複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.86 )
- 日時: 2019/01/01 08:22
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0rBrxZqP)
83話 勝負
私を含む何人もが見守る中、カッタッタとベルンハルトの勝負は幕を開けた。
地面を蹴り、先に仕掛けていくのはカッタッタ。
彼は素早くベルンハルトへ接近すると、拳を大きく振る。しかしベルンハルトは、片腕を使い、その拳の勢いを殺した。
「くそっ!」
思わず声をあげるカッタッタ。
「まだまだ!」
カッタッタはもう一方の手で、もう一度殴りかかる。
しかし、ベルンハルトは読んでいた。
今度は、襲いかかる拳に対処するのではなく、その手首をがっと掴む。
そして、カッタッタを放り投げる。
「ぎゃっ!」
地面に叩きつけられたカッタッタは、短い悲鳴を漏らした。
しかし、十秒も経たないうちに、カッタッタは起き上がってきた。根性で、という感じの起き上がり方である。
「勝ったと思うなよ!」
カッタッタは、そう叫びながら、ベルンハルトの方へ再び突っ込んでいく。
素人の私がこんなことを言うのも問題かもしれないが、正直、「もう少し考えて仕掛けていけばいいのに」と思ってしまった。
「……この程度で勝った気になるほど脳内花畑ではない」
カッタッタはまたしても殴りかかる。
攻撃が完全にワンパターンだ。
ただ、私は内心ほっとしていた。
攻撃がワンパターンな相手なら、ベルンハルトも戦いやすいだろう。そんな風に思ったからである。
ベルンハルトは眉ひとつ動かすことなく、カッタッタの拳を、防ぎ、受け流していっている。連続パンチも、ベルンハルトの前には無力だ。
「とぅお! とぅお! ふぁー! とぅおとぅお! とぅお! ふぁー!」
それでもカッタッタは、拳を繰り出し続けている。
よほどパンチに自信があるのか。あるいは、それ以外の攻撃方法を知らないのか。そこは分からないが、明らかに効いていないと分かる状況でその攻撃を続けるというのは、ある意味才能かもしれない。
「とぅお! とぅお! ふぁー! とぅお! とぅおとぅお! とぅとぅとぅっふぃー! てぃお! てぃお! ふぁー!」
妙な声を発しながら、両の拳を交互に突き出す。が、ベルンハルトにダメージを与えるには至らない。
——数秒後。
パンチの隙を掻い潜り、ベルンハルトは蹴りを繰り出した。
「ぐしっ!」
ベルンハルトの脚は、カッタッタの脇腹を強打する。
脇腹を蹴られた彼は、その場でしゃがみ込んだ。唇が微かに震えているのが見て取れる。
「……早く終わらせないか」
カッタッタを見下ろしながら、ベルンハルトはそう言った。
静かに放たれる冷淡な声は、刃のような鋭さをはらんでいる。その鋭さといったら、どんなものでも切り裂いてしまいそうなくらいである。
「無益な行為に時間を費やすのは、人生の無駄遣いとしか思えない」
「なっ! この勝負を人生の無駄遣いだと言うのか!?」
「……僕からすれば、だがな」
その瞬間、カッタッタの目の色が変わった。
活発な雰囲気をまといはしているものの、いたって平凡だった彼の瞳。そこに、熱く燃える炎が宿った。
「俺にとっては重要な勝負なんだ!!」
目の色を変えたカッタッタは、突如ガバッと起き上がり、ベルンハルトに飛びかかる。
「っ!?」
「どりゃあッ!」
カッタッタはベルンハルトを床へ押し倒す。いきなりのことに反応しきれず、ベルンハルトは、俯せの状態で押さえ込まれてしまった。
「せい!」
彼はそれから、床に押し付けたベルンハルトの片腕を強く掴み、捻りつつ引っ張る。ギシギシと音が鳴っていた。
今のベルンハルトは、見ているだけでも痛みを覚えるような体勢だ。
