複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.46 )
日時: 2018/11/23 14:53
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HhjtY6GF)

一般人の中の一般人さん

こんにちは。
コメントありがとうございます!

そう言っていただけて、とても嬉しいです。

これからも頑張ります。
ありがとうございました!(^o^)

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.47 )
日時: 2018/11/23 14:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HhjtY6GF)

44話 新しい朝

 あれから二週間。
 私の周りは、だいぶ賑やかになった。

「ねぇ、リンディア。ここ分かる?」

 だが、ここのところ、こなさなくてはならない勉強が妙に増えた。それゆえ、あまり自由には過ごせない。

「なになにー?」
「オルマリン星と同じように人間が暮らしている星の名前」
「簡単じゃなーい。もちろん分かるわよ」
「……教えて?」
「そーいうわけにはいかないわねー」

 ただ、そんな中でも私たちは、色々話したり隙を見つけては遊んだりしている。

 そんなことができるのは、一人ぼっちでないおかげだ。

 以前のように一人で生活していたなら、今みたいに時折息抜きすることもできなかっただろう。

「教えてちょうだい!」
「駄目駄目ー」
「どうしてよ、意地悪ね」
「それは普通考えて、自分でやらなきゃでしょー?」

 特に、リンディアがいてくれるのが大きい。というのも、彼女は女性なので、いつでも室内へ呼ぶことができるのだ。

「ま、ヒントぐらいはあげてもいーわよ。頭文字が『ち』の星!」
「ち?なるほど……ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち……」
「どう? 分かりそー?」
「……ちきゅう?」
「正解! 分かってるじゃなーい」

 ——平穏は素晴らしい。

 あれ以降、何か事件が起こることはなかった。

 そもそもアスターが仕掛けてこなくなったというのもあるが、彼がこちらについたことで悪い輩を警戒させられているということも一因だろう。

 そんなことを考えていると、ゆっくりと扉が開いた。

「少し失礼するよ、イーダくん」

 入ってきたのはアスターだった。
 金属製だろうか、大きく無機質な箱を持っている。

「アスターさん、そんな大荷物でどうしたの?」
「少しばかり運び込ませていただこうかと思ってね」

 運び込む? と首を傾げていると、リンディアが話に参加してくる。

「王女様のお部屋でしょ、物騒な物を運び込むんじゃないわよー」
「武器を何一つ置いていないというのも不安ではないかね?」
「べつにー。あたしがいるんだもの、不安なんてなーいわよ」

 話しながら、アスターは大きな箱を部屋の隅へ置く。

「だが、リンディアとて、四六時中傍にいるというわけにはいかないだろう? なに、金など求めないよ」
「そーいう心配してんじゃないわよ!」

 こうして見ていると、アスターとリンディアは親子みたいだ。正しくは師弟なのだろうが、父と娘という雰囲気も確かにあった。

 二人のやり取りは、眺めているだけで穏やかな気持ちになってくる。実に不思議だ。


 その日の昼、私は久々に、食事の間にて昼食をとることにした。

 食事の間は食事のための部屋である。厨房の近くに設けられた部屋なので、自室や星王の間まで運んできてもらうより、温かい状態の料理を食べられるのだ。

 ただ、食事の間には給仕担当の者が数名いる。だから、適当な服装では行けない。そこだけが、少々面倒なところである。

 そんな面倒臭さゆえに、もう半年近く食事の間へは行っていなかった。
 しかし、特に意味はないが気が向いたため、今日行くことにしたのである。

「食事のためだけの部屋があるのか」
「えぇ、そうよ。ベルンハルト」

 食事の間を目指して歩きながら、私はベルンハルトと言葉を交わす。

 それにしても、今日のこの服装はしっくりこない。
 膝下まであるコバルトブルーのワンピースは、ウエストの辺りを銀のリボン結んでいる。その結び目が妙に圧迫感があり、何とも言えない心境だ。

「実に贅沢な暮らしだな」
「そう? あまりいいものでもないわよ」

 また、履いている黒いパンプスの足に馴染まないこと。
 ヒールはそんなに高くないものを選んでいる。が、それでも歩きにくい。取り敢えず綺麗なものを、と選んだため、履き慣れていないのだ。

「正直、こんな風に着飾るのってあまり好きじゃないの」
「そうなのか」
「えぇ。だってほら、自由自在に動けないじゃない?」
「なるほど。動きが制限される、ということか」

