複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.96 )
日時: 2019/01/18 00:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XsTmunS8)

93話 漏れる声

 ランプで殴られたことをいまだに根に持っているミストは、一切躊躇いのない顔つきで、アスターに向けてクナイを振り下ろす。

 ——しかし。

 背後から武器が振り下ろされる気配に気づいたアスターは、咄嗟に振り返り、身を捻った。

 ミストのクナイは、アスターの首筋を抉る。

 ただ、咄嗟に回避する行動をとっていたため、深く抉られずに済んだ。

 アスターからすれば幸運。
 しかし、ミストからすればかなり悔しい結果だろう。

「……いきなり襲いかかるのは、少々卑怯ではないかね?」

 アスターは、首筋の抉られた部分を手で押さえながら、数歩下がってミストから離れる。
 首筋の傷口からは、赤いものがポタポタと落ちている。が、その表情に焦りはない。アスターはかなり落ち着いている。

「ホテルではお世話になりました」
「ん……?」
「今日はお返しをさせていただきます」

 ミストは冷ややかな声でそう宣言すると、右手にはクナイ、左手にはステッキを、それぞれ持つ。

「お覚悟を」

 それに対し、アスターは呆れ顔になる。

「やれやれ。武装してもいない相手に武器を持って襲いかかるなど、淑女のすることではないよ?」
「ご心配なく。わたしは元より淑女ではありませんから」
「……そうかね」

 眉間にしわを寄せるアスター。

 アスターとミストが対峙している時、フィリーナはというと、こそこそとその場から退散していっていた。

「君は、こんな老人を虐めて、楽しいのかね?」
「もちろんです」
「ほほう……なかなか素晴らしい性癖だね」
「性癖というよりは、やられたことはやり返す主義という方が相応しいかもしれません」

 冷たい声色でそんな風に言いながら、ミストはステッキをアスターへ向ける。

「遠慮なく、いかせていただきます」

 直後、ステッキの先から空気の塊が発射される。

 アスターは横へ素早く走り、その空気の塊を避けた。

 しかし、ミストの空気砲攻撃はまだ続く。一秒に二発くらいの速度で、アスター目がけて、空気の塊を発射し続けるのだ。

 無論、そう易々とやられるアスターではない。

 彼は、年老いた体ながら、それなりに激しい動作で迫りくる空気の塊をかわし続けていた。

 しかし、それもいつまでもは続かない。激しい動きを続けた体には疲れが溜まっていたようで、ついにバランスを崩して転んでしまった。

「ぐっ」

 片方の手を首を押さえることに使っていたため、転倒の際に片手しか床につけず、アスターは苦痛の声を漏らす。

「くはっ!」

 そんなアスターの背に、空気の塊が命中した。

「何をするのかね⁉ 危ない……!」
「少しは苦しんで下さい」

 ミストの空気砲攻撃を背に受けたアスターは、顔をしかめつつも、徐々に上半身を起こしてくる。
 だが、その途中で、アスターは突然崩れ落ちた。

「な……」

 アスターの額を汗が伝う。

「力が入ら、ない……?」
「効いてきたみたいですね」
「な。効いてきた、とは何かね……」

 顔に動揺の色を浮かべるアスターに、ミストはそっと答える。

「毒です」

 彼女は、珍しく笑みを浮かべていた。

「最初に攻撃した時のクナイに、毒を塗っておきました。あれだけ動き回れば、効きも早いでしょうね」

 アスターは、床に倒れ込んだ体勢のままで、ミストのことをじっと見ていた。その額や頬には、透明な汗の粒が無数に浮かんでいる。

「ありがちな作戦ではありますが、上手くはまってくれて助かりました」
「毒……とは、強烈だね」
「お楽しみはここからです。移動する能力を奪って、初めて、切り刻むことができるのですから」

