複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.101 )
- 日時: 2019/01/30 19:32
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Btri0/Fl)
98話 固定して拘束して、それから
ベルンハルトはアスターの容態を確認。その間も、リンディアはミストと戦っていた。
それぞれが役目を果たす中、私はただ見ていることしかできない。
それがもどかしくて、胸の奥から言葉にならないような何かが込み上げてくる。その何かの正体は、自分でもよく分からないけれど……悔しさであり、焦りでもあり、色々なものが混ざりあったようなものなのだと、そう思う。
「敢えて腕で受けることによって重傷を免れようと考えたのでしょうが、残念ながら、今この状況においては、それは不正解です」
リンディアはミストを鋭く睨んでいる。が、ミストは逆に、どこか穏やかさの感じられる目つきだ。
二人の表情は対照的である。
「なぜなら、このクナイには毒が塗ってあるから」
「……何ですって?」
「引っ掛かって下さり、ありがとうございます。おかげで、戦うことなく勝つことができそうです」
微かに笑みを浮かべるミスト。
「はー? なーによ、勝った気になっちゃってー」
「すべて事実です」
「そーんなしょぼーい毒なんかで、あたしに勝てるわけないじゃなーい!」
リンディアは引き金を引いた。
光の弾丸が飛び出す。
すべて、ミストに向かって飛んでいく。
短時間に何度も撃たれては、さすがのミストも対応しきれないだろう。私はそう思っていたのだけれど、案外そんなことはなくて。
「ふっ!」
ミストは、クナイとステッキを華麗に扱い、光の弾丸を弾く。
が、その隙にリンディアは駆ける。
そして、そのままミストの背後に回ると、襟を後ろから掴んだ。そこからさらに、ミストの体をぐいと引き寄せ、ついには羽交い締めにまで持っていく。
「確か……ミトンだったかしらー?」
リンディアはにっこり笑っている。
「違います。ミストです」
「ミリン? あらー、調味料みたいで素敵な名前ねー」
「違います」
あ、これは。
完全にわざとだろう。
聞かずとも分かる。他人を挑発して遊ぶスイッチが入ったのだと。
「ベルンハルト!」
「……何だ」
床に顔を当てるようにして倒れていたアスターを仰向けに寝かせて微調整していたベルンハルトは、リンディアの方へと目を向けた。
「手伝ってちょーだい!」
「僕は無理だ」
「は!? ちょっと! なんて態度よ!」
苛立った顔になるリンディア。
「アスターが放置になってもいいと言うのか」
淡々と述べるベルンハルト。
その言葉に、リンディアは、ほんの少し気まずそうな顔つきになる。
「何よ……」
「どうなんだ」
「じっ、ジジイなんか放置でいーのよ! それより、ラナをこーそくしてちょーだい!」
なるほど。
リンディアは、ラナら二人を捕らえる気のようだ。
それはいい、と、私は思った。だって、捕らえるのならば殺傷せずに済むから。いくら刺客とはいえ一つの命なのだから、可能ならば、死に至らない方が望ましい。
「拘束……分かった。部屋から縄を取ってくる」
「ちょ、縄!? 原始的過ぎでしょ!?」
「贅沢を言わないでくれ」
そう言って、ベルンハルトは自室の方へと走っていった。
なかなか仕事が早い。
それから十数秒ほど経過して、戻ってくる。
その手には、がっちりと編まれたやや太い縄が持たれていた。
「リンディア。どっちからだ」
「こいつからがいーわね」
リンディアの答えに従い、ベルンハルトは、ミストの手足を縛る。体に触れそうな時だけリンディアに任せるところが、妙に真面目だ。
「よし、次だな」
上手く縛れたらしく、満足そうに頷くベルンハルト。
「次も手伝ってあげてもいーわよー?」
「なら頼む」
「お願いします! って言うなら、だけどねー」
「お願いします」
「ちょ、本当に言うの!?」
リンディアは驚いていた。
その後、二人はラナの手足を拘束する。
