複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.61 )
日時: 2018/12/06 22:03
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)

58話 貴女の射撃、非効率的

 謎の爆発音から一分も経たないうちに、誰かが扉をノックしてきた。

 タイミングがタイミングだ、不審者の可能性もある。そのため、かなり警戒しながら、リンディアが扉を開ける。

「アスター!」

 どうやら、扉をノックしたのはアスターだったようだ。
 私は胸を撫で下ろす。

「何か異変はないかね?」
「異変? さっき爆発音が聞こえたくらいかしらねー。他はないわよー」
「そうか。なら良いのだがね」

 言いながら、アスターは客室内へと入ってくる。許可を得もせずに入ってくる辺り、相変わらずのマイペースさだ。

「実は先ほど、我々の部屋に少女がやって来たのだよ」
「少女って……あの時のー?」
「そう。リンディアと戦った、あの少女だよ」

 ——またしても。

 リンディアとアスターの会話に、不安が駆け巡る。

 せっかく無事逃れてここまで来たというのに、また襲われるなんて。そんなこと、少しも考えてみなかった。もっとも、よくよく考えてみれば、一旦退いた敵がまた襲ってくるということもあり得たのだが。

「まーだ追ってきてたってわけね。まったく、しつこい奴だわー」
「まさに」
「で? 彼女の相手はベルンハルトがしてるってわけ?」
「その通り」

 アスターは白髪頭を掻く動作をする。

「私は接近戦には長けていないのでね」
「逃げてこないで、ちょっとは協力してあげなさいよー」
「いや、それは無理なのだよ」

 リンディアは怪訝な顔で首を傾げる。

「イーダくんのところへ行くよう、命じられてしまったからね」
「ベルンハルトが命令したって言うのー? 怪しーわねー」

 アスターに疑いの目を向けるリンディア。

「信じてくれたまえ」
「怪しーわよー。また誰か悪い奴に雇われたんじゃないでしょーねー」
「まさか! そんなことはあり得ないよ!」

 アスターは、ははは、と呑気に笑った。

 それから数秒して、今度は真剣な顔になる。

「私は今や、身も心もイーダくんのものだからね」

 これまた奇妙な発言が飛び出してきたものだ。

「ちょ……。何言ってんのよ、アンタ。さすがにそれはキモくない?」
「ま、それは冗談だけどね」
「寒すぎる冗談は止めてちょーだい……」


 ——刹那。


「アスター邪魔!」

 リンディアが拳銃を抜いた。
 彼女はそこから、目にも留まらぬ速さで発砲する。

「どうしたの!?」
「話は待ってちょーだい!」

 数秒後、硝煙の香りが漂う中で、何かが床に落ちるのが見えた。

 いつもの見方では、はっきりとは捉えられない。しかし、目を凝らすと、それが長さ十センチほどの剣のようなものであることが分かった。いや、剣よりかは——クナイに近いだろうか。飛び道具と思われる物体である。

「……落とされて、しまいましたか」

 聞こえてきたのは、落ち着いた女性の声。

「何しに来たのかしら」
「イーダ王女の命、いただきに参りました」

 リンディアの視線の先——扉のところには、一人の女性が立っていた。

 灰色がかった水色をした髪は頭の右側で一つに束ねたサイドテール。その房の長さは、胸にかかるかかからないかくらい。髪は手入れの行き届いていて、さらりとしている。そして、真っ白な肌に、黄色みを帯びたガラス玉のような瞳。

 美しい女性だけに、敵なのが残念で仕方ない。

 女性は床を蹴り、こちらに向かってくる。ヒールのある靴なのにこれだけの勢いをつけられるとは、脚力が凄まじい。

「ご安心を。長引かせはしませんから」

 接近してくる彼女の手には、小さな武器——クナイのようなものが、何本も握られている。

「来ないで!」
「それはできません」

 ほんの数秒のうちに、女性は、二三メートルのところまで距離を縮めてきた。が、女性と私の間には、赤い拳銃を構えたリンディアがいる。

「あっさりいくと思ったらおー間違いよー」

 リンディアは拳銃の引き金を引く。

 緑色の光が放たれた。

 しかし、女性はその光をすべてかわした。それも、当たりそうだが当たらない、というところで。そんなギリギリな動きをしながらも、彼女の顔にはまだ余裕の色が浮かんでいる。

