複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.66 )
- 日時: 2018/12/11 17:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbPm4Szp)
63話 無力
その後、シュヴァルの命によって、アスターは拘束されてしまった。
こんな時に限って、リンディアが近くにいなかったのだ。
彼女が近くにいたなら、少しは何か言ってくれただろうに。これはアンラッキーとしか言い様がない。
「この星の未来を担う王女様に嘘を吹き込むなど、極めて悪質です」
「嘘、だって? まさか! 私は嘘を吹き込んでなどいないよ。ただ真実を述べただけだとも」
シュヴァルの命により身柄を拘束されてしまったアスター。
しかし、こんな状況下でも、彼は比較的冷静だった。
「私は真実しか述べていない。それはシュヴァル、君が一番知っているだろう」
「は? 何を言っているのやら、という感じですが」
アスターはシュヴァルの部下の男に両腕をしっかり拘束されている。痛そうだな、なんて思ってしまうほどにがっちりと拘束されている様を目にすると、何だか申し訳なくなってきた。
私がもっと考えて行動していれば、慎重になっていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
「シュヴァル! アスターさんをどうするつもり!?」
勇気を出し、思いきって口を挟む。
しかしシュヴァルは、ほんの一瞬こちらを見ただけで、言葉を返してはくれなかった。
「ちょっと、シュヴァル……!」
さすがに無視はないだろう。
こちらが声をかけているのに、ほんの一瞬ちらりと見るだけとは、失礼極まりない。
王女である私を崇めろなんて言う気はないが、せめて返事くらいはしていただきたいものだ。
「返事くらいしてちょうだい……!」
「はい」
「え?」
「返事させていただきましたが」
おっと、これは感じ悪い。
さすがシュヴァル、という感じの、嫌み満点な対応だ。
もっとも、それが意図的なのか否かは分からないが。
「アスターさんをどうするつもりなの? シュヴァル」
「身柄を拘束させていただきます」
「今の彼は私の従者なのよ。そんな勝手なことが許されると思っているの」
「それが、許されるのですよ。星王様より一任されていますから」
シュヴァルが言うことも、確かに、間違いではない。星王である父親が「一任する」と言ったのだから。私が口出しするなど、もはや許されたことではないのかもしれない。
けれど、アスターは私の従者だ。
まだその関係が切れたわけではない。
だから、シュヴァルに好き勝手されるというのは、どうも納得できない。
「アスターさんは私の従者になったのよ! いくら父さんでも、私に断りなく彼のことを他人に一任するなんて、できっこないわ!」
このまま黙って引くというのもなんなので、一応言ってやった。
しかしシュヴァルは、「可能です。星王様こそが最高権力者ですから」などと返してくるだけ。私の意見には、微塵も耳を傾けてくれなかった。
シュヴァルは去っていってしまった。拘束されたアスターとは、結局何も話せずじまいだ。
私は場に一人取り残される。
王女でありながら、何もできなかった。アスターを擁護してあげることさえできなかった。
なんて無力なのだろう——そんな思いが、胸を締めつけてくる。
「王女様!」
そんな風に、一人で辛くなっていると、背後からリンディアの声が聞こえてきた。
振り返ると、赤い髪をなびかせるリンディアが視界に入る。彼女の隣には、ベルンハルトの姿もあった。
二人が一緒に行動しているのは珍しい気がする。
「リンディア、それにベルンハルトも。珍しく組み合わせね。どこかへ行っていたの?」
そう問うと、リンディアは軽やかな調子で返してくる。
「こいつの手当てが済んだからー、迎えに行ってあげてたのよー」
どうやらそういうことらしい。
……なら仕方ない、か。
「そうだったのね」
「どーかしたのー?」