自由を奪うなんて酷い、と思われるかもしれない。が、どちらかが殺されるくらいなら、この方がずっと良い。
平和的解決が理想系である。
こうして、真夜中の襲撃は幕を下ろした。
リンディアが夜間警備隊と連絡を取り、駆けつけた彼らに、ラナとミストの身を渡す。彼女はとても仕事が早いため、引き渡しが終了するまでに、二十分もかからなかった。
その後、完全に気を失ってしまっているアスターを救護の者たちへ渡し、負傷のあるリンディアとベルンハルトも、検査及び治療を受けることとなった。私は負傷していない。が、特に行きたいところもないため、リンディアやベルンハルトに同行した。
「まったくもー。しばらく寝ていろだなんて、面倒の極みだわー」
検査の結果、リンディアは、ベッドに横になっていなくてはならないことになった。毒を塗ったクナイで腕を傷つけられていたから、である。
もうしばらく様子を見た方がいい、ということなのだろう。
「寝ていた方がいいと言われているのなら、ちゃんと寝ておいた方がいい」
「うっさいわねー。ベルンハルト」
「痛い目に遭ってから泣いても、助けない」
「はいはーい、分かってますよーだ。何があったって、アンタだけには助けを求めたりしないわー」
指示があるためベッドの上にいるリンディアだが、声は大きいし嫌みも言うし、とても元気そうだ。平常運転である。
「で? アンタはどーなのよ。怪我がないわけじゃないんでしょー?」
「僕は毒は受けていない」
「けど、無傷なわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだ」
ベルンハルトは真顔で返す。
彼はもう、負傷することに慣れてきているのだろう。だからこんなに冷静でいられる。
……きっと、そう。
「ただ、それほど深い傷はない。すぐに治る」
「そーいう問題?」
リンディアは呆れ顔になっていた。呆れるあまり、笑みが零れてきている。
「そういう問題だ。速やかに回復する程度の傷なら、あってもなくても、同じようなものだからな」
わけが分からない……。
意外なタイミングで、謎理論が登場だ。
「あ、そーだ。それで王女様」
「リンディア?」
「怪我はなかったのー?」
彼女は私の身を案じてくれていた。
自分も傷を負っている厳しい状況の時なのに。
「えぇ、私は大丈夫」
「そ。良かったわねー」
「ありがとう」
私が短く礼を述べると、彼女は視線を少し横へずらす。そして、気まずい関係の人と話す時のような顔つきになりながら、言葉を返してくれる。
「……ありがとうなんて言われるよーなこと、してないわよ」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.102 )
- 日時: 2019/01/30 19:34
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Btri0/Fl)
99話 恥ずかしがる自分が恥ずかしい
その日は、リンディアが寝るベッドのすぐ近くにあるソファで、朝まで眠ることとなった。
戦ったり、逃げたり、色々しているうちに、意外と時間が経過していたらしく、朝はもう近い。だから、眠ると言っても、そんなに長く眠れはしないかもしれない。だがそれでも、少しは寝た方が良いという話になり、眠ることになったのである。
ーーふと、目が覚めた。
視界にベルンハルトの姿が入る。
「起きたか、イーダ王女」
「……ベルンハルト」
「もう昼だ」
その言葉に驚いて、急激に意識が戻る。
「え! 昼なのっ!?」
「そうだ」
「そんな! 長いこと寝てしまったってこと!?」
「まぁ……そうなるな」
まさかの展開に驚きを隠せない。
少なくとも遅めの朝くらいには起きられると思っていただけに、既に昼になっているという事実は衝撃的だった。
「だが、慌てることはない。むしろ、ちゃんと眠れたようで良かった。あんなことがあった後だからな、疲れて眠ってしまうのは普通のことだ」
ベルンハルトが優しい。妙な感じだ。
「そうかもしれないわね……って、あれ? リンディアは?」