「遅いですよ。貴女の射撃は、極めて非効率的です」
「あら、言ってくれるじゃなーい」
「人生には限りがあります」

 言いながら、女性は、片手に持った四本のクナイを投げつけてくる。

「そーね!」

 リンディアは素早く拳銃を連射し、クナイを落とす。そして、唯一落とせなかった一本は足で払った。

 私はほんの一瞬安心した。

 が、ほっとしたのも束の間。次は女性本体が攻めてくる。リンディアに狙いを定める女性の手には、いつの間にか、短刀が握られている。

「ふっ!」

 女性はリンディアに向けて短刀を振る。リンディアは手に持っていた拳銃で短刀の刃を防ぐ。

「くっ……」

 急襲したにもかかわらず止められた女性は顔をしかめた——その直後。

「ほいっ!」

 ガンッ、と痛々しい音が響いた。何事かと思い、音がした方へ目を向ける。アスターが、客室内に置かれていたランプで、女性の後頭部を殴っていたのだった。

 ランプでもろに殴られた女性は、そのまま床にドサリと倒れ込む。

「女は一撃だね」

 倒れた女性を見下しながら、自慢げな顔をするアスター。

 リンディアは何事もなかったかのように「ナーイス」なんて言っている。が、私からしてみれば、ランプで人を殴るなど、驚き以外の何物でもない。しかも気絶するほど殴るなんて、信じられない光景だった。

「これでもー安心よ、王女様」
「……あっ。え、えぇ。ありがとう」

 ランプで殴るところを見てしまった衝撃でぼんやりしてしまっていたが、リンディアの言葉によって正気を取り戻した。

「もう大丈夫なの?」

 私がそう問うと、リンディアとアスターが同時に答える。

「そーね。もー大丈夫よー」
「さすがにもう動けないだろうね」

 素早く返してくれるのは嬉しい。

 しかし、やはり、アスターがランプで殴ったということに対する衝撃が消えない。


 その時。
 ガタン、と扉が勝手に開いた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.62 )
日時: 2018/12/08 17:56
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qRt8qnz/)

