複雑・ファジー小説
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- 【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
- 日時: 2019/03/25 21:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
〜あらすじ〜
青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。
名は、イーダ・オルマリン。
十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。
それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。
※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)
〜目次〜
プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159
あとがき >>160
〜コメントありがとうございます!〜
一般人の中の一般人さん
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.36 )
- 日時: 2018/11/14 05:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: BEaTCLec)
35話 表裏一体
その後、私は父親と会った。
私の顔を見た彼は、星王らしくなく涙ぐんだ。しかも、近くにシュヴァルやベルンハルトがいるにもかかわらず、躊躇うことなく抱き締めてきた。
「無事で良かったぁっ!」
「え。え、ちょ……」
父親の凄まじく高いテンションに、私は上手くついていくことができなかった。
「心配したぞぉっ!」
「あ、ありがとう……」
それしか言えない。
「イーダは可愛いから、狙われるのは仕方ないのかもしれない! だがしかし! わざわざ自室に忍び込んでというのは、怪しからん!」
私たち二人以外もいるところでこんなことを叫ぶのは、勘弁してほしい。親馬鹿も大概にしてくれ、と言いたい気分だ。
「で、誘拐犯はどんな男だったんだぁ!?」
「普通におじさんだったわ」
「おじさん!?」
私が発した答えに、父親は目を大きく見開く。彼の予想とは違っていたようだ。
「お、おじさんだって!? こんなくらいのおじさんか!?」
父親は自分を指差しながら質問してきた。
だが、いきなりそんな質問をされても、よく分からない。
「多分もっと上だと思うわ」
「そうなのか……はっ! まさか!」
「え?」
「そいつの狙いは、父親の座かっ!?」
えぇぇ……。
そんなこと言われても。
アスターは確かに怪しげな人ではあった。服装もあまり見かけないようなものだったし。けれどさすがに、「父親になりたい」なんて思ってはいないだろう。
「まさか、それはないと思いますよ」
私が返答に困っていたところ、シュヴァルが入ってきてくれた。
「王女様の父親になろうなどと企むような身の程知らずは、この星にはいないでしょう」
「そうかぁ? イーダは可愛いから、起こりえると思うんだが?」
「王女様がお可愛い、ということは間違ってはいないでしょう。星王様の仰る通りです。ただ、父親になりたいと思うかどうかは、また別の話ですよ」
シュヴァルのことは、正直、あまり好きでない。だが、こういった場面で口を挟んでくれるのは、ありがたいと思う。
「普通の人間は、そんな恐れ多いことを考えたりはできません」
冷静なシュヴァルの言葉を聞き、父親はぱあっと明るい顔つきになる。その切り替えの様は、まるで小さな子どものようだ。
「そうか! それもそうだな!」
父親は何やら嬉しそうである。
「イーダの父親は譲るものか!」
……いや、だから、誰も父親の座を狙ってなんかいないってば。
内心そんな風に呟いてしまった。が、それは私だけの秘密にしておこう。
「それでシュヴァル。犯人の犯行動機の調査は?」
父親は急に真顔になった。
「確保が完了し次第、速やかに調査に移ります」
「頼りにしているからな」
「このシュヴァルにお任せを」
シュヴァルは軽く頭を下げると、口元に微笑みを浮かべたまま退室していく。足音もたてない、滑らかな足取りで。
「……何が面白いのよ」
部屋から出ていくシュヴァルを背を眺めながら、私は半ば無意識に漏らしてしまった。その言葉を聞いて驚いたのか、父親とベルンハルトが、同時に私へ視線を向けてくる。
