複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.21 )
日時: 2018/10/30 22:55
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

20話 葬儀、そして食事会

「リンディアって、銃の扱いが得意なのよね? 誰かに習ったの?」

 ヘレナの葬儀へ向かう途中、リンディアと二人だったので、ずっと黙っているのもどうかと思い、話を振ってみた。

「そーよ」
「師匠的な人がいるの?」
「えぇ」

 行き先は第二ホール。
 いつも私が暮らしているこの建物とは、二階から渡り廊下で繋がっている。

「その……どんな人?」

 あまり色々聞くと、詮索していると勘違いされるかもしれない。だから、気になることすべてを尋ねることはできない。が、少しくらいなら尋ねても問題ないだろう。

 それに、これから共に過ごすであろう人のことだ。少しは知っておかなくては。

「馬鹿なジジイよ」

 リンディアははっきりとそう答えた。
 予想外の答えに、私は、まともな言葉を返すことができなかった。

「え……」
「以上でも以下でもないわー。あたしの師匠は、馬鹿なジジイだったの」
「は、はぁ……」

 何と返せと。

「狙撃手のねー」
「狙撃手?」
「そ。馬鹿だけど、腕だけはいいのよー。ま、馬鹿だけどね」

 自分の師匠をそんなに馬鹿馬鹿と言うこともないと思うのだが。
 そんなことを思いながら、私は歩いた。


 第二ホールへは、あっという間に着いた。

 渡り廊下を渡り終えたところが、第二ホールが入っている建物の、一階ロビーになっている。そこにある扉から、第二ホール内へ入るのだ。

 第二ホールは、私が思っていたより、ずっと立派だった。
 天井は高く、二階席や三階席まであり、コンサートでもできそうな感じのホールだ。

 こんな立派なところでヘレナを見送ることができるというのは、とても嬉しいことである。

「結構綺麗なところねー」
「素敵なところ。リンディアは……初めて?」
「そーよ。あたし、そもそもこの辺で暮らしてなかったから」
「良かった。実は、私も初めてなの」

 自分だけが初めてではなかったことに、私は安堵した。リンディアも初めて来たというのなら、安心だ。

 その後、第二ホール内にて、ヘレナの葬儀が執り行われたのだった。


 一時間後。
 しめやかに執り行われた葬儀は終了し、ホールの外で食事会の開始を待つ。

「何もなかったか」
「えぇ! 大丈夫だったわ、ベルンハルト」
「それなら良かった」

 私たちは、葬儀には参加しなかったベルンハルトと合流した。

 彼は黒いスーツ姿。漆黒のジャケットとネクタイのせいか、いつもより引き締まって見える。
 もちろん、日頃は情けなく見える、というわけではない。ただ、黒いスーツ姿だと、より一層凛々しく感じられるのである。

「服、似合っているわ」

 黒スーツを着てかっこよくなったベルンハルトに、私はそう声をかけた。
 すると彼は、眉を寄せる。

「そうか? ……少し違和感がある」
「いつもとは違うものね」
「動きにくい」

 ベルンハルトはスーツを気に入ってはいないようだ。

「スーツだもの、動きづらいでしょうね。仕方ないわ」
「不便だ」
「けれど、凄くかっこいいわよ」
「実用性に欠ける」

 私が肯定的な言葉をかけても、彼は不満を漏らすばかり。どうやら彼は、スーツの動きづらさに、かなりの不満を抱いているようだ。

「まったく、文句が多いわねー」
「お前は黙っていろ」
「はいはい。黙ってるわよ」

 そんな話をしながら、壁にかけられた時計へ目をやる。時計の針は、食事会の開始時間の、十分前を示していた。扉の隙間からホールの中を覗くと、だいぶ準備が進んでいることが分かる。

