複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.56 )
日時: 2018/12/02 00:17
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hxRY1n6u)

53話 雪

 左足の怪我は、案外たいしたことはなかった。だから私は、視察を続けることを選んだ。

 せっかくここまで来たのに、今さら帰るというのも残念な気がしたからである。

 こうして視察を続けることになった私たちは、再び浮遊自動車へ乗り、目的地のある北へと移動。その間は、別段何も起こらず、順調に進むことができた。


 そして、星都より遥か北にある、ポラールという街へたどり着く。

「凄い……!」

 街へ到着し、浮遊自動車から降りた瞬間、高い空から白いものが舞い降りてきた。

 まるで鳥の羽のようなそれは、ひらりふわりと降りてきて、手のひらの上でじわりと滲む。この手のひらは、決して熱いわけではない。にもかかわらず、白いものはあっという間に溶けて消えてしまった。非常に繊細で、あまりに儚い。

「なくなっちゃった……」

 思わずそう漏らすと、聞き逃さなかったシュヴァルが説明してくれる。

「それは雪ですよ、王女様。ほんの少しの熱だけで、溶けて消えるものなのです」
「そうなの?」
「星都には雪など滅多に降りませんから、王女様が驚かれるのも仕方ありませんね。ただ、この辺りではよく降るものなのですよ」

 なんて美しいのだろう。
 もはや何もない手のひらを見つめ、そんな風に思った。

 穢れを知らぬ純白。少女のように柔らかな感触。そんな素晴らしいものなのに、輝くのはほんの一瞬だけ。

 刹那の煌めきほど美しいものはない——。

「……素敵ね」

 半ば無意識に漏らしていた。

「きっと……儚いから美しいのだわ」
「そうかもしれませんね」

 私の呟きに、シュヴァルはそっと返してきた。
 彼がこんなにシンプルに返してくるとは思わなかったので、こう言っては失礼かもしれないが、驚いた。

「儚いものこそ、美しいというものです」

 シュヴァルはそっと唇を動かす。
 その言葉は、何か深い意味があるかのような雰囲気を漂わせていた。

「……過去に何かあったの?」
「いえ。あくまで私が思うことです」

 思いきって尋ねてみたのだが、シュヴァルは何も答えてはくれなかった。彼が発した「あくまで私が思うこと」という言葉が真実か否かは、私には知りようがない。

「ただ、人が儚さに惹かれることは確か」
「そういうものなの?」
「はい。歴史上の人物、英雄と呼ばれるような存在。いずれも、その最期が壮絶であればあるほど、後の人々には好まれるものです」

 シュヴァルの話はよく分からなかった。私にはまだ難しすぎたのかもしれない。

 ただ、一つだけ思ったことがある。

 もし人々が壮絶な最期を望むのだとしたら——それはあまりに夢のない世界で、悲しいとしか言い様がない。


 シュヴァルとそんな風に話した後、私たちは、今夜泊まる予定のホテルへと向かった。

 私たちが到着した頃には、既に、ホテルの玄関口に人が集まってきていた。服装からして一般人だと分かる人々の中に、きっちりした服装の人がちらほらと混ざっている。恐らく、きっちりした服装の彼らはホテルの従業員なのだろう。

 私は、父親やシュヴァルの後ろに、続いて歩く。

「凄い人の数だな」

 私のすぐ左側を歩いているベルンハルトが、歩きながら、そんなことを呟いた。集まった人の多さに驚いているようだ。

「とーぜんよ。星王様に王女様だものー」

 ベルンハルトの逆、私のすぐ右側を歩むリンディアは、「当たり前」と言いたげに述べる。

「こーんなにお偉いさんたちがやって来るのは、この辺りじゃごく稀だものねー」
「それはそうだな。上の人間ほど、街には来ないものだ」
「なーに、それ。もしかして、不満なのー?」
「いやべつに。深い意味など、何もありはしない」

 リンディアとベルンハルトは、私を挟んだ位置にいながら、そんな風に喋っていた。

 本当は少し話に参加してみたかった。けれど、人がたくさんいるところで何かやらかしてしまったら大変だ。だから私は、黙って歩くだけにしておいた。その方が安全だから。


 ロビーへ入ると、少し空き時間ができた。というのも、ホテルの支配人がやって来て、シュヴァルや父親と話し始めたからである。その間、私は、ベルンハルトら従者三人組と一緒に過ごした。

