複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.116 )
日時: 2019/02/27 16:30
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pD6zOaMa)

113話 腹とユニコーン

 シュヴァルが指をパチンと鳴らしたのを合図に、部屋の隅に置かれたロッカーから二人の男が現れた。

 その男たちを、私は見たことがある。

 あれは確か、数日前リンディアと調理場へ行った時のことだ。完成した卵焼きを持って、リンディアと合流するのを待っていると、二人の男が大きな声で喋りながら通過していった。

 一人はやや腹が出た三十代くらいと思われる男。もう一人は、紫の髪を頭頂部で角のように固めているスリムな男。数日経っているためある程度薄れてしまってはいるが、個性的な二人だったから、記憶から消え去ってはいなかった。

「捕らえなさい」

 冷ややかに命じるシュヴァル。

「承知!」
「はいっぷ!」

 二人の個性的な男はほぼ同時に返事をし、私とリンディアの方へ向かってきた。

 リンディアは拳銃を抜く。
 そして、引き金を引く。

「うわぉっぷ!」

 光の弾丸は、ユニコーンのような髪型をしたスリムな男の脚を掠めた。

「何してるんだ」
「ち、ちょっと当たったっぷ……」
「そのくらいで弱ってる場合かよっ!」

 意外にも、腹が出ている方の男が迫ってくる。

 リンディアは銃口を彼に向け、何度も光の弾丸を放つ。が、男はそれを確実にかわし、みるみるうちに接近してきた。

 距離を詰められたリンディアは、拳銃を下ろし、戦闘体勢をとる。
 肉弾戦になることを想定して、なのだろう。

 ——と、その時、突如腕を後ろ向きに引っ張られた。

「なっ……!」

 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。しかし、すぐ後ろに人影があるのを見た瞬間、背後に回られたのだと悟った。

「悪いけど、大人しくしておいていただけるっぷ?」

 いつの間にか背後に回り私の腕を掴んでいたのは、ユニコーンのような髪型をした男。リンディアに向かっていっているのとは違う方の男だ。

「……離して下さい」
「そういうわけにはいかないんっぷ」
「離して!」

 私は調子を強める。
 しかし、結局何の意味もなかった。

「無理なんっぷ!」

 離してもらえないどころか、逆に力を強められてしまった。

「ちょっと、痛いわ! 止めて!」
「……ごめんなさいっぷ」
「離してちょうだい!」

 腕をこんなに強く掴まれるのは、初めての経験だ。それだけに、衝撃が大きい。

 ただ腕を掴まれただけ。
 そう考えると、そんなに騒ぐようなことではないのだろうが。

「一体、何をするつもりなの」
「大人しくしてくれていれば、痛いことはしないっぷ!」

 ユニコーンのような頭の男は、そんな悪人には見えない。けれど、私の腕を離してくれそうにはなかった。

 大人しくしているしかないのだろうか。
 私には、腕を掴まれたままじっとしているという道しか存在しないのだろうか。

 無力。それを改めて突きつけられているようで、胸がずぅんと重い。何もできない無能。そう嘲笑われているようで、悔しい。

 でも、それらは真実だ。

 他人を救うどころか、自分の身を護ることさえ満足にできないのだから。

「お願い、離して」
「それは無理なんだっぷ」
「お願いよ」
「怖いのは分かるっぷ。でも、だからって離すわけにはいかないっぷ」


 それからしばらく、腹が出ている方の男がやって来た。
 彼の肩には、意識のないリンディアが担がれている。その光景に、私はさらに衝撃を受けた。

 ——私のせいだ。

 そんな思いが一気に押し寄せ、この胸の内で渦巻く。

「完了っぷ?」
「あぁ。これを使えばすぐに終わった」

 リンディアを担いでいる腹が出た男の手には、折り畳まれた白い紙。

「紙っぷ?」
「あの薬品で塗らした紙だよ」
「なるほどっぷ!」

 今すぐ突き飛ばしてやりたい、と思った。今すぐ駆け出して転倒させてやりたい、と。
 リンディアに酷いことをした男を、私は許せなかったのだ。

 だが、何かしてやりたいと思ったところで何かができるわけではない。このユニコーン頭から逃れない限り、自由に動くことはできないのだ。

「アンタも順調か?」
「もちっぷ! この娘は力が弱いから、気絶させなくても大丈夫そうっぷ」
「そのまま連れていくのか」

 ……連れていく?

