複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.76 )
日時: 2018/12/21 22:48
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KXQB7i/G)

73話 まずは身を護る

 それまでほとんど口を開かなかった案内役の男性が、唐突に私の名を確認した。

 極めて不思議な現象だ。
 何のために? という疑問が、今、私の胸を満たしている。

「あ、あの、ここは?」
「…………」

 勇気を出して男性に尋ねてみる。
 しかし、彼は何も答えてくれなかった。彼はただ、黙ったまま、その場に立っているだけ。

 実に謎だ。
 これはもう、不気味と言っても過言ではない。

「ねぇ、ベルンハルト。ここは何なの」

 男性から聞くことは諦め、私はベルンハルトに問う。ここで生まれ育った彼なら少しは知っているだろう、と思ったから。

「ここは人を収容しておく施設だ。入っているのは、主にネージア人だな。ただし、昼間はあまりいない」
「そうなの?」
「昼間は工場なんかで働かされている人が多いからな」
「そう……」

 ベルンハルトの話が真実ならば、今はまだ人の少ない時間であるはずだ。だとしたら、なぜその時間に見学させるのか、不思議で仕方がない。

「あの、少し構わないかしら」
「……何でしょうか」

 案内役の男性は、今度は言葉を返してくれた。

「ここで一体、何を見せてくれるの?」

 こんなことを言うのは、正直気が引ける。嫌な感じで伝わらないかどうか、不安だからだ。
 だが、聞かなければ気になって仕方がない。だから尋ねてみた。

「何を見せてくれるのか、ですか」

 案内役の無口な男性は、私の問いに対し、そんなことを返してきた。

 そして、暫し沈黙。

 それから十秒ほど経過して。
 彼はそっと口を開く。

「終わりの幕開け……なんていうのはどうですか」

 男性の口から零れたのは、意味深な言葉。私には、その言葉の意味が、よく分からなかった。


 ——が、その直後、ただならぬ殺気を感じる。


「イーダ王女!」

 耳に飛び込んできたのは、ベルンハルトの鋭い叫び声。
 そして、突き飛ばされる。

「きゃっ!」

 ベルンハルトに突き飛ばされた私は、一メートルほど離れたところへ倒れ込む。身構えていない時に押されたため、転倒してしまったのだ。

 彼が私を突き飛ばしたのには、何か理由があるのだろう——そう思い、私は顔を上げる。
 すると、大柄な男に襲いかかられているベルンハルトが見えた。

「ベルンハルトッ!?」

 突如現れた大柄な男は、ベルンハルトの両手首をがっちりと掴んでいる。
 両手首を掴まれてしまっているベルンハルトは、ナイフを抜けないため、反撃することができないようだ。

「大丈夫? 王女様」
「リンディア。私は平気。それよりベルンハルトを……」
「なーに言ってんのよ! 王女様ゆーせんに決まってるじゃない!」

 何よりも私を優先してくれる従者というのは、非常にありがたいものだ。

 ただ、ベルンハルトのことが心配でならない。そもそも負傷しているうえ、ナイフを取り出せない状況なのだ、放っておくなんてできるわけがないではないか。

 私としては、今は私よりベルンハルトを優先してほしい、という気分だ。

「で、でもっ……」
「あいつは従者よ!」

 リンディアの声は鋭かった。
 こんな鋭く言われてしまっては、これ以上言い返すことはできない。

 私が言い返すのを諦めた、刹那。

「また来たよ!」

 今度はアスターの声が聞こえてきた。いつものんびりマイペースな彼にしては緊迫感のある声だ。

「また来た、ですって!? 何がよー!?」
「敵と思われる人間が、だよ」

 アスターは指差しながら答えた。

「ちょっ、ホントにー!?」

 リンディアは素早く、アスターが指差している方へ目をやる。そして、その整った顔面に焦りの色を滲ませた。

 私も彼女と同じように視線を動かす。すると、通路の向こうから、何人かの男が駆けてくる様子を捉えることができた。

 駆けてきている者たちは、皆、黒に近い髪色をしている。
 また、シャツと半ズボンだけという、みすぼらしい格好だ。

「作戦通りいくぞー!」
「ゲッ! 護衛がいるじゃないか」
「護衛なんか気にするなー!」
「数で押せば余裕どす!」
「作戦通りいくぞー!」
「おい、お前それしか言えないのかよ……」

