複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.51 )
日時: 2018/11/27 21:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Z/MkaSMy)

48話 外へ

 週末、いよいよ一泊二日の視察へ向かう朝が来た。

 いつもは青系のドレスやワンピースを着ることが多いが、今日は珍しくベージュにしてみた。というのも、ベージュのワンピースなら少しは大人びて見えるかなと思ったからである。

 久々の外出だ。ワクワクとドキドキ、どちらも凄まじい。
 心臓が疲れ果ててしまいそうなほどに、胸は激しく拍動している。

 私は移動のために、浮遊自動車の後部座席へ乗り込んだ。

 今日使う浮遊自動車は、この前乗ったオルマリン号より大型のもの。五人まで乗ることができる。そのため、両隣にはベルンハルトとリンディア、助手席にアスター、と、みんなで乗ることができた。

 ちなみに、運転手は黒服の男性である。

「それでは出発致しマス」

 運転席に座っている黒服をかっちりと着こなした男性は、独特のイントネーションでそう言ってから、アクセルを踏む。すると車体が、ふわりと浮き上がる。

「おぉ! 浮遊自動車とは、こういう感じなのだね! 面白い!」

 車体が地面から離れ動き出すや否や、助手席に座っていたアスターが感嘆の声をあげた。

 太ももの上に黒く無機質な銃器を置いているのはかなり物騒だが、彼の表情は晴れやかだ。しわの刻まれた顔はどう見ても大人なのに、その表情だけは、子どものような純粋さをはらんでいる。

「アスターさん、浮遊自動車は初めて?」
「その通りだとも。私は運転系は駄目なのでね」
「そうなの? 意外だわ」
「私が扱えるのは銃器だけなのだよ」

 そういうことらしい。

「しかし——私がこうして生きていられるのも、イーダくんの恩情のおかげだ。そこの感謝は忘れていないよ」

 フロントガラス越しに見える風景へ視線を注ぎつつ、彼はそんなことを言った。
 その声はどこか儚げで、大人びている。

「いいのよ。私としても、こちらへ来てくれて嬉しかったわ」

 人を殺めることのできる力を持ったアスターを放っておいたら、きっとまた、誰かが命を狙われる。狙われるのが、私か、他の誰かかは、分からないけれど。

 そんなことでは、平和は訪れない。
 平和どころか、悲しみばかりが積もっていってしまう。

 だからこれで良かった。

 彼を仲間に加えることで、奪われる命が一つでも減るかもしれないなら、それはきっと意味のあることだと思うから。


 その後、私たちは星都の色々な場所を見て回った。

 オルマリン美術館では、館長より説明を受けながら色鮮やかな絵画を見た。また、透明感のあるグラスや立体作品を眺めたり、常に変形し続ける不思議な作品を見学したりもした。

 感想を簡潔に述べるなら、「面白かった」である。

 ただし、それは、常に変形し続ける不思議な作品に関しての感想。それ以外の絵画や立体作品は、至って普通で、これといった珍しさのないものであった。つまり、平凡だったのだ。

 それ以外にも、星都の中心部にある大きな広場を散歩したり、そこからほんの少し離れたところにある小さな民芸品工房を見学したり。

 視察はなかなか楽しかった。
 日頃の暮らしの中には存在しないような刺激が、たくさんあるから。

 それは、モノクロの世界で生きてきた人間が、色のある世界へ飛び出したような感覚に近いと思う。

 すべてが新鮮で、すべてが感動なのだ。


 そして昼過ぎ。
 星都視察を終えた私たちは、再び浮遊自動車へ乗り込み、北へと移動することとなった。

「楽しかったわね!」

 後部座席に座るや否や、私はそう言った。
 言葉が勝手に口から出ていたのである。

「ね、ベルンハルト」
「そうだな」
「もしかして、そうでもなかった?」
「いや。凄く興味深かった」

 ベルンハルトは相変わらず愛想のない顔で返してくる。

「ただ、僕は従者だ。何かがあれば貴女を護らなくてはならない。警戒を怠るわけにはいかない」
「それはどういう意味?」
「つまり、全力で楽しむことはできないということだ」