「食事会、楽しみねー」
「…………」
「ちょっと、イーダ王女。いきなり黙ってどうしたのー?」
「あ。ごめんなさい。ついぼんやり……」

 扉の隙間からホール内の様子を窺うことに、夢中になりすぎていた。

「しっかりしてちょーだいよ?」

 リンディアは呆れたような顔で言ってくる。

「そんな様子じゃ、また暗殺を企まれるわよー」
「縁起でもないことを言うな」
「アンタは関係なーい」

 彼女の言うことは正しい、と私は思った。

 こんな風にぼんやりしていてはいけない。
 恐らく何も起こりはしないだろうが——いつ何が起きるか分からないのだから。


 数分後、一階ロビーから第二ホールへ続く扉が、再度開かれた。いよいよ食事会が始まるのだ。私は周囲に警戒しつつも、食事会を楽しむことに決めた。


「オ・ウ・ジョ・サ・マ!」

 唐突に声をかけられ、振り向く。するとそこには、低身長で痩身の男性がいた。見覚えのない顔だ。

「えっと……失礼ですが、どちら様でしたっけ」
「お話するのは初めてよねーん! アタシ、クネル・ジョシーっていうの。よろしくーん!」

 妙なテンションの男性だ。
 くねくねした動きをしていて、名前がクネル。奇妙だが、覚えやすいところは良い。

「オウジョサマ、元気そうで安心したわぁーん」
「あ、ありがとうございます」

 クネル自身に非があるわけではないが、どうも親しみを持てない。その奇妙な言動を、不気味だと感じてしまうのだ。

 隣にいるベルンハルトを一瞥すると、彼も、訝しむような顔つきをしていた。

「オウジョサマは少食なのーん? それとも、遠慮して? 良ければ、アタシが取ってくるわよん」

 クネルはなぜか積極的に関わってくる。

「い、いえ……結構です。お気遣いありがとうございます」
「あらぁん、そう?」
「はい。私はその、あまりたくさんは食べないので」

 初対面の相手に取りに行かせるなんて、申し訳なくてできない。だから私は、理由をつけて、丁重に断った。

「なら仕方ないわよねぇーん。ドリンクを取ってきて差し上げるわぁー」

 クネルはそんなことを言いながら、私たちのもとを離れていく。
 ドリンク置場へと歩いていっている。

 食べ物を取ってきてもらうことは何とか断れたが、飲み物を取ってきてもらうことは断りきれなかったのだった。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.22 )
日時: 2018/10/31 15:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SEvijNFF)

21話 いつも本気で

「いやー。このプリン、なかなか美味しーわねー」

 第二ホールにて開催されている食事会を一人満喫しているのは、赤い髪のリンディア。

 彼女は結構大食いなようで、おかず系お菓子系問わず、色々食べている。
 周囲の人たちのことなどまったく気にせず、好きなものを食べたいだけ食べていくスタイルが、非常に彼女らしい。

 私には絶対にできないことだけに、凄いと思わざるを得ない。

「イーダ王女、これも結構美味しーわよー」

 周囲を眺めつつぼんやりしていた私に、ご機嫌なリンディアが話しかけてきた。手には小さなグラスが持たれている。

「これは?」
「ゼリーよ。色が綺麗でしょ」

 確かに、リンディアが持っているグラスにはゼリーらしきものが盛りつけられていた。私たちが暮らすこのオルマリン星のような、澄んだ青のゼリーだ。

「青いわね」
「おかしな返答ねー」
「そう?」

 その青は、晴れた空のようにも穏やかな海のようにも見える。

「そーよ。だってべつに、何色かなんて聞いていないでしょ」
「ごめんなさい……」
「あ。そーいうことじゃないのよー。ただ、ユニークだと思っただけなの」

 そんな風に、リンディアとたわいない会話をしていると、近くにいた黒スーツ姿のベルンハルトが口を挟んでくる。

「くれぐれも油断はするなよ」

 いきなりの忠告には少し戸惑ってしまった。だが、言っていること自体は間違いではない。だから私は、頷いておいた。

「いちいちうるさいわねー」

 リンディアはベルンハルトが気に食わないようだ。

「念のため、だ」
「……どーいう意味?」
「従者なら、周囲には常に目を配っておくべきだ」
「アンタに言われたくないわよ!」

 強い調子で言われたベルンハルトは、呆れたように目を細める。

「そうだろうな」
「そーよ!」

 リンディアは吐き捨てるように返した。

 やはり、この二人に平穏が訪れることはなさそうだ。

 そんなことを考えていると、小さな人影がこちらへ寄ってきた。誰かと思い、人影の方へ視線を向ける。すると、その人影は先ほど少し話したクネルのものだと、すぐに分かった。