「イーダ王女」
「何? ベルンハルト」
「ここは……凄く高級感のある建物だな」

 ベルンハルトは高い天井を見上げながら言った。
 その声には、感心の色が滲んでいる。

「そうね。素敵なところだわ」

 すると、ベルンハルトは驚いた顔をした。

「……常に贅沢な暮らしをしている貴女でも、そう思うのか」

 驚くポイントが掴めない。

 それにそもそも、私とて、毎日贅沢な暮らしをしているわけではない。もちろん、たまには贅沢もしているかもしれないが、日頃は「少々良い暮らし」程度である。

 これまでのオルマリン史の中には、もっと贅沢をしていた統治者もいる。
 それに比べれば、私たち今の星王家など、たいした贅沢はしていない。

「もちろんよ。立派なものを立派だと思うのは、当然だわ」
「そうなのか」
「えぇ。といっても、個人差は多少あるかもしれないけれどね」

 言ってから、ベルンハルトの顔を見つめ、口角を持ち上げる。すると、彼の表情も微かに和らいだ。

 人は鏡、というのも、あながち間違いではないのかもしれない。

「しかし、立派なホテルだね」

 私とベルンハルトがさりげなく頬を緩め合っていたところ、アスターが唐突に言葉を挟んできた。

「スイーツがあれば、なお良いのだがね」
「スイーツ? アスターさんは、スイーツを食べたいの?」
「なに、主人に対してわがままを言う気はないよ。ただ、途中で少し動いたせいで、糖分が欲しくなってしまってね」

 アスターは軽やかな調子で話しながら笑っている。何やら楽しげだ。

「ちょっと、アスター。それは王女様に言うことじゃないでしょー?」
「リンディア。厳しいことを言わないでくれるかね」
「相手は王女様なのよー? 他の依頼者とはまったく別物だって、分かってるの?」
「もちろんだとも! 念のため言っておくが、私はそこまで馬鹿ではないよ」

 アスターとリンディアが話し始めると、私は入っていけない空気になる。

 二人は、恋人同士なわけでもなければ、特別仲良しなわけでもない。いや、それどころか、リンディアなんてアスターを鬱陶しがっているくらいだ。

 にもかかわらず、二人には二人だけの世界がある。

 実に不思議なことだ。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.57 )
日時: 2018/12/02 18:26
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

54話 広くて綺麗な客室

 案内されたのは、ホテルの最上階——十二階にある一室。
 私が泊まるために用意されたその客室は、非常に広く、もはや住めそうな気さえする部屋だった。

「王女様とその従者のリンディアさんは、こちらのお部屋でお過ごし下さい」

 黒髪を後頭部で一つのお団子にまとめた女性従業員は、私たちを部屋に案内した後、そう言った。

「あの、待って。ベルンハルトとアスターが過ごすのは、ここではないの?」

 ふと気になったので尋ねてみる。すると女性従業員は、落ち着きのある静かな声で、「お二人には、別のお部屋をご用意しております」と答えた。

「男女は別、ということか」
「はい。そのように伺っております」

 ベルンハルトは女性従業員をじっと見つめていた。
 しばらくしてそのことに気がついたらしい女性従業員は、それなりに整った顔に、不安げな表情を浮かべる。

「……あの、何か?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」

 その時になって、ベルンハルトはようやく、彼女から視線を逸らした。彼が何を思っていたのかは、結局分からずじまいだ。

 ……もっとも、何も思っていなかったという可能性もあるのだが。

「では、我々の泊まる部屋へも案内していただこうかね?」

 何げに気が早いアスター。

「はい。それでは案内致します」
「それと、甘いものはあるかね? 少しばかりいただきたいのだが」
「え。甘いもの……ですか?」

 アスターの甘いもの攻撃が始まった。
 どうやら、彼はよほど糖分を欲しているらしい。

「洋菓子和菓子、どちらでも構わないのだが」
「承知しました。それ、後ほどお部屋へ運ばせていただきます。苦手な食材やアレルギーなどはございますか?」
「好きな食べ物は綿菓子だね」