「一応そのつもりっぷ!」
「なら目隠ししておけよー」
「このままで大丈夫だと思うっぷよ?」

 どこか真面目さのある腹が出た男と、非常に呑気なユニコーン風な髪型の男。二人の会話からは、彼らの親しさが溢れ出ている。

「そんなだから、アンタは詰めが甘いんだよ」
「えぇー。そんな言い方、酷いっぷ!」
「取り敢えず、目隠ししろよ」
「分かったっぷ! 分かったっぷ!」

 その後、私の腕は腹が出ている方の男に渡された。それから、ユニコーン頭の男によって、白く細長い紙で目隠しを施される。

 視覚さえ奪われた。
 周囲の状況を確認することさえままならない。

「よしっ。これで行くっぷよ!」

 ユニコーン頭の男は個性的な口調だ。だから、彼は話し方だけで彼だと判別できる。少々イラッとする口調ではあるが、判別しやすいという意味ではありがたいかもしれない。

 しかし、どこへ連れていかれるのだろう?

 それだけが謎だ。

 捕らわれ殺されるというなら分かる。だが、どうやらそうではないらしい。
 すぐに殺されないのはありがたいことではある。けれど、「死以上の悲劇が待っていたら……」という不安は、どうしても残ってしまう。

「あの方の指示通り、あそこへ行くぞ!」
「分かっているっぷ。そんなに慌てなくていいっぷ」
「アンタは呑気すぎるんだよ」

 私は強制的に歩かされた。

 目隠しのせいで何一つ見えず、一歩踏み出すことすら不安だ。

 どこへ行くのか、どんなところを行くのか。そういったことが何も分からない状態でただひたすらに歩くことがこんなに不安にさせるということに、私は初めて気づいた。

 しばらくして、私は考えることを止めた。

 考えれば考えるほど不安になる。
 良いことはまったくない、と感じたから。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.117 )
日時: 2019/03/04 18:02
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1Fvr9aUF)

114話 廃墟

「さぁ、着いたっぷよ」

 そんな言葉が耳に入ったのとほぼ同時のタイミングで、紙製の目隠しが外された。視界に光が戻る。

「ここは……」

 今おかれている状況を理解しようと、私は、辺りを見回してみた。しかし、辺りを見回しても、まともな情報を得ることはできそうにない。というのも、天井や壁、床など、すべてが同一の材質なのである。

 私が今いるこの場所には、真っ黒なコンクリートしか存在しない。

 ここはどこなのか。
 何のための場所なのか。

 また、なぜこんなところへ私を連れてきたのか。

 疑問は山ほどある。けれど、そのすべてを問うことなどできないだろう。それに、もし仮に問えたとしても、答えてもらえないに違いない。

「……ここは、どこ?」

 辺りには、髪の毛がユニコーンの角のようになっている男だけしかいないようだ。

 親しくもない男と二人きりというのは、何とも言えない気分になってしまう。嫌なことをされたりしないだろうか、というような不安も生まれる。

 ただ、一対多の状況よりかはましかもしれない。

 一対一ならば、何とかなりそうな気がしないこともないからだ。

「ここは郊外の廃ビルだっぷ」
「廃ビル?」
「そうそう、廃ビルっぷ!」

 なるほど。使われていない建物、ということか。

 ……通行人に助けを求めることはできそうにないわね。

「ねぇ」
「何っぷ何っぷ?」
「貴方も、シュヴァルに頼まれてこんなことをしているの?」

 私の問いに、男は笑顔で答える。

「そうっぷ! 成功したらお姉ちゃんを貰えるんっぷ!」

 角が生えたかのような髪型の男は、頭を上下させながら、そんなことを言った。
 男の言動からは、彼が褒美を楽しみにしているということがひしひしと伝わってくる。もっとも、お姉ちゃんを貰うもののように言っているところは謎で仕方ないのだが。