「お待たせしてごめんなさぁーい!」

 クネルはグラスを持っている。

「ドリンク、お持ちしたわよーん!」
「あ、ありがとうございます」

 私はクネルから、茶色い液体の入ったグラスを受け取る。

「これは?」
「ブリウン茶よぉーん! アタシのお勧め!」
「お茶ですか?」
「そうそう! 飲んでみてぇ!」

 クネルはなぜか、凄く飲んでほしそうにしている。
 よく分からないが、もしかしたら、絶対に「美味しい」と言わせる自信があるのかもしれない。

 せっかく「飲んでみて」と言ってくれているのに飲まないのも何なので、取り敢えず一口だけ飲むことにした——その時。

「イーダ王女」

 ベルンハルトが、私の手からパッとグラスを奪った。

「ベルンハルト……?」
「少し毒味を」

 彼はクネルを冷ややかに一瞥し、静かな声でそう答えた。
 それに対し、クネルは憤慨する。

「ちょっとぉ! まさか、アタシが毒を盛るとでも思っているのぉん!?」

 クネルは顔中の筋肉を引きつらせながら、声を荒らげた。その様子は、直前までとは別人のようだ。

「失礼にも程があるわぁーん!」
「不快にさせたなら謝る。ただ、確認は必要だ」
「何なのよぉ! アタシがオウジョサマを毒殺しようとしている根拠があるっていうのんっ!?」
「いや、そこまでは言っていない」

 ベルンハルトはグラスを顔へ近づける。そして、液体をほんの少しだけ口に含んだ。

 その数秒後。
 何かに気がついたかのように、ぱっと目を見開く。

「他のグラスを取ってくることはできるだろうか」

 ベルンハルトは真剣な顔で、リンディアに問う。唐突なことに、彼女は戸惑った顔をした。

「何よ、いきなり」
「無理か」
「いや、だから何なの? そんな真剣な顔をして、一体どーしたのよ?」
「少し違和感がある」

 ベルンハルトの言葉に、リンディアは愕然として頬を強張らせる。

「……まさか。あり得ないわ、そんなこと」
「だが、少しおかしい」
「こーんなに人がいるのよ? そんなことをするかしら」

 リンディアはさりげなく、私をクネルから離す。

「ブリウン茶、取ってくるわー」
「みんなしてアタシを疑うっていうの!? 酷い! 酷ぉーい!!」

 そんな風に激しく騒ぐクネルを無視し、リンディアはドリンクコーナーへと向かう。その時の彼女の表情は、いつもとはまったく違い、真剣さが感じられるものだった。

 場には、私とベルンハルト、そしてクネルだけが残る。

「ちょっと、ベルンハルト。一体、何がどうなっているの」
「少しだけ待て」
「このままで大丈夫なの? 人を呼んだ方がいい?」
「問題ない」

 ベルンハルトはそう言うが、一度芽生えた不安の芽を摘み取ることは容易くない。また悲劇的なことが起きたら、と考えてしまう癖は消せないのだ。

「イーダ王女は、そこにいればそれでい——」

 目の前の彼が言いかけた時。

「くっ!」

 突如顔をしかめるベルンハルトを目にし、私はようやく、何かが起きたことを察知した。

「ベルンハルト!?」
「下がれ!」

 鋭く命じられたため、私は数歩後ろへ下がる。

 そして見てしまった。ナイフを握ったクネルの姿を。

「あらぁん。かわされちゃったわねーん」

 クネルは片手にナイフを握り、もう一方の手は頬に添えている。この状況下でまだくねくねしていられるところは、少し凄いと思ったりした。

 だが今は、呑気に感心している場合ではない。

「本性を現したか」
「うふふんっ。こうなったら、本気でいかせてもらうわよーん」

 その頃になって、周囲の人たちもやっと異変に気づいたようだ。「なになに?」などと、ざわめきが広がる。

「覚悟なさぁーい!」

 痩せた体の胸の前にナイフを構えつつ、クネルはそんなことを言い放つ。妙にテンションが高い。

「それはこちらのセリフだ」

 対するベルンハルトは、クネルを冷たく睨んでいる。棘のある睨み方だ。

「アタシが弱そうだからって、侮っていたら駄目よーん」
「侮ってなどいない」
「本気で行かせてもらうわよんっ!」

 周囲の人たちは、そそくさと離れていってしまう。誰も、クネルを止めようとはしない。人とは案外こういうものなのかもしれない、と思ったりした。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.23 )
日時: 2018/11/01 20:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)