 毒が回っている。
 もう、まともには動けない。

 そんな状況でも、アスターはまだ諦めてはいなかった。ゆっくりとゆっくりと、体を起こそうと努力している。

 けれど、そんな努力も空しく。

「ぐあっ!」

 空気砲による追撃を受け、アスターは再び倒れ込む。

「じっとしていて下さい」

 言いながら、ミストはアスターの肩にクナイを突き立てる。

「ん!」

 既に抵抗する力を奪われているアスターには、ミストのクナイから逃れる術はない。彼はもう、蜘蛛の巣にかかった獲物も同然だ。

 逃れることはできない。
 やり返すことも不可能。

 今のアスターには、ミストの思いのままにやられる以外に道はないのである。

「よくもランプで殴ってくれましたね。武器でない物で他人を殴るような人間には、罰が必要です」

 肩に、手の甲に、太ももに。
 アスターの体のあちこちに、クナイが突き刺さっていく。

 もちろん、刺していくのはすべてミスト。

「つぅっ……!」
「ところでアスター・ヴァレンタイン。貴方は、シュヴァルさんを裏切ったそうですね」
「……裏切った? 違う。ただ、彼にはついていけなくなったのだよ……」
「依頼主はお客様、お客様は神様です。なのに、それを裏切るなんて。信じられません」

 アスターは荒い呼吸をしながら返す。

「私も一人の……人間だよ。自分の意思というものも……存在しないわけではない……」

 しかし、少し話したくらいでミストの思考は変わらない。彼女がアスターへ向ける視線は、まだ冷ややかなままだった。

「己の意思より、依頼主の意思を優先する。それは、裏の仕事を受けたのならば当然のことではないですか」
「それもそうだ……確かに、自分を優先した私は……ある意味、失格と言えるかもしれない……」

 このままでは、アスターはミストに負けるだろう。抵抗する手段を失い、体力もかなり削がれてしまっているのだから。

 もっとも、リンディアが起きれば話はまた別かもしれないが。

「ただ、悔いはないよ……」

 唇さえ、徐々に動きづらくなってきている。しかし、それでもアスターは口を開いた。話すことを止めはしない。

「若く綺麗な命が奪われる……ことを、避けられる、なら……それで……良いとも」

 アスターはそこで意識を失い、壊れたおもちゃのように動かなくなった。

「……非効率的ですね」

 ミストは独り言のように漏らし、歩き出す。

「さて、ラナのサポートに回りましょうか」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.97 )
日時: 2019/01/18 00:24
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XsTmunS8)

94話 剣とナイフ

「ちょ、かわすとか! 空気読まなすぎやろ!」

 驚き、叫ぶラナ。

 彼女が叫んだのは、彼女の化け物のような手による攻撃を、ベルンハルトが避けたからである。

 攻撃された時、ベルンハルトはバランスを崩していた。それゆえ、ラナの手が命中する可能性はかなり高かったのだ。しかし、そんな中でも、ベルンハルトは回避した。

 だから、ラナが驚くのも無理はない。

「空気など、どうでもいい」

 攻撃を回避したベルンハルトは、冷ややかな視線をラナへと向ける。

 そんな彼の背に向かって、私は発する。

「ベルンハルト。誰か呼んできた方がいい?」

 すると、彼は静かに返してきた。

「いや、貴女はそこに隠れていてくれ。被害が拡大したら困る」

 確かにそうかもしれない、と思った。

 私はベルンハルトのことを心配して「誰か呼んできた方がいい?」と言ったけれど、狙われているのは彼ではなく私なのだ。つまり、私が下手に動けば、ラナが有利になってしまうのである。

