複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.106 )
日時: 2019/02/04 16:59
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kct9F1dw)

103話 静寂を揺らすもの

 時は、ほんの少し遡り。

 イーダと別れたリンディアは、アスターの眠るベッドの脇に置かれた椅子へ、そっと腰を掛けた。
 リンディアの水色の瞳は、時折微かに揺らぎつつも、アスターの寝顔を凝視している。

「……アスター」

 部屋にはアスターとリンディアだけ。他には誰もいないため、室内は非常に静かだ。呼吸する音さえ聞こえそうなほどの静寂である。

 そんな無音の世界の中、リンディアは、脱力したアスターの手を握った。

「なーにやってんのよ」

 リンディアが吐き出した言葉。それはまるで、溜め息のようだ。

「ばっかじゃないの、アンタ。こんな怪我して……めーわくかけてんじゃないわよー」

 そんな風に彼女が声をかけても、アスターは何も返さない。
 彼はずっと眠ったままで、微かな反応さえない。

 リンディアは、アスターの目覚めを望んでいることだろう。けれども、その望みが叶うことはなく、ただ時間だけが過ぎてゆく。

「起きなさいよ、アスター」

 静寂の中、リンディアの声だけが空気を揺らす。

「アスター! こんなところで死んだら、あたしが死んだ後、さんじゅー年くらいしばき回すから!」

 リンディアは叫んだ。
 それでも、アスターからの返事はない。

 アスターの手を握る手に力を加え、彼女は目を細める。水色がかってはいるものの水晶のように美しいその瞳には、うっすらと、涙の粒が浮かんでいた。

「そんなの嫌でしょー。帰ってきなさいよ」

 彼女は独り言を発し続ける。
 唇を震わせながら。

「アスター、起きてちょーだいよ……」

 ベッドに横たわるアスターは、確かに呼吸している。だから、もう二度と帰ってこないような状態ではないはずだ。意識が戻りさえすれば、きっと、また再び動き出すことだろう。

 けれど、なかなか動き出さない。

「アスター……」

 リンディアの声が震える。
 その息さえ、今は掠れている。

 そんな時だった。

「……っ!?」

 握っていたアスターの手——否、指が、ぴくりと動いた。

 リンディアはすぐに気がつき、驚きを露わにしながら顔を上げる。その瞳は、アスターの手を暫し見つめた後、顔へと視線を移す。

「アスター?」

 悲しげな色を湛えていた彼女の双眸に、僅かではあるが希望の光が宿る。

 直後、再び彼の指が動いた。

「目が覚めそーなの?」
「…………」

 反応はない。

 再び静寂が訪れる。
 二人きりの空間は痛いほどに静かで、心音まで他人に聞こえそうだ。

「ちょっと、ねぇ、どーなのよ」

 リンディアはそうやって声をかけるのだけど、何かが返ってくることはなくて。彼女は、はぁ、と、小さな溜め息を漏らした。

 そして、諦めたようにアスターから視線を逸らした——その刹那。

「……リン、ディア」

 低い声が発された。

 突然のことに驚き、リンディアはアスターの方を向く。

「アスター!?」

 リンディアが叫んだのは、アスターの目が微かに開いていたから。

「……赤い、髪」
「もしかして、目が覚めたのー!?」
「やはり……リンディア、なのだね……?」

 アスターは確かに、自分の力で声を発していた。

「そーよ!」

 リンディアは泣きそうな顔で、彼の手を強く握る。

「覚えてるんじゃない!」
「……もちろん、覚えている……とも……」

 ベッドの上に横たわったままのアスターは、まだ、目が開ききらないようだ。瞼が上がりきらないのか、うっすらとしか目を開くことができていない。

 だが、意識ははっきりしている。

「私が何をしていたかは……よく思い出せないが……」
「が?」
「今はただ……綿菓子が食べたい」

 いつもと変わらないアスターの発言に、リンディアは呆れたように笑う。

「……相変わらずねー」

 彼女は呆れているようだ。しかし、嫌そうではない。いつも通りな彼を見て、安心しているのだろう。

「リンディア、私は……記憶がはっきりしない」

 今度はアスターの方から手を握る。

「何がどうなって……こんなことになったのかね?」
「こっちが聞きたいわよー。誰かにやられでもしたーってわけ?」
「いや、それが……私もあまり記憶がなくてだねー……ん」