59話 甘いもの命

 勝手に扉が開いた。

 またしても敵か!? と不安の波に襲いかかられる。が、その不安は、一瞬にして消えた。
 ベルンハルトの姿が視界に入ったからである。

 しかし、それから数秒して、彼の顔色がおかしいことに気づく。無表情であることは珍しいことではないが、顔つきがいつもの彼のそれとは少し違っているのだ。

「ベルンハルト!」

 すぐに彼へ駆け寄る。
 どことなく体調が悪そうな彼を、放ってはおけなかったから。

「顔色が悪いわ。どうしたの?」
「……気にするな」

 声をかけてみたが、ベルンハルトは小さく返しただけだった。

「あの女の子にまた襲われたのでしょう? 怪我はない?」

 すると、ベルンハルトは黙った。気まずそうな顔をしている。

「ベルンハルト?」
「……少しだけ」
「少しだけ、って……どういう意味?」

 そこへアスターが口を挟んでくる。

「少しだけ負傷した、ということかね?」

 彼は言いながら、ベルンハルトの方へ歩み寄っていく。

「ふむ。なるほど。確かに負傷しているね」

 アスターの視線はベルンハルトの背中へと注がれていた。
 何だろう? と思い、私もベルンハルトの背中へ目を向ける。すると、彼の背中に大きな傷があることが分かった。

「ベルンハルト! これは何!?」

 服が破れ、身も抉れている——そんな光景を見て、私は思わず声を発してしまった。

「怪我してるじゃない! それも、結構酷いわ!」
「……たいした怪我ではない」
「何を言っているの。とても軽傷には見えないわよ。早く手当てしなくちゃ」

 だが、ベルンハルトは首を左右に動かす。

「たいした怪我ではない」

 こんなところで頑固さを発揮するのは止めていただきたい。

「貴女は他人の心配より自分の心配をするべきだ」

 ——イラッ。

 私は、日々穏やかに過ごすよう心がけているつもりだ。
 だがしかし、こればかりは苛立ちを覚えてしまった。

「そういう話じゃないの!」

 自然と口調を強めてしまう。

「手当てしなくちゃ駄目でしょ!」

 またしても強く言ってしまった。だが仕方ないではないか、ベルンハルトが状況を分かっていないようなことを言うのだから。

 とはいえ、いきなりこんな風に強く出たら、少し引かれてしまったかもしれない。そう思い、近くにいるアスターを一瞥する。すると、彼は口を開いた。

「お、おぉ……。イーダくん、君はなかなか……気が強いのだね」

 アスターは引いたような顔をしていた。

 そこへ、リンディアが口を挟んでくる。

「ま、手当てしなきゃならないことは確かよねー」
「やっぱりそうよね?」
「傷を放置するのは感心しないわー」

 良かった。彼女は私が言おうとしていることを理解してくれそうだ。私がおかしいのではない、と分かり、自信が持てた。

「爆発音がしたわけだし、まー放っておいても人は来るでしょーけど? 取り敢えずフロントに電話かけましょーか」
「賢明な判断だね、リンディア。さすがは私の弟子だけある」
「アンタに言ってるんじゃないのよねー」
「そうかね。それは実に残念だ」

 リンディアは、客室内に設置されている電話の方へと、流れるように歩いていく。一つに束ねた赤い髪が、ふわりと宙を舞っていた。

「その……さっきはきつく言ってしまってごめんなさい。でもね、ベルンハルト。私は貴方に、無理をしてほしくないのよ」

 利口なリンディアがフロントに電話をかけている間、私はベルンハルトに話しかける。

「無理などしていない」
「本当に?」
「僕は嘘はつかない」
「……そうね。疑って悪かったわね」

 ベルンハルトはパッと嘘をつけるほど器用な人間ではない。それは十分理解している。

「一旦座るといいわ。立っていると辛いでしょう?」
「辛くなどない」
「もう! またそうやって強がる!」
「……すまない」

 それから私は、負傷しているベルンハルトを、室内のソファへ座らせた。強がってばかりいた彼だが、ソファに座った時には、少しホッとした顔をしていた。


 それからしばらくは、騒々しかった。

 小規模とはいえ爆発が起きたのだ、騒ぎになるのも無理はない。爆発が起きた原因を調査する者、周囲の客室に影響がないか確認する者などが、あっちへこっちへ、バタバタと行き来していた。

 アスターのランプによる打撃で沈んだ女性は、アスターが星王へ直接引き渡した。
 その時彼は、「シュヴァルには渡さないように」と言っていたのだが、その理由はよく分からない。


 その後、私は、一階にある喫茶店へ移動。

 ベルンハルトは傷の手当てがあるため抜けた。それによって、今は、リンディアとアスターと私という妙な三人での行動だ。

 私はストレートのアイスティー。リンディアはホットコーヒー。そして、アスターはこのホテル名物のマアイパフェ。

 一人一品、それぞれ注文した。

「アスターさんは本当に甘いものが好きなのね」
「うむ、その通り。甘いものがあれば、他には何も要らない」

 パフェを注文することができたアスターは、幸せそうな顔をしている。注文した、という事実だけでも嬉しいのだろう。

「そんなに好きなのね」
「本来、一番好きなものは綿菓子なのだよ。しかし、それ以外は駄目というわけではない。甘くて美味しければ、大体のものは食べられる」

 アスターが幸せそうな目つきで話していると、リンディアが口を挟んでくる。

「肥えるわよー」

 確かに、糖分の摂りすぎは体に良くないかもしれない……。

「いきなり失礼だね、リンディア。私とて馬鹿ではないよ。ちゃんと考えて食べているとも」
「けどアンタのご飯、大体甘いものじゃなーい?」
「そんなことはない。バランスのとれた食事だよ」
「嘘ねー。綿菓子だけで済ますところ、何度も見たわよー」
「……う」