途中までは圧倒的な強さを十分に発揮していたベルンハルトであったが、ここに来て、形勢逆転されかかっている。
「悪いが一気に決めさせてもらう!」
カッタッタは必死だ。
よほど、自身の強さを誇示したいのだろう。
「ギブアップしてくれさえすれば、すぐに終わるぞ!」
「断る」
完全に押さえ込まれる体勢に持ち込まれているが、それでも、ベルンハルトはベルンハルトだった。彼は微塵も慌てることなく、カッタッタを鋭く睨んでいる。
「おぉ!」
「カッタッタ、今日は気合い半端ねぇな」
「ボクはうつくしい……」
「おぅ! しっかりしろや!」
懸命に戦うカッタッタに向けて、応援の声が飛び始める。
「ガンバレクイナ!」
「いけやいけや! 今さら負けんなよ!」
「ボクはやはりうつくしい……」
「しっかりー! 勝てー! やー!」
凄まじい応援だ。
いや、もちろん、いつも一緒に鍛え合っている仲間ならば、応援するのは当然といえるのだが。
——しかし、相手だけが応援されている状況というのは、複雑な心境だ。
とはいえ、ベルンハルト側で今ここにいるのは私だけ。リンディアやアスターがいてくれたならもっと応援できたのだろうが、私一人で激しく応援するというのは厳しめである。
「うぉりゃ!」
「……く」
「いい加減ギブアップしてくれよ!」
「……断る」
パッと見た感じではベルンハルトばかりがやられているようだが、案外そうでもないのかもしれない。というのも、カッタッタも意外と汗をかいていたのだ。
「頼む! ギブアップしてくれ!」
「断る」
「後でロックンロールパフェ奢るから! なぁ?」
謎の説得が始まった。
が、ベルンハルトはまったく応じない。
「……そんなことを言うなら、なおさら断る」
「うおい! 何でだ!」
「不愉快だからだ」
「はぁ!? そんなにはっきり言わなくてもいいだろ!」
俯けに床に押さえ付けられ、しかも片腕をがっちり固められているにもかかわらず、ベルンハルトは涼しい顔をしている。
厳しく拘束されることに慣れているから——かもしれない。
「くそっ……なら、もういい! こうしてやる!」
カッタッタはベルンハルトの腕をさらに強く捻る。しかし、ベルンハルトの顔つきが変わることはなかった。
「何をしようが無駄だ。僕は屈しない」
「ぐ……くそ……」
悔しげに歯軋りするカッタッタ。
「僕を折りたいならば、本気で潰しにかかれ」
「き、きぇぇぇ!」
ベルンハルトの言葉に刺激されてか、カッタッタは叫ぶ。そして、押さえ付けていたベルンハルトの体を持ち上げた。
刹那、ベルンハルトの瞳に一筋の光が宿る。
「……かかったな」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.87 )
- 日時: 2019/01/01 08:23
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0rBrxZqP)
84話 自覚なき優しさ
カッタッタに抱え上げられ、足が宙に浮くベルンハルトだが、その表情に緊迫感なんてものは存在していなかった。むしろ、直前までより余裕が生まれているような感じさえする顔つきだ。
そんな余裕を見せるベルンハルトとは対照的に、カッタッタは必死の形相。
追い込んでいる側のはずなのに追い込めている気がしない、という状況に、苛立っているようにも見える。
「おい、アンタ! 強がるのもいい加減にし——」
「ふっ」
「ぎゃっ!」
カッタッタが発する言葉を最後まで聞くことなく、ベルンハルトは、カッタッタの鳩尾へ踵で打撃を加える。
予期せぬタイミングで打撃を食らったカッタッタは、短い悲鳴と共に、ベルンハルトから手を離した。そして、そのまま床に倒れ込み、眉をピクピクと微動させる。
素人の私でも、よほど痛かったのだな、と察することができた。