 唐突に眉を寄せるアスター。

「ちょっと、どーかしたの?」

 リンディアは怪訝な顔をする。

「今、ふと思い出したのだよ」
「ふと思い出した、ですって? なーによ、それは」
「確か私は、あの侍女の娘に起こされて……その後、もう一人の女に襲われ……いつの間にか意識が」

 アスターが記憶をたどりつつ話すと、リンディアの表情がみるみる固くなっていく。頬だけではなく、口角までもが強張っている。

「侍女の娘というのは、フィリーナ?」
「そんな名前だったか……記憶は怪しいのだがね……」
「急に王女様の侍女になった、あの女の子でしょー?」
「そうそう」

 横になったまま、アスターは頷く。

「それでー、もう一人の女っていうのは?」
「前にホテルで会った……あの女だよ。私が……ランプで殴った」

 アスターがそう述べると、リンディアの目つきが急激に鋭くなる。女性のそれから一変、まるで肉食獣のような目つきへと変貌した。

「やーっぱねー」

 リンディアの片側の口角が、くいっと持ち上がる。

「いーわ。その女、あたしが叩きのめしておいてやるわー」
「……相変わらず、血の気が多いね」
「ちょっと、何よそれ。あたしが可愛くないとでも言いたいのー?」
「いいや、そんなことを言えるはずがない。……可愛いよ、君は」

 リンディアは頬を赤らめ、全力でアスターをビンタした。

 ぱぁん、と乾いた音が響く。

「ふざけてんじゃないわよっ!」

 きょとんとした顔をするアスター。

「言っておくけどねー! あたしからすれば、アンタみたいなジジイ、どーでもいーんだから!」
「おや、心配してくれたのではなかったのかね?」
「そーんなわけ、ないでしょー!」

 恥じらいを隠すように、リンディアは鋭く放つ。そして、アスターに視線を合わせないまま、彼女はバッと立ち上がった。

「目が覚めたって、王女様に伝えてくるわー」
「そうかね」
「ちゃーんと起きてなさいよ!」

 そそくさと去ってゆくリンディア。

 その後ろ姿を眺めながらアスターが微笑んでいたことを、彼女は知らない。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.107 )
日時: 2019/02/04 17:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kct9F1dw)

104話 放て、言葉を

 その頃、星王の間。

「あのね父さん、私やっぱり、アスターさんが嘘をつくとは思えないのよ。父さんがシュヴァルを信頼していることは知っているけれど……ちゃんと確認するべきだわ」

 私はフィリーナのことについて確認するべく星王の間へ行き、今は父親と二人でシュヴァルについて話している。

「父さんだって、変にシュヴァルが疑われるのは嫌でしょう? 少しでも早くはっきりさせた方がいいわ」
「イーダ、またそれを言うのかぁ? シュヴァルを疑うのは、もう止めにしでくれよぉ」

 父親は相変わらずの調子だった。
 子どもが親を信じるように、彼はシュヴァルのことを無条件に信じきっている。

「父さん! いい加減にしてちょうだい!」

 根拠もなく信じきっている父親の様子に苛立った私は、つい口調を強めてしまった。純粋なだけの父親を責めても何も変わらないということは、ちゃんと分かっていたのだけれど。

「い、イーダ……」
「なぜ、少しも理解しようとしてくれないのよ!」

 感情的になっても、良いことは何一つとしてない。それは理解しているつもりだ。
 ただ、それでも、今は言いたかった。

「父さんは私のこと、いつも、可愛いって言ってくれるわよね。けど、シュヴァルのことに関してだけは、ちっとも私の言うことを聞いてくれない。どうしてなのよ!」
「な、イーダぁ……そんなに怒るなよぉ……」
「シュヴァルのことだけは無条件に信じて、実の娘の言葉さえ聞こうとはしない。そんなのおかしいわ!」