 男たちは、威勢よくそんな言葉を発しながら、私たちを目がけて走ってきている。結構な速度だ。このままだと、一分もしないうちに、私たちがいるところまでたどり着いてきそうである。

「……男とは厄介ね。それに、けっこーな数じゃなーい」
「どうする? リンディア」
「ちょ、どうするも何も、今からじゃ逃げようがないでしょー?」

 言いながら、リンディアは拳銃を抜く。

「迎え撃つしかないわねー」

 水晶のように透き通った水色の瞳に、凛々しい輝きが宿る。

「アスター。アンタも働きなさいよ」
「いや、何を言っているのかね? 私はあくまで狙撃手。あんな屈強な男どもを倒すような技術は持っていないのだが」
「はい嘘ー」
「なっ。なぜバレたのかね!?」

 敵意を抱いている男たちが迫ってきている、という危機的な状況下にあっても、リンディアとアスターの会話はいつも通りだった。

「昔、敵を叩きのめすところを見た記憶があるわよー」
「そんなことを覚えていたのかね!? 記憶力が良すぎると思うが!?」
「ま。とにかく、ちゃーんと働いてちょーだいね」
「……仕方あるまい」

 ベルンハルトのことが心配で仕方ない。

 辛いことをされていたら、痛い目に遭わされていたら。そんな風に考えるたび、胸が苦しくなる。私のせいでベルンハルトが……なんて、考えたくない。

 けれど、危機的な状況にあるのは、彼だけではなくて。私も、リンディアも、アスターも、何か危害を加えられる可能性がある状況にあるということを、失念してはならない。

 ベルンハルトは気になるが、今は自分の身を護ることが最優先事項。

 私は、改めて、自分にそう言い聞かせた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.77 )
日時: 2018/12/22 15:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: z5ML5wzR)

