ベルンハルトは本当に寝そうだったわけではなかったらしく、「大丈夫だ、寝ない」などと言っていた。

 もしかしたら、彼なりの冗談だったのかもしれない。

「なかなか綺麗なところだったな」
「そうでしょう? 私も、小さい頃はよく、父さんと見に来たの! と言いつつも、記憶は曖昧なのだけどね」
「良いところを紹介してもらえて嬉しい。感謝する」

 そう述べるベルンハルトの表情は、いつもより柔らかい。マシュマロのような頬をしていた。


 中庭の次は、書庫へと向かった。

 書庫は、背の高い本棚がたくさん立ち並ぶ広い部屋である。

 人の行き来が少ないせいか、他の場所と比べると少々埃臭い。また、空気もやや重いように感じられる。
 けれども嫌いではない。

 埃臭さが醸し出す静かな雰囲気のおかげか、とても落ち着くのだ。

「本がたくさんあるな」
「書庫だもの」
「ここにある本、貴女はすべて読んだのか?」
「まさか! 無理よ!」

 私は読書が得意でないのだ、すべてなんて読めるわけがない。

「ベルンハルトは本が好き?」
「いや。よく分からない」
「そうなの?」
「収容所では、本を読む機会はなかった」

 私とベルンハルトでは、育ってきた環境が違いすぎる。
 改めて、それを実感した。

 私は、ある程度は好きなことをできるにもかかわらず、王女ゆえのほんの少しの制約を憎んでいた。

 けれど、それは贅沢なことで。

 収容所で生まれ育ったベルンハルトには、もっともっとたくさんの制約があったのだろう。
 してみたくてもできないことや、行ってみたくても行けないところは、私なんかよりずっと多かったはずだ。

「だが、こちらへ出てきてからは、少しばかり本を読むようになった」
「そうなの?」
「マナーやルール、それから言葉遣い。そういう本を読む」

 意外。
 小説とかじゃないのね。

「だが……そういう本は難しい。難しくて、その必要性が理解できない」

 それは私も一緒だ。
 基本的なマナーやルールの必要性は理解できる。しかし、細かすぎることになってくると、「なぜ?」と思ってしまう。

「ふふっ。一緒ね」
「いや、貴女と僕が一緒だとはとても思えないが」
「私も、細かすぎるルールやマナーには、ぐったりしてしまうわ」
「王女であってもそうなのか」
「そうよ!」

 王女だって、普通の娘だ。
 面倒臭いことは嫌だし、厳しい教育を受けることには疲れる。

「なるほど。イーダ王女は、案外、普通の人なのだな」

 普通の人、なんて言われるのは、少々切ない気もする。

 しかし、それは事実だ。
 私は王女という身分だが、その正体はただの娘でしかない。

「そうね。王女とて、ただの人間よ」
「勉強になる」
「そう? たいしたことは言えないけれど、そう言ってもらえると嬉しいわ」


 私たちは書庫を出る。
 次の目的地へと向かうためだ。

 ——だが、その途中。

「おい! ちょっといいか!」

 見知らぬ男性から、そんな風に声をかけられた。

「……何か用か」

 ベルンハルトは、さりげなく私の前へ出ながら、警戒した顔で返す。

「アンタ、確か、王女さんの従者の人だよな?」
「あぁ。ベルンハルトという」
「やっぱり! 収容所から出てきていきなり従者になった、噂のやつだよな!?」

 敢えて「収容所」なんて言わなくていいのに。

「……そうだが」
「ちょっと手合わせしてくれないか!?」

 またしても予想外の展開がやって来た。

 ……もっとも、襲撃よりかはましだけれど。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.85 )
日時: 2019/01/01 08:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0rBrxZqP)

82話 証明したい

「実は俺、今困ってるんだよ! 周りから、サボってばかりだから弱い、なんて言われてさー」

 突如話しかけてきた男性は、妙に気さくな人だった。
 警戒心剥き出しのベルンハルトに対してでも躊躇いなく喋りかけていけるというその度胸は、見ていて密かに感心したくらいだ。

「だから、俺と戦ってくれないか?」
「……なぜ僕なんだ」
「なぜって? そんなの簡単なことだろ! 噂になってる有名なやつに勝つところを見せつけて、俺が弱くないってことを周りに証明したいんだ!」

 なんて人だろう。
 そんなことにベルンハルトを利用しようだなんて、最低。

「随分な自信だな」
「まーな! 俺、腕っぷしには自信あるんだ!」

 男性は自信に満ちた表情で言う。
 そんな彼を見て、ベルンハルトは暫し黙り込む。

「王女さんの従者より強いってことを証明できれば、もう『サボってばかりだから弱い』なんて言われなくて済むからな!」

 男性はそんなことを平然と言ってのけた。

 信じられない。本人の目の前で「今から利用させてもらう」みたいな意味の発言をするなんて、まったく理解できない。できるなら「よく平然とそんなことを言えるわね」と食ってかかっていきたいくらいだ。

