複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.26 )
日時: 2018/11/04 16:45
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w1J4g9Hd)

25話 初めから強い人間など、いない

 ベルンハルトと二人きり。そこに会話はない。
 彼はもう、私に話すような話題を持っていないのだろう。微かに俯き黙っているところから、それを察した。

「ねぇ、ベルンハルト」

 なので、今度はこちらから話しかけてみることにした。

「無事に戻ってきてくれて、ありがとう」

 すると彼は、ほんの一瞬戸惑ったような顔をしたが、わりとすぐに淡々とした声で返してくる。

「感謝されるようなことはしていない」
「いいえ。無事に戻ってきてくれただけで、ありがとう、だわ」
「だが、捕らえられなかった」

 ベルンハルトは納得できていないような顔をしている。

「これではまだ、優秀とは言えない」

 ベルンハルトは凄く不思議な人だと思う。
 オルマリン人のことも、私のことも、決して好きではないはず。にもかかわらず、従者になることを選び、真面目に働こうとしてくれている。

 私にはまだ、彼のすべてを理解することはできそうにない。

「凄く真面目ね」
「……僕のことか?」
「えぇ」
「いや、僕は真面目ではない」

 それから彼は、私を真っ直ぐに見つめて述べる。

「多少融通が利かないだけだ」

 確かにそうかも……。

「ベルンハルトのそういうところ、嫌いじゃないわよ」

 時折不思議に思うことはあるけれど、嫌な感じはしない。むしろ、私は彼に対して好感を抱いている。

「これからも傍にいてくれる?」
「……今のところは、そのつもりだ」

 ベルンハルトの発した言葉を聞き、私はホッとした。

 しかし、それも束の間。
 はっきりと言われてしまう。

「だが、僕への情を持つのは止めた方がいい」
「……どういう意味?」
「人はいずれ死ぬ。悲しみたくないのなら、他人に情を抱かない方が賢明だ」

 なぜ、敢えて今こんなことを言うのか、私にはよく分からなかった。これまでも、ベルンハルトを理解できないことはたまにあったが、今回は特に理解不能である。

「……どうしてそんなことを言うの」
「真実を述べたまでだ」
「そんなこと、言わないでちょうだい!」

 私はつい大きな声を出してしまう。

「本当は今も怖いの! でも、少しでも前を向こうとしているのよ! なのに、なのに……そんなことを言わないで!!」

 ベルンハルトの言うことも、間違いではない。それは分かっている。
 けれども私は、その真実を告げられることに耐えられるほど強い人間ではなくて。

 常々最も恐れていることを、改めて他人の口から聞くというのは、私には厳しすぎることだったのである。

「……イーダ王女」
「想像したくないの。傍にいた大切な人を奪われるところなんて」

 私がらしくなく大声を出したからか、ベルンハルトは困惑したような顔をしていた。

「ごめんなさい、こんなこと。貴方に言ったって、何の意味もないのに……」

 瞳から涙が溢れる。
 真実を述べただけの者に食ってかかってしまった、自分を制することさえままならない私が、あまりに恥ずかしくて。

 顔をなかなか上げられない私に対し、ベルンハルトは言う。

「大切な人を失わずに済む方法がある」
「……え?」

 予想外の言葉に、私は思わず顔を上げる。そして、ベルンハルトへ視線を向けた。

「失わずに済む……方法?」
「そうだ」
「……教えて!」

 世の中には、そう都合のいい話などない。それゆえ、きっと楽ではない方法なのだろう。だがそれでも、大切な人を失わずに済む方法があるのならば、知っておきたい。

「それは、貴女自身が強くなることだ」

 ベルンハルトはそう答えた。

「貴女自身が強くなり、貴女の命を狙う者を消し去る。そうすれば、もう何も失わずに済む」
「……無理よ、そんなの」
「できる保証のある方法、とは言っていない」
「……分かっているわ。そうよね、そんな都合のいい話があるわけない……」

 私が強くなる。
 そんなこと、できるわけがない。

 生まれて今日まで、私は、『強さ』なんてものとは無縁に生きてきた。いや、それ以前の問題だ。戦いに無縁どころか、普通の人々と同じような生活さえ経験せずに今日まで生きてきた私が強くなるなんて、夢のまた夢。

