複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.1 )
日時: 2018/10/13 23:26
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)

プロローグ

 青き惑星・オルマリン。
 その星を治める星王家には、一人の娘がいた。

 名は、イーダ・オルマリン。

 波打つような金の長い髪を持つ王女で、その美しさといえば、オルマリン中に知れ渡っているほどのものであった。

 そんな彼女は、十八を迎えた春、襲撃によって従者の多くを失ってしまう。

 従者らの働きにより自身は生き延びたものの、再び同じことが繰り返されることを恐れた彼女は、その身を自室へ隠し、外の世界と繋がることを拒否するようになったのだった。

 だが、それから半年。彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.2 )
日時: 2018/10/14 08:04
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kJLdBB9S)

1話 星王より、提案

「イーダ様、いらっしゃいます?」

 ある日の昼過ぎ。私が自室で過ごしていると、扉の向こう側から、そんな言葉が聞こえてきた。

 昼食は先ほど終えたため、食事の時間ではないはず。
 それだけに、こんな時間に声をかけられるのは不思議だ。

 ただ、よく聞く声であったため、私は仕方なく、部屋の扉の方へと向かった。きっと何かの用事なのだろうから。

「……何?」

 気は進まないが無視するのも問題なので、嫌々、ゆっくりと扉を開ける。

 するとそこには、女性が立っていた。

 白いショートヘアに、冷ややかな雰囲気をまとう顔立ち。着ている黒いワンピースは体にぴったりと密着しており、太ももの真ん中辺りまでの丈のスカート部分はかなりタイト。そして、すらりと伸びた脚には、ワンピースと同じ色のロングブーツが吸い付いている。

 彼女は、この前の春の襲撃で唯一生き残った私の従者——ヘレナだ。

「今後貴女にお仕えする従者に関する件について、お話に参りました」
「従者はもう要らない。私のために人が死ぬのは嫌だから。前にそう言ったはずだけど」
「いいえ、そういうわけには参りません。本日お話させていただくのは、星王様が自らご提案なさった件についてですので」

 私は彼女が苦手だ。
 感情のないような冷たい顔つきも、淡々とした遠慮のない物言いも、そのすべてが好きになれない。

 何人もいた従者の中で、なぜ彼女だけが生き残ってしまったのか——今でも時折、そんなことを思ったりする。そんなことを考えるのは失礼だと、分かってはいるのだけれど。

「……入って」
「ありがとうございます。失礼します」

 本当は従者の話なんてしたくはない。

 ただ、ヘレナが断っても帰ってくれないことは目に見えているので、取り敢えず部屋へ招き入れることにした。

 話を聞いてから断るでも、遅くはないだろう。

「それで、何のお話?」

 向かい合わせに置かれたソファに腰を掛けてから、私はヘレナに尋ねた。
 なるべくスムーズに話を進め、早く帰ってほしいからだ。

「イーダ様。貴女が従者をお付けにならないのは、人が傷つくのが嫌だから、という理由でしたね」
「えぇ」
「ならば、従者となるのが人でなければそれでいい」

 ヘレナは、相変わらずの淡々とした調子で、そんなことを言った。
 だが、私にはその意味がよく分からない。

「そうお考えになった星王様が、貴女の従者に相応しいものを用意なさっています」
「父が?」

 従者はもう必要ないと言っているのに……。

「はい」
「人でない従者を用意した、ということ?」
「そうです」

 話せば話すほど、よく分からなくなってくる。
 人でない生き物に従者が務まるとは思えない。従者の仕事は、人でなくともできるような単純なものではないからだ。

「ヘレナ、まったく意味が分からないわ。まず、その『人でない従者』というのは、何なの?」

 最初は適当に聞いて断ればいいと思っていたのだが、別の意味で興味が出てきてしまいつつある。

「収容所より、従者の才を認められた者を連れて参るのです」
「まさか!」

 このオルマリンの各地に、罪人などを入れておく収容所なるものが存在していることは、以前から知っていた。

 だが、そこから私の従者を選ぶだなんて。
 収容所出身の者が王女の従者となった話など、一度も聞いたことがない。

 ……それに。

 収容所から連れてくるのなら、結局、人ではないか。

「それならば、もし仮にその者に何かがあったとしても、貴女が罪悪感をお持ちになることはないでしょうから」
「人でないという話だったのに。結局は人じゃない」
「いえ、彼らは人ではありません」