 危なかった……。

 ろくに戦えもしないくせにすぐ人を呼びに行こうと考えてしまうのは、私の悪い癖だ。

「誰か呼んできた方がいいんちゃう? このままやったら、二人とも、うちに殺されてまうで」

 ラナはそんなことを言う。
 けれども、ベルンハルトは動揺しない。

「そちらが殺すつもりなら、こちらも殺すつもりでいく」
「はーっ。さすがは従者、結構勇ましいやん」
「もう逃がす気はない。今回こそ、確実に仕留める」

 ベルンハルトは、ラナから距離を取りつつ、胸の前でナイフを構える。

「ふん……ならやってみ!」

 鋭く叫び、駆け出すラナ。
 彼女の瞳は、今や、ベルンハルト一人しか見ていない。

 また巨大な手による攻撃か——と思ったのだが、そうではなかった。ラナは、手ではなく剣を使う作戦に変えたようだ。

 ちなみに剣とは、刃部分が波打った形状をした剣のことである。

 ラナは背が低く、体つきも細めだ。たくましい、なんてことは決してない。にもかかわらず、しっかりと剣を操ることができていた。ベルンハルトを仕留めるには至らないものの、慣れた手つきで剣を扱っている。

 ベルンハルトはナイフ。ラナは剣。
 扱う武器は違うが、その実力は、ほぼ互角と言っても差し支えないだろう。

 だからこそ、決着がつかない。

 二人の戦いは、それからもしばらく続いた。

 ベルンハルトは、ラナからの攻撃を上手く防ぎつつ、隙をついて反撃を仕掛ける。一方ラナは、低い位置から緩急のある動きで、積極的に攻めていく。

 戦闘スタイルにそれぞれ個性を持った二人の戦いは、時間が経つにつれ、どんどん激しくなっていった。

 私は無力で、何もできない。それゆえ、ベルンハルトの力になれない。彼が勝てるようにサポートしてあげられないことが、何より辛かった。

 だが、そんなことで悩んでいてはいけない。
 共に戦うことのできない私が彼のために唯一できることは、足を引っ張らないこと。つまり——彼の弱点となってしまわぬよう細心の注意を払うことだ。

「もう、ホンマ嫌やわ! こんなことしてたら朝が来てまう。王女様一人って聞いてたから、はよ帰れると思ってたのに!」
「あの女がいなければ一人だったのにな」
「ホンマそれ! いらんことするとか、役立たなすぎや!」

 声だけを聞いていると、友達同士の会話のようにも聞こえる。が、実際は違う。実際は、戦いながら言葉を交わしているのだ。

 私なんかは、とても入っていけそうにない。

「仲間が無能とは、不幸だったな」
「そうやな。そっちも、弱い弱い王女様を護らなあかんとか、不幸やね」

 ドキッ。

 心臓が大きく脈打つ。

「それとこれとは話が別だ」

 ベルンハルトはラナの腹部へ蹴りを繰り出す。その蹴りを、ラナは、素早く後ろへ飛び退くことでかわした。

「そうなん? うちからすれば、どっちも同じようなもんやと思うけど」
「イーダ王女は仲間ではない」

 ラナを鋭く睨みつけるベルンハルト。

「ふーん。仲間やと思ってないんや? 意外やわ」
「……何を言いたい」
「王女様のこと、仲間やと思ってないんやろ? 仲間でもない人を護るとか、変やと思わへんの」
「仲間ではないが、主ではある。それゆえ、護ることを変だとは思わない」

 そう述べるベルンハルトの顔つきは、真剣そのものだ。声も表情もとにかく真っ直ぐで、そこに迷いなんてものは存在しない。

「ふーん、そうなんや。うちには理解できへんわ。何でそこまで王女様に尽くすん? 説明してみてや」

 ぴょんぴょんと左右に跳び跳ねながら、ラナはそんなことを発する。

「敵に説明する気はない」
「あ。もしかして、よく分からんと護ってるん? そしたら、何となく、なんや」
「……従者になるよう求められたから。ただそれだけだ」
「ホンマにそれだけなん?」
「それ以外に何があると言うんだ」