 やはり感情の感じられない声色だ。しかし、冷たさはない。そこから察するに、不機嫌ではないのだと思われる。

「いつ何が起こるかは分からないからな」

 彼の言葉を聞き、「確かに」と思った。

 今は平和だけれど、それがいつまでも続くと思ったら間違い。日頃でもあれだけ事件が起こるのだから、外へ行っている時はなおさら気を引き締めておかなくては。

 私が一人決意を新たにしていると、リンディアが口を挟んでくる。

「もー、ベルンハルト。あんまり不安を煽っちゃ駄目よー?」

 リンディアは棒付きキャンディを舐めていた。

「煽っているわけではない。事実を述べているだけだ」
「怖いことばっかり言ったら、素直な王女様がかわいそーでしょ?」
「事実ゆえ仕方がない」
「王女様の気持ち、もー少し考えなさいよ」

 二人が言葉を交わしているところを見ていると、やがて、リンディアが上衣のポケットから棒付きキャンディを取り出した。そして、差し出してくる。

 新品の、赤い棒付きキャンディだ。

「王女様、食べていーわよ」
「キャンディね。何の味?」
「イチゴ味」
「素敵! いただくわ」

 私はそれを受け取った。
 お菓子を貰うなんて、友達同士みたいで楽しい。

「食べてみるわね」

 そう言って、リンディアから貰った棒付きキャンディをビニール包装から出そうとした——その時。

「待て!」

 ベルンハルトが唐突に発した。
 私に向かって言っているのだろうと思い振り返ったが、彼が目を向けているのは、私ではなかった。

「どこへ行くつもりだ」

 彼の視線の先にいたのは、黒服の運転手。

「なぜ他の車と別ルートに進んだ」

 ベルンハルトの言葉を聞き、窓の外へ目をやる。すると、薄暗い風景が視界に入った。地面も完全に土で、整備されていない道であることが容易に分かる。

「こ、これは一体」

 思わず漏らしてしまった。

 つい先ほどまでは普通に進んでいたのに……。

「おっと。もうバレてしまいマシタか」

 黒服の運転手は、アクセルを踏んだまま小さな声で言った。
 いかにも怪しいセリフだ。

 その発言を聞いた時、本能的に、黒服の運転手が敵だと感じた。

 だって、もし彼が善良な者なのなら、このタイミングで「バレてしまった」なんて言うわけがないもの。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.52 )
日時: 2018/11/29 19:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)

49話 迫るは、影

「ちょっと。何? 今の発言」

 リンディアは、黒服の運転手が発した「バレてしまった」というような主旨の言葉に、すかさず言及する。

「どーいうことよ」
「意味を聞いているのデスか? 深い意味なんてありマセン」

 黒服は、曖昧な返答をしつつ、アクセルを踏み続けていた。それにより、私たちを乗せた浮遊自動車は、どんどん怪しげな場所へと進んでいってしまっている。窓の外が薄暗くなってきた。

「取り敢えず停めなさいよ!」
「すみマセンが、それはできマセン」
「は!?」
「なぜなら、これが自分の仕事だからデス」

 そこまで話したところでリンディアは黒服の運転手を見切り、助手席のアスターに向けて言う。

「停めさせてちょーだい!」

 するとアスターは、ほんの少し面倒臭そうに「私がかね」と漏らす。が、太ももの上に置いていた銃器をすぐに抱えると、運転手へ銃口を向けた。

「停めたまえ」

 この至近距離から銃撃するつもりなのだろうか。

「それはできマセン。たとえ脅されたとしても、不可能デス」
「ほう、そうかね。では——」

 アスターの瞳に、鋭い輝きが宿る。

「さらば」

 彼は躊躇いなく引き金を引いた。
 銃声が響き、銃弾が運転手を貫く。

「……ひっ」

 私は思わず引きつった声を漏らしてしまった。

 情けないとは思う。けれども、銃撃をこんな間近で見たことなんて、これまで一度もなかったのだ。だから、仕方ないではないか。

 鼓膜が破れそうな音に、凄まじい衝撃。怖くないわけがない。


 ——それからしばらくして、車はようやく停まった。


 扉を開け、一番に車外へ出たのは、リンディア。

「一体、どーなってんのかしらねー」

 彼女は地面に降りると、辺りをキョロキョロと見回す。それに合わせて私も窓の外を見渡してみた。が、これといって特徴的なものはない。視界に入るのは、樹木や岩だけだった。