 そんなことが可能なら、宇宙の果ての異星まで歩いていくことだって可能だろう。

「私ももっと……強い人間に生まれられたら良かったのだけれど。ベルンハルトやリンディアみたいに、勇気のある人間に生まれたら……」

 うっかり弱音を吐いてしまった私に、ベルンハルトは静かな声で言ってくる。

「初めから強い人間など、いない」
「……そうかしら」
「そうだ。僕も、昔は今より情けなかった」
「えっ、そうなの?」

 思わず驚きの声を漏らしてしまった。失礼なことをしてしまったかと一瞬不安になったが、ベルンハルトは何事もなかったかのように続ける。

「幼い頃は、同年代の者たちにいつも馬鹿にされてばかりだった。体力はない、運動神経もよくない、すぐ泣く、と」

 ベルンハルトが放つ言葉に、私は戸惑うしかなかった。

「……本当?」
「そうだ。僕は嘘はつかない」
「ベルンハルト、よく泣いていたの?」
「幼い頃は、だがな」

 それを聞き、私は彼に親近感を抱いた。

 今は勇敢で凛々しいベルンハルト。だが、そんな彼にも弱々しい時代があったのだということを知ることができ、嬉しい。

 彼もまた、一人の人間——そんな風に考えられるようになった。

「なら、私も頑張らなくちゃ駄目ね」
「頑張らなくてはならない義務があるわけではないが」
「いろんなところへ行って、いろんなことを知る。そうやって、少しずつでも賢くなっていかなくちゃならないわよね」
「貴女がそれを望むのなら、それが貴女に必要なものなのだろう」

 私はベルンハルトへ視線を向ける。するとちょうど、彼も私の顔を見ていた。

「これからはもっと頑張るわ!」
「無理はしなくていい」
「じゃあ、無理のない範囲で頑張るわね!」
「いや、力みすぎだ」
「べつに力んでなんてないわ!」
「明らかにいつもより力んでいるように見えるが……」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.27 )
日時: 2018/11/05 18:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 393aRbky)

26話 簡易電話ボックスにて

 イーダがベルンハルトと二人で話していた頃。

 父親であるシュヴァルと共に部屋を出たリンディアは、希望した通り、一人の男性と連絡をとっていた。第二ホールのある建物から出てすぐの場所にある簡易電話ボックスにて、である。

 簡易電話ボックス内にて、一人受話器を耳に当てている彼女の顔は、険しいものだった。

「リンディアよ。久しぶり」

 黒い受話器に向かって、彼女は声を発する。

『えーと?』

 受話器の向こう側から聞こえる男性の声は、音の高さは低めなのだが、明るさを内包しているものであった。どことなく呑気な雰囲気を感じさせる声である。

「何よ、それ! 感じ悪いわね!」
『……あ。ようやく思い出したよ、赤いリンディアだね?』
「そーよ! 最初に名乗ったでしょ!?」

 手に持った黒い受話器を耳元に当てながら、リンディアは鋭い声を発する。厳しい娘が鬱陶しい父親に向けるような、厳しさのある口調だ。

『そうだったそうだった。気づくのが遅れてすまなかったね』
「アスター……アンタ、相変わらずね」
『おぉ! こんな萎れた私に、若い頃と変わらないと言ってくれるのかね? それは喜ばしい』

 受話器の向こうの男性——アスターが、少し嬉しそうな声でそんなことを言うと、リンディアは低い声で言い返す。

「ふざけんじゃないわよ、ジジイ」

 簡易電話ボックス内のリンディアは、顔をしかめていた。

『おや。そういう意味ではなかったかな』
「なーんにも褒めてないわよー」
『そうかそうか。それは実に残念だよ。……それで、本題は何かね?』

 アスターは、呑気なふりをしつつも、リンディアが何となく電話をしただけではないことに気づいているようだ。

「暇つぶしでかけたわけじゃないってことくらいは気づいたみたいねー?」

 リンディアは少しも慌てていない。

『それはまぁ……分かるとも。君はこんな老いぼれを気にかけるような優しい娘ではない』

 受話器の向こうから返ってきた言葉に、リンディアは一人苦笑する。
 無論、その場に彼女以外の人間はいないため、彼女の苦笑を目にする者は一人もいなかったわけだが。

「よーく分かってるじゃなーい」
『君は私の唯一の弟子にして、娘のような存在だからね』
「キモイわ! 勘違いしないでちょーだい。弟子だけど、娘ではないから」
『それは分かっているとも。だからちゃんと、娘のような存在、という言い方にしておいたではないか』