 刹那、ラナはベルンハルトに向かって駆け出した。そのまま、彼の横側へ回る。

「べっつにー。ただ……」

 そして、目にも留まらぬ速さで剣を振り下ろす。
 ベルンハルトはその刃を、少しだけ移動することでぎりぎりかわした。

 ——が。

 そんな彼の体を、ラナの巨大化した手が凪ぎ払った。

「たいした利益もないのに体を張るってことは、特別な感情でも抱いてるんかなーと思っただけや」

 ベルンハルトの体は向こう側の壁まで飛んでいく。その様は、まるで、蹴飛ばされた空き缶のよう。
 巨大な手に凪ぎ払われたベルンハルトは、壁に激突し、床に落ちる。

「……っ」

 彼は詰まるような息を吐きながら、すぐに上半身を起こした。

 引っ掻く攻撃ではなかったため出血はなさそうだ。しかし、硬めの壁で体を強打している。そのため、痛みはあるようだ。

「さぁ王女様。うちの手柄になってもらおか」

 ラナが私へ歩み寄ってくる。
 ここには、もはや、私を護ってくれるものはない。ベルンハルトも、すぐに戻ってくることはできないだろう。

「そろそろ失敗は許されへんからね。躊躇なくいかせてもらうで」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.98 )
日時: 2019/01/20 13:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hAr.TppX)

95話 魔の手から逃れよ

 じわりじわりと歩み寄ってくるラナの瞳は、確かに私を捉えている。

 このままではまずい。
 このままでは、仕留められてしまう。

 反撃する術を考えたいところではある。が、考えても無駄かもしれない。私が何かしようと、ラナには通用しないだろうから。

 彼女はベルンハルトと互角に戦えるほどの力を持っているのだ。

「……こ、来ないで!」
「悪いけど、それは無理やわ」

 ラナは徐々に寄ってくる。私は徐々に後ろへ下がる。

「お願いだから、待って。武器を置いて。話をしましょう」

 ベルンハルトが「イーダ王女!」と叫ぶのが聞こえた。けれど、視線を彼へ移すことはできない。彼の方を見たのがほんの数秒だけであっても、その隙に、ラナに殺られそうな気がしたからである。

「話? 今さら何を言い出すんや。そんなん無理に決まってるやろ」

 ラナの濃紺の瞳に、ジロリと睨まれてしまった。

「不愉快やわ!」

 私に向かって振り下ろされる手。それを私は、ベッドの後ろへ回ることによって何とか避けた。

「危ないじゃない! 止めて!」
「ちょこまか逃げんな!」
「逃げるわよ! 死にたくないもの!」

 しかし、まだ終わってはいない。
 というのも、ラナが、またしても巨大な手を振り上げたのだ。

 もう一撃来る。

 本能的に、そう察した。

 ただ、察することができたところでどうしようもない。攻撃される察することは大事だが、最重要なのは攻撃をかわすことだからである。

「観念しぃや!」

 巨大な手が迫る。

 今度こそ、逃げ場はない。

 私はこんなところで死ぬのか。大人しく殺られる道しかないというのか。ベルンハルトやリンディアなんかと出会い、ようやく、少しずつ幸せになってきたというのに。

 ——嫌だ。

 迫る手を見ながら、初めて、はっきりとそう思った。

 ずっと流されるように生きてきたけれど、今この瞬間だけは、流れに逆らいたいと強く思った。

 終わりにするのは嫌だ。
 私はまだ、この人生を続けていきたい。

 イーダ・オルマリンとして、この人生を……。

「イーダ王女ッ!!」


 …………。


 はっ、と正気を取り戻す。

 その時、ちょうど、ラナの顔面に枕が当たっている瞬間だった。

 私が投げつけたのだろう。はっきりとした記憶はないが、恐らく、半ば無意識のうちに投げつけたに違いない。

 柔らかい枕ゆえ、ラナにダメージを与えることはできていないだろう。しかし、顔面に命中したことで、彼女の動きが止まっている。

 これは絶好のチャンス!