 いや、好きな食べ物についてなんて聞かれてはいなかったと思うのだが……。

「綿菓子がお好きなのですね。承知しました」

 黒髪の女性従業員は、最初にアスターから話を振られた瞬間は、戸惑った顔をしていた。が、すぐに冷静さを取り戻し、きっちりと対応している。

 その切り替えの早さは、「さすが」としか言い様がない。久々に、心の底から感心した。

 凄いなぁ、と思いながら女性従業員の背を眺めていると、彼女がくるりと振り返った。

「それでは王女様。これにて、失礼致します」

 わざわざお辞儀までしてくれた。
 凄く丁寧だ。

「案内してくれて、ありがとう」

 私は軽く頭を下げて、感謝の意を述べた。

 これだけで気持ちがちゃんと伝わったのかは分からない。だが、何もせず何も言わないよりかはましだろう。仮にすべてが伝わってはいないとしても、少しくらいは感謝の気持ちを伝えられたはずだ。


 そして、リンディアと二人きりになった。
 なぜだろう。よく分からないけれど、気まずい。何を話せば、という感じだ。

 こういう時だけは、「もっと社交的な人間に生まれたかった」と思ってしまう。無論、そんなことを考えても無駄だと分かってはいる。だがそれでも、考えずにはいられない。

「綺麗な部屋ね、リンディア」

 外の見える窓の方まで歩いていっているリンディアに、声をかけてみた。

 当然勇気は必要だ。
 しかし、この程度なら、胃を痛めるほどの努力は必要ない。

「そーね」

 窓の外をぼんやりと眺めていた彼女は、くるりと振り返り、笑みを浮かべた。
 何も言わずとも強気であることが伝わってくる顔に浮かぶ笑み。それはとても爽やかで、どこか優しさも感じさせる。

「リンディアは空が好きなのね」
「……どーして?」
「だってほら、窓の外を見ていたじゃない」

 すると彼女は、ぷっ、と吹き出した。

「ちょっと、何それー?」

 まただ。また笑われてしまった。
 笑わせる気なんて、欠片もなかったというのに。

「やーね! 笑わせるのは止めてちょーだい! あー、おかしー」

 彼女が真剣に私を馬鹿にしているわけではない、ということは理解している。私の発言が偶然彼女の笑いのツボを刺激した。ただそれだけのことだ。

 だから、私が真剣になる必要だってない。

 ——ないのだけれど。

「私……何か変だった?」

 問わずにはいられなかった。

 もしも私に明らかにおかしいところがあるなら、どうにかしなくてはならない。一度そんな風に思った時から、質問せずにはいられなくなったのだ。

「おかしいところがあるなら、指摘してくれていいのよ?」

 するとリンディアは、さらに笑い出した。体をくの字に曲げて、笑い、笑う。

「え? え?」
「やーね! 王女様ったら、おっかしー!」
「リンディア? どういうこと?」
「そんなに真剣な話じゃないじゃなーい? なのに王女様ったら!」

 まさか、さらに笑われてしまうとは。

 しかし……そろそろどうでもよくなってきた。

 私は、笑わせるつもりのない行動で笑われることを、疑問に思っていた。どこがおかしいのだろう、と、不安で。

 けれども、今のリンディアを見ていて気がついた。何も真剣に考えるほどのことではないのだ、と。
 だから、これ以上この話題について話すのは止めることにした。

「ところでリンディア」
「なーに?」

 客室内に置かれている二人掛けのソファへ腰を下ろす。すると、リンディアもソファへ歩み寄ってきた。

「リンディアはどんな風に生きてきたの?」

 ふと気になったことを尋ねてみた。

 ……もっとも、深い意味などないのだけれど。

「へー。ちょっと意外だわー」
「え?」
「王女様があたしの人生にきょーみ持つなんて、しょーじき予想外よ」

 言いながら、リンディアは私のすぐ横に座る。座っていいか確認しない辺り、彼女らしい。

「で、何から聞きたいのかしらー」
「何から、って?」
「どーいう話を聞きたいのかと思ってねー」
「えっと……じゃあ、アスターさんとの出会いとか?」

 私はそれから、リンディアと色々話をした。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.58 )
日時: 2018/12/04 21:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gKP4noKB)

55話 嫌い嫌いは好きという意味?