「イーダ?」
「イーダ王女?」
私へ視線を向けた二人が私の名を発したのは、ほぼ同時。
「シュヴァルがどうかしたのかぁ?」
個人的にはあまり好きでないが、父親はシュヴァルを信頼している。だから、シュヴァルを悪く言うことはしづらい。
「あ……べつに。何でもないわ」
どう答えるべきか暫し考えた後、私はそう発した。
するとベルンハルトが言う。
「何か思うことがあるなら、はっきり言った方がいい」
そこへ、父親も乗っていく。
「そうだぞ! 遠慮は要らない!」
私は真実を告げるべきかどうか迷った。
シュヴァルを信用できない。
ベルンハルトはともかく、父親にそんなことを言っていいものか。
父親はシュヴァルを信頼し、側近として重用している。もし仮に、私がこの心をはっきりと言えば、父親の考えを真っ向から否定することになってしまう。
「いえ。本当に……何でもないの」
父親の考えをあからさまに否定することは、今の私にはできなかった。
そんな勇気はない——それが真実だ。
「イーダ王女。さっきは何を言おうとしていた?」
父親が星王の仕事とか何とかで部屋を出ていき、殺風景な部屋に二人だけになってから、ベルンハルトはそんなことを尋ねてきた。二人だけになったタイミングを見計らい、質問してくれたのだろう。
「本当に何でもないわ」
「シュヴァルか?」
ベルンハルトの言葉に、私はドキリとした。
まるで、心を見透かされているみたい。
「……気づいていたの」
「当然だ。シュヴァルの背を見ながら呟いていたからな」
「……そうだったのね」
どうやら、ばれていないと思っていたのは私だけだったようだ。隠せているつもりでいただけに、少し恥ずかしい。
「よく見ているのね、ベルンハルト」
「それが僕の役目だ」
確かに、そうかもしれない。従者が主の様子をしっかり見ているのは、何も珍しいことではないのだから。
「……ありがとう」
「え」
「オルマリン人なんて好きではないでしょう。なのに貴方は、私の傍にいてくれている」
そんな彼に対し、「ありがとう」以上に言わねばならない言葉など、存在するだろうか。少なくとも、私には思いつかない。
「本当にありがとう」
ベルンハルトは、目を見開き、眉を寄せた。彼の凛々しい戦士のような顔に、今は、戸惑いの色だけが滲んでいる。
「これからもまた迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、貴方を不幸にはしないように頑張るわ。だから、ずっと傍にいてね」
周囲に誰もいないからこそ言えた言葉だ。父親、シュヴァル、リンディア——その誰か一人でもここにいたなら、こんなことは言えなかったと思う。
しかし、ベルンハルトはきっぱりと返してくる。
「いや、ずっとはない」
彼が何を言おうとしているのか分からず、私は混乱する。
「そうなの……!?」
「健康体でなくなった場合や、貴女が結婚した場合など、僕が貴女の従者でなくなる可能性はいくつも存在する」
「え、え……」
「そもそも、人間には『ずっと』などない。人間は有限の生き物だ」
もはやオロオロすることしかできなかった。彼の言葉は、私に、一番信じたくないことを突きつけていたから。
「頷くことは簡単。だが、簡単に頷くことは、裏切りにもなりかねない」
ベルンハルトの黒い瞳は鋭い。私の、見ないふりをしている深部を、いとも容易く突いてくる。
だから苦手。だから怖い。
けれど——それが少し嬉しくもあるの。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.37 )
- 日時: 2018/11/15 07:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: tDpHMXZT)
36話 お帰りなさい
その日の晩、自室前にてリンディアと再会した。
リンディアの姿を見るや否や、私は、彼女に抱き着いてしまった。離れていたのは約一日くらいにすぎないのに、もうずっと会えていないような気がしたから。
「無事だったのね! リンディア!」
「えぇ、そーなの。けど……どーして抱き着くの? 王女様」
感情のまま行動してしまったため、リンディアに戸惑った顔をされてしまった。嫌がられていないことは救いだが、困惑されてしまうというのは少々恥ずかしいものがある。
「一人残してきてしまったから、心配だったの」
「なるほど。そーいうことねー」
「怪我はなかったの?」
「もーちろん! あんなジジイに負けるほど弱くはないわよ!」
