複雑・ファジー小説

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【完結】イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜
日時: 2019/03/25 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。


〜あらすじ〜

青き惑星オルマリン。
その星を治める星王家には、一人の王女がいた。

名は、イーダ・オルマリン。

十八を迎えた春、彼女は襲撃により従者の多くを失った。

それから半年。
彼女に、新たな出会いが訪れようとしていた。


※「小説家になろう」に先行掲載しております。(2019.2.28 完結)


〜目次〜

プロローグ >>01
本編 >>02-44 >>47-158
エピローグ >>159

あとがき >>160


〜コメントありがとうございます!〜

一般人の中の一般人さん

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.151 )
日時: 2019/03/25 21:20
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

148話 父と娘に

 私は、それからしばらく、ベルンハルトと二人でいた。リンディアとアスターの感動の再会を、邪魔したくなかったからだ。

 その後、十分ほどが経過し。

 リンディアは私たちの方へと、ゆっくりと歩いてきた。
 赤い髪をさらりと揺らしながら。

「ごめんなさいねー、王女様」

 アスターとの話が一段落したようだ。

「話は終わったの? リンディア」
「えぇ」

 リンディアはすっと口角を持ち上げ、ふふっ、と笑みを浮かべる。それから数秒経つと、今度は少し気まずそうな顔。

 表情がくるくる変わって、少し面白い。

「さっきは……悪かったわねー」

 突然の謝罪。
 私は暫し、戸惑いを隠せなかった。

 彼女はべつに、何も間違ったことはしていない。ただ、私に謝ってくれただけだ。なのに私が戸惑ってしまったのは、単に「突然だったから」というだけの理由である。

「一時の感情で当たり散らして悪かったと、そー思ってるわー」
「……いいの」

 戸惑いが晴れた後、私はようやく答えることができた。

「いいのよ、リンディア。私はただ、貴女を怒らせてしまったことを後悔していただけなの」

 一度口を開くと、その先の言葉は案外するすると口から出た。迷いなく、躊躇いなく。望む言葉をきちんと紡ぐことができた。

「悪いわねー」
「いいえ!」

 私とリンディアの間にそびえ立ちかけていた壁は、みるみるうちに崩れ去った。
 もはや何も残ってはいない。


 以後、大きな事件が発生することはなく。

 ただ時だけが過ぎていった。

 シュヴァルは、星都より遥か西にある絶海の孤島へと流され、生涯その島から出てはならないという罰が与えられた。

 残りの人生を、絶海の孤島の中だけで生きなくてはならない。
 それは、少しばかり残酷なことのようにも思える。

 けれど、彼は罪人。

 それゆえ、ある程度の罰が与えられるのは仕方のないことなのかもしれない。



 二ヶ月ほどが経ったある日。
 リンディアとアスターが、二人揃って、妙に改まった様子でやって来た。

 二人とは、ここしばらく、あまり会うことがなかった。それゆえ、私の自室にて、こういった形で四人で会うのは、何だか久々な気がする。

「聞ーて! 王女様」
「何?」

 それにしても、リンディアとアスターは最近妙に仲良くなった気がする。

 以前はリンディアが、アスターを嫌っているような発言ばかりしていた。例えば「好きなわけないでしょー」というような発言。そういった言葉を繰り返し、距離が縮みきらないという状態に陥っていた。

 しかし、ここのところ、二人の距離がぐっと縮んだような気がする。

 もっとも、単なる気のせいなのかもしれないけれど。

「あたし、アスターの娘になったのよー!」

 リンディアの口から飛び出した言葉に、私は思わずきょとんとしてしまった。

「……え?」

 彼女の様子を窺いつつ、尋ねる。

「娘にって……どういうこと?」

 リンディアは、機嫌の良さそうな顔のまま、私の問いに答えてくれる。

「ちゃーんと申請して、娘ってことになーったのー」
「え、えぇ!?」

 思わず声を大きくしてしまう。

 アスターがリンディアを娘のように大事に思っているということには気づいていたが、まさか本当に父娘の関係になってしまうとは、欠片も想像していなかった。

「はは、少し驚かせてしまったようだね。すまない」

 リンディアの隣にいるアスターは、穏やかに微笑んでいる。
 今の彼は、幸福の頂点にいる者のような、優しく穏やかな表情だ。

「だから言っただろう? リンディア。いきなりそんなことを言っては混乱させてしまう、と」
「は? なーに偉そーなこと言ってんのよ、ジジイ。アンタが頼りになんないから、あたしが報告したんでしょーが」