22話 確証はなくとも、可能性はある

 周囲の人々が離れていったことにより生まれた空間で、クネルとベルンハルトは対峙する。

 静かながら和やかに行われていた食事会だったが、クネルが本性を現したことにより、場の空気は一変。今やホール内は、かなり緊迫した空気に包まれている。

「覚悟しなさいよぉぉぉーん!」

 ベルンハルトに向けて、クネルはナイフを振り下ろす。
 しかし、その刃が命中するより早く、ベルンハルトはクネルに蹴りを叩き込む。彼が放った低めの蹴りは、クネルの腹部辺りに当たった。

「何してくれるのよんっ!!」

 一撃を食らったことによって、クネルの顔面が荒々しさをまとう。

 だが、ベルンハルトは怯まない。

 彼はクネルの手首を掴むと、その手からナイフをもぎ取った。

 収容所で生まれ育ち、戦闘職に就いていたわけでもないはずのベルンハルトが、なぜこうも戦うことに長けているのかはよく分からない。ただ、今私は、安心して彼の背を見つめることができた。

 これといった具体的な根拠があるわけではない。
 けれど、ベルンハルトに対しては、なぜか「彼ならやってくれる」と思えるのだ。

「あーん! 奪うとか酷いわぁーん!」
「いや、刃を向ける方が酷い」

 冷ややかに返した後、ベルンハルトは片手に持っていたグラスをクネルへ投げつけた。茶色の液体が飛び散り、グラスは床に落ちて砕け散る。

「あーん! お茶をかけるなんて酷ぉーいっ!」
「観念しろ」

 ベルンハルトはほんの数秒で、クネルとの距離を一気につめた。そして、クネルへと腕を伸ばす。

 ——だが次の瞬間、驚くべきことが起きた。

「く、くっそぉぉぉーん! もうこうなったらぁーっ!」

 クネルがその場から逃げ出したのだ。

 彼は、ベルンハルトとは逆の方向へ駆けていく。私を殺すことは諦めて、ひとまずこの場から退くつもりなのだろう。

 あまりに突然だったため、さすがのベルンハルトも、すぐに追いかけることはできていない。

 ーーしかし。

「ぎゃっ」

 逃走し始めて数秒もしないうちに、クネルは短い声を放った。そして、その細く小さい体は、ドサリと地面へ崩れ落ちた。

 それにより、ホール内に動揺の渦が広がる。

 甲高い悲鳴をあげる者。慌ててホールから出ていこうとする者。また、それらとは逆に、野次馬的に倒れたクネルへ近づこうとする者。
 反応は人それぞれだが、一部始終を見ていた多くの者が、パニックに近しい状態に陥ってしまっている。

「ちょっとー。これ、どうなってるのよー?」

 ドリンクを取りに行ってくれていたリンディアが、その整った顔に戸惑いの色を浮かべながら、私たちのもとへと帰ってきた。

「……リンディア」
「一体どーいう状況なの?」

 少し離れた場所にいたリンディアは、一部始終を見ることができなかったようだ。その表情からは、急展開についてくることができていないということが、はっきりと伝わってくる。

「逃げ出そうとしたクネルが、突然倒れたの」

 私は最低限の言葉だけで説明した。
 詳しく説明しようと頑張れば頑張るほど、分かりにくい説明になる。それは明らかだったから。

 するとリンディアは、捨てられた人形のように倒れているクネルへと視線を向け、顔に呆れの色を滲ませる。

「馬鹿ねー。こんな、人がたーくさんいるところで殺そうだなんて、馬鹿としか言い様がないわー」

 彼女は、自身の一つに束ねた赤い髪を指でいじりつつ、そんなことを呟いた。

「どんな頭をしているのかしらねー」

 リンディアが放つ言葉の端々には、相変わらず毒気がちらついている。既に亡き者となってしまった人に対してですら毒を吐けるというのは、「さすがリンディア」と言わざるを得ない。少なくとも、私にはできないことだ。