 いつもと違って激しい物言いをする私に驚いているのか、父親は、星王らしくなくおろおろしている。

 だが、言うしかない。

 私だって本当はこんなことは言いたくないのだ。

 けれども、自分やアスター、そして従者の皆を護るためには、強く言うことが必要で。

 襲われるのは、できればもう止めにしたい。
 そのためには私も動かなくては。

「父さんは星王でしょう! しっかりしてちょうだいよ!」
「なぁにぃ!? 今日のイーダ、不必要に厳しくないかぁ!?」
「いつまでもシュヴァルの言いなりになっているのは止めて!」

 呼吸が乱れるほど、私は叫んでしまった。
 私が王女でなかったなら、「星王になんたる無礼」と消されてしまっていたことだろう。

 暫し、沈黙。

 空気の揺れぬ静寂の中、私は、「逆に怒られたらどうしよう」なんて考えて不安になる。

 けれど、心の中ですぐに首を左右に振る。
 これは必要なことなのだ、と。

 それからだいぶ経って。

 長い沈黙を先に破ったのは、父親の方だった。

「……そうかぁ」

 父親の声は穏やかだ。

「確かに……確認してみることは必要かもしれないなぁ」

 分かってくれた!? と、私は、ある意味動揺する。
 だって、シュヴァルを信じきっている彼が私の言うことを理解してくれるなんて思わなかったんだもの。

「よし、そうするかぁ。まずはシュヴァルを呼んで……」

 父親が言いかけた時。

 突如、何者かが扉をドンドン叩いた。
 ノックにしては大きい音。

「ちょっと待っててくれよぉ、イーダ。見てくるからなぁ」
「えぇ」

 父親はのそのそと歩き、扉の方へと向かっていく。扉のロックはかかっていないらしく、父親は、そのまま扉を開けた。

「何の騒ぎだ?」
「リンディアです」

 ——リンディア!

 ラナたちから何か有力情報を得られたのか? あるいは、アスターに何かあったのか?

 いずれにせよ、気になる。

「イーダに用かぁ?」
「ここにいます?」
「いるぞぅ! 呼んでくるから、少し待っていてくれよ」

 リンディアを中へ入れれば早いのに……、と思ったことは秘密。

「イーダぁ!」
「分かっているわよ、父さん」

 私は扉の方へと歩いていく。
 そして、扉の外に立っているリンディアへ視線を注いだ。

「何かあったの? リンディア」
「さっきねー、アスターが意識を取り戻したのよー」

 アスターが!

 希望の光が差し込んだ……気がした。

「そうだったの! 会いに行きたいわ」
「そーそー。誘いに来たのよー」
「行ってもいいのね!?」
「もーちろん」

 リンディアの表情は明るい。
 やはり、アスターが目覚めて嬉しいのだろうか。

「そういうわけだから父さん! ちょっと行ってくるわ!」

 私は視線を、リンディアから父親へと移す。

「一緒に行ったら駄目かぁ?」
「……え」

 父親から返ってきた予想外の言葉に、私は正直戸惑った。

「アスターのところへ行くんだろぅ? 俺もお見舞いに行ったら駄目かぁ?」
「大丈夫だと思うけど……どう? リンディア」
「構わないわー。ま、気の利いたことはできないだろーけどー」

 リンディアは微かに頬を緩めつつ返してくれた。父親がアスターに会いに行くことに関して、彼女は不満を抱いてはいないようだ。

「じゃあそうしましょ、父さん」
「よっしゃあ! 行くぅ!」

 父親がアスターに会いに行きたいと思ってくれた、そのこと自体はありがたいこと。

 ただ、騒いだり余計なことを言ったりしたらアスターに迷惑がかかってしまう。
 だから私は、前もって注意しておくことにした。

「ただし、騒がないこと!」
「まっさかぁ! 父さんが騒ぐわけないだろぅ? 子どもじゃあるまいしぃ」
「いつも騒いでいるじゃない……」
「うそーん!! 父さん、騒いでいるかぁー!?」