 ははは、と、受話器越しにアスターの笑い声が伝わってくる。
 それを聞いたリンディアは、ますます不愉快そうな顔をした。生理的に無理、というような、嫌悪感ががっつりと滲み出た顔である。

「ま、それは置いておくとしてー……アスター、アンタ」
『ん? 何かね』

 数秒の沈黙。

「イーダ王女を狙ったの、アンタでしょ」

 リンディアの真剣さに満ちた声が放たれる。
 すると、それまでは楽しげに喋っていたアスターが、初めて黙った。

「アンタは仮にも、あたしの師匠。それなのにこんなことを言う日が来るとは、夢にも思わなかったわ」
『……何を言っているのかね、君は』
「べつに、とぼけなくていーわよ。真実だけを吐いてくれれば、それでいーから」

 簡易電話ボックス内の空気が、一気に重苦しいものへと変化する。

 それはまるで、つい先ほどまで晴れていたのに急に雨が降り出した時の空のよう。あるいは、不気味な灰色をした分厚い雲に覆われた世界のよう、とも言えるかもしれない。

 とにかく、息をすることすらままならないくらいの、重苦しい空気だ。

「どーしてイーダ王女を狙ったりしたの」

 リンディアの声もまた、重苦しさを感じさせる、低いものであった。

「イーダ王女を殺したって、アンタは何も得しないはずでしょ。それなのに、どうしてあんな馬鹿なことをしたのかしら」

 その時、暫し黙っていたアスターが、ようやく口を開く。

『……なぜ私を疑う?』

 彼の問いに、リンディアは冷静に応じる。

「イーダ王女の胸を貫ける位置、あんなに正確に狙える人なんてそうたくさんはいないわよ」
『いやいや。三階から一階にいる人間を狙うくらいなら、誰でもできると思うが』

 アスターの発言に、リンディアは眉をひそめる。

「……ちょっと」
『ん?』
「どーして三階からなんて知ってるのよ」

 ——暫し、沈黙。

 それから数十秒ほどが過ぎた時、アスターは急に笑い出す。

『ははは! これはやってしまった!』
「じゃあ、やっぱりそーなのね」
『いやはや、君はさすがだな。ある意味……素晴らしい! 満点!』
「……は?」

 アスターのよく分からない発言に、リンディアは渋いものを食べたような顔になる。それまでは嫌悪感に満ちた表情だったが、そこへさらに、呆れの色が混じってきた。

『まさか普通にばれているとは思わなかっただけに、驚いた。衝撃だよ。いや、もう今、愕然としている』
「いろんな表現をしろ、なんて言ってないわよー」

 リンディアは彼の弟子。それゆえ、彼のことをよく知っている。だからこそ、イーダを狙ったのが彼であることに、早く気がついたのだろう。だが、当のアスターはというと、リンディアに気づかれるとは思っていなかったらしい。言葉こそ明るさと軽さのあるものだが、その声は、彼の動揺を見事に表している。

「さすがに動揺してるみたいね?」
『もちろんだとも。なんせ、君がイーダ王女の傍にいることなんて、微塵も想定していなかったからね』
「もっと色々想定しておくべきだったわね、アスター」

 リンディアは、少し勝ち誇ったように述べる。

『その通り。本当に、君の言う通りだよ。この私がこうも容易く見つかるとは……夢にも、ね』

 それとは対照的に、アスターの声からは、どこか哀愁が漂っている。

『なんて言ってみたら、それらしくて少しかっこいいかもしれない!』
「はぁ!?」

 リンディアは半ば無意識に大声を発する。睫毛に彩られた華やかな目を、大きく見開きながら。

『今、ふと思いついたのだよ』
「馬鹿みたいなこと言うのは、もー勘弁してちょーだいよ……」

 周囲に誰もいない簡易電話ボックスの中では、リンディアとアスターの声だけがすべてだ。それ以外の物音は、何一つとしてない。

「ま、いーわ。それより、どーしてイーダ王女を狙ったのか、話してもらってもいーかしら?」
『私が君に話すことかね、それは』
「そーよ! 今のあたしはイーダ王女の従者なの。だから、せめて理由くらいは聞いておかないと納得できないわ」
『おぉ、リンディアとは思えぬ正義面』
「うっさいわね! そーいうのは要らない!」
『そして、君はやはり、私にとって娘のような存在だよ』