「リンディア、何か分かりそう?」
「いやーまったく分からないわー」

 私は内心溜め息をついた。
 リンディアが何も分からないなら、私に分かるわけがない。これからどうすれば良いのやら。

「一旦引き返す?」
「そーすべきよね。けど……」
「けど?」
「その凄いことになってる運転席をどーにかしなくちゃ、無理よねー」

 そうか。言われてみれば、その通りだ。紅に染まった運転席に座りたい者なんて、いるわけがない。

「それに、そもそも、運転できる人がいないんじゃなーい?」
「え、そうなの?」
「あたしもアスターも、許可証は持ってないわよー」

 私はすぐにベルンハルトの方を向く。その瞬間、彼は静かな声で「僕も持っていない」と言った。今から私が問おうとしていたことを、彼は既に察していたようだ。

「そんな! じゃあ戻れないじゃない!」

 黒服の運転手は、もはや運転などできない状態。そして、他に浮遊自動車を動かせる者はいない。ならどうしろと。

「落ち着け、イーダ王女」
「無理よ、落ち着けないわ。何が起こるか分からないのに」
「これだけ揃っているんだ、慌てなくていい」

 ベルンハルトは妙に冷静だ。
 何がどうなるか分からない、こんな状況だというのに。

「そ、そうよね。私が心配しすぎているだ……」

 ——刹那。

「っ!?」

 どこから飛んできたのか分からない銃弾が、浮遊自動車の扉に突き刺さった。

 窓も扉も防弾仕様になっているらしく、幸い、銃弾が車内にまで届くことはない。が、弾が扉に刺さった衝撃が、空気を震わせ、車体を揺らす。

 半分立ち上がったような体勢をとっていたため、予想していなかった揺れにバランスを崩してしまい、座席で腰を打った。

 それなりの勢いでぶつけたため、結構痛い——けれど、一番に思ったことはそれではない。

「リンディア!」

 彼女は車外にいる。今の銃撃に巻き込まれているかもしれない。

 すぐに頭に浮かんできたのは、こちらだった。

 もう誰も傷つけさせたくない。もう二度と命を失わせたりはしない。胸にそう誓ったというのに、もしリンディアが銃撃に巻き込まれていたら。考えたくはないけれど、この状況だからあり得る。

「大丈夫!?」

 車外へ出ようと、扉の方へ移動する——が、ベルンハルトに腕を掴まれた。

「今は出ない方がいい」
「……どうして止めるの」

 手には、リンディアから貰った棒付きキャンディ。それが視界に入るたび、外へ出ていきたい衝動に駆られる。しかし、ベルンハルトはそれを許してくれない。

「貴女が勝手に動くと被害が拡大する」
「なっ……」
「以前星王が撃たれた例を忘れたわけではないだろう」

 それを言われると、私には返す言葉がなかった。

 痛いほどに真実だったから。

「……それはそうだけど、でも! リンディアを放ってはおけないわ!」

 すると、助手席で待機しているアスターが、ははは、と笑った。

「イーダくんは優しいね。ただ、リンディアを心配することはないよ」
「アスターさん、そんな呑気に……」
「心配せずとも、あの娘は強い。ただの銃撃でくたばるような娘ではないよ」

 言いながら、アスターは扉を押し開ける。

「と言いつつも援護に出ちゃう!」
「へ?」

 アスターの妙な言動によって、脳内が疑問符だらけになってしまった。

「……わけだから、君の気持ちは分かるけどね」

 車から出る瞬間、アスターは小さくウインクした。
 恐らく、励まそうとしての行動なのだろう。それは察することができた。が、何とも言えない気分だ。

 車内にいるのが、私とベルンハルトだけになってしまった。

 人が減るたび、心細くなる。
 何かを失ったような、そんな感覚に襲われるのだ。

 けれど、それに負けているようではいけないのだろう。それでなくとも弱いのだから、せめて心くらいは強く持たなくては。

「イーダ王女」
「……ベルンハルト?」
「いつでも動けるよう、準備しておいた方がいい」
「えぇ、そうね」

 そう返すと、ベルンハルトは目をぱちぱちさせた。

「どうしたの?」
「……いや」
「何? 何か思うところがあるのなら、はっきり言って」
「……さっき、貴女の雰囲気が変わったような気がした」

 ベルンハルトの口から出たのは、予想の範囲から飛び出した意外な言葉。

「そう?」
「気のせいかもしれない。気にするな」

 そんな風に話していた時だ。
 ひび割れた窓ガラスの向こう側に、一つの影が覗いたのは。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.53 )
日時: 2018/11/29 19:29
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)