「そう……」
「お姉ちゃんを貰うため、頑張っているんっぷ!」
「そんなに女の人が欲しいのね」

 人を物みたいに言う男に少々苛立ち、つい嫌みを言ってしまった。こんなこと、私らしくない。

 しかし、男は怒りはしなかった。
 ただ、じわりと距離を詰めてくる。

「そうっぷ。女の子は癒やしなんっぷ」

 近づいてきた男は、私の片側の手首を掴む。そして、腕を上へ引き上げる。

「……何をするつもり?」
「褒美の前に、少し楽しませてもらうっぷ」

 男の片手が私の体へと伸びかけた——その時。

 ガタン、と音がして、遠くに見える扉が開いた。やや腹が出ている方の男がやって来たのだ。

「何勝手なことしてんだ、アンタ」
「う、うわ、うわわっぷ!」

 突如声をかけられたユニコーン頭は、驚き、私の手首から手を離す。
 ぎりぎりのところで触られずに済んだ。これはかなりの幸運である。今ばかりは、やや腹が出た三十代くらいと思われる男に、感謝しなくてはならない。

「な、何もっ……してないっぷ」
「本当か?」
「ほ、ほんっとうっぷ! 嘘なんかつかないっぷ!」

 ユニコーンのような髪型の男は、胸の前で両手をひらひらと動かし、ごまかそうとしている。しかし、明らかに不自然なその動作のせいで、焦っていることがまるばれ。彼は嘘をつくのが苦手なタイプのようだ。

「嘘なんかつかない? そんな当たり前のことを敢えて言うなんて、怪しいと思うぞ」
「そっ……そうかなっぷ?」
「ま、いいけどさ。取り敢えず、勝手なことはするなよ」
「分かっているっぷ」

 やや腹が出ている方の男は、ユニコーン頭が嘘をついていることに気づいているようだった。分かってはいるけれど、敢えて追求はしない——そういうことなのだろう。

「じゃあ、アンタは彼女を連れてこっちへ来てくれ」
「え。今っぷ?」
「そうだ。あっちの女が目覚めたからな、一緒に閉じ込めておこう」

 私は今から、どこかに閉じ込められるというのか。

 男たちの会話は、聞けば聞くほど不安になってしまう。できるなら、耳を閉じておきたいくらいだ。

 こういう時は不便よね、耳って。
 目なら閉じれば何も見ずに済むのに、耳はどうやっても聞こえなくできないんだもの。

「オッケーっぷ! 行こう行こうっぷー」
「逃がさないよう、ちゃんと捕まえておいてくれよ」
「大丈夫っぷ」

 ユニコーン頭に再び手を掴まれる。
 けれど、先ほどの掴まれた時に比べると、精神的な負担はあまりない。

 いや、もちろん、これから起こることに対する不安はあるわけなのだが。けれども、先ほどのように嫌らしい目で見られることに比べれば、まだましと言えるのである。


 先ほど腹が出ている方の男が入ってきた扉を通過。そこには、狭い廊下があった。三人横に並んで歩くのはかなり厳しい、というくらいの幅しかない廊下を、私は歩かされた。腹が出ている方の男が案内役であるかのように前を行き、私は、ユニコーン頭に腕を握られた状態で歩く。罪人にでもなったような気分だ。

 しばらく歩くと、前を行っていた男が足を止めた。それに合わせ、ユニコーン頭と私もその場で停止する。

「ここから入るぞ」
「え、そこからどこかへ行けるっぷ? 扉なんかないっぷけどっぷ」

 腹が出ている方の男が手を当てているのは、ただの壁。雨降りの前の空みたいな灰色をした、人工的な素材の壁だ。扉らしきものは見当たらないし、ロック解除のための何かがある様子もない。

「呪文でも唱えるっぷ?」
「いや」

 しかし、そこには本当に扉があった。

「押せば開く」

 腹が出ている方の男が壁を押すと、驚いたことに、ギィと音をたてながら壁が動いた。まるで、扉のように。

「おおうっぷ!?」

 驚いていたのは、どうやら、私だけではないようだ。
 私の腕を掴んでいるユニコーン風な髪型の男も、目を大きく開き、愕然としていた。

 現れた扉を通り、その中へと入っていく……。


 部屋の中に入って、驚いた。
 暗い部屋の一番奥にリンディアの姿があったから。

「リンディア!」

 一つに束ねた赤い髪。見間違うはずがない。彼女は間違いなく、リンディアだ。
 私一人だけが連れられてきたという可能性もあったのだが、どうやら、そうではなかったようだ。

 こんなことを思うのは酷いかもしれないが……彼女も連れられてきていたのだと知り、ほんの少し安堵した。ずっと一緒にはいられないにしても、完全に一人きりという状況よりかは、彼女もいてくれる方が安心感がある。