 ベルンハルトは、白のワイシャツに昆布色のネクタイ、そして黒いズボンという格好だ。そのシンプルさから察するに、恐らく支給品なのだろう。

「確かに、動きづらそうではあるな」
「でしょう?」
「女性ゆえの苦労もあるということだな」

 ベルンハルトは私の苦労を理解してくれた。

 まさか理解してくれるとは。

 ……正直、少し意外だ。


 食事の間へ到着すると、私は、指定されている席に座った。向かいには父親の姿がある。

 見るからに高級そうな椅子は、かなり立派で、座り心地も最高だ。座る部分が柔らかいため、腰がほどよく沈み込む。

「では、お持ち致します」

 給仕担当の者は、そう言って、厨房へと引っ込んだ。それにより、食事の間にいるのは四人だけになった。ちなみに——私と父親、ベルンハルトとシュヴァル、の四人である。

「イーダ、来てくれてありがとうなぁ」
「私が久しぶりに来たくなっただけよ。気にしないで」
「それでも嬉すぃーぞ!」

 私の背後にはベルンハルトが、父親の後ろにはシュヴァルが、それぞれ控えている。私と父親だけとなると何かあった時に心配だが、ベルンハルトとシュヴァルがいてくれれば安心だ。

「で、実は話があるんだが、聞いてくれるかぁ?」

 父親は何やら話したそうだ。だから私は「聞くわよ」と答えた。すると、彼は元気そうな声で話し出す。

「今週末、視察があるんだが、イーダも一緒に行かないか?」
「えっ……」
「こうして外に出られるようになったわけだし、記念になぁ! どうだどうだ?」

 言いながら、父親は期待の眼差しを向けてくる。凄く断りづらい空気だ。

「ちょっと待って、ちゃんと説明してちょうだい。どこへ行くのかすら分からない状態では、答えられないわ」

 すると、父親の後ろに控えていたシュヴァルが、軽くお辞儀した。

「具体的な内容につきましては、このシュヴァルが申し上げましょう」
「貴方が?」
「はい。視察日程につきましては、このシュヴァルの管轄で——おや」

 その頃になって、食事の間に料理が運び込まれてきた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.48 )
日時: 2018/11/25 14:28
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)

45話 視察について

 話している途中で昼食が運ばれてきたため、会話が一旦中断された。

「こちら、野菜炒めでございます」

 最初に目の前へ出されたのは、緑色をした棒状の野菜アスパラガスと、白色の棒状の野菜アスポラガスを炒めた、シンプルな野菜炒め。

 見るからにあっさりしていそうな料理だ。

「オルマリンイカのフライです」

 こちらからは良い香りが漂っている。醤油のような香りがすることから察するに、既に味付けしてあるタイプのフライなのだろう。

「そして、パンとオイルでございます」
「ありがとう」
「どういたしまして。……では、失礼致します」

 二品とパンだけという少量であることに、私は正直驚いた。もう少し色々用意されているものと思い込んでいたからである。だが、これは夕食ではなく昼食。だから、この程度の量が普通なのかもしれない。

「よし! 早速いただこう!」
「美味しそうね」

 量は少なめ。けれども、味は悪くはないはずだ。

「イーダ! 欲しいのあったら言ってくれぇっ!」
「えぇ。ありがとう」
「確かアスポラガス好きだったよなぁ!?」
「いいえ、そんなことを言った覚えはないわ」

 恐らく、父親はアスポラガスが嫌いなのだろう。嫌いだから、食べたくないから、私に押し付けようとしているに違いない。というのも、私は父親とアスポラガスについて話した覚えがないのだ。

