複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.141 )
- 日時: 2019/03/20 22:08
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)
138話 お茶とお菓子と愚痴と
何の準備もしていないのにどこでお茶をするのか。そんな風に考えていたのだが、その疑問はすぐに消えた。私の部屋に侍女がお茶を運び込んできたからだ。
お茶やお菓子を乗せたワゴンが室内に運び込まれたのは、父親がやる気になって指示しに行ってから十分ほどしか経っていない時だった。
「驚くべき早さだな」
お茶をするための準備がみるみるうちに進んでいくのを眺めていると、一緒に待機していたベルンハルトが言ってきた。
「同感。ここまで早いとは思わなかったわ」
「恐るべし、だ」
「そうよね。だって……まだ、十分くらいしか経っていないんだもの」
ベルンハルトと私は、侍女たちの準備がかなり早いことに驚きを隠せないでいた。
彼はともかく、私は長年ここで暮らしてきた。それゆえ、侍女たちの働きぶりはよく知っている。侍女たちがきびきびと働いているということは、当たり前のように分かっているのだ。
だがそれでも驚いてしまう。
それは多分、こうしてじっと見つめたことはなかったからだろうと思う。
「私だったら絶対できないわ」
黙々となすべきことをなしてゆく侍女たちを眺めつつ、私は言った。
「僕も無理だ」
ベルンハルトはそんなことを述べる。
少し意外だ。
「そう? ベルンハルトならできそうじゃない」
「いや、得意な分野でない」
ベルンハルトは、軽く目を伏せつつ唇を動かす。
「戦闘以外はまったく駄目だ」
私からしてみれば、まったく駄目ということはないと思うのだが。
ただ、彼はそう思い込んでいるのだろう。戦闘以外は駄目だ、と。他者から見ればそんなことはないのだが、彼の中には苦手意識があるものと思われる。
「そんなことはないと思うわよ」
思いきって言ってみた。
が、ベルンハルトに対して彼の意見と逆のことを言うというのは、いまだに少し緊張してしまう。
「ベルンハルトは優しいでしょう? だからきっと、給仕にも向いているわ」
「いや、それはないと思うが」
「いいえ! 絶対できるわよ!」
つい口調を強めてしまう。
私は、言ってしまってから、内心後悔した。
しかしベルンハルトは冷静だ。嫌そうな顔をするでもなく、怒り出すでもなく、静かに呟く。
「……そうだろうか」
本当に、静かな声だった。
どうやら彼は、私の意見に、あまり納得していないようだ。
準備が済むと、私たち三人は席につく。私とベルンハルトは隣同士、父親は向かい、という席順だ。
私たち三人が席についたのを見ると、侍女の一人が、それぞれの前にティーカップを置いてくれる。白地にサーモンピンクの小花が描かれた、少女のように愛らしいティーカップを。
「妙に可愛らしいカップだな」
独り言のように呟くベルンハルト。
「癒やされるわよね」
「しっくりこない」
微妙な心境に陥っていそうなベルンハルトだった。
「さてぇ、何から話せばいいんだぁ?」
侍女がポットからティーカップにお茶を注いでくれている間に、父親が話を切り出す。
「星王の苦労について、聞かせてくれ」
「そうだった! そうだったなぁ! で、どういう苦労について聞きたいんだぁ?」
「特にこれといった指定はない。ただ……敢えて言うなれば、精神的な部分について聞かせてほしい」
ベルンハルトの声色は普段通り。淡々としていて、波がそれほどない。しかし、表情は普段通りではなかった。ぱっと見た感じ変化はないようなのだが、目を凝らして見てみると、少しワクワクしている顔に感じられる。恐らく、興味のある話を聞こうとしているからだろう。
「精神的な部分、だとぅ?」
「そうだ。特にサポートが必要なのは、そこだろう」
「まぁそぅだけどなぁ……ベルンハルト、お前にそんなことが分かるのかぁ?」
眉を内側へ寄せ、困ったような顔つきで尋ねる父親。
「分かる分からないではない。聞かせてほしいんだ」
「そういうものなのかぁ……?」
「可能ならば、頼みたい」
そんな風に述べるベルンハルトの表情は、真剣そのものだ。彼は父親を真っ直ぐ見つめている。