「リンディアなの!?」
「……その声、王女様ねー」

 室内が明るくないため、視界はあまり良くない。けれど、目の前の女性が発した声を聞いて、彼女がリンディアであると確信することができた。赤い髪と声。それらが揃っているのに別人だった、という可能性は低いだろう。

「……無事なの」
「えぇ、大丈夫。リンディアは?」
「問題ないわー」

 この頃になってようやく冷静さを取り戻してきた私は、改めて、目を凝らす。リンディアの状態が気になるからだ。

 ただ、問題が一つ。

 それは、かなり見えにくいこと。

 私は目が悪いわけではないけれど、この環境下ですべてをちゃんと捉えることは難しい。そのため、赤い髪のように目立つところは見えるのだが、それ以外の黒っぽい部分などは上手く捉えられないのである。

 目を凝らしリンディアの姿を確かに捉えようと試みていると、唐突に、両腕を後ろへ回された。

「えっ」
「じっとしててっぷ」

 手首には縄のざらついた感覚。

 ——くくるつもり?

「何も言わず始めるのは、止めてちょうだい!」
「このくらい、前もって伝えることではないっぷ。大袈裟っぷよっぷ」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.118 )
日時: 2019/03/04 18:03
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1Fvr9aUF)

115話 現状を知り

 イーダとリンディアが廃ビルへ連れていかれていた頃、父親——星王は、ベルンハルトと一緒にいた。

「はぁ、はぁ……」

 久々にまともに走ったからか、星王は荒い呼吸をしている。

「大丈夫か」

 呼吸が乱れる星王を、ベルンハルトは不安げに見つめる。

「もちろん大丈夫だけどなぁ……ただ、ちょっと……」
「何だ」
「ショックが……大きすぎてぇ……」

 星王の足取りはかなり不安定だ。まるで酒を飲み過ぎたかのように、ふらりふらりとした歩き方になっている。

「気分が悪いのか」
「まさか本当にぃ……シュヴァルが……ううぅ」

 シュヴァルの裏切りを知ってしまったことがよほどショックだったらしく、星王は涙目になっていた。長い間シュヴァルを純粋に信じていた彼にとって、突きつけられた現実は少々酷だったかもしれない。

「無理はしない方がいい」
「うぅ……」

 すっかり落ち込んでしまっている星王は、ベルンハルトにもたれかかる。

「……そうだぁ」
「何か?」

 ベルンハルトは星王の体を支えつつ、会話を続ける。

「イーダは、イーダはどうなったんだぁ……?」
「リンディアがついている」
「なかなか来ないけどぅ……本当に大丈夫なのかぁ……?」
「もしものことがあった時には、と、リンディアとは前もって話をしていた。だから大丈夫だ。彼女はきっと、イーダ王女を護る」