 ……もっとも、どちらが良いかは別の話だが。

「けど、ま。王女様が無事で何よりだわー」
「心配してくれてありがとう」
「べつにー。たいしたことじゃなーいわよー」

 私が礼を述べると、リンディアは少し気恥ずかしそうな顔をしていた。

 そこへ、ベルンハルトが入ってくる。

「イーダ王女……貴女はなぜ、こうも狙われる?」

 すぐには答えられなかった。彼が放った問いに答えるには、精神的な準備が必要だったからである。

「一日一回、と言っても過言ではないペースだ。妙だとは思わないのか」
「狙われるのは……私が王女だから。きっと、そうだわ」

 クネルから奪い取ったナイフを手に持ったまま、ベルンハルトは眉をひそめる。

「本当にそれだけなのか」

 もしかしたら、それだけではないのかもしれない——うっすらとそう思うことはある。だが、決定的な根拠があるわけではない。だから、はっきりと答えることはできないのだ。

「外部の人間が貴女を狙っているのだとしたら、いくらなんでも、こんな頻度で貴女を襲うことはできないだろう。王女の居場所など、そうたくさんの者が知っているものではないだろうから」

 ベルンハルトは真面目な顔で、淡々と言う。

 私には、彼の言おうとしていることのすべては分からなかった。ほんの少しは理解できる気もするのだが。

「まさかアンタ……王女様を狙ってるのが内部の人間だと言いたいの?」
「確証はない。だが、可能性はある」

 二人の会話を聞き、私は思わず口を開く。

「待って! そんなこと、あり得ないと思うわ」

 言わずにはいられなくなったのだ。

「私の周囲には、そんな裏切るような人はいないと思うの!」

 私の周りに悪人はいない。そう信じているし、これからも信じていたい。そうでなくては、心が折れてしまう。

「だがイーダ王女。こんな無能な男が、自ら王女暗殺を計画するとは、とても考え難い」
「じゃあ……クネルに指示した人がいるということ?」
「そうだ。そして、クネルに指示をした人物は、内部の人間なのだろう」

 ひと呼吸おいて、ベルンハルトは続ける。

「あくまで、僕の想像だが」

 ……そう。これは所詮、ベルンハルトの勝手な想像にすぎない。だから、現実などではない。それが真実だという具体的な根拠もないのだ。

 けれど今は、彼の言葉が正しいような気さえする。

 なぜだろう。
 よく分からないけれど……。


 ——刹那。

「王女様!」

 リンディアが叫び、私に覆い被さってくる。

 直後、彼女は「うっ」と呻き声を漏らした。

「リンディア!?」

 彼女はそのまま、膝を折り、地面に座り込む。それから、勢いよく顔を持ち上げて、ベルンハルトに向けて叫ぶ。

「三階よ! 追って!」
「……分かった」

 珍しくあっさりと了承したベルンハルトは、三階席に向かって駆け出す。
 幸い、ホールの端に上の階へと続く階段があったので、比較的速やかに上へ向かうことができそうだ。

「リンディア、平気!?」
「えぇ、平気よー。腕に掠っただけだもの」

 私はまったく気づけなかったが、どこかから狙い撃たれたようだ。

「私のせいね……ごめんなさい」

 すると彼女は目を伏せる。

「謝るのは止めてちょーだい」
「え?」
「あたしはあたしの任務を全うするだけのこと。イーダ王女が謝る必要なんてなーいの」

 その声は、少しばかり苛立っているようにも感じられた。

「ま、後はベルンハルトの帰りを待つのみかしらねー」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.24 )
日時: 2018/11/03 00:03
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5VUvCs/q)

23話 綿菓子と硝煙

 ベルンハルトは駆けた。

 ホールの隅、赤い布の張られた階段を、彼は駆け上がっていく。
 二階席の脇を通り越し、さらに階段を登り、三階席へとたどり着いた。

「——おや」

 ベルンハルトの視線の先には、一人の男性。

 きちんとセットされた白髪。そこらにはいなさそうな、いかにもただ者ではない雰囲気を漂わせている目つき。体には黒い布をまとっているが、その隙間からちらちらと、紫のスーツが覗いている。

「……お前か」

 ベルンハルトは、目の前のただ者ではなさそうな男性を警戒し、身を固くする。

「いやはや、こうもすぐに見つかってしまうとは」

 男性の左腕には、少なくとも子どもの身長ほどはあると思われる、大型の銃。

「目は良く、素早く動ける。ある意味、若さは強みと言えるのやもしれんね。羨ましく思うよ」
「……何の話だ」
「私も昔はもっと元気だったのだよ。それに、比較的モテた」
「は?」