強烈な一撃を食らわせたベルンハルトは、床に着地すると、その場でゆっくりと立ち上がる。
それから、冷たく言い放つ。
「まだ続けるか」
押さえ付けられていたことによる疲労もあるだろう。
しばらく捻られ続けていた腕には痛みもあるに違いない。
けれども、今のベルンハルトの様子から、それらを察することはできなかった。
「どうする」
夜の湖畔のように静かな表情に、感情を感じさせない淡々とした声。それらは、ベルンハルトの今の状態を、見る者に教えてはくれなかった。
彼とて不老不死の身ではない。だから、ダメージはあるはずなのだが。
「う……く、くそ……」
鳩尾を踵で強打されたカッタッタは、まだ立ち上がれそうにない。
打撃を食らってから一二分は経っている今でも、まだ、床に伏せたまま全身を震わせている。
肉弾戦なんてものを経験したことがない私には、今カッタッタがどのくらい苦しい状態にあるのかは理解できない。が、その様子を見ていると、ある程度想像はつく。
「どうするんだ」
「う……うぅ……」
「継続するのか」
「くそ……ギブ……アップ……」
刹那、声が飛ぶ。
「カッタッタがギブアップ! よって、ベルンハルトの勝利!」
それを聞くや否や、私は思わず声を発してしまう。
「やった!」
私が勝ったわけではないというのに、まるで自分が勝ったかのような嬉しさが込み上げてきた。
今はただ、純粋に、ベルンハルトの勝利が嬉しい。
「これで終わりだな。では、失礼する」
ベルンハルトは静かながらはっきりとそう述べ、くるりと身を返すと、私の方へと歩いてきた。
「イーダ王女、これで問題なかっただろうか」
「素晴らしいわ!」
勝利があまりに嬉しくて、思わず、ベルンハルトに抱き着いてしまった。
「な、何だ。どうしたんだ」
「最後は華麗な勝利だったわね! 見惚れてしまったわ!」
一時はどうなることかと思ったけれど、ベルンハルトの強さは本物だった。
相手の知り合いが多いというやや不利な状況下で、しかも、押さえ込まれ続けるというあまり嬉しくない展開。けれども、最後には逆転を見せてくれた。それには感謝しかない。
「本当はもう少し早く終わらせるつもりでいたのだが……」
「いいのよ! 勝ったんだもの!」
「そういうものなのか……」
「えぇ! もちろんよ!」
ぎゅっと強く抱き締めると、ベルンハルトの胸の鼓動が聞こえてくる。
温かく愛おしい、彼の拍動だ。
「ところでイーダ王女」
「何? ベルンハルト」
「その……離してはもらえないだろうか」
気まずそうな顔をしつつ述べるベルンハルト。
「どうして?」
「周囲からの視線が痛いのだが」
なるほど。
そう納得し、私は彼から離れた。
本当はもう少し抱き締めていたかったのだが、彼に嫌な思いをさせてまで抱き締めていたいとは思わない。
ちょうどその時、カッタッタがやって来た。
「勝負してくれてありがとな!」
そう言って、彼は手を差し出す。
警戒心に満ちた表情のベルンハルトとは対照的に、カッタッタは爽やかな表情を浮かべている。
「握手しようぜ!」
「断る」
「熱い戦いを繰り広げた仲だろ。握手しようぜ!」
「断る」
「くっそぉぉぉ!!」
握手を希望したもののばっさりと断られてしまったカッタッタは、頭を抱えて絶叫していた。
「ロックンロールパフェ奢るから! な? 握手しようぜ!」
「断る」
「じゃあボサノヴァパフェならどうだ!」
「わけが分からない。断る」
「くっそぉぉぉぉぉっ!!」
……なぜ同じことを繰り返すのだろう。
似たようなことを二度も行うなど、無意味だとは思わないのだろうか。非常に謎である。
その後、私とベルンハルトは修練場を出た。
「お疲れ様、ベルンハルト」
ゆったりと歩きながら、すぐ隣を歩む彼に労いの言葉をかける。
「……これで貴女の株が上がれば良いのだが」
「そんなことを考えてくれていたの? ベルンハルトったら、優しいのね」