74話 アスターとリンディアと、複雑な痛み

 緊迫した空気がぴりぴりと肌を刺す。
 そんな中に、私たちはいた。

「いくどー!」

 迫ってくる男のうちの一人が、両手で担いでいる太いホースのようなものの口を私たちの方へ向け、威勢よく叫んだ

 すると、ホースのようなものの口から白い煙が放たれた。
 一気に視界が悪くなる。

「アスター! しっかりしてちょーだいよ!」
「あぁ、もちろんだとも!」

 放たれた煙のせいで、視界がかなり狭くなってしまった。おかげで、近くしか見えない。これでは、敵がどこから仕掛けてくるかも、直前まで分からないではないか。

 そんな状況に、私は個人的に「どうしよう」と焦っていたのだが、リンディアとアスターは冷静だった。

「今のうちに仕留めるどすー!」
「来たね」

 煙の中から一番最初に現れたのは、木製の太い棍棒を二本持った男。どうやら筋肉がかなり発達しているようで、太い棍棒に負け劣らないくらいたくましい腕をしている。

「いくどすー!」

 男は棍棒を握った二本の腕を同時に振り下ろす。

 しかし、棍棒が完全に振り下ろされるより早く、アスターは男の懐へ潜り込んでいた。

 アスターが敵の懐へ潜り込むスピードといったら、獲物に飛びつく蜘蛛といい勝負になるくらいの、凄まじい速さである。

「遅すぎやしないかね?」

 低い姿勢を保ちつつ、アスターはそんなことを言った。
 そして、男の鳩尾付近を、拳で突き上げる。

「ゲホォッ!!」

 男は派手にむせた。

 しかも、衝撃がかなり大きかったのか、両手に持っていた棍棒を落としている。

 アスターは、まともに呼吸することさえままならない男の腹部を両手で掴んで抱え上げると、大きく振り被ってから地面へ叩きつけた。ずぅん、と重苦しい音が響く。

「やれやれ、関節が痛む」

 男を地面へ叩きつけたアスターは、ふぅ、と溜め息をつく。いつの間にか、表情に穏やかさが戻ってきていた。

 ——しかし、その背後から、もう一人迫ってきている。

「アスターさん!」
「何かね、イーダく——ん!?」

 言いかけた瞬間、アスターはようやくもう一人の敵に気がついたようだった。

「まったく! まだいたのかね!」
「……多様性を認めないオルマリン人は死ね」

 アスターは一瞬にして振り返る——が、今度は敵の男の方が速い。

「ぐうっ!」

 男の回し蹴りが、アスターの脇腹にもろに突き刺さる。これには、さすがのアスターも顔をしかめていた。

 横側からの蹴りを決められたアスターは、よろりと数歩後退する。

「他人をいきなり蹴るとは! 君たちには礼儀というものがないのかね!?」

 蹴られた部分を手で押さえながら、アスターは抗議する。

 しかし、敵の男がそんな言葉を聞くわけもなく。

 男はアスターに更なる攻撃を加えるべく、地を蹴る。その勢いに乗り、アスターがいる方へと一気に近づいていく。

「……多様性を認めないオルマリン人には、存在価値がない」
「存在価値がない、なんて言わないでいただきたいものだがね」

 この時になって、初めて、アスターの顔に焦りの色が滲む。
 一撃叩き込まれたことで、かなり呑気なアスターにも、ようやく危機感というものが生まれたようだ。

 もっとも、それが良いことなのか悪いことなのかは、よく分からないけれど。

「……ここで消えろ」
「多様性を認めない、というのは、君も当てはまると思うのだがね——ぐっ!」

 男が宙から放った蹴りを、アスターは片腕で防ぐ。
 疾風のごとく放った蹴りを防がれたからか、男は眉を寄せ、一旦距離をとる。アスターを少し警戒している様子だ。

「こんな乱暴なこと、もう止めたらどうかね? 無意味な戦いを続けたところで、何も変わりやしないのだから」
「……黙れ、オルマリンの手下め」

 なぜだろう——よく分からないけれど、敵の男から、ベルンハルトと同じようなものを感じた。

 オルマリン人を憎む心。
 オルマリン人を悪と信じ疑おうとしない心。

 今アスターと交戦中の彼は、出会った頃のベルンハルトに、どことなく似ている。

「……消えろ、オルマリン人」
「退いてはくれないようだね。実に、残念だ」

 男は再びアスターへと迫る。

 どことなくかつてのベルンハルトに似た雰囲気のある男が傷つくところは、個人的にはあまり見たくない。ベルンハルトが傷つくところを見てしまったような感覚に陥る気がするから。

 けれど、男を応援するわけにもいかない。
 そんなことをしたら、アスターを見捨てるも同然だからである。

 私はどうすれば……。

 そんな風に揺れていた時、一筋の閃光が男の背中を貫いた。

 男は前向けに、ドサリ、と音をたてながら倒れ込む。

「ぼさーっとしてんじゃないわよ! アスター!」
「すまなかった。助かったよ、リンディア」

 どうやら、男を撃ったのはリンディアだったようだ。

 胸の奥がじわりと痛む。
 けれども、これはやむを得ない痛みだ。

 アスターの無事と引き換えなのだから。

「助かったよ、なんて言ってる場合じゃないでしょーよ! アンタ、一人二人にてこずるって、どーいうこと!?」

 アスターの情けなさに、リンディアは憤慨していた。

 彼女は荒々しい足取りでこちらへ歩いてくると、水色の瞳でアスターを鋭く睨み、はっきりと言い放つ。

「こんな素人相手に苦戦してるよーじゃ、アスター・ヴァレンタインの名が泣くわよー」
「相変わらず厳しいね、リンディア」
「アンタが役立たずなおかげで、あたしが何人も片付けることになっちゃったじゃなーい」

 リンディアはそう言ってから、かっこつけるように、片手で赤い髪を背中側へと流す。
 その動作は、そこらの男性に負けず劣らないくらいかっこよく、同時に色っぽくもある。