彼の真っ直ぐさに心を動かされたのか、しばらくしてから父親は、「分かったぞぅ! 話そう!」と言った。
その頃になって、お茶菓子としてパウンドケーキが出された。りんごの蜜煮を小さく刻んだものが入った、黄土色のパウンドケーキである。
「では、失礼致します」
一通り用事を終えると、侍女は退室していった。
室内に残ったのは、私と父親とベルンハルト。三人だけだ。
とはいえ、私の自室という一人が生活することに適した部屋に三人がいるのだ。だから、寂しさは感じない。むしろ、賑やかさの方が色濃いような気がする。
「そうだなぁ……星王としてまず一番大変なのは、褒められることは少なく批判されることは多い、というところだろぅなぁ」
侍女が出ていくと、早速語り始める父親。
「何かを考えついて実行しても、褒められることはあまりない。だが、小さくともミスをすれば叩かれるぅ」
まぁ、世の中そんなものよね。
父親の話を聞いて、密かにそんなことを思った。
「それになぁ、ミスをしていなくともぅ、少しでも不満が出れば批判されるんだよぅ」
「なかなか面倒だな」
「そう! その通りぃ!」
父親は急に勢いよく発した。
「星王なんてなぁ! 結局なぁ! 不満の捌け口なんだよぅ!」
妙に強い調子で言い放つ父親。
なかなか褒められはしないのに、批判はすぐにされる。父親は、その状況に、よほど不満を抱いていたのだろう。
「統治する者というのは、場所が変われどそういうものなのだろうな。批判したいだけの者はどこにでもいる」
「文句は言うくせ、協力してはくれない! ただ傍観しているだけ! 本当に嫌なんだよぅ!!」
ここぞとばかりに、父親は日頃の不満をぶちまける。私とベルンハルト以外に誰もいないから、遠慮なく愚痴を漏らせるようだ。
「なるほど。それが星王の苦労か」
「……もちろんそれだけではないけどなぁ」
「そうなのか?」
「当たり前だろぅ! 他にももっとあるんだぁ! 聞いてくれよぅ!」
父親の愚痴はまだまだ続きそう。現時点では、その話の終わりは見えない。
だが、それでいいのだろう。
ベルンハルトは父親の愚痴を興味深そうに聞いている。
そういう意味では、父親が愚痴をぶちまけるのも、多少は役立っているのかもしれない。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.142 )
- 日時: 2019/03/22 08:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nEqByxTs)
139話 禁止で止められないこともある
イーダらがお茶をしていた頃、リンディアはアスターがいるという部屋を訪ねていた。
面会は禁止。
娘のような近い関係であるリンディアでさえ、容易く許可を貰うことはできなかった。
「どーして禁止なのよー」
「申し訳ございません。禁止なものは禁止なのです」
アスターがいるという部屋の前で、リンディアは、見張りの女性と言葉を交わしている。アスターとの面会を許可してもらえるよう、説得しようとしているのだ。
「他人なら分かるわよー? けど、あたしとアスターは、親子みたいなものだわー。近いかんけーなわけだし、面会するくらい良くないかしらー」
冷静さを保ち、調子を強めることもなく、ただひたすらに言葉を放つリンディア。
彼女は彼女なりに、説得しようと頑張っているのだろう。
「しかし、面会は禁止されております」
「あー、もう。どーしてそんなに頑固なのよー?」
「禁止は禁止です。といいますのも、関係の近い者なら面会可能という場合はありますが、今回はそうではないのです」
見張りの女性は「禁止」の一点張り。リンディアが何を言っても、考えを変えそうにはない。
「面会可能になるまでお待ち下さい」
「かったいこと言わないでちょーだーい」
「いえ、禁止なものは禁止ですから。許可が出ない限りは、ここをお通しすることはできません」
アスターがいるという部屋の前に立っているいかにも真面目そうな女性。彼女は、眉ひとつ動かすことなく、禁止だと言い続ける。
リンディアが何か言ったところで、無駄なのだ。
正式に「面会可能」という指示が出ない限り、彼女が面会を許可することはないだろう。