「優しくなどない。ただ、従者が主の評価を下げることは許されないと、そう思うだけだ」
当てはないが、私たちは歩き続ける。
私は、できるなら、二人だけでいられる今この瞬間を大切にしたい。
大勢で過ごすのも楽しいことだが、時にはこうして、静かに語らうことも必要だと思うから。
「やっぱり優しいじゃない」
「いや、それは間違いだ。僕が優しいはずがない」
「優しいわよ。気がついていないだけで」
「そんなことはあり得ないと思うのだが……」
ベルンハルトは気づいていないのだろう。彼の中にある、大きな優しさに。
他人から見れば容易に分かっても、本人にはなかなか分からない——そういうことも、世にはある。
「……いつかきっと気づくわ」
「そういうものなのだろうか」
「えぇ。そういうものよ」
こんな穏やかな時間が、いつまでも続けばいいのに。私は、心からそう思った。
一歩ずつ、一歩ずつ。
少しずつ、少しずつ。
これからも、手を取り合って歩んでいけたなら——。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.88 )
- 日時: 2019/01/04 02:03
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 69bzu.rx)
85話 十日ほど経過して
それから十日ほど経過した、ある日。
父親から呼び出しを受けた。
星王の間へ呼ばれるなんて珍しい。
私は、念のためベルンハルトを連れて、星王の間へと向かった。
「来てくれたかぁ! イーダ!」
「それで父さん、話って何?」
「実は、紹介したい人がいてなぁ!」
最初は、何か叱られでもするのかと不安だった。しかし、父親の表情や言葉から、すぐに、「叱られるのではなさそうだな」と察することができた。
「紹介したい人?」
「そうだ! イーダの侍女にもってこいの女の子だぞぉ!」
……侍女、か。
私としては、もうこれ以上知り合いを増やす気はないのだが。
「じゃ、少し待っていてくれぇ!」
「えぇ」
今から連れてくるのか。そう突っ込みたい気分だが、取り敢えず、大人しく待っておくことにした。
「紹介しよう! フィリーナちゃんだぁ!」
父親が連れてきたのは、やや赤みを帯びた濃い茶色の髪と琥珀のような瞳が特徴的な少女——そう、第一収容所で会った彼女だった。
黒のブラウスに、同じく黒の膝下まであるスカート。そして、その上に乳白色のエプロン。
そんな侍女の制服を身にまとっている。
「よ、よろしくお願いしますぅ……」
彼女、フィリーナは、弱々しく挨拶しながら頭を下げる。
頭を下げる度、軽く波打った肩辺りまでの髪がふわりと揺れる。その様は、非常に女の子らしい。
「侍女として働いてくれるからなぁ! イーダ、仲良くするんだぞぉ!」
父親がそう言うと、ベルンハルトは一歩前へ進み出る。
「待て。その女が役に立つとは、とても思えないのだが」
ベルンハルトの冷たい瞳が、父親へ、フィリーナへ、鋭い視線を放つ。
「何を言うんだぁ? やる気は十分だぞぉ」
「彼女は視察の時に一度会ったが、有能と思える状態ではなかった。イーダ王女に仕えるには、能力不足かと」
ベルンハルトは淡々と述べた。
それを聞いたフィリーナは、琥珀のような瞳を潤ませる。ほんの数十秒前までは軽く微笑んでいたのに、今は、今にも泣き出しそうな表情になってしまっている。
「ふ、ふぇぇ……。反対ですかぁ……?」
「ベルンハルト! 女の子を泣かしちゃ駄目だろぉっ!」
「だ、駄目ですよね……やっぱり……こんな馬鹿じゃ……」
数秒後、ついに、彼女の琥珀色の瞳から涙が零れた。
ぽつり、ぽつり、と。
それはまるで、雨の降り始めのよう。
「うぅう……」
両の手を顔へ当て、いかにも女の子らしく泣くフィリーナ。
「ほらぁ! 泣いちゃっただろぅ!」