 リンディアとアスターの出会いは、今から十年以上前。リンディアの父親であるシュヴァルが、彼女を、知り合いだったアスターに弟子入りさせたことがきっかけだったらしい。

「これからの時代を生きていくには、強さが必要だ! なーんて言って、可愛い娘を他人に預けるんだから、てきとーな父親よねー」

 その話を聞いて、私は妙に納得した。

 リンディアとシュヴァル。二人は、父娘という関係でありながら、とてもそうとは思えないような接し方をしていた。それがなぜなのか、ずっと不思議に思っていたのだが、その理由がやっと分かった気がする。

「ちょっと星王様を見習えーって感じ!」

 リンディアは改めて足を組み、ソファの背もたれにズッともたれかかった。

 周囲への気遣い、なんてものは彼女には存在しないのだろうか? 時折そんな風に思ったりはする。が、嫌いではない。飾り気のないところは、彼女の美点でもあると思う。

「けど、ベタベタしてくるのも面倒臭いわよ」
「大事にされてるってことよ。いーじゃなーい」
「リンディア的にはそうかもしれないけど……」
「案外そーでもないのー?」

 大事にされるのは良いのだ。感謝すべきことだとも思う。ただ、たまに面倒臭いと思ってしまうことも事実である。

「そうなの。大事にしてもらえるのは幸せなことだとは思うわ。でも、愛情表現が過剰なのは、少し困ることでもあるの」

 私がそんな風に話している間、リンディアは、ゆっくりと頷きながら聞いてくれていた。

「なるほどねー。面白いわ。育った環境が違うと、思考もここまで変わるのねー」
「ふふ。私も不思議な感じ」
「何その反応。可愛いじゃなーい」

 リンディアは笑っていた。

 こんな私が相手だと、話していても楽しくないかもしれない。そんな不安もあった。
 しかし、今の彼女の表情を見ている感じでは、退屈してはいなさそうだ。

 取り敢えず、良かった。

「あ、そーだ。王女様に言っておきたいことがあったんだけどー」
「何? リンディア」
「その……ありがとね」

 リンディアは気恥ずかしそうな顔をしながら礼を述べてきた。

「どういうこと? お礼を言うとしたら、私の方じゃない?」

 いつも傍にいてもらい、しかも護ってもらっているのだ。
 ありがとうと言わなくてはならないのは、本来、私の方である。

「アスターのこと、受け入れてくれてありがとう……って、言いたかったの」
「え?」

 思わず首を傾げてしまった。
 彼女の口から発された言葉が、想定の範囲外だったからだ。

「あいつは王女様に、処刑されてもおかしくないよーなことをしたでしょ。けど、王女様の優しさのおかげで、今もああやって普通に生活できてるじゃなーい」

 リンディアはなんだかんだでアスターのことを心配しているのかもしれない。

「あいつはあんなだけど、本当は悪人じゃなーいのよー。狙撃手なんてやってるせーで、誤解されてるけどねー」
「分かるわ」
「……そーなの?」

 なぜか眉をひそめるリンディア。

「あ……い、いえ。もちろん、私は、アスターさんのすべてを知ってはいないわ。ただ、彼が根っからの悪人ではないということくらいは分かるの」
「そーなの?」
「私を誘拐した時だって、彼は私に乱暴なことはしなかったわ。むしろ、普通に話をしてくれたぐらいよ」
「ま、そーでしょーね。アスターは狙撃以外ではあまり人を殺さないものー」