 ヘレナは微かに俯いたまま、赤い瞳だけをこちらへ向けてくる。胸を貫かれたかと勘違いしてしまうような、冷たく鋭い視線だった。

「我々は、あそこで暮らす彼らを、『人』とは呼ばないのです」

 私には、ヘレナの言葉が、いまいち理解できなかった。

 ただ、人とは呼ばない——その言葉だけが、妙に耳に残る。

 この星の王女ゆえ、ほぼすべてを知っているものと思っていた。けど、もしかしたら、それは違うのかもしれない。

 ふと、そんな風に思ったりした。

 その時、ヘレナが唐突にソファから立ち上がる。

「そういうことですので、イーダ様。よろしくお願いしますね」
「え?」

 話についていけず首を傾げていると、ヘレナは無表情のまま続ける。

「明日、ここへ候補となる者を連れて参ります。その中より、イーダ様がお選び下さい」
「選ぶって……何なの?」
「イーダ様の従者はイーダ様が選ぶべき、と、星王様が」

 従者の多くを失ったあの襲撃以来、私はあまり部屋の外へ出なくなった。そして、新しい従者を取ることもしなかった。そんな私を心配して、星王はこのような提案をしてくれたのだろう。

 娘の私が言うのも何だが、星王は優しい人だ。だから、私のことを気にかけてくれているのだと思う。
 それを考えると、少し申し訳ない気もした。

「それでは、失礼します」

 ヘレナは淡々とそう述べると、丁寧にお辞儀する。
 真面目な彼女らしい、きっちりとした振る舞いだ。

 ……常に無表情なところだけは、少し妙な感じだけれど。

「明日の朝、また伺います」
「いいえ、それは結構よ。従者は要らないと、もう一度、父に伝えておいて」
「いえ、既に準備は進んでいますので。では失礼します」

 一応断ろうとしてみたのだが、ヘレナはそれだけ言って出ていってしまった。彼女は、私の意思を聞く気など、さらさらないようである。

 ヘレナは今日も、相変わらずの優しくなさであった。

 ……やはり、彼女は苦手だ。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.3 )
日時: 2018/10/14 17:39
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0llm6aBT)

2話 候補者紹介

 翌朝、私は起きるなり、服を着替えた。お出掛け着ではなく、部屋やその周辺で生活している時にいつも着ている、これといった特徴のない白いワンピースに着替えたのである。というのも、ヘレナが訪ねてきた時に寝巻きでは、さすがに恥ずかしいからだ。

 着替えを終え、洗面所へと向かう。

 そこで私は、髪に酷い寝癖がついていることに気がついた。元々直毛な方ではないのだが、今日はいつにも増して髪がうねってしまっている。

 支度しなくてはならない日に限って、これだ。嫌になってくる。

 だが、文句を言っている暇などない。
 ヘレナが来るのも時間の問題。彼女がやって来るまでに、一刻も早くこの髪をどうにかしなくてはならない。

 私は、洗面台の脇にある青いボタンを押す。すると、蛇口から透明な水が溢れ出した。それを両手で受けるようにして手を濡らし、その湿った手で髪に触る。

「何とか直るといいのだけれど……」

 誰に対してでもなく、一人呟く。
 それから私は、鏡に映る自分の姿を、意味もなく見つめたりした。


「おはようございます、イーダ様。お迎えにあがりました」

 寝癖を直すことに成功してからしばらく経った頃、ヘレナは現れた。

 丈の短いタイトな黒ワンピースに、ロングブーツを履いた長い脚。女性らしからぬ白髪のショートヘアに、感情の読み取れない冷たい顔つき。彼女は今日も相変わらずだ。

「え、どこかへ行くの? ここへ連れてくるという話じゃなかった?」
「はい。その計画だったのですが、候補の中に約一名、どうしてもイーダ様の部屋へは行かないとごねている者がおりまして」