 その時。一人の侍女が、星王らのもとへと走ってきた。

「あのっ!」

 すべての侍女が星王と接触したことがあるわけではない。いや、それどころか、むしろ星王と直接関わったことのない侍女の方が多いくらいだ。

 そのような状態だから、星王は、走ってきた彼女のことを知らない。

 ただ、彼女の顔が青ざめているのを見て、何かが起こったのだろうと察することはできたようだ。

「今さっき、目隠しされたイーダ王女が連れていかれるところを目撃しました!」
「まさか!」

 侍女の発言に対し、すぐに言葉を返したのはベルンハルト。
 彼の瞳は、動揺の色をくっきりと映し出している。

「……赤い髪の女はいたか」

 ベルンハルトの双眸がキッと鋭くなるのを見て、侍女は少々怯えたような目つきになった。

「赤い髪の……女性、ですか?」
「近くにいなかったか」
「えぇと……」

 侍女は視線をほんの少し左上へ移動させる。

「あっ! そうでした!」

 暫し何やら考えた後、彼女はそう発した。

「いてました! 赤い髪の方! 確か、男に担がれていたような……そんな記憶があります」

 ベルンハルトは眉を寄せる。
 それから少しして、彼は静かな声で「そうか」と発した。

「う……嘘だろぅ……!?」

 その時になって、ベルンハルトに支えられていた星王がようやく口を開いたのだった。

「イーダが……イーダがぁ……」

 星王の瞳は、凄まじい勢いで震えていた。

「また、あの時みたいになったら……!」
「落ち着いてくれ」
「あ、あぁ……! そんなぁ……!」

 ベルンハルトは情報を教えてくれた侍女に軽く礼を言うと、混乱した状態の星王の体を支えて歩き出す。

「嫌だ嫌だ嫌だ……」
「取り敢えず、アスターのところへ行こう。その方が、一人よりかはましだろう」
「イーダイーダイーダ……」

 正気を失ってしまっている星王はよく分からないことを繰り返す。意味もなく、ただひたすらに繰り返す。その光景は、狂気さえ感じられるようなものだった。

 そんな中にあっても、ベルンハルトは表情を崩さない。

 彼とて、この急展開に動揺していないということはないだろう。不安や焦りも、多少はあるはずだ。
 ただ、それでも表情は変えなかった。


 アスターがいる部屋に着いた。
 ベルンハルトは星王の体を支えたまま、室内へと入る。

「おぉ、ベルンハルトくん!」

 ベッドの端に座り本を読んでいたアスターは、ベルンハルトらの気配にすぐに気づき、振り返った。少し嬉しそうな顔で。

「話は終わったのかね?」
「……れた」
「ん? 悪いが、もう一度言ってもらっても構わないかな」
「連れていかれた」

 やや俯いているベルンハルトの唇から零れた言葉に、アスターは口をあんぐりと空けた。

「そんなことが……?」
「リンディアも」
「な! リンディアまで!」

 驚いた顔でアスターは言った。
 いきなり告げられた言葉を、彼は、まだ理解しきれていないようだ。

「アスター、この人をここへ置いていってもいいか」
「星王だね。構わないよ」

 言いながら、アスターはゆっくりと立ち上がる。そして、部屋の隅にあった椅子をベルンハルトの目の前にまで運んできた。

「もう歩けるのか、アスター」
「戦えるかは分からない。ただ、普通に生活する程度なら何の問題もないよ」

 肩や手の甲にある刺された跡は、まだ消え去ってはいないだろう。完治してもいないはずだ。しかしアスターは、何事もなかったかのように振る舞っている。

「さぁ、この椅子に座るといい」

 アスターは意外にも、柔らかな笑みを浮かべた。甘い微笑みだ。
 それに対しベルンハルトは、あっさりとした声色で「感謝する」とだけ言い、星王を意外へ座らせる。

「嫌だ……嫌だ嫌だぁ……」

 意識があるのかないのか、それすらはっきりしないような状態の星王は、まだ言葉を漏らしていた。

「すまんイーダ……すまん……ああ嫌だぁ……」

 とても正気とは思えないような振る舞いを続ける星王を、アスターとベルンハルトは、それぞれじっと見つめる。

 十秒ほど見つめ、二人はほぼ同時に顔を上げる。

「……これは一体、どうなっているのかね?」
「イーダ王女が連れていかれたショックでこうなってしまった」

 ベルンハルトの言葉に、眉を上げるアスター。

「そうか……まぁ無理もない」

 アスターの呟きに、ベルンハルトは首を傾げる。

「どういう意味だ」
「娘を失うということはだね、それだけ辛いことなのだよ」

 二人が言葉を交わしている間も、星王はずっと、「嫌だ」だとか「イーダ」だとかを繰り返し発していた。

「アスターにも娘が?」
「私の娘はリンディアだよ」
「……リンディア? あいつはシュヴァルの娘ではなかったのか」
「そうだとも。ただ、彼女の一番近くにいたのは私だ。だから、父親のようなものなのだよ」

 アスターは過去に思いを馳せるような遠い目をしていた。

「……父親は」

 ベルンハルトは小さく口を動かす。

「父親は、子の幸福を望むものなのだろうか」
「ん?」
「子が、用意されていたのとは違う勝手に選んだ道を行ったとしても、それでも、幸福を望んでくれるのだろうか」

 アスターは不思議なものを見たような顔。
 戸惑っているようだ。

「僕の父親はオルマリンと戦ってきた。そして、結果的に命を落とした。けど、その意思が消えるわけじゃない——父親はそう思っていたはずだ」

 ベルンハルトは俯く。

「打倒オルマリンの意思は、息子である僕が継ぐ。誰もがそう思っていたはずで。だが、僕はその意思を継げなかった」
「……ベルンハルトくん」
「今でも時折思うことがある。僕は選ぶ道を間違えたのではないか、と」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.119 )
日時: 2019/03/04 18:04
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1Fvr9aUF)

