複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.16 )
日時: 2018/10/25 22:33
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6..SoyUU)

15話 芽生える予感

 こうして、ベルンハルトを従者として迎えることに決めた。

 新しい誰かと出会い、同じ時間を過ごすこと。そして、その誰かと、いつか別れなくてはならないこと。それらに対する恐怖心は、まだ完全に消えたわけではない。

 だが、いつまでも怯えて閉じ籠もっているだけでは何も変わらない、と思う気持ちもある。

 だから私は、彼を迎えようと決断したのだ。


「じゃ、彼も従者になるってわけねー」

 それまでは私とベルンハルトの会話を黙って聞いていたリンディアが、私たちの話がまとまるや否や、口を開いた。

「面白くなってきたじゃなーい」

 久々に話し出したリンディアは、口元に挑戦的な笑みを浮かべている。

「イーダ王女は、あたし一人じゃ納得できないって感じみたいねー?」
「いいえ。それは違うわ」
「えー。でも、どう考えてもそうじゃなーい」

 べつに、リンディアがどうだからベルンハルトを従者にする、というわけではない。単に、今その話になったから、というだけのことだ。だが、そう思われてしまったものは仕方がない。

「あたしの目の前でそんな話をするってことはー、さりげなく見せつけているとしか思えないのよねー」

 め、面倒臭い……。

 内心そう思ってしまったが、それをはっきり告げるのも問題だ。それに、無益な争いは避けたいという思いもあるため、下手に出ておくことにした。

「そう思わせてしまったなら、ごめんなさい。謝るわ。けれど、本当にそんなつもりはなかったの」

 それは、まぎれもない事実である。

「本当にー?」
「えぇ、本当よ」

 リンディアの水晶のような瞳を見つめ、落ち着いた調子で返した。
 すると彼女は口を閉ざす。

 そして、それから少し、十秒には満たない沈黙の後、彼女は再び口を開く。

「……ま、そう言うならいーわ」

 リンディアの表情が、ほんの少し柔らかくなった気がした。

「べつに、あたしだって、イーダ王女を悪く言いたいわけじゃなーいものー」
「分かってくれたのね。ありがとう、リンディア」
「変なこと言って、悪かったわねー」

 そう言ってからリンディアは、ベルンハルトの方へと歩いていく。数歩進んだ後、彼の前で足を止めると、彼女はさっと手を伸ばした。

「ま、よろしくねー」

 しかし、ベルンハルトはその手を取らなかった。

「悪いが、お前と握手する気はない」

 ベルンハルトに冷たい態度をとられ、リンディアは顔に怒りの色を浮かべる。

「ちょっと、何よそれ」

 リンディアは低い声を出す。
 だが、ベルンハルトはそのくらいでは怯まない。特に何かを言うことはせず、冷ややかな目つきでリンディアをじっと見ているだけだ。

「せっかく握手してあげよーとしたのに、拒むなんて。一体、どういうつもりなの?」
「お前のような女と馴れ合おうとは思わない」
「すっごく感じ悪い男ね!」

 ベルンハルトの言葉は、リンディアの怒りに油を注ぐばかり。これでは、ベルンハルトが何か言えば言うほどリンディアは怒る、という構図にしかならない。

「そもそも、僕は握手してほしいなどとは言っていないはずなのだが」
「そーね。だったら何? あたしのサービス精神にいちゃもんをつける気?」

 従者になったと思ったら、いきなり喧嘩。
 こんなことが続くようではやっていられないので、勇気を出して、はっきり言うことにした。

「喧嘩は止めて!」

 こんな偉そうに言うというのも、問題だとは思う。だが、取り敢えず止めないことにはどうにもならないから、仕方がない。

「喧嘩する従者なんて、必要ないのよ!」

 つい調子を強めてしまった。

 ベルンハルトとリンディアが、同時に私の顔を見る。

 ——やってしまった。