 仲良くなったように見えた二人だが、その関係性は、実はそれほど変わっていないのかもしれない。二人のやり取りを見て、そんな風に感じた。

「そーいうことだから。ま、だからどーってことはないでしょーけど……一応知らせておくわねー」

 リンディアは軽やかな口調で述べる。
 つい先ほどアスターに対して物を言っていた時とは、様子や雰囲気が全然違っていた。

「知らせてくれてありがとう」

 私は礼を言っておいた。

「ところで……リンディア。一つ聞いてもいい?」
「いーわよ。何かしらー」
「これからは、一緒にいられないの?」

 リンディアとアスターが幸せであれるなら、それに越したことはない。お世話になった大切な人たちだからこそ、幸せに生きてほしいと願う。

 だが、それとは別に。

 これから先は二人で歩んでいくというなら、そこに私が入る余地はない。主と従者でなくなるどころか、無関係になってしまうという可能性も存在するわけだ。

 いきなりそんな現実を突きつけられたら、正直辛い。胸が痛くなるだろう。

 だからこそ、私はここで確認しておかなくてはならなかったのだ。

「私の従者は……もう辞める?」

 嫌な答えが返ってきたらと思うと、それだけで怖い。聞きたくない。耳を塞ぎたくなる。

 だが、聞かないわけにはいかない。
 二人の決断。それに向き合わないでゆくことはできないのだから。

「王女様のじゅーしゃを辞めるかどーかですって?」
「そう。……できれば、答えてほしいの」

 一刻も早く、答えを聞かせてほしい。
 それが現在の私の心だ。

 答えが出るまでのこの空白が苦しい。喜ぶことも悲しむこともできないというこの瞬間が、少しでも早く終わってほしい。

「まっさか!」
「え」
「辞めるわけなーいじゃなーい」

 長らくもやがかかっていた視界に、光が射し込む。

「本当!?」
「嘘をつくわけないじゃなーい。ま。そーは言っても、アスターはそろそろ引退でしょーけどねー」

 言われてみれば、確かに、彼は結構いい年だ。寂しくはなるが、そろそろ穏やかな生活を手にするというのも悪くはないだろう。

「な! 引退!? 何だね、それは!」
「だってそーでしょ。アンタはもー、まともには戦えない」
「いやいや! まだ辞めるつもりはないのだが!?」

 あれ? アスター自身は辞める気ではないの?

 生まれる小さな疑問。

「うっさい! まともに戦えない人間が傍にいても、ただのお荷物じゃなーい」
「お荷物! ……それは酷くないかね? リンディア!?」
「なーに勘違いしてんのよー。アンタの体のこと考えて言ってあげてるんじゃないのー」
「……お。そうだったのかね」

 真相は不明だ。
 ただ一つ確かなのは、リンディアはアスターをあまり働かせたくないと思っているということ。

 そんなことを考えていると、リンディアが私の方へと視線を向けてきた。

「ま、そーいうこと。取り敢えず、あたしはまだまだじゅーしゃを続けるつもりよー」
「これからも傍にいてくれるのね!」
「そりゃそーよ。新しー仕事見つけるなんてめんどーだものー」

 リンディアはわざとらしい理由をつけて言った。

 だが、どんな理由であってもいいのだ。

 何が理由であったとしても、彼女と近くにいられるだけで、嬉しいことに変わりはない。

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.152 )
日時: 2019/03/25 21:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