「星王様はアスポラガスがお好きでないのです」

 一人で色々考えていると、シュヴァルが口を挟んできた。その言葉を聞き、私は、「やはり」と納得する。

 シュヴァルのことは、あまり好きでない。が、彼が父親のことをきちんと見ていることは確かだと思った。長年側近をしているだけのことはある。

「そっ、そんなことっ!」
「事実です。……でしょう? 星王様」
「うぅ……かっこ悪いことを暴露するなよぉ……」
「アスポラガス、昔からお嫌いでしたよね」

 そんな風に話した後、シュヴァルは、改めて視線を私へと向けた。

「では。視察について、シュヴァルよりお話します」

 アスポラガスやら何やらですっかり忘れてしまっていたが、視察の話をするところで止まってしまっていたのだった。

 私はそれを、今さら思い出した。

「予定は一泊二日。一日目は星都を見て回った後、北へと移動します。そして二日目は、第一収容所へ視察に。その視察が終了した後、帰ってくることとなります」

 シュヴァルは淡々とした調子で説明してくれた。

 すると、私の背後に立っていたベルンハルトが口を開く。

「第一収容所、だと」

 椅子に座ったまま振り返ると、ベルンハルトの動揺した表情が見えた。いつも冷静な彼だが、今は、目を見開いている。

「……あぁ。そういえば、あそこはお前の生まれ育った場所でしたね」
「イーダ王女をあんなところへ連れていくつもりか」
「はい。王女様も時には社会をご覧になるべきかと思い、このコースを選んだのですが、何か問題でも?」

 シュヴァルはほんの少しも笑みを絶やさず、ベルンハルトへ言葉を返していた。大人の対応である。

「……いや」

 ベルンハルトは言葉を飲み込む。

「お前としては、王女様に過去を見られるのは嫌でしょうが、そこは少し我慢して下さい。すべては王女様が社会を勉強なさるためなのです」

 そこまで言って、シュヴァルは口角を持ち上げた。

「それとも——ベルンハルト、お前は同行しないでおきますか」

 何やら嫌な感じの表情だ。笑みを浮かべているにもかかわらず、悪意しか感じ取れない。

「……いや、行く」
「そう言うと思っていました。忠誠心があって、何よりです」

 ベルンハルトが低い声で答えると、シュヴァルは怪しげな笑みを浮かべたまま返した。そこへ、オルマリンイカのフライをガツガツ食べていた父親が口を挟んでくる。

「おぉ! ベルンハルトの生まれはあそこかぁ!」

 その発言を聞いたベルンハルトは、父親へ、鋭い視線を向けた。そして、威圧するような低い声を発する。

「だから何だ」

 ベルンハルトは自分が収容所生まれであることを気にしているのかもしれない。

 ……もっとも、罪人の息子なわけではないのだから、そんなに気にすることもないと思うのだが。

「いやいや! ただ単に、良かったなぁって言いたかっただけだ!」
「……は?」
「イーダに対してな!」

 急に話がこちらへ来た。

「仲良しなベルンハルトの故郷へ行けるなんて、ラッキーだよなぁ」
「えぇ。そうね」

 確かに、良い機会だとは思う。第一収容所へ行けば、ベルンハルトについてもっと知ることができるかもしれないから。彼の過去には、少しばかり興味がある。

「ベルンハルトのこと、もっと知ることができたら嬉しいわ」

 するとベルンハルトは、曇った顔つきで言う。

「……イーダ王女」
「え。何?」
「僕は知られたくない」

 その瞳には、いつものような鋭さはなかった。雨が降る直前の空のように、どんよりしている。

「あんなところ、貴女には見せたくない」
「どういう意味なの?」

 私はベルンハルトの方を向き、尋ねた。
 それに対しベルンハルトは、五秒ほど黙った後、重苦しく口を開く。

「……幻滅される気しかしない」

 どうやら、それを気にしていたようだ。他人からしてみれば何も思わないようなことであっても、本人からすれば気になるものなのかもしれない。

「しないわよ、幻滅なんて」

 私ははっきりとそう返した。

 どんなところで生まれていたって、どんなところで育っていたって、ベルンハルトがベルンハルトであることに変わりはない。だから、幻滅なんてするわけがない。

「ベルンハルトはベルンハルトだもの」

 すると彼は目を見開いた。
 曇り空のようだった瞳が、輝きを取り戻す。

 ——刹那。

「おぉ! 名言だなぁ、イーダ!」

 父親が余計なことを言ってきた。
 面倒臭い流れになる気しかしない。

「ひゅーひゅー」
「王女様はベルンハルトと仲良しですね」
「ひゅーひゅーひゅーひゅー」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.49 )
日時: 2018/11/25 14:29
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)

46話 信用するのは難しい

 食事の間にて昼食をとりつつ、今週末の視察の件について話している。

「イーダ、視察ついてきてくれるか?」
「えぇ。構わないわよ」

 私とて、外に出た経験がないわけではない。だが、外へ行くのは凄く久しぶりなので、少々不安があることは事実だ。体調が悪くなったらどうしよう、だとか、誰かに襲われたらどうしよう、だとか——余計なことを考えてしまうのである。