人間誰しも心というものを持っていて、必死に訴えられれば、心は容易く揺れるものだ。しかし、彼女にはそれがない。リンディアの前に立ち塞がる彼女は、「面会禁止」という言いつけに忠実すぎる。
そんな心ない女性の対応に、リンディアはついに腹を立てる。
「そ。ならいーわ」
ぶっきらぼうに述べるリンディア。
「こーなったら、最終手段」
「……何です?」
「きょーこー突破よ!」
リンディアの双眸に、鋭い光が宿る。
彼女は説得を諦めた。
心ない女性の体を横へ押し退け、突き飛ばし、扉のノブに手をかける。
「な! 無理矢理入るおつもりですか!?」
女性はその面に驚きの色を滲ませて放つ。
真面目な彼女は、リンディアがこのような行動に出るとは、欠片も想像していなかったのだろう。
「そーよ! 失礼するわね!」
リンディアはきっぱり言い、アスターがいるという部屋の扉を開ける。そして、中へと入っていく。女性の「お待ち下さい!」という制止は、リンディアの耳には届かなかった。
見張りの女性を強行突破し、部屋の中へ入ったリンディア。彼女は、部屋に入るや否や、部屋の端にあるベッドの方へと歩き出す。
「……アスター」
そのベッドに、アスターは寝ていた。
白い枕に頭を乗せ、ベージュの毛布をかけてもらっている。
そんな状態で眠るアスターは、穏やかな顔をしていた。苦しみや悲しみといった、すべての負のものから解放されたような、そんな寝顔だ。
リンディアはそれを見て、小さく溜め息を漏らす。
「……またこーゆー展開ねー」
アスターは前に一度動けなくなっている。数日かけてようやく目を覚ましたというのに、病み上がりに戦い、またしても動けない状態になってしまった。あっという間に逆戻り、だ。
「無理してんじゃないわよー。バーカ」
リンディアは呆れた顔で呟く。そして、偶然ベッドの近くにあった簡易椅子に座る。
室内に音はない。
そこに存在するのは、突き刺すような静寂のみ。
「……どーしてあたしなんか庇ったのよ」
簡易椅子に腰掛けたまま、のリンディアは腕を伸ばす。アスターの手を握るために。
「ばっかみたい。他人のためにやられるなーんて、馬鹿のすることだわー」
リンディアの細い指と、アスターの脱力した指。それらが互いに絡み合う。気を失っているアスターは何も考えていないのだろうが、二人の指は、パズルのピースのようにぴったり合わさっている。
手と手が重なり、指と指が絡む。それでも、アスターは目覚めない。彼が意識を取り戻すことはない。
「……アスター」
らしくなく、切なげな表情を浮かべるリンディア。
室内に人はいない。ベッドに横たわっているアスターはいるが、彼は意識がないため、いないも同然だ。それゆえ、リンディアは今、一人なのである。
だからだろうか。
リンディアはいつになく弱々しい顔をしていた。
水晶のような透明感のある、水色の瞳。整った弧を描いている眉。聡明そうな薄めの唇。
それらはいつもと変わらない。何一つとして、変わっていない。顔の作り自体は、普段通りなのだ。
けれど、そこに浮かぶ色は、日頃と明らかに違っている。
強気で自信家、そしてどこか挑発的。
ことあるごとに刺激するようなことを発し、他人を怒らせることを楽しむ。
それがいつものリンディア。
しかし、今の彼女にはそういった雰囲気はない。
今の彼女は少女だった。
まだ若い、十五十六の娘のような顔をしている。
大切な者の身を案じ、不安の風に揺れる。そこには、リンディアらしい強気さは欠片も存在していない。
静寂の中、彼女はただアスターの手を取り続ける。
そっと握る。
それ以上でもそれ以下でもない。
アスターは寝返りをしたいようで、時折体を左右に動かす。だがリンディアは、そんな時でもアスターの手を離さなかった。
「……ねーアスター」
周囲を見渡し、近くに誰もいないことを確認してから、リンディアは切り出す。
「あたし……何なら、アンタの娘になってもいーのよ」
アスターは目を閉じている。
リンディアの言葉は、彼には聞こえていないだろう。
「実の親はどーせあんなやつだもの」
一人、口を動かす。
「アンタのこと、べつに、好きなわけじゃなーいわー。……けど、あんなやつに比べたら、アンタのほーがずーっといーわよ」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.143 )