「僕は関係ない」
「ベルンハルトが能力不足とか言うからだぞぉ!」
父親に責められても、ベルンハルトは動じない。ぷいとそっぽを向くだけだ。
「謝れよぉ!」
「謝る気はない。僕はただ、真実を述べただけだ」
「女の子が泣いてしまったんだぞぉ!?」
「知るものか」
ベルンハルトがあまりに淡々と返すものだから、さすがの父親も、謝らせるのは諦めたようだ。
視線を私へと移してくる。
「イーダは駄目とか言わないよなぁ? いい娘だもんなぁ?」
「あまり増やす気はないのだけれど……」
「うそーん!」
父親は、眼球が飛び出しそうなくらい目を見開き、唇が裂けそうなほどに口を開けている。星王がこんなでいいのか、と突っ込みたくなるような、凄く派手な表情だ。
「い、いや! でもイーダぁ! 可愛い系はまだいないだろぅ!?」
可愛い系、て。
そういう問題ではないだろう。
「だから、さ、ほら! 泣いてるし!?」
父親は必死だ。これだけ懸命に説得してくるということは、彼としてはフィリーナを私の侍女にさせたいのだろう。
「……分かったわ」
「分かってくれたか!?」
ここで断ると、余計に面倒臭いことになりそうだ。だから、受け入れておくことにした。
「そこまで言うなら、それでもいいわよ」
「フィリーナちゃんを受け入れてくれるのかぁっ!?」
「えぇ」
私がそう言うと、父親の顔つきが、ぱあっと明るくなる。
「さすがイーダだぁーっ!」
父親は両腕を開いて飛びかかってくる。
私は、咄嗟に横へ移動し、抱き着こうとしてくる父親をかわす。
「へぶっ」
父親は、飛びかかった勢いのまま、床に転んでしまっていた。
とても星王とは思えない振る舞いを続ける父親に、フィリーナは困惑した顔。愛らしい顔に、何がどうなっているのか理解できない、というような表情を滲ませている。
フィリーナが困惑するのも無理はない。
星一つを治めるという高い位にある星王が、抱き着こうと娘に飛びかかり、しかも避けられているのだから。
「あ、あの……えぇと……大丈夫、なのですか?」
笑えてしまうほど見事に転倒した父親を見下ろしながら、フィリーナが尋ねてくる。
「えぇ、気にしないで。よくあることよ」
「そ、そうなのですね……」
フィリーナは、胸に手を当て、安堵の溜め息を漏らしていた。
「それで、その……本当に、侍女として雇っていただけるのでしょうか?」
安堵の溜め息をついた後、彼女は、私を真っ直ぐに見つめて質問してくる。
琥珀色の澄んだ瞳には、私の姿だけが映っていた。
「えぇ。父さんに頼まれちゃ断れないもの」
「ほわぁ……。星王様の権力、凄いですね」
「まぁ、そうね」
「ふわぁ……! 凄いですぅ……!」
胸の前で両の手のひらを合わせ、瞳を輝かせるフィリーナ。
「やはり、星王様にはとてつもない権力が……!」
権力の話でなぜここまで目を輝かせるのかがよく分からない。
「でも、絶対的な権力があるわけではないわよ」
「そうなんですか?」
「当然よ。世には『絶対』なんてないもの」
すると、フィリーナは黙り込んだ。
言わない方がいいことを言ってしまっただろうか? と、少し不安になる。
しかし、数秒経つと、彼女は明るい笑みを浮かべた。
「……そうですよね!」
穏やかそうな愛らしい顔に、雲一つない空のような笑みが浮かんでいる。眩しいくらいの、屈託のない笑みだ。
「受け入れて下さって、ありがとうございます!」
私には、こんなに愛らしく笑うことはできない。
意味もなく、そんなことを確信した。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.89 )
- 日時: 2019/01/04 02:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 69bzu.rx)
86話 また人が増えた……けど?