私は彼女に、アスターが拘束されてしまったことを話さなくてはならない。だが、どうも言う気にはなれなかった。
言わない、なんて選択肢が存在していないことは分かっている。
ただ、弟子であるリンディアにそれを打ち明けるのは、少々胸が痛い。
だが、いずれはばれてしまうこと。
それなら、今こちらから話しておいた方が、彼女を動揺させずに済むだろう。
「実は、その……」
「なーに?」
「アスターさんが拘束されてしまったの」
「そーなの!?」
リンディアは目を見開く。
瑞々しい水色の瞳の奥に潜む瞳孔が、いつもより拡張しているのが見てとれる。
「どーいう展開? やっぱあいつが嘘ついてたってことー?」
「父さんに相談したのよ。でも、そんなことはあり得ないって一蹴されてしまって……」
「アスターの発言が嘘だーって、証明されたわけじゃないのねー?」
「えぇ……無理矢理嘘なことにされてしまったの……」
私が上手く擁護できていれば、こんなことにならずに済んだかもしれないのに。
「止めようとはしたのだけれど……ごめんなさい」
取り敢えず謝っておく。
するとリンディアは、ニコッ、と明るい笑みを浮かべた。
「いーのよ!」
「えっ……」
あっけらかんとしているリンディアを目にし、私の頭は戸惑いに満ちる。まさかこんなにも明るい感じで返されるとは思っていなかったから。
「そーなっちゃったものは仕方ないわー」
「え、えっと……」
リンディアは優しかった。
だが、その優しさに甘えて「仕方ないよねー!」なんて返せるほど、呑気にはなれそうもない。
「気にしなくていーわよ! 王女様!」
彼女の優しさが胸に染みる。
思わずウルッとなってしまった。
「リンディア……」
「アスターなら大丈夫。拘束されたぐらいでへこたれやしないわー」
私は半ば無意識で口元に手を添えていた。
「王女様は正しいことをしただけじゃなーい。だから、王女様が気にすることなーんて……」
「少々迂闊だったかもしれないがな」
「ちょっと、ベルンハルト!」
「事実だ」
「アンタねぇ! いい加減にしなさいよ!」
「嘘は言っていないだろう」
隣のベルンハルトと暫し言い合いをした後、リンディアは再びこちらへ視線を向けてくる。
「ま、さほど気にすることじゃないってことよー」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.67 )
- 日時: 2018/12/11 17:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JbPm4Szp)
64話 夜の戯れ?
その晩、私はベルンハルトとリンディアと三人で、ホテルに泊まった。
最上階の客室が使えなくなってしまったのは残念だが、私たちが泊まった客室も結構綺麗な部屋だった。
だから、文句など欠片もない。
丁寧に整えられたベッドに、綺麗に磨かれた真っ白な浴槽。それだけでも、一泊するには十分な条件だ。しかしそれだけでなく、無料で自由に飲める紅茶やコーヒーも置かれていた。贅沢し放題である。
「ふう……」
私は入浴を終えると、持ってきた荷物の中から予め取り出しておいた寝巻きに着替え、髪を乾かす。そして、髪がしっかり乾いてから、ベッドがある部屋の方へと戻った。
「お疲れ様ー。ちゃんと入れたー?」
部屋へ戻るなり、リンディアが声をかけてくる。
「えぇ、気持ち良かったわ」
「シャワーが使いにくいとか、問題はなかったー?」
「なかったわよ。温かくて、凄く良かったわ」
私とリンディアが会話していても、ベルンハルトは入ってこない。彼はなぜか、私から離れている方のベッドに腰を掛け、そっぽを向いている。
会話に入ってこないのはともかく、まったくこちらを向かないというのは妙だ。
そう思い、私の方から声をかけてみることにした。
「ベルンハルト、どうしたの?」
彼が腰掛けているベッドの方へと近寄っていきながら、そんな風に声をかける。しかし彼は何も返してこない。
「ねぇ、ベルンハルト」
「…………」
「ベルンハルト?」
まったく反応がない。
よく分からないが、取り敢えず彼のすぐ隣に座ってみる。
「どうかしたの?」