 そう思い、私はベルンハルトがいる方へと走った。

「ベルンハルト!」
「イーダ王女!」

 懸命に駆ける私を、彼は温かく迎えてくれた。

「無事か、イーダ王女」
「えぇ。平気よ」

 ベルンハルトも取り敢えずは大丈夫そうだ。

「ちっ! 案外素早いやん!」

 ラナは舌打ちしつつ顔をしかめている。

「枕で隙を作るとは、なかなか面白いな。イーダ王女にそんな頭があるとは思わなかった」
「ほぼ無意識よ」
「なるほど。それなら納得だ」
「少し失礼じゃない……?」

 余裕が生まれたからとこんなことを言うのは調子に乗りすぎかもしれないが——正直、彼女は詰めが甘いと思う。

 無論、詰めが甘い彼女が相手だったから生き延びられたわけだから、感謝すべきことなのだが。


 その時、扉が開く。


 私は一切迷いなく思った。
 異変を察知したリンディアが、様子を見に来てくれたのだと。

「やはり交戦中でしたか」

 が、それは間違いだった。
 現れたのはリンディアではなく、前にホテルでアスターが気絶させたあの女性。

「なぜここに……」

 思わずそう漏らしてしまう。

「こんばんは。なぜ、なんて聞かないでいただきたいものですね」
「どうしているの? 確か、貴女の身は父さんに引き渡したはず……」
「効率的に復活しました」

 そんな馬鹿な、という気分だ。

 このタイミングでラナ側の人間が増えるなんて……。

「ミスト! 何で来たん!?」
「ラナが苦戦しているかもと思ったからです」
「何やそれ! うちが苦戦なんかするわけないやろ」

 以前アスターにランプで殴られた女性は、ミストという名前のようだ。
 ラナとの会話から、それを察することができた。

「苦戦していたのではないのですか」
「ミスト! うちは苦戦なんかしてへん! 勘違いせんとってくれる!?」
「分かりました。これ以上は言いません」

 ラナとミストは、話し終えると、二人揃って私たちの方を向いた。

「これで二対二です」

 ミストは淡々とした調子で言ってきた。

 だが、それはおかしい。

 確かに、人の数ということでならば、二対二だ。しかし、向こうが二人とも強いのに比べて、こちらは戦闘要員がベルンハルト一人しかいない。つまり、戦うとなると二対一になってしまうのだ。

 今この状況で戦闘が勃発すると、明らかにこちら側が不利である。

「ま、来てしまったら仕方ないな。ミスト。ここからは二人で仕掛けるで」
「そうですね。効率的に仕留めましょう」

 敵が増えてしまうとは、アンラッキー。
 こちらにも仲間が増えないものだろうか……リンディアとか。

「どうする? ベルンハルト。このままじゃまずいわ」
「まともにやり合っては、かなり不利だろうな」

 ベルンハルトは落ち着いた口調で返してきた。
 こんな状況におかれていながら、落ち着きを保っていられるなんて。私には絶対に真似できない。

「何とかならないのかしら」

 すると、ベルンハルトは私の手首を掴んだ。

「えっと……何をするつもり?」
「一旦退く」

 数秒後。
 ベルンハルトは私の手首を掴んだまま、扉に向かって駆け出す。

 私は彼に引っ張られるまま、扉の方へと進んでいった。

「ちょ、逃げるんかいっ!」
「逃がしません」
「追うで! ミスト!」
「分かっています」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.99 )
日時: 2019/01/20 13:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hAr.TppX)