 こんな思いやりのないことを言ってしまうなんて。私は最低だ、と思わざるを得なかった。二人とも、危険な目に遭うことを承知した上で従者になってくれた、勇敢な人なのに。

「あ……その、ごめんなさい」

 力になろうとしてくれている人に対して、私はなんということを言ってしまったのだろう。

「さすがに言いすぎたわ。ごめんなさい」

 すると、リンディアが口を開く。

「やーね! そんな暗い顔をしないでちょーだい!」

 あっけらかんとした声に、私は驚きを隠せなかった。
 驚きのあまり、言葉も出ない。

「貴女は悪いことなんて、なーんにもしてないじゃなーい」

 自分の赤い髪を指でくるくるといじりながら、リンディアはそんなことを言う。しかもさっぱりした声色で。

 妙な人である。不思議で仕方がない。

「イーダ王女が謝ることなんてないのよー」
「そうだ」

 突如、ベルンハルトが参加してきた。

「原因はこの女。貴女ではない」

 だがやはり、彼はリンディアを刺激するようなことしか言わない。そこにぶれはなかった。正直一番困るところなので、できればぶれてほしいのだが。

「ちょっとー。今、何て言ったのー?」
「原因はイーダ王女ではない、と言っただけだ」
「本当にそれだけだったかしらねー?」
「僕は嘘はつかない」

 今回は喧嘩に発展するところまではいかなかったようだ。

 思えば、こんな風に誰かと過ごすのは久しぶり。はっきりと「嬉しい!」と言うことはできないけれど、やはり嬉しさはある。


 そんなこんなで、私は、ベルンハルトとリンディアという従者を得た。

 もし何かが起きた時のことを考えると、また過去と同じ悲劇が繰り返されないか、少し不安。ただ、それとは裏腹に安心感もある。よく分からない、微妙な心境だ。

 けれども、この出会いはきっと、私の中の何かを変えてくれるだろう。
 具体的な根拠はないけれど、そんな予感がするのだ。

 その予感が——良い意味で当たりますように。

 私はそう願う。今、心の底から。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.17 )
日時: 2018/10/26 12:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: EZ3wiCAd)

16話 その笑みは月夜に開く

「シュヴァル・リンク様ぁ!」

 夜、月の光の差し込む廊下。窓際で暗い空を見上げていたシュヴァルは、名を呼ばれ、煩わしげに振り返る。

 そこに立っていたのは、一人の男。

 背は低く、痩せていて、顔には落ち窪んだ目と曲がった鼻。髪は紫気味の灰色で、前髪がくるりとカールしている。それに加え、着ているスーツはかなり大きめのサイズで、腕や腹回り、脚など、あらゆるところがぶかぶか。

 そんな、奇妙な外見の男である。

「あぁ、貴方ですか。クネル・ジョシー」
「うふふ。そうよーん」
「何の用ですか、こんな真夜中に」

 シュヴァルが冷たく返すと、痩身の男クネルは両腕を背中側に回しながらくねくねする。

「あーん。冷たーい」

 現存する言葉では表現できないような、クネルの珍妙な言動に、シュヴァルは苛立ったようだ。少々調子を強める。

「そういうのは結構です!」

 やや不機嫌なシュヴァルは、そう言い放った後、クネルを睨む。

「それで、用件は何です」
「実はねーん」

 睨まれることに慣れているのか、クネルは、シュヴァルに睨まれても動じていない。それどころか、口元にうっすらと笑みを浮かべている。

「これよーん」

 クネルがジャケットのポケットから取り出したのは、小指ほどの高さしかない小さな瓶。
 透明の小瓶の中には、真っ白な粉末が入っている。いかにもさらさらしていそうな粉末だ。

「それは!」

 クネルが小瓶を出した瞬間、シュヴァルは驚いたように、目を大きく見開いた。

 しかし、彼が驚きの表情を浮かべたのは一瞬だけ。
 彼はすぐに驚きの表情を消すと、今度はニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。