こうして、私の周りには、また人が増えた。
今度は従者ではなく、身の回りの世話をしてくれる、王女つきの侍女である。
といっても、従者との違いはいまいち分からない。ただ一つ確かなことは、私の自室に出入りする人が増えた、ということだけだ。
「——で、その娘が侍女になったーってわけ?」
星王の間を出て自室へ戻ると、そこで待機していたリンディアやアスターに、フィリーナのことを紹介した。
しかし、リンディアもアスターも、眉間にしわを寄せている。
「そうなの。フィリーナっていうのよ」
「ほう。これまた、若々しい娘が当たったものだね」
「アスターさんは若い女の子が増えて嬉しいんじゃない?」
「いや、まったく。失礼ながら、まったくだよ」
なぜだろう。二人とも、フィリーナを受け入れてくれそうにない。
「よ、よろしくお願いしますぅ……」
冷たい態度を取られたフィリーナだが、向けられた冷ややかな視線に負けず、懸命に頭を下げる。
もっとも、それでもリンディアとアスターの表情が変わることはなかったのだけれど。
——翌朝。
私がベッドの上で目を覚ますと、室内が何やら騒々しかった。
「ちょっとー! 何やってんのよ!?」
「す、すみませんー!」
「ここは王女様の部屋よ、分かっているのー!?」
「は、はいぃ!」
暫し聞いていると、その騒々しさの原因が、リンディアとフィリーナであることが分かった。
恐らくは、フィリーナが何かやらかしたのが原因なのだろう。しかし、今私が出ていくと、さらなる大騒ぎになりそうな気がして仕方ない。
ただ、ずっとこうしていても、いつかは起きているとばれるだろう。
後から「起きていたの!?」となるのも、少々恥ずかしいものがある。
そんなことを一人考え、「どうしよう……」と悩んでいた最中。唐突に、アスターが現れた。
「おはよう、イーダくん。目が覚めたのかね」
「アスターさん!?」
思わず大きな声を出してしまった。恥ずかしい。
「起床早々枯れ果てた男の顔を拝むことになるなんて、と、がっかりしているかな?」
「まさか。そんなことはないわ」
正直、男の年齢なんてどうでもいい。
べつに、起きてすぐに美男子を見たいなんて欲望があるわけでもないし。
「ところでアスターさん。あの騒ぎは何?」
今一番気になっていることを尋ねてみた。
するとアスターは、呆れたような顔で、口を開く。
「あの侍女の娘が、信じられないほど不器用でね。運んできたトイレットペーパーを部屋中に散乱させたり、花瓶の水を入れ替えようとして洗面所を水浸しにしたり、早朝から色々凄まじいことになっていたのだよ」
うわぁ……。
「最初はリンディアが色々と手伝っていたのだがね……」
「もっと酷いことがあったの?」
「お疲れ様、と出された紅茶に謎の虫がこんにゅ——」
「お願い! それ以上は言わないで!」
思わず耳を塞いだ。
起きるなりそんなことを聞いてしまったら、今日一日、何も飲めなくなってしまう。
「おっと失礼。そう。そういうことがあって、リンディアは、ついに爆発してしまったのだよ」
「そうだったのね……」
私がのんびり眠っている間に、どうやら、結構凄まじいことが起きていたようだ。眠っていた私は、ある意味ラッキーだったのかもしれない。
「いー加減にしないとアンタ! ほーり出すわよ!」
「ふぇーん! お願いですぅ。それだけは、それだけは勘弁して下さいぃぃぃ!」
リンディアとフィリーナは、まだ騒いでいる。
「……そろそろ黙らせた方がいいかね?」
「そうね。近くの部屋に迷惑になるかもしれないわ」
「承知。では、私が黙らせてくるとしようかな」
「お願いね」
本気で怒っているリンディアを、アスターが制止できるとはとても思えない。だが、私になら制止できるという保証があるわけでもないので、ひとまず彼に頼んでおいた。
若干情けなくとも、師匠は師匠だ。
きっと何とかしてくれるだろう。
それから数分経って、リンディアの声が聞こえなくなったため、私はベッドから出ていった。
「おはよう、リンディア」