96話 駆けて、駆けた

 ベルンハルトに手を引かれ、私は廊下を駆ける。

 日頃ならロマンチックとも思えそうな状況だが、今は、そんな風にはとても思えない。殺す気満々の人たちに追われているからだ。

「ねぇベルンハルト! どこへ逃げるつもりなの!」
「リンディアたちを起こす」

 走りながら、私は問い、彼は答える。

「従者の部屋に行くってこと?」
「そうだ」
「起きてくれるかしら……」
「緊急用の連絡手段がある」

 ラナらの魔の手から逃れるべく、私たちはひたすら走る。

 止まることは許されない。ほんの数十秒止まっただけでも、ラナたちに追いつかれてしまうから。

 それにしても、凄い速さ。
 ベルンハルトが手首を掴んでいるため、私も、彼の速さに近い速さで走っている。時折宙に浮きそうになるくらいだ。

 しかしながら、彼が手を引いてくれるからか、いつもよりは走りやすい。

 長く伸びた金髪が、少しばかり重いけれど。


 従者の部屋の扉が見えてきた。

 あと少しで着く。

 けれど、リンディアやアスターを速やかに起こすことなんて、本当にできるのだろうか。寝ている人を一分もかからずに起こすなんて、可能だとは思えない。

「もうすぐ!?」
「そうだ」
「本当にこれで大丈夫なの……?」
「問題ない」

 落ち着きを保っているベルンハルトを見ると、狼狽えている自分が馬鹿みたいに感じてきてしまう。けれど、だからといって落ち着けるわけもない。

 一二分の余裕すらない緊迫した状況におかれるというのは、寿命が縮みそうである。

 ベルンハルトは、片手で、勢いよく扉を開ける。
 ここからどうなるのだろう、と不安に思っていると、ベルンハルトは、入ってすぐのところの壁の傍にある一本の紐を下に引いた。