周囲を見回してみたが、リンディアの姿がない。
「あいつはアスターのところへ行った」
そういうことらしい。
……そりゃそうよね。アスターはリンディアの師匠だもの。
リンディアがアスターのことを心配しないはずがない。日頃はアスターに失礼なことを言ってばかりのリンディアだが、倒れた彼を心配していないということはないだろう。
「私たちも行きましょうか」
「アスターのところへ行くのか?」
「えぇ。ベルンハルトは嫌?」
嫌ということはないだろうが、一応尋ねてみておいた。
それに対し、彼は、静かな調子で返してくる。
「いや、そんなことはない」
彼はそう述べた後、私に向けて手を差し出してくる。
あら、王子様みたい。
——なんて思ったことは、私だけの秘密にしておこう。
「何かあったら困るからな。僕も行く」
「手?」
「おかしいだろうか? 繋いでいた方が、もしもの時に迅速に対応できるかと思ったのだが」
……やはり。
さすがはベルンハルト、まったく夢のない言葉を発してくれた。そんな具体的に言われては、夢のある捉え方をできないではないか。
実に何とも言えない気分である。
「いえ。そうよね……それが貴方よね。貴方がそういう人だってこと、うっかり忘れてしまっていたわ」
失礼なことを言ってしまったかもしれない、と、後から若干後悔した。
しかし、ベルンハルトはあまり気にしていないようで、特に何でもない、といったような顔をしている。
「この性格だと、何か問題があるだろうか?」
「いいえ。ベルンハルトらしくて良いと思うわよ」
時折発揮される頑固さには多少苦労する。が、それが大きな問題であるとは思わない。
彼が従者らしい性格かというと、そうではないかもしれない。けれど、従者らしい性格であれば優秀な従者、というわけではない——少なくとも、私はそう思っている。
「ベルンハルトはベルンハルトだもの。今のままでいいの」
私はこの手を、彼の手に重ねる。
一見ロマンチックな状態でも、彼があまりに無表情だから、ロマンチックさなんてまったくない。小さい子が父親と手を繋ぐのと変わらないくらい、何でもない雰囲気だ。
けど、これでいい。
何でもないこんな関係のままで、構わない。
そっと手を繋いで、私とベルンハルトは歩く。アスターの様子を見に行くために。
その間、私は、少し恥ずかしかった。
こんなことを言うと「乙女か」と笑われてしまうかもしれないが、異性と手を繋いでいるところを他人に見られるのが恥ずかしかったのである。
前を行くベルンハルトが無表情なので、周囲は多分何とも思っていないのだろう。幾人かの侍女とすれ違ったが、何も言われなかったし、凝視されることもなかった。
どちらかというと、そんな中で一人恥じらっている残念な自分を恥じらうべきかもしれない。
歩くことしばらく、アスターがいるという部屋へ到着した。
私たちが扉の前へ立つと、入口の扉が自動的に開く。白く曇ったガラスで作られているかのような質素な見た目をした扉だが、性能は悪くないみたいだ。
「失礼する」
ベルンハルトは短く挨拶をし、部屋へ入っていく。そんな彼に手を引かれ、私も部屋へ入ることとなった。
そんなこんなで入った部屋は、扉と同じく質素な見た目をしていた。
あまり特徴のない、白一色の壁と天井。病院に置かれていそうな、平凡なベッド。そして、その脇には何やら機械がある。が、その機械は、色鮮やかなわけでも柄があるわけでもないため、そんなに目立たない。
「リンディア!」
ベッドの脇の椅子に腰掛けている彼女を見つけ、声をかける。
「あーら、王女様じゃなーい」
私が声をかけると、彼女は、すぐに気づいて返してくれた。
「アスターの容態は? どのような感じだ」
「ベルンハルト、まずは挨拶なさーい。王女様を見習ってー」
「容態の確認が最重要事項だ」
「……頑固な男ねー」
柔らかさのないベルンハルトの発言に、リンディアは顔をしかめた。
整った美しい顔が、渋柿を食べた時のような状態になってしまっている。
「ま、いーわ」
眉を寄せつつ溜め息をつくリンディア。
「命に別状はないよーよ。ただ、怪我に加えて毒が体内に入ってしまってるから、完治には時間がかかりそーねー」