「社会に触れる勉強も、時には必要だもの」

 けれども、ベルンハルトのルーツについて何か分かるかもしれないと思うと、楽しみになってきた。
 自分でも意外なのだが、「行きたくない」とは少しも思わない。

「この際、思いきって行ってみることにするわ」

 私がそう述べると、星王は息を吸い込む。心の中で「何だろう」と不思議に思っていると、彼は大きく口を開けた。

「イーダぁぁぁぁぁぁっ!」

 突然の叫び。場に動揺が広がる。

「ちょ、ちょっと。いきなり何なの? 父さん」
「せ、星王様……?」
「いきなりどうしたんだ」

 私とシュヴァル、そしてベルンハルト。三人が言葉を発したのは、ほぼ同時だった。

 だがそれは、私たちが気の合う仲間だから、というわけではない。もしここにいたのが赤の他人三人だったとしても、きっと今と同じことになったはずである。

 それほどに、父親の叫びが凄まじかったのだ。

「父さんは嬉しいぃぃぃ! 嬉しいんだよぉぉぉ!」

 まったくわけが分からないのだが。

「お願いだから、落ち着いてちょうだい。一体何なの? 落ち着いてから話して」
「イーダが立派過ぎて辛い!」
「え……」

 さすがに、すぐに言葉を返すことはできなかった。

「社会に触れる勉強も必要、なんて言うとは思わなかったんだよぉ! いつの間にそんなに立派になったんだぁ!?」

 深い意味などない。なんとなく言っただけの発言だ。それだけに、そこに触れられたことが驚きである。

「そんなことだろうと思いましたよ……」

 私と父親のやり取りを傍から見ていたシュヴァルは、呆れ顔。

 無理もない、か。


 食事の間での昼食を終えると、私はベルンハルトと共に自室へ戻る。

「ただいま」

 部屋の中では、リンディアとアスターが何やら話していた。
 それも、かなり寛いだ様子で。
 ここは私の部屋だというのに、もはや、二人の部屋であるかのような状態になってしまっている。

「お帰りー」
「お邪魔しているよ」

 リンディアは足を組みながらソファに座っている。アスターは、リンディアの向かいのソファに腰掛けて、なぜか綿菓子を食べている。

 何だろう、この謎に満ちた状態は。

「お昼食べられたー?」
「えぇ」
「そ。なら良かったわー。同行できなくて悪かったわね」

 そんな風に言葉を発するリンディアは、まるで、この部屋の主であるかのようだ。

 もし何も知らない第三者が今の状態を見たとしたら、間違いなくリンディアの部屋だと勘違いすることだろう。

「リンディアたちは?」
「食べたわよー」
「そう! 何を食べたの?」
「あたしはサンドイッチ。アスターは綿菓子」
「サンドイッチはともかく、綿菓子って……」

 そんなどうでもいいようなことを話していると、自然と笑みがこぼれた。理由はよく分からないけれど、心が穏やかになる。

「昼食が綿菓子ではおかしいかね?」

 まだ綿菓子を食べているアスターが、私へ視線を向けてきた。

「それは明らかに変だ」

 私が返すより先に、私の後ろにいるベルンハルトが返す。彼がいきなり会話に参加してくるとは思っていなかったため、少々驚いた。

「ん? 君に聞いたつもりはなかったのだがね」
「そんな質問、イーダ王女が答えるまでもない。馬鹿げたことを尋ねるな」
「相変わらず厳しいね、君は」

 言いながら、アスターはゆっくりと腰を上げる。

 こうして見ると、彼は意外と背が高い。それなりに年をとっているはずなのだが、背筋がしっかりと伸びている。

「君のような者が傍にいれば、イーダくんもさぞ安心だろうね——ベルンハルトくん」

 髪の生え際を片手でひと撫でした後、アスターはベルンハルトに向かって数歩足を進めた。一歩が大きすぎないところが、大人びている。

「気安く名を呼ぶな」
「おや? お気に召さなかったかな。それは失礼」
「その話し方も止めてくれ。不愉快だ」
「さりげなく注文が多いね、君」

 アスターがわりと積極的に関わりにいくのに対し、ベルンハルトはあまり交流したくなさげだ。その様は、出会って間もない頃の父親とベルンハルトを彷彿とさせる。

 警戒心の強いベルンハルトは、他人をすぐに信用できない。
 恐らく、それが、知り合って間もない者との接触をあまり好まない理由なのだろう。

「ところでベルンハルトくん、君はどのくらい戦闘能力があるのかね? ……もちろん、若さ迸る動きは以前見せてもらった。だが、君の戦い方をじっくりと見たことは、まだない。少し気になっているのだが……見せてはくれないかね」