「よし」

 納得したように一人頷くベルンハルト。

「紐? 引っ張ることにどんな意味があるの?」
「これで連絡がいく」
「原始的ね。本当に大丈夫なの?」
「あぁ」
「それならいいけど……」

 言いながら、何となく、奥へと目を向ける。
 そして、驚いた。

「アスターさん!?」

 床に、アスターが倒れ込んでいたからである。

「どうした、イーダ王女」
「あれってアスターさんじゃない?」

 私はベルンハルトにそう言ってみた。
 すると彼は私と同じように奥へ目を向ける。そして、その目を大きく開いた。

 いつも多少のことには動じず、常に淡々としている彼だが、これにはさすがに驚いているようだ。

「アスター、だと?」
「寝ているのかしら」

 一応言いはしたものの、「恐らくそうではない」と内心思っている。

 変わり者のアスターではあるが、さすがに、こんな夜中に自室から出て床で寝る、なんてことはしないだろう。

「いや、さすがに自室から出て寝たりはしないだろう」
「少し様子を見てくるわ」

 倒れているアスターへ駆け寄る。

 そして、さらに驚いた。

 彼の体の数ヵ所に、クナイが刺さっていたから。

 離れたところから見た時には気づかなかったが、刺さっているのは一二本ではない。急所に刺さってはいなさそうだが、結構な数だけに、見た時の衝撃が大きい。

「アスターさん!? アスターさん!」

 何度か名を呼んでみる。

 しかし返事はない。

 目を凝らすと、首筋が赤く濡れていることにも気がついた。そちらも極めて深いことはなさそうだが、痛々しい状態になってしまっている。

 アスターの横に座り込んだまま、私はベルンハルトへ視線を向けた。

「ベルンハルト! 駄目だわ、反応がないの!」

 ただそう述べることしかできない。アスターの状態を細やかに説明するなんて、急には不可能だ。

「それに怪我をしているわ!」
「取り敢えず、触れるなよ」
「どうして!?」

 助けなくてはならないのに。

「特に、血液には触れるな」
「……アスターさんを汚いものみたく言うのね」
「他人の血液には触れないのが鉄則だ」

 ベルンハルトがそう言った、直後。

「追いついたで!」
「もう逃げ場はありません」

 ラナとミストが部屋に現れた。

 もはや追いつかれてしまった。恐ろしい速さの二人である。

「……来たか」

 ほんの少し顔をしかめ、呟くベルンハルト。

「閉所へ逃げ込むとは、極めて非効率的です」
「くたばってもらうで!」

 またしても二対一になってしまう——と思った、その瞬間。

 リンディアの部屋の扉が、バァンと大きな音をたてながら、豪快に開いた。

「何があったっていうのよ!」

 赤い髪が視界を駆ける。

「リンディア!」

 私は思わず叫んでしまった。

 彼女が援護しに来てくれたらどんなにいいか、と思っていた。それが叶い、私は嬉しい。
 喜びと安堵が、凄まじい勢いで湧いてくる。

「ちっ……。また増えるとか、だるすぎやわ」
「ラナ、まだ二対二です。負けてはいません」
「そりゃそうやけどさ……」

 リンディアの登場に、ラナは不機嫌な顔つきになった。しかも、かなり愚痴を漏らしている。

「王女様に、ベルンハルト。お待たせしたわねー」
「遅かったな」
「うっさいわよー。ベルンハルト」

 リンディアはほんの数秒だけベルンハルトや私を見た。そして、すぐに、ラナらの方へ視線を移す。

「アンタたち、よくも弄んでくれたわねー」

 ラナとミストの表情が固くなる。

「いーい? 覚悟なさい」

 冷ややかに放つのはリンディア。
 彼女がアスターに気づいたかどうかは分からない。が、もしかしたら気づいたのではと思うほどに、彼女の目つきは鋭かった。

「覚悟すんのはそっちや!」
「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げるわよー」
「調子に乗っとんとちゃうぞ!」
「あらー。がら悪ーい」

 ラナの発言があまり品の良いものでなかったということは、私にも理解できる。しかし、その発言が生まれたのは、リンディアが挑発的な態度を取ったからであろう。

 ……いや、今はそんなことはどうでもいいのだが。

 片側の口角を持ち上げて笑みを浮かべながら、リンディアは赤い拳銃を取り出し構える。

「ここからは、あたしが相手してあげるわ。さ、二人まとめてかかってらっしゃーい」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.100 )
日時: 2019/01/24 17:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w93.1umH)