それを聞き、ほっとした。
心ないようなことを言っていたアスターだが、やはり、実際に弟子を手にかけるほどの悪人ではなかったのだ——と、そう思えたから。
私は、リンディアの師である彼を、悪人であるとは思いたくない。
「あの男は確保したのか?」
それまでは黙って傍にいたベルンハルトが、唐突に口を開いた。
私はリンディアから離れる。
「どうなったんだ」
リンディアを見据えるベルンハルトの表情は、とても固いものだった。冷たいというよりかは、凛々しいと表す方が相応しいような、そんな顔つきをしている。
「それはもちろん、捕まえてきたわよ」
「……それなら良いが」
「あ! もしかして、あたしを疑ってるのかしらー?」
リンディアはいじわるそうに口角を持ち上げる。しかし、ベルンハルトが顔色を変えることはなかった。
「いや、そういうわけではない。気にするな」
そう述べるベルンハルトの顔には、微かに哀愁の色が浮かんでいる。勇敢さ溢れる容貌に秋のような色が足された今の彼は、既存の言葉では表現しづらい、不思議な魅力をまとっていた。
「しっかし、まさか本当にアスターだったとはねー」
腕組みをしながらリンディアは漏らす。
「まったく、あのジジイは何を企んでるんだか……」
「アスターさんが自ら、というわけではないと思うわよ。誰かが彼へ指示したのでしょう」
本人がそう言っていたのだ。
無論、彼の発言が嘘という可能性もないことはないが。
「そーかしら」
「アスターさんはそう言っていたわ」
すると、リンディアはぷっと吹き出す。
「まっさか王女様、アスターの言葉を信じてるのー?」
私は思わず目をぱちぱちさせてしまう。彼女の発言の意味が、一瞬捉えられなかったから。
「やーねー! もう! あいつが事実なんて吐くわけないじゃない!」
「そ、そうなの?」
「王女様ったらー。素直で可愛いわねー!」
リンディアに大笑いされてしまった。
アスターの言葉を信じることが、大笑いされるようなことだとは考えてもみなかったため、正直少しショックだ。
私には、アスターが嘘をついているようには思えなかった。ただ、彼をよく知るリンディアが言うのだから、それが事実なのかもしれない。
……それでも私は、彼の言葉を信じたいのだけれど。
「ま、でもこれで解決ねー。アスターもさすがに、もう余計なことはしないでしょ」
「どんな手を使って逃げ出すか分からない。しっかり拘束しておくことだ」
「さすがに、ここから逃げ出すなんてことはできっこないわよー」
「ならいいが」
リンディアとベルンハルトは、私を含まずに、そんな風に話をしていた。
そして、待つことしばらく。
話が一段落してから、リンディアは私へ顔を向けてくる。
「今夜はトランプなんてどう? もちろん、王女様の部屋でねー」
「え」
リンディアからいきなり放たれた提案に、私は戸惑いを隠せなかった。彼女の口からそのような言葉が出てくるとは、想像してもみなかったからである。
「トランプ?」
「そーそー。あたし、こう見えても強いのよー」
何やら自慢げなリンディアを見ていると、段々明るい気分になってきた。
「楽しそうね!」
「みんなでやれば楽しーわよ」
「ぜひ!」
誰かとトランプ遊びをするなんて、いつ以来だろう。
トランプは、幼い頃に数回遊んだことがあるが、もうずっとやっていない。どんなルールがあったかも忘れてしまった。
ただ、たとえどのような状態であったとしても、リンディアたちとなら楽しめる気がする。
「ベルンハルトもどう?」
二人でも楽しいけれど、三人ならきっともっと楽しいだろう。そう思ったので、私は彼にも声をかけてみた。しかし、彼は気まずそうな顔をする。
「いや、僕は……」
「嫌?」
ベルンハルトは首を左右に動かす。
「僕は貴女の部屋へは入れない」
「え、そうなの?」
「男の従者が王女の自室へ入るなど、間違いなく問題になる」
言われてみれば、確かにそれはそうかもしれない。健全な関係であるとはいえ、男女である以上、距離が近づきすぎると問題視される可能性はある。特に、私が王女という身分ゆえ、なおさらだ。
しかし、二人きりでないなら良いと思うのだが。
「大丈夫よ。リンディアもいるもの」
「……そうだろうか」
「えぇ! 大丈夫よね、リンディア」
リンディアに話を振る。すると彼女は頷いた。
「そーね。あたしの前で不健全なことなんて、誰もできないわー」
「ほらね!」
私は視線を、リンディアからベルンハルトへと戻す。
「だから、ベルンハルトも一緒にトランプしましょう!」
するとベルンハルトは、私から目を逸らした。喧嘩した後のような、気まずそうな顔つきだ。