- 日時: 2019/03/22 08:40
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nEqByxTs)
140話 意外な面を知ってしまった
お茶をしながらの父親の愚痴タイムは、長時間続いた。
開始当初私が思っていたよりもずっと長くて、内心驚いている。星王の苦労について、という話題で、これほど話が続くとは思ってもみなかったのだ。
そもそも、私は、父親がこんなにいろんな不満を抱いているとは想像していなかった。私は、これまでずっと、彼の明るい方の面しか見ることができていなかったのである。彼のことを「呑気で少々面倒な父親」としか思っていなかったことを、今、少しばかり後悔している。
「……と、こんなものでいいか? ベルンハルト」
「あぁ。色々聞かせてもらえて、参考になった。これだけ分かれば、少しはイーダ王女をサポートできそうだ」
散々愚痴を聞かされたにもかかわらず、ベルンハルトは穏やかな顔。鬱陶しがるどころか、父親に感謝しているような素振りを見せている。
「ベルンハルトォ! これからもイーダを頼むぞぅ!」
父親は安定の大声。
星王とはとても思えない振る舞いだ。威厳も風格も、彼には存在していない。
もっとも、捉え方次第ではそこが美点なのかもしれないけれど。
「あぁ。できる限りのサポートをする」
「おぉっ! はっきりとした答えだなぁっ!!」
「あくまで『できる限り』ではあるが」
「いい! いいんだ! 寄り添おうという心だけでも、人は救われるものなんだぁっ」
父親とベルンハルトがそんな風に話をしていた時、誰かが扉をノックした。
侍女か? あるいは、リンディアか?
私の頭でぱっと思いつける可能性は、それら二つくらいしかない。
「んん? 何だぁ?」
「確認してくるわ、父さん」
「危ないやつだったら逃げるんだぞぅ!」
「えぇ」
私は速やかに立ち上がると、扉に向かって真っ直ぐに歩いていく。ノックしたのが誰なのかを確認するためだ。そのまま暫し歩き、ゆっくりと扉を開けてみた。
「どーも」
扉の向こうにいたのは、リンディア。
どことなく軽さのある口調と、一つに束ねた赤い髪のおかげで、そこにいるのが彼女であるとすぐに判別できた。
「リンディア!」
「来ちゃった」
「体調は? もう歩けるの?」
訪ねてきたのが不審者であった時に備えて、扉を開けるのは少しだけにしていた。が、さすがにもう大丈夫だろう。目の前にいるのは、間違いなくリンディアなのだから。そう考え、扉を、人が通ることができるくらい大きく開けた。
すると彼女は、何事もなかったかのように、室内へ入ってくる。
「あたしはたいした怪我じゃないものー」
「意外と元気そうね」
赤い髪をさらりと揺らしながら、許可を取ることもせずに堂々と入ってくる。
その行動は、非常にリンディアらしいと感じた。
常識などには囚われず遠慮もしない。そういったところが普通の人とは少し違っていて、結果的に、彼女らしさを感じさせているのだろう。
「そーね。元気よ、元気。さっき、アスターのよーすを覗きに行ってきたわー」
「アスターさんの!? 面会は無理だったのではないの?」
ベルンハルトはまだ無理だと言っていた。それに、そのことはリンディアにも伝わっているはずだ。なのにリンディアは、「アスターのところへ行ってきた」というようなことを言う。謎、とにかく謎だ。アスターにはまだ会えないはずなのに。
「面会はまだ禁止だったわー」
「部屋の前まで行ったけど無理だったってこと?」
するとリンディアは、首を左右に振った。
「いーえ、そーじゃないわ。無理矢理入ってやったのよー」
……え。
無理矢理。そんなことができるの? アスターも今は怪我人だもの、見張りくらいいるはず。無理矢理入るなんて、見張りの者に止められなかったのかしら。
「無理矢理……?」
「そーよ! 見張りの女が不愉快だったから、強行突破してやったーってわけ!」
なんてこと。
リンディアらしいといえばリンディアらしい行動だが、少々やり過ぎな気がしてしまう。いや、もちろん、彼女がアスターに早く会いたい気持ちはとても分かるけれど。
