複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.41 )
- 日時: 2018/11/19 19:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: De6Mh.A2)
40話 嵐の再来?
先日私を誘拐したばかりの男性——アスター・ヴァレンタイン。
彼は、何の前触れもなく、私たちの前へ現れた。
「今度は何しに来たのかしら」
リンディアは太もものホルスターから拳銃を取り出すと、その銃口をアスターへ向ける。それに対しアスターは、苦笑しながら、両手を肩の高さくらいに掲げた。
「銃口は勘弁してくれたまえ」
「よく平気でここまで来れたわね。馬っ鹿じゃないの」
「馬鹿に見えるかもしれんが、案外馬鹿でもないのだよ。それより、入れてはくれないかね?」
飄々とした態度で部屋に入れるよう頼まれたリンディアは、鋭い目つきのまま叫ぶ。
「入れるわけないじゃない!」
叫ぶと同時に、リンディアの指は引き金を引いていた。銃口から、緑色に発光する弾が飛ぶ。
——しかし、それがアスターに命中することはなかった。
「おっと」
「……避けるとはね」
「引き金へ意識を向けたのがバレバレだったが、それが君の本気かね?」
アスターは余裕の笑みを浮かべている。
「うっさいわ!」
「匿ってくれるならば、黙ろう」
「残念だけど、それは無理よー。アンタ、ついこの前自分が何をしたか、分かってないの?」
「分かっているとも。しかし、あれは依頼主との契約によって行ったことにすぎない」
その時、外からパタパタという足音が聞こえてきた。その足音に反応し、アスターは無理矢理室内へと入ってくる。
「ちょ、何なのよ……?」
「少し失礼」
止めようとするリンディアを押し退け、室内へ無理矢理入ってきたアスターは、速やかに扉を閉めた。
アスターが入ってきたのを見たことで、ベルンハルトの表情はますます険しいものへと変化する。
「それ以上近づけば命はない」
「ははは。実に物騒だね、君は」
ベルンハルトが脅すような発言をしても、アスターは顔色を変えなかった。警戒することさえせず、呑気に笑っている。ベルンハルトには負けない、という自信があるのだろう。
「だが残念。私はそちらへ近づかざるを得ないのだよ」
ナイフを構えているベルンハルトがいるというのに、まったく躊躇わずに歩み寄ってくる。
「来るな」
「来るな、と言われると、行きたくなってしまう。人の心とはそういうものでね」
アスターは黒い布をまとっていない。それゆえ、紫のスーツがよく見える。その影響か、今日のアスターはいつもより怪しげな雰囲気だ。
「動くな!」
私から一メートルも離れていないくらいの距離まで彼が来た時、その首に、ベルンハルトがナイフを突きつけた。これまでは適当に流し続けていたアスターだったが、この時ばかりは足を止める。
「邪魔をするのは止めてくれたまえ。……なに、安心していい。危険なことをするつもりなど、微塵もないのだから」
だがベルンハルトは、納得できない、というような顔のまま。元より警戒心の強い彼は、少しの言葉でアスターを信頼するほど甘い人間ではなかったようだ。
「そんな言葉で他人を騙せると思うな」
「待って、ベルンハルト。本当に何か用かもしれないわよ?」
「イーダ王女はそんな調子だから狙われるんだ」
ベルンハルトを宥めようと声をかけたのだが、逆効果になってしまった。彼を余計に苛立たせてしまったかもしれない。
「そーよ、王女様。こればかりはベルンハルトに一票だわ」
リンディアまでそんなことを言い始めた。
「アスター、アンタねー……。さすがに空気読めていなさすぎでしょ!」
「おや? そうかね」
「そーよ! 信用しろっていうのは無理があるわ! この状況でアンタを信用する人間なんて、普通いないわよ!」
そういうものなのか。
実は信じかけてしまっていたことは、黙っておこう。
「ま、確かにそれも一理ある。信用されるには功績が必要、というものだね」
いやいや。それ以前に、何を話しに来たのかを言ってほしいのだが。
そんなことを考えていると、アスターの首へまだナイフの先を突きつけていたベルンハルトが、口を開く。
「目的は何か、その場で言え。できないなら、生かしてはおけない」
ベルンハルトの顔つきは、いつになく険しい。それはまるで、敵を全力で威嚇する小動物のようだ。
「君は実に良い従者だね。よほど彼女を大切にしていると見た」
「ごまかすつもりか」
「まさか! 私もそこまで卑怯者ではないよ」