 男性の突飛な話に、ベルンハルトは怪訝な顔をする。

「もっとも、こんなことをしていたせいで見事に婚期を逃したのだがね」
「くだらない話を聞く気はない」

 怪訝な顔をしていたベルンハルトは、先ほどクネルから奪ったナイフを、胸の前に構える。彼は目の前の男性に対し、冷ややかな視線を注いでいた。

「その若さ、実に羨ましい。若い頃は私もそうだったよ。もはや懐かしい思い出と化してしまったが」

 白髪の男性は、遠い過去へ思いを馳せるように、微笑する。

「ところで君、綿菓子は好きかね?」

 妙な問いを発しながら、羽織っている黒い布の下から透明なビニール袋を取り出す。

「何も、そんなに警戒することはない。……いや。警戒するな、という方が無理があるか。では正直に話そう。私は先日、弾丸を放つと同時に綿菓子を作ることができる銃を開発してね。試しに撃ってみたところ、予想外に大量の綿菓子ができてしまったのだよ」

 白髪の男性が下らないことばかりを話すことに、ベルンハルトは呆れ果てていた。もはや返答する気にもならない、といった顔になっている。ベルンハルトからしてみれば、綿菓子が大量に出来上がった話など、馬鹿らしくて仕方がないのだろう。

「だから君にもあげようというわけだ。なんせ、糖分の過剰摂取は体に毒だからね」
「必要ない」
「そうか。それは残念だよ」

 白髪の男性は口角を持ち上げる。そして、持っていた大型の銃をベルンハルトへと向けた。

「……良い餞別せんべつだと思ったのだがね」

 男性の銃から弾丸が放たれる。
 だが、ベルンハルトは咄嗟にその場から飛び退き、弾丸をかわした。

「それが本性か」

 ベルンハルトは着地すると、白髪の男性へ一気に接近していく。男性は弾丸を放つことで、ベルンハルトを迎え撃つ。

「いや、まさか。こんなものは、私の本性などではない」

 無数の弾丸がベルンハルトへ降り注ぐ。だが彼は怯まない。決して動きを止めたりはしなかった。
 銃弾の嵐を掻い潜り、ベルンハルトは男性の懐へ潜り込む。もはや射程圏外だ。

「……ただの仕事だよ」

 接近戦へ持ち込み、ベルンハルトの勝利はほぼ確定かと思われたのだが、そうでもなかった。

 男性の目は、ベルンハルトを確かに捉えていたのだ。

 白髪の男性はベルンハルトに、冷淡な眼差しを向けている。つい先ほどまでの気さくな雰囲気が嘘のようだ。今や彼に、人間らしさなんてものは存在しない。

「っ!」

 直後、ベルンハルトは苦痛の声を漏らした。男性に、大型の銃で殴られたのである。

「近距離戦への対策をしていないとでも、思っていたのかね」

 ベルンハルトは何も返さない。唇は真一文字に結んだまま、男性の腕へとナイフを振った。

「おっと」

 ナイフは男性の腕を確実に捉える。
 彼の腕から、赤い飛沫が散った。

「普通に斬られてしまうとは」

 腕に傷を負ってなお、白髪の男性は余裕に満ちた顔つきをしている。危機感など微塵も感じていないような表情だ。

 負傷しても平然としている男性を目にし、さすがのベルンハルトも動揺する。
 まさか、と。

「距離を見誤ったか……老眼かな?」

 男性はまたしても呑気なことを述べる。

「いや、最近実に近くが見えにくくてね。遠くは見えるので日頃の仕事に影響はないのだが……不便としか言い様がないね、これは」
「ふざけるな!」

 ベルンハルトはついに声を荒らげた。
 いつまでも呑気な発言を続ける男性に対し、腹を立てたのだろう。

「叩き潰してやる」
「なるほど、実にいい。やはり、若者はそうでなくては」
「ふざけたことを……!」
「まぁ、そう怒らないでくれたまえ。私とてべつに、悪気があってこんな発言をしているわけではないのだから」