 自室の外へ出ることに変わったのなら、もう少し早く言っておいてほしかった。それを知っていれば、服装ももっと華やかなものにしたのに。

「早めにお知らせできず、失礼しました」

 一応、知らせなかったことを悪かったとは思っているようだ。
 それが分かったため、私はそれ以上、何も言わないことに決めた。既に謝罪している人を責める趣味はない。

「分かったわ……特別よ?」
「可能でしょうか」
「えぇ。そこへ行って、私の口からちゃんと断らせてもらうわ」

 するとヘレナは、少しばかり眉間にしわを寄せた。
 だがすぐにいつもの無表情へと戻る。

「では、そちらまでお送りします」

 自室の外へ出るのは数日ぶりかもしれない。前に外へ行った時から何日くらい経ったのか、はっきりと覚えてはいないが、一日二日でないことだけは確かである。

「ありがとう。でも、従者を選ぶ気は本当にないわよ」
「取り敢えず来ていただければ、それで構いません」

 ヘレナは私の気持ちなんて、微塵も考慮してくれそうにはない。彼女が冷たいことは前から知っていたが、改めて再確認した気分だ。

 やはり、苦手である。

 そんなことを考えつつ、私はヘレナの後ろについて歩く。目的地へと向かうために。


 目的地までの距離は、それほどなかった。
 歩くのがさほど速くない私でもほんの数分で着けたくらいの距離である。

「イーダ様、こちらへお入り下さい」
「えぇ」

 行く先にどのような光景が待っているのだろう。ふと、そんなことを思った。そのせいで不安になり、足を止めてしまう。
 私の変化にすぐに気がついたヘレナは、無表情な面をこちらへ向け、微かに首を傾げた。

「……イーダ様? どうなさいました?」

 彼女はそう尋ねてくれた。だが、「色々想像して不安になった」なんて言えるわけもない。なので私は、ただ首を左右に動かすだけにしておいた。

「いえ、何でもないわ」
「そうですか。失礼しました」

 ヘレナはそれ以上何も言ってこなかった。
 彼女の淡白さは、こういう時だけはありがたく思える。


 先ほどヘレナが開けてくれたボタン開閉式の扉を通過すると、そこは広い部屋だった。私の自室も、王女の部屋というだけあって結構な広さがあるのだが、恐らくそれよりも広い。中規模くらいならパーティーを開けそうなくらいの広さの部屋だ。

「王女様! ようこそ来て下さいました!」

 想像していたより広い部屋を感心しながら眺めていると、唐突に声をかけられた。

 あまり見かけたことのない、六十代くらいと思われる男性だ。

 知り合いでもない人に話しかけられ、私は困ってしまった。どこの誰か知らない人に対して振る話題なんて持っていなかったからである。仕方がないから、「おはようございます」とだけ言っておいた。

 すると男性は、自ら話し始める。

「わたくし、オルマリン第一収容所の所長、ダンダ・ンバーラでございます! 本日は、お美しい貴女様の従者となれそうな男を、幾人か連れて参りました!」
「あの、私は……従者を必要とはしていません」
「そう仰らずに! 見ていって下さいませ!」