149話 いつか、お手製の約束

 四人で話している途中、リンディアは唐突にベルンハルトの方へと顔を向けた。

「そーだ。ベルンハルト」
「何だ、いきなり」

 いきなり声をかけられ、顔面に戸惑いの色を浮かべるベルンハルト。

「ちょーっといーかしら?」

 リンディアは、赤い髪を片手でさらりと背中側に流しつつ、口を動かす。

「僕に何か用でもあるのか」
「そーそー。そーんな感じよー」

 リンディアは口元に笑みを湛えつつ述べている。

 すると、ベルンハルトは戸惑ったような顔のまま、私へ視線を向けてきた。その眼差しは「いいのか?」と問いかけてきているようで。

 だから私は、一度ゆっくり頷いた。

「好きにしていいわよ、ベルンハルト」
「そうか。分かった」

 私の言葉に、ベルンハルトはこくりと頷く。そして、リンディアへ視線を向ける。

「よし。何でも話せ」
「そーしましょ! じゃ、ちょーっとこっちに来てもらえるかしらー?」

 リンディアはくすっと笑う。
 それに対し、ベルンハルトは怪訝な顔をする。

「なぜだ」
「いーから!」
「断る。理由の説明もしない女と二人にはなれない」

 怪訝な顔になっていたベルンハルトは、真顔になって返していた。

 リンディアとならば、おかしなことにはならないだろう。彼女のことは信頼している。だから、相手が彼女であるならば、ベルンハルトが女性と二人きりになったとしても、怒る気はない。

「アンタだけに言っておきたい話があーるのよー」
「何だそれは。イーダ王女には聞かせられない話か」
「いーからいーから」
「おい! どうなっているんだ!」

 ベルンハルトはリンディアに連れていかれてしまった。


 私は自室に、アスターと二人取り残される。


 四人だった室内が、二人になった。そう聞くだけだと、たいした変化がないようにも思えるかもしれない。しかし、実際にはかなりの変化を感じた。二人減ると、人がだいぶ減ったような感じがする。

 アスターと二人で何を話せと。
 よく分からない。

「リンディア、アスターさんの娘さんになったのね」

 取り敢えず話を振ってみる。

 するとアスターは、最初、少し驚いたような顔をした。
 もしかしたら、話しかけられるとは想像していなかったのかもしれない。

「うむ。そうなのだよ」
「意外だわ。あのリンディアがそれを受け入れるなんて、正直思っていなかった」

 するとアスターは、はは、と平淡に笑った。

「そうだね。君のおかげだよ」
「……そうかしら」

 アスターが発した言葉の意味を、私は、すぐには理解できなかった。

「もちろん。君がいたからリンディアに再会できて、君が受け入れてくれたからリンディアと共に過ごせるようになった。それが君のおかげでないと言うのなら、一体誰のおかげなのかね」

 穏やかに笑うアスターを見て、私は少し安堵する。

 私は私の選んだ道を完全に正しかったとは思えずにいた。でも、私が選んだこの道はすべての人を不幸にしたわけではないのだと分かって。それなら、私が選び歩んできたこの道にも意味はあったのだと、今はそう思える。

