複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.131 )
日時: 2019/03/12 16:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0dFK.yJT)

128話 本当の間違いは

 ベルンハルトは私を見つめ、そのまま、私がいる方へと真っ直ぐに歩いてくる。

 そして、一メートルも離れていない辺りで止まった。

「無事だったか、イーダ王女」
「えぇ」
「それなら良かった。だが、今後はあまり無茶をするなよ」

 私は視線を下げる。
 あんな別れ方をしたベルンハルトと話すのが、気まずかったのだ。

「……そうね」

 ベルンハルトが私を見ている。じっと見つめている。それには気づいていた。けれど私は、気づかないふりをする。目を合わせたら怒られそうな気がして、彼の凛々しい双眸へ視線を向けることはできなかった。

「勝手なことをして、ごめんなさい」

 助けに来てくれたのに。護ってくれたのに。それなのに私は、ベルンハルトに逆らった。彼の言葉を聞かず、反抗期の子どものように飛び出して。

 ラナが見逃してくれたから良かったものの、これでもし私が殺されていたりなんかしたら、ベルンハルトに大変な迷惑をかけてしまうところだったのだ。

「……本当に、ごめんなさい」

 視線を合わせることはできぬまま、謝る。

 顔を上げることはできない。
 だって、ベルンハルトに嫌われてしまった現実なんて見たくないから。

 私が二度目に謝ってから数秒が経った時、ふと、手に何かが触れた。

「べつに、謝ることはない」

 優しいベルンハルトの言葉に、私は初めて顔を上げることができた。

「……いいえ。私がしてしまった行為は、謝るべきことだわ」
「貴女が謝ることを望むのなら、謝ってもらって問題ない。が、そうでないのなら、謝ってもらわなくて結構だ」

 彼は私の手を取って、そんな風に言ってくれた。

「同じことを繰り返さない。それが最重要事項だ」

 そう、そうなの。一度やらかした間違いを、次に活かすことが必要なのよ。本当にいけないのは、多分、間違うことではなくて同じ間違いを繰り返すことなのよね。

「そーね。……なかなかいーこと言うじゃなーい?」
「お前には関係ない」
「……なーによ、感じ悪ーい」

 口を挟んできたリンディアに対するベルンハルトの態度は、お世辞にも良いとは言えないものだった。

「ごめんなさい、ベルンハルト。もうあんなことはしないわ」
「ならいいが……」

 ベルンハルトはリンディアを一瞥し、すぐに視線を私へ戻す。

「あまり心配させないでくれ」

 絡む指が、重なる手が、温かい。

 こんなことを言うのは間違いかもしれない。おかしいと思われる可能性もある。
 けれど、心から思う。

 ——心配してくれて嬉しい、と。


「その程度で逃げたつもりですか」


 温かな空気を一変させたのは、ミストの無機質な声だった。

 灰がかった水色の髪。黄色に近い色みの光なき瞳。そして、白い手に握られているステッキ。
 そのすべて——ミストというただ一つの存在が、温かな空気を消し去ってしまう。

「そう易々と、わたしから逃れられるとは思わないで下さい」

 ミストはステッキを大袈裟に振り上げる。それから、その先端をスッと私たちに向けた。

 それは、彼女に戦意があるということを表している。

 彼女が戦う気であることを察知し、リンディアとベルンハルトが同時に戦闘体勢をとった。
 ベルンハルトは胸の前でナイフを構え、リンディアはベッドに座ったままだが赤い拳銃を握り直す。