「……おはよー」
リンディアは乱雑にソファに腰掛けている。しかも、非常に不機嫌そうな顔で。
私に挨拶を返してくれたのが不思議なくらいだ。
「お、おはようございますぅ……」
侍女の制服を身にまとったフィリーナは、おどおどしながら、私に挨拶をしてくれた。
「おはよう、フィリーナ」
「ふぇぇ……お優しい……」
よく見ると、彼女の着ている服はかなり汚れていた。
黒いスカートの裾は見ただけで分かるほどに湿っており、エプロンには茶色い染みがいくつもできている。
まだ朝だというのに、この汚れよう。なかなか凄まじいものがある。
一日経ったらどうなってしまうのだろう……、という感じだ。
「フィリーナ、朝早くからご苦労様」
「はっ、はいっ! ありがとうございますっ!」
素直なところは悪くないのだが。
「ちょっと王女様、聞ーてくれなーい?」
口を挟んできたのはリンディア。
恐らく、フィリーナに関する文句を言いたいのだろう。
「どうしたの?」
「彼女、ぜーんぜん役に立たないわよー」
リンディアは一切躊躇うことなく言った。本人が目の前にいるというのに。
「朝から見ていたのだけど、ほぼ、よけーなことしかしてなかったわよ。むしろ、彼女がいることで状況が悪化してるとしか思えないわー」
フィリーナは俯く。その唇は、微かに震えていた。
「お世辞にも侍女に向いてるとは言い難いわねー」
「そう? まだ慣れていないだけじゃなくて?」
「どう考えても、慣れてる慣れてないの問題じゃないわよー」
確かに、フィリーナは不器用なのだろう。
第一収容所で会った時も、また間違った、みたいなことで怒られていた記憶がある。
だが、父親があれほど推薦していたことには、何か意味があるはずだ。
もしフィリーナがただの無能であるのなら、あれほど必死に推薦することはないと思うのだが。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.90 )
- 日時: 2019/01/14 09:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: YJQDmsfX)
87話 恋か否か
リンディアやフィリーナと会話していると、洗面所の方から、ベルンハルトがやって来た。
濡れたタオルを持っている。
「……イーダ王女!」
ベルンハルトは、すぐに私に気づいた。
「おはよう、ベルンハルト。働いてくれていたの?」
「いや、少し手伝っただけだ」
「もしかして、フィリーナの手伝い?」
すると彼は、ほんの少し黙った後、静かな声で「そうだ」と言った。
「助かるわ、ありがとう」
「……貴女に不快な思いをさせるわけにはいかないからな」
「いい人ね!」
「いや、べつに。そんなことはない」
言いながら、ベルンハルトは部屋から出ていった。恐らく、濡れたタオルをどこかへ運んでいったのだろう。
そうして、またベルンハルトがいなくなった時、フィリーナがぽつりと漏らした。
「……優しい方ですよね」
彼女の柔らかそうな頬は、微かに紅潮している。
しかも、それだけではない。
彼女の瞳は、ベルンハルトが出ていった扉を、じっと捉えていた。彼が出ていってから少なくとも十秒は経っているにもかかわらず、である。
「ベルンハルトさん……」
基本的にいろんなことに疎い私でも、この時のフィリーナの異変には、すぐに気がついた。
ベルンハルトを見つめる彼女の瞳には、日頃の彼女の瞳にはない輝きが宿っている。そう、あれは——恋する乙女の瞳に宿る輝き。
間違いない。
彼女はベルンハルトに好意を抱いている。
確信した私は、ストレートに尋ねてみることにした。
「ねぇ、フィリーナ」
「は、はいっ。何でしょうか!」
とうに消えた男の背を眺め続けていたフィリーナは、私の問いによって正気に戻ったらしく、慌ててこちらへ視線を向ける。
「フィリーナは、ベルンハルトのことが好きなの?」
王女がこんな下世話なことを言うなんて、と幻滅されるかもしれない。が、今はそんなことはどうでもいい、という気分だ。