リンディアはさらりと述べる。けれど、彼女の言葉は私にとっては苦痛だった。従者になったがためにアスターがこんなことに巻き込まれた、と、考えてしまうから。
心が陰る。
責められているわけではないのだから気にしなくていいと、分かっているのに。
「……ちゃんと治る?」
「王女様、どーしたの。急にそーんな深刻な顔してー」
勝手に悶々としていた私は、リンディアの発言に、正気を取り戻す。
「本当? それならいいのだけれど……」
するとリンディアは、ニコッと笑う。
「アスターならだいじょーぶよー! そのうちケロッと元気になるわー」
だが私には、彼女の笑みが、寂しげなものに見えた。
思うのだ。
秘めた想いを隠すための笑みなのではないだろうか、と。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.103 )
- 日時: 2019/02/02 20:17
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPtJmUl6)
100話 雑草は根っこから
ベッドの上で眠るアスターは、意外に穏やかな顔をしていた。
幾本ものよく分からない管で機械に繋がれているにもかかわらず、単に眠っているだけ、というような寝顔である。
そんな彼の顔を、リンディアはじっと見つめていた。
何か思うところがあるのだろうな、と推測しつつ、私は彼女へ声をかけてみる。
「あの、リンディア」
「なーに?」
アスターの寝顔に視線を注いでいたリンディアが、体ごと私の方を向く。その時、彼女の表情は、明るさを感じられるものへと戻っていた。
「ごめんなさい」
「え?」
彼女は眉をひそめる。
「アスターさんまで巻き込んでしまって、ごめんなさい」
私の従者になっていなければ、アスターはこんな目に遭わずに済んだかもしれない。
そう思うと、胸が痛んで。
「ちょ、なになにー? 王女様ったら、いきなりどーしたのよ?」
「もう二度と悲劇を繰り返さないと、心に決めてはいた。けれど、またこんなことになってしまって……私、自分が情けないわ」
いつもはわりとでしゃばってくるベルンハルトだが、今は口を挟んでこない。自分が出ていかない方がいい、と考えてくれているのだろう。
「アスターさんがこんなことになったら、リンディアは辛いでしょう? それは二人共に迷惑をかけてしまったということで……だから、ごめんなさい」
私は王女だけれど、それはただ星王家に生まれただけのことであって、この命に他人の命以上の価値があるというわけではない。
「痛かっただろうし、怖かっただろうし、アスターさんには酷いことをしてしま——」
「なーに言ってんのよ!」
「……リンディア」
「いい? アスターは王女様じゃないのよ。護られる側の人間じゃないの。負傷することくらい、慣れてるわ!」
リンディアははっきりと述べた。
「まーずは、任務を達成すること。それが一番なのよ!」
しっかりした口調だ。
「けれど、刺されて……」
「刺されたくらいじゃ死なないわよー」
「毒も……」
「対処すればどーにかなるわー」
リンディアは、私の発言に相応しい返しを、スピーディーに放ってくる。
「えっと……大丈夫なの?」
「とーぜんよ!」
「気を遣っているわけではなく?」
「そりゃそーよ! いくらあたしでも、さすがに嘘はつかないわー!」
リンディアは、あっけらかんとそんなことを言いながら、笑みをこぼしていた。
爽やかと明るいが混じったような表情だ。
「さ。それより、次のことを考えましょー」
その時になって、ベルンハルトがついに口を挟んでくる。
「それが賢明だな」
すかさず入ってきた。
やはり、話を聞いてはいたようだ。
「襲撃者をぷちぷち潰していったところで、イーダ王女が狙われることに変わりはない。雑草は根っこから抜かなければ意味がないのと、同じようなものだ」
「そーねー。ま、例えがちょっとおかしーけど」
仕掛けてきた敵を順に倒していくだけでは何も変わらない、ということは、素人の私にも理解できる。