 速やかに断って帰ろうと思ったのだが、ダンダは話を聞いてくれそうになかった。それどころか、片方の手首を持たれ、引っ張っていかれてしまう。

「えっと、ダンダさん? 私は従者など……」
「まぁそう仰らずに! 見ていっていただけるだけで構いませんから!」

 駄目だ。私ではどうにもできない。
 そう悟った私は、すぐに自室へ帰ることは諦め、見るだけ見ていくことにした。

 本当は気が進まないけれど。


 それから私は、用意されていた椅子に座り、従者候補として連れてこられた男性を何人か見た。

 ある人は、いかにもお世辞という感じの褒め言葉をかけてくれ、ある人は、己の有用さを証明しようと特技を披露してくれた。

 私の従者になれば、もう収容所で暮らさなくていい。
 だから、皆、選んでもらうことに必死なのだろう。

 収容所内の環境はあまり良くないと聞くから、彼らの気持ちも分からないことはない。だが、もう少し隠せないものだろうか。

 必死さが伝わってきすぎるため、誰にもまったく興味が湧かなかった。
 それどころか、不快感さえ覚えた。

「私、もう帰ります」

 五人ほど見た時、私はダンダにそう告げた。

 やはり、こんな中に、私が興味を持つような者がいるわけがない。見れば見るだけ不快な気分になっていく——それだけだ。

「えっ」
「元々、従者を選ぶつもりはありませんでしたから」
「ええっ! そんな、まだ数人おりますぞ?」

 ダンダの顔は驚きと焦りの混じった色に塗り潰されている。
 少し申し訳ない気もするが、もはや時間の無駄だと判断したため、私は続けた。

「何人見せていただいても、同じことです。きっと……私の心を動かすような方は、ここにはいらっしゃらない」

 彼らは、収容所から出たい一心で良いところを見せようとしているだけ。地位を得た瞬間、きっと化けるだろう。そんな者を近くに置いていては、後々、何をされるか分かったものでない。

「ですから、もう帰らせていただきます」

 するとダンダは、近くにいる部下らしき者へ、大きな声で指示を出す。

「おい! あいつだ! あいつを連れてこい!」
「えっ、やつですか?」
「そうだ!」
「ですが、あの者はかなり危険ですっ」
「構わん! 連れてこい!」
「は、はい!」

 ——あいつ?

 何か、特別な人がいるのだろうか。
 ダンダとその部下らしき人の会話を聞く限り、他とは違う特別な者がいる、という雰囲気だ。

「お、王女様。どうか、お座り下さいませ。珍しいタイプをお見せしましょう」
「まるで人でないかのような言い方ですね」
「し、失礼でしたでしょうか」
「いえ……ただ、不思議な言い方だと思っただけです」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.4 )
日時: 2018/10/15 16:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kEC/cLVA)