 リンディアの発言に、アスターは言葉を詰まらせていた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.63 )
日時: 2018/12/08 17:57
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qRt8qnz/)

60話 告白

 待つことしばらく。注文した品が運ばれてきた。

 私のアイスストレートティーとリンディアのホットコーヒーが普通なのに対し、アスターが注文したパフェだけは非常に大きい。高さのある器に入っている上、果物やらプチケーキやらが山盛りになっているという、驚きの状態だ。

 しかし、当のアスターはあまり驚いていない。驚くどころか、むしろ嬉しそうである。

「すっごいのが来たわねー」

 巨大なパフェを目にしたリンディアは、呆れ笑いしながら、そんなことを言っていた。同感だ。

「ワクワクしてきた……!」

 しかし、当のアスターは呑気に目を輝かせている。
 彼にとっては、周囲の人の反応などどうでもいいことなのかもしれない。目の前にパフェがある。視界の中に甘いものがある。その事実だけが重要なのだろう。

「さすがに多すぎじゃなーい?」
「こんなに美味しそうだと、食べるのが楽しみすぎて動悸が」
「ちょ、動悸て……」
「ではいただくとしようかね。いただきます!」
「会話成り立たなすぎでしょ!?」

 アスターはとにかくマイペースだ。リンディアの発言に対する返答より、自分の言いたいことを優先している。とても大人とは思えない振る舞いだ。

「イーダくんは飲まないのかね? せっかくの紅茶だよ、楽しみたまえ」

 しかも、あんなことがあった後だということを忘れてしまったかのような顔をしている。これはもはや、「呑気」を通り越して「奇妙」の域である。

「え、えぇ。そうね。いただくことにするわ」

 シロップを混ぜ、アイスティーを口に含む。茶葉の香りとほどよい甘みが絶妙だった。


「そういえば、アスターさん」

 しばらくして、ふと思いついたことを尋ねてみることにした。

「何かね?」
「さっき父さんに、『シュヴァルには渡さないように』って言っていたわよね。あれはどうして?」

 するとアスターは目をぱちぱちさせる。

「そんなことを言っていたかね? 私は」

 本当に無意識だったのだろうか。それとも、惚けているだけなのだろうか。
 そこのところがよく分からない。

 ただ、私は確かにアスターのあの言葉を聞いた。それだけは間違いないことだ。

「そーいえば、そーんなこと言ってたわねー」
「リンディアまで! そんなことを言った覚えはないのだが……」

 どうやら、リンディアもあの発言を聞いていたようだ。それが分かり、私はホッとした。
 私の勘違いでなくて良かった。

「とぼけてんじゃないわよー」

 リンディアにそう言われたアスターは黙る。

「アンタも今は従者でしょー? 王女様に隠し事をするなんて、論外よー」

 暫し、沈黙。

 それから十秒ほど経って、アスターはようやく口を開く。

「……確かに、それもそうかもしれない。仕方ないね。話すとしようか」
「よーやく口を割る気になったのねー?」
「リンディア、止めてくれたまえ。その言い方はあまり嬉しくないよ」