「アスターは意識が戻っていたのか」
口を挟んでくるベルンハルト。
「いーえ。ありゃ駄目だわー」
「やはりまだ意識不明か」
「そ。そーんな感じねー。同じことを何回繰り返すつもりなのかしらねー」
リンディアは、その凛々しく整った顔に呆れの色を滲ませつつ、話す。
「二回もほぼ同じことをするなんてねー」
「前回は襲撃、今回はお前を庇って。ほぼ同じではないと思うが」
「うっさいわね! 黙ってなさーい!」
ベルンハルトの言っていることも、間違ってはいない。否、むしろ正しい。
しかし、ここで私がベルンハルトに同意すると、それはそれでまたややこしくなりそうである。
リンディアがやって来て二時間ほどが経過した頃、一人の侍女が私の部屋を訪ねてきた。
「はーい」
「お時間、少し構いませんか?」
「はーい!」
私はそっと扉を開ける。
扉の向こう側には、一人の女性が立っていた。
侍女のコスチュームを見にまとい、暗い茶髪をうなじで一つにまとめた、平凡な容姿の女性だ。
……平凡な容姿、なんて言ったら失礼かもしれないが。
「お話の最中に、失礼致します」
侍女と思われる平凡な容姿の女性は、軽く頭を下げつつ、いかにも定型な挨拶をする。
「何か用?」
「フィリーナという侍女はご存知でしょうか」
私はその問いに、短く「えぇ」とだけ返す。
というのも、フィリーナに関するどういった話なのかがまだ分からないからだ。どのような方向性の話なのかが不明である以上、まだ、あまり長文は述べられない。
「首を撃たれたとのお話でしたが、回復してきました」
それを聞き、私は思わず両の手のひらを合わせた。
「そう!」
嬉しかったのだ、フィリーナが回復してきたと聞いて。
「その彼女が、実は、王女様に会いたいと申しておりまして」
「そうなの?」
「はい。それをお伝えするべく、来させていただきました」
悪い話じゃなくて良かった、と、私は密かに安堵する。
フィリーナは悪人ではない。
襲撃者に荷担したこと、それ自体は問題だけれど、彼女にそんなことをさせたのはシュヴァルだ。
言うなれば、フィリーナもまた、被害者の一人。
弱みに付け込まれ、襲撃に協力せざるを得なかった。それを考えれば、彼女の罪はそんなに大きなものではないように感じる。
「父さん、ベルンハルト、リンディア」
私は三人がいる方へ視線を向ける。
「少し、フィリーナに会いに行ってくるわ」
すると彼らは、それぞれ発する。
「そうかぁ! 一応シュヴァルは出てこないだろぅが、気をつけてくれよぉーっ!」
「一人でか? それはさすがに無理があるだろう」
「ベルンハルト過保護過ぎなーい? たまには一人でーってのも、悪くはないと思うわよー」
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.144 )
- 日時: 2019/03/23 13:49
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nEqByxTs)
141話 フィリーナと会い
呼びに来てくれた侍女に案内してもらい、フィリーナに会いに行くことになった。
今回は向こうからコンタクトがあったわけだが、私としても、彼女にはもう一度会いたいと思っていた。会って、改めてきちんと話したいと考えていたのだ。それゆえ、このような機会が巡ってきたことは、私にとって幸運であった。
「ベルンハルト……やっぱり来るのね」
本当は一人でフィリーナに会いに行こうと思っていたのだが、結局ベルンハルトもついてきてしまった。
「もちろんだ。何が起こるか分からないからな」
「少し心配性過ぎない?」
「油断するなよ、イーダ王女。シュヴァルが自由の身でなくなったからといって、貴女を狙う者がいなくなるとは限らないのだから」
ベルンハルトは相変わらず落ち着いている。
淡々とした喋り方。揺れない表情。
シュヴァルが罪人として拘束された今でも、ベルンハルトはそれまでと変わっていない。
育った環境もあるのかもしれないが、彼は警戒心が強い。だから、シュヴァルがいなくなったからといってすぐに油断できるような心の持ち主ではないのだろう。
そう考えると……私はやはり、まだ少し甘いのかもしれない。