 ……無自覚とは、恐ろしい。

 その後、私と父親は、リンディアに連れられて、アスターが寝ている部屋まで移動した。


 歩くことしばらく、部屋に到着する。
 先頭を行っていたリンディアが扉を開けてくれ、私と父親はそこを通過。室内へと進む。

「おぉ、イーダくん」

 私たちが部屋へ入るや否や、アスターの声が聞こえてきた。私は思わず、ベッドの方へと駆け寄る。

「アスターさん!」
「……来てくれたのかね、イーダくん」

 アスターは言いながら、片手を持ち上げ、ひらひらと動かす。

 彼はまだ、ベッドの上で横になっている。体を起こすことは難しいのかもしれない。しかし、意識ははっきりしているし、手も自分で操れている。素晴らしいことだ。

「えぇ。父さんも一緒よ」
「父さ……んっ!? それは、星王同伴ということかね」

 驚いた顔をするアスター。

「そうなの。あ、でも、安心してちょうだい。騒がないようにって、前もって注意しておいたわ」
「そうかね……」
「でも、アスターさんの意識が戻って良かった。心配したのよ」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.108 )
日時: 2019/02/07 07:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5VHpYoUr)

105話 時は人を変えるもの

「主に心配をかけるというのは問題だね。すまなかった」

 そう言って笑うアスターは、彼らしさを取り戻しているように見えた。

 呑気で穏やかで、無害。
 襲撃前と何も変わらない、アスターらしいアスターだ。

「いいえ、アスターさんが謝ることじゃないわ」
「おぉ……優しいのだね、君は……」

 アスターは戸惑った顔をしている。
 そんな彼に対し、リンディアは言い放つ。

「そーよ! 王女様はあたしと違って優しーんだから!」
「……いや、それは違うよ。リンディアも優しい」

 アスターの返しに、リンディアは頬を赤く染める。

「はぁ!?」

 明らかに照れているような表情だ。

「リンディアにはリンディアの優しさがあるのだよ。綿菓子が甘いように、君は優し……」
「どーしてジジイにそんなこと言われなきゃなんないのよー!」

 リンディアは相変わらずだ。
 どんな状況下でも、アスターに対してだけは厳しい言葉を吐く。

「ジジイ!? このタイミングでジジイ呼ばわりは酷くないかね!?」
「事実じゃなーい」
「いや、まぁ、ジジイだが! ジジイだがね!?」

 アスターの発する声は、元気な人と大差ないほど張りがあった。勢いにも満ちている。つい先ほどまで意識を失っていた人だとは、とても思えない。

「ふふ、元気そうで良かった」

 私は思わず言ってしまった。

 年下の私がこんなことを言うのは、少し失礼なことかもしれない。ただ、これが本心なのだ。
 もし仮に失礼なのだとしても、嘘をつくよりかはいいだろう。

「……ま」

 リンディアは、唐突に、視線を宙へ泳がせる。数秒ほどそのままにしてから、今度はその視線を私へ向けた。

「じゃーそろそろ、あたしは働いてくるわー」
「働いて?」
「今日こそは、ラナたちからじょーほーを抜き取ってきてやるわよー」

 そう言って拳を握り締めるリンディアは、これまでよりもやる気に満ちているように見える。

 不思議だ。
 もしかしたら、アスターが目覚めたからやる気になっているのかもしれない。

「私たちはここにいてもいいの?」
「もちろんいーわよ。王女様がそーしたいならねー」
「分かったわ! じゃあ、もう少しここにいるわね。リンディア、気をつけて」
「お気遣い、どーも」

 リンディアはニコッと笑って、胸の前で片手を小さく掲げる。
 その動作は、女の子らしいというよりかは少年のような雰囲気を漂わせていた。


 リンディアが出ていき、部屋にはアスターと私と父親だけが残る。
 そもそもあまり広くない部屋だから、三人でも狭さを感じるくらいだ。ただ、一人減ると、ほんの少し広くなった気がしないこともない。