「……なるほど。そういうことでしたか」
「うふふん。約束はちゃーんと果たしたわよーん」
「ならば最初にそう言って下さいよ」
「あーん。やっぱり冷たいわねーん」

 そんなことを言いながら、脚を「ル」の字のようにして妙なポーズをとるクネル。

「では話をしましょう。こちらへ」
「やったぁーん! 二人きりー!」

 シュヴァルは窓際から離れ、月光のみが降り注ぐ廊下を歩き出す。足音はたてず、ゆっくりとした足取りで。

 一方クネルは、その痩せた体をくねくねさせながら、シュヴァルの背を追っていく。何やら楽しそうな、軽やかな足取りで。


 シュヴァルは胸元から手のひらサイズのカード取り出すと、鉄製の扉の横にある四角いパネルへ、そのカードを当てた。すると、ピッと高めの音が鳴る。続けて、ガチャンとロックが解除される音がした。

 鉄製の扉を開けると、シュヴァルはクネルに向けて述べる。

「ここで話をしましょう」

 するとクネルは頬を紅潮させながら、「そうねーん」とだけ返す。何やら、嬉しそうな顔つきだ。

 こうして、シュヴァルとクネルは、部屋へと入っていく。


 二人が入った部屋は、書斎のような、落ち着いた雰囲気を持っていた。
 室内には事務机や本棚はあるが、その他の娯楽的な要素を含むようなものは何もない。まさに、真面目な人の部屋、といった感じだ。

「ここで話すのーん?」
「そうです。ここなら誰も来ませんし、防音になっているので外にも漏れませんから」
「うふふ。それは良いわねん!」

 クネルは両手をそれぞれ両頬へ当て、太ももはぴったりと閉じ、嬉しそうな顔でくねくねしている。

「大事な瓶、落とさないで下さいよ」
「分かってるわよーん。うふっ」

 シュヴァルに注意されたからか、クネルは体を動かすことを止めた。

「二日後、王女の従者ヘレナの葬儀が執り行われます」

 クネルがくねくねすることを止めたのを見て、シュヴァルは淡々と話し始める。その声は、とても冷たい。

「その葬儀の後、参列者による食事会があります。そこでそれを使い、王女を暗殺して下さい」

 シュヴァルは事務机の上に置かれたアンティーク調のランプに明かりを点す。すると、クネルはそのランプへ駆け寄る。

「まぁー! このランプ、まるでお花みたい! 素敵ねぇー!」

 急にまったく関係のないことを言い出したクネルに腹を立てたシュヴァルは、手で事務机を強く叩いた。

「きゃ!」
「……聞いていますか?」
「ご、ごめんなさーい……可愛かったから、つい」
「聞いていましたか?」

 ギロリと睨まれたクネルは、身を縮めながら返す。

「も、もちろんよーん。葬儀の後の食事会で暗殺すれば良いのよねーん?」
「そうです」
「研究室から貰ってきたこの薬品、本当に使っていいのーん?」
「構いません」

 今のシュヴァルの顔には、表情というものは欠片もない。

「どんな手を使っても構いません。ただ、絶対に成功させて下さい」
「もちろんよん!」

 クネルは男だが、なぜかシュヴァルに擦り寄っていく。不自然なほどに距離が近い。

「成功した暁には——本当に、アタシを部下にしてくれるのよねーん?」
「えぇ。成功すれば、です」
「やったぁーん! アタシ、頑張っちゃうわー!」
「ただし、失敗した時には斬首の可能性もあります。それは覚悟しておいて下さいよ」

 シュヴァルが放った夢のない発言に、クネルは思わず顔を強張らせた。失敗すれば容赦なく切り捨てられる、と悟ったからだろう。

 だがクネルは、その程度で逃げ出すような根性無しの男ではなかった。

「もちろん! もちろんその覚悟よーん!」

 彼の顔に迷いはない。

「シュヴァル様の部下になるためなら、アタシはどんな試練にも負けないわよぉー!」

 拳を握り締めながら叫ぶクネル。
 そんな彼の姿を見て、シュヴァルは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

