As Story

作者/ 書き述べる ◆KJOLUYwg82



3話―(1)



 外は静寂と冷気によってバイオリンの弦のように張りつめていた。
 光曳は玄関を出るとすぐに右に折れ、階段へ向かった。この男の自室のある棟は、南に面する辺と西に面する辺からなるL字型をしており、例の道路は南に面している。そして階段は、L字型のそれぞれの両端と角の部分に合わせて3箇所にあり、角には2基のエレベータも設置されていた。

 1m20cmの幅があり、真新しい照明灯が配置された廊下は、体の大きな光曳が駆けた時に多少蛇行しても、全く問題なかった。一番の問題は本人の体力だった。

 棟の端にある階段に何とか辿り着いた時、大男の息はすっかり切れていた。仄暗い空間に、光曳の吐く息が自身の顔の周りに滞留していた。両足を大きく開き、前かがみになった状態で膝に手をつき、佇んでいた。肩が激しく上下していた。

 俯いたまま目線を後ろに向け、全力疾走してきた道程を顧みた。3基の照明灯が自宅の玄関までに配置されている。男の自室に一番近い照明灯が普段より遠く感じる。更に彼方へ視線をあげると、突き当りの壁が見えた。あそこを曲がればエレベータがある。だが……やはり遠い。

 息切れもおさまりつつあり、目の前の階段を降りようとした。

「待て、1階まで降りるのか?何段あるんだ?」 心の中で自問自答した。地上まで9階分降りなくてはならない。テンションが上がってしまい、つい自分の足で颯爽と駆け下りられると思い込んでいたが、やはり錯覚であったようだ。

 深夜の冷気と圧倒的な階段の距離によって頭を冷やされた光曳は、棟の中心部分に歩いて行った。今は、エレベータまで行くのも億劫であったが、意識が完全に覚醒してしまい、今さら床に就いても眠れそうにない。それに、白光が現れた地点とその周辺の状況を確認したい気持ちは強くある。

 棟の中心に着きエレベータを待つ間、俯き加減に現場の状況を想像していた。程なくしてエレベータが到着した事に、驚きの気色をあらわにしていたが、そのまま急いで中に乗り込んだ。

 この男がエレベータ等に驚いたのには理由(わけ)があった。
 この棟は25階建てながら横幅のある構造をしているため、戸数が非常に多いのだが、男の目の前にエレベータは2基しかない。その上人が乗るカゴの部分は中低層と同程度の大きさなので、昼夜を問わず満載状態でのべつ幕なしに稼働している。更に分が悪いことに、この体格である。漸く空きがある機が到着したとしても、無理に乗った途端けたたましく鳴り響くブザーに追い出されたことは数知れない。

 だが先程は、ボタンを押すと朝飯前に3枚切りの食パンを3枚平らげるよりも早く来たうえ、カゴはもぬけの殻だったので、ちょっと驚いたのである。

 男の内なる声を代弁しているうちにエレベータは到着し、当の本人はエントランスホールの外に出るところであった。
例のポイントは棟のL字型の外角側、エントランスは内角側にあるため、建物を出て即目的地というわけにはいかない。L字型の建物の先端まで迂回し再度L字の中心に向かう必要があった。

 光曳はエントランスホールの出口をくぐり、建物の北の端へ向かっていた。L字の建物の内角側を裏側とすると、建物の裏側には敷地内公園が広がっていた。

 敷地内の公園と言っても、その規模は地区の近隣公園の倍以上はゆうにあり、遊具も大がかりなものが多数ある。例えば、光曳の右横には、丸太で組み上げられた砦型で高さが5m以上ある遊具がある。その上端から50m先のクッション付のポールまで、人がぶら下がれる強度を持った綱が掛けられたロープが張られており、子供たちは綱に捕まり、下まで一気に滑空するのである。ターザンごっこと称して、子供らが最上段から矢のように滑空する様は、大の大人でも息を飲むほどの壮観さがある。

 光曳も小学生の頃、クラスの女の子の前でかっこつけようとしてブレーキをかけずに滑り、時速30km強――ママチャリの全力疾走に匹敵する――でポールのクッションに激突し、救急車で運ばれた苦い経験がある。毎年似たような事故が発生しているのだが、町長のご意向とかでこの砦は撤去されずに済んでいる。

 そろそろ例の道路に接している曲がり角に着く頃であった。付近の街路灯がいつもの不快な音を立てつつ自らの足元を照らしていた。

 道路が近づくにつれ、我知らず顔に緊張がはしる。砂地の敷地内公園が近くにあるので、道路付近もアスファルトにも砂利や砂が混じっていた。

 じゃり……じゃり……ざざっ。曲がり角に着き、男は一旦歩みを止めた。遠巻きにポイントを確認するため、白光のあった辺りを見上げた……。

「お……」