アスターの口から、一体、どのような言葉が出てくるのだろう。それを考えるだけで、胸の鼓動が速まる。彼の表情から察するに、あまりシビアな話ではなさそうだが、真実は聞くまで分からない。
「アスターさん……何か用なら言っていいのよ?」
「では、言わせていただくとしようかね」
彼の言葉を待つ。
なぜか少しワクワクしながら。
「先日断っておきながらこういうことを言うのも何だが……私を雇ってはくれないかね?」
予想外の言葉が出てきたことに驚き、思わずまばたきを繰り返してしまった。つい先日あんなことがあったばかりで、「雇ってくれ」だなんて、衝撃。
「論外だ」
私が答えるより先に、ベルンハルトがそう答えた。
ベルンハルトがナイフを握る手に力を加える——その瞬間。
アスターはベルンハルトを、凄まじい威圧感の漂う目つきで睨んだ。
「君に言ってはいないのだがね」
声があまりに冷たくて、私は半ば無意識のうちに身震いしてしまっていた。
その言葉は私へ向けられたものではない。それを理解していないわけではないのだ。なのに、氷の刃を突きつけられたかのような、凄まじい恐怖感を覚えてしまった。
わけもなく、脚が震える。
なぜこんなにも恐ろしいのだろう——。
「……じょ」
誰かの声が聞こえる。
「……ダ王女」
声の主は分からない。ただ、その声が私を呼んでいることは確かなようだ。
私を呼ぶのは誰? 私を呼ぶこの声は、誰のもの?
曖昧な意識の中、私は頭を巡らせる。しかし、これといった答えは見つからない。答えは私の中にはないのかもしれない——そう思った辺りで、ふと意識が戻った。
「アスターさんっ!?」
目を開いた瞬間、視界にアスターの姿が入った。そのことに驚き、私は思わず叫んでしまう。王女らしくない品のない行動をしてしまったことを、若干後悔した。
「目が覚めたかね」
「どっ、どうしてっ!? ……って、あれ?」
この時になってようやく、自分がベッドの上に寝ていたことに気がついた。
もっとも、ベッドで寝た記憶はないのだが……。
「私、どうしてここに」
理解し難い状況に戸惑い、キョロキョロしていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「起きたのねー、王女様」
リンディアだ。
彼女もいる。ということは、また誘拐されたのではなさそうだ。
「急に倒れるから、びっくりしたわよー」
「そ、そうだったの……」
倒れた記憶など、私の頭には残っていない。ただ、この状況でリンディアが嘘をつくとも思えないので、彼女が言っていることは多分真実なのだろう。
「貧血かね?」
ベッドの脇に佇んでいたアスターが尋ねてきた。
「覚えていないわ……」
「なるほど。疲れていたのだろうね」
刹那、リンディアの声が飛ぶ。
「アンタのせいでしょ!?」
「そうかもしれんね」
「せめてちゃんと謝りなさいよ!」
「一理ある。では」
アスターは私を、真剣な顔で、真っ直ぐに見つめてくる。
「先日は色々とすまなかったね。謝罪しよう」
「い、いえ。気にしないで」
真っ直ぐな眼差しを向けて謝られるというのは、どこか気恥ずかしいものだった。しかも、年上の男性にだから、なおさら。
「さて、では本題といこう。改めて……私を雇ってはくれないかね」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.42 )
- 日時: 2018/11/20 21:21
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gK3tU2qa)
41話 運命の糸は人を引き寄せて
その後、私はアスターから、彼が今陥っている状況について聞いた。
このままでは消されてしまうかもしれない、という状況であることを。
それらについて語るアスターの表情は真剣そのものだった。目の色、眉の角度さえも、いつもとは違っている。その言葉に偽りはない——そう思わせる力を持った表情だ。
そんな彼の後ろで私たちの様子を見守っているリンディアは、水晶のように透き通った水色の瞳を、微かに揺らしている。
「返事を聞かせていただきたいのだが……どんな感じかね? イーダ王女」
私は迷っていた。
個人的には、アスターのことは嫌いでない。だから、もし彼が私に雇われることを望むのなら、私は「それでいい」という気持ちだ。
だがしかし、これはそんなに単純な話ではない。
彼は私を危険に曝した人間だ。そして、多くの人がそのことを知っている。リンディアやベルンハルトはもちろん、父親も、その近くにいるシュヴァルも。それゆえ、彼——アスターが私の従者になることを許可しない者は、たくさん発生するに違いない。