「……またアンタと戦う日が来るなんて、思わなかったけどー……こーなっちゃ仕方ないわねー」
「まったく。しつこいやつは嫌いだ」

 二人が戦闘体勢をとっても、ミストの表情が揺らぐことはない。

「三人まとめて、処分させていただきます」

 ミストは何の躊躇いもなく、ヒールのある靴で床を蹴る。

 彼女の速さは凄まじい。二三秒も経たないうちに、かなり接近してきた。
 ベルンハルトまで、あと三四メートルといったところか。

「お覚悟を」

 ミストの冷たい声。
 しかし、ベルンハルトは怯まない。むしろ踏み出していく。

 結果、先に仕掛けていったのは、意外にもベルンハルトだった。

 ベルンハルトがナイフを振る。ミストはそれをステッキで軽く防ぎ、さらに一歩踏み込む。ベルンハルトにかなり接近し、静かに膝を振り上げる。

「……っ!」

 脇腹に刺さりかけたミストの膝を、ベルンハルトは片腕で止めた。

 すぐに反撃。
 距離がかなり近くなっているところを逆に利用し、拳を突き出す。

 だが、その拳は命中せず。

 ミストがベルンハルトの横側へと回り込んだからである。

「非効率的な動作が多すぎます」

 小さく言って、ミストはステッキをベルンハルトに向けた。

 ——直後。

 ベルンハルトの体が大きく飛んだ。
 彼の体は、リンディアが乗っているベッドにぶつかり、床に落ちる。

「ベルンハルト!」

 思わず叫んでしまった。
 ミストの視線が私に向く。

「では」
「……来ないで!」

 威嚇するように、鋭く叫んでやる。

 だが、私が叫んだくらいで諦めてくれるミストではない。彼女は一切躊躇わず、ステッキの先をこちらへ向けてきた。

 直後、体に何かがぶつかる。

「え」

 腹から胸にかけての辺りに見えない何かがぶつかり、体が後ろへ吹き飛ぶ。
 尻餅をついてしまった。

 腰を打ち、すぐには動き出せない。そんな私に、ミストは歩み寄ってくる。

「さぁ、終わっていただきま——くっ!」

 私の方へと歩いてきていたミストに、緑色の光が飛んできた。ミストは咄嗟にステッキで防ぐ。

「……思いどーりには、させないわよー」

 リンディアだった。
 彼女が助けてくれたのだ。

「邪魔しないで下さい」
「はん! おっかしー。邪魔しないわけないじゃなーい」

 ミストの視線が、私からリンディアへ映る。

「では、そちらから先に仕留めることにしま——っ!」

 リンディアが拳銃の引き金を引いた。緑色の光がミストに向かって飛ぶ。最後まで言い終わらないうちに攻撃されたミストは、不快そうに眉をひそめつつ、リンディアが放った光を避けた。

「他人の話は最後まできちんと聞くべきです」
「あらー。教師みたいなことを言うのねー」
「当然のことを言ったまでです」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.132 )
日時: 2019/03/15 23:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: W2jlL.74)

129話 そういう人だからなのだろう

 リンディアの下半身はまだ動かない。だがそれでも、彼女は恐怖心を抱いてはいない様子だ。

「貴女の射撃、非効率的です」
「……何とでも言ってればいーわよ」

 ミストはステッキの先端をリンディアへ向ける。

 先ほどベルンハルトや私がやられたような攻撃を、今度はリンディアにやるつもりなのだろう。

 しかし、リンディアの方が早い。
 リンディアが放った緑色の光が、ミストの手からステッキを吹き飛ばす。

「……っ!」

 ミストの手から離れたステッキは、私の頭上を越え、カランと音をたてて床に落ちた。
 こんなに飛ぶのか、という感じだ。

「……まーったく、非効率的よねー」

 武器を失い、一瞬表情を揺らしたミスト。そんな彼女に、リンディアは挑発的な言葉を投げかける。

「躊躇できないなんて、非効率的ー」

 リンディアの口角が僅かに持ち上がる。

 ——そして。

 構えている赤い拳銃の引き金を、リンディアは、一切躊躇わずに引いた。
 細い緑色の光が飛ぶ。

 一発目、ミストは右へ飛び退いて避ける。着地したところへ、迫る二発目。今度は逆に左へ飛び、転がるように着地。ミストは軽々と二発目もかわした。が、ほっとする間もなく三発目が襲いかかる。

「くっ……!」

 ミストは素早く立ち上がり、リンディアが放った三発目から、すれすれのところで逃れる。三発目は、ミストの一つに束ねている髪の先を、ジュッと焦がした。

「これもかわすなんて……なかなかやるじゃなーい」

 クスッと笑いつつ述べるリンディア。
 彼女が挑発しようと敢えて言っていることは、誰の目にも明らかだ。

「……これはどーかしらねー」

 余裕のある笑みを唇に浮かべつつ、リンディアはまた引き金を引く。

 一撃目は、ミストの頭の数センチ右を通過。
 ミストが動けば当たっていたかもしれない。そういう意味では、じっとしているというミストの判断が功を奏したと言えるだろう。