「やる気に満ちているようで、何よりです。くれぐれも……失敗のないように」

 アンティーク調のランプが、黒い笑みを浮かべたシュヴァルの顔を、怪しげに照らしていた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.18 )
日時: 2018/10/27 21:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: as61U3WB)

17話 ネージア人

 翌朝、目が覚めると見慣れない部屋にいた。自分がいるのが自室でないことに驚いて飛び起き、辺りを見回す。すると、ベッドに横たわる父親の姿が目に入った。

 そこでやっと思い出した。
 私は昨夜、父親のいる部屋で眠りについたのだった、と。

「起きたのか」

 状況をすぐには飲み込めずにいた私に、ベルンハルトが声をかけてきた。

「おはよう、ベルンハルト」

 私がそう挨拶すると、ベルンハルトは真面目な顔で「おはよう」と返してくれた。きっちり挨拶してくれるところは好印象だ。

「ベルンハルトは早く起きたのね」
「いや、まだ寝ていない」

 予想外の返答に、思わず「えっ!?」と言ってしまう。
 寝ていない可能性など、まったく考えに入れていなかった。

「寝ていないの!?」
「そうだ」
「どうして」
「僕には、主人を護る義務がある」

 ベルンハルトは実にあっさりと答えた。
 昨日従者になったばかりだというのに、既に従者らしい発言をしているのが、不思議でならない。

「まさか……私を護るために?」

 そう尋ねてみた。
 すると彼は、真面目な顔のまま小さく頷く。

「夜間こそ見張っていなくてはならない」

 彼は従者としての役目を全うしようと頑張ってくれているようだ。
 嫌いなオルマリン人である私を、夜も寝ずに見張っていてくれるなんて、感動ものである。

「そうだったのね……ありがとう、ベルンハルト」

 私が感謝の意を述べると、彼は少し恥ずかしそうに目を逸らした。

「たいしたことはしていない」
「いいえ、たいしたことよ。そこまでしてくれるなんて思わなかったわ」

 気まずそうな顔をしたまま黙るベルンハルトに、私は、思いきって尋ねてみる。

「その……ベルンハルト。どうして従者になってくれたの?」

 初めて出会った時、彼は「仕える気はない」と言っていた。その意思は頑なであるかのように見えた。けれども彼は、最終的に、私の従者となることを選んでくれた——それが不思議だったのだ。

「最初は、仕える気はない、と言っていたでしょう。でも、従者になってくれたわよね。それは……なぜ?」

 するとベルンハルトは、その薄い唇を動かす。

「気が変わった。それだけだ」

 短い答えだった。
 それ以上話す気はないのかもしれないが、一応さらに突っ込んでみる。

「なぜ気が変わったの?」

 その問いに対しては、ベルンハルトはすぐに答えなかった。何か考えているような表情で、しばらく黙り込む。

「話したくないなら、言わなくても大丈夫よ……?」
「貴女はオルマリン人。それゆえ、卑怯な悪人だと思っていた」
「へ?」
「だが、それは間違いだと分かった。僕が知っているオルマリン人は最低な人間ばかりだったが、貴女や貴女の父親はそうではないと判断した」

 ベルンハルトは淡々と述べる。

「それに、貴女は父親を大切にしている。だから少し親近感を抱いた」

 相変わらず感情のこもっていない声だ。
 ただ、なぜか冷たくは感じない。

「ベルンハルトも、お父さんのことが大切だったの?」
「当然だ。父は尊敬に値する人だった」

 自身の父親を、こうもはっきりと「尊敬に値する人」と言ってのけるということは、ある意味凄いことだと思う。そして、凄いことであると同時に、素晴らしいことだ。

「そう。ベルンハルトのお父さんなら、きっと、素晴らしい方だったのでしょうね」
「貴女が素晴らしいと思うかは分からない。オルマリン人からすれば、単に蛮勇でしかなかったのかもしれない」
「確かに……オルマリン人でないだけで悪く言う人はいるかもしれないわね。けれど、ベルンハルトのお父さんは、きっと素晴らしい人だと思うわ」