「シュヴァルが真の敵であることを明らかにし、その上であの男を倒せば、すべて終わりだ」
「ちょっと、ベルンハルト」
「何だ、イーダ王女。他に何か作戦があるのか」
「シュヴァルはリンディアのお父さんなのよ。倒す、なんて言ったら、酷だわ」
リンディアとシュヴァルの関係は、父娘とはとても思えないものだ。しかし、それでも、「シュヴァルを倒す」なんて言われれば、良い気はしないだろう。
仲良し父娘だろうが、疎遠寄りの父娘だろうが、血の繋がりがあることに変わりはないのだから。
——そんな風に考えていたのだけれど。
「あたしは酷とは思わないわよー」
リンディアはケロッとしていた。
私の想像とはまったく逆だ。
「それじゃーあたし、もう少ししたら吐かせに行ってくーるわ」
「吐かせに……って? 胃を押したりするの?」
「やーね、違うわよ! ラナとミストを取り調べて、情報を聞き出してくるーってこと!」
なるほど、そちらだったのか。
「では僕は、フィリーナを捕まえてこよう」
「どーしてよ?」
「メインで襲ってきたのはラナともう一人の女だが、フィリーナも荷担していた。襲撃者に協力した者は、襲撃者側の人間に違いない」
淡々と述べるベルンハルト。
その瞳は、定規のように真っ直ぐな視線を放っていた。
無論、その視線の先にいるのはリンディア。
「アンタって……案外過激じゃなーい?」
「捕らえるだけだ」
「敵にはよーしゃないのねー」
リンディアが言うと、ベルンハルトは視線を床へ落とす。真剣なことを考えているような顔だ。
それから数秒ほど経って、彼はしっとりと発する。
「そうするように習ったから。それだけだ」
ベルンハルトは過去を懐かしむような目をしていた。
「へーっ。アンタがいたとこって、けっこーきっつい世界なのねー」
「外に比べれば、厳しいところだ。だが、生まれた時からそこにいたならば、さほど厳しいとは思わない」
「ふーん。ま、何でもいーわよ」
リンディアはガタンと椅子から立ち上がる。
「じゃあ動きましょーか」
「そうだな」
「行ってくるわねー」
手を振りながら、リンディアは部屋から去っていった。
彼女とて無傷であったわけではない。多少毒も入っている。にもかかわらず、彼女はいつもと変わらない足取りだった。
こうして、私とベルンハルトだけが部屋に残された。
アスターはまだ眠っている。ベッドの上で横たわり、少しも動かない。が、呼吸はしている。そのことを考えると、命を失ってはいないようだ。ただ、意識が戻らないだけなのだろう。
「ねぇ、ベルンハルト。アスターさん、ちゃんと治るのかしら」
ずっとこのまま眠っていたら——不安になって、私は発した。
「治ると言われているなら、治るのだろう」
「絶対、かしら」
「僕は医者ではない。それゆえ、絶対かどうかなど分かるわけがない」
確かに、それはそうだ。
絶対かどうかなんて、愚問である。
「ただ、アスターがそう易々と黙るとは思えないからな。数日もすればまた陽気に話し出すのでは、と、僕はそう考えている」
ベルンハルトはアスターのことを信じているようだった。
そうよ、私も彼を信じなくちゃ。彼は年老いているけれど、普通の年老いた人じゃないんだもの。
「……そうよ。そうよね!」
悪くばかり考えるのは、もう止める。これからは、前向きなことを考えていこう。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.104 )
- 日時: 2019/02/02 20:17
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPtJmUl6)
101話 みんな頑張る
それから二三日が経っても、アスターは目覚めなかった。
ベッドの上の顔を変わらず穏やかで。けれども、意識が戻ることはなく。
そんな状況のまま、時だけが流れてゆく。
私の周りは、また、ベルンハルトとリンディアだけになってしまった。
マイペースながらいつも周囲を癒やしてくれていたアスターがいなくなって、何だか寂しい。彼がいた間はアスターのことを考える時間なんてさほどなかったけれど、彼がいなくなってからは、彼のことをよく思い出すようになった。