50話 喧嘩するほど仲良し

 視界の端に映ったのは、黒い影。見たことのない、怪しい形をした影だった。その正体を確かめようと振り返りかけた刹那、ベルンハルトに手首を掴まれ、引っ張られた。

 それからしばらくの記憶はない。

 ただ、土の香りが鼻腔を通過した覚えている。舞い上がる土埃の香りだけを——。


「イーダ王女! 起きろ! イーダ王女!」
「……ベルン、ハルト?」

 まだ細い視界に、ベルンハルトの姿が入った。いつも冷静な彼が慌てた顔をしている。不思議でならない。

「しっかりしろ!」

 相変わらずの厳しい発言。
 やはり、彼は私を王女だなんて思っていないのだわ。

「どうしたの、ベルンハルト。そんなに慌てて……」

 そこまで言った時、突如、片足に痛みが走った。

 すぐには判断できなかったが、どうやら、痛んだのは左足のようだ。痛みから数秒後に、そのことに気がついた。というのも、ワンピースの左足に被っている辺りに赤い染みができていたのである。

 ……怪我でもしたのだろうか? そんな記憶はないが。

「意識が戻ったか」
「えぇ。何かあったの?」

 私が尋ねると、ベルンハルトの表情が暗くなる。

「敵の攻撃を、足に」
「私が?」
「僕が早く動けなかったせいだ。すまない」

 こうして話せているということは、たいした怪我ではないということだ。なら、気にするほどのものではない。確かにズキズキはするが、誰かが命を落とすくらいならこの方がずっとましである。