 今は、こうして静かに語らえることが、何よりも嬉しい。

「私は、もっと貴方のことを知りたいわ。話してもらえない?」
「……僕のことについてを、か」
「えぇ。無理なら構わないけれど」
「いや、無理ではない。それに、従者になる以上話さないわけにはいかないだろうと、予想はしていた」

 ベルンハルトは真剣な顔をしていた。頬を緩めることはない。

「……ありがとう。嬉しいわ」


 それから私は、ベルンハルトから、彼に関する話を聞いた。


 彼の父親は、星都より遥か北にある島の生まれ。
 その島に暮らす者たちは、ネージア人と呼ばれていたらしい。

 今から数十年も前、オルマリン星統一を掲げていた星王軍は、ネージア人もオルマリン人として生きるよう説得した。が、ネージア人はそれを拒否。かくして、星王軍とネージア人らは戦争へと至ったということだ。

 その戦争は長引いた。
 ネージア人側だけにではなく、星王軍側にも、多くの犠牲を出したらしい。

 だが、最終的には星王軍の勝利に終わった。

 その後、生き残ったネージア人らは、第一収容所へと入れられたそうだ。星王軍は、再び彼らと戦争になることを恐れたのだろう。

「そうして収容所に入れられたネージア人の中に、僕の父もいた。父は収容所内で一人のネージア人女性と親しくなり、やがて僕が生まれた」

 ベルンハルトの説明は、意外と分かりやすい。あまり賢くはない私でも分かるくらい、簡単にして説明してくれたので、とても助かった。

「じゃあ、ベルンハルトにはオルマリンの血は流れていないのね」
「そうだ」
「なるほど、そうだったのね……」
「幻滅させてしまったなら、すまない」

 突然謝ってこられた。

 私は慌ててフォローする。

「違うの! 幻滅なんて、するわけない。少しだけでもベルンハルトのことを知ることができて、嬉しいわ!」

 ただ、慌てているせいで、逆に怪しげな感じになってしまったかもしれない。

 だが本当なのだ。
 ベルンハルトがオルマリン人でないことに幻滅する、なんてことは、あり得ない。

「話してくれてありがとう」
「参考になったなら良かった」
「優しいのね!」

 すると驚いたことに、それまでは真剣な顔だったベルンハルトが、困ったような顔つきになった。

 なんというか……可愛い。

「い、いや。そんなことはない」
「恥ずかしがらなくていいのよ?」
「恥ずかしがってはいない!」
「本当にー?」
「な、何なんだ!」

 これまでは凛々しさが勝っていて気がつかなかったが……こういうベルンハルトも悪くないかもしれないと思ったのだった。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.19 )
日時: 2018/10/28 17:13
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AdHCgzqg)

18話 慣れないことでも、少しずつ

 ベルンハルトと話をしていると、唐突に扉が開いた。
 何事かと一瞬身構えてしまったが、ただリンディアが入ってきただけだった。

「戻ったわよー」

 リンディアは昨日と同じ服装だ。大人の女性、といった雰囲気も健在である。

「おはよう、リンディア。どこかへ行っていたの?」
「そーなの。ちょっと用事があったのよー」

 私の問いに、リンディアは笑顔で答えてくれた。
 大人びた顔に笑みが浮かぶその様は、美しく、女性らしい魅力に満ちている。余裕がある、ということが伝わってくるところも、印象的だ。