反対するすべての人々を説得するなど、私には恐らく無理だろう。
「えっと……」
私は悩み、はっきりと答えることはできなかった。
どう対応するのが一番良いのか、誰でもいいから教えてほしい。今は素直にそう思う。でなくては、話を進められないから。
「一つ誤解のないように言っておくと、『従者』にしてくれとまで贅沢を言う気はないのだよ」
「えっ?」
「分かっていただけるかね」
いや、まったく分かりません。
「つまりだね、えぇと……簡単に言うと。ごみ掃除から雑用まで何でも申し付けてくれたまえ! ということだよ」
なるほど。
かなり大雑把な説明だが、それまでよりかは理解できた気がする。
それにしても、掃除までできるとは、かなり万能だ。
「掃除までしてくれるの?」
「もちろんだとも」
「部屋掃除とか、洗面台の掃除とか?」
「ん? そんなところにごみがあるのかね」
少し話が噛み合っていない……ような。
内心「妙だな」と思っていたところ、リンディアが私に教えてくれる。
「アスターが言ってる『掃除』っていうのは、殺害するってことよー」
「そうだったの!?」
私は思わず声をあげてしまった。あまりに意外だったから。
「人を殺すのは駄目よ! アスターさん!」
するとアスターは、ふっ、と息を吐き出す。彼が久しぶりに笑った瞬間だった。
「……さすがだね、君は」
「え、そう? 普通よ?」
「いや、それは普通ではないよ」
そうなのだろうか。
「大概の人間は、誰かに憎しみを抱いているものなのだよ」
「貴方も、そうなの?」
大概の人間、と言うのだから、アスター自身だって当てはまらないことはないはず。そんな風に思って、私は尋ねてみた。
その問いに、アスターは一瞬だけ目を見開く。
しかし、ほんの数秒後には、普段と何ら変わらない顔つきに戻っていた。
「私……か」
聞いてはならないことを聞いてしまったかもしれない。
「私には、憎しみを抱いている人間などいないよ」
「そうなの? じゃあ、私と貴方は——」
「すべて消してしまえるから、というだけだよ」
アスターの口から出たのは、私の想像の遥か斜め上を行く言葉だった。
これが彼の本性なのかと思うと、やはり少し怖い。それに、私に彼をコントロールできるほどの力があるとは、とても思えない。
「…………」
「おや? どうしたのかね、急に黙ったりして」
「……聞いて、アスターさん」
「ん。何だろうか」
アスターの視線がこちらへ向く。
「もし私が雇ったら、もう物騒なことから足を洗ってくれる?」
すると、彼は数回まばたきした。
話についてくることができていないのか、きょとんとした顔をしている。例えで表すなら、道端で未確認生物を見かけてしまった人のような顔つき、といったところだろうか。
「一人の普通の男性として、働いてくれる?」
「それはつまり、殺害任務は無し、ということかね」
「えぇ。ゼロとはいかないかもしれないけれど……極力は、ね」
「もちろん構わないが……専門外の分野でこの老人にできることといったら限られている。あまり役には立てないと思うのだが」
私がアスターを雇えば、誰かに雇われた彼に殺害される人は減る。それはきっと、この星にとってプラスのことだと思うの。
「貴方は変わる。生まれ変わる。そして、これから先は穏やかに生きるの。それで構わない?」
「もちろんだとも。ただ、命を狙われた時だけは力を使わせてもらって良いかね?」
「当然、やむを得ない場合のみは許可するわ」
「ではそれで」
「じゃあ決まりね」
その瞬間、リンディアが叫ぶ。
「ちょっ……王女様、正気!?」
リンディアはかなり驚いているようだ。顔全体の筋肉が引きつっているのが見てとれる。
「えぇ。リンディア、貴女は反対?」
「いや、さすがにそれはまずいでしょー!?」
「これもきっと、何かの縁だわ」
「いやいや、そーいう問題じゃないわよ!? そんな簡単に信じていーの!?」
私だって、こんな展開になるとは思っていた。だが、現にこういう話になってきているのだから、恐らくこれが運命なのだろう。
「だってほら……アスターさんはリンディアの師匠なのでしょう? なら、信頼しても大丈夫だと思うの」
「確かに、アスターがあたしの師匠であることには間違いないけど、王女様はちょっと甘すぎないー?」
やはりリンディアは反対なのだろうか。もし私がアスターを雇ったら、彼女は従者を止めてしまうのだろうか。
そんな不安が胸を渦巻く。
「リンディアは、嫌?」
一応聞いておいた。