 だが、その二三秒後。
 リンディアが放った二撃目が、ミストの右肩を捉えた。

「……くっ!」

 飛び散るは、赤き飛沫。

 ミストは、右肩を抱え、数歩下がる。

「あらー、ごめんなさーい」
「この程度で止められると思わないで下さい」
「あたし非効率的な射撃だからー……外しちゃった」
「ふざけたことを……!」
「ごめんなさいねー。ほんとーは一撃で仕留めるつもりだったのにー」

 テヘッという感じで、立てた人差し指を唇に当てる。

 ……分かる、わざとだ。

 リンディアは、ミストを怒らせるために言っているのだ。
 それ以外は考えられない。

「あたしー……しょーじき、近距離戦は苦手なのよねー。だ、か、ら」

 片側の口角をくいと持ち上げるリンディア。

「苦しめちゃって、ごめんなさーい」

 リンディアの放った光が、ミストの眉間を貫いた。
 ミストは何も言わず、床に倒れる。力なく崩れ落ちた彼女は、滑らかな肌が妙に映えて、陶器人形のようだった。

「……終わったか」

 ベッド付近に座り込んでいたベルンハルトが、立ち上がりながら言う。

「はーい、おしまーい」

 リンディアは体の前で片手をひらひらさせていた。
 そんな彼女に対し、ベルンハルトは述べる。

「なかなかのものだな」

 珍しく、ベルンハルトがリンディアを褒めた。私にとっては、そこがかなり衝撃だった。

 いや、ベルンハルトは正直者だ。良い意味でも悪い意味でも、嘘はつけないタイプである。だから、良いと思えば褒めるものかもしれない。

 ただ、それでも、ベルンハルトがリンディアを褒めたことは大きな驚きであった。

「……なーによ、気持ち悪いわねー」
「気持ち悪いだと?」
「アンタが他人を褒めるなんて……不気味すぎよー」

 リンディアにはっきりと言われてしまったベルンハルトだったが、怒りはしなかった。少し失礼なことを言われたにもかかわらず、短く「確かに、そうだな」と返すだけ。

 それから彼は、私の方へ視線を向けてくる。

「イーダ王女」
「何?」
「これで一人片付いたな」
「えぇ……」

 ベルンハルトはさらりと「片付いた」なんて言う。

 彼にとっては自然なことなのかもしれないが、そういったことに馴染んでいない私からすれば不思議で仕方ない。

 ——なぜそんなさっぱりしているの?