私が彼に手を伸ばしかけた刹那、彼はようやくこちらを向いた。非常に気まずそうな顔をしている。
「……あまり近寄るな」
「え?」
予想外の発言に、私は思わず言葉を失う。
「そんな薄い布一枚で僕に寄るな」
「……薄い、布……?」
「イーダ王女。貴女も女性なのだから、格好には気をつけた方がいい。そんな無防備でいると、いずれ痛い目に遭う」
ベルンハルトは淡々とした口調でそんなことを言ってきた。
いまいち理解しきれていないのだが、彼が言っているのは、私の服装のことなのだろうか。
「えっと……この服が駄目ということ?」
ひとまず尋ねてみる。
すると彼は、静かに、首を縦に動かした。
「似合っていない……かしら」
胸元だけが白いレース素材で、その他はシルクで作られている、ワンピースタイプの柔らかな寝巻き。とにかく着心地が良く、デザインもそれなりに可愛らしいため、私としては気に入っているのだが。
「いや、違う。そういう意味ではない」
「違うの?」
「違う」
「なら、どういう意味なの」
するとベルンハルトは、一度、私から視線を逸らした。それから数秒経って、彼は再び話し出す。
「男がいるところで、そんな肌が透けるような服装をするな。そう言いたかったんだ」
そこへ、リンディアが口を挟んでくる。
「なるほどなるほどー。アンタ、可愛い王女様を見るのが恥ずかしーのねー」
「な。ち、違う!」
ベルンハルトは慌てた様子で否定した。が、顔が赤くなってしまっている。
「あー。赤くなってるー」
「なっ、何を言うんだ! 赤くなってなどいない!」
「否定するのに必死ねー」
リンディアが言葉を発すれば発するほど、ベルンハルトの顔は赤く染まっていく。これはもう、完全にリンディアのペースだ。
「僕はただ、女性としての自覚を持つように注意しただけだ!」
「アンタ、王女様のこと大好きねー」
「勘違いするな! そしてそれを大声で言うな! イーダ王女に失礼だろう!」
リンディアのペースではあるが、ベルンハルトも負けてはいない。彼は持ち前である気の強さを十分に発揮している。二人の口喧嘩は、なかなかいい勝負だ。
だが、いつまでもこんなことを続けているわけにはいかない。
なぜなら、今はもう夜だからである。
「まぁまぁ落ち着いて」
子どもではないのだから、いつまでも騒いでいるわけにはいかない。
「ベルンハルト、リンディア、喧嘩は止めてちょうだい」
私がそう言うと、ベルンハルトがパッとこちらを向いた。
「喧嘩しているわけではない。勘違いしないでくれ、イーダ王女」
どうやら、喧嘩、と言われるのは不服のようだ。
「僕はそこまで子どもじみてはいない。それに、先に余計なことを言ったのはリンディアの方だ」
ベルンハルトの言葉に、リンディアが噛みつく。
「は? なーによ、それ! あたしを悪者扱いするつもりー?」
「何を怒っているんだ。僕は真実しか述べていない」
「真実ですって!? アンタの発言のどこが真実なのよー!」
なぜすぐに言い合いになるのか、私には理解不能だ。
二人が血気盛んな質なことは知っているが、いつまでもこんな言い合いに付き合ってはいられない。
「喧嘩は止めて!」
だから私は、はっきりと言い放った。
すると、ベルンハルトとリンディア——二人の声は、ぴたりと止んだ。
私の発言にも、多少の制止力はあったようである。
「言い合いしている場合じゃないでしょう。こんな時くらい、楽しく過ごせる方がいいわ」
アスターのこともあるし、襲撃のこともあるし、不安は尽きない。ただ、穏やかであれる今くらいは、せめて楽しく過ごしたいと思う。それが私の心だ。
「……ま、そーねー」
「イーダ王女がそう言うなら黙っておくことにしよう」
「あ。ベルンハルトったら、王女様には素直ねー」
「悪いが、もう乗らない」
「えー。つまらなーい」
ベルンハルトを怒らせられなくなったリンディアは、面白くなさそうな顔。彼女はどうやら、他人を怒らせることがかなり好きみたいだ。
「ところでイーダ王女」
「何? ベルンハルト」
「勘違いのないように一応言っておくが……」
いきなり何だろう。
「その服が似合っていない、というわけではないからな」
あら、褒められた?