言いたいけれど言えないことでもあるのだろうか。
「……やっぱり、嫌?」
「いや、べつに」
「なら参加してくれる?」
「貴女が命じるならば、参加しても構わないが……」
ベルンハルトは何やらもじもじしている。
「じゃあ——」
「そ! なら決まりね!」
私が言葉を発するより早く、リンディアがそう言った。
「今夜は三人でトランプ大会! で、どーよ?」
彼女の、肩にかかっていた赤い髪を片手で背中へ流す仕草は、とても大人っぽい。まだまだ未熟な私には、到底真似できそうにない。
「イーダ王女が望むなら、僕はそれでも構わない」
「なーによ。アンタはまたそーいうこと言うのねー。素直になればいーのに」
「何を言っているんだ」
「またまたー。本当は参加したくて仕方ないんでしょー?」
「……うるさい」
私は、リンディアとベルンハルトの会話を、微笑ましく聞いていたのだった。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.38 )
- 日時: 2018/11/16 18:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AdHCgzqg)
37話 トランプ大会開催中
「ま、また負けた……」
私の自室にて開催されている、三人だけのトランプ大会。
今のところ、私は全敗である。
「あたしの一人勝ちねー!」
他の人の手札から一枚選び、自分の手札に加え、二枚揃ったものから捨てていくトランプ遊びで、私はリンディアに惨敗し続けている。既に十試合ほどしているのだが、まだ一度も勝てていない。
「少しは加減をした方がいいと思うのだが」
「えー? そんなの失礼じゃなーい」
ベルンハルトが私に気を遣うくらいの負けっぷり。こうなってしまっては、もはや笑うしかない。
「イーダ王女を一勝もできない状況へ追い込む方が問題だ」
「あたしにわざと負けろって言うの?」
「生死に関わることでもない。少しくらい負けても問題ないだろう」
「嫌よ。わざと負けるなんて、絶対にごめんだわ」
リンディアは本当に強かった。
慣れている慣れていないという次元の話ではない。彼女の強さといったら、「これを仕事にしてもやっていけるのでは?」と思ったほどである。
「リンディアはトランプ、凄く強いのね」
ただ、私としては、負け続けるだけでも楽しい。
このまま続けていても、きっと、ずっと負け続けることだろう。それは分かっている。それでも、止めたいとは思わない。それは、勝者になることよりもリンディアたちと傍にいられることの方を重視しているからだ。
従者なんて要らない。一人でいる方が、ずっと気が楽。
頑なにそう思っていた頃もあったな、と、ふと思ったりした。
一日中一人で過ごしていたのも、今や懐かしい思い出だ。
「トランプには自信があるのよ。王女様、たくさん負かしちゃってごめんなさいねー」
「こんなに強いなんて、とても凄いことだと思うわ」
「嫌になったら言ってちょーだいね」
「まさか。嫌になるどころか、楽しい気持ちでいっぱいよ」
あの頃は、誰かが傍にいるのが嫌だった。特に、従者というものが嫌いだった。私が、私の王女という地位が、いずれ彼らを傷つけてしまうことになるから。
けれど、今はそうは思わない。
ベルンハルトやリンディアが傍にいてくれることを、素直に嬉しいと感じられる。また、「いつか傷つけてしまうのでは」という不安も、徐々に薄れてきた。
「もう一試合するかしら?」
「えぇ! もちろん!」
二人となら、幸せに暮らせるだろう。
具体的な根拠があるわけではないが、今はそんな風に、前向きに考えられる。
「……もう疲れた」
「アンタ、やる気ないわねー」
「僕はトランプをする契約などしていない」
「なかなか勝てないからって、弱ってんじゃないわよー」
いつまでもこんな風に穏やかな時の中で過ごせたなら、それはきっと、何よりも幸せなことだろう。
どんな贅沢よりも、どんな貢ぎ物よりも、ただの平穏が欲しい。
「ベルンハルトはもう止めるの?」
「続けた方がいいか」
「貴方の意思を尊重するわ。けれど、できるならもう少しみんなで続けたいわね」
「……分かった。では、続ける」
やる気を喪失しつつあるベルンハルトを説得し、次の試合へと入っていく。
楽しい。
純粋な思いだけが、今、この胸を満たしている。
それから一時間ほど経過した頃、リンディアが唐突に口を開いた。
「王女様はどこかへ行ったりしないのー?」
彼女の、水晶のように透明感のある水色の瞳が、私をしっかりと捉えている。美しい瞳に見つめられると、こちらも自然に彼女を見つめ返してしまう。そして、彼女の大人びた美貌に見惚れた。