 今私の胸を満たすのは、そんな思い。

「ところでイーダ王女、一つ不気味に思うところがあるのだが」
「何?」
「この女が来ているのに、なぜラナは来ていないのか」

 ベルンハルトは眉間にしわを寄せていた。

 そう、彼は知らないのだ。
 ラナは私たちを見逃してくれた、ということを。

「見逃してくれたのよ」

 私がそう言うと、ベルンハルトは怪訝な顔になる。理解不能、というような表情だ。

「ラナも来ていたの。でも、話をしたら、帰ってくれたわ」
「……帰って?」

 話を掴めない、というような顔つきのベルンハルトに向けて、ベッドの上のリンディアが言葉を放つ。

「王女様が撃退したーってわけよー」
「馬鹿な。そんなこと、あり得るわけがない」
「それが、嘘じゃないのよねー」
「まさか! あり得るわけがない!」

 驚きすぎたせいか、ベルンハルトは口調を強める。

「僕でも倒すには至らなかったやつだ! か弱いイーダ王女が撃退なんて、できるわけがない!」

 なんてこと。
 驚くべき、信頼のなさね。

「ま、アンタがそーあってほしいと思うのは、分からないでもないわー。か弱い王女様ってのもー、悪くはないわよねー」

 ベルンハルトはしばらくリンディアを見つめていた。その後、私へと視線を移してくる。

「本当なのだな」
「撃退と言うほどのことはないけれど……話せば見逃してもらえたわ」
「なるほど。平和的解決、というやつか」

 ベルンハルトはもう落ち着いていた。

「イーダ王女らしいな」
「戦うことはできないけれど……何かできればと思って」
「貴女らしい」

 それは、良い意味なのだろうか。
 悪い意味ではないだろうか。

「そんな貴女だから、皆に大事にされるんだ」
「……えっ」

 否定されるのだと思った。しかし違った。ベルンハルトの言葉は、私のあり方を否定する言葉ではなかったのだ。

「オルマリンに仕える気のなかった僕が貴女の従者になったのも、敵だったアスターがこちらへついたのも、貴女がそういう人だからなのだろうな」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.133 )
日時: 2019/03/15 23:43
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: W2jlL.74)

130話 ちゅーしゃ?

 三人になったところで、さて、どうしよう。

 そんな風に思っていた時だ。
 またしても足音が聞こえてきた。

「足音……?」

 私はぽつりと漏らす。

 ベルンハルトの時と比べると、重さのある足音だ。音から考えると、ベルンハルトより体重のある者が駆けてきているものと思われる。

「シュヴァルだろうか」
「あのユニコーンみたいな頭の人かもしれないわ」

 ベルンハルトと私が誰の足音か予想していると、リンディアはさらりと言う。

「……これはアスターねー」

 驚きの、あっさりとした言い方だった。

「リンディア、分かるの!?」
「分かるわよー」
「そうなの! 凄い!」
「べっつにー……長年聞ーてれば、足音くらい分かるよーになるでしょー」

 そういうものなのだろうか。
 私には、足音だけで判別できる人なんていないのだが。

「この足音はアスターだというのか」
「そーよ。……恐らくねー」
「なら、攻撃の準備は必要ないな」

 ベルンハルトは、ナイフを握っている手を、構えず下ろしていた。油断してナイフを片付けたりはしない辺り、彼らしい。

 それから五秒ほどが経過し、開いた扉の向こう側を誰かが通過するのが見えた。

「アスター!」

 通り過ぎかけた誰かに、ベルンハルトはそう声をかける。
 すると、数秒経ってから、一度は通り過ぎた誰かが戻ってきた。

 誰かの正体は、リンディアの言った通り、アスター。

 彼は、部屋に入ってくると、開いていた扉を素早く閉めた。

「おぉ! ベルンハルトくん!」

 大型の銃器を片手で抱えている彼は、明るい声を発する。

 しかし、そんな陽気な声とは裏腹に、体にはダメージがある様子であった。
 いつもは意外ときっちりセットしてある白髪だが、今はかなり乱れている。それに、唇の端や服が赤く滲んでいたりもする。

「何をしていた」
「ん? それはこちらが聞きたいのだがね」
「僕は一旦あの場を離れ、イーダ王女を探した。そして、ここでイーダ王女やリンディアと合流。そして、追ってきたミストと戦い、彼女を下した」

 淡々と話すベルンハルト。

「そして今に至る」
「おぉ! そうだったのだね!」

 アスターは、ベルンハルトの説明を聞いてから、床に倒れているミストの存在に気がついたようだ。動かなくなった陶器人形のようなミストを見て、瞳を少し揺らしていた。

「アスター、お前は? シュヴァルはどうなったんだ」
「私は簡単。逃げてきたのだよ」
「逃げてきた、だと?」

 ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。

「では、シュヴァルはまだ動いているのだな」
「そう! 途中までは上手くいっていたのだがね……うっかり反撃されてしまったのだよ。だから、取り敢えず逃げてきた」

 アスターは乱れた白髪を掻き上げる。

「いやはや、やはり、近距離戦は私には向かないようだね。消耗するばかりだよ」

 掻き上げた瞬間に覗いた額には、小さな汗の粒がついていた。

「老化って怖いわねー」
「それは酷くないかね!?」
「事実じゃなーい」
「まぁ、それはそうだが……」

 リンディアは相変わらず、遠慮がない。

「余計なことを言うのは止めろ、リンディア」
「……はい?」

 ベルンハルトが制止すると、リンディアは彼を睨み返す。

「ちょーしに乗ってんじゃないわよー、ベルンハルト」
「余計なことを話している余裕はない」
「……ま、それもそーね」

 意外にも、リンディアはそこで食い下がった。それ以上何かを言うことはなかった。

「ところでリンディア。君は無事だったのかね?」
「何よジジイ」
「ジジ⁉ ……いや、それはいいとして。何かされたりしなかったのかね?」

 アスターは、ジジイ呼ばわりされたことに、少しばかりショックを受けているようだった。しかし、敢えてそこに触れることはしない。そういうところはさらりと流し、本題にもっていく。