 アスターは、パフェの器の底に残っていたクリームをスプーンですくい、口に含む。これで完食だ。彼は大きなパフェを、少しの苦もなく食べ終えた。

「何を話してくれるの?」

 パフェを食べ終えたアスターに、改めて尋ねた。
 すると彼は静かに返してくる。

「君の命を狙う者について、なんていう話題はどうかな」
「そんな話題!?」

 予想外だったので、思わず大きな声を出してしまった。

「君が先ほど問っていた『シュヴァルには渡さないように』の答えが分かるよ」
「あ、そうなのね」

 もはや悪い予感しかしないのだが……。

「では」

 こんな場面でも、アスターの表情には柔らかさがある。

「イーダくん——君の命を狙っているのは、シュヴァルなのだよ」

 アスターの「シュヴァルには渡さないように」という発言を聞いた時から、薄々感じてはいた。シュヴァルに何かがあるのではないか、と。

 だから、本来それほどショックを受けるようなことではないはずなのだ。

「……本当、に?」

 けれど、やはりショックだった。

 シュヴァルは長年父親の傍で働いていた人間だ。私は彼をあまり好きではなかったが、父親は彼を信頼していた。そして、今も彼を疑ってはいないだろう。

 そんなシュヴァルが、私を狙っていたなんて。
 彼が悲劇の根源だったなんて。

 ——できれば信じたくはない。

「もちろん。まぎれもない事実だとも。なんせ、かつて私に君の殺害を命じたのは、シュヴァルだったからね」

 冗談であってほしいと思った。ちょっとしたブラックなネタであってほしい、と。

 だが、アスターの目つきには真剣さがあった。
 今の彼の目は、どう考えても、冗談を言っている人間の目ではない。

「本当……なのね」
「その通りだとも。私は他人からよく変わっていると言われるが、主を困らせるような嘘をついたりはしないよ」


 その時。

「何よそれ!」

 リンディアが叫んだ。
 周囲の客が驚いてこちらを見たほどの、大声だった。

「どーいうこと!?」
「落ち着いてくれたまえ」
「は!? こんなこと聞かされて、黙ってられるわけがないでしょ!!」

 リンディアはいつになく取り乱している。

「あたしの父親が王女様を狙ってる張本人だって言うのー!?」

 取り乱しているリンディアの片腕を、アスターは強く掴んだ。日頃の彼からは想像できないような、豪快な掴み方である。

「リンディア。騒ぐと周囲に迷惑になるよ」
「どーしてそんな大事なことを黙ってたのよ!」

 彼女の口から発される声は鋭いものだった。

 だが、そうなるのも無理はない。突然こんな重大なことを打ち明けられたのだから、冷静でいられない方が普通だろう。

 事実、私も冷静でいることはできていない。

「それはすまないと思っているよ。だが、私は元々、以前の依頼人について口外することはしない主義でね」
「今回はそーいう問題じゃないでしょ!?」
「そう。想像以上に酷いことになってきたから、こうして話すことに決めたのだよ」

 しかし、アスターを責めても何も変わらない。彼を責めることに価値などない。

 今は「打ち明けてくれてありがとう」と感謝する方が良いのかもしれない、と思ったりもする。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.64 )
日時: 2018/12/09 15:08
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)

61話 デートのお誘い……なわけがないでしょう

 シュヴァルこそが悪。
 シュヴァルがすべての元凶。

 アスターはそう仄めかすようなことを言った。

 私は何となく分からないでもなかった。もちろん驚きはしたけれど。ただ、「そういうことがあってもおかしくはないかな」と思うことはできた。

 だが、リンディアは違った。
 彼女にとってシュヴァルは父親だ。つまり、彼女にとって今の状況は、「父親が反逆者」と言われているようなものなのである。

「アスター! ちょーしに乗ってんじゃないわよ!」
「調子に乗ってなどいないよ、リンディア。私はただ、事実を述べただけのこと」
「あいつは確かに生意気な人間よ!? けど、さすがに、星王様を裏切ったりはしないでしょー!」

 アスターは冷静に対応し続ける。

 しかし、リンディアの怒りは一向に収まらない。リンディアの激しい声が、喫茶店内に響き続けている。

 彼女の気持ちは分からないでもない。が、このままでは周囲に迷惑がかかるばかりだ。だから私は、勇気を出して、彼女を制止することに決めた。

「一旦止まって、リンディア。騒ぐだけでは何にもならないわ」
「王女様はこんなジジイの言葉を鵜呑みにするっていうのー!?」

 鋭い声を浴び、一瞬怯む。
 しかし、「ここで逃げては駄目」と自分を鼓舞して、言葉を返す。

「いいえ。そうじゃないわ」

 私は王女。彼女は従者。
 こういう時こそ、その地位を活かさなくては。

「鵜呑みにするわけではないけれど、可能性を考慮することは必要だと思うの」
「リンディアは罪人の娘だーって、そう思っているんじゃないのー?」
「違う。それは断じて違うわ」