「用事って?」
「ヘレナって人の葬儀に関する連絡があったの」
「ヘレナの!?」

 意外だった。
 リンディアの口からヘレナの名が出てくるなんて。

「そーよ。明日執り行われるらしいわ。イーダ王女も当然参加なさるわよねー?」
「えぇ。もちろんよ」
「じゃ、あたしも喪服を用意しなくちゃならないわねー」

 人が亡くなったことに関する話をしているにしては、随分軽い口調だ。

 リンディアはヘレナのことを知らない。それゆえ、彼女にとっては、ヘレナの葬儀など他人の葬儀にすぎないという認識なのだろう。それは分からないでもない。

 ただ、せめて私の前でくらいは軽く話さないでほしい——少しそんな風に思ったりした。

「イーダ王女、僕は参加した方が良いだろうか」

 私とリンディアの会話を黙って聞いていたベルンハルトが、唐突にそんなことを尋ねてくる。

「なーに言ってんのよ、アンタ。オルマリン人しか参加できないに決まってるじゃなーい」
「やはり、そうか」
「アンタは外で控えてなさい」
「……仕方ないな」

 リンディアの返答を聞き、ベルンハルトは残念そうに俯いた。

 もしかして、彼はヘレナの葬儀に参加したかったのだろうか?
 そんな風に思い、声をかけてみる。

「ベルンハルト、もしかして、葬儀に参加してくれるつもりだったの?」

 すると彼は、首を左右に動かす。

「気にするな。参加できないということは分かっていた」

 やはり参加する気でいてくれていたようだ。彼の口からはっきりと聞いたわけではないけれど、雰囲気で分かる。

「あのね、ベルンハルト。もし貴方が参加しようと思ってくれるのなら、私が口を利くわ」

 一応提案してみる。しかし彼は、頷こうとはしなかった。

「いや、いい」
「そうなの? 本当に?」
「その女のことをよく知っているわけでもないからな。無理に参加しようとは思わない」

 どうやら、葬儀へ参加することは完全に諦めているようだ。
 彼が諦めているというのなら、私に何かができるわけもない。だから、この話はここまでにしておくことに決めた。

「あ、そーだ。葬儀後の食事会になら、出てもいいんじゃなーい?」

 リンディアが急にそんなことを言う。

「そうなのか?」
「式典ではないもの、問題ないと思うわよー」
「では、その時はイーダ王女についておくことにする」

 落ち着きのある声で述べるベルンハルト。
 その瞳に迷いはない。

「それでも構わないだろうか」

 急にそう聞かれたので、私は「もちろん構わないわ」とだけ返しておいた。それ以上長い、気の利いた言葉を返すには、準備が足りなかったのである。

 こうして、話はまとまった。

 その直後、リンディアが話題を変える。

「それと、これからは王女様って呼ぶわねー」
「えぇ」
「じゃ、王女様。よかったら浴場とか行かなーい?」

 いきなり何を言い出すのだろう——私の心の中に、そのような思いが満ちる。つい先ほどまでヘレナの葬儀の話をしていたというのに、いきなり浴場へ行くお誘いに変わるなど、急すぎてついていけない。

「昨夜は体洗ってないわよね? あたしも今から行こうと思うんだけどー……一緒にどう?」

 確かに、昨夜は風呂には入れなかった。
 あんなことがあった後で自室に戻る気にはなれなかったから。

「そうね。リンディアの部屋の浴場?」

 すると彼女は、ぷっ、と吹き出す。笑われてしまった。

「違うわよ。共用浴場に決まってるじゃなーい」
「あぁ、そっちのことだったのね」
「王女様ったら、おかしーわねー。面白すぎて飽きないわ」

 そんなにおかしなことを言ったつもりではない。だから、私のどこがおかしいのか、面白いのか、理解不能である。ただ、私はリンディアからすれば笑えるようなことを言ってしまった、ということだけは確かだ。

「で、どーするー? 一緒に行く?」

 私は少し迷った。
 というのも、共用浴場という場所を利用した経験がないからである。

 これまで私は、いつも、自室内に設置された風呂場で入浴していた。幼い頃には、父親に連れられて星王の間近くの風呂場へいったことはあるのだが、その二箇所以外の場所で入浴したことはない。