 アスターの瞳はベルンハルトをしっかりと捉えている。彼がベルンハルトに関心を抱いていることは、無関係な私でさえ容易に分かることだ。

「断る」

 だがベルンハルトは、やはり、はっきりと拒否した。それに対し、アスターは溜め息を漏らす。

「……まったく。なぜ君はそうも拒むのかね。私にはよく分からんよ」
「理由を述べる必要などない」
「いや、気になる。そう言われると余計に気になる。話してはくれないかね?」
「話すつもりはない」
「おぉ、はっきりと断られてしまった」

 ベルンハルトの凛々しい面には、警戒の色だけが滲んでいる。

「僕はまだ、仲間だとは思っていない」

 彼が言葉を発したことで、室内が何とも言えない空気に包まれた。当のアスターはもちろん、リンディアまでも、戸惑ったような顔をしている。そんな中で私は、「勝手に話を進めすぎたかな」と、少々後悔した。

「ちょっと、何なのー。その言い方は、さすがにないんじゃなーい?」

 冷たい言葉を放ったベルンハルトに向けて、リンディアが言う。

 妙な空気になってきた。

「イーダ王女を狙った男だ、そう簡単に信用することはできない」
「だったらどーして、最初に反対しなかったのかしらねー」
「王女に反対できるほどの地位ではないからだ」
「あーら、そ。ま、そーよね。王女様に嫌われちゃったら、また収容所に逆戻りだものねー」

 ベルンハルトの眉がぴくりと動く。

「リンディア! そんなこと、言わないで!」
「どーしたの? 王女様」
「嫌みは止めてちょうだい。冷たいことを言うベルンハルトも問題だけど、彼の傷を抉るようなことを言うのも問題だわ」
「……真面目ねー」

 こういう形で「真面目」と言われるのは、複雑な心境だ。

 だが、喧嘩にならずに済んだので、取り敢えずこれでよしとしておこう。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.50 )
日時: 2018/11/26 03:33
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Btri0/Fl)

47話 美しいリンゴ

 一歩誤れば喧嘩に発展してしまいそうな流れを何とか落ち着けたところで、私は、視察の件について話した。

 もちろん、第一収容所及びその周辺へ行くことも。

「視察? これまた急ねー」

 立ち上がったリンディアは、手を腰に当てながら、怪訝な顔をする。

「怪しーわね」

 リンディアはそんなことを言う。
 私にはよく分からないけれど、彼女がそう言うなら怪しいのかもしれない——そんな風に思った。

「止めておいた方がいい?」
「まーべつに、王女様が行きたいなら行っていーと思うけど」

 私の気持ちを尊重してくれるようだ。それは実にありがたいことである。ただ、私とて「私が正しい」という自信を持っているわけではない。だから、この判断で正解なのか不安な部分はある。

「アスターさんはどう思う?」
「私かね」
「えぇ。意見を聞きたいのだけれど」
「イーダくんは行きたいのだろう?」
「……そうね、できれば」

 絶対に行きたい! というほどの行きたさではない。
 だが、できれば行かずに済む方がいい、という感じよりかは、行きたい。

 行ってみたいなとは思う。

「けれど、無理矢理行く気はないの。みんなが危ないと言うなら……取り消すわ。今ならまだ間に合うもの」

 私がそう言うと、アスターは困り顔になった。

「ううむ……実に難しいね」
「どういうこと?」
「行ってみようという心は素晴らしい。しかし、あの辺りは確かに、危険地帯ではある。行くべきか、行かぬべきか、微妙なところなのだよ」