「本当に? ありがとう」
「僕は嘘はつかない」
「嬉しいわ!」
お気に入りの服を褒めてもらえたことが嬉しくて、つい抱きついてしまった。すぐ隣にいたために、衝動を抑えるより早く行動してしまっていたのである。
「やっ……止めろ! イーダ王女!」
「だって嬉しいのよ。ベルンハルトに褒めてもらえて」
「そんなにくっつくな!」
抱き締められたくらいで慌てているベルンハルトを見ていると、何だか愛らしく思えた。初々しい反応をされればされるほど、なぜかもっと困らせたくなってしまう。
「たまにはいいじゃない。くっついたって、何も減らないでしょう」
「駄目なんだ! 止めてくれ」
「どうしてよ」
「背中が痛むからだ!」
……まさか、そういう理由だったとは。
確かに彼は背中を怪我してはいたが……まぁ……うん。
正直、少し残念。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.68 )
- 日時: 2018/12/17 18:52
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Ga5FD7ZE)
65話 何事もなかったかのような
翌朝、私は荷物をまとめ、ベルンハルトやリンディアとともにホテルのラウンジへと向かった。そこで、父親やシュヴァルと合流する。
「おはよぅ! イーダぁ!」
父親は私の顔を見るなりそんな風に声をかけてきた。いつもと何一つ変わらない、明るい調子だ。彼はどうやら、アスターの件のことなどすっかり忘れてしまっているらしい。
私は内心、「少し顔を合わせづらいな」なんて思っていた。
それだけに、父親のこの態度はかなり衝撃的だった。
まさか何事もなかったかのように接してくるとは。
「おはよう、父さん」
「昨夜はよく眠れたかぁー!?」
「え、えぇ」
私は取り敢えず普通に対応した。
だが、内心かなり動揺している。
相手が何事もなかったかのように接してきたからといって、私も何事もなかったかのように接し返すということは、そんなに容易なことではない。
しかし、そこへ追い討ちをかけるように、シュヴァルまで挨拶してくる。
「おはようございます、王女様。良い朝ですね」
シュヴァルも、何事もなかったかのような顔をしていた。その口元には、微笑みさえ浮かんでいるように見える。
不思議な感覚だ。
昨日のアスターに関するいざこざなんて、本当は起こっていなかったのだろうか——そんな風に思ってしまうくらいの状況である。
「どうなさったのです? 王女様」
「……え」
おっと、まずい。
不思議な感覚について考えすぎているあまり、返答を忘れてしまっていた。
「王女様がそんなにもぼんやりなさっているなんて、珍しいですね」
「そ、そう? ごめんなさい」
「いえ。少しばかり心配に思っただけですよ、お気になさらず」
妙に丁寧な接し方が逆に不気味だ。だが、話がそこで終わっただけ、まだましだったのかもしれない。
そんな妙な挨拶を終えると、父親とシュヴァルは、先に歩いていってしまった。場には、私とベルンハルト、そしてリンディアの三人だけが残される。
「何もなかったかのような態度だったわねー」
色々と考え込んでしまっていた私に、リンディアがそんな声をかけてきた。
「えぇ……アスターのことなんてなかったかのようね……」
「何なのかしらねー。よーく分かんないわー」
何事もなかったかのような接し方に違和感を抱いていたのは、どうやら私だけではなかったようだ。リンディアも同じような違和感を覚えていた様子である。
「それに、あの襲撃者の女もどうなったのかーしらねー」
リンディアが独り言のようにぽそりと呟く。
それによって私は思い出した。アスターが父親に引き渡した、襲撃者の女性の存在を。
色々あったせいでその存在をすっかり忘れてしまっていたが、そういえばあの女性がどうなったかは聞いていない。
「確認してみた方がいいか」
唐突に会話に入ってきたのはベルンハルト。