「……貴方のためになっていれば良いのだけれど」
「もちろん! なっている、なっているとも!」

 アスターはご機嫌なようで、明るく笑っている。まるで、顔面に向日葵が咲いたかのようだ。

「ありがとう、イーダくん」

 真っ直ぐに言われると何だか気恥ずかしくて、思わず視線を逸らしてしまう。

「あ! そうだった!」
「え、何?」
「綿菓子か林檎飴、まだ贈っていなかったね!」

 そんなこと。

 もう、すっかり忘れていた。
 私でさえ記憶から消えていたことをアスターが覚えていたとは、驚きだ。

「どちらがいいかね?」
「いいわよ、そんなの。私はお礼を貰うようなことはしていないわ」

 綿菓子も林檎飴も要らない。

 私はただ、こうして穏やかに過ごせる時間だけが欲しかったの。

「いやいや! 何度も騙しておいて、言葉の謝罪だけというわけには!」
「いいの!」

 つい口調を強めてしまう。

「……あ、あぁ、そうかね。分かったよ」

 アスターの声が小さくなる。

 傷つけてしまっただろうか、と不安が過る。

 しかし、それは杞憂だった。

「では! 私お手製の綿菓子というのはどうかな!」

 私が心配したようなことはまったくなく、アスターは明るい表情のままであった。

「お手製……!」

 魅力的な響きだ。
 綿菓子をこよなく愛するアスターが作った綿菓子なら、きっと美味しいはず。

「悪くないわね!」
「ははは。そう言っていただけて光栄だよ」
「楽しみにしているわ」

 私とアスターを包み込むのは、和やかな空気。穏やかで温かい、そんな雰囲気だ。

「そうそう。それと」

 ぱたりと話題を変えてくるアスター。

「私はまだ君の従者を続けるつもりでいるのだが、リンディアは辞めろとばかり言う。どうすればいいと思うかね? 君の意見を聞いてみたいのだが」

 彼は、それまでと変わらない柔らかな笑みを浮かべたまま、そんなことを尋ねてきた。

 意見。
 前触れなく聞かれては、上手く答えることができない。

 咄嗟に答えられれば理想形なのだろう。しかし、それは容易なことではない。

 ……特に、私のような質の人間にとっては。

 だが、答えないというわけにもいかないので、私は思いついたことを簡単に述べる。

「アスターさんがしたいようにするのが一番だと思うわ」

 単純過ぎる。当たり前だ。
 そんな風に言われてしまうかも、と思いはしたけれど。

 だが、これが私の意見。意見を聞いてみたい、と言われたのだから、私の意見がくだらなくたって怒られはしないはずだ。

「だよね! そう言ってくれると思っていたよ! ……ということで、もうしばらくはお世話になるよ!」

 ……私への質問に意味はあったのだろうか。

 私が密かに色々考えた時間は、無駄だったのかもしれない。

「えぇ! 嬉しいわ」

 色々考えたにもかかわらず話があっさり終わってしまったというところは少々切ない。だが、また皆で過ごせるということは、何にも代えがたい幸福だ。

「そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたいよ」

 アスターはにっこり微笑み言う。それから少し空けて、彼はずいと身を寄せてきた。否、正しくは、顔を近づけてきたのだ。

 彼の唐突な行動に戸惑い、言葉を失う。

 だが、彼は私の様子などまったく気にしていないようだ。ほんの少しの躊躇いもなく、口を私の耳元へ近づける。

「あの……アスターさ……」
「ところで、ベルンハルトくんとはどうなのかね?」

 アスターが耳元で小さく放った問いに、私の頭は真っ白になった。その問いが、予想の範囲外だったからだ。一瞬、時が止まったかのように、言葉を失ってしまう。すぐにまともな文章を返すことは、できなくて。

「えっ!?」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.153 )
日時: 2019/03/25 21:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

150話 彼女なりの?