 アスターの言葉に、リンディアは電話が置いてあるテーブルのようなものを強く叩いた。

 苛立ちが我慢できないくらいまで膨らんだからだと思われる。

『娘とは父に厳しいものだと聞くが、どうやら間違いではな——』
「黙れって言ってるでしょ!!」
『あ……そうか。怒らせる気はなかったのだがね』
「怒らせる気がないのなら、大人しく問いに答えてちょーだい」

 リンディアは黒い受話器を耳に当てたまま、真剣な顔で、改めて問う。

「どーしてイーダ王女を狙ったの?」

 真剣な顔のまま問うリンディア。

『……ただの仕事だよ。そこに理由などありはしない』

 彼女の問いに、アスターは短く答えたのだった。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.28 )
日時: 2018/11/06 21:57
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fjkP5x2w)

27話 ただ、時には

「リンディア、まだ帰ってこないわね」
「そうだな」
「電話でもしているのかしら。それにしては長い気がするけど」
「確かに。もう一時間ほどになるな」

 私とベルンハルトは、リンディアが戻ってくるのを待っている。だが、彼女は一向に戻ってこない。時間がかかるとは言われていないだけに、「大丈夫だろうか」と心配になってしまう。

 彼女は負傷している。だから、もし事件か何かに巻き込まれたら、上手く逃れられないかもしれない。
 つい癖で、そんなことばかりを考えてしまい、憂鬱になる。

 もっとも、誰かが悪いわけではなく、完全に自業自得なのだが。

「イーダ王女」
「……何?」
「あまり暗い顔をしない方がいい」

 ベルンハルトの忠告に、私は驚いた。
 というのも、彼がそういうことを言うとは思っていなかったからである。今の忠告は、私の中にある彼のイメージとかけ離れていた。

 ただ、言っていること自体は間違いではない。

「その通りだわ。これからは気をつけるわね」
「そうするといい」

 ちょうど話が一区切りついたその時、扉が開いた。

 扉の向こう側から現れたのはリンディア。
 一つに束ねた赤い髪が非常に特徴的なので、パッと見ただけで、彼女だということが分かる。

「リンディア! お帰りなさい!」

 彼女が帰ってきたことが嬉しくて、半ば無意識に、いつもより大きな声を発してしまった。

「ただいまー」
「会いたかったわ!」

 私はリンディアに駆け寄り、その手を握る。そしてそれから、彼女の顔を見上げた。リンディアの顔は、いつもと変わらず大人の魅力に満ちていたが、どこか曇っているようにも感じられる。