 今までの私なら、彼女に気圧されて何も言えなくなっていたことだろう。だが、今は違う。今は、はっきりと言葉を述べることができる。

「まずは父さんに話してみるわ。それから、シュヴァルに反逆の意思があるのか調べる。それで良いでしょう?」
「妥当だ。もっとも……彼は真実を語りはしないだろうがね」
「それはそうでしょうね。そこは何とか考えるしかないわ」
「うむ。後のことは皆で考えるとしよう」

 アスターは納得してくれたようだ。

 私はそれから、再び、リンディアへ視線を向ける。
 彼女は唇を真一文字に結んでいた。

「それでいい?」
「……そーね。そーいうことははっきりさせた方がいーわ」
「ありがとう、リンディア」

 リンディアには少し申し訳ない気もするが、私が狙われなくて済むようになる可能性が少しでもあるなら、確かめてみなくてはならない。

 すべては平穏を手にするためだ。

「ベルンハルトにも後で言っておかなくちゃね」


 私はその後、父親と合流。だが、すぐに話すことはできなかった。というのも、近くにシュヴァル本人がいたからである。

「イーダぁ!! またしても狙われたのかよぉぉぉ!!」
「え、えぇ……」
「従者、まったく役に立っていないじゃないかぁぁぁ!」

 父親は相変わらず騒々しい。星一つを治める星王だとはとても思えぬ振る舞いだ。

「違うのよ、父さん。悪いのは従者のみんなではないの」
「え。そうなのかぁ?」
「そうよ。みんな働いてくれているわ」
「ならいいんだがなぁ……」

 父親は何やら不安げな表情を浮かべている。
 少し失礼かもしれないが、「こんな人でも不安になったりするのか」と思ったりした。

「心配なさることはありませんよ、星王様」

 シュヴァルは鋭い。
 父親の表情が曇ったことをすぐに察し、口を動かした。

「三人も従者がいれば、そう易々とやられはしません。王女様が命を奪われるようなことが起きる可能性は、かなり低いかと」
「けど、イーダは怪我したんだぞ?」
「あれは急襲でしたから……」

 父親とシュヴァルの会話を聞いて、私は、足を怪我していたことを思い出した。さほど痛まないため、すっかり忘れてしまっていた。

「しかし、従者が傍にいたからこそ、軽傷で済んだのです」
「まぁそうかもしれないが……」
「それに、先ほどの襲撃では王女様はご無事でしたでしょう? それは、従者がいたからこそ、です」
「確かに、そうかもしれないなぁ」

 父親は納得したようだ、話が一旦途切れた。
 そのタイミングを逃さず、私は口を開く。

「ねぇ、父さん」
「何だぁ?」
「後で少し、二人きりで話さない?」
「デートのお誘いかぁっ!?」

 父親は急に叫ぶ。
 こちらまで恥ずかしい。

「いいえ。ただ、少し話したいことがあるの」
「またお願いか何かかぁっ!?」
「えっと……どちらかというと、相談、という感じね」
「もちろん! いいぞぉーっ!」

 父親の妙なテンションには、若干、恐怖すら覚える。だが彼に悪意はない。それは確かだ。なので、わざわざ注意することもないだろう。

「相談なら、シュヴァルも一緒にってのはどうだ? シュヴァルがいてくれれば、より正確な答えが出るか——」
「二人で話したいの」
「えっ?」
「シュヴァルはいなくていいわ。私と父さん、二人きりで話したいことなのよ」

 すると、父親は頬を赤らめる。

「そ、そんなぁ……イーダ……さすがに照れるぞぉぉぉ……」
「そういうのは要らないから!」
「……ごめん」

 父親は子どものようにしゅんとした。肩を落とし、身を縮めている。またしても大人とは思えぬ振る舞いだ——が、害はないため突っ込まないでおくことにした。

「よし。イーダがそう言うなら、二人で話そう」
「ありがとう!」

 ようやく話がまとまった。

「じゃ、シュヴァル」
「部屋をご用意致しましょうか」
「よく分かっているな! さすがはシュヴァル!」
「……長い付き合いですから」

 やはり、父親はシュヴァルを信頼しきっている。
 長く仕えてくれているシュヴァルが……なんて、彼は微塵も考えていないだろう。

 ——私が話したくらいで信じてくれるだろうか。

 不安だ。もはや、不安しかない。

 だが、それでも話さなくてはならないのだ。
 私が決めたことだから。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.65 )
日時: 2018/12/09 15:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)