「私は私なりに心配していたのだよ、リンディア。生きていて何よりだが、嫌がらせをされたりしなかったのかな?」
「ちょーっと、嫌がらせされたわよー」

 刹那、アスターの顔面が引きつる。

「ウソッ!! そうなのかね!?」

 顔面を引きつらせながら、ベッド上に座るリンディアに駆け寄るアスター。彼は、リンディアに寄るや否や、彼女の体を包み込むように抱き締めた。

「すまないね……リンディア……」

 なぜだろう。
 今のアスターは、どこか、私の父親を彷彿とさせる。

「何をされたのかね」
「べつに、たいしたことじゃなーいわよー?」
「遠慮は要らない! 言ってくれていいのだよ」

 リンディアは戸惑った顔をしながら、小さく答える。

「……ちゅーしゃ」
「チュー!?」
「は!? ふざけてんじゃないわよ!!」

 大きく離れたことを言ったアスターは、リンディアにパシンと叩かれていた。

 なんだろう、この父娘感は。
 リンディアの父親は、本当は、アスターでなくシュヴァルなのに。

「キモッ! いきなり『チュー』なんて、気持ち悪すぎよー!」
「な! べつに、気持ち悪いことを考えて言ったわけでは……!」
「いい年してそれはないわー。離れてちょーだい」

 アスターはリンディアが大切で。でも、リンディアはアスターに対して素直でない。
 だから、二人はいつもこんな感じなのだろう。

 嫌い合って離れることはなく。しかし、だからといって思いやり合える関係になれるわけでもなくて。

 そんな風に絡み合うリンディアとアスターを見ていた時。
 背後から、キィという軋むような音が聞こえてきた。


「やれやれ。少々馴れ合いが過ぎるのではありませんか?」


 その声に振り返る。

 そこには、シュヴァルが立っていた。
 片手には拳銃を持っている。

「シュヴァル……!」

 私は意味もなく、彼の名を呟いてしまった。

「よくここまで逃れましたね、王女様。しかし、ちょこまか逃げるのも、これでもうおしまいです」

 ベルンハルトが一歩前へ出る。

「……まだ逆らう気ですか? ベルンハルト」
「僕はイーダ王女の従者だ。屈服する気はない」
「威勢がいいですね」

 少し空けて、シュヴァルは叫ぶ。

「ネージア人ごときが!!」

 シュヴァルはそう叫ぶと同時に、拳銃の引き金を引いた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.134 )
日時: 2019/03/15 23:44
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: W2jlL.74)