「……何かあったの?」
「なかったわよ。なーんにも、ね」

 何だろう、と思い尋ねてみたのだが、リンディアは何一つとして話してはくれなかった。

 本当なら、もっと突っ込んでいっても良かったのかもしれない。ただ、彼女が胸に秘めているのは言いたくないことなのかもしれないので、それ以上聞くことはしないでおいた。

 ——しかし。

「嘘だな、それは」

 ベルンハルトがばっさりと言った。
 せっかく私が突っ込まないことにしたのに、彼は平気でそんなことを述べたのである。

「イーダ王女、その女は嘘をついている。信じすぎない方がいい」
「ベルンハルト……?」

 彼が予想外のことを言い出したため、私は戸惑いを隠せない。

「真実をはっきりと言え」

 ベルンハルトはリンディアを鋭く睨みながら、冷ややかな声でそう言い放った。今の彼は、この世のありとあらゆるものを貫けそうな、そんな目つきをしている。

 私は、ベルンハルトからリンディアへと視線を移す。

 するとリンディアは、ふっ、と口元を緩めた。

「……ま、そーね」
「リンディア?」

 何なのだろう。彼女は一体、何を秘めているのだろう。
 そんな風に一人不安に揺れていると、そんな私を安心させるように、リンディアは笑顔を向けてくれた。

「申告するにはまだ早いかもと思っていたのだけれど」
「一体何が……?」
「あたし、明後日休みを取るわ!」

 リンディアはあっけらかんと言った。
 え、そんなこと? という感じだ。

「休み?」
「会いに行かなきゃーな人がいるのよねー」
「なんだ、そんなことだったの。良かった」

 私は思わず安堵の溜め息を漏らしてしまった。
 何か重大なことだったらどうしよう、という不安が、一気に払拭されたからである。


 その後、父親が目を覚ましたという連絡を受け、私たち三人は彼の寝ている部屋まで急行した。

 部屋に入るや否や、大きな声が耳に飛び込んでくる。

「イーダぁ!」

 周囲の目などまったく気にしない大きな声が、空気を豪快に揺らす。
 室内には私たち以外の人もいるというのに。ここまでくると、もはや呆れる外ない。子どもか、と突っ込みたい気分だ。

「目が覚めたのね。良かったわ」

 父親が座っているベッドへ歩み寄ると、控えめに声をかける。すると父親は、その瞳をキラキラと輝かせた。

「イーダぁ! 本当に優しい娘だなぁっ!!」
「そんなことないわ。普通よ」
「いや! 最高の娘だぁ!」

 まさかの抱き着きがきた。

 警戒を怠っていた私も悪いのかもしれないが、他人がいるところで迷いなく娘に抱き着くのは止めていただきたいものだ。

「お願いだから、そういうのは止めてちょうだい」
「無事で良かったぁ」
「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、抱き締めるのは勘弁して。恥ずかしいわ」
「異性だとは思わなくていいんだぞぉ! なんせ、父娘だからなぁー!」

 抱き着かれたまま、少し離れたところに立っているリンディアを一瞥する。予想通り、彼女は戸惑った顔をしていた。私と父親の関係は、やはり普通ではないようだ。

 離してほしい——私の心はそんな思いに満ちている。ただ、怪我しながらも無事生き延びてくれたことは嬉しい。それだけに、雑に扱うのもどうかという思いもある。

 そんな心境ゆえ、私は父親にはっきりした態度を取りきれなかった。

 そのせいで、父親はやりたい放題。
 周囲から向けられる、困惑したような視線が痛い。

「まぁ、相変わらず仲良しで素晴らしいですね」
「あとはお二人でお楽しみ下さいませー」

 室内で父親の世話をしてくれていた女性らは、当たり障りのない言葉を残して部屋から出ていってしまう。気を遣ってくれたのだろうが、その気遣いが逆に痛い。

「いやぁ、これで気兼ねなく可愛がれるなぁ!」
「気兼ねないのは最初からじゃない」
「やっぱ、他人がいると全力で可愛がるのは無理だからなぁ!」
「今も二人ほどいるわよ」
「星王の威厳を守るのは、大事なことだからなぁ!」

 いや、星王の威厳なんてものは初めからなかったと思うが。

 一言一言に突っ込みたいところがあるのだが、多すぎて、逆に突っ込みづらい。いちいち違和感を指摘するほどの気力は、私にはないのだ。そもそも、騒がしい父親と一緒にいるだけで、疲労感に襲われてしまう。

 ただ、時にはこんな風に過ごすことも悪くはないのかもしれない。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.29 )
日時: 2018/11/07 21:15
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AtgNBmF5)