「少しいいかぁ? アスター」

 三人になってすぐ、父親が、そんな風に口を開いた。

「構わないが……何かね」
「あの話は、事実なのかぁ?」
「ん。あの話、とは?」
「アスターにイーダ殺害を依頼したのがシュヴァルだとかいう話のことだぞぅ」

 妙に真面目な顔で話を振られたからか、アスターは顔面に戸惑いの色を浮かべている。

「あぁ、それかね」
「事実なのか、偽りなのか、はっきりしてもらいたいなぁ」

 父親の言葉に、アスターは目を閉じる。

「事実だとも」

 そう述べる彼の表情は、嘘をついている者の表情ではなかった。

 なぜ分かる、と問われれば、答えることは容易でないかもしれない。すべてを知る神なわけでもないし、具体的な根拠があるわけでもないから。

 ただ、それでも、アスターは嘘をついてはいないと思う。

「私とシュヴァルは元々知り合いでね。それも、結構親しい仲だった。娘を押し付けるくらいの仲だからね、まぁ、かなり仲が良いことは分かってもらえるだろうが」

 娘を押し付ける、て。

 それは仲が良いと言えるのだろうか……。

「私は本当はもう、引退するつもりでいたのだよ。けれど、親しいシュヴァルに頼まれたら仕方ない。そういうわけで、イーダくん殺害の依頼を受けたわけだよ」

 そんな風に話すアスターは、ベッドに横になったまま、どこか寂しげな顔をしていた。

「シュヴァルとは親しい仲だったのね……」
「そうだとも! ま、個人的に好ましい人物だと思っていたというのもあるがね」
「シュヴァルが好ましい人物だなんて、ちょっと不思議」
「ははは、そうだろうね。今の彼を見て好ましいと思う人間などは、ほとんど皆無だろうと思うよ」

 ——かつては、好ましい人物だったのだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。

 私はシュヴァルのすべてを知らない。彼の若者時代なんて、まったくと言っていいほどに知らない。
 だから、私の記憶の中にあるのは、今のシュヴァルだけ。

 けれど、アスターは違う。

 アスターの中には、私が知るより前のシュヴァルの姿が、鮮明に刻まれているのかもしれない。

「……もはや、欲に溺れた化け物にすぎないのだから」

 時が流れれば、人は変わるものだ。
 一時は他人との関わりを拒むようになっていた私が、こうやって苦なく出歩き話せるようになっているくらいだから、シュヴァルだって変わりはするだろう。

「欲に溺れた化け物ぉ!? おい! それはさすがに、シュヴァルに対して失礼だろぅっ!?」
「確かに失礼かもしれない。ただ……事実だから仕方ないね。綿菓子に対して『もこもこで甘い』と言うようなものだよ」

 アスターがあげた例は、よく分からないものだった。

 もこもこで甘い、て。

「シュヴァルは欲に溺れてなんかいないぞ。今も忠誠心の塊だぁ」
「それは演技だと思うがね」
「演技ぃ!?」

 父親は今にもアスターに飛びかかりそうになっている。いくら星王とはいえ怪我人に飛びかかるようなことがあってはならないので、私は一応、「落ち着いて」とだけ声をかけておいた。

「アスター、なぜそんなにシュヴァルを悪く……」

 一旦呼吸を整えた父親が、言いかけた時。

 何の前触れもなく、驚くほど唐突に、扉が開いた。

「急にすまない」

 開いた扉の向こう側に立っていたのは、真剣な顔つきのベルンハルトと——フィリーナ。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.109 )
日時: 2019/02/07 07:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5VHpYoUr)

106話 ごめんなさい、と

 赤みを帯びた濃い茶色の髪に、琥珀のような瞳——間違いない。
 ベルンハルトの隣にいるのは、フィリーナだ。

「イーダ王女、やはりここにいたか」

 彼の顔は整っている。それに加え、とても凛々しい。また、目つきは鋭く、戦うために生まれてきたのかと思ってしまいそうなほどだ。

 そんなベルンハルトは、フィリーナの手首を掴んでいる。

「ベルンハルト!」
「フィリーナを捕まえた。話はする、と言っている」

 ベルンハルトにがっちり手首を掴まれてしまっているフィリーナは、肩を落とし身を縮め、すっかり弱っている。それはもう、可哀想と思ってしまうほどに。

「それに……フィリーナ」

 目が合うと、彼女は視線を逸らした。
 私は彼女へ歩み寄る。

「フィリーナ、何がどうなっているの」
「……あ」

 怒られると思っているのだろう。彼女の琥珀色の瞳は弱々しく震えていた。

「襲撃に荷担していたと聞いたわ。事実なの?」
「す……すみませ……」
「事実なのね? 貴女がそんなことをする人だとは今でも思えないけれど。もしかして、誰かに命じられたの?」