「まだ意識が戻らないのね」
「そーなのよー。変よねー」
夜中の襲撃から四日、私は、病室のベッドで眠るアスターに会いにいった。
ちなみに、ベルンハルトはフィリーナを捜索するということだったので、今はリンディアと二人である。
「解毒は済んだみたいなのよー。でも、まだ起きない。どーなってんのかしらねー」
同感だ。
いや、解毒が済んだみたいということは知らなかったわけだが。
——しかし、それにしても、こんなに起きないというのは不思議で仕方ない。
何がどうなっているのやら。
「もしかして……寝不足だったから?」
「いや、それはないでしょー」
まぁそりゃそうよね。
一応言ってはみたけれど、よく考えてみれば、寝不足が関係しているなんてあり得ないわよね。
「なら、えぇと……なかなか思いつかないわ」
「思いつかないってー?」
「アスターさんが目覚めない理由」
「べつに考えなくていーわよー」
それもそうか。
理由を考えたからって、アスターが目覚めるわけじゃない。
「ところで、ベルンハルトはー?」
リンディアは両手を腰に添えて立ちながら、軽い調子で尋ねてきた。その表情は、雲ひとつない空のようにさっぱりしている。
「今はフィリーナを探していると思うわ」
私はそう答えた。
するとリンディアは、低い声を発しつつ、ほんの少し眉間にしわを寄せる。
「フィリーナ? ……ふーん」
リンディアがなぜこんな顔をするのか、謎だ。
「何か問題があるの?」
「いーえ。ただ、フィリーナは裏切り者だったのねー、って思っただけ」
ほんの僅かに視線を上げ、宙を眺めながら、リンディアは漏らす。
「裏切り者……」
彼女の言葉を聞いて、私は思わず呟いてしまった。
何だか、悲しくて。
「王女様にフィリーナを紹介したのって、確か、星王様だったかしらー?」
「えぇ、そうよ」
リンディアと話しながら、眠っているアスターの顔面を一瞥する。やはりまだ眠っていた。
「だとしたらおかしー話よね。星王様が王女様を狙うわけないのに、フィリーナが王女様を裏切るなんてー」
「想像でこんなことを言ったら失礼かもしれないけれど……またシュヴァルが関係しているのかもしれないわね」
私の発言に、リンディアは一瞬黙る。が、すぐに口を開く。
「確認しなくちゃ駄目ねー」
「じゃあ、私が確認してくるわ! 父さんから話を聞いてみる!」
みんなに任せてばかりというわけにはいかない。一つでもできることがあるならば、私も頑張ってやっていかなくては。
「一人でだいじょーぶ?」
「えぇ。たまには私も何かしたいの」
「くれぐれも気をつけるのよー」
「もちろん!」
胸の前で拳を握る。
やる気に満ちてきた。
「あ、ところで一つ聞いてもいい?」
「どーぞ」
「ラナたちから何か情報はあった?」
それに対し、リンディアは首を左右に振る。
「それが、まだなのよねー。なかなか吐かせられないのよー」
「リンディアが吐かせられないって……ある意味凄いわね」
「本当よー」
ひと呼吸空けて、彼女は続ける。
「ま、お互い頑張りましょー」
リンディアも、ベルンハルトも、色々頑張ってくれているのだ。私も頑張ろう。
「そうね! じゃあ、父さんのところへ行ってくるわ!」
「行ってらっしゃーい」
こうして私は、リンディアと別れた。
アスターの寝ている病室を出て、星王の間へと向かう。
廊下を一人で歩く。
星王の間に向かって、歩く。
自室の外を一人で歩くのは、いつ以来だろう。ベルンハルトらと出会ってからはもうずっと、一人で歩いていないような気がする。
……いや、一人で歩いたこともあったか。
ラナらに襲撃された夜だ。
私は、自室から従者の部屋辺りまで、一人で移動した。
しかし、あれは夜だった。だから、誰とも合わなかったように思う。
けれども、今は夜ではないため、侍女とすれ違うこともよくある。
「こんにちは!」
「あっ……こんにちは」
ふと気が向いたため、私は、元気に挨拶してみた。すると、通りすがりの侍女に引かれてしまった。