 アスターについて話すリンディアは、どこか自慢げだ。

「あいつはねー、本当は温厚な人間なの。ま、空気が読めないからか、たまにおかしな言動が出るけどねー」
「リンディアはアスターさんが大好きなのね」
「は!?」

 大きな声を出されてしまった。

 私の発言がまずかったのだろうか……。

「ごめんなさい。何か悪いことを言ってしまったかしら」
「あー……気にしないで。それより、こっちこそごめんなさーい」

 そこまで言うと、彼女は一旦言葉を切る。そして、それから数秒空けて、再び口を開く。

「けどね!」
「えぇ」
「あたしはべつに! アスターのこと! 大好きなんかじゃないわよ!」

 どうやら、それを言いたかったようだ。

「そ、そうなの?」
「そーよ!」
「けど、誇らしげに話してくれたじゃない?」
「違うって言ってるでしょー!? むしろ嫌いよ! 嫌い!」

 リンディアは嫌い嫌いと言うが、それは、大好きであることの裏返しなのかもしれない。そんな風に考えると、何だか微笑ましい気持ちになった。

「ごめんなさいごめんなさい」

 思わず笑みをこぼしてしまいながら、私は謝る。

「それ、信じてないわよねー? 言っておくけど、ほんとーに好きとかないからねー?」
「えぇ。もちろん分かっているわ」

 一応そう返しておいた。

 もっとも、リンディアがアスターを嫌っている、なんて思うことはできないのだが。

 すると彼女は話題を変える。

「あ、そーだ」

 唐突に話を変えてきたため、少しばかり驚いた。が、驚きを露わにはせず、リンディアの水色の瞳へと視線を向ける。

「王女様、何か注文するー?」
「……へ?」
「食べ物とか飲み物とか、電話で頼んだら、客室まで持ってきてくれるみたいよー」

 リンディアはそう教えてくれた。しかし、残念なことに、今はあまりお腹が空いていない。

「今はいいわ。私、あまりお腹が空いていないの」
「そ? 分かったわー」
「せっかく言ってくれたのに、ごめんなさいね」
「いーわよ、いちいち謝らなくて。べつに、王女様が悪いわけじゃなーいわー」

 彼女が心の広い人で良かった。そう思いながら、内心安堵の溜め息をつく。

「注文したくなったらいつでも言ってちょーだい。あたしが注文してあげるから」

 リンディアは後からそう付け加える。

 それにしても、彼女は何と親切なのだろう。注文してくれる、だなんて。私に手間をかけさせまいとするその姿勢には、本当に感謝しかない。

「ありがとう。リンディアは頼りになるわね」
「そりゃーねー」
「これからも色々頼っていい?」
「もちろんよー。面倒事は、あたしに任せておきなさーい」

 ソファの背もたれにはがっつりもたれ、堂々と足を組む。リンディアは、王女の従者とはとても思えない座り方をしている。しかし、その口から出てくる言葉は、「まさに頼りになる従者」といった感じのものだった。

「嬉しいわ」
「ちょっと、何にやにやしてるのよー?」
「だって、従者とこんな風に過ごせるとは思わなかったから」
「どーいう意味よ?」

 リンディアは怪訝な顔になる。

「今までの従者はね、みんな私にとても気を遣ってくれていたの。でも、そのせいで、あまり仲良しにはなれなかったのよ」

 ヘレナほどではないにしろ、誰もが私を「王女」として扱っていた。王女である私と一般人である従者たちの間には、見えない壁のようなものが存在していたのである。

「けどリンディアはそうじゃなくて、こうやって、普通の友達みたいに接してくれる。それが嬉しいの」
「あー……恐ろしく贅沢な悩みを持ってたのねー……」

 リンディアが呆れ顔でそう言った——直後。

 一度、爆発音のような大きな音が聞こえた。

「な、何の音……?」
「爆発みたいな音だったわね。この部屋じゃなさそーだけど」
「他の部屋から、ってこと?」
「避難が必要か確認してみるわー」

 穏やかな時間は決して続かない。

 また嵐が来るのだろうか。そんなことを考えると、不安の波に襲われる。
 けれど、「このくらいで負けていてはいけない」と思う心も、確かに存在していた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.59 )
日時: 2018/12/04 21:01
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gKP4noKB)

56話 真面目不真面目クリームブリュレ

 イーダとリンディアが話をしていた頃、ベルンハルトとアスターは、案内された客室内で寛いでいた。

 ……いや、正しくは、アスターだけが寛いでいたのだが。

「ふむ。このクリームブリュレ、なかなか美味しい」

 アスターはソファに腰掛け、持ってきてもらったクリームブリュレを食べている。
 好物である甘いものを食べることができて、満足しているようだ。

 一方ベルンハルトはというと、幸せそうにクリームブリュレを食べ続けているアスターを、じっと見つめている。呆れたような目つきで。

「アスター。何をしている」
「ん? クリームブリュレを食べているのだよ。君も食べるかね?」

 そう答えつつ顔を持ち上げたアスターの唇には、ホイップクリームが付着していた。
 だが本人は気づいていない様子だ。

「いや、いい。それより、いい年した大人が口を汚すな」

 唇にホイップクリームが付着していることを欠片も気にしていないアスターに、ベルンハルトは少し苛立っているらしい。恐らくそのせいなのだろうが、ベルンハルトは、いつもより低い声を発している。