 私がそう問った時、フィリーナは泣き出しそうな顔をしていた。

「ふ……ふぁい……。し、しゅ……」
「ししゅ?」
「シュヴァル……さんに……」

 やはり関係していた——シュヴァルが。

 フィリーナは突然頭を下げる。

「す、す……すみませーんっ!」

 首が折れないか心配になってしまうほどの凄まじい勢いで、彼女は、何度も何度も頭を下げる。頭部がとれて飛んでいかないか、少々不安だ。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「お、落ち着いて」

 混乱してしまっているフィリーナを何とか落ち着かせようと、私は咄嗟に、彼女の手を握った。ベルンハルトが手首を掴んでいない方の手を、である。

「ふ、ふぇぇ……ごめんなさいー……」
「いいの。それより、その、シュヴァルに関する話を聞かせて」

 ベルンハルトが私へ視線を向けてくる。それはまるで、「甘すぎないか」とでも言いたげな視線だ。

「どういう話なの? 大丈夫なら、そこを聞かせてほしいのだけど」
「は、はい……」

 今は、ベルンハルトもアスターも、そして父親もいる。リンディアだけは欠けているが、そのくらいは問題ないだろう。

 これは、絶好のタイミングだ。

「王女様の傍に……お仕えする侍女になって……」
「えぇ」
「王女様が一人になる時間を作るようにと、頼まれたんですぅ……それは、仕留めやすくするためだって……」

 父親が突如叫ぶ。

「そんなことがあるものかぁっ!」

 シュヴァルのことを悪く言われて苛立ったのかもしれない。

「ひっ……」
「おかしなことを言うなよぅ!」
「ふ、ふえぇ……」

 迫力ある父親の言葉に、フィリーナは、小動物のように怯えている。

「父さん! 騒がないで!」
「イーダぁ! だって、おかしいだろぅ!」
「黙って最後まで聞く!」
「……分かった。仕方ないなぁ。分かったよぅ」

 何が「仕方ないなぁ」よ!

 そんな言葉を鋭く吐いてやりたくなる衝動を抑える。

 王女だけに、下手なことは言えない。だから、そんな衝動に駆られていたことは、私だけの秘密にしておこうと思う。

「続けて、フィリーナ」
「は、はい……」

 ふぅ、と息を吐き出す動作を二三回繰り返してから、フィリーナは再び話し出す。

「最初は断りました……けど……家族のことを言われて……」
「家族のこと?」
「従わなかったら、家族に強いる労働を増やすって……」

 ベルンハルトに片側の手首を掴まれたまま、フィリーナはそんなことを述べる。
 その体は、縮んで、小さくなってしまっていた。

 フィリーナが襲撃に荷担したことは事実。けれども、彼女もまた被害者なのではないかと、そう思ってしまう部分もある。

 私としては、彼女を責める気にはあまりなれない。

「それで……ふえぇ……」

 琥珀のような瞳から、涙の粒がぽろぽろと零れ落ちる。

「すみま……せん……」

 一度は、演技だろうか、と疑った。許してもらうために、悪かったと思っているかのように振る舞っているという可能性も考えた。

 けれど、どうしてもそうは思えなくて。

「泣かないで、フィリーナ。泣かなくていいのよ」

 こんなことを言ったらお人好しと笑われてしまうかもしれないが、私は、フィリーナを責めたくはなかった。

 彼女は悪人ではない。だからきっと、自分がしたことを後悔しているはずだ。

 襲撃者に力を貸したということはこちらとしては許せないこと。
 けれど、彼女が自ら望んで力を貸したわけではないのなら、一方的に責め続けるというのもおかしな話だ。

「ふ、ふえぇ……でも……」
「え?」
「でも、おじいさんにも……ご迷惑を……」

 おじいさん?