 かっこいい、と、色っぽい、が同時に存在することがあるなんて、私は知らなかった。だから、正直かなり驚いている。

「ま、でもいーわよ。あたしがみーんな片付けたからー」
「さすがはリンディア。素晴らしい強さだね」
「ふん。褒めてもいーわよ。ま、ジジイに褒められても、さほど嬉しくないけどねー」

 それから、リンディアは私に顔を向けてくる。

「王女様、怪我はない?」
「えぇ。無事よ」
「それは何よりー」

 アスターもリンディアも、大きな怪我をせずに済んで良かった。

「じゃ、あとは——」
「リンディア?」
「ベルンハルトの方を手伝うとしよーかしらー」

 そうだった。色々あったせいで忘れてしまっていたが、ベルンハルトも敵と対峙していたのだった。

「よし。では私も……」
「アスター、アンタは王女様についててちょーだい」
「な!?」
「ベルンハルトのサポートは、あたし一人でじゅーぶんよ」

 リンディアはきっぱり言い、ベルンハルトの方へと歩み出す。

 よほど自分一人で片付ける自信があるのだろう——彼女の背中からは、余裕の色さえ感じ取ることができた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.78 )
日時: 2018/12/23 05:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: VXkkD50w)

75話 他人が勝手に敷いただけのレール

 リンディアが向かった時、ベルンハルトは、まだあの男と戦っていた。

 ちなみに、あの男というのは、最初に仕掛けてきた大柄な男のことである。

 それにしても、ベルンハルトが苦戦するなんて。意外としか言い様がない。
 彼がこんなにも互角の戦いに持ち込まれるというのは、凄く珍しい気がする。

「ベルンハルト! 援護しに来てやったわよー!」

 リンディアは銃を撃つ。

 それにより、組み合っていたベルンハルトと大柄な男——二人の体が離れた。リンディアが参戦したことで、膠着状態にあった戦況が大きく動きそうだ。

「……リンディア」

 大柄な男と距離をとることに成功したベルンハルトは、警戒心剥き出しの顔をしたまま、視線をリンディアへ向ける。

「なーに互角の戦いされてんのよー。情けなーい」

 赤い拳銃の銃口を大柄な男に向けながら、リンディアは挑発的に言い放つ。
 しかし、今の状況においては、彼女の言葉も挑発の意味を持たなかった。

「すぐに勝負を決められず、すまない」
「あら。今日は素直じゃなーい」
「今に限っては、お前の言葉が正しい」

 ベルンハルトの発言に、顔をしかめるリンディア。

「ちょ、何それ。素直すぎて気持ち悪ーい」
「特別なことは何もない。僕は、自身に非があるならば、それを認める」

 二人はしばらくそんな風に話していたが、少しして、大柄な男へと視線を戻す。

「アンタは怪我があるでしょ。下がってなさい」
「いや、このまま下がっているわけにはいかない」
「……アンタって、変なところだけ頑固よねー」

 リンディアはまたしても顔をしかめていた。

 ベルンハルトとリンディア。二人は一見仲が悪いようなのに、こういう時には意外と息が合っていたりするから、不思議だ。

 その時、大柄な男が唐突に口を開いた。

「おい」

 大柄な男の両目は、ベルンハルト一人だけを真っ直ぐに捉えている。

「お前、デューラーさんの息子だろ」

 ベルンハルトは目を見開く。
 その瞳には、動揺の色が浮かんでいる。

「ネージア人の誇りを体現したようなあの人の息子でありながら、どうしてオルマリンについたのか。ちゃんと説明しろよ」
「……説明する気はない」
「あの人の後を継いで、ネージア独立のための戦いを指揮するんじゃなかったのかよ!」

 彼もネージア人なのだろう。
 だから、オルマリン側についたベルンハルトに怒っている——それなら理解できないこともない。

 ただ、だからといって暴力に訴えるのは野蛮すぎると思うが。

「それは僕の意思ではない。他人が勝手に敷いただけのレールだ」

 ベルンハルトは静かに返す。
 すると、男はさらに激昂する。

「オルマリンにつくということは、ネージアを捨てるということだな!?」
「……そんなことは言っていないが」
「多くのネージア人の命を奪った忌まわしきオルマリンにつくとは! 見損なったぞ!!」