「口くらい拭け。不潔だ」
「何かついていたかね?」
「白いクリームがついている」

 するとアスターは、ようやく気がついたらしく、「これは困った」などと言った。

 しかし、すぐに続きを食べ始める。

 恐るべきマイペースぶりに、ベルンハルトは溜め息を漏らす。もはや何も言えない、というような呆れ顔で、アスターを見ている。

「ベルンハルトくんも一口いかがかね?」
「要らない」
「そう言わず!」

 アスターはほんの少しだけ声を大きくする。その手には、一口分をすくった銀のスプーンが握られていた。

「ほら、特別に、このパリパリな部分をあげよう」
「必要ない、と言ったはずだ」
「まったく……。君には、美味しいを共有したい、という感情はないのかね?」
「僕は仕事中だ。のんびりお菓子を食べるほど暇ではない」

 ベルンハルトは鋭い目でアスターを睨んでいる。

「お前だって仕事中だろう。少しは緊張感を持って取り組むべきだ」

 その口調は、後輩を叱る先輩のようだ。
 ベルンハルトは、相手がかなり年上であっても、臆することなく物を言う才能を持っている——のかもしれない。

「君はなぜそうも……固いのかね」
「これが僕だ」
「なぜ、もっと柔軟な人間になろうとは思わないのか? 私としては、そこが不思議で仕方ないのだがね」

 アスターが「理解できない」というような顔で言うと、ベルンハルトはきっぱりと返す。

「僕は僕だ。変えられない」

 真っ直ぐな言葉だ。ベルンハルトが発した言葉は、時に他者とぶつかり合うかもしれないほどに、迷いのないものだった。

 彼の頑固さが滲み出た発言に、アスターは頭を掻く。

「やれやれ。ただ、非常に君らしい言葉だ。そこは評価しよう」
「お前に評価されても嬉しくない」
「おっと! 厳しい発言が来た!」
「僕はお前のそういうところが大嫌いだ」

 アスターがやたらと冗談めかすのに対し、ベルンハルトは真剣そのもの。
 二人は正反対の性格だ。

「残念。実に、残念。クリームブリュレを食べ終えてしまった。すまないね、ベルンハルトくん。本当は君にも食べさせてあげたかったのだがね……生憎、完食してしまった」

 アスターはジャケットの内ポケットからティッシュを一枚取り出した。それから、そのティッシュで口元を拭く。ゆったりとした動作だ。

「食べ終わったら、イーダ王女のところへ行くからな」
「君は少し気が早くないかね?」
「従者は主のもとにいるものだ」
「おぉ。実に真面目だね」

 アスターが感心したように手を叩くと、ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。当たり前のことをしているだけなのに「真面目」と言われたことが、少し不快だったのかもしれない。

「僕が真面目なのではない。アスター、お前が不真面目なだけだ」
「ん? そうかね」

 クリームブリュレを完食し満足しているアスターは、ソファから立ち上がると、うーんと背伸びをする。

「では、行くとしようか」
「遅い」
「ベルンハルトくん、君は少し……厳しすぎやしないかね」

 こうしてリラックスタイムを終えたアスターは、ベルンハルトとともに、扉へ向かって歩き出す。イーダらに合流するために。


 ーーしかし。


「そうはさせへんで」


 それは、先に歩いていっていたベルンハルトとの指先が、ドアノブに触れた瞬間だった。

 少女のような甘い声に乗って、独特の方言が放たれたのだ。

 ベルンハルトもアスターも、その声を聞いたことがあった——そう、先ほど起きた襲撃の時に聞いたのである。

「……この声」

 警戒心を露わにしながらベルンハルトが呟く。

 その直後、客室内に少女が現れた。

 身長は低め。また、あまり凹凸のない体つきは、十四か十五くらいに見える。紺色の髪は、肩に擦れるほどの長さ、とあまり長くはない。左耳のすぐ上辺りで、乱雑に一つにまとめてあった。