 アスターのことだろうか。

「すっ……すみませんでした……」

 フィリーナはアスターに視線を向け、頭を下げる。
 それに対しアスターは、ベッドに寝たまま、「次から気をつけてくれれば問題ないよ」と返していた。

 それを見て少しほっこりしていると。

「どうする、イーダ王女」

 ベルンハルトが尋ねてきた。

「え」
「この女をどうするか、と聞いているんだ」
「フィリーナを?」

 こくりと頷くベルンハルト。
 彼の眼差しは、真剣そのものであった。

「それは……これからも侍女として働いてもらえば良くないかしら」
「こんなコロコロ変わるような女は、置いておいても何の役にも立たない。むしろ迷惑になる」

 どうやら、ベルンハルトはフィリーナに腹を立てているようだ。彼は非常に不機嫌そうな顔つきをしている。

「フィリーナだって、きっと、望んでそうなっているわけじゃないわよ?」
「忠誠心のない人間は、イーダ王女に仕えるには相応しくない」

 ベルンハルトは冷たかった。

 だが、その言葉は私を思ってのものだと分かる。だから私は、ベルンハルトを悪いとは思わない。

 彼は器用ではないけれど、私のことを考えてくれている。
 それはありがたいことだし、感謝すべきことだ。

「……ありがとう、ベルンハルト。私のことを考えてくれているのね」
「いや。考えてなどいない」
「ふふっ。貴方らしい発言ね」
「僕らしい? それは、少し馬鹿にしているのか?」
「まさか! 褒め言葉よ」

 すると、ベルンハルトの口角がほんの少しだけ持ち上がる。

「……そうか」

 彼は嬉しげだった。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.110 )
日時: 2019/02/07 07:38
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5VHpYoUr)

107話 奇妙な理由とモティロン

「それにしても——シュヴァルは本当に、やり過ぎではないかね?」

 唐突に切り出したのはアスター。

 ベッドに横たわっている彼は、まだ体を起こすことはできない様子だ。しかし、その表情や目つきはというと、弱々しいこともなく、元気そうである。

「いくら望みを叶えるためだとしても、ここまですることが正しいとは思えないのだよ。まぁ……私には、だがね」

 部屋が静寂に包まれる。
 皆が黙るのも無理もない。それほどに深刻な話題なのだから。

 無音の世界の中、アスターは視線をそっと父親へと向ける。

「シュヴァルが星王の座を狙っていることは事実。いずれ、君も狙われることになると思うよ」

 情けないとはいえ一応星王である人間を「君」なんて呼ぶとは。さりげなく驚いた。

「イーダくんの次に狙われるのは、間違いなく君だとも。星王家の人間だからね」
「シュヴァルが俺の命を狙うというのかぁ? ……馬鹿らしいぞぅ!」

 ぷいっとそっぽを向く父親。
 その様は、まるで子どもだ。星王らしくないどころか、もはや大人らしくすらない。

「勘違いしないでくれよぉっ! シュヴァルは確かにたまーに口が悪いけどなぁ、そんな悪人じゃないんだぞぅ」
「罪のないイーダくんが命を狙われ続けることを、可哀想とは思わないのかね?」

 父親はやや苛立っているようで、つんつんした態度を取っている。
 一方アスターはというと、落ち着きは保ちながらも、いつもより少し棘のある口調になっていた。

「可愛いイーダが狙われるのは、もちろん嫌だぁ!」
「なら、彼女が狙われないために何かしようとは思わないのかね」
「思うよぅ!」
「それならば、シュヴァルについて考えた方が良いと思うのだが」