116話 それぞれの方法で

「僕はイーダ王女に仕えるという道を選んだ。後悔していないと思ってはいたが……それでも、どうしても引っ掛かりが消えない」

 心の内を話すベルンハルトの表情は、明るくはなかった。

「本当は、オルマリンではなくネージアの味方をして生きる方が、ずっと良かったのかもしれないと……たまに思うことがある」

 それに対しアスターは言う。

「その方が楽だから、かね」

 アスターの声は、それまでとはまったく違った。直前までの穏やかさはどこへやら、今の彼の声は刃のような鋭さを帯びている。

「君がそうしたいのなら、そうすればいい。義務なんてないのだから」

 そう言ってから、アスターは扉に向かって歩き出す。
 アスターが移動し始めたことに気づいたベルンハルトは、その背に向かって叫ぶ。

「アスター! どこへ行くんだ!」

 しかし、アスターは振り向かない。

「どこへ」
「……迎えに行く。それだけだよ」
「イーダ王女たちのところへ行くつもりか? どこへ行ったかも分からないのに?」

 ベルンハルトはアスターに歩み寄っていく。そして腕を掴もうと伸ばした手を——アスターは強く払った。
 ぱぁん、と乾いた音が響く。

「……っ!?」
「君は来なくていい」

 アスターがベルンハルトに向けた視線は、非常に鋭いものだった。

「僕も行く!」
「迷っているのならば、行かない方がいい。……私はそう思うのだがね」

 何か言いたげなベルンハルトも、人を寄せ付けないような目をしているアスターも、暫し何も発さなかった。室内は葬儀中のような静けさだ。

 それからだいぶ経過して、先に沈黙を破ったのはベルンハルト。

「イーダ王女がどこへ連れていかれたのか、分かるのか」
「あるよ。心当たりは、だがね」
「ならはっきりと言え!」
「イーダくんに仕えることを後悔しているような者に、情報を教える気はないのだがね」

 アスターはいつになく冷ややかな目をしている。

「一人で行くつもりなのか」
「……そうだ、と言ったら?」
「戦えるような状態でないことは分かっているんだろう、アスター」

 ベルンハルトがそう言うと、アスターは再び歩き出してしまう。

「待て!」

 歩き出した彼の背に向かって、ベルンハルトは叫ぶ。

 しかし、アスターがそれに返事をすることはなく、彼はそのまま出ていってしまった。

 ベルンハルトは、正気を失った星王以外に誰もいない部屋に取り残され、俯きつつ拳を握る。

 一人俯く彼の顔に浮かぶのは、複雑な表情。
 既存の言葉では言い表せないような、繊細な色。

 ——だが、それを誰かが目にすることはなかった。


 一方、アスターはというと。

「はぁ……。つい出てきてしまった」

 らしくなく部屋を飛び出してしまった彼は、ベルンハルトに対して冷たい態度を取ったことを少々後悔していた。

 彼は一人歩く。
 相棒とも言える狙撃用銃を取りに、自室へ向かっているのである。

「一人で、は、さすがに無茶だったかね……」

 自室へ着くと、その中に置いてある相棒を担ぎ上げる。

「そういえば、禁止されていたのだったな」

 相棒を担ぎ上げてから、アスターは小さく呟いた。以前イーダに言われたことを、今になって思い出したのだろう。

 けれど彼は、相棒を置きはしなかった。
 相棒の狙撃用銃を持ち、アスターは自室を出る。

「あの弾……まだ使えるのか謎でしかない」

 その後、アスターは建物を出た。

「さて……どこへ行こうかね」

 心当たりなんてなかったのだ。
 イーダが連れていかれた場所、なんて分かりっこない。

 それでも、今さら戻ることなんてできない。アスターの後ろに道はなかった。ただ前に進むしかない。例え何も分からずとも、今の彼にはそれ以外の道は選べなかったのだ。

 相棒を片腕で抱えたアスターは、おぼつかない足取りで街を歩く。

 この前の戦いで負った傷は回復しきっていない。だから、歩くことさえ十分にはできないような状態で。けれど、もはや引き返すことはできないから、彼は歩いていく。足を動かす。