「あの時の襲撃者か」
「そうやねん。あの時は遊び足りなかったから、また来てみたんよ」

 少女はそう言って、口元にうっすらと笑みを浮かべる。
 そして、スクール水着のような服の腰元にかけていた、刃部分が波打った形状の剣を手に取る。

「今度こそ、ちゃんと相手してな」

 彼女は剣を左手で持つと、柄部分に設置されている一枚の歯車を、くるりと一周回転させた。

 すると、彼女の右腕がむくむくと変形し始める。

「……何をするつもりだ」
「おや。これまた奇妙な敵が現れたものだね」

 ベルンハルトはナイフを抜き、胸の前で構えている。その表情は極めて険しいものだ。

「相棒を連れてくるべきだったもしれないね、これは」
「……相棒?」
「いつもの狙撃用銃だよ」

 警戒心を剥き出しにしているベルンハルトとは対照的に、アスターはどこか呑気な顔をしている。客室という限られた空間の中で敵に襲われている最中だというのに、危機感はさほど抱いていないようだ。

「それがあると役に立つのか? べつに、狙撃するわけではないだろう」
「いやいや、そういう意味ではない。ただ、相棒がいるのといないのでは、動き方が少々変わってくるのだよ」

 ベルンハルトとアスターが話しているうちに、少女の右腕は原形を留めないほど変わり果てていた。

 引き締まってはいるものの華奢だった腕は、今や、怪物のそれのようになっている。

 小さな体に明らかに似合わない、太い腕と巨大な手。そして、手のひら部分以外すべてに、深緑の鱗が張り付いている。また、長く鋭い爪が生えている。

 引っかかれたら軽傷では済まないだろう。

「今回は本気でいくで!」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.60 )
日時: 2018/12/06 22:02
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)

57話 剣と腕とラナと

 襲撃者の少女は、巨大化させた右腕を大きく掲げながら、ベルンハルトら二人へ迫る。かなりのスピードだ。

「さて……どう動くかね? ベルンハルトくん」

 今一つ緊張感のないアスターに対し、ベルンハルトは鋭く言い放つ。

「下がれ!」
「おや。それでいいのかね?」
「いいから下がれ!」
「承知」

 アスターは指示に従い、速やかに後ろへ下がる。
 刹那、少女の巨大化した手がベルンハルトに叩きつけられた。

「……っ!」

 ベルンハルトは咄嗟に後ろへ飛び退き、振り下ろされてきた巨大化した手をかわす。手は彼に命中することなく空を切り、絨毯を敷いた床にめり込んだ。

「なかなかやるやん?」

 少女は言いながら、流れるように次の動作へと入っていく。

「でもまだまだやで!」

 彼女の左手に握られている刃が波打った形状の剣が、ベルンハルトの胸を狙う。が、彼の目は剣をしっかりと捉えていた。

「長引かせる気はない」

 ベルンハルトは持っていたナイフで剣の軌道を逸らすと、右足で蹴りを繰り出す。彼の足は少女の鳩尾辺りを直撃——するかと思われたが、少女はそれを避けた。すれすれのところでの回避だった。

「兄ちゃん、なかなかの実力者やん? ちょっと意外やわ。ただのイケメンかと思ってたけど、それは間違いやったみたいやな」

 少女は一旦後退し、体勢を立て直しながら続ける。

「気に入ったから、特別にうちの名前教えたるわ」

 濃紺の瞳がギラリと輝く。

「うちの名前は、ラナ・ルシェフ」

 ベルンハルトは両の眉を微かに寄せる。目の前の少女——ラナが軽やかな調子で話している間も、彼は決して警戒を緩めていなかった。

「さ、こっちは名乗ったで。そっちもちゃーんと名乗ってや」
「断る」
「えー、自己紹介もできへんの? 大人やのに変やね」

 挑発するような発言をするラナ。しかしベルンハルトはそんな安易な挑発には乗らなかった。低い声で「名乗る気はない」とだけ返し、床を蹴る。

 ナイフを手に、ベルンハルトはラナへ接近。

「遅いわ!」

 ベルンハルトはナイフをひと振りする。が、ラナは軽やかに避ける。

 しかし、彼の狙いは別にあった。
 攻撃を避け着地したばかりのラナの腹部を狙い、ベルンハルトは拳を突き出す。

「んなっ!?」

 今度は命中した。

 ベルンハルトの拳は、ラナの腹部中央辺りへ見事に突き刺さる。ラナは咄嗟に腹部に力を入れたようだが、それでも威力を殺しきれず、二三メートルほど後ろへ飛んでいってしまった。