「……どーしたのよ?」
「あっ。ご、ごめんなさい」
「あまりぼんやりしていちゃ駄目よー?」
「そ、そうね。気をつけるわ」
見惚れてしまっていた、なんて言えるわけがなかった。
「で、行きたいところとかある?」
「行きたい……ところ?」
「深い意味なんて、なーんにもないわ。ただ、たまにはお出掛けしたいと思わないのか、少し気になったのよ」
お出掛け、か。
私は内心重苦しい溜め息を漏らす。
もちろん、普通の人たちみたいに、お出掛けしてみたいとは思う。楽しいだろうな、とも思う。けれども、私には無理だ。もし私が外へ行けば、きっとまた、何らかの事件に巻き込まれるに違いない。周囲に色々と迷惑をかけてしまうだろう。
「……私には無理だわ」
周囲に迷惑をかけてまで外へ行きたいとは、とても思えない。
「どーしてよ」
「私が出歩いても、迷惑をかけるばかりだもの」
「何よ、それ。そんなことで諦めるっていうの?」
「そういう運命なの。仕方ないわ」
刹那、リンディアの両手が私の肩を掴んだ。
「……っ!?」
「簡単に諦めるんじゃないわよ」
ベルンハルトはリンディアへ警戒したような視線を向けていた。
「上手くいくように考えればいーだけじゃない!」
リンディアの目からは苛立ちが感じ取れる。
もしかしたら、私が、すべて諦めているような発言をしてしまったからかもしれない。
「本当は、行きたいの? それとも行きたくないの?」
「……関心はあるわ」
正直に言うなら、一般人のような生活をしてみたい、という思いがまったくないわけではないのだ。王女として生まれたことを悔やんではいないが、平凡な暮らしに憧れている部分は多少ある。
「なら決まりね!」
「え」
唐突に「決まりね」なんて言われても、何が決まったのかまったく分からなかった。
「いつか、街へお出掛けしましょ!」
リンディアはあっけらかんとそんなことを言う。
だが、私からすれば不思議で仕方がない。
「待て。王女を勝手に外へ連れ出すのは、さすがに問題だろう」
「何よ、うるさいわねー」
「それに、遊びで連れ出すなど許可されるとは思えないのだが」
「アンタは黙ってなさいよ」
ベルンハルトとリンディアが険悪なムードに包まれている。
二人はいつもこうだ。
すぐに言い合いみたいになり、何とも言えない冷たい空気を漂わせ始める。
その場にいる私の身にもなってほしい。
「僕も従者だ。言いたいことは、はっきりと言わせてもらう」
「いちいちうるさいのよ!」
「間違っていると思うなら、はっきりとそう言えばいい」
「遊び心なさすぎ! 何なの、それは!」
あぁ、もう……。
「騒ぐな。耳が痛い」
「勘違いしてんじゃないわよ! この蛮勇の馬鹿!」
「そこまで言われる筋合いはない」
二人の険悪な空気に耐えかねた私は、ついに言葉を発してしまう。
「喧嘩は止めて!」
思わぬ大声が出てしまった。
リンディアとベルンハルトは、口を閉じ、私へと驚いたような視線を向けてくる。
「……す、すまない」
「そーね。……騒いで悪かったわね」
二人とも予想外に素直で、こう言っては何だが、驚いた。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.39 )
- 日時: 2018/11/19 19:55
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: De6Mh.A2)
38話 シュヴァルの野望
「で、見事なまでに失敗しましたね」
狭い部屋の中、シュヴァルは不満げに漏らした。
椅子に括りつけたアスターを、冷ややかに見下しながら。
「……そろそろ解いてはもらえないかね?」
氷のように冷たい視線を向けられながらも、アスターの口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。どこか余裕を感じさせるような笑みが。
「残念ですが、それはできません」
「こんな老人を拘束して何が楽しいのかね。君は相変わらず趣味が悪い」
「二度も仕損じた無能に、自由などあるわけがないでしょう」
冗談混じりに話すアスターとは対照的に、シュヴァルの表情は固い。まるで、金属で作られた仮面をつけているかのようだ。
「いやはや、君の娘がとても優秀だったのでね。ついうっかり負けてしまった」
ははは、と軽やかに笑うアスターを見たことで、シュヴァルの目つきはさらに険しくなった。自分が真剣に話しているにもかかわらず、不真面目な態度を取られたことが、不愉快で仕方ないのだろう。