28話 情緒不安定気味

 今は部屋に四人。私と父親、リンディアにベルンハルト。それだけで、他には誰もいない。先ほどの父親の抱き着きにより、気を遣わせてしまったのかもしれない。

「ところでイーダ、自室の外での暮らしにはだいぶ慣れたかぁ?」
「え、えぇ……」

 そういえば、と密かに思った。

 ほんの数日前まで、私はずっと自室にいた。一日のほとんどを自室の中で過ごし、誰かと関わることもせず、一人でいたのだ。

 だが、今は違う。
 今の私には、ベルンハルトやリンディアがいる。それに、自室の外に出て、色々なところを歩いている。

 こんなにも一気に生活が変わる可能性など、考えてもみなかった。

「あまり元気のなさそうな声だなぁ」
「……命を狙われているのよ。元気いっぱいとはいかないわ」

 すると、父親が叫ぶ。

「何ぃっ!?」

 リンディアとベルンハルトは、思わず顔をしかめていた。二人が顔をしかめた原因は、父親の叫びだと思われる。

「まだ狙われているのかぁ!?」
「そうよ。さっきも、毒殺やら狙撃やら試みられたわ」
「うそーん!?」

 父親が弾丸のように放つ尋常でないハイテンションの発言にも、今はそれほど笑えなかった。

「どうなってるんだぁ! ベルンハルト!」

 突如声をかけられたベルンハルトは、目をぱちぱちさせる。

「さっきちゃんと聞いたぞぉ! イーダの従者になってくれたんじゃなかったのかぁーっ!?」
「そ、そうだ」
「なのになぜイーダが狙われるぅ!!」

 父親はベルンハルトへ、重みのある視線を向けている。ねっとりじっとりとした視線だ。

「待って、父さん! ベルンハルトは悪くないのよ!」
「そうなのか? イーダ」
「えぇ、そうよ。ベルンハルトはちゃんと傍にいてくれているわ。彼は何も悪くないの」

 責めるべきは、ベルンハルトではない。

「悪いのは……他人の命を狙う人たちよ」


 ——刹那。

 急にダァンと音がした。
 驚いて振り返ると、壁にもたれかかるようにして腰を下ろしかけているリンディアが視界に入る。

「リンディア!?」

 名を呼ぶと、彼女は細めた目で私を見た。
 水晶のような水色の瞳は、確かにこちらを向いている。私を捉えている。だが、いつもより目力がない。

「何事だ」

 リンディアのすぐ隣に立っているベルンハルトが、彼女へ声をかけた。

「……べつにー」
「貧血か」
「……放っておいてちょーだい」

 しゃがむような体勢をとっている時点で、「べつに」というような状態でないことは明らか。にもかかわらず、リンディアはベルンハルトにそんなことを言った。ということは、もしかしたら、ベルンハルトを心配させたくないからの発言なのかもしれない。

「リンディア、本当に平気なの?」

 近寄りつつそう尋ねると、彼女は「へーきよ」と短く答えた。しかし、どうも平気そうでない。

「無理しなくていいのよ?」
「お気遣いどーも。でも、そーいうのは要らないわー」

 そこへ、父親の声が飛んでくる。

「イーダの優しさを拒むだとぉっ!?」
「父さん! そういうのは止めて!」

 みっともない大声を連発されると困るので、一応制止しておく。すると父親は、私の制止を聞いて口を閉ざしてくれた。彼の素直さは、こういう時には非常にありがたい。

「取り敢えず、少し休んだ方がいいわ。リンディア」
「……役立たずって、思ってる?」

 リンディアの顔つきはどこか暗い。顔そのものの華やかさは健在なのだが、そこに浮かぶ表情が日頃とは異なっているのだ。

「まさか。そんなこと、思うはずがないじゃない」

 彼女は私を庇ってくれたのだ。にもかかわらず役立たずなんて思うほど、私は恩知らずではない。

「……どーも」
「私のことは気にしないで。今はゆっくり怪我を治して——」
「止めてちょーだい!」

 突如、声を強めるリンディア。
 彼女の一声で、場が静まり返った。

「不快にさせたならごめんなさい。けど……」
「いいえ。ただ、あたしに気を遣うのは止めてちょーだい。あたしは王女様に気を遣ってもらえるよーな人間じゃないわ」

 リンディアの瞳は複雑な色を湛えている。

 私が知る限りの言葉では形容できないような、言葉にはならない色。それは、美しくも、どこか寂しげな色である。

「そんなことないわ。今の貴女は大切な従者だもの、心配するのは当然よ」
「当然なんかじゃないわよー」
「そうなの?」
「えぇ。あたし、親切にされると調子狂っちゃうのよねー……どーも慣れないの」