62話 沈黙から展開

 あれから数十分、ようやく父親と二人になれた。

「それでイーダ、二人きりで話したい話って何だぁ?」
「少し、驚かせてしまうかもしれない話なの」
「おぉ!? サプライズか何かかぁーっ?」

 私と父親がいるのは、一人用ソファ二つとテーブル一個があるだけの、狭く殺風景な部屋だ。

 急に頼んだため、この狭い部屋しか空いていなかったのだと思われる。すぐ近くに壁があるためかなりの圧迫感だが、文句を言うわけにはいかない。前もってではなく急に頼んだのだから、一室貸してもらえただけで幸運なのである。

「違うわ。サプライズなんかじゃない……」
「えぇ? そうなのかぁ? 残念だぁぁー!」
「……騒がないでくれるかしら」
「お、おぉっ! すまん!」

 シュヴァルが私の命を狙っているかもしれない——そんなことを言ったら、父親はどんな顔をするだろう。
 そして、どんな風に思うだろうか。

 その答えは、実際に言ってみないことには分からない。が、すぐに「そうなんだ」と受け入れてもらえる可能性は、かなり低いと見て間違いないだろう。

 シュヴァルとさほど仲良くないリンディアでもあの反応だったのだから。

「実はね——」

 まともに聞いてもらえないかもしれない。けれど、もう引くことはできない。言うしかないのだ。

「私を狙っていたのは、シュヴァル……かもしれないの」

 そう言い放った後、私はしばらく、父親の顔を見ることができなかった。どんな顔をされるか、怖かったのだ。

「シュヴァルから私を殺害するよう頼まれていた、って……アスターさんが」

 宇宙へ放り出されたかのような、沈黙。

「シュヴァルはずっと父さんに仕えてくれている人だもの、彼を疑ってみたことはなかった。もちろん、疑いたくもないわ。けれど、べつに追い詰められているわけでもないアスターさんが嘘をつくとも思えなくて」

 私は話す。込み上げる不安を掻き消すように、口を動かす。
 しかし、父親から返事はない。

「父さん。一度確認してみた方がいいと思うの。シュヴァルが白か黒か、はっきりさせるべきだわ」

 直後、父親は突然、カッと目を見開いた。

「シュヴァルは白だろ」

 父親はそう言った。微かな迷いもない、はっきりとした声で。

「……そう?」
「何を言い出すんだ、イーダ。あいつが裏切るわけがないだろぉ」

 私だって、そうであってほしいわよ。

「なら……アスターさんが嘘をついているということなのね」
「よく考えてみろよぉ! シュヴァルはもう数十年一緒にいるんだぞぉ。その中で、あいつが裏切るような素振りを見せたことは一度もなーいっ!」

 やはり、父親はシュヴァルを完全に信頼している。
 想定の範囲内ではあるが——これはなかなか厄介そうだ。

「長年忠実に仕えてくれているシュヴァルと、一度はイーダを拐ったりしたアスターだぞぉ!? どっちが間違っているかなんて、明白だろぅ!!」
「そうかもしれない……けれど、アスターさんが嘘をついているという証拠はないわ」
「シュヴァルが反逆者である証拠もないだろぅ!」