97話 紅の女

 ラナたちを鋭く睨みながら、いつでも撃てる状態になった赤い拳銃を構えるリンディア。
 その全身からは、ただならぬ殺気が漂っている。

 対する二人はというと。

 ラナは刃が波打った剣と巨大化した手を、ミストはクナイとステッキを、それぞれ構えている。

「アンタら……二人まとめて地獄に落としてあげるわよー」

 リンディアは低い声を発し、直後、拳銃の引き金を引いた。

 光が飛ぶ。
 宙に華麗な線を描く。

「ミストは下がり! うちがやる!」
「はい」

 ラナがミストの前に出る。そして、巨大化した右手を前に出す。その大きな手のひらで、リンディアの拳銃から放たれた光の弾丸を、すべて防いだ。

 しかし、防御によって生まれた隙を突いて、リンディアはラナへ接近していた。
 拳銃で攻撃することが狙いではなかったようだ。

「ふっ!」

 ラナに急接近したリンディアは、その足を振り上げる。

「くっ」

 蹴りは何とか防いだラナ。
 しかし、短い声を漏らしている。

「まだまだいーくわよー」

 リンディアは再び蹴りを繰り出す。

 ラナは、リンディアの蹴りを防ぐことで精一杯だ。今のリンディアは、運動神経が良いラナですら反撃できないほどに、隙のない動きをしている。

 接近戦を繰り広げる二人の後ろにいるミストは、クナイとステッキを構えたまま、様子を窺っている。恐らく、リンディアに隙が生まれるのを待っているのだろう。

 だがリンディアに隙はない。
 それに、彼女の瞳は、ぶつかり合うラナだけではなく、ミストのことも見ている。

「リンディア凄い……! ねぇ、ベルンハルト」
「そうか?」
「だって、二対一でも負けそうにないのよ。凄いことじゃないかしら」

 私は純粋に感動しているのだが、ベルンハルトは真顔のまま。

「凄く……ない?」

 彼があまりに真顔のままだから、少し不安になってしまって、私は弱めに問う。自分の考えに、自信がなくなってきたのである。

 暫し沈黙。

 その後、彼は述べる。

「……そうだな。確かに凄い」

 静かな声だった。

「そうだった。今のうちに、アスターの状態を確認しよう」
「そ、そうね! そうだわ!」

 おっと、アスターのことを失念していた。
 そうだ。今は彼の容態を確認することが大切なのだ。もうしばらくこのまま放置しておいて大丈夫なのか、確認してみなくては。

「けど、私は知識がないわ。ベルンハルト、一人で確認できる?」
「当然だ」
「私は何をしたらいい?」
「何もしなくていい。ただ、狙われないよう僕の近くにいろ」

 やはり私は役に立てない。

 そんな思いが、胸を痛くする。

「……役立たずはもう嫌なの。私にできることを言って」
「ない」
「どうして!」
「怪我人に触れるのは、貴女の役目ではない」

 ベルンハルトは、ポケットから透明の手袋を取り出し、手に装着する。そして、アスターに触れていた。

「……アスターさんは私の従者よ。何もしてあげられないなんて……」
「貴女は、自分の身を護っていればそれでいい」
「そんな……!」
「余計なことをするな。下手に動いて敵に襲われては面倒だ」

 ベルンハルトの声は静かなものだった。とても静かな調子で、しかも、非常に落ち着いている。

 落ち着いている彼が傍にいてくれるおかげで、私は狼狽えずに済んでいる——そういう意味では、彼はありがたい存在だ。

 ただ、少し冷たくも見えるけれど。

「……そうね。その通りだわ」

 彼は冷たくも見える。
 しかし、言っていることは事実だ。

 力のない者がやみくもに動いたところで、被害が拡大するだけ。それならば、動かない方が良い。不必要に動かなければ、取り敢えず、今より悪い状況に陥ってしまうことは避けられるから。

 私とベルンハルトがそんな風に話している間も、リンディアとラナらの戦闘は続いていた。

「邪魔よー」

 しばらく空いてそちらを見た時、ちょうど、リンディアの蹴りがラナに突き刺さる瞬間だった。

 リンディアの蹴りは威力があるようで、ラナの体が後方へ大きく飛ぶ。

「隙あり、です」

 蹴りを放った後、リンディアの動きが少し止まった瞬間に、ミストはクナイを投げる。リンディアは、それを、射撃によって落とした。

「そーんなおっそい攻撃で、ちょーしに乗ってんじゃないわよー」

 なぜそんな芸当ができるのか、不思議で仕方ない。

 ただ一つ確かに分かることは、リンディアの腕が確かだということ。

 彼女は自信家で、自分の強さに誇りを持っている。そして、時折ではあるが、それを自慢してくる。

 能力のない者ほど小さなことをいちいち自慢すると言うが、彼女の場合はそうではない。
 自慢はするが、伴った能力をちゃんと持っている。

 それがリンディアだ。

「次はアンタよー」

 先ほどの蹴りでラナの動きが少し止まった。そのため、リンディアは意識をミストへと移す。

「……わたしですか」
「大人しくやられてちょーだい」

 ミストの顔つきが固くなる。
 それとは対照的に、リンディアの口元には笑みが浮かんでいた。

「そうですね」

 ひとまとめにした赤い髪をなびかせながら、ミストへ接近するリンディア。
 対するミストは、リンディアの拳銃を持っている手にステッキの先を向ける。

「そんな夢があれば良いですね」

 刹那、リンディアが持っていた拳銃が吹っ飛んだ。

 手を離れた拳銃は、宙を舞い、床へ落下する。

 一体何が起きたというのか。私はその現象がちっとも理解できなかった。今この胸は、何がどうなってこうなったのか、という疑問に埋め尽くされている。

「な——」

 リンディアの口元から笑みが消えた。

「では、さようなら」

 ミストの瞳は冷たい光を帯びている。

 数秒後、ミストはクナイを振る。
 後退してかわす時間はないと判断したのか、リンディアは腕で防御。

「——っ!」
「非効率的な人ですね」

 クナイはリンディアの腕を傷つけた。

「終わっていただきます」

 リンディアへステッキを向けるミスト。
 その双眸には、真剣な色が滲んでいる。

「ちょーしに乗るんじゃないわよー」
「もちろん、気は抜きません」

 向けられたステッキの先を、リンディアは回し蹴る。ミストはステッキを落としはしなかったが、ほんの少しバランスを崩す。

 そんなこんなで、リンディアとミストの戦いはまだ続くのだった——。


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