「それはいいけど……敵は?」
「リンディアとアスターがほとんど倒した」
「そう! なら良かった!」

 すると、ベルンハルトは気まずそうな顔になる。

「ただ、まだ一人だけ残っている」
「そうなの?」
「あっちでリンディアが交戦中だ」

 ベルンハルトが示した方へと視線を向ける。すると、赤い拳銃を手に何者かと対峙するリンディアの後ろ姿が見えた。

「通してくれへん?」
「お断りよー」
「そしたらまぁ、無理矢理通してもらうしかないな」
「そっちもお断り」

 そんなやり取りが聞こえてくる。

「ベルンハルト、あれは……」
「襲ってきた敵の最後の一人だ」

 私は目を凝らす。すると、リンディアと対峙している者の姿が見えた。もっとも、十メートルほどは距離があるため、すべてをはっきりと捉えることはできないけれど。

「女の子……?」

 思わず漏らした。

 リンディアと対峙している者が十四くらいに見える少女であったことに、驚いてしまったからである。

 襲撃してくる者といえば、これまでは大概は男性だった。それも、銃器を抱えた屈強な男性である。それだけに、敵が少女であるという事実は衝撃だった。

「ベルンハルト、あの子、本当に敵なの?」
「貴女の足をやったのもあいつだ」
「そんな。見間違いではないの」
「間違いない」

 どうしても信じられない。

「あり得ないわ。だって、あんな可愛い女の子よ」
「見た目だけだ。中身は凶悪な襲撃者にすぎない」
「そんな……」

 ベルンハルトの発言を信じられないまま、リンディアがいる方へと視線を戻す。

 その時、既に、リンディアと少女は動き出していた。

 リンディアが赤い拳銃の引き金を引くと、緑色の光が放たれる。少女はそれを、目にも留まらぬ速さでかわす。

「凄い……!」
「感心している場合ではない」

 少女の華麗な動きに見とれていた私は、ベルンハルトに突っ込まれて正気に戻った。

「そ、そうよね。リンディアを応援しなくちゃ」
「応援ではない。逃げるんだ」
「それは違うわ、ベルンハルト。私たちだけ逃げるなんて駄目よ」

 敵がいるところにリンディアを残していくわけにはいかない。彼女がどれだけ強いとしても、だ。

「何を言っているんだ」
「リンディアを見捨てるようなことはできないの!」

 私が調子を強めると、彼も声を大きくしてくる。

「貴女はいつまで寝ぼけたことを言っているんだ!」

 喧嘩している場合じゃない。それは分かっている。けれど今さら引けなくて、私は言い返してしまう。

「寝ぼけてなんかないわよ!」
「怪我人は大人しくしていればいいんだ!」
「ベルンハルト! 貴方、王女に向かってよくそんな言い方をするわね!」

 私がそこまで言うと、ベルンハルトはついに黙った。

「……すまない」

 小さく謝罪するベルンハルトを見て、少し申し訳ない気分になる。

 彼は私の身を案じてくれていたのだ。にもかかわらず、私は冷たい態度をとってしまった。彼の厚意を拒否するようなことを言ってしまった。

 なんてことをしてしまったのだろう、私は。

「……こちらこそ、ごめんなさい」

 私とベルンハルトが湿った空気に包まれている間も、リンディアは戦っていた。今もまだ、赤い拳銃から放たれる緑色の光が、時折視界の端を駆け抜けている。

「その、ベルンハルト?」
「……何だ」
「怒ってる?」

 十秒に一回ほどリンディアと少女の戦いへ視線を向けつつ、ベルンハルトの顔色を窺う。
 しかし、彼は静かな顔つきをしているので、心が読めない。何を考えているのか、どのような心理状態にあるのか、彼は読み取らせてくれなかった。

「怒ってる……わよね?」

 勇気を出して、もう一度尋ねてみた。
 すると、彼はようやく口を開く。

「怒っていない」

 だが、すぐには信じられなかった。穏やかな顔つきをしてはいないからである。

 いかにも怒っている、という顔つきでもないのだが、彼の表情には冷たさがある。そのような表情で「怒っていない」と言われても、呑気に「そっか! 良かった!」とは返せない。

「本当に?」
「本当だ」
「言っているだけじゃない?」
「当然だ。嘘はつかない」

 初めは彼の言葉を信じられなかった。一応言っているだけなのでは、と疑ってしまっていた。

 しかし、こうしてやり取りをしていると、心は徐々に変わってくる。

 ベルンハルトがそんな嘘をつくわけがない。彼が私に気を遣うわけがない。それらは、よく考えてみれば容易に分かることだ。

「そう……そうね。ありがとう」
「いや、僕は何もしていない」
「……ふふっ」
「何を笑っている?」
「ごめんなさい。ただ、ベルンハルトが面白くって」
「僕にはよく分からない」

 まだ戦いは終わっていない。だから、呑気に話をしている場合ではない。ただ、それでも今は、彼といられることが嬉しい。


「ベルンハルトくん! 呼んできたが、どうするのかね!」

 それから数分ほど経っただろうか。背後から、アスターの声が聞こえてきた。

「アスターさん?」
「おぉ! 目が覚めたようだね!」
「一体何を?」
「助けを呼びに行っていたのだよ。ベルンハルトくんの指示でね」

 アスターの言動からは、あまり危機感を感じない。もっとも、今日に限ったことではないのだけれど。

「足の怪我、大丈夫かね?」
「えぇ。心配させてごめんなさい」
「なに、君が気にすることではないよ」
「それで、助けって? 誰を呼びに行っていたの?」

 私がそう問うと、アスターは笑顔で答える。

「君のお父さんだよ」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.54 )
日時: 2018/12/02 00:15
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hxRY1n6u)