ここしばらく私を狙っていたのはシュヴァルだ。だが、星王の座を狙っている人間がシュヴァルだけだという証拠があるわけではない。今は特に誰も表には出ていないし、別段動いている様子もない。けれど、もしかしたら、また星王家の人間の命を狙う者が現れる可能性だって、ゼロではないのだ。
「そうね。気をつけるわ」
私は小さく返す。
周囲の者を進んで疑いたくはないが、ベルンハルトの言うことも間違いではない。そう思ったから。
「こちらです」
暗い茶髪をうなじで一つにまとめた侍女が案内してくれた先は、建物の端辺りにある狭い部屋。
いくつもある談話室のうちの一室だ。
「ありがとう」
「いえ。それでは、失礼します」
私とベルンハルトは、案内してくれた侍女と別れる。
「いきなり入っていいのかしら?」
「案内されたのだから、問題ないということなのだろう」
ベルンハルトは、私の疑問に、冷静に答えてくれた。
どっしりと構えている彼が言うのだから、間違いない。そんな風に思えたため、私の心の内にあった疑問とそれに付随する不安は、一瞬にして消え去った。
「そうね」
扉を二三回ノック。それからドアノブを握る。どうやら動きそうだったので、ゆっくりと扉を開けてみた。
低いテーブルを挟むようにして、一人用ソファが二つずつ置かれている、四人用の談話室。
そこには、フィリーナの姿があった。
「あ」
四つあるソファのうちの一つに座っていたフィリーナが、顔を上げ、こちらへ視線を向ける。
「……フィリーナ?」
「あ、は、はい」
念のため確認しておく。
すると、ソファに座っている彼女は、こくりと頷いた。
柔らかそうな、赤みを帯びた濃い茶色の髪。琥珀のような瞳。その二つの要素だけで、彼女がフィリーナであることは十分に分かる。侍女の制服を着ておらずとも、彼女のことは、その容姿だけで判別できるのだ。
「助かったみたいね、安心したわ。怪我はどんな感じ?」
「へ、平気ですぅ……」
「なら良かった。もしかしたら駄目かもなんて思ってしまって、ごめんなさいね」
「い、いえ! 心配していただけて……嬉しく思います」
私とフィリーナは、まず、そんなどうでもいいような会話をした。
それから、本題に入っていく。
「呼ばれて来たの。何か用があるの?」
談話室内へ足を進めつつ、私は彼女に質問した。
こちらからしたい話もあるが、先に会いたいという意思を示したのは向こう。それゆえ、彼女の話を優先するべきだと考えたのだ。
「は……はいっ……。実は」
体のラインの出ない真っ白なワンピースを身にまとった彼女は、怯えたような顔つきをしながら、弱々しく言った。
「分かったわ。実は私もお話したいことがあったのだけれど、フィリーナから先にどうぞ」
私はフィリーナの向かいの席に腰掛ける。
後ろから部屋に入ってきたベルンハルトは、静かに扉を閉めていた。
「え、い、いえっ。そちらから……」
「いいの。フィリーナが先に話してちょうだい」
すると彼女は、数秒困ったような顔をして。
「は、はい。分かりました……」
そんな風に言った。
無理矢理言わせるような形になってしまったことは、申し訳なく思う。だが、言いたいことをこちらから一方的に言うような形になってしまうとなおさら申し訳ない。だから、可能ならば、彼女から話してほしかったのだ。
「えと……その、すみませんでした」
フィリーナの口から出たのは、謝罪の言葉。
私は、すぐに何かを返すことはできなかった。予想外の言葉をかけられたからである。
「弱い心のせいで、王女様に迷惑を……すみません」
泣き出しそうな顔で謝るフィリーナ。
「待って、フィリーナ。そんな顔をしないでちょうだい」
弱々しい、泣き出しそうな顔をされると、こちらとしても良心が痛む。責めてしまっているような気分になって、苦しい。
「べつに謝らなくていいわ。悪いのはシュヴァルだもの」
「でも……」
「フィリーナの弱みに付け込んだシュヴァルが一番の悪だわ」
ベルンハルトは私のすぐ後ろに立ち、フィリーナをじっと睨んでいる。その目つきは妙に鋭い。
「ちょっと、ベルンハルト? 睨むのは止めて?」
「いや。無理だ」
「え? ちょ、どういうことよ」
「放っておくと何をするか分からない」
私は内心、はぁ、と溜め息を漏らす。