 どうやらそういうことだったらしい。対応に困っている、というだけで、不快にしてしまったわけではないようだ。それならまだ良かった。

 ただ、ここまでの様子から察するに、彼女が情緒不安定気味であることは確かだ。
 現時点では原因は不明だが、彼女には彼女の事情があるのだろう。

「今から慣れていけばいいわ。べつに、何も急がないのだから」
「……優しーのね」
「え? 普通よ?」

 彼女はどのような人生を歩んできたのだろう。ほんの少し、そんなことが気になった。

 そこへ、ベルンハルトが口を挟んでくる。

「取り敢えず、明後日の休日は休息に使うべきだ」

 放たれた言葉に対し、リンディアはベルンハルトをキッと睨む。それから、鋭さのある声色で「アンタは黙ってて」と返した。

 二人の間に流れる空気は、とにかく冷たい。

「そのお姉ちゃんは、明後日何かあるのかぁ?」

 ベルンハルトに続き、父親までもが口を挟んできた。何も言わずとも、話は聞いていたようだ。

「聞いていたの、父さん」
「そりゃあな! ……で、明後日何があるんだぁ?」
「リンディアは人に会いに行くそうよ」

 すると、父親は笑顔になる。

「会いに行かず、来てもらうってのはどうだ?」

 父親は提案したが、リンディアは首を左右に動かす。

「いいえ。生憎ですが、それはできません」
「……そうなのかぁ?」

 リンディアもさすがに、星王に対しては丁寧な言葉を使うことがあるらしい。星王相手に生意気を言うほどの無礼者ではないようだ。

「イーダが大事にしている人のためなら、誰だって呼び出してやるぞ!」
「それは結構です」
「はっきり言われてしまったぁっ!?」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.30 )
日時: 2018/11/08 21:08
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: e.VqsKX6)

29話 人影

 その晩は自室へ戻った。

 正直なところを言うなら、まだ不安があるので、父親のいる部屋にいたかった。
 大勢でいれば、怖くないし寂しくもないから。

 けれど、怪我しているわけでもない私がいつまでもそこにいたら、迷惑でしかないだろう——そう思ったから、自室へ戻ることに決めたのである。

 数日前までずっと閉じ籠もっていた自室だが、久々に戻ると、何だか寂しい気がした。

 ……なぜだろう。

 ついこの前までは、ここが唯一の安息の地だった。自室で過ごす時間だけが穏やかで、外へは極力行きたくないと思っていた。

 それは揺るぎないものだったのだ。

 それなのに今は、自室内にて一人で過ごす時間を、妙に寂しく感じる。

 ベッドに入っても、頭には、ベルンハルトやリンディアばかりが浮かんできた。夜分にもかかわらず、会いたい、なんて思ってしまう。

「明日になれば会える」

 私は自分に言い聞かせるように、そんなことを呟く。
 そうして横になっているうちに、いつの間にか、眠ってしまっていたのだった。


 ……。


 …………。


 風が頬を撫でる感覚に、私はふと意識を取り戻した。うっすらと目を開くが、灯りの消えた部屋ゆえ、あまり何も見えない。ただ、視界の端にぼんやりと、白いものがひらめいている様子が入った。色と動きから察するに、カーテンだろう。

 その直後、私の瞳は人影を捉えた。

 ベルンハルトかリンディアか、あるいは侍女か。きっと何か用事で入ってきたのだろう。
 最初はそんな風に思ったが、どうやら違うらしい、と気づく。

 刹那、人影と目が合った。

「——おや」

 目が合うや否や、信じられないほどの恐怖感が私の全身を駆け巡る。訳が分からないが、首が粟立つのを感じた。

「起きてしまったようだね」

 私が目覚めたことに気づいたらしく、男性の影が近づいてくる。足音をたてない歩き方だが、接近してきていることは、影の動きと気配で十分に分かる。

「助け——っ!?」

 咄嗟に助けを呼ぼうとしたが、それより早く、男性の手が私の口元を塞いだ。

 黒い手袋をつけた大きな手は、呼吸すらも十分には許してくれない。口だけではなく、鼻までも押さえられているため、息苦しい。

「おっと。騒ぐのは止めていただこうかね」
「……んんっ!」

 何か発するよう試みるが、声はやはり出なかった。

 その頃になり、ようやく、男性の姿がはっきりと見えてきた。

 白い髪はきっちりとセットされていて、極めて紳士的。また、若干柔らかさのある目つきをしている。しかし、単に優しい人といった雰囲気とは異なり、その瞳からは力を感じる。鋭く研がれた刃を瞳の奥に隠し持っているような、そんな目だ。