 無論、知り合いでもない人にいきなり食ってかかるなんて、できっこないのだけれど。

「頼む! 俺と戦ってくれ!」

 男性は、両の手のひらを合わせながら、ベルンハルトに頼み込む。

「断る」
「頼む、頼むよぉ」
「断る」
「ホント、困るんだよ! 頼む! いや、お願いします!」

 必死に頼み込む男性へベルンハルトが向ける視線は、冷ややかなものだった。

「あ! もしかして、自信がないのか!?」
「…………」
「なぁーに、それは心配するな! 俺に負けても、誰も馬鹿になんてしねぇよ! それはただ、俺が強かっただけだからな!」
「……不愉快だ、消えろ」

 ベルンハルトが顔をしかめていることに、男性は気がついていないみたいだ。
 もしかしたら、彼は少し残念な人なのかもしれない。

「頼むよ! 俺と戦ってくれ!」
「他の相手を探した方がいい」
「何だって?」
「僕は手加減などできない。だから、負けてくれる者を探す方が望ましい」

 言ってやれ言ってやれ、という気分だ。

「負けてくれる者と戦う方が、確実だろう」

 ベルンハルトは淡々とそう言った。

 すると、男性は急に怒り出す。

「はぁ!? 何勘違いしてんだ! アンタみたいなのが俺に勝てるわけないだろ!」

 男性はその面に憤怒の色を浮かべながら、ベルンハルトの襟元をぐいと掴む。

「王女さんの従者だからって、調子こくなよ!」
「……普通に受け答えしただけなのだが」
「オルマリン人でもないくせに! 偉そうな顔をするな!」
「……話がずれていると思うのだが」

 ベルンハルトは落ち着き払っている。襟元を掴まれているにもかかわらず、その顔に動揺の色が浮かぶことはない。

 しかし、このままでは男性の怒りは収まらないだろう。
 怒りがさらに激しくなるということはあっても、放っておいて収まるということはなさそうだ。

 彼の怒りを収めるには、勝負を受けるしかないのかもしれない。そうしなくては、今ここで戦いなってしまいそうな勢いだ。

 こんな場所で乱闘騒ぎなんて、絶対に嫌である。

「落ち着きなさい!」

 怒りに操られてしまっている男性を止めるには、私が出ていくしかない。

「なっ……けど、王女さん!」
「ひとまず黙りなさい」
「は……はい」

 男性は、私が予想していたよりかは素直だった。

「そんなにベルンハルトと勝負したいというなら、受けても構わないわ」
「イーダ王女!?」

 驚きの声をあげるベルンハルト。
 しかし私は、それを気にせずに続ける。

「ただし、もしベルンハルトが勝っても恨まないこと。それでどう?」
「あ……あぁ! それでもいい! ま、俺が勝つけどな」

 随分な自信である。

「ベルンハルトもそれでいい?」
「勝ってしまっても問題ないのか」
「もちろんよ。わざと負ける必要なんてないでしょう」
「……そうだな。貴女がそう言うのなら、受けよう」

 話はまとまった。

 これで良かったのか、よく分からないところもある。
 ただ、これが乱闘騒ぎにならないための数少ない道だったのだ。大きな騒ぎを起こさないためだから、仕方ない。


 移動した先は、修練場。
 星王に仕える者たちが、その戦闘力を上げるために訓練をする場所らしい。

 ここの来たのは初めてだ。

 しかし、『諦めない心』『挫けない心』『一日百善』などと書かれた紙が壁に貼り付けられていることから、ただならぬ熱さを感じる。

「では、ただいまより! カッタッタとベルンハルトの模擬試合を開始する!」

 挑んできた男性は、カッタッタという名前だったようだ。

「いかなる武器の使用も認めない! 両者とも体一つで戦うこととし、相手を先にギブアップさせた方を勝者とする!」

 ベルンハルトは勝者となれるのだろうか——そういった不安が消えることはない。私の胸には、今もまだ、不安という名の暗雲が立ち込めている。

 けれども、私が不安になったところで何も変わりはしないのだ。

 私が不安になったからといって、ベルンハルトが強くなるわけではない。私が心配したからといって、ベルンハルトの勝利が約束されるわけではない。

 なら、今私がすべきことは、ただ一つではないか。

 不安を与えない。
 意識を極力私へ向けさせない。

 それだけが、無力な私にできる、唯一の協力だ。

「では、両者位置につけ。試合——」

 大丈夫。ベルンハルトならきっと、そう易々と負けはしない。

「開始!」

 カッタッタとベルンハルトの勝負が始まる。

 どのような結末が待ち受けているのかは知るよしもないけれど——今はただ、ベルンハルトがカッタッタに勝ってくれることを願うのみだ。


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