心配してもらえること自体は嬉しいことなのだが、こうも警戒心剥き出しの顔をされては、フィリーナときちんと語り合えないではないか。
「あ。ごめんなさいね、フィリーナ」
「い、いえ……」
「ベルンハルトは少し目つきが悪いけど、気にしなくていいわよ」
「は……はい」
冗談混じりに言ってみたつもりだったのだが、まったく笑ってもらえなかった。苦笑すらしてもらえないというのは、少々辛いところがある。
——が、そんなことを気にしている暇はない。
「で、フィリーナのお話はそれだけ?」
「はい。謝罪をさせていただこうと、そう思って……」
「分かったわ。ならもういいわね」
フィリーナはまだ怯えているみたいだ。
胸の前で両手を合わせ、肩をすくめて、小さくなっている。
「そ……それで、王女様のお話は……?」
「実はね、こちらも謝罪なのよ」
私が言うと、フィリーナの琥珀のような瞳が揺れる。
「えっ」
「フィリーナには謝るなと言っておいてなんだけど、謝罪してもいいかしら。貴女が許可してくれれば、前の無礼をきちんと謝りたいの」
フィリーナの罪は、彼女が自ら生み出したものではない。シュヴァルという元凶があって生み出されたもので、一種の悲劇とも言えよう。
しかし、私の罪はそうではない。
私が彼女にしてしまったことは、自分自身が生み出したものだ。
だからこそ、小さな過ちであっても、謝る必要がある。
理性を失い感情的になり、さほど罪のない人に当たり散らした。それは、非常に失礼なことだと思う。
そんなことを、私はしてしまったのである。
それゆえ、謝らないままというのは嫌なのだ。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.145 )
- 日時: 2019/03/23 13:50
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nEqByxTs)
142話 私は多分、恵まれている
私はフィリーナを見つめる。彼女のその、琥珀のブローチみたいな瞳を凝視する。
彼女はまだ、少し怯えているような顔をしていた。
それはまるで、肉食動物に狙われているかも、と密かに恐れる小動物のよう。眺めていると少し可哀想になってくるような顔である。
「謝っても、いい?」
「あ……謝っていただくようなことは、何もありませんよぅ……?」
「ベルンハルト絡みで色々と当たり散らしてしまったでしょう」
フィリーナは気づいていないのかもしれない。そう思い、こちらから言うことにした。その方が早いだろうなと感じたからだ。
「いきなりよく分からないことを聞いたり、急に感情的になったりして、不快な思いをさせてしまったでしょう」
すると、きょとんとした顔をするフィリーナ。
「ふぇ……?」
あんなことをされて、不快感を覚えないはずがない。なのにフィリーナは、よく分からない、というような顔をしている。一体どうなっているのだろう。
一番に思いつくのは、私に気を遣ってフィリーナが忘れたふりをしている、ということ。
しかし、フィリーナがそんな気の利かせ方をするだろうか?
「何のこと……でした?」
彼女は本来正直者だ。
シュヴァルの命がなくなった今、彼女が嘘をつくとは思えない。
「フィリーナが私の侍女になってくれてすぐの頃、ベルンハルトとのことについて色々聞いたわよね」
「はいぃ……。それは覚えていますぅ」
「一方的に深いところまで聞いてしまって、悪かったわね」
私が謝ると、フィリーナは首を傾げる。
「ふぇ? あ、あの……それのどこに問題が?」
彼女は本当に分かっていないのかもしれない。
少し、そんな風に思った。
「個人の好き嫌いに突っ込んだ質問をするなんて、問題でしょう」
「そ、そうですかぁ……?」
あぁ、もう。話がまともに進まない。
「それと、夜にベルンハルトと貴女が一緒にいた件の時!」
話がスムーズに進まない苛立ちからか、つい口調を強めてしまう。
「は、はいっ」
「事情も聞かずに怒鳴り散らして、ごめんなさい!」
「はっ、はいぃ! いえいえ、お気になさらな……って、違いました! あれはこちらが悪くて……す、すみませんっ!」
フィリーナはソファから立ち上がる。両手は腹部の前辺りで重ねている。何をしようとしているのかと不思議に思っていると、彼女は凄まじい勢いで頭を下げた。