「笑いごとではありませんよ。失敗したということはつまり、殺されてもおかしくはないということです」
シュヴァルが威圧的な視線を向けながら言い放つ。
すると、アスターは急に真面目な顔になって言い返した。
「……脅しは無駄だと分かっていないのかね」
室内に二人以外の姿はない。誰も見ていない静寂の中、二人の小さな声だけが空気を揺らしている。
「私を消したところで、次に消されるのは君だよ」
「まさか。あの星王が気づくはずはありません」
「星王はそうかもしれないね。ただ、それ以外の誰かが気づく可能性はおおいにある」
アスターは、拘束されていてもなお、余裕を感じさせる顔つきのまま。
一方シュヴァルはというと、アスターとは対照的に、かなり苛ついている様子だ。眉間がぴくぴくと微動している。
その様子を見て、アスターは口を開く。
「シュヴァル、君はなぜそうも王女殺害にこだわるのかね?」
問いを放った彼の瞳には、鋭い輝きが宿っていた。
「彼女は、誘拐犯である私に対しても、憎しみを向けたりはしなかった。あんなに平和主義で繊細な娘を殺害する必要など、ないと思うのだがね」
その問いに、シュヴァルは低い声で答える。
「平和主義であろうが、繊細であろうが、そんなことは関係ありません。彼女は王位継承権を持っている。それだけで、生かしてはおけないのです」
アスターは何も返さない。
ひと呼吸おいてから、シュヴァルは続ける。
「我が願いを叶えるには、王位継承権を持つ者を消す必要がありますから」
「君の願いは確か——可愛い女性を虐めることだったかね?」
その瞬間、シュヴァルは近くのテーブルを強く叩いた。バァン、という大きな音が、室内の空気を激しく震わせる。
「我が願いは、そのような下らぬことではありません」
「おや? 違ったかね」
「このシュヴァルの願いは、ただ一つ。星王となり、オルマリンを自分のものとすること。それだけです」
シュヴァルの目は希望に満ちていた。輝いている。
ただそれは、純粋な輝きではない。
野心に満ちた輝き。
獲物を狙う肉食獣のごとき、鋭い目つき。
「おぉ。それは実に壮大だね」
「そのためなら何でもします。邪魔者がいれば、誰であろうが消してみせる」
シュヴァルの瞳に迷いはなかった。その視線は槍のように真っ直ぐで、また、剣のように鋭利だ。
「そのために、ここまで上り詰めたのですから」
彼の曇りのない目を見て、アスターは、感嘆と呆れが入り交じったような溜め息を漏らす。
「……決意は固いようだね」
「当然です。この星を手に入れるためなら、何だって捨てられます。むしろ、喜んですべてを捨てる覚悟です」
語りながら恍惚とした表情を浮かべるシュヴァルに対し、アスターは愚痴るように告げる。
「よく分からないな……私には」
「でしょうね」
「おっと。予想外にはっきりと言われてしまった」
「人を殺めること以外に才のない貴方には、分からないでしょう」
シュヴァルの冷ややかな言葉に、椅子に括られ拘束されているアスターは眉を寄せ、顔をしかめた。その表情からは、複雑な心境であることが窺える。
しかしシュヴァルは、そんなことには気づかない。
目前の初老の男などには、微塵も関心がないのだろう。彼にとっては、自身の野望を叶えることがすべてだ。
「……それもそうと言えるかもしれないね。私はとにかく、権力には興味がない」
「でしょう?」
「シュヴァル、君の言う通りだ」
まだ拘束されたままのアスターは、シュヴァルに言われたことを素直に認めた。すると、シュヴァルが自慢げな顔で、アスターへと近づいていく。
「アスター・ヴァレンタイン——貴方は大人しく、このシュヴァルの力となれば良いのです」
そして、どこからともなく取り出した刃渡り十センチほどの刃物を、アスターの喉元へと押し当てた。
天井から降り注ぐ灯りを浴び、銀色の刃がギラリと輝く。
「次こそ必ず成功させなさい。それが最後の機会です」
二人の視線が交差する。
そこにあるのは、仲間意識なのか敵意なのか。もはやそれすら分からない。
「これもすべて、差別のない平和なオルマリンを作るため。分かりますね?」
「……残念だが、私にはよく分からないのだよ」
アスターの答えに、シュヴァルは目を大きく見開く。
「私は、あのような若い娘を殺害する必要性を感じないのだがね」
——刹那。
シュヴァルは、アスターが括りつけられている椅子を、全力で蹴り飛ばした。
静寂の室内に、痛々しい低音が響く。
男性一人を乗せた椅子は、それなりの重量がある。それゆえ、シュヴァルが蹴り飛ばしても、距離はさほど出なかった。しかし椅子が倒れたため、アスターはその下敷きになってしまっている。