「動揺しているということはやはり……なのかね」

 予想外の言葉をかけられ、私は思わず平常心を失ってしまった。そんな私の様子を見て、アスターは何やら察したようだ。

「ベルンハルトくんはいいよね。しっかりしていて、愛嬌もあって」
「えっ……あ……」

 心が乱れ、まともに返せない。
 言葉を発する。それだけのことが、こんなに難しいなんて。

「君の相手に相応しいと思うよ」

 アスターは悪戯な笑みを浮かべる。
 しわの刻まれた顔は大人びているのに、そこに浮かぶ表情は少年のようだった。

 私はただ動揺することしかできない。胸の内を覗き見られたみたいで、鼓動は速まるばかりだ。大人には隠せない、ということなのだろうか。

「では、今日はこれで失礼するよ!」

 アスターは身をくるりと返す。それから、首より上だけをこちらへ向けて、そんな風に言った。

「もう行ってしまうの?」
「申し訳ない! ただ、リンディアとの用があってね」

 彼には彼の都合があるのだろう。

 一応主の立場である私には、彼を引き留める権限がある。行くな、と言うことだってできるのだ。
 だが、彼を引き留めることはしなかった。

「そうだったの。気をつけて」

 短くそれだけ述べて、私は、アスターを見送った。

 彼には彼の幸せがある。それは私がどうこうできるものではない。だから、不必要な干渉はなるべくしないようにしようと、心の内で誓った。

 私は私の幸せを見つけるのだ。
 他人に干渉している暇はない。


 アスターが部屋から出ていくと、それと入れ替わるようにベルンハルトが入ってきた。彼は話をするためリンディアに連れていかれていたのだが、どうやら終わったようだ。

「終わったの? ベルンハルト」
「あぁ。終わった」

 彼は滑らかな足取りで歩み寄ってくる。

「案ずるな。やましいことは何もない」
「大丈夫よ、リンディアのことは疑っていないわ」
「そうか。あいつのことは信頼しているんだな」
「えぇ」

 私はベルンハルトの顔をじっと見つめる。すると、彼も私のことを見てきた。それぞれの視線が、お互いの姿を捉えている。

「リンディアは信頼できる人だわ」
「口は悪いが、な」

 すかさずそういうことを言う辺り、ベルンハルトらしいというかなんというか。

 だが、彼とて、リンディアが信頼するに値する人間だということは分かっているはずだ。

「……そうね」
「何か悪いことを言ったか?」

 私はただぼんやりしていただけなのだが、少しばかり誤解させてしまったようだ。ベルンハルトが私へ向ける眼差しには、不安の色が微かに混じっていた。

「い、いいえ! そんなことはないわ!」

 開いた両手を胸の前で振りながら、慌てて返す。
 するとベルンハルトは、静かな声で「ならいいが」とだけ漏らした。

 心なしか気まずい空気。

 それを振り払おうと、私は話題を変える。

「ところで、何の話だったの?」

 話題を変えれば、気まずさも消してしまえるだろう。恐らくは。

「貴女は? アスターと何か話したのか」

 問いに問いで返されてしまった。
 私には言いにくい話でもしたのだろうか? などと考えつつも、先に答えておく。

「リンディアとのことに関する感謝とか、お詫びの綿菓子か林檎飴の件とか、そういったことを話したわ」

 ベルンハルト絡みの話は、一応伏せておく。

 理由はシンプル。
 本人に言うのが恥ずかしいからである。

「そうか。当たり障りのない内容だな」

 それは、良い意味だろうか。悪い意味だろうか。
 判断の難しい言い方だ。

 だが、ベルンハルトは不快そうな顔つきをしてはいない。ということは、少なくとも悪い意味ではないのだろう。

 ……あくまで推測だが。

「えぇ。意味なんて特にない、普通の話よ」
「それなら安心した」

 肝心なところを伏せているということには、多少の罪悪感が付きまとう。

「ありがとう。で、ベルンハルトは?」

 話を先へ進めようと、もう一度質問した。するとベルンハルトは、視線を床へ落とし、目を伏せる。
 やはり、私には言えない話をしたのだろうか。

「私には……言えないこと?」

 ——訪れる沈黙。

 何だろう、この凍りつくような雰囲気は。

 静かだ。とにかく静か。

 こんな空気になってしまうとは思っていなかった。それだけに、驚きや戸惑いも大きい。どうすれば、という感じだ。

「……言いたくないならいいわ!」

 今はただ、その重苦しい空気から抜け出したくて。私は逃げるように、ベッドの方へと向かっていく。

「誰だって、秘密の一つや二つあるわよね」

 ——刹那。

 そんな私の背に向かって、ベルンハルトは叫んできた。

「ち、違う! 違うんだ!」

 多分、こういう時は振り返らないべきなのだろう。しかし、私は振り返ってしまった。振り返らない決意なんて、欠片もなかったから。

「……そうなの?」
「そうだ!」

 ベルンハルトはいつもより大きい声で発する。

「したのは一つ! 貴女の話だけだ!」
「……え?」

 予想外の発言に戸惑っている私へ、彼はすたすたと歩み寄ってくる。そして彼は、私の手首を掴んだ。

「私の、悪口?」
「違う! そうじゃない!」
「な……なら何なの?」

 少しの空白の後。

「一歩踏み出せ、と」

 ベルンハルトは言った。

「リンディアが……そう言ったの?」
「そうだ」

 至近距離で頷くベルンハルト。

「意味がよく分からないわ……」
「僕だって分からない」
「リンディアは一体何を……」
「あいつはどうも、僕とイーダ王女をくっつけたいようだった」

 ベルンハルトの言葉に、はっとする。

 リンディアは私の心に気づいているようだった。ということは、彼女は私のために、彼を呼び出して話したのではないだろうか。

 つまり……彼女なりの思いやり?