 アスターまでこんなことを言い出すものだから、どうするべきかますます分からなくなってきた。私が何とも言えない心境に陥っていると、ベルンハルトが口を挟んでくる。

「貴女の好きなようにすればいい」

 真っ直ぐな声だった。

 そこに優しさなんてものは存在しない。けれども、背を押してくれる力は確かにある。

「行くも行かないも、貴女が決めることだ」
「……ベルンハルト」
「そうやって周囲に聞くのは、責任を一人で背負うことを恐れているからだろう」
「そうなの……かしら」

 あの時は本当に、迷いなく、行こうと思っていたのだ。だから、そう答えた。あの言葉に偽りはなかった。
 けれど、リンディアから「怪しい」と言われて、「もしかしたらそうなのかもしれない」と思ってしまって。それからは、行くべきなのかどうか、よく分からなくなってしまったのである。

「ちょっと、ベルンハルト。そんな言い方しなくてもいーんじゃなーい?」
「僕は事実を述べたまでだ」

 リンディアの発言を一蹴した後、ベルンハルトは私の顔へ視線を向けてきた。

「貴女が決めるだけでいい。行くのか、行かないのか、どっちだ」

 真っ直ぐに放たれた問いに、私は迷う。
 どうしよう、と。

 ——そして。

 迷い迷った果てに、私は答える。

「……行く」

 それが答えだった。

「行くわ」

 これが私の答え。
 迷う要素は色々あるけれど、今は私の心を優先する。

 それでもみんなは怒らないだろう。そう信じることができるから。

「決まりだな」

 ベルンハルトは、その凛々しい顔にほんの少しだけ笑みを浮かべた。
 彼がたまに浮かべる笑みは、何だか特別な感じがして嫌いでない。日頃なかなか見られないものだからこそ、運良く見ることができた時には得した気分になれるのだ。

「何だかんだで、結局行くのねー」
「おや、なかなか良い雰囲気だね。悪くない! 二重丸二個半!」
「アンタは黙っててちょーだい」

 リンディアとアスターの妙なやり取りを聞き、意味もなくほのぼのした。

「これはまた、本格的な仕事になりそーね」

 妙なやり取りを終え、リンディアはそんなことを言う。

「迷惑をかけたら、ごめんなさい」
「あ。べつに、王女様に対する嫌みとかじゃないわよー」
「こうして出掛けられるのも、リンディアみたいな優秀な従者が護ってくれるおかげだわ」

 するとリンディアは、顔を微かに赤らめながら、ぷいっとそっぽを向く。

「褒めたって何もでないわよー。ま、あたしが優秀っていうのは間違いじゃないけどねー」
「そんな態度をとっても、可愛くはならない」
「は!?」
「むしろ不気味だ」
「ちょっとアンタね! 何なのよ!」

 ……まずい、喧嘩が。

「可愛くないと言っているんだ」
「べつに可愛く見せようとなんてしてませんー!」
「そうなのか。ならいいが、その態度は痛々しい。極力控えるべきだ」

 ベルンハルトの辛辣な言葉に、リンディアは顔を真っ赤に染める。その顔は、まるでリンゴのよう。言うなれば、美しいリンゴ。

「失礼にもほどがあるってものよっ!」
「事実を述べたまでだ」
「うっさいわね! 黙りなさい!」

 それにしても、ベルンハルトとリンディアは、なぜこうも全力で喧嘩できるのだろう。個人的に、そこは少々不思議だったりする。

 家族というならまだ分かる。
 昔からの知り合いというなら、それも分かる。

 だが、ついこの前知り合ったばかりの二人ではないか。なのになぜ、ここまで躊躇なくぶつかれるのか、疑問で仕方がない。

 そして、疑問であると同時に羨ましくもある。

 私は王女だ。だから、私に対して喧嘩を売ってくる者なんていない。それはありがたいことではあるのだけれど、仲良く喧嘩している二人を見ていると、「私も参加したい」とまったく思わないでもないのだ。

「何なのよー!」
「落ち着きたまえ、リンディア。心配せずとも、私は君の良さを知っているよ」
「アンタはいーから」

 アスターはリンディアに冷たくあしらわれていた。彼は彼で気の毒な役回りだ。

「……ベルンハルトも、リンディアも」

 喧騒の中、私はそっと口を開く。

「何だ」
「なにー?」

 二人の視線がこちらへ注がれる。

「これからもよろしくね」

 私がそう言うと、二人は揃って、きょとんとした顔になった。私の発言が唐突すぎて、理解が追いつかなかったのかもしれない。


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