すると、リンディアは気まずそうな顔になる。
「べつに嫌とかじゃないけどー……」
アスターは、会話する私とリンディアをじっと見ていた。
「ただ、こんなジジイと一緒に働くとか……萎えるわー」
「酷くないかね!?」
「そうよ、リンディア。古いものには古いものの良さがあるの。ほら! 数千年前の建造物が大事に保存されていたりするでしょう?」
「さすがにそこまで古くはないのだがね……」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.43 )
- 日時: 2018/11/22 12:18
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fQORg6cj)
42話 捜索中の交錯
イーダらがアスターに関する相談をしている間、ベルンハルトは、彼女の自室を出てすぐのところで待機していた。
つまり、扉の外で一人ぽつんと立っていたのである。
外は既に騒ぎになっている。
王女を誘拐した罪で拘束していたはずのアスターが、忽然と姿を消したからだ。
ベルンハルトは、アスターがイーダの部屋にいることを知っている。が、それを他者へ話すことはしなかった。扉の外に立っていると、その前を通過する者に何度か「初老の男を見なかったか」と問われたが、ベルンハルトはその都度「見ていない」と答えた。リンディアとそう約束していたのである。
そんな彼の前へ、唐突に、シュヴァルが現れた。
「おや、ベルンハルトではありませんか」
声をかけられたベルンハルトは、冷たい視線を向けつつ言葉を返す。
「何か用だろうか」
対するシュヴァルは、警戒心を剥き出しにされたことに苦笑した。それから、どこか余裕のある声色で問う。
「アスターを知りませんか?」
「……アスター?」
「先日王女様を誘拐した、あの男です。拘束していたのですが、今朝から行方不明になりまして」
ベルンハルトは眉一つ動かさず答える。
「見ていない」
もちろん嘘だ。
だが、彼の表情は、いつもと何ら変わらない。
今のベルンハルトの表情を見て「嘘をついている」と察知できる者など、世には、ほぼいないだろう。
もし仮にそんな者がいたとするならば、それを職にでもできるに違いない。
「そうですか。……ところで」
「まだ何かあるのか」
「王女様は一体何をなさっているのです?」
シュヴァルは早くも次の問いを放った。
しかし、ベルンハルトは慌てない。落ち着きを保ったまま答える。
「リンディアと話を」
「なるほど。一体何のお話を?」
「それは知らない。ただ出ていくよう言われた」
「仲間外れだなんて、酷いものですね」
口元に薄く笑みを浮かべながら述べるシュヴァルに、ベルンハルトは無表情のまま返す。
「時にはそういうこともあるだろう」
その言葉を聞いたシュヴァルは、一瞬、面白くなさそうな顔つきになる。しかしすぐに笑みを取り戻し、ふっと息を吐き出しながら口を動かす。
「オルマリン人にしか聞かせられないことというのも、あるのやもしれませんね」
わざとベルンハルトを刺激しようとしているかのような言葉だ。だが、この程度の発言に過剰反応するベルンハルトではない。
「……そうだな」
ベルンハルトは、ただ少し寂しげな顔をするだけであった。
「なぜそんな顔をするのです?」
「いや、べつに何でもない」
「何でもない、と自ら言う時点で、何でもないことはない。そういうものです」
周囲は人々が慌ただしく動いているというのに、二人だけは静寂の中にいた。無機質な空気が、二人を包んでいる。
「気にしているのですか? 己がオルマリン人でないことを」
「……放っておいてくれ」
「それはできません。迷いのある従者など、危険分子でしかありませんから」
シュヴァルの声色は真剣そのもの。なのに、顔には笑みが浮かんでいる。声色と表情——そのずれが、何とも言えない歪さを生み出していた。
「僕が裏切るとでも?」
「最悪、反乱分子に協力して主を、なんてことも考えられますからね」
そんな風に話すシュヴァルに対し、ベルンハルトははっきりと言い放つ。
「それはない」
その瞳に迷いはなかった。
「自分で決めた道から逸れることは、断じてない。それは誓える」
ベルンハルトの瞳から放たれる視線は、槍のように真っ直ぐだ。
目つきを見れば、彼が真実を述べていると、誰だって分かるだろう。
「なるほど。それは失礼しました。以前、そういうことがありましたので」
「……以前?」
ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。