「え……あ、あのっ……そんなことありませんよ……?」
怪しい。
明らかに不自然な言い方だ。
「た、ただ……失敗したのをフォローして下さったので、優しい方だなぁと……」
「本当に、それだけ?」
なぜ自分がこんなにも、フィリーナがベルンハルトに好意を抱いているのかどうかを気にしているのか、よく分からない。
ただ、はっきりさせておきたかったのだ。
フィリーナがベルンハルトをどう思っているのかを。
「本当に……優しい人だと思っただけ? それ以上のことはないと、言い切ることができる?」
「そ、それは誰だって言い切れませんよぉ……」
彼女はまずは逃げるだろう。それは想定していた。だから、動揺するようなことはなかった。
が、その先で想定外のことが起こる。
「あたしは言い切れるわよー」
リンディアがそう言ったのだ。
「アンタの目、見逃さなかったのは王女様だけじゃなーいわよー」
予想外の発言。
しかし、今の状況においては、心強い援護でもある。
「フィリーナがベルンハルトを見る目は、恋する女の目。そーいうことでしょ? 王女様」
「……ふと、そんな気がしたの」
「ま、あたしでも気づいたほどだものねー。王女様が気づかないわけなーいわよねー」
ソファに腰掛けたまま、リンディアはばっさり言う。
「無能なくせに恋はするーっていうのは、侍女なんかに向いてないわー。いや、そもそも、てんけー的な無能よねー」
今のリンディアには、遠慮なんてものは存在しない。
「こら、リンディア。さすがに失礼ではないかね? それに、無能に無能と言ったら、傷つけてしまうよ」
アスターは注意する。
しかし、その注意自体も遠慮がなく、かなり失礼だ。
間違ったことは言っていないのかもしれないが、少しは柔らかな物言いをできないものだろうか。
「なーによ、善人ぶって。ジジイは黙ってなさーい」
「ジジイ!? 違う! せめて、おじさんと呼んでくれたまえ!」
「じゃ、おじじいさんにするわー」
「おじじいさん!? それはまた、おじさんなのかじいさんなのか分かりづらい!」
リンディアとアスターの会話は、いつの間にやら、本題から逸れていってしまった。二人は恐らく、もう、フィリーナのことなど忘れているのだろう。
……気を取り直そう。
「それで、フィリーナ」
「は、はい……」
「ベルンハルトのこと、かっこいいと思う?」
質問を少し変えてみることにした。
「それは……はい。いつも凛としていて、さすが王女様の従者、と思いますぅ……」
「優しい、とも思うのよね?」
「はいっ……! それはとても思います。失敗しても、何度もフォローして下さって……優しいです!」
自覚はないが、実際のところは好意を抱いている——といったところか。
「そうよね。おかしなことを聞いて悪かったわね」
「い、いえ……」
今は様子を探れただけで十分。
それにしても、ベルンハルトへの好意絡みになると神経質になる私は、一体何なのだろう。
こんなことを言っていると「自分のこともまともに分からないのか」と怒られそうな気もするが、実際、私は私を理解しきれていない。
「これからも、その……何でも聞いて下さい」
可愛らしい顔に安堵の色を浮かべつつ、フィリーナはそんなことを言ってくれる。
「たいして役には立てないかもしれませんが、取り敢えず、答えられることは答えさせていただきますので……」
「ありがとう」
「い、いえ……。こちらこそ、ありがとうございます」
フィリーナは善良な少女。
素直に謝るし、純粋に笑う。
彼女には、悪意なんてものは欠片もない。
だからきっと、良い関係を築いていけるはずだ。お互いに歩み寄っていけたなら、いつかは仲良しになれるに違いない。
ただ、そうなるためには、胸に立ち込めたこの薄汚いものをどうにかしなくてはならないだろう。
そうでなくては、純粋に関わることができないから。
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