 憂鬱な顔で街を歩くアスターは、かつて天才とも言われた狙撃手と同一人物とはとても思えない。

 今や彼は、浮かない顔をした一人の初老にすぎないのだ。


 アスターが街を歩いていた頃、ベルンハルトはというと、カッタッタのもとを訪ねていた。

「突然訪ねてすまない」
「気にすんな! 俺らはもう、友だもんな!」
「いや、友のつもりはないが」
「ガーン!!」

 カッタッタは相変わらず陽気だ。ベルンハルトの心がどんな状況であるかも知らず、元気に騒いでいる。

「一つ頼みたいことがある」

 そんな呑気なカッタッタに対し、ベルンハルトは暗い顔で言う。

「何だ何だ? もちろん協力するっ!」
「シュヴァルの仲間と思われる人物に連れていかれたイーダ王女を探してほしい」
「えっ」
「これが頼みだ」

 ベルンハルトの言葉に、カッタッタは戸惑った顔をする。

「ちょ、あの、えっと……どういう話なんだ? それは」
「なるべく早く、イーダ王女のもとへ行きたい。捜索だけでいい、それ以上は求めない」

 言いながら、ベルンハルトは頭を下げた。

「え、ちょ……何? 何?」

 いきなり頭を下げられたカッタッタは、混乱したように漏らす。

「それは、王女さんが拐われたってこと……だよな? でも、俺らに情報は来ていない。一体どうなってんだ?」
「情報はシュヴァルが止めたのかもしれない。僕にはよく分からないが……」

 その時、カッタッタは急に明るい声を出した。

「なるほどな! 理解したっ!」

 今このタイミングでそれ? と言いたくなるくらいの明るい声。
 これには、ベルンハルトもさすがに驚いていた。

「困った時はお互い様だからな!」
「任せていいか」
「もっちろん! 前はこっちが世話になったからなー。お返しと言ってはなんだが、今度は俺が助ける番だ!」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.120 )
日時: 2019/03/04 18:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1Fvr9aUF)

117話 それだけに、恐ろしい

「大丈夫? リンディア」
「へーきよ」

 私の両手首をくくった後、男たちは部屋から出ていった。
 カチャンと音がしたことから、私は、施錠されたということを察する。

「酷いことされたり……しなかった?」
「特にー。拘束されたのと、拳銃を持っていかれたのだけよー」
「なら良かったけれど……」

 リンディアは、腕も足もくくられていた。それに対して、私は腕だけ。足は自由だ。

 男たちが、私よりリンディアを警戒しているという証明だろう。

 それはつまり、私は舐められているということ。
 どうせ何もできやしない、と考えられているということ。

 そういう考えると、悔しい。

 けれど、呑気に「悔しい!」なんて言っていられるような状況ではない。
 せっかく足が自由なのだ、そこを上手く活用せねば。

「王女様は、あたしのことより自分のことを心配した方が、いーんじゃない?」
「そうね。私にできることを考えるわ」

 辺りを見回す。が、室内に物はなかった。何か使えそうな物があれば、と辺りを確認したのだが、使えそうな物どころか物が何一つとしてなかった。見えるのは、灰色の味気ない壁と窓一つだけである。

「ここから逃げ出すには……どうすればいいのかしら。それを考えなくちゃならないわよね」
「違うわよ、王女様」
「え?」
「逃げ出しただけじゃ、同じことが繰り返されるだけだわー」