3話 ベルンハルト・デューラー

 待つことしばらく。
 一人の青年が、二人の男に両腕をしっかり拘束されながら、連れてこられた。

 他の者たちとは、扱いが明らかに違う。これまでの者たちは、こんな風に拘束されてはいなかった。ということは、この青年は他の者たちとは違う、ということなのだろう。

「連れてきました!」
「おぉ、ご苦労」

 その様子を確認した後、ダンダは私の方へと向いてくる。

「王女様、この男はいかがでしょう? 他より凶暴ではありますが、しつけてしまえば役立ちますぞ!」

 両腕をしっかりと拘束されている青年は、容姿だけ見れば、至って普通だ。

 ほぼ黒と言ってもおかしくはない、暗い焦げ茶色の髪。細く凛々しい目に、黒い瞳。ダンダは凶暴だと言うが、青年の容姿から凶暴性を窺うことはできない。

「凶暴、とはどういうことですか? 何か罪を犯しでもした方なのですか?」

 浮かんだ疑問をずっと持っておくのも面倒なので、思いきって尋ねてみた。
 するとダンダは、渋いものを食べたかのように顔をしかめつつ、私の問いに答えてくれる。

「この男は抵抗ばかりして、己の立場を理解していないのです。それゆえ、もう少し教育が必要やもしれませんな。ただ、しっかり教育すれば、優秀な駒となることは確かです」

 ダンダの説明を聞いてから、私は再び、青年へと視線を向ける。それから少しじっと見つめていると、拘束されている青年がこちらを向いた。

 私を睨んでいる。
 まるで、親の仇を見るかのような目つきで。

 先ほど目にした、他の者たちの媚びるような目つきとは、真逆だ。

 彼は私に気に入られようとは思っていない——言葉を交わさずとも、それが伝わってくる。

 でもなぜだろう。
 よく分からないけれど、彼には興味が湧く。

 彼は一体何者なのか。彼はこれまで、どのような人生を歩んできたのか。そんな風に、色々知りたくなってしまう。

 ——気づけば、私は彼のいる方へと歩み寄っていた。

「貴方、他の人とは違うわね」

 自然に口が動いた。
 これまでは、話したくなんて一度もならなかったのに。

「貴方からは、他の人にはなかった気高さを感じるわ。お名前、聞かせてもらっても構わないかしら」

 すると青年は、私を睨んだまま、小さく口を動かす。

「ベルンハルト・デューラー」

 凄く冷たい声だ。
 でも、なぜか惹かれる。もっと知りたいと思ってしまう。

「ベルンハルトというのね。素敵な名前だわ」

 それは正直な言葉だった。機嫌取りのお世辞などではない。

「私はイーダ・オルマリン」
「……オルマリンの女に用などない」

 両腕を拘束された青年——ベルンハルトは、私の歩み寄ろうする努力を、粉々に打ち砕いた。
 この星の王女である私にこんな態度をとる人は、なかなか見かけない。

「念のため言っておくが、僕はオルマリンの女に仕える気など、微塵もない」
「……そうなの? なら、なぜここに?」
「強制的に連れてこられただけだ」

 ベルンハルトが私から目を逸らすことはなかった。彼は、ほんの一瞬も私から目を離さず、ただひたすら睨み続けている。

「僕はオルマリンに屈する気はない。オルマリンの女に仕えるということも、絶対にあり得ない」

 どうやら彼は私の従者となる気はないようだ。むしろ、私を嫌っている様子である。


 その時。

 眉間にしわを寄せながら、ダンダが私たちのいる方へと、ずんずん歩いてきた。先ほどまでとは顔つきが違っている。

 何事かと思っていると、彼はズボンから短い鞭を取り出した。

「無礼者め!」

 そして、その鞭でベルンハルトの頬を叩いた。

「……っ!」

 ベルンハルトの頬から、赤いものが流れ出す。
 ダンダに鞭で叩かれた時に、切れてしまったものと思われる。

「王女様に対し、何ということを!」

 鋭く叫んでから、ダンダはもう一度、鞭でベルンハルトの頬を叩いた。

「や、止めて下さい!」
「オルマリン人でもないくせに、調子に乗るな!」

 制止しようと言ってみたが、ダンダは少しも聞いてくれない。今のダンダは、ベルンハルトを傷つけることに集中しすぎてしまっているようだ。

「貴様! 王女様にあのような口の利き方をするとは、万死に値するぞ!」

 ダンダの指示で、ベルンハルトの両腕が厳しく締め上げられていく。
 それでも、ベルンハルトは平静を保っていた。だが、締め上げがかなりきつくなり上半身が反り返ってくると、その顔を歪めた。

「……く」

 苦痛に声を漏らすベルンハルトを見て堪らなくなった私は、ついに声を荒らげる。

「止めて! 彼に酷いことをしないで!」

 半ば無意識に体が動き、気づけば、ベルンハルトとダンダの間に立っていた。

 自分でも、自分の行動がよく分からない。
 ただ、私がその位置へ入ったことで、ベルンハルトが鞭で打たれるのを回避することができた。それだけは良かったと思う。

「お、王女様。そこをお退き下さい……!」
「いいえ。退かないわ」

 確かに、ベルンハルトは無礼かもしれない。
 でも、だからといって、傷つけて良いということにはならない。

「一方的に傷つけるのは止めて!」
「し、しかし、王女様……」
「ベルンハルトとは私が話します! ちゃんと話せば、きっと分かってくれるはずよ。だから、それまで少し待って」