131話 弾丸の応酬

 放たれる弾丸。
 ベルンハルトはそれを、ナイフで弾いた。

 こんなことができるのか、と、私は内心感心する。

 だって、拳銃から放たれた弾丸なんて、目ではとても追えないものだもの。それをナイフみたいな細いもので弾き返すなんて、普通無理があるわ。

「我が野望の存在を知る者など、この世には必要ないのです。なので、ここで消えていただきます」

 淡々と述べるシュヴァル。
 彼はまだ、冷静さを保っている。

「イーダ王女」
「え?」

 緊迫した空気の中、ベルンハルトが唐突に声をかけてきた。私は戸惑いつつも、彼の方へと目をやる。

「殺害か生け捕りか、どっちだ」
「え? あの……」
「シュヴァルをどうするのか、ということを聞いている」

 そんなこと、いきなり聞かれても。
 シュヴァルをどうすべきか、というのは重大な決断だ。聞かれてパッと答えられるような、簡単なことではない。

「……生け捕りじゃない?」

 取り敢えず、そう答えておく。
 殺害はさすがにまずいだろう、と思ったからである。

「そうか。分かった」
「何を仕掛けてくるか分からないわ。無理しちゃ駄目よ」

 ベルンハルトは駆け出す。シュヴァルにかなり接近したところで大きく一歩を踏み出し、彼の背後へと回り込む。

 ほんの数秒反応が遅れたシュヴァルの背に、ベルンハルトは蹴りを加える。

「野蛮人め……!」
「何とでも言え」

 シュヴァルはベルンハルトを、鬼のような形相で睨む。
 しかし、その程度で怯むベルンハルトではない。

 恐ろしいくらいの気迫で睨まれても、ベルンハルトの表情はまったく変化していなかった。

 ベルンハルトはさらに蹴りを繰り出す。

 しかし、今度は背後からではなかったため、シュヴァルは腕で防いだ。

 シュヴァルは父親の側近。それゆえ、戦闘能力が高いというイメージはなかった。が、今の動きを見ると、シュヴァルが弱くはないということはまる分かりである。少なくとも素人ではなさそうだ。

 余裕を感じさせる、悪さのある笑みを浮かべるシュヴァル。

「そんなことで、このシュヴァルを倒せるとでも?」

 シュヴァルは恐らく、わざと刺激するようなことを言っているのだろう。

 だが、ベルンハルトは顔色を変えない。

 それを見て、私は安堵した。冷静さを保てているようだと分かったからである。

 一つ一つの発言に過敏に反応していると、その隙をつかれてうっかりやられかねない。もちろん戦闘能力そのものも関係ないことはないが、冷静さを保つこともまた、やられにくくなる方法の一つだろう。

「そんな考えは甘いのだということを、教えて差し上げましょう」

 シュヴァルはまだ余裕のある表情。そんな彼に、ベルンハルトは急接近する。そして繰り出される、遠心力を加えた横からの蹴り。ベルンハルトが放ったその蹴りは、決まったように見えた。が、シュヴァルは上手くかわしていて。蹴りをかわしたシュヴァルは、握っている拳銃の銃口を、ベルンハルトへと向ける。

 そして響く、乾いた銃声。

 私は思わず目を閉じる。

 音が宙に溶けてから五秒ほどが経ち、恐る恐る目を開けると、銃弾が壁に傷をつくっているのが見えた。
 ベルンハルトには当たらなかったようだ。

 ——刹那。

 視界に火花が散る。

 火花が散ったのは、ベルンハルトがいるのとは逆の方向。
 ベルンハルトがやったわけではなさそうだ。

「く!」

 シュヴァルの顔が引きつる。

「ははは。私のことを忘れていたかね?」
「アスター……!」
「甘いものがあればもっと元気になれるのだが、まぁ、少し休憩するだけでも復活できるのだよ」

 ベルンハルトに気を取られ、彼らの存在をつい忘れてしまっていた。

「うーむ……六十五点といったところかな! しかし、掠り傷しかつけられないとは情けない」
「ホンット情けないわねー」
「リンディア! それは酷い!」
「なーによ。事実じゃなーい」

 アスターは大型の銃器を、リンディアは赤い拳銃を、それぞれ構えていた。二つの銃口が捉えているのはシュヴァルだ。

「……アスターはともかく、リンディア。一体どうなっているのです?」
「あたし? 最期に言ーたいことでもあるのかしらー? 遺言なら聞いてあげてもいーわよー」

 緊迫した状況下にありながら、冗談めかすリンディア。

「そうではありません! 父親に銃口を向けるとはどういうつもりなのか、聞いているのです!」

 真面目さのない発言をするリンディアに苛立ったのか、シュヴァルは口調を強める。それに対しリンディアは、一瞬目を細めたが、すぐに返す。

「……今さら父親ぶってんじゃないわよー」

 彼女らしくない、静かな声色だった。

「何を言うのです! 親に孝行するのは子の努めでしょう。馬鹿な真似は止めなさい!」
「……は? 馬鹿はそっちよ! アンタは父親らしーことなんて、何一つとしてしてないじゃない!!」