「おかしな女だ」

 ベルンハルトは私から視線を逸らす。

「僕がイーダ王女に釣り合う存在でないということくらい、分かっているだろうに」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.154 )
日時: 2019/03/25 21:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

151話 本心を

 それでなくても気まずかったのに、ベルンハルトの呟きを聞いてますます気まずくなってしまった。

 だが、このまま黙っているわけにもいかない。
 なので私は、頭を捻り、取り敢えず何か言葉を発することに決めた。

「そんなことないわ、ベルンハルト。貴方がいてくれれば心強い」

 彼の双眸をじっと見つめる。

 お互いの視線が重なった。
 今、私たちは二人。他には誰もいない。ここは、二人だけの世界だ。

「貴方は強い。それに、愛想なくても優しい。だから、これからもずっと、いつまでも……傍にいてほしいなって思うわ」

 私は思いきってそう言った。
 しかし、ベルンハルトは何も答えない。

「……ねぇ、覚えてる? 初めて会ったあの日。ダンダに撃たれそうになった私を、足を払って助けてくれたわよね」

 すると、それまでは黙り続けていたベルンハルトが、ようやく口を開いた。

「そんなこともあったな」
「あの時は驚いたわ。だって、転倒させられたことなんてなかったんだもの」

 言っていると何だか笑えてきて、しまいに笑ってしまった。
 なにもかもが懐かしい。

 けれど——今でも鮮明に思い出せるわ。

 ベルンハルトとの出会い。

「あの時はすまなかった」
「あ! そんなつもりで言ったわけじゃないのよ! 私はただ……最初から助けられてばかりだったなって」

 もしあの時、彼に出会っていなかったら。もしあの場に、彼がいなかったら。恐らく私は、とうに生きていなかっただろう。きっと、こうして笑っている私は存在していなかったはずだ。