51話 説教父さん

 数秒後、整備されていない道の向こう側から、二台の浮遊自動車が走ってくるのが見えた。一台はオルマリン号、もう一台はこれといった特徴のない浮遊自動車だ。

「案外早かったな」
「気づいて引き返してくれている途中だったからね」
「そうか」

 ベルンハルトとアスターはそんなことを話していた。

 二台の浮遊自動車は、私たちのいる辺りで動きを止める。そして、動きが止まるや否や、バン! と音をたてて扉が開いた。

 そこから出てきたのは、父親。

「イーダぁぁぁ!」

 彼は叫びながら駆け寄ってくると、その勢いのまま、私の体を凄まじい力で抱き締めた。
 胸元が急激に圧迫され、息が止まりそうになる。

「何がどうなってこうなったんだぁ!?」
「と、父さん……息苦しいわ……」
「何ぃ!? まさか、呼吸器がまずいのかぁ!?」
「ち、違……離して!」

 あまりに息苦しいので、調子を強める。すると、ようやく離してもらえた。やっと、という感じだ。私は急いで、呼吸を整える。

「で、何があったんだぁ? イーダの車がいなくなってることをシュヴァルが気づいてなぁ! びっくりしたぞぉ!」

 説明した方が良いのだろうが、生憎、私もいまいち状況を理解できていない。なので「どうしよう」と思っていたところ、傍にいたベルンハルトが口を開いた。

「途中で突然ルートが変わり、道から離れた。そしてその後、大勢の敵に攻撃された。恐らく、運転手も襲撃者の仲間だったのだろうな」
「攻撃ぃ!?」

 ベルンハルトは落ち着いている。その冷静さといったら、「もういっそ、ベルンハルトが星王になればいいんじゃ……」なんてことを、密かに考えてしまったほどである。

「何で星王より王女を狙うんだぁ!? おかしいだろぅ!!」
「僕は襲撃する側ではない。よって、敢えて王女を狙った理由など答えようがない」

 ベルンハルトが淡々と返したちょうどその時、父親の後ろからシュヴァルが姿を現した。

「でしょうね」

 シュヴァルがやって来たことに気づくと、父親は、今度は彼へ絡む。

「おいシュヴァル! 何でこんなことになるんだ!」

 ただ、先ほどまでとはノリが少し違う。
 ほんの僅かに星王らしさを取り戻した声色である。

「運転手くらいちゃんと選んでくれよ!」
「申し訳ありません、星王様。このシュヴァル、王女様を危険な目に遭わせてしまったことは反省しております」

 片手を胸元に添え、頭を下げるシュヴァル。

「チェックが万全でなかったこと、謝罪します」
「今後は気をつけるように」

 父親の発する声には硬さがあった。妙に厳しい声色だ。いつものはちゃめちゃな彼とは、雰囲気がかなり違う。
 今のような状態ならば、ある程度、立派な星王に見えるかもしれない。

「それでイーダ、怪我はないのかぁ?」

 父親はこちらへ視線を向けると、急にふにゃりと頬を緩める。

「えぇ……あ」

 最初は「怪我はない」と言いかけたが、遅れて、左足を負傷していることを思い出した。
 色々あって忘れていたが、一度思い出すと、痛みが再び蘇る。左足に、じんわりと鈍痛が広がってきた。

「そうだ。左足を怪我したみたいなの」

 静かに言うと、父親は目を剥く。

「何だってぇーっ!?」

 父親は、周囲に気を遣うことなどなく、木々を揺さぶりそうなほどの大声を発した。

 近くにいた私なんかは、「鼓膜が破れたらどうしよう」と不安になった。それくらいの、かなり大きな声だ。少なくとも、日頃の生活で聞くことはないようなものである。

「ベルンハルト! 何をしてるんだぁ!」
「ちょっと、父さん」
「怪我させるなんて、あり得ないぞぅ!」
「父さん、止めて。ベルンハルトは悪くないの」

 荒々しい声を出す父親を制止しようと、色々言ってみる。

「ベルンハルトのせいじゃないわ。私がおっちょこちょいだっただけよ」

 しかし、カッとなってしまっている父親を止めることは、容易ではなかった。

「すまない」
「従者だろぉっ!」
「申し訳ない」

 ベルンハルトは意外にも素直だ。

「しっかりしてくれよぉーっ!」

 だが、ベルンハルトが大人しいのを良いことに彼を責め続ける父親を、私は許せなかった。

 私が怪我をしたことは事実。しかし、そのすべてをベルンハルトのせいにするというのは違うだろう。
 生死が絡むような大怪我にはならなかったのだ。今はそれだけで十分ではないか。


 その時。

 私は、父親の後ろにいるシュヴァルがリンディアの方へ視線を注いでいることに、ふと気がついた。

 まだ少女とやり合っているリンディアを、鋭い目つきで見つめているのだ。

 ーー娘の戦いぶりを見守っているのだろうか?