 シュヴァルが口調を強めたからだろう、リンディアも鋭く言い返した。
 刺々しい空気が漂う。

「落ち着きたまえ、リンディア」
「は!? ジジイは黙ってなさいよ!!」
「怒らされていては、思うつぼだよ?」
「なーに善人ぶってんのよ。怒らずにいられるわけがないじゃない!」

 落ち着かせようとするアスターだが、リンディアは反発する。

「普通は怒るでしょー!?」
「な。そうなのかね? しかし、シュヴァルの思い通りになるというのは、悔しくないかな?」

 アスターの瞳は、リンディアの整った顔をじっと捉え続けている。

「……悔しーわよ」
「だろう? なら、相手することなどないのだよ」
「けどね! 黙ってるってのは、もっと悔しーの!」

 吐き捨てるように言い、リンディアは引き金を引いた。
 緑色の光が、シュヴァルに向かって飛んでいく。

 ——父親に向かって引き金を引くとは、どのような心境だろうか。

「ちっ!」

 シュヴァルは舌打ちをしつつ、緑に輝く光の弾をかわす。
 そして彼は反撃に回る。拳銃の引き金を引くと、弾丸が飛び出す。

 ——タァン!

 シュヴァルが放った弾丸は、リンディアの手元に見事に命中。赤い拳銃がリンディアの手から離れる。

「仕方ありませんね」

 さらに、いくつかの弾丸がリンディアに向かっていく。
 そんなことはないと思いたかったのだが——シュヴァルは本気でリンディアを仕留めるつもりのようだ。

「親孝行もできぬ馬鹿娘は、消えなさい!」

 リンディアは動けない。
 ただ、目を大きく開くだけ。

「逃げて、リンディ——」

 私は言いかけ、途中で言葉を止めた。

 止めざるを得なかったのだ。
 アスターが、リンディアを庇ったから。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.135 )
日時: 2019/03/19 02:33
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: h4V7lSlN)

132話 いつまでもそんな

「ちょ、アスター……何して……」

 リンディアは小さく漏らす。

 シュヴァルの拳銃から放たれた弾丸はリンディアを狙っていた。その数発の弾丸は、動けないリンディアに突き刺さるものかと思われたのだが、そうではなく。彼女を庇ったアスターの背に、命中した。

「なるほど、そう来ましたか」

 シュヴァルの口元に浮かぶのは、黒い笑み。世界を飲み込んでしまいそうなほど邪悪な雰囲気のある笑みだ。

 弾丸を浴びたアスターは、リンディアにもたれかかるようにして倒れ込む。

「ちょ、アスター!? 何なの。どーして!?」
「……リンディア」
「は?」
「君は……私の大切な人なのだよ」

 この時ばかりは、さすがのリンディアも嫌がるような行動はしていなかった。恐らく、動揺するあまり、嫌がる余裕もなかったのだろう。

「リンディアは私にとって……娘のような存在。綿菓子と同じくらい……好きでね」
「……何なのよ、それ」
「だから……君が撃たれるところなんて見たくはない」

 その先、アスターが言葉を発することはなかった。

「ちょっと、アスター。どーなってるの? 生きているわよね? 返事くらいなさいよ!」

 リンディアは調子を強める。
 その顔には、いつになく、焦りの色が浮かんでいる。

 どうすればいいのだろう。やはり私には、何もできないのだろうか。

 もしかしたら、それが真実なのかもしれない。
 揺らぐことのない、変えられない、一つの真実なのかもしれない。

 けれど私は、その真実を、何の抵抗もなく受け入れたりはしたくないのだ。

 確かに、私は弱いかもしれない。腕力勝負になれば確実に負けるだろうし、勇敢な心を持っているわけでもないし。

「シュヴァル、貴方……!」
「何か仰いましたか、王女様」

 でもね。他人を理不尽に傷つけることを躊躇しないような者に、怯えてはいたくない。そんな心ない者に負けるような、弱い人間ではありたくないの。

「アスターさんは友人だったのではないの!?」

 もはや悪魔と言っても過言ではない、シュヴァル。そんな彼に向けて言葉を発するのは、やはり、どうしても緊張する。何かされたら、だとか、攻撃してこられたら、だとか、そういうことばかり考えてしまうのだ。