 なので、共用浴場へ行ったところでちゃんと入浴できるのか、心配なのだ。

「……王女様? どーかした?」
「い、いえ」
「何か問題でも?」
「いいえ、違うの。ただ……共用浴場なんて行ったことがないから、少し不安で」

 するとリンディアは、数回、目をぱちぱちさせた。
 そして、それから数秒ほど経って、くすっと控えめに笑う。

「そーいうこと。やっぱり王女様ねー」

 またしても笑われてしまった。

 何とも言えない、複雑な心境だ。
 ……いや、もちろん、笑ったリンディアを責めるつもりはないのだが。

「えぇ。ごめんなさい、あまり慣れていなくて」

 普通の生活について、もう少し勉強しておいた方が良かったかもしれない。私はふと、そんなことを思った。何も知らない私では、外の世界の人と自然に繋がることさえ難しいのだと、気づいたから。

「ま、べつに謝るほどのことじゃないけどねー」

 さらりと言いながら、リンディアは私に手を差し出してくれる。

「せっかくだし、あたしが色々教えてあげてもいーわよ!」

 私が無知であることに対し、彼女は怒っていないらしい。
 そう気がついた時、目の前の暗雲が一気に晴れるような感覚を覚えた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.20 )
日時: 2018/10/29 20:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)

19話 共用浴場

「凄い! 広い!」

 リンディアと一緒に共用浴場へ入った瞬間、私は思わず叫んでしまった。驚きの広さだったからである。

「そりゃそーよ。大勢が一斉に使うもの」

 彼女の言葉に、なるほど、と納得する。

 私の部屋の浴室なら私しか使わないが、この共用浴場は誰か一人だけが使うという場所ではない。そう考えれば、驚くべき広さであることも納得できる。

「温かいお風呂もあるわ。なかなかナイスなところでしょー?」
「えぇ。面白いところね」

 素敵なところだとは思う。
 しかし、周囲に人がいる場所で肌をさらすということが、どうも慣れない。

「他人もいるのに肌を見せていいところが不思議だわ」
「ま、お風呂だもの。むしろ当然じゃない?」
「そういうものなのね……」

 当然と言われてしまえばそれまでだ。
 私にとっては特別でも、皆にとっては当然。そういうことも、世には多くあるのかもしれない。

 リンディアと話しながらシャワーの方へと歩いていっていると、ふと、耳に言葉が飛び込んできた。

「ねぇあれ、王女様じゃない?」

 若い女性と思われる声だ。

「えー。王女様はこんなところに来ないってー」
「でも、そっくりだよ?」
「ないない。きっと、新しい侍女か何かだってば」
「そうかな……ま、そうだよね。引きこもりの王女様が共用浴場になんて来れるはずないもんね」

 私のことを話しているのは、どうやら二人組のようだ。明るい声に軽やかな口調でありながら、その端々からは悪意の欠片が感じ取れる。もしかしたら、私のことをあまりよく思っていないのかもしれない。

 そんなことを考えて一人もやもやしていた、その時。

「アンタたち!」

 リンディアが、先ほど私のことを話していた女性たちの方に向けて言い放った。

「せーかいよ。この娘こは王女様」

 続けてリンディアは、女性二人組にずんずん近寄っていく。

「言葉には気をつけた方がいーわよ?」
「な、何ですか! いきなり!」
「王女様に嫌みを言う馬鹿者には天罰が下るわ。ま、アンタらなんて、べつにどーでもいーけど」

 リンディアはそこまで言い、再び私の方へ戻ってくる。

「行きましょ、イーダ王女。あんな馬鹿者は無視でいーから」

 無視でいい、と言われても、そう簡単に無視なんてできない。聞いてしまった以上、どうしても真剣に受け止めてしまう。

「ね?」
「……えぇ」

 部屋の外はやはり冷たい。

 私にはまだ、厳しい世界だ。


 その日、父親はまだ目を覚まさなかった。穏やかな顔をしてはいたけれど、ずっと眠っているだけで。何度か声をかけてはみたのだが、返答は一切無し。私が下手に動いたせいでこんなことになってしまったのだと思うと、胸は痛むばかりだった。