彼はこれまで特に何も言うことはしなかった。が、私とリンディアの会話を聞いていないわけではなかったようだ。
「そんなのいいわよ。ベルンハルトにばかり頼れないわ」
「僕は貴女の従者だ。気を遣う必要などない」
「そういう問題じゃないわ。ベルンハルトは怪我しているでしょう、今は適度に休まなくちゃ駄目よ」
「いや、このくらいどうということはない」
ベルンハルトは鋭い目つきでこちらを凝視している。彼の瞳の奥には、私の姿が映り込んでいた。
「従者として働くに支障はない程度の怪我だ」
「重傷でなくて良かったわ」
ベルンハルトは首を傾げる。
「日常生活に支障があるような怪我は……嫌だものね」
「そういうものか」
「当然じゃない。まともな生活すらできなくなってしまうような怪我、誰だってしたくないでしょう?」
するとベルンハルトは、数秒空けて、「そうか」と小さく発した。
顔つきから察するに、納得してくれたようだ。
その後、私たちは、再び浮遊自動車に乗って移動することとなった。
昨日一台減ってしまったのが気になっていたが、今朝には既に代わりの浮遊自動車が配備されていたため、特に困ることはなかった。
浮遊自動車は、本日の目的地である第一収容所を目指して、走り続ける。
ただひたすらに、大地を駆け続けた。
数回の休憩を挟みながら移動を続け、第一収容所へ到着した時には、出発から既に数時間が経過していた。朝のうちにホテルを出たというのに、もうお昼前だ。
「ダイイティシュウヨウドヘヨーコソ!」
第一収容所へ到着した一行を迎えてくれたのは、一人の男性。
非常に個性的な容姿をした人だった。
根元から数センチほどだけは茶色の長い金髪を右側頭部で束ね、三つ編みにしている。また、それとは別に、頭頂部にはとんがりがある。
そんな珍しい髪型に加え、緑色の眉毛は男性の親指ほどの幅で、かなり目立つ。
「ワタクティハ、ルンルン・クリタヴェール! ダイイティシュウヨウドノゲンショチョウデス!」
「久しぶりですね、クリタヴェール」
個性的な髪型の男性——ルンルンに対し親しみを持って話しかけるのは、シュヴァル。
「オオ、シュヴァル! オヒタチブリデス!」
「相変わらず妙な話し方をしますね、クリタヴェール」
「クリタヴェールモワルクハナイデスガ、デクィレバ、ルンルントヨンデホティデス!」
「無理です」
「ウフゥ……」
シュヴァルとルンルンの会話は実に興味深い。
二人の会話をじっくり聞いたところで、賢くなれるわけではない。だが、それでも、耳を澄まして聞いてしまった。
「何だか変わった方ね」
私は隣にいたベルンハルトにそんなことを言ってみた。もちろん、小さな声で。
それに対して、彼は、一度こくりと頷く。それから、さりげなく「前からあんな感じだった」と教えてくれた。さらに、ルンルンはダンダの部下だった、ということも小声で教えてもらえた。
元々この第一収容所で暮らしていたベルンハルトは、ルンルンのことを知っていたようだ。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.69 )
- 日時: 2018/12/17 18:53
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Ga5FD7ZE)
66話 片言ルンルン
第一収容所の入り口付近。
肌がじんと痛むような寒い風が頬を撫でてゆく中、私たちは話を続けている。
正直、少し寒くなってきた。口から出すことはなかなかできないが、本音を言うなら、「早く屋内に入りたいなぁ」という気分である。
「シュヴァル、彼が今の所長なのか?」
「そうです。ルンルン・クリタヴェールという名です」
「確か、前は違うやつだったような?」
「はい。元々所長はダンダという男でした。が、襲撃に巻き込まれて命を落としたため、クリタヴェールに変わりました」
父親とシュヴァルはそんな風に話していた。
どうやら父親は、事情を何も知らなかったようだ。シュヴァルの発言を「ふん、ふん」と頷きながら聞いていた。その顔は真剣そのもの。シュヴァルの発言を疑うことは一切ないのだろう。