 最初はそう思ったけれど、彼の様子を見ているうちに、そうではないような気がしてきた。私は、リンディアの方を熱心に見つめるシュヴァルの目を、さりげなく見ておく。

「今後は気をつけてくれよぉ!」
「もちろんだ」
「頼むぞぉ!」
「分かった」

 顔は向けず、横目でシュヴァルの様子を確認する。

「もちろんベルンハルトだけではないぞぉ! アスター!」
「わ、私かね?」
「そうだぁ! しっかりしてくれよ、大人だろぅ!?」

 父親は、まだ何やら喚いている。私が怪我したことを、よほど気にしているのだろう。

 心配してくれること——それ自体はありがたいのだが、こうして周囲の者たちに当たり散らすというのは、少々問題かもしれない。

 そんな風に思いながら、シュヴァルへと視線を向ける。
 すると、彼が珍しくまばたきするところが見えた。

 ぱち、ぱち、と二回ほどのまばたきである。

 ーー直後、リンディアの声。

「ちょっ、何よ! ここまできて逃げるってのー!? ホント狡いやつね!」

 何事かと思いリンディアの方を向く。すると驚いたことに、少女の姿が消えていた。

 あの少女は、ほんの十秒ほど前まではリンディアと戦っていたのだ。にもかかわらず、今付近にその姿はない。逃走したのだろうが……信じられない素早さだ。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.55 )
日時: 2018/12/02 00:16
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hxRY1n6u)

52話 襲撃者は逃走し

 シュヴァルのまばたきと少女の逃走。

 そこに何らかの関係があるのかどうかは分からないけれど、なんとなく、無関係ではないような気がする。

 私一人が考えたところで何も分からないに決まっている。それは一応理解しているつもりだ。ただ、一度気になり始めてしまうと、気にしないことはかなり難しくなってしまうものである。

「王女様!」

 立ち上がりもしないまま関係性について考えていた私は、リンディアの声で正気に戻った。思考の世界から現実の世界へ引き戻された、という感じである。

「大丈夫だったー?」

 少女に逃げられたリンディアは、堂々とした足取りでこちらへ歩いてきた。

「リンディア!」
「へーき?」
「えぇ、おかげさまで無事よ」

 彼女はずっと戦っていた。にもかかわらず、私たちの前で疲労の色を見せたりはしない。そこは尊敬するべきところだと思う。

「それよりリンディアは? 怪我はない?」
「問題なしよー」

 一つに束ねた赤い髪を揺らしながら爽やかな笑みを浮かべる彼女は、凛々しくてかっこよかった。

「ま、逃げられちゃったけどねー」

 そこへ、ベルンハルトが口を挟む。

「逃がしたのか」
「何よ、その目は?」

 ベルンハルトとリンディアの視線がぶつかる。火花が散りそうなぶつかり方だ。

「あまり優秀ではないな」
「……は?」
「なんだかんだといつも偉そうに言うが、僕とさほど変わらない。そう思ってな」

 その言葉を聞いた瞬間、リンディアが目の色を変える。

「ちょっと、アンタ。それはどーいうことよ?」

 みるみるうちに気まずい空気になってきた。もはや喧嘩になる気しかしない——そう思ったのだが。

「落ち着きたまえ、リンディア」

 近くにいたアスターが、そんなことを言いながらリンディアの肩に手を乗せる。

「すぐにカッとなるのは良くないのだよ」
「……触らないで」
「小さなことで怒ると、肝臓にも胃にも、悪影響しかないと思うのだが」

 アスターはリンディアを落ち着かせようと述べる。しかし、その発言がリンディアを苛立たせてしまっていた。完全に逆効果だ。

「アンタと一緒にしないで!」
「まさか。リンディアを私と同じだなんて、言えるわけがない」
「不愉快だから、年寄りは出てこないでちょーだい!」

 リンディアは顔をしかめながら言い放つ。
 かつての師に対してとる態度とは、とても思えない。

「おぉ……厳しい……」

 一方アスターはというと、アンタだの年寄りだの言われたにもかかわらず、さほど怒っていない。慣れているようだ。

「さて。では王女様」
「シュヴァル?」
「足の手当て、させていただきます。どうぞこちらへ」

 リンディアとアスターのやり取りを観察していたところ、シュヴァルが手を差し出してきた。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。不気味と感じてしまうほどに穏やかで優しげな笑みだ。