 アスターははっきりとした声で述べる。

 いつもの穏やかでマイペースな彼とは、雰囲気が明らかに違っていた。
 もしかしたら彼は、シュヴァルの件について話を進めようと頑張ってくれているのかもしれない。

「そういうものなのかぁ……?」
「もちろん。そういうものだとも」

 アスターの言葉を聞いた父親は、酸っぱいものを食べたかのように口をすぼめる。眉間には、日頃はない小さなしわがたくさん寄っていた。

 ……凄い顔。

「イーダは正直なところ、どう思っているんだぁ?」
「確認は必要だと思うわ」

 だから、前からずっと言ってるじゃないの。
 つい、真顔でそう言いたくなってしまった。

「そうかぁ……イーダも賛同してぇいるのかぁ……」

 父親はすぼめた口に片手の人差し指を添える。どうやら、何か考えているようだ。私は様子を窺いつつ、彼が次に言葉を発するのを待つ。

 十秒が過ぎ、二十秒が過ぎ……三十秒が過ぎても、父親は言葉を発しそうにない。

 仕方がないからこちらから声をかけようと思った——その時。

「ベルンハルトォ!」

 父親は突如、ベルンハルトへ視線を向けた。

「……何だろうか」

 フィリーナの手首を掴んだ体勢のまま、ベルンハルトは淡々と返す。

 その表情は冷めていた。
 どんなくらいの冷めっぷりかというと、凄まじくつまらないギャグを急に聞かされた時くらいの冷めっぷりである。

「お前はどう思う?」
「イーダ王女の意思に従う」
「ちゅうじつぅーん!?」

 見ていただけの私が一瞬「眼球が飛び出すのでは」と恐れたほど、父親は目を見開いていた。

「……忠実なわけではない」

 敢えてわざわざ否定するベルンハルト。

「今回の件において、僕にはこれといった意思がない。別段意思がないから、イーダ王女と同じにしておこうと考えただけだ」

 ベルンハルトはこういう時に限って長文を話す。聞かれてもいないのに妙に話すから、いろんな意味で分かりやすい。

「意思がないのかぁ? なら、イーダに賛同するという意思もないかもしれないんじゃないかぁ?」
「いや、それは別だ」
「何となく矛盾してるぞぅ?」
「僕はイーダ王女に仕えている。彼女の意思に従うのは、おかしなことではないはずだ」

 父親は自分の考えに賛同してくれる人を見つけたいのだろう。が、この状況この顔触れでシュヴァルを庇う者など、いるわけがない。

「そ……そうだよなぁ……」

 手を頭に当て、悩んだような顔をする父親。

「どうしたの、父さん。頭でも痛いの?」
「ち、違うぞぅ……」
「疲れた顔をしているわよ」
「イーダが可愛す——あ、いや、違った。シュヴァルにどう対応すべきかで悩んでいるんだよぉ!」

 どうやら父親は揺れているようだ。

 彼はずっと、長年傍にいてくれてきたシュヴァルを、完全に信じてきっていた。だから、私なんかが色々言ったくらいでは、シュヴァルを疑おうとはしなかった。多分、父親の中には、「シュヴァルを疑う」という発想がなかったのだろう。

 けれども、それが変わり始めている。
 少しずつではあるだろうけど、父親の思考は動き始めている。

 ——今なら話を動かせるかもしれない。

「父さん。シュヴァルと話し合いをする場を与えて」

 父親を真っ直ぐ見据え、私はそう言った。

「話し合いをする場ぁ?」
「えぇ」

 数秒間を空けて、続ける。

「私はね、シュヴァルと話したいことが色々あるの」

 今のまま何も手を打たなければ、これから先も、ずっと襲撃されることになるだろう。
 例えるなら、今までのように。

 襲撃され傷つくのが自分であるならまだいい。けれど、実際はそうではなく、傷つくのは私の周りにいる人なのだ。つまり、襲撃によって一番に危険に曝されるのは従者たちだ、ということである。

 この前の襲撃においてアスターがやられたことで、その事実が、より一層浮き彫りになった。

 今回アスターは命に別状はなかったから良かったものの、次やその次も大丈夫という保証はどこにもない。

 それに、次はアスターだけでは済まないかもしれない。
 リンディアやベルンハルトが今回のアスターのような目に遭う可能性も、十分に存在するのだ。

「シュヴァルと話をさせてくれないかしら」
「むっ、無理に決まっているだろぅ!」

 え、意外。

「いくら忠実なシュヴァルが相手とはいえ、可愛いイーダと二人きりにするわけにはいかなぁーいっ!」

 ……うわぁ。

 理由がきつすぎた。

「もちろん、二人きりじゃなくていいわよ」
「父さん同伴ならアリだぞぅ」
「ならそれで。よろしく頼むわ」

 すると父親は、急に、親指をグッと立てる。

「モティロン!」


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