 私がベルンハルトを庇う理由など、何もない。ただ、目の前で彼が傷つけられるところを見るのが嫌だっただけだ。

 こういう時だけは王女で良かったと思ったりする。

 それから私は、ベルンハルトの方へと体を向け、改めて話しかける。

「頬は平気?」
「心配されるようなことではない。貴女は知らないだろうが、収容所では、こういうことは日常茶飯事だ」
「……そうなの? 酷い環境なのね」

 収容所内では暴力が当たり前なのだろうか。だとしたら、そこで暮らしている人たちは、きっと辛いはずだ。

「僕からすれば、オルマリンは倒すべき敵だ」
「ベルンハルトはオルマリン人でないの? どこかからやって来たの?」

 気になったので質問してみた。しかし、彼は微かに俯いて、「答える必要はない」と言うだけだった。


 ——刹那。

「……えっ?」

 首の後ろ側、うなじに、突如冷たいものが触れた。
 瞳だけを動かし背後へ視線を向けると、視界の端に、ダンダが拳銃を突きつけている様子が入る。

「……どうして」
「本当なら従者となった者に殺らせるつもりだったのですがな。どうやらそれは無理そうですので、ここでわたくし自らが手を下すことと致します」

 私は信じられなかった。
 まさか、ダンダが私の命を狙っていたなんて。

「では、王女様。お覚悟を」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.5 )
日時: 2018/10/16 04:39
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oN2/eHcw)

4話 見送るのは、寂しい

 うなじに触れる銃口から、ひんやりとした感触が広がる。生まれてこれまで、一度も体験したことのないような感触に、心臓の脈打つ速度が急加速した。周囲の者にまで聞こえてしまっているのではないかと思うほど、大きく、バクンバクンと鳴っている。

「ンバーラ! 何をするつもり!?」

 目の前にはベルンハルト。背後にはダンダの拳銃。

 そんな緊迫した状況の中、私は、ヘレナの鋭い叫び声を聞いた。

 いつも淡々とした調子でしか物を言わないヘレナが、叫んでいる。
 そのことが、今の状況が異常であることを物語っていた。

「銃口を離しなさい!」

 ヘレナの鋭い声が聞こえてくるけれど、彼女を捉えられるほど大きく振り向くことはできない。下手に動けば、撃たれるかもしれないからだ。

「知るか! 死に損ないの女ごときが、口出しするな!」

 耳に飛び込んできた荒々しい声。その主は、恐らく、ダンダだろう。目で確認することはできずとも、耳だけで十分察することができる。

「イーダ様の命を狙うなど、反逆罪よ!」
「黙れぃっ!!」

 その次の瞬間、ぱぁん、と乾いた音が鳴った。

 一二秒して、うなじから銃口が離れたことに気がつき、すぐに振り返る。

「……そん、な」

 振り返り視界に入ったのは、ダンダに撃たれたヘレナの姿だった。

 ヘレナは、目を大きく見開き、驚きの色に満ちた表情のまま止まっている。まるで、そこで時が止まってしまったかのように。

 宙には、赤い飛沫が待っていた。

 その数秒後。
 撃たれたヘレナの脱力した体は、ドサリと床に崩れ落ちる。

「次は王女様ですぞ」

 倒れたヘレナに声をかけにいこうとしかけたのだが、ダンダに再び銃口を向けられたため、それは諦めた。
 私は無力だ。至近距離にある銃口から上手く逃れ、ヘレナのところまで走るなんて、できっこない。

「や、止めて。撃たないで」
「これはわたくしの出世のため。今さら止めることなど、絶対にできませんぞ」
「……出世のため? 貴方は、自分の出世のためだけに、私を殺めるつもりなの?」
「収容所所長というのも、楽しいものではありませんからな」

 私にはダンダが分からなかった。

 人には出世したいと思う心があるということは、私にだって理解できる。といっても私には縁のないことだけれど、それでも大体想像はつく。
 だが、他人を傷つけてでも出世したいなんて、思うものなのだろうか。

 そんなことをしたら、罪を背負って生きていかなくてはならなくなるだけのことなのに。

「では、さらば!」

 ダンダが引き金を引く——ほんの一瞬前。
 ベルンハルトが、私の足を払った。

「きゃ」

 拳銃に意識を向けすぎるあまり、ベルンハルトを注視していなかった私は、足を払われ転倒する。

 だが、そのおかげで命を取り止めた。

 私に向かって飛んできていた銃弾は、転んだことで私には当たらず、そのまま進む。そして、その先にいた、ベルンハルトを拘束している男の顔面に命中した。

「何ぃっ!?」

 結果的に部下の顔面を撃ち抜いてしまうこととなったダンダは、そのしわが多く刻まれた顔に、焦りの色を滲ませる。

「ふっ!」
「ぐぎゃあ!!」

 片腕の拘束が解けたことに気づいたベルンハルトは、もう一方の腕を拘束している男の鳩尾へ膝をめり込ませた。突如膝蹴りを食らった男は、情けない叫びをあげて、その場に倒れ込む。