 父親はそう言ってから、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。

 そして、私の体をそっと抱く。

「イーダは疲れているんだぁ。だから、そんな冗談を真に受けてしまう」
「……父さん?」
「これだけ色々あったら、そりゃあ疲れもするよなぁ」

 わけが分からない。
 彼は、私がおかしくなっているとでも思っているのか。

「無理しちゃ駄目だぞぉ? イーダ。辛い時はゆっくり休む方がいいんだぁ」
「待って、父さん。そういう話をしているわけじゃないのよ」

 何とか上手く伝えようとするのだが、父親は一向に聞く耳を持ってくれない。

「本当に私が言いたいのは……」

 父親は、私の言葉を聞くことはせず、ますます距離を縮めてくる。顔と顔の距離が、三十センチも離れていないくらいまで近づく。

「アスター、あいつは駄目だなぁ」

 耳元でそう囁いた父親の声の冷たさに、私は思わず身震いした。

「可愛いイーダに悪いことを吹き込むやつは、悪いやつだぞぉ」
「父さん……?」

 いつもと雰囲気の違う父親。不気味に思わざるを得ない。

 しかし、数秒後にはいつもの彼の顔つきに戻っていた。

「よし、決めた!」
「何を?」
「あいつを牢にぶち込む!」

 父親は溌剌とした表情で発する。

「アスターはやっぱり罪人だぁ!」
「えええ!?」

 思わず叫んでしまった。

「ちょ、ちょっと待って! 父さん、それは変よ!」
「もう決めたんだぁーっ!」
「お願い! それは止めてちょうだい!」

 アスターを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

「やっぱりシュヴァルの言った通りだったぁ!」
「待って。お願いだから待って」
「アスターには気をつけておいた方がいいって、シュヴァルが言っていたんだよぉーっ!」

 シュヴァルは父親にそんなことを言っていたようだ。

 ——ということはやはり、アスターの言ったことは事実なのではないか?

 個人的には、そう感じてしまうのだが。

「そんな! 父さん、アスターは悪くないのよ!」
「取り敢えずシュヴァルに相談してみるぅ!」

 父親はそんなことを言いながらスタスタ歩いていく。走ってはいないのだが、結構なスピードだ。

「待って——」

 私はそんな父親の背を追う。

 しかし、追いつくことは叶わなかった。


 部屋を出てすぐのところに、シュヴァルはいた。
 私たちの話が終わるのを待っていたのだろう。

「もう終わられたのですか?」

 退屈そうな顔つきで立っていたシュヴァルは、父親の姿を目にするや否や、素早く声をかけた。

「あぁ、終わった」
「そうでしたか。お疲れ様です」
「少し、シュヴァルに相談したいことがあるのだが……今でも大丈夫かぁ?」
「はい。もちろんです」

 ——う。
 やはりシュヴァルに言うつもりなのか、父親は。

 それだけは勘弁してほしいのだが。

「アスターが『シュヴァルから私を殺害するよう頼まれていた』と言っているらしいんだ」
「そんなことを?」

 シュヴァルの眉がぴくりと動いた。

「彼はこのシュヴァルに罪を押し付けるつもりなのでしょうかね……?」
「イーダにおかしなことを吹き込もうとしているみたいだ」

 父親がそう述べると、シュヴァルはふっと笑みをこぼす。

「なるほど」

 まさか、このタイミングで笑みをこぼせるとは。

「王女様に間違った知識を教えるような者は、従者に相応しくありませんね」
「だろぅ? イーダは可愛くて素直だから、すっかり信じ込んでしまっているんだ」
「……それは非常に困ったことです」

 シュヴァルは静かに言いながら目を細める。

「では、このシュヴァルが対応しておきましょう」
「牢にぶち込むんだ!」

 父親は声を大きくする。
 それに対してシュヴァルは、少しばかり呆れたような顔で返す。

「……それはさすがにやりすぎでは」

 こればかりは同意。

「そうか? なら、どうするのがいいんだ?」
「このシュヴァルにお任せ下さい。嘘つきには、然るべき罰を与えます」

 私は何度も口を挟もうと試みた。しかし、父親とシュヴァルの会話は、その隙をまったく与えてくれない。

「牢にぶち込むだけがすべてではありませんから」
「おぉ……そうか。そうだな」
「任せていただけますか?」
「この件に関する対応は、シュヴァルに一任する!」
「承知しました」

 これは……やらかしてしまったかもしれない。

 最悪、なんて言葉は極力使いたくはない。
 が、こればかりは最悪の事態にもなりかねない展開だ。


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