 リンディアは銃口を下ろさぬまま様子を見つめている。特に何も言わない。

「理不尽に拘束され! 理不尽に働かされ! 理不尽に殺められた! その憎しみを忘れるとは、それでもネージア人なのか!!」
「ネージア人であることに変わりはない」
「ならば、なぜオルマリンに、しかも王女なんかに従うんだ!」

 王女なんかに、なんて言われたら、胸がもやもやする。

 ネージア人たちからすれば、オルマリンの王女である私は憎むべき相手なのだろう。
 彼らからすれば、王女も収容所で働く者たちも、同じオルマリン人。そう考えれば、彼らが特に何の縁もない私を憎むのも、無理はない。

「イーダ王女は僕が仕えるに値する人だ、と判断した。だから、この道を選んだ。ただそれだけのことだ」

 大柄な男が荒々しく叫んでも、ベルンハルトは冷静だった。しっかりした言葉を発し続けているが、顔は眉ひとつ動かさない。

 冷淡。
 そういう言葉が相応しいだろうか。

「裏切り者め!」
「何とでも言えばいい」
「たとえデューラーさんの息子であっても、絶対に許さない!!」

 大柄な男は腹の底からの叫び声をあげる。

 そして、ベルンハルトに向かって駆け出す。
 地鳴りのような足音だ。

「おおおぉぉぉぉ!」

 鼓膜を突き破るような叫び。凄まじい迫力だ。

 しかし、ベルンハルトもリンディアも怯んでいない。ベルンハルトは素早くナイフを抜いて構え、リンディアは銃口を男へと向ける。

「これだからネージア人は!」

 リンディアは拳銃の引き金を引いた。
 光の弾が男に向かって飛んでいく。走ってくる大柄な男に、嵐のように降り注ぐ。

「やられるかぁぁぁ!」

 大柄な男は、光の弾が体に刺さるのも気にせず、突っ込んでくる。彼はベルンハルトしか見ていない。

 ベルンハルトは強い。
 ナイフがあれば、少なくとも負けることはないだろう。

 だが、今回だけは話が別だ。

 今回の相手は、同じ血を持つネージア人。いくら勇敢なベルンハルトであっても、同胞を躊躇いなく倒せるかどうかとなると分からない。どこかで躊躇いが生まれるという可能性は、十分にある。

 もしその隙をつかれたら——。

 今、私の胸の内には、そんな暗雲が立ち込めている。

「来るわよ、ベルンハルト! ほんとーに戦えるんでしょーね!?」
「もちろんだ」

 ベルンハルトの瞳が、大柄な男に焦点を合わせる。

「へまやらかすんじゃないわよ!」
「……あぁ」

 男が襲いかかってくるのを待つベルンハルトの目つきは、よく研がれた刃のよう。この世に存在するありとあらゆるものを切り裂きそうな、そんな目つきだ。

「裏切りは許さああぁぁぁーん!!」

 大柄な男は、獰猛な肉食獣のように歯茎を剥き出しながら、ベルンハルトに襲いかかる。

 しかしベルンハルトは、落ち着きを保っている。
 静かに、その時を待つ。

「おおおおぉぉぉ!」

 男が至近距離に迫る。

「……すまない」

 ベルンハルトは小さく息を吐き出す。
 その時には、既に、彼から躊躇いなんてものは消え去っていた。


「——がっ!」


 直後、男の詰まるような声。

 彼はそのまま、何も言うことなく、どさりと地面に倒れ込んだ。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.79 )
日時: 2018/12/26 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gF4d7gY7)