「トコロデシュヴァル!」
「何ですか」
「イツマデモクォコニイルノハサムイデショウ。オティツケルタテモノヘアンナイシマスヨ」
ルンルンは安定の独特な調子で長文を発する。
私は、その独特なイントネーションのせいで、ルンルンが何を言っているのか聞き取りきれなかった。まったく理解不能というわけではないのだが、彼の発言のすべてをしっかりと理解するには、結構な時間がかかってしまうのだ。
しかしシュヴァルは困っていないようだった。
「そうですね。ここは少し寒いですし、できれば屋内へ移動したいところです」
ルンルンと話すことに慣れているシュヴァルは、彼の珍しいイントネーションにも慣れているのだろう。聞き取りづらい、ということはないようである。
慣れてしまえば問題なし、ということか。
「ですが、その前に一つ、クリタヴェールに頼みがあります」
「エェッ! ナンデツカー!?」
シュヴァルの言葉をうけ、ルンルンは、戸惑ったように目をぱちぱちさせる。
「一人、預かっていただきたい者がいるのです」
「オォ! ソウナンディスネ!」
ルンルンの顔に、明るめの笑みが浮かぶ。
「シュヴァルノツァノミナラ、カマイマセンヨ!」
彼は、右手で三つ編みをくるくるといじりながら、左手をパタパタさせていた。
かなり不思議な動き。
しかも、男性が行っているにもかかわらず可愛らしさがあるところが、意外だ。
いくら愛らしい小鳥のような動作でも、男性がやれば、可愛らしいという雰囲気にはならないものだと、そう思っていた。けれど、今のルンルンからは愛らしさが溢れている。とても不思議である。
「デ? ザイニンデスカ、アクニンデスカ、ソレトモ……オルマリンジンデナイヒトデスカ」
「初老です」
シュヴァルが落ち着きのある声で答えると、ルンルンは小さく首を傾げる。
「ショ、ロウ……?」
彼は初老の意味が分かっていないようだった。
「そして、嘘つきです」
「ショロウノウソトゥキ、デスカ?」
「はい。そのような感じであっています」
恐らくアスターのことなのだろう。それは分かる。
が、「初老の嘘つき」はさすがに言いすぎではないだろうか、と内心思った。
いや、そもそも、アスターが嘘つきである証拠はまだない。
「デ、ソノヒトヲドウツレバイイノデスカ?」
「預かって下さい。他の罪人らと同じよう、拘束しておいて下されば構いません」
そこまで言ってから、シュヴァルはパチンと指を鳴らした。
私が「何だろう?」と思っていると、背後から、二人の男性と彼らに拘束されたアスターが現れる。
先ほどシュヴァルが指を鳴らしたのは、恐らく、「アスターを連れてこい」という合図だったのだろう。
「アスターをここに置いていくのか? シュヴァル」
「はい。そのように考えております」
「大丈夫なのか?」
「星王様が『駄目』と仰るのであれば、他の方法を考えさせていただきますが……」
「いや。シュヴァルに任せる」
父親はやはり、シュヴァルを完全に信じきっている様子だ。
「ありがたきお言葉。感謝致します」
シュヴァルは胸元へ手を添えると、仰々しくお辞儀をする。
不気味なほどに丁寧な動作を見たせいか、私は鳥肌がたつのを感じた。もっとも、これといった理由があるわけではないけれど。
「ではクリタヴェール、この男を頼みます」
「ハイ! オマカスェクダサイ! ……ア、ダンセイノオナマエヲキカセテイタダイテモ、カマイマテンカ?」
「アスター・ヴァレンタインです」
「ショウチイタチマシタッ!」
ルンルンはやる気に満ちた顔つきで、ビシッと敬礼する。
肘をしっかり張れているため、キビキビ感の伝わる敬礼になっていた。
そんな様子を眺めていた私に、隣のベルンハルトがそっと話しかけてくる。
「このままで良いのか、イーダ王女」
私は一瞬、ベルンハルトの言おうとしていることを掴めなかった。しかし、数秒考えてみるうちに、アスターのことを言っているのだと察することに成功する。
「アスターさんのこと?」
「このままでは、離れ離れになってしまうが」