確かに、私はあまり陽気な方ではない。そのことは有名だ。だから、そんな私にいきなり挨拶をされて、彼女は驚いたのだろう。
慣れないことをするのは、ある意味難しい。
星王の間の前へ着く。
豪華さのある扉の近くには、警備の者が二人立っている。
二人ともがっしりした体つきの男性だ。かなり厳つい見た目をしているため、小心者の私は声をかけられない。
どうしよう……。
早く父親に会いたい。なのに、勇気がなくて会えない。
どうすれば。
そんな風に考えながら星王の間の前を彷徨うろついていると、警備の男が声をかけてきた。
「王女様、何をなさっているのですか?」
——う。
向こうから声をかけてきてくれたのはありがたいが、まだ心の準備ができていない。
「あ、えっと、父さんを探しているの」
「星王様を、ですか?」
「えぇ。今、部屋にいるかしら」
「いらっしゃいますよ」
あ、意外と普通。
厳ついのは見た目だけのようだ。
「入っても構わないかしら」
「はい。では、お開けしますね」
警備の者が、星王の間へと続く扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう。助かるわ」
開けてもらった扉を通過し、私は星王の間へと入っていく。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.105 )
- 日時: 2019/02/02 20:18
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPtJmUl6)
102話 父さんと
警備の者が開けてくれた扉を通過し、星王の間へ入る。私が部屋へ完全に入りきると、扉はゆっくりと閉まった。恐らく、警備の者が閉めてくれたのだろう。意外と気が利く人だったようだ。
「父さん! 来たわよ!」
いきなりやって来て、しかも断りなく入ったのだから、驚かせてしまうかもしれない。一瞬そう思いはしたが、「父さんなら怒りはしないだろう」と考え、迷いなく呼ぶことに決めた。
「父さーん! いる?」
しかし、すぐには返事がなかった。
星王の間は、しん、としている。人の気配がない。
この感じだと、取り敢えず、シュヴァルはいないだろう。そこは幸運だ。彼がいない時の方が話しやすい。
だが……父親もいないとなると、出直しになってしまう。
そうなると、厄介だ。
ただ、それはないはず。
扉の前に待機していた警備の者は「いらっしゃいますよ」と言っていたのだから。
眠りでもしているの?
そんなことを考えつつ、星王の間の奥へと進んでいく。
そして、ベッドの辺りをこっそり覗いてみる。
しかし、そこにも父親の姿はなかった。
「何してるんだぁ!!」
「ひぇっ!?」
背後から叫ばれ、私は思わず情けない声を漏らしてしまった。
ただ、背後で叫んだのが父親であるということは、声で既に分かっている。だから私は、躊躇うことなく振り向いた。
「……いきなり叫ばないでもらえるかしら」
背後にいたのは、やはり父親。
予想通りの展開だ。
「おぅ!? イーダだったのかぁ!!」
「そうよ」
すると彼は、両の足を急にぴっちりと閉じ、もじもじし始める。
「父さんのベッドを漁るなんてぇ……。イーダはやっぱり、父さんのことが大好きだなぁ……」
「は!?」
「もしかして、父さんの取って置きを探しに来たのかぁ? 残念だけどなぁ、危ない本はベッドには隠していないぞぅ」
「ちょっと、そういう話は止めて!」
そんなことを話しに来たわけではないので、一応制止しておいた。
……まったく。
そもそも、娘に対して話すようなことではないだろう。危ない本、なんて発言は慎んでいただきたい。
「私はそういう話をしに来たわけじゃないの」
「そうなのかぁ?」
ひと呼吸空けて、彼は続ける。
「なら、何の話をしに来たんだよぅ?」
父親は軽い調子で言葉を発している。
彼にとって私と話すことは、冗談を言うような軽い感覚なのかもしれない。
けれど、今はそういった空気であってはならない。