 確かに、と納得する。

 私はここから脱出することだけを考えていたけれど、それではいけないのだ。脱出したところで、また狙われるなら何の意味もない。

「根本的なところをどーにかしなくちゃでしょー」
「確かにそうね。けど……それだと、なおさら難しい話になってしまうわ」

 その時。

 入り口部分の壁をドンドンと乱暴に叩く音が聞こえてきた。

 私は咄嗟に身構える。
 隣にいるリンディアも、先ほどまでより鋭い目つきになっていた。

「入るぞ!」

 入り口部分の向こうから聞こえてきたのは、男の声。恐らくは、私たちをここへ連れてきた、やや腹が出ている方の男だろう。

 その声から十秒ほどが経ち、入り口部分がゆっくりと開いた。

 最初に部屋へ入ってきたのは、やや腹が出ている男。そして——その後ろには、シュヴァルの姿もあった。

「……っ!」

 目を開き、詰まるような音を漏らしたのはリンディア。彼女の水色の瞳は、実の父親であるシュヴァルを捉えている。

「……シュヴァル」

 私は威嚇するように低く呟く。

 気を許してはならない。彼はもう、父親に使えている側近ではないのだから。

 今の彼は、敵。
 私の命を狙う、絶対的な敵だ。

「気分はいかがです? 王女様」
「……答える義理はないわ」
「なるほど。答えられるような気分ではない、と」

 なにやら曲解されてしまったようだが、まぁそのくらいは良しとしよう。

 黒いスーツに身を包んだシュヴァルは、こつんこつんと乾いた足音をたてながら、こちらへ歩いてくる。

「ま、そうでしょうね……」

 徐々に近づいてくるシュヴァルを、リンディアは鋭く睨みつける。
 そこには、父娘らしいものなど欠片も存在していなかった。

 私に向かって歩いてきているシュヴァルだったが、ある程度の距離のところで足を止めた。

「近寄るんじゃないわよ!」

 リンディアが立ち塞がったからである。

 ……いや、実際には立てていないので「立ち塞がった」という表現はおかしいのかもしれないが。

「邪魔しないで下さい」
「悪いけど、させてもらうわー」
「邪魔をするというのなら、娘であっても容赦はしません」

 シュヴァルは、私との間に入りしかも睨んでくるリンディアに、苛立っているようだ。湧き上がる苛立ちを制するためか、彼は、眉間にしわを寄せ、乱雑に頭を掻いている。

「べっつにー。よーしゃなんてしていらないわよー」

 彼が苛立っていることに気づいているのか否か。そこは不明だが、リンディアは相変わらずの挑発的な物言いである。シュヴァルがイライラしてしまうのも、分からないことはない。

「好きにしてくれればけっこーよ。ただし、王女様に手を出させたりはしないわー」

 両手両足の自由を奪われてもなお、リンディアは強気な姿勢を崩していない。
 そこは尊敬すべきところだと思ったりする。

「邪魔をするのは止めなさい。リンディア」
「そー言われると、逆に邪魔したくなるわねー」
「何ですか、その態度は……!」

 シュヴァルは震えている。
 苛立ちが大きく膨らんできたのだろう。

「言っておくけど、あたしはアンタに従う気なんてさらさらないわよー」
「ふざけた真似を!」

 苛立ちがついに爆発。

 シュヴァルはリンディアの襟を掴み、彼女の体を引き寄せる。

 それなりに背のある彼女の体が簡単に地面から浮いたことに、見ていた私は驚きを隠せなかった。シュヴァルにそこまでの腕力があるとは思っていなかったからである。

「なーによ」

 シュヴァルに体を引き上げられたリンディア。しかし彼女はまったく動じていなかった。両手両足を縄でくくられ抵抗できない状態で、しかも宙に体を持ち上げられているにもかかわらず、動揺の色は一切見せない。

「こんなことしたくらいで、あたしを止められる気でいるってのー?」

 私だったら狼狽えていただろう。

「無駄よー」
「……ふざけるな!」

 苛立ちを抑えきれないシュヴァルは、リンディアを床に投げつける。

 ドサッと音をたてて、彼女の体は床へと落ちた。

「リンディア!」

 思わず叫んだ。

 けれど、彼女に駆け寄る時間はなかった。
 というのも、リンディアが起き上がってくるまでの間に、シュヴァルが私へ寄ってきたのである。

「……来ないで」
「来るなと言われて行かないのなら、最初から行きません」

 シュヴァルは嫌み混じりに言いながら、みるみるうちに接近してきた。

 何を仕掛けてくるか分からない。だから、油断はできない。このような状況においては、油断は命取りになり兼ねないのだ。それに、少しでも隙を見せるようなことがあっても駄目。絶対に、隙も弱みも見せてはならない。

「殺しでもするつもり?」
「まさか。それはまだです」

 一歩、二歩、三歩……彼が足を動かす度、私と彼の間の距離が縮む。

「まだ、ですって? じゃあ、いずれは殺すつもりなのね」
「それはまぁ、そうなるでしょうね」
「そんなことが許されるわけがないわ!」

 脅しであるなら、神経質に気にすることはない。
 気にしなければ勝ちなのだから。

 だが、相手はこれまで何人もの刺客を見捨ててきた彼。

 あのフィリーナさえ、己の手で傷つけた彼。

 それだけに、恐ろしい。
 本当に殺しにくる可能性も大いにある、と思ってしまうから。


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