「そうね。それは問題だわ。待っていて、ベルンハルト。少し言ってみる」
順調に話を進めている人に対して批判的なことを言うのは、とても勇気がいる。
だが、アスターのためだ。口を挟むしかない。
「待って! シュヴァル!」
アスターには、これといった恩があるわけではない。特別気に入っているというわけでもない。しかし、彼はリンディアの師であり、彼女の大切な人である。
「アスターさんを収容所へ置いていくなんて、本気?」
「はい」
シュヴァルは落ち着いた声で短く答えた。淡々とした調子を崩さないあたり、彼らしい。
「アスターさんを罪人扱いするのは止めてちょうだい」
「他人を悪人に仕立てあげようとしたのですよ? もう完全に罪人でしょう」
「それはそうかもしれないけれど……でも! 彼の発言が嘘だという証拠はないわ!」
シュヴァルが嘘をついている、という可能性が皆無なわけではない。
アスターが嘘をついたと広めることで、自分の身を守ろうとしている——その可能性だってあるのだ。
「では王女様。貴女は、このシュヴァルが裏切り者だと、そう仰るのですね?」
「他人を罪人扱いをするならば、証拠が必要。そう言っているだけのことよ」
すると、シュヴァルは黙った。
沈黙の後、数秒経ってから、小さく唇を動かす。
「……貴女の発言には力などありません」
吐き捨てるような言い方だった。しかも、煩わしいものを見るような目で私を見てくる始末だ。
「デハツレテイキマトゥネ!」
「頼みます」
「ハイッ! オマクァセクダタイ!」
ルンルンは歩き出す。
拘束されたアスターも、その後ろに続いて進み始めてしまった。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.70 )
- 日時: 2018/12/17 18:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Ga5FD7ZE)
67話 私の従者だもの
斜め後方に立っているリンディアを一瞥する。
彼女は何も言わない。眉ひとつ動かさず、そこに立っているだけだ。
今、彼女はどう思っているのだろう。アスターが拘束され連れていかれるのを、嫌とは思っていないのだろうか。
……もっとも、いくら考えようとも彼女の心を察することはできないわけなのだが。
私はそれから、視線をベルンハルトに移す。
すると、彼も偶然こちらを見ていたらしく、ばっちり目が合った。
「どうする?」
「え」
「アスターを放っておいていいのか」
ベルンハルトはかなり小さな声で尋ねてきた。
五メートルでも離れていれば聞こえないだろうな、と思うような小声だ。
「良くはないけれど……もはや手の打ちようがないわ」
「いや、方法はある」
こんな風に話している間にも、アスターは遠ざかっていってしまっている。
「方法?」
この状況でアスターを取り戻す方法があるというのか。そんなことができるとは、とても思えないのだが。
「貴女が命じるならば、僕がアスターをここへ連れてくるが」
「……そんなことができるの?」
「可能だ」
どんな手を使うつもりなのかは不明だ。が、正直なところ、ベルンハルトを働かせることはあまりしたくない。負傷している彼に無理をさせたくないのである。
「……無理しない方がいいわ」
「どうなんだ」
「私だって、アスターさんをこんなところに置いていくのは嫌よ。けれど、ベルンハルトに無理させるのはもっと嫌」
すると彼は、眉間にしわをよせた。
「それは、放っておいていいということか」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
放っておいていい、と、はっきり答える勇気はなかったのである。
「…………」
「後から悔やんでも遅いが」
ベルンハルトの言う通りだ。
いつでもアスターを取り戻せるわけではない。
「……そうね」
ひんやりとした風が、頬を撫で、髪を揺らす。
「……じゃあ、お願い」