 しかし、だからといって断るわけにもいかない。
 そんなことをしたら、何を言われるか分からない。

 だから私はその手を取った。

「もしもの時のために医師を連れてきていますので、手当てさせます。こちらの自動車へ」


 十分後。

「これでいかがですかな? 王女様」
「ありがとう」
「どういたしまして。大事なくて何よりです」

 シュヴァルが案内してくれた先——オルマリン号でない方の浮遊自動車内にて、怪我した足を手当てしてもらった。

 処置を施してくれた医師によれば、出血はさほどないため体調に影響が出ることはない、という状態らしい。

 周囲を心配させるのは嫌なので、たいしたことがなくて良かった。

「もう平気か」

 しばらくして、浮遊自動車内へ様子を見に来たベルンハルトは、包帯を巻いた左足を見て、そんな風に声をかけてきた。

 日頃と大差ないあっさりした表情ではあるが、一応心配してくれてはいるようだ。

「えぇ。平気よ」
「そうか……それなら良かった」
「心配してくれたのね。ありがとう、ベルンハルト」

 私が礼を述べると、ベルンハルトは視線を逸らす。

「貴女のために心配したわけではない。僕の地位が失われたら困る、それだけだ」
「それは嬉しい言葉! ベルンハルトは、今の『イーダの従者』という地位を、気に入ってくれているのね」
「ち、違う!」

 ベルンハルトは即座に首を左右に動かした。

 動作はもちろん、表情からも、慌てていることがひしひしと伝わってくる。

 敵に襲われた時でさえ冷静さを失ってはいなかったというのに、こんなただの会話で慌てるなんて。
 彼の慌てる基準がよく分からない。

「どうしたの? そんなに慌てて」
「な。慌ててなどいない!」
「本当? 明らかに落ち着きがないわよ」
「うっ……」

 そんな風に話す私とベルンハルトを、医師は微笑みながら見つめていた。

 ……いや、温かく見守ってくれていた、という方が正しいかもしれない。


 手当てを終えた私は、医師のいた浮遊自動車から出る。

 その時には、既に、私とベルンハルト以外のみんなが集合していた。父親にシュヴァル、リンディアやアスター。大集合である。そして、彼らは何かを話しているようだった。

「何を話しているの?」

 一瞬入っていくことを躊躇いかけたが、勇気を出して参加していってみる。

「あら、王女様じゃなーい」

 一番に応じてくれたのはリンディア。
 彼女は、私の存在に、誰よりも早く気づいてくれた。

「おぉ。イーダくんにベルンハルトくん」

 続けて、もうすっかり馴染んでいるアスターが声を発する。

「イーダぁ! 手当て、終わったのかぁっ!?」

 そして、さらに続けて父親。
 声の大きさでは彼が一番だった。

「今、この後の予定について話し合っていたところです」

 最後に述べたのはシュヴァル。
 彼だけはちゃんと、私の問いに答えてくれていた。

「そうだったのね。それで、どういう結果になったの?」
「王女様はどうなさいますか」
「え、私?」
「視察を予定通り続けるか否か、ということです。一旦中止にすることも可能ですが、いかがいたしましょう」

 私が足を負傷したから、継続不可能になるかもしれない、と考えてくれているのだろうか。気を遣ってくれているのだとしたら、ありがたいことだ。

 ただ、私は視察を中止する気はない。

 襲撃者は去った。
 この足の傷も、さほど深くはない。

 それゆえ、視察を止めるほどの大変な状態ではないと思うのだ。

「続けるで良いと思うわ」
「そうですか?」

 私がはっきり答えると、シュヴァルは微かに眉を持ち上げた。

「えぇ。たいした怪我でもないし。ちゃんと歩けるわ。もし可能なのなら、このまま予定通りに進めましょう」


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