 ベルンハルトはその隙を逃さない。
 彼は、倒れ込んだ男の腰のホルスターから素早く拳銃を抜き取ると、その銃口をダンダへ向ける。

 急展開に何とかついていこうと頭を持ち上げると、ベルンハルトに足で止められた。なかなか乱暴だが、下手に動いて命を落とすのも嫌なので、床に伏せておくことにした。

 数秒後、破裂音が空気を揺らす。

「よし」

 何がどうなっているのか、今の状況がまったく掴めない。だが、ダンダの声がしなくなったので、少しだけ顔を上げてみる。

「……何が……どうなったの?」

 口から疑問がするりと出た。
 それに対しベルンハルトは愛想なく返してくる。

「終わった」

 本当に短い、一言だけの答えだ。
 このとんでもない状況を、一言にまとめてしまえるというのは、なかなか凄いことだと思う。大雑把というか、何というか。

「お、終わったのね……?」
「取り敢えず」

 また新たな敵が現れる可能性は否定できない。だが、取り敢えず落ち着いたことは確か。

 なので私は、伏せていた体を少し起こした。

「取り敢えず? ということは、まだ終わりでないかもしれないの?」
「僕に聞かれても困る」

 ベルンハルトの声はとても冷たいものだった。彼の声には、優しさなんてものは欠片も存在していない。

 ただ、彼がいたおかげで私は助かった。
 彼の咄嗟の動きがあったから、私はダンダに殺されずに済んだのだ。

 だから私は、拳銃を握ったまま立っているベルンハルトに、礼を述べておくことにした。

「ベルンハルト……だったわね。その、助けてくれてありがとう」

 彼の瞳がこちらへ向く。

「貴方がいなかったら、殺されていたわ。本当に、ありがとう」
「助けたつもりはない」
「え。そうだったの? じゃあ、すべては偶然?」
「ただ、オルマリンの女などに借りを作りたくなかっただけだ」

 ベルンハルトの私への接し方は、これまで体験したことがないほどのそっけなさだ。けれど、それを不快だとは感じない。不思議なことだが、「そんなもの」といった感じなのである。

「なるほど。そういうことだったのね」

 そう言った瞬間。
 私の頭に、ヘレナが拳銃で撃たれた光景が蘇った。

「あ!」

 咄嗟に立ち上がり、ヘレナがいた方向へと駆け出す。

「ヘレナ! 大丈夫っ!?」

 床に倒れ込んだヘレナを目にした瞬間、私は衝撃を受けた。
 力なく倒れている彼女が、ぴくりとも動いていなかったからである。

「ヘレナ……?」

 赤い泉の中に横たわる彼女は、目を開いたまま、壊れた人形のように止まっている。その光景を目にしてなお、私は、彼女がどういった状態なのか掴みきれない。

「ヘレ……ナ、ねぇ、どうして返事してくれないの」

 今朝、私を迎えに来てくれたじゃない。
 この部屋へ入る時だって、ボタンを押して扉を開けてくれたじゃない。

 なのにどうして、今は、返事の一つさえしてくれないの。

「どうして何も返してくれないのよ!」

 絞り出すように叫んだ。

 彼女の今が理解できなくて。理解したくなくて。

「呼んでいるのに!」

 ヘレナのことは苦手だった。ずっと、そうだった。あの、淡々とした口調と氷のような眼差し——今でも好きにはなれそうにない。

 けれど、思えば彼女がずっと傍にいた。

 あの十八の春。従者のほとんどを失い、それからは、唯一生き残った彼女と話すことが増えて……。

 苦手だと思っていた。
 彼女とは気が合わないと、そう思っていた。

 でも——そんな彼女が相手であっても、見送るのはやはり寂しい。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。