76話 躊躇い

 ベルンハルトは一切躊躇わなかった。

 ——同じ血を持つ者を刺すことを。

「あら。まったく躊躇しないとは、やるじゃなーい」

 同じネージア人の血を持つ男の腹部を、ベルンハルトは、何の躊躇いもなく突き刺した。

 いや、本当は「躊躇いなく」ではなかったのかもしれないけれど。

 ただ、私の目には、ベルンハルトの心に躊躇いがあるようには見えなかった。男を刺した彼の瞳は、ほんの少しも揺れていなかったから。

「ベルンハルト!」

 大柄な男は地面に倒れ、もう動かない。それをある程度確認してから、私は、ベルンハルトの名を呼ぶ。
 すると彼は、男の腹に刺さったナイフを抜いて、振り返った。

「無事か」
「え、えぇ……」
「なら良かった」

 ベルンハルトは静かに言う。

 けれど——それは本心だろうか。

 たとえ仲間意識があるわけではないとしても、同じ血を持つ同胞をその手で傷つけるというのは、良い気がしないものであろう。

 もちろん、世には同じ血を持つ人間を殺す者だっている。それは事実だ。ただ、そういった場合の多くは、お金で揉めたとか恋人のことで揉めたとか、何かしら理由があるものであろう。何の理由もなく、なんてことは、どちらかというと少数なはずだ。

 しかし、今回のベルンハルトの件は、その少数の方なのである。

 やむを得なかったからだとしても、ベルンハルトの精神にダメージがないという保証はない。

 辺りをキョロキョロ見て、もう襲ってきそうな者がいないか確認した後、ベルンハルトのもとへと駆け寄る。

「ベルンハルト……その、平気?」
「何がだ」
「だってほら、同じネージア人なのに刺すなんて……酷じゃない」

 するとベルンハルトは、ほんの僅かに目を細めた。

「そうだろうか」

 その表情に、私は、「言わない方が良かったかもしれない」と思った。
 じっくり考えず物を言ってしまったことを、正直、とても後悔している。私の言葉がベルンハルトを傷つけたかもしれない、なんて、考えるだけで胸が痛む。

「……いや、それもそうだな。貴女の言う通りだ。酷な人間だな、僕は」
「あ、い、いいえ! そういう意味ではないの! 勘違いだわ!」
「なら、正しくはどういう意味なんだ?」

 ナイフを握るベルンハルトの手は、紅に染まっている。

「私の従者になったせいで、ベルンハルトは同胞に刃を向けなくてはならなくなってしまった……そう思ったら、悲しくて。私の存在が、貴方に酷なことを強いていると思うと……」

 私がそこまで言った時、それを遮るように、ベルンハルトは口を開いた。

「べつに、貴女のせいではない」

 静かながら力を感じる、しっかりとした声だ。

「イーダ王女、貴女はそうやって、すぐに自分を責めようとする。だが、それは何の意味もない行為だ。無意味としか言い様がない」
「……ベルンハルト」
「僕は、貴女が自分を責めることを望んではいない。だから、僕のことで自身を責めるのは、もう止めてくれ」

 辛い思いをした後だろうに、なぜこんなにも淡々と物を言えるのだろう。どうして、こうも冷静であれるのだろう。不思議で仕方がない。

「今の僕は、貴女の従者。貴女が無事でいてくれさえすれば、それ以上は望まない」
「……う」

 ベルンハルトの言葉に、涙が込み上げる。

「な、イーダ王女!? なぜ涙ぐむ!?」
「うぅ……」
「ど、どうして泣くんだ!」

 ぽろぽろと涙の粒が落ちる。
 泣きたいわけでも、悲しいわけでも、ないというのに。

「あーあ、泣かせちゃったわねー」

 リンディアが挑発的に発する。

「おい! 僕のせいみたいに言うなよ!」
「必要以上に優しくするからよー」
「……なに? 僕は優しくなんてしていない!」

 取り敢えず涙を止めなくては。そう思いはするのだけれど、一度溢れた涙というのは、そう簡単に止められるものではない。

「まさか、無自覚? それはさすがに、きっついわー」
「説明しろ!」
「だってほらー『無事でいてくれさえすれば、それ以上は望まない』なんて、ふつー言わないじゃなーい?」