 その隙にベルンハルトは叫ぶ。

「アスター! イーダ王女のところへ!」
「私一人で、かね?」
「そうだ!」
「しかし……君が一人になってしまうよ?」
「僕は一人で十分だ!」

 するとアスターは、十秒にも満たないくらいの沈黙の後、こくりと頷く。

「承知」
「向こうは頼む」
「もちろん。イーダくんは任せたまえ」

 言葉を交わし終えると、アスターは客室から出ていった。
 ベルンハルトは改めて、ラナへと体を真っ直ぐに向ける。その表情は、固く険しい。

「うちに一人で勝つつもりなん?」

 ラナは軽やかなステップを踏みながら、くふっ、と気味の悪い笑みをこぼす。他人を馬鹿にしたような笑い方だ。

「やってやる」
「甘いわ。うち、そんなに弱くはないで」

 刃が波打った形状の剣の柄部分についている、親指の爪くらいの大きさのスイッチを、ラナは押す。

 すると、数秒後、小規模爆発が起きた。
 爆発が起こったのは、客室の中央辺りの天井である。

「なに……」

 煙が充満する部屋の中、ベルンハルトは少し身を屈めて様子を窺う。

 ——が。

 ベルンハルトは、いつの間にか、ラナに背後に回り込まれていた。
 後ろから巨大な手が迫る。

「覚悟してや」

 咄嗟に対応しようとするベルンハルトだったが、間に合わず、巨大な手に背中を引っ掻かれてしまった。

「く……っ」

 詰まるような息を吐き出し、床にしゃがみ込むベルンハルト。そんな彼を、ラナの巨大な手は容赦なく、床へと押さえつける。

「これでちょっとは大人しくなるんかなー?」
「……なるものか」
「んー? 何て?」
「調子に乗るなよ……」

 背中をえぐられ、床に押さえつけられるという、かなり危険な状況だ。しかし、それでもベルンハルトは諦めていない。むしろ、先ほどまでよりも瞳に力があるくらいだ。

「こんだけ有利な状況やったら、誰だって調子に乗るやろ」

 ラナは楽しそうだ。ベルンハルトを押さえつけている手を、右へ左へ微かに傾け、遊んでいる。

「そろそろ名乗ってくれへん?」
「断る」

 するとラナは一旦剣をしまった。それから、巨大化していない方の手でベルンハルトの右腕を掴み、強く捻る。彼が持っていたナイフは、床に落ちた。

「これでも?」
「断る」
「え。ちょっと無理しすぎちゃう?」
「不愉快だ」
「いやいや! さすがにこの状況やったら吐くやろ!?」

 頑なに口を閉ざすベルンハルトに対し、ラナは突っ込みを入れる。彼女からしてみれば、危機の中にありながら一切従うことのないベルンハルトが、不思議で仕方なかったのかもしれない。

「血も出てるんやで!?」
「いや、血はもう止まった」
「んなっ!?」
「お前が手で押さえつけてくれたおかげでな」

 ベルンハルトの言葉に、ラナは目を大きく見開く。そして、確認しようと少しだけ手を上げた。

 その隙を逃さず、ベルンハルトはラナの手から抜け出す。
 もちろんナイフも拾って。

「嘘やん!」
「油断しすぎだ」
「う……」

 愛らしい顔に悔しさを滲ませるラナ。

「なっ、なかなか的確なこと言ってくれるやん!?」

 一応認める辺り、素直である。

「認めるのか」
「何や! 認めたら悪いん!?」
「べつに悪いとは言わないが」
「あっそ! まぁいいわ!」

 言いながら、ラナは窓に向かって走る。凄まじい速さだ。

「今日はこのくらいにしといたる!」

 巨大化した手で窓ガラスを木っ端微塵にし、ラナはそこから飛び降りる。

 残されたのは、火薬の香りと静寂だけであった。


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