「友人? 何を馬鹿げたことを」
「……違うの」
「馬鹿なことを言わないで下さい。彼とて結局は、一つの駒に過ぎません」

 シュヴァルの瞳には、もはや、人の面影はなかった。

 彼の瞳に宿るは、狂気。
 己の願望を成就させる。ただそれだけしか、彼には残っていないのだろう。

「駒ですって」
「そう、我が願いを叶えるための駒なのです」
「よくそんなことを言えるわね……!」

 ただ唇が震えた。

 他人を物のように扱うその姿勢が、どうしても許せなくて。

「事実ですから」
「心ないにもほどがあるわ!」

 私は思わず声を荒らげてしまった。

「邪魔な存在である私を狙うということは、まだしも分かる。でも、仲間であった人まで傷つけるなんて、意味不明よ! そんなのは、絶対に許されることではないわ!」

 偽善と笑われるだろうか。

 いや、べつに笑われてもいい。

 許せないものは許せないのだ。

「貴女から許しを得る必要などありません」
「もう止めなさいよ! こんなこと!」

 あの春の悲劇は、もう繰り返させたりしない。

「喚くなど品がありませんよ、王女様」

 終わらせるの。

 こんなこと、ずっと続けても悲しみしか生まれない。
 そこに意味なんてない。

 命は奪われ、悲しみだけが生まれる。そんな行為は、無意味だ。

「そう喚かずに。取り敢えず、大人しくしてはどうです」
「大人しくなんて、無理だわ」
「いつも臆病だったではありませんか。貴女はあの頃のように、ただ怯えていれば良いのです」

 そう、私は臆病だった。

 心身共に強靭とはとても言えない状態で、いつもどこか怯えていた。
 強さ、なんて言葉からはほど遠い人間で。

 けれど、それはもう昔の話。

 今だって強くはない。
 ただ、迷わずに前を向くことはできるようになった。散々巻き込まれてきたのだ、今や怖いものなんてそう多くはない。

「強くなったと勘違いするのは止めなさい、王女様。貴女は所詮、か弱き王女なのです。隅で怯えて震えているのが、貴女に相応しい姿。いつまでもそんな貴女でいて下さい」

 ——刹那。

 ベルンハルトがシュヴァルに飛びかかった。
 背後から飛びかかられ、さすがのシュヴァルも反応しきれない。ベルンハルトに押し倒されるような形で、シュヴァルは前向けに倒れた。

「なっ……!」

 床に押さえつけられる形になったシュヴァルは、珍しく慌てた様子で身をよじる。少し遠心力をかけて手足を動かしたり、腰を上げてみたりしている。

 しかし、その程度で逃すベルンハルトではない。
 彼はシュヴァルの手や足をからめ捕り、徐々に動きを制限していく。

「ぐ……」
「お前はイーダ王女を分かっていない」
「……離しなさい、野蛮人」
「イーダ王女はか弱いが、今や、お前が思っているほど臆病ではない」

 いつもはナイフを使うベルンハルトだが、今は、珍しく素手でいっていた。
 表情は冷ややか、声は静かで淡々としている。

「離せと言っているでしょう!」

 シュヴァルはまだ諦めていないようで、身を振り、手足をばたつかせて、激しく抵抗している。が、ベルンハルトは既に、シュヴァルを完全に押さえ込んでいる。

「離せと言われて離すのならば、初めから捕らえてはいない」
「こんな乱暴なことをして、許されると思っているのですか!」

 シュヴァルはらしくなく声を荒らげる。

「一般人になら許されないだろう。だが、お前が相手なら話は別だ。裏切り者だからな」
「オルマリン人でもないくせに、調子に乗らないで下さいよ!」
「そんなことは関係ない」

 絡み合うベルンハルトとシュヴァルの様子をじっと見ていた時、またもや足音が聞こえてきた。

 今日はこういうパターンばかりね、なんて思いつつ、警戒する。新手の敵かもしれないから、油断はできない。

 だが、その正体はすぐに明らかになった。

「友が来たぞ! ベルンハルトッ!!」

 その正体とは、以前ベルンハルトと対決した男性——カッタッタだったのだ。


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