もっとも、椅子と言ってもさほど立派な物ではないため、下敷きになっただけで生命の危機、というわけではないが。
「人殺しは大人しく人殺しをしていろ!」
日頃の様子からは想像できないくらいの厳しい形相で、シュヴァルは言葉を吐く。
「いいな!?」
しかし、椅子の下敷きになったアスターが頷くことはなかった。
「……生憎、私は若い娘を虐める趣味などないのでね。ここで身を引かせてもらうことにし……ぐぅ!?」
最後まで言えず、アスターは苦痛の音を漏らした。それは、シュヴァルが椅子ごと踏みつけたから、であった。
「ならば死になさい」
「な、何をするのかね! 危ないよ、今日の君は!」
胸元を圧迫されたアスターは、何とか呼吸を確保しつつ抗議する。
「リンディアが人殺しの子になっても良いのかね!?」
アスターが必死にそう言うと、シュヴァルの乱暴な行為はようやく止まった。
シュヴァルは片手で髪をくしゃくしゃと数回掻く。
そして冷静さを取り戻し、静かな声を発する。
「……それもそうですね」
その時には、顔つきも、普段の彼のものに戻っていた。
「罪人などいつでも処分できる。このシュヴァルが自ら行うことではありませんでしたね」
アスターは何も返さない。
シュヴァルの言葉を黙って聞いているだけだ。
「覚悟しておきなさい、アスター・ヴァレンタイン。明日には——この世とお別れかもしれませんよ」
脅すようなことを言うシュヴァルは、どこか勝ち誇ったような顔つきだ。アスターを見下し、満足しているのかもしれない。
一方アスターはというと、何も発することなく、ただ宙を見つめていた。
彼が何を考えているのかは、今はまだ、誰も知らない。
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.40 )
- 日時: 2018/11/19 19:56
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: De6Mh.A2)
39話 たまには学ぶ
昨夜遅くまでトランプで遊んでいたこともあってか、翌日目を覚ますと、既に昼を回っていた。
誰も起こしに来なかったことから察するに、今日は別段これといった用はなかったのだろう。
「おはよー」
ベッドの上で「まず何からしよう」と考えていると、リンディアの声が聞こえてきた。驚いてそちらへ視線を向ける。すると、ソファに腰掛けているリンディアの姿が視界に入った。一つに束ねた赤い髪が、朝日の下ではよく映える。
「おはよう、リンディア」
挨拶を返し、ベッドから下りた。
「見張ってくれていたの?」
「そんな感じかしらねー。ま、寝てはいたけど」
「ありがとう」
「見張りはこれからもあたしに任せて」
「頼りにしているわ」
言いながら、私は洗面所へと向かう。そして、鏡で状態を確認しつつ、乱れた髪を整える。
その途中、背後から再びリンディアが現れた。
「ベルンハルト呼んできたわよー」
「え! もう!?」
気が早すぎるだろう。
まだ髪を整えることさえ終わっていないというのに。
「身支度はゆっくりで大丈夫よー。ベルンハルトはソファのところで待たせとくわね」
「えぇ」
私は髪を整える作業に戻る。元より直毛ではない髪も、もうひと頑張り、というところまで綺麗にはなった。あと少しだ。
……それにしても、ベルンハルトがいると思うと、何だか落ち着かない。
だが、落ち着かないからといって、彼らをいつまでも待たせるわけにはいかない。なので私は、可能な範囲内で、てきぱきと身支度を済ませた。
「ごめんなさい! お待たせ!」
髪を整え、寝巻きから普段着へ着替えてから、私は洗面所を出る。このくらいまで支度できていればベルンハルトの前へ出ても問題ないだろう、と思えたから。
「お疲れ様ー」
「女性は朝から大変だな」
リンディアとベルンハルトは、ほぼ同時に応じてくれた。
ベルンハルトが立ったままなのに対し、リンディアはソファをがっつり陣取っている。パッと見るだけで二人の性格が分かるという、実に面白い状態だ。
「えぇ、少し面倒だわ」
「従者に対し気を遣うことはないと思うが」
「そうかもしれないわね。けど、私は王女だもの」
するとベルンハルトは首を傾げた。
彼には私の発言の意味が、あまり理解できなかったのかもしれない。
「身嗜みくらいはちゃんとしておかなくちゃ駄目だわ」
……いや、本当は違う。
これまでの私は、身嗜みにこだわるような質の人間ではなかった。私は、王女だからきっちりしておかなくては、などと考えるような真面目な人間ではない。
なのに、今はどうしてそんなことを考えているのか?