「イーダ王女に刃を向けた従者がいたのか」
「いえ。彼女ではなく、王妃様に、です」
「……何かあったのか」
怪訝な顔をしたベルンハルトが呟くように漏らす。
するとシュヴァルは、愉快そうに口角を持ち上げた。
「実は。王妃様はずっと昔に亡くなられたのです」
「……そうか。見かけないと思った」
「王女様を可哀想だとお思いで?」
「いや、片親を亡くす程度では生温い。可哀想などではない。ただ……」
ベルンハルトは、数秒してから続ける。
「同情を求めようとしない姿勢は評価できる」
発言をうけてシュヴァルは、「なるほど」と言いながら、ゆったりと手を叩いた。
シュヴァルの反応が予想外だったのか、ベルンハルトは顔面に戸惑いの色を浮かべている。しかし当のシュヴァルはというと、愉快なものを見たような楽しげな表情のまま。戸惑った顔をされていることは、ちっとも気にしていない様子だ。
「お前らしい言葉ですね、ベルンハルト」
「……そうだろうか」
二人の間に流れる空気は、相変わらず、言葉では形容できないような微妙なものである。
そんな空気のまま、しばらく沈黙が続く——そして、やがてシュヴァルがそれを破った。
「さて、では仕事の続きをすることとしましょう。もしアスターを見つけたら呼んで下さい」
「分かった。……ちなみに、アスターを見つけたら、どうするつもりだ」
「見つけたら? 再び拘束するに決まっているでしょう」
「聞きたいのは、その後だ」
すると、これまではほとんどの時間笑みを浮かべていたシュヴァルが、眉をひそめた。
「投獄するつもりか」
「まさか。投獄なんて、あり得ませんよ。王女様を誘拐したというのは、極めて重い罪ですから。それに一度脱走したという罪も加われば、もはや——」
二三秒ほど間を空けて、シュヴァルは続ける。
「死刑ものです」
放たれたのは、冷ややかな言葉。
もしイーダがこれを聞いていたならば、衝撃で体調を崩していたかもしれない——そのくらいの言葉だった。
シュヴァルが去っていった後、イーダの自室前に残ったベルンハルトは俯く。
彼のことだ、「一人でいるのが寂しいから」なんて理由ではないだろう。だとしたら、彼が曇った表情になっているのは、なぜなのか? その本当の理由が分かる者は、彼自身の他にはいないだろう。いや、彼自身すら己の表情の意味を理解できていない、という可能性もある。
ただ一つ、推測できる要素があるとすれば。
ベルンハルトはイーダのことを考えている。
そのくらいだろうか。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.44 )
- 日時: 2018/11/22 12:20
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fQORg6cj)
43話 困った時の星王様
私は、自ら雇ってほしいと申し出てきたアスターを、雇うことに決めた。
普通ならば、敵として知り合った人間を雇うなんてことはしないだろう。第三者から見れば、愚か者だ、と笑われるかもしれない。
ただそれでも雇うことにした理由は、二つある。
一つは、これまで接した中でアスターが悪人だとは思えなかったから。そしてもう一つは、彼がリンディアの師だから。
そのくらいで信じるなんて、と思われるかもしれない。が、私は信じることに決めた。
悩んだ末、そちらの道を選んだのである。
だから、どんな結果が待っていたとしても、悔やみはしない。
とはいえ、アスターは拘束されているところから勝手に抜け出してきたという状況にある。雇う以上は父親やシュヴァルにも伝えなくてはならないのだろうが——なかなか難しいことになりそうだ。
少なくとも、反対はされるだろう。
……いや、反対されるだけならまだいい。
それよりも厄介なのは、アスターが再び拘束され、罪人として投獄されでもした時だろう。もしそんなことになれば、雇う話はぱあになりかねない。
まずどうすれば……、と散々悩んだ挙げ句、私は父親に相談してみることにした。
彼ならちゃんと話を聞くぐらいはしてくれるだろう、と、そう思ったから。
その晩、私は、父親に相談するべく星王の間へと向かった。
彼は相変わらずの高テンションで、「イーダが自ら来てくれるなんて!」と、歓喜の声をあげていた。
純粋に喜んでいる彼を見ていると、こうして都合のいい時だけ利用する私が悪人のようにも思えてくる。が、今さら止めることもできない。そのため、私は、父親にアスターの件を相談した。
私たち親子と、ベルンハルトとリンディア——そして、当のアスター。