 白髪の男性は、ジャケットのポケットから黒ずんだ球体を取り出す。手のひらで転がせるくらいの、あまり大きくはない球体だ。

 その正体が分からず、ベルンハルトは仕掛けづらくなる。

「一つ教えてくれるかね?」
「……何だ」
「君、名前は何というのかね」
「答える必要はない」

 ベルンハルトは、男性の問いに答えはしなかった。

「それは残念だよ。君には少し、関心があったのだがね」
「関心など、勝手に持たれたくはない」

 すると男性は、はぁ、と大きめの溜め息をついた。そして、残念そうに「そうか……」と漏らす。

「では、それで構わない。今日はこれにてお開きとしよう」

 男性は静かな声でそう述べると、手のひらに乗せていた黒ずんだ球体を投げた。
 白い煙がベルンハルトの視界を奪う。

「くっ……!」

 視界が真っ白な状態では、さすがのベルンハルトも、男性を追うことはできない。

 それから少しして、白い煙が晴れた頃には、既に誰もいなくなっていた。三階席に立っているのは、ベルンハルト一人だけになっていたのである。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.25 )
日時: 2018/11/03 18:55
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 49hs5bxt)

24話 父娘

 第二ホールを出てすぐ隣にあるこの部屋には、私とリンディア、そしてベルンハルトだけがいる。扉の外には警備の者を置いてくれているとのことなので、今ここはわりと安全なはずだ。

「逃げられた、ですって!?」

 結局、ベルンハルトは敵を捕まえることはできなかったらしい。

 それを聞いたリンディアは、ばっさりと言いきる。

「イーダ王女を狙ったやつよ!? それを取り逃すなんて!」

 リンディアは、私を狙った銃弾により片腕を負傷した。だが、今回は周囲に人がいたため、速やかに手当てを受けることができた。そして、そのおかげか、意外にも元気そうだ。意識もしっかりしているし、大きな声も出せている。

「すまないとは思っている」
「あり得ないあり得なーい!」

 私を狙撃した人物を捕らえることに失敗したベルンハルトを、リンディアは責める。

「これじゃもう、ただの無能じゃない!」
「待って、リンディア。ベルンハルトは頑張ったわ」
「あら」
「ミスを責めても、何かが変わるわけではないわ」
「イーダ王女は優しいのねー」

 私だってもちろん、捕らえられなかったことは残念に思う。もし捕らえられていたなら、情報を得ることができたかもしれなかったのだから。

 けれども、何をどう言おうが過ぎたことは変わらない。

 捕らえられなかった——その事実をねじ曲げることなど、いくら頑張ってもできはしないのだ。

「それで、何か情報はないのかしらー?」
「容姿や話した内容くらいはある」
「あるならさっさと言いなさいよ!」

 今のリンディアは、なぜか妙に攻撃的だ。いちいち突っかかっていく。

 けれども、ベルンハルトは反発しなかった。落ち着いた調子で、見たものを伝えてくれる。

「白髪の男で、紫のスーツの上に黒いものを羽織っていた。確かな年齢は分からないが、若くはない」
「紫のスーツだなんて、奇抜ね。見たことないわ」

 私は思わず、求められてもいない感想を述べてしまった。

「……他にはー?」

 リンディアは椅子に腰掛け、既に手当てを済ませた自分の腕へと視線を注ぎながらも、しっかり話に参加している。

「他は……そうだな。綿菓子を作れる銃を開発した話や、老眼で近くが見えにくい話をしていた」
「何だか不思議な人ね」

 私が思ったことを口から出すと、ベルンハルトはこちらへ目を向けてコクリと頷く。

「ペラペラ話すところが不気味な男だった」

 ベルンハルトの目つきは鋭かった。顔全体から、威圧感を漂わせている。だが、その顔は凛々しく魅力的で、嫌な印象ではない。

「……変わった人よねー」

 リンディアはぽそりと呟いた。何とも言えない、というような顔つきで。

「何か、心当たりがあるのか」
「んー……ちょっと思うことがあるのよね」
「なるほど。思うこと、とは?」

 ベルンハルトはリンディアの考えていることに関心があるらしく、目を開いて彼女の姿を見つめている。
 しかし、彼女がベルンハルトの問いに答えることはなかった。

「いーえ、べつに。たいしたことじゃないわ。……忘れて」

 今さら忘れることなんて、できないだろう。

 そう思ってしまったが、それを直接述べることはできなかった。忘れて、と言うことが、彼女なりの優しさなのかもしれないと感じたから。


 その時、誰かが扉をノックした。私は返事をしようとしたが、それより早くリンディアが「はーい」と返事する。すると、扉が開いた。

「調子はいかがですか、王女様」

 入ってきたのはシュヴァル。
 彼の顔を見るのは、もはや、久々な気さえする。

「シュヴァル!」
「はい。またもや王女様を狙った事件があったと聞き、伺わせていただきました。ご無事で何よりです」
「他人事みたいに言うのね」
「不快にさせてしまったのなら謝ります。申し訳ありませんでした」
「……いいえ。気にしないで」