 リンディアの言葉に、ベルンハルトは首を傾げる。

「そうなのか」

 ベルンハルトの表情から鋭さは消えていた。穏やかな時の彼の顔をしている。

「そーよ。女の子はね、優しくされたことで泣いてしまうことだってあーるのよー」
「……なるほど」
「もちろん、優しくしたから嫌われるーってことはないわ。ただ、反応には色々あるってことよ。それくらいは覚えときなさーい」
「そうか。そのつもりはなくとも優しくしたと思われることはある、ということだな」

 ベルンハルトにしては珍しく、リンディアの話を真面目に聞いている。

「ま、これはいーずれ恋愛する時にも役立つから。今のうちに覚えておきなさーい」

 リンディアは妙に上から目線。しかも、話が微妙にずれているような気さえする。

 襲われた後だというのに、こんなのんびり話していて大丈夫なのだろうか。
 ふと、そんなことを思ったりした。

「で、どうするかね? イーダくん」

 リンディアとベルンハルトの会話をぼんやり見ていた私に、アスターが話しかけてきた。

 彼はまだ、脇腹の戦闘時にダメージを受けた部分に、片手を当てている。恐らく、痛んでいるのだろう。体にダメージが残らなければいいのだが。

「向こうのグループと合流するかね?」
「父さんたちの方と?」
「そういうことだよ」
「そうね。また襲われても怖いし、早めに合流しましょう」

 ただ、父親と合流してしまえば絶対に安全、ということではない。
 父親の横には、必ずシュヴァルがいるだろうから。

 彼を悪と決めつけるのはまだ早いかもしれない。ただ、彼が何か罠を仕掛けている可能性とてゼロではないのである。

「……イーダくん?」
「あ」
「ぼんやりしているようだが、大丈夫かね」

 このままでは駄目だ。ぼんやりしている、と思われるような顔をしているなんて、一番駄目な状態。

 ……しっかりしなくては。

「え、えぇ。大丈夫よ」
「私もリンディアも、もちろんベルンハルトくんも、必ずイーダくんを護るよ。君が心配することは何もないからね」
「お気遣い、ありがとう」

 今は、傍にいて護ってくれる人たちがいる。それも、結構な実力を持った人たちが。

 だから大丈夫。

 きっと、あの春は繰り返されない——。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.80 )
日時: 2018/12/26 21:38
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gF4d7gY7)

77話 少女との契約

「けど、合流するって言っても、簡単ではないでしょー?」
「確かにそうね。父さんがどこにいるかも分からないし……」
「取り敢えず、受付へ行って確認するのが懸命だろうな」
「そろそろ綿菓子が食べたくなってきたのだがね」

 そんな風に話しつつ歩き出すイーダたち四人の後ろ姿を、壁の陰からそっと見ている者がいた。

 一人は少女。一人は男性だ。

「ふ、ふわぁぁぁ……」

 ネージア人の男が幾人も倒れている光景を目にし、少女は、困りと驚きが混ざったような声を漏らす。

「みんなやられてしまいましたぁ……」
「見ましたか? オルマリン人の残虐な本性を」

 少女に語りかける男声は——シュヴァルのものだ。

「彼らは極めて凶悪です。逆らう者は誰であろうと、今のように、蹴散らしてしまうのです」

 そんなシュヴァルの言葉に、少女は困った顔をする。
 琥珀色の美しい瞳が、動揺に色を映しながら揺れていた。

「こ、殺してはいませんよね……?」
「さすがに全員を殺すほどの余裕はなかったようでしたね」
「なら、まだましなのでは……?」

 少女がイーダらを擁護するような発言をした瞬間、彼女を見下ろすシュヴァルの目が一瞬にして色を変える。

「……あっ」

 シュヴァルの機嫌が変わったことを察したようだ。少女の顔が強張る。
 彼女のはそれまでより少し硬めの表情で言う。

「ご、ごめんなさい。それで……頼みっていうのは、何でしたっけ」

 流れる空気は冷たい。それはもちろん、外が寒いというのもあるのだろうが、それだけの冷たさだとは思えないような冷たい空気が流れている。血まで凍りつきそう、という表現が相応しいような冷たさだ。