 翌日、私は朝から黒いワンピースに着替えた。
 ヘレナの葬儀に備えて、である。

「着替えたのか」

 黒いワンピースへの着替えを終えた私へ一番に話しかけてきたのは、ベルンハルト。彼はなぜか、私を凝視している。

「……どこか変?」
「い、いや」

 ベルンハルトは少し慌てた様子で、首を左右に動かした。

 どうしたのだろう。様子がおかしい。

「どうしたの? ベルンハルト。様子が変よ」
「いや、べつに変ではない」
「大丈夫?」
「あ、あぁ」

 ベルンハルトは私から視線を逸らしながら、ぎこちない返答をする。きっぱりと物を言う彼らしくない言葉の発し方だ。

 そこへ、リンディアが口を挟んでくる。

「あら、素敵。なかなか似合ってるじゃなーい」
「本当に?」
「つかないわよ、嘘なんて」
「ありがとう……!」

 よく見ると、リンディアも黒いワンピースに着替えていた。彼女も参加するから着替えたのだろう。きっちりした印象のワンピースゆえ、彼女が着ていると少し不思議な感じもするが、それなりに似合ってはいる。

「お前も着替えたのか」
「そーよ。参加するんだもの、仕方ないじゃなーい」
「いや、べつに。悪いとは言っていない。ただ」
「……ん? 何よ」

 意外と話すベルンハルトに、リンディアは怪訝な顔をする。

「あまり似合ってはいないと思ってな」
「は!? 何ですって!?」

 ……まずい、リンディアが怒り出しそうだ。

「何なのよ! いきなり!」
「いや、ただ真実を述べたまでなのだが」
「本っ当に嫌なやつね! アンタ!」

 あぁ……またしても……。

「不愉快極まりないわ!」
「落ち着いて、リンディア。ベルンハルトもきっと、悪気はないと思うの」

 何とか静止しようとそう述べると、憤慨していたリンディアはこちらを向いた。

「……そーね。相手にするだけ無駄よねー」

 最後の一文のせいで頷けないが、取り敢えず落ち着いてくれたのでホッとした。これなら、本格的な喧嘩に発展することもないだろう。

 しかし、そんな風に安堵したのも、束の間。
 ベルンハルトはさらに言葉を発する。

「ちゃんと護ってくれよ」
「あたしに言ってるのかしら」
「そうだ。何があるか分からない、常に警戒を怠るな」

 するとリンディアは、腰につけていたホルスターから赤い拳銃を抜く。そして、その銃口をベルンハルトの顔へ向けた。

「心配しなくていーわよ。あたしはアンタみたく戦い慣れしてない人間じゃないから」

 一瞬どうなることかと焦ったが、リンディアは言うだけ言って、拳銃を腰のホルスターへとしまった。撃つつもりはなかったようだ。

「こー見えてもあたし、オルマリンじゃトップクラスだもの」
「そうか。ならいいが」

 自慢げなリンディアに対し、ベルンハルトはあっさりと返す。彼には、リンディアへの関心というものは存在しないようである。

「頼りにしているわね、リンディア」
「どんどん頼りにしちゃっていーわよ!」
「ありがとう。嬉しいわ」

 相変わらず自慢げな顔つきのリンディアを見て、ベルンハルトは顔をしかめていた。見たくないものを見てしまった、というような顔をしていたのである。

 だが私としては、優秀な者が傍で守ってくれるというのは、嬉しいことだ。

 自称とはいえ、オルマリントップクラスを名乗るほどの者ならば、ちょっとやそっとでくたばったりはしないはず。そういう意味で、嬉しいのである。


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