「それに、ベルンハルトに助けられたのは私だけじゃないわ。父さんもよ。貴方がいなかったら、星王家は終わっていたかもしれないわね」

 私も父親も命はなく、オルマリンはシュヴァルの手に落ちていたことだろう。

「それは大袈裟だ」
「大袈裟じゃないわ」
「いや、話を大きくしすぎだ」
「そんなことない!」

 むきになって、調子を強めてしまう。

「貴方の功績は大きいの!」
「それは思い込みだ」

 きっぱりと言われてしまった。
 これは切ない。

「……そうね。でも、思い込みだっていいじゃない」

 少し間を空けて、続ける。

「私にとっては、そうなんだから」

 その頃になって、ベルンハルトはようやく私の手首を離した。自由の身になった私は、数歩歩いてベッドに腰掛ける。

「それにね」

 ベッドの柔らかい触感に、心なしか癒やされた。

「死なないって言ってくれたのも、嬉しかったわ」

 ベルンハルトは私の顔を見つめたまま、微かに首を傾げる。

「そんな昔のことを掘り起こして、何を言いたいんだ」
「感謝。たくさん伝えたいの」

 彼はまだ「よく分からない」と言いたげな顔をしている。

「あの頃の私はね、失うことをただやみくもに恐れて、何もできなくなっていたの。新しい従者を雇うことさえ怖くて」

 もう懐かしい話だけれど……あの頃の私は、本当に何もできなかった。すべてを恐れ、部屋に引きこもっているだけで。

「でも、ベルンハルトは『僕は死なない』って断言してくれた。だから、勇気を持てたの」
「そうか」
「えぇ。貴方の強さが、私を救ってくれたわ」

 彼に出会わなかった世界。
 その場合の私。

 想像することは容易ではないが、きっと、今とは全然違っていただろうと思う。

「……正直なところを言うと、死ぬかもと思った時期もあったがな」

 ベルンハルトはそう発する。
 その言葉は、正直、少し意外なものだった。

「そうなの?」
「嘘はつかない」
「……そう」

 つい、少し俯いてしまう。
 そんなことをしても意味はないと、分かってはいるのに。

「そんな顔をしないでくれ。もう過ぎたことだ」

 ベルンハルトは淡々とした調子で述べる。

「貴女を護れて良かったと思っている」

 その言葉に、私は顔を上げる。

「ベルンハルト……!」

 するとベルンハルトは、ふっ、と笑みをこぼした。どちらかというと苦笑に近い笑みである。

「単純だな」
「へ?」
「悪い意味ではない。ただ、貴女は素直な人間だなと思っただけだ」

 単純と素直は同義だろうか……。

「そういうことなのね」
「あぁ。実に興味深い」
「何よ、それ!?」

 興味深い、なんて言われるとは想定していなかったため、衝撃を受けた。また、そのせいで声を大きくしてしまった。

 もっとも、悪い意味での衝撃ではないのでまだましだが。

「なぜそんなに驚く?」
「だって、興味深いなんて、未知の生物に対して言うようなことじゃない」
「そうだろうか。人間にも使うと思うが」

 まぁ、それはそうだけど……って、私たちは一体何の話をしているのかしら。

「そうね! そうよね!」
「急にどうした」
「ベルンハルトが言うなら、きっとそうなんだわ」
「何なんだ、その理由は……」

 穏やかな時間は好き。

 暗いことを考えずにいられる。世の闇を見ずにいられる。
 そんな瞬間が好き。

 できるなら、こんな何の意味もない時が永遠に続いていってほしい。そうすれば、ずっと幸せの中にあれるから。

「私、本当に良かった。貴方に会えて、共に過ごせて、良かったと思っているわ」

 改めて言うのは、少々気恥ずかしかった。
 だが、本心を偽ることはできない。本心は本心。それを変えることなんて、自分にだってできやしないのだ。

「そうか」

 だが。

 私は気恥ずかしい思いをしながら本心を述べたにもかかわらず、ベルンハルトの反応は非常に淡々としたものだった。

「ありがたいことだ」

 ——なぜそんなにも平然としていられるの?

 そんな風に思ったりした。

 無論、そこが彼の長所でもあるわけなのだが。

「ベルンハルトはさすがに冷静ね」
「冷静? そんなことはない」
「私からすれば、冷静すぎるくらいに見えるわよ?」

 すると彼は、普通にしていても鋭さのある凛々しい目を、大きく見開く。

「冷静すぎる、か。それは一種の問題かもしれない。だが……」
「え? あの、変な意味じゃないのよ!?」
「だが、どうすれば」
「べつに、貴方を否定したわけじゃないのよ!?」

Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.155 )
日時: 2019/03/25 21:24
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)