私が今から話そうとしているのは、とても真剣なこと。私たちのこれからに関わること、と言っても過言ではないようなことなのだから。
「前に父さんが紹介してくれた侍女——フィリーナについて、聞かせてほしいの」
意識的に真面目な顔を作り、私は述べた。
すると父親は、ほんの数秒深く考えるような顔をする。そして、その後、彼は口を開き提案してくる。
「シュヴァルも呼ばないかぁ?」
「彼は必要ないわ」
即座に返した。
せっかくシュヴァルのいないタイミングでここへ来ることができたのだ、この機を逃してたまるものか。
「二人だけで話がしたいの」
「可愛いイーダがそこまで言うのなら……いいぞぅ! 二人にしよう二人にしよう!!」
これまで何度もしくじってきた。せっかくのチャンスを台無しにするようなことを、何度も繰り返してしまってきた。だから、もうしくじるわけにはいかない。
私のこれは任務ではない。だから、しくじったことを責める者はいないだろう。
けれど、それに甘えてはいられない。
やると言ったことは必ずやり遂げる。それは最低限のこと。
最低限のことすらできず、何が王女だというのか。
こんな小さなことでさえ繰り返ししくじってばかりいるようでは、星王となりこのオルマリンを治めるなど、夢のまた夢だ。
「フィリーナは父さんの知り合いなの?」
話ができる状態が整ってから、私はそんな問いを放った。
「いやぁ、それは違うぞぅ」
「なら、なぜ推薦したの?」
「それは……いや。たいした理由はない」
「隠さず答えて」
星王という地位にある父親に対して心置きなく何でも尋ねられるのは、王女の特権だ。
父娘だからこそ聞けること、という範囲も、結構広い。
「あの娘を薦めたのは、そう……シュヴァルが連れてきたから、だったかなぁ」
「それは事実なのね」
「そう! 確か、そうだったはずぅ!」
やはりシュヴァル絡みだったようだ。
それなら、フィリーナが襲撃者側と繋がりを持っていたとしても不思議ではない。
「シュヴァルから紹介された彼女を、父さんが私へ紹介した。そういうことなのね?」
私は、父親を真っ直ぐに見つめて、そう確認した。
その確認に対し、彼はこくりと頷く。
「そうだぞぉ」
「父さんが聞いているかどうか知らないけれど、あの娘、襲撃者と繋がっていたのよ」
すると彼は、その目を大きく見開く。
「そうなのかぁッ!?」
裂けそうなほどに開いた瞼、今にも飛び出しそうな目、外れているのかと不安になるほど大きく下へ下がっている顎。
今の父親の顔は、とにかく凄い状態だ。
「嘘ぅッ!?」
「……聞いていなかったの?」
「襲撃のことは聞いていたぁ! 刺客が数名捕らえられたこともぉ! が、あの娘のことは知らなかったぁーっ!」
父親はかなり驚いている様子だった。
これほど驚いているということは、「実は父親も私を狙っていた」という可能性は低いと見て構わないだろう。
もっとも、驚愕している演技をしているという可能性もゼロではないのだけれど。
ただ、私は思うのだ。
父親は演技できるような器用な人間ではない、と。
「それで、その娘は今、どこにいるんだぁ!?」
「行方不明よ。どこかに隠れているんじゃないかしら。今はベルンハルトが探しているわ」
「ベルンハルトがぁ!? あいつ、イーダの従者にもかかわらず、そんな関係ないことをしてるのかぁ!!」
いや、そうでなく。
父親はいちいち騒がしい。だから、こうやって話すのは、正直言うと面倒臭い。重要な話でなかったなら、さっさと退散しているところだ。
「父さん、怒るのはそこじゃないのよ」
「え! まぁ、確かにぃ……そうかぁ」
今回は分かってくれたようだ。
「あのね、父さん」
私は、シュヴァルのことについて、もう一度話してみようと思った。
あの時は上手くいかなかったけれど、今なら少しは聞いてくれるかもしれない。
そんな風に考えたからである。
「シュヴァルのことなんだけど」
「イーダ?」
「やっぱり……ちゃんと調査してみた方が良いと思うわ」
上手く伝わる保証はない。
でも、それでも、挑戦は必要だ。
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