そんな何とも言えない顔ぶれでの話し合いとなった。
最初父親は、アスターを雇うことに反対した。当然だ、何を仕掛けてくるか分からない人物なのだから。
しかし、一二時間ほど説得し続けた結果、父親はアスターを雇うことを認めてくれた。
「ありがとう! 父さん!」
「イーダがそこまで言うなら仕方ないっ! 特別だからなぁ!」
もう少し苦労するかと思ったが、予想よりかはスムーズに話が進んだ。
「良かったわね、アスターさん」
アスターが参加しづらそうな顔をしていたので、話を振ってみた。
「本当に、色々すまないね」
「いいの。命は何より大事だもの」
「狙撃以外となると、綿菓子を作るくらいしかできないが……よろしく」
「綿菓子を作れるの!?」
「もちろん、作れるとも」
「凄いわね!」
なぜだろう。理由は分からないけれど、アスターとは会話が弾む。こうして話していると、ずっと昔から知り合いだったみたいな感覚だ。
「もしかしてアスターさん、お菓子作り名人?」
「いやいや。名人というほどではないよ」
「けど、綿菓子を作れるなんて凄いわ」
そんな話をしていると、突如、父親が口を挟んできた。
「あーっ! イーダぁ! どうしてそんなに仲良しなんだぁっ!?」
品の欠片もない大声だ。
正直、こちらまで恥ずかしい気持ちになった。
けれど、仕方ない。彼はいつだってそういう人だから。これが彼の素ゆえ、今さら変えることはできない。もはや諦める外ないのである。
ーーが。
「イーダはアスターのことが好きなのかぁーっ!?」
これにはさすがにイラッときてしまった。
「ちょっと、父さん! 何を言い出すのよ!」
思わず鋭く言い放ってしまう。
当事者の父親はもちろん、リンディアやベルンハルト、アスターまでも、驚いた顔をしていた。
いきなり鋭い物言いをしたのだから、驚かれるのも無理はない。ただ、場にいる自分以外の人全員に戸惑いの混じった驚きの顔をされるというのは、複雑な心境だ。
「あ……ごめん、なさい」
取り敢えず謝罪しておいた。
すると、珍しくベルンハルトが口を開く。
「貴女でも、そんな物言いをするのだな」
幻滅されてしまっただろうか。
ベルンハルトに嫌われるのは嫌だ。だから、不安になった。
——しかし次の瞬間、その不安は払拭された。
「なんというか……意外だ」
そう言って、ベルンハルトが頬を緩めたからである。
今度は私が驚く番だった。なぜって、彼が笑みを浮かべるところなんて滅多に見かけないから。ベルンハルトが笑った、なんて、「天変地異の前兆」と言っても過言ではないくらい珍しいことだ。
「おぉ!? ベルンハルトが笑った!」
密かに驚いていたところ、父親がそんなことを言った。
「いやー、珍しいこともあるものだなぁっ!」
「確かに珍しーわねー」
父親とリンディアがそれぞれ述べる。
ベルンハルトが頬を緩めるという珍しい現象が発生したことに気がついたのは、私だけではなかったみたいだ。
「お! もしかして、イーダの可愛さに気づいてきたのかぁ?」
「従者が主に恋するなーんて、本当に起こるのね。小説の中だけの話だと思ってたわー」
ベルンハルトは眉間にしわをよせながら「違う」と返す。しかし、すっかり楽しくなってしまっている父親とリンディアは、止まらない。
「無理もない! イーダは可愛いからなぁ!」
「青春って感じでいーわね」
結局、途中からはベルンハルトを冷やかす会と化してしまっていた。
しかし、アスターを雇うことに関しては、父親が「自分が上手くやる」と言ってくれたので、今日のところはこれで上出来。ひとまず、私の目標は達成された。
これでまた仲間が増える。仲良くできる人が増える。
それはとても嬉しいこと。
ついこの前まで従者さえ拒んでいた私が言うと、妙に聞こえるかもしれない。が、今は、周囲に人が増えることを、純粋に「嬉しい」と思えるのだ。
私がこんな風になれたのは、ひとえに、周囲の人たちのおかげ。
父親、ベルンハルト、リンディア——多くの人が支えてくれたから、現在の私がある。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.45 )
- 日時: 2018/11/22 21:07
- 名前: 一般人の中の一般人 (ID: tfithZZM)
四季さんの作品は、どれも文章が綺麗で人物描写も上手なので同じ小説を書く者(と名乗るのは図々しい位下手ですが)としてとても尊敬していてます!!更新頑張ってください!!
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