ベルンハルトを無理させたくはない。けれど、アスターを罪人として収容所へ置いていくというのも嫌だ。それはリンディアだって同じのはず。
「分かった」
私の発言に、彼はそっと頷いた。
その後、彼は、狩りをする肉食動物のような鋭い目つきになる。
——そして、駆け出した。
「ちょっ……ベルンハルト!?」
突然駆け出したベルンハルトを目にして驚きの声をあげたのはリンディア。
しかし当のベルンハルトはというと、リンディアの言葉に何かを返すことはしなかった。彼はただ、一直線に、アスターの方へと走っていく。かなりの速さだ。
「ナッ!?」
接近する彼に一番に気づいたのは、ルンルン。
「イ、イッタイナンデツカ!?」
「そちらに用はない」
刃のように鋭い視線を放つベルンハルトの瞳。それが捉えているのは、ルンルンではない。アスターを拘束する男たちだ。
「失礼」
ベルンハルトはそう呟くと、アスターの右腕を掴んでいる男性の鳩尾へ膝蹴りを放つ。真正面からの、まるで突くかのような膝蹴りである。
「ケホッ!」
対応が遅れた男性はかわすことも防御することもできず、ベルンハルトの膝蹴りをもろに受け、むせていた。苦痛に顔を歪めている。鳩尾を膝で強打されたのだから、無理もない。
「いきなり何をする!」
その様を見ていたもう一人の男性は、素早くアスターの左腕を離すと、拳銃を取り出す。そして、その銃口をベルンハルトへ向ける。
しかし、ベルンハルトは怯まない。
男性の手首を掴んで強く捻ると、その手が握っている拳銃を奪い取った。
「ぐ……くそっ!」
拳銃を奪われた男性は、次の手を打とうとしているようだ。拳銃を持っていたのと逆の手を、自分の腰元へと伸ばす。恐らく、他の武器を取り出そうとでもしているのだろう。
だが、そう易々と二度目を許すベルンハルトではなかった。
彼は男性の脇腹へ回し蹴りを食らわせる。そして、男性が一瞬息を詰まらせた瞬間に、その体を放り投げた。
「がっ!」
男性の体は刹那だけ宙に浮き、次の瞬間には砂だらけの地面へ叩きつけられる。
見ているだけの私でさえ、「痛そうだな」と思った。
「チョット! イクィナリデテクィテ、ナンナンデスカ!」
「答える必要はない」
「ベルンハルトくん!?」
「何も言うな、アスター」
戸惑った顔で固まっているアスターの片手首を掴むベルンハルト。
「戻る」
「い、一体どうなっているのかね……?」
「イーダ王女の命だ」
アスターはまだ状況を飲み込めていないようだった。何が起きたのか、理解が追いついていない様子である。
そんな彼を、ベルンハルトは無理矢理引っ張る。
「エエエッ! ナニボーットシテルンデスカ!?」
驚きの声を大きく発するのはルンルン。
場が混乱に包まれる。
しかしベルンハルトは、そんなことは気にしない。アスターの手首を掴んだまま、私やリンディアの方へと戻ってきている。
これはまたややこしいことになりそう——な気がしないこともない。
だが、アスターが罪人として収容されてしまうよりかはましだ。
「完了だ」
アスターを連れて帰ってきたベルンハルトは、私のすぐ近くまで戻ってくると、そう言った。
「体は大丈夫?」
「問題ない」
さらに負傷する、なんてことにならなくて良かった。私がそんな風に安堵していると、ベルンハルトの後ろにいるアスターが口を開いた。
「これは一体……どういう展開なのかね?」
彼はまだ状況を飲み込めていないようだ。
「アスターさん、一つだけ聞かせて」
「何かね」
「貴方、嘘はついていないわよね?」
すると彼は、静かな声で答える。
「……もちろんだとも」
嘘つきがこんな顔をするとは思えない。私はやはり、アスターを疑う気にはなれなかった。残念なことに、彼の発言が真実であることを証明できるものは何もないけれど。
「分かったわ、ありがとう」
「……私を信じてくれるというのかね?」
「もちろんよ」
たとえ始まりが敵であったとしても、今の彼は私の従者だ。
だから、信じないなんていう選択肢はない。
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