「迷惑……かけてすみませんっ!」
彼女はそれからも、何度も頭を下げた。
首を痛めてしまわないか心配になったほどの凄まじい勢いで、彼女は頭を下げている。
「待って、フィリーナ。落ち着いて」
こんなことを続けられてしまうと、こちらの胸には罪悪感が募るばかり。
謝ってすっきりしようと考えていたのに、これでは完全に逆効果だ。
だから私は、彼女を制止することにした。
「もう謝らなくていいわ」
「ふ、ふぇぇ……」
彼女の手を取り、柔らかく握る。
「お願い、もう謝らないで」
「……ふぇ?」
「そうだ! フィリーナ、これからも一緒にいない?」
「ふ、ふえぇ? それは、その……何ですかぁ……?」
フィリーナは頭を下げ続けるのは止めてくれた。ただ、今度は、非常に戸惑っているような顔をしている。
「改めて……友人になりたいの。駄目かしら」
すると、フィリーナは急に涙ぐむ。ふぇぇ、などと漏らしながら、琥珀の瞳を震わせていた。
何かやらかしてしまっただろうか。またしても傷つけてしまったのだろうか。
そんな不安が込み上げてくる。
けれど、数秒後にはその不安は消え去った。
「ぴぇぇぇぇえぇぇぇ!!」
フィリーナが抱きついてきたからである。
「え、フィリーナ?」
「嬉しいぃぃ! 嬉しいですぅぅぅ!」
彼女は泣いていた。
でも、喜んでいるみたいにも見えて。
……少し謎ね。
「それは、友人になってくれるということ?」
「はい! もちろん!」
私の後ろに立っているベルンハルトは、呆れた顔をしていた。馬鹿者を見るような目で、私とフィリーナを見ている。
「決まりね! ……ということで、改めてよろしく」
「は、はいっ」
フィリーナと手を取り合う。
私たちの間には、もう、かつてのような暗雲はない。そして、嘘も存在しないだろう。
今度こそ、純粋に関わることができる——私はそう確信している。
談話室からの帰り道、ベルンハルトが淡々とした声で話しかけてきた。
「あんなことで良かったのか。イーダ王女」
ベルンハルトは「何とも言えない」とでも言いたげな顔をしている。もしかしたら、私とフィリーナの出した答えに納得できていないのかもしれない。
「フィリーナ。あの女は、貴女を一度裏切った。また裏切る可能性がないわけではない」
自室へ戻るべく歩きつつ、ベルンハルトはそんなことを述べた。
その凛々しい顔には、警戒心が滲み出ている。
「イーダ王女は甘過ぎる。一度裏切った女を友人にするなど、まったく理解できない」
「そうね。そうかもしれないわね。……ただ」
数秒空けて、私は続ける。
「警戒してばかりいるのって、少し辛くない?」
ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。
「そういうものなのか」
「私はそう思う、というだけのことだけれどね」
すると彼は、ふっ、と小さく笑みをこぼす。
「やはり甘いな、イーダ王女は」
彼は呆れているみたいだった。
厳しい世界で生まれ育ってきた彼から見れば、護られてばかりで育ってきた私は甘過ぎる人間なのだろう。
「そうよね。一応、分かってはいるわ。でも……貴方みたいに厳しくはなれないの」
ベルンハルトは、ふっ、と笑みをこぼす。
「だろうな」
「ちょ。さすがにそれは失礼じゃないかしら」
「悪い意味ではない」
次の瞬間、ベルンハルトは私の手を握ってきた。
「時には短所となるかもしれないが、そこは貴女の長所でもある」
「……ベルンハルト?」
私は彼の凛々しい双眸を見つめる。彼の瞳も、私の姿をじっと捉えていた。
「今は、そう思うよ」
それから、自室へ帰った。
私の自室には、その時まだ、父親とリンディアがいて。私は「フィリーナときちんと話すことができた」と二人に伝えた。すると、二人とも安堵したような穏やかな顔つきをしてくれたので、私はほっとした。そして、ほっとすると同時に、嬉しくもあった。
私の幸福を喜んでくれる人がいる。
その事実が、妙に温かくて。
少しむず痒さもあるけれど、純粋に嬉しかった。
そして、私は恵まれているのだと、改めて気がついた。
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