 ちなみに、服装は黒い布をまとっているため見えない。

「何も心配することはない。私はべつに、不潔なことをしにやって来たわけではないのだよ」

 夜に勝手に他人の部屋へ侵入している時点で、そこそこ不潔だと思うのだが。

「だから、そんなに警戒しないでくれたまえ」
「んんんんっ!」

 するわよ、と言ったつもりだったのだが、やはりまともに発することはできなかった。口元を押さえられているせいだ。

「では、少し失礼」

 次の瞬間、私の体はふわりと持ち上がった。

 どうやら男性に抱えられたようだ。見知らぬ男性に体を持ち上げられるというのは、どうもしっくりこない。

「おぉ、案外軽い」

 今はあまり嬉しくない。

「ガラスのように繊細な腕に、陶器のように滑らかな顔。私もできるなら、君みたいな娘が欲しかった」
「……離して!」

 口元を押さえていた手が離れた隙を逃さず、私は叫んだ。そして、手足を動かし抵抗する。こんな怪しい男性に誘拐されるなんて、恐ろしすぎるから。

「おっと。あまり暴れないでくれるかね? 落としてしまいかねないのだが」
「暴れるわよ!」

 むしろ、落としてくれた方がありがたいのである。

 何としても男性から逃れ、部屋の外まで出なくてはならない。そうしなければ、どんな目に遭うか。だが逆に、扉の向こう側へ行けさえすれば、私の勝ちだ。

 四肢をばたつかせ、身をよじる。けれども、男性は離してくれない。

「さて。では行くとしよう」
「ちょっと!」
「大丈夫、動かなければ、危険なし」
「…………」

 こうして私は、またしても、渦に巻き込まれていく。

 平穏はまだ戻りそうにない。


 あれから、どのくらいの時間が経過したのだろう。よく分からない。ただ、男性に抱えられたまま、長い時間が過ぎた。

 父親、ベルンハルト、リンディア——みんなは心配するだろうか。私の身を案じてくれるのだろうか。

 そんなことを考えながら、夜を駆け抜けていった。


「さぁ、着いた」

 男性が足を止めたのは、いつも私たちが暮らしている星都から少々離れた場所。周囲に建物はあまりなく、木々が生い茂っている。都会、という感じではないところだ。

「私を……どうするつもりなの」
「ひとまず中へ。自己紹介はその後にしようではないか」
「まさか殺すつもりで……?」

 そう問うと、男性は首を左右に動かす。

「今のところその予定はないよ。状況が変わらない限りは、だがね」

 男性が私へ向ける眼差しは、柔らかく優しげなものだった。

 ……どこまでも不思議な人。

 彼は、わざわざ私の部屋へ侵入し、この身を捕らえ、連れ去った。本来なら、そこには悪意しかないはずだ。身代金を要求するにせよ、自身の好奇心を満たすために使うにせよ、である。

 しかし、彼の視線から悪の色が伝わってくることはない。それどころか、優しいのだ。

「そう……」

 私はそれだけ返すと、口を閉ざした。まったく知らないところなので逃げ出すには適さないが、だからといって彼と何かを話す気にもなれなかったから。

 その後、私が連れていかれたのは地下室。
 だが、牢屋のような部屋ではない。本やらビニール袋やらが散らかった、生活感たっぷりの部屋だ。

「君にはしばらく、ここで過ごしていただこうかね」
「……暗いわ。それに、凄く散らかっている」

 すると男性は口角を上げる。

「ははは。それは失礼」

 笑っているようなことを言っているが、心は笑っていないことがまるばれだ。ぎこちなさが凄まじい。

「さて。では自己紹介といこうか」
「…………」
「私の名は、アスター・ヴァレンタイン。呼び方は——ヴァレンなどはどうかね。ま、そこは指定しないが」

 アスター。

 彼はヴァレンタインの方に重きをおいて名乗ったが、私としては、アスターの方が気になった。というのも、以前リンディアの口から聞いたことのある単語だったから。


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