 既に謝罪してくれている者を、それ以上責める気はない。

「それでシュヴァル。何をしに来たの?」
「リンディアが怪我したと聞いたので、少し様子を見させていただこうかと思い、来させていただきました」
「なるほど。そうだったのね」

 するとリンディアは述べる。

「なーによ! 善人ぶっちゃって!」
「リンディア、相変わらず生意気ですね」
「生意気で悪かったわねー! アンタの性格が遺伝したのよ!」

 ……遺伝した?

 あっさりと放たれた言葉が、妙に残った。予想していた範囲より外の言葉が出てきたからかもしれない。

「シュヴァルとリンディアって、もしかして……」

 私は思わず口を開いてしまった。

「親子、なの?」

 シュヴァルとリンディア、そしてベルンハルト。三人の視線が、一気に私へ集中する。

 何かまずいことを言ってしまっただろうか、と不安になった。
 そんな私の不安を拭い去ってくれたのは、リンディアの言葉。

「えぇ、そーよ! シュヴァルはあたしの父親!」

 彼女のさっぱりとした言い方が、この胸の内を満たしていたもやを、一気に晴らしてくれた。水晶のように透き通った水色の瞳に、そこから放たれる真っ直ぐな視線。それらすべてが、私の心に晴れ間をもたらしてくれる。

「そのせーで、あたしはこんなに可愛くない女になっちゃったってわけ!」

 赤い髪のリンディアが自嘲気味に笑うと、シュヴァルが口を挟む。

「リンディア! 今言うことではないでしょう!」
「なーによ。小さい頃から、預けっぱなしだったじゃなーい」
「それはリンディアが望んだからでしょう!」
「ふーん。あたしは望んだ覚えなんてなーいわよー?」

 何やら騒々しい。

 リンディアは最初から、その大人びた容姿とは裏腹によく喋る人だった。だから、こんな風に話すのも分かる。だが、シュヴァルがこんなに喋る人だとは知らなかったので、少々意外だ。

 二人の言い合いはしばらく続き、数分ほど経ってから、やっと落ち着いた。

「ま、もーいーわ」

 言い合いを終わらせたのは、意外にもリンディアだった。

「それより——アスターと連絡はとれる?」

 長く続いた軽い口喧嘩のようなものが終わった後、リンディアは真面目な顔になり、シュヴァルに対してそんなことを言う。

 その言葉に、シュヴァルは首を傾げた。

「アスターに連絡を?」
「そー。久々にはなるけれど、無理かしら」
「可能です。けど、どうして?」

 シュヴァルとリンディアの会話は、父娘の会話にしてはそっけない。私も娘の身だから分かるが、父娘なら、もっと親しげに話すはずなのだが。

 ……いや、もちろん個人差はあるのだろうけど。

「ちょーっと話したいことがあるのよねー」
「分かりました。では連絡します」

 リンディアはその場で立ち上がり、大きく背伸びをする。それから私のいる方へ視線を向けて、「少し外すわねー」と言ってきた。別段止める理由もないので、私は「分かったわ」とだけ返しておいた。


 そんなこんなで、リンディアとシュヴァルは部屋を出ていった。室内には、私とベルンハルトだけが残される。

「イーダ王女」
「何?」

 二人だけになるや否や、ベルンハルトが自ら話しかけてきた。驚きだ。

「アスター、とは誰だ」
「え?」
「オルマリンに仕える者か」

 恐らく、先ほどリンディアが言ったのを聞いて、気になっているのだろう。だが、アスターなんて名前は私も知らないので、答えようがない。

「ごめんなさい。私も知らないわ」

 するとベルンハルトは、小さく「そうか」とだけ漏らし、黙り込んだ。


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