152話 貴女と過ごす時間が

「否定したわけじゃない、か」

 ベルンハルトはぽつりと呟く。

 私は慌てていた。だから、おかしなことを言ってしまったかもしれない、と少し不安がある。彼に幻滅されたら、という思いも。

 でも、彼ならきっと大丈夫。受け入れてくれるだろう。
 今はそう信じられる。

 ベルンハルトは少々ひねくれてもいるが、悪い人間ではないと知っているから。

「迷惑でないならいいのだが」
「迷惑? まさか! そんなわけないじゃない!」
「そうだろうか」

 ベルンハルトは私を見つめてくる。
 その瞳は、揺れていた。

「そうよ! 頼りにしているわ」

 もしかしたら、彼も不安なのかもしれない。そう思ったから、私は言った。可能ならば、彼には安心してほしいのだ。

 ——だが、物事とはそう単純ではないようで。

「過剰な期待をしないでくれ。もちろんできることはするが、不可能もある」

 ベルンハルトは気まずそうな顔をしていた。

 頼りにしているという心を正直に伝えれば、彼を安心させられる。私はそう考えていた。が、少々短絡的過ぎたのかもしれない。

 信頼されていれば安心、というわけでもないようだ。
 人の心とは不思議である。

 ……いや、私があまりに知らないというだけなのかもしれないが。

「分かったわ、過剰な期待はしない。でも、過剰でなければいいわね?」

 するとベルンハルトは、数秒の沈黙の後。

「……そうだな」

 静かく小さな声で、独り言のように発した。
 さらに、少し空けて続ける。

「過剰でなければ、信頼されるのも悪くはない」

 彼の瞳に、ほんの僅かに暖色がさす。それはまるで、夜明けの空のよう。柔らかく、それでいて真っ直ぐな、胸を震わせるような色。

「今後も、僕にできることはすべてしよう」
「ベルンハルト……!」

 私はベッドの上。
 彼は最初に話していた場所。

 この距離感は、何とも言えない。

 私たちは、まるで心と心の間に一枚壁が建っているような距離にある。そのことは、私を、少し複雑な心境にさせる。

「ねぇ、ベルンハルト」

 もっと近くにいられればいいのに。触れられるような距離であればいいのに。
 つい、そんなことを考えてしまう。

 私は王女で、彼は従者。

 いやというくらい分かっているのに。

「もう少し、こっちへ来てちょうだい」
「なぜだ」

 ベルンハルトは眉を寄せた。
 今の彼の眉間には、凄まじい数のしわができている。

 そんな警戒心剥き出しな顔をしないでほしかった——はともかく、威嚇しているかのような迫力のある顔だ。

「……傍にいたいの」

 ただ、私は、それでももっと近くにありたくて。

「駄目……かしら」

 眉間に大量のしわを寄せられようと、警戒心剥き出しの顔をされようと、この心が変わることはない。
 どんな対応でも来い! という感じだ。

「イーダ王女。今日の貴女は少しおかしいように思うが、一体どうしたんだ」
「そうね。どうかしてるわ、私」

 その時、ベルンハルトはハッと何かに気づいたような顔をした。

「まさか、熱でもあるのか? ならば早めに手当てを——」

 彼はそんなことを言いながら、ベッドの方、つまり私の方へと、歩いてくる。

「ち、違うわ!」

 接近するよう頼んでおいてなんだが、いざ近づいてこられると怖くなった。

 否、怖くなったという表現は相応しくないかもしれない。
 だが、どのように対応すれば良いのか分からなくて混乱してしまっていることは確かだ。

「額、少し失礼する」

 傍らまで歩いてくると、彼は、私の額にそっと手のひらを当てた。

 頭から湯気が噴出しそうだ。

 しかしベルンハルトはというと、私の様子などまったく気にしていない。私の額に手を当て、ただ首を傾げるだけである。

「確かに、熱ではなさそうだな」
「そ、そうよ! 熱なんてないわ!」

 いきなり発熱するわけがないではないか。

「私は元気!」
「な。そうなのか」

 驚いた顔をされてしまった。

 心配してくれているのだから、敢えて文句を言うこともないのだろうが……。

「なら、様子がおかしかったのは一体何なんだ?」

 熱があって、体調が変だから様子もおかしい。ベルンハルトは、本気でそう思っていたようだ。

 そんなに気分が優れないならこちらから言うわよ、と、少々思ってしまう。

 だが、本来は嬉しいことのはずだ。
 ベルンハルトがこの身を案じてくれた。こんなありがたいことは、そうたくさんはない。

「それは多分……本心を言ったから」
「本心?」
「えぇ。きっとそう。本当のことを言ったからだわ」

 わけが分からない、というような顔をするベルンハルト。

「本心を、本当のことを言ったら、おかしな言動になるものなのか?」
「それは、その……誰でもってわけじゃないわ」

 裏表のない者なら、隠している部分のない者なら、そうはならないだろう。

「ただ、私がそうだっただけよ」

 するとベルンハルトは、奇妙なものを見たかのような顔つきになる。

「そうなのか。僕にはよく分からないが、取り敢えず、体調不良ではないのだな?」

 ベルンハルトの問いに、私は「大丈夫よ」と答えた。すると彼は、ほんのりと笑みをこぼして、「なら良かった」と言う。

 彼の安堵の笑みは、私の心を掴んで離さない。
 無表情寄りの傾向がある彼だからこそ、その笑みには威力がある。希少価値、というやつだ。

「心配してくれてありがとう」

 それから私は、ベッドを手でぽんぽんと叩く。

「座って?」
「なぜだ」
「お願い。ベルンハルト」

 すると彼は、困った顔をしながらも、私のすぐ隣に座ってくれた。

「これでいいのか」

 ベルンハルトは非常に気まずそうな目つきをしている。
 私と隣同士で座る。ただそれだけのことなのに、そんなに気まずいのだろうか。彼の感性は、たまに、よく分からない時がある。

「……こういうのは嫌?」

 思いきって尋ねてみた。

 その問いに、ベルンハルトはすぐには答えなかったーーが、数十秒ほどが経過した後、彼は小ぶりに口を開く。

「嫌ではない」

 ここには、私と彼だけ。それ以外に人はいない。音もほとんどない。ただ、時間だけがゆっくりと過ぎてゆく。

「貴女と過ごす時間が、嫌なわけがない」


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