それは多分、「ベルンハルトに見られている」という意識があるからだろう。
恐らく私は、心のどこかで、彼に良く思われたいと願っているのだ。
「従者の前だとしても、なの」
だから、こんなことを言ってしまっているのだろうと思う。
「……そうか」
ベルンハルトは私の顔から視線を逸らし、小さくそう呟いた。彼らしい控えめな声で。
その直後、ちょうど静かになったタイミングで、リンディアが口を挟む。
「イーダ王女に用事があるんでしょー? さっさと言いなさいよ」
彼女の言葉に、ベルンハルトはハッとした顔をする。そしてそれから「そうだった」と漏らした。
「イーダ王女、これを」
そう言いながらベルンハルトが渡してきたのは、紙の束。数十枚くらいはあるだろうか。
「え、これは……?」
「星王の側近からだ。すべての紙に記入を終えたら、僕に渡してくれ。提出してくる」
私は手渡された紙を、一枚一枚、丁寧に捲ってみる。
そして驚いた。
すべての紙に、びっしりと、様々な問題が書いてあったから。
「これは……勉強?」
「よく分からない。ただ、必ず提出するようにと言われた」
「分かったわ。ありがとう」
心の中で密かに溜め息をつく。
まさかこのタイミングで勉強しなくてはならないことになるとは、夢にも思わなかった。
「何それ。王女様はまだ勉強なんてしているのー?」
軽い調子で尋ねてきたのは、リンディア。
「えぇ。一般教養の課程がまだ残っているわ」
「へーっ! けど、あたし、そんなのやってないわよ? なーのに、大人になってる」
「規定の内容をマスターしなかったら、永遠に勉強させられ続けるの。星王家の人間だからなのかもしれないけれど」
するとリンディアは、片手を頭部に添えながら述べる。
「王女様もなかなか大変ねー」
私は王女。いずれこの星の頂点に立たねばならないこととなるかもしれない地位にある。だから、普通の人たちより色々なことを学ばねばならないのも、当然と言えば当然だ。星王家に生まれてしまった以上、勉強は決して避けられないものである。
「そうなのよ。けれど、必要なものだから仕方ないわ」
「ふーん。王女様ったら、真面目ねー」
私が真面目なのではない。リンディアが不真面目なのだ。
……ほんの一瞬、そんなことを思ってしまった。
その時。
トントン、と、軽いノック音が聞こえてきた。
「……誰かしら」
一番に反応したのは、リンディア。
「ちょーっと見てくるわねー」
彼女は扉の方へと歩いていく。
流れるような足取りが、彼女の持つ大人の女性という雰囲気を、ますます高めている。歩き方まで魅力的とは、恐るべし、という感じだ。
私はベルンハルトと共に、その場で待機しておく。
「はーい。どちらさ——なっ!!」
リンディアはゆっくりと扉を開け、直後、一瞬にして顔を引きつらせた。
「アスター!?」
彼女が発した言葉を聞くや否や、ベルンハルトは腰元のケースからナイフを抜く。その動作は、光のような速さだった。
「どーしてここにいるのよ!」
「来ちゃった」
「キモいのよ! 来ちゃった、じゃないでしょ!」
私を護るように数歩前へ出たベルンハルトは、固い表情のまま状況を窺っている。アスターが仕掛けてきた時に備えているものと思われる。
そんな緊迫した空気が漂っているにもかかわらず、当のアスターは落ち着いた様子だ。
「いきなりで申し訳ないのだがーー少々、匿ってはもらえないかね?」
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