「そうでした。その件でしたね」
「……はい」
「貴女には、王女つきの侍女として働きに来ていただきたいのです」

 少女は目を見開き、体を大きく仰け反らせる。

「えええ!」
「しっ。静かにしなさい」
「は、はいぃ……」

 少女は胸に手を当てて、心を落ち着かせるように、ふう、と息を吐く。
 彼女なりに動揺を緩和しようと努めている様子だ。

「何も侍女として一人前になれとは言いません。そもそも、不器用な貴女が一人前になれるわけがありませんから」

 シュヴァルは淡々と述べる。

「貴女には、ただ、王女様が一人になる時間を作っていただきたいだけなのです」
「おうじょさまがひとりになるじかん?」
「そう。つまり、従者が王女様から完全に離れる時間を作れれば、それだけで良いのです」

 赤みを帯びた柔らかな髪の少女は、シュヴァルの話を聞き、小さく「えぇぇ……」と漏らしている。

「まさか、やりたくないのですか」
「い、いえ! そんなことはありません! ……ただ」
「ただ?」
「王女様をお一人にするなんて、危険ではありませんか……?」

 少女が放ったまさかの発言に、シュヴァルは思わず顔をしかめる。

「貴女は馬鹿ですかね」
「へ?」
「王女様を確実に仕留めるために、一人にするのです」
「えええ!」

 またしても大声をあげる少女。その口を、シュヴァルは片手でパッと塞いだ。

「いちいち騒ぐのは止めなさい」

 イーダたちの背は遠ざかっていく。

「で、協力していただけますか? いただけますよね?」
「はわわ……王女様を仕留めるために協力なんてできませんよぉ……」

 少女は首を左右に動かす。

 するとシュヴァルは、「おや」と言いながら、彼女に顔を近づける。

「ご家族がどうなっても良いのですか」
「……へ? あの、え?」
「貴女が協力してくれるのならば、貴女のご家族への労働をすべて免除します。ただ、協力していただけない場合は、貴女のご家族の労働を今の二倍量に増やします」

 シュヴァルは脅すような口調でそんなことを言い、顔を近づけながら、ジリジリと圧をかけていく。
 こんな圧のかけられ方をすれば、誰だって折れざるを得ないだろう。

「そ、それは止めて下さいぃぃー! 今でも一日十時間以上なのに!」
「では、協力していただけますね」
「うぅ……」

 少女は元々小さい体をさらに縮めた。その琥珀のような瞳には、うっすらと、涙の粒が浮かんでいる。

「協力していただけますか」
「う……は、はいぃ……」

 シュヴァルの口角が持ち上がる。

「これで成立ですね」

 そう言った時、既に、シュヴァルは笑顔になっていた。冷ややかな目つきも、半ば脅しのような声色も、今はもうない。

「あの、でも、本当に……たいしたことはできません……」
「大丈夫ですよ。心配せずとも、このシュヴァルがサポートします」
「そ、それにぃ……王女様を仕留めるのは無理ですよ……」
「仕留めるのは他の者の役割です」

 静かな空間の中、シュヴァルと少女、二人だけの話し合いが進んでいく。

「まずは星都へ出てきて、一週間ほどで、その暮らしに慣れて下さい。その間に、侍女として何とか働けるようなところまで、教育させます」
「で、でも、あまり向いていないかもしれませんっ!」
「貴女は今も配膳係でしょう? その経験がきっと役に立つはずです」
「そうでしょうか……」

 彼女が配膳係であることは事実。

 もっとも、まともに配膳できない配膳係ではあるが。

「そうです。このシュヴァルの言葉に間違いなどありはしません」
「は、はいっ! では、よ、よろしくお願いします!」

 少女はペコペコとお辞儀を繰り返す。その度に赤みを帯びた髪がふぁさふぁさと揺れるのが、見る者に、彼女を幼く感じさせる。

「あ、それと一つ」
「はいっ。何ですか?」
「このシュヴァルと話したことについては、決して口外しないよう頼みます」
「わ……分かりましたっ!」

 こうして結ばれた、シュヴァルと少女の契約。
 それがイーダたちにどのような影響を与えるのかは、まだもう少し先の話であろう。


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