As Story

作者/ 書き述べる ◆KJOLUYwg82



7話―(1)



 まだ夜更けまでは3時間近くあった。オマワリ達に撃たれてからそれほど時間が経っていない。内陸の片田舎からコンビナートや大規模商業施設の林立するメトロポリス(大都市)までは、久しぶりの来訪者を水平線の向こうまでセンターラインで道案内してくれる人のいい国道をひたすら二輪を駆っていけば予定の時間よりやや早めに着くはずであった。
 年中無休で舗装の耐久テストをしているような交通量を誇る近郊圏はまだ先なため、真新しいアスファルトがハイビームにしたヘッドライトで黒光りしているのがわかる。タイヤの唸り声もいつもより幾分か大人しいように聞こえる。
 やや高めの負荷がかけられたエンジンが甲高いエグゾーストノートを奏で、ライダーが至福の時間を手にする速度を保ちながら2台のバイクは中央分離帯のある4車線の国道を月が高く昇った夜空の下を疾走していた。一台は250ccのカワサキNinja250、もう一方は小型のセダンを超える排気量を有するホンダCB1300というアンバランスな組み合わせであったが、それぞれのライダーの姿を見ればたいていのものは納得するかもしれない。

 二人のライダーは1時間ほど前に偶然彼らを目撃してしまった不運な若者を締めあげてきたところであった。「締め上げきた」などという、常に命を奪うか奪われるかの世界の人間が行うにしては随分生ぬるい処置になっているのは、粋がった青二才の予想外の抵抗と通報で警察官が駆けつけてきたため、逃走を選ばざるを得なくなってしまったのだ。
 巨大なCB1300に体を折り曲げてまたがるアビーは昂進する闘争本能を抑えつけんと岩のような双拳で力の限りステアリングを握り、金属製のパイプの断面が著しく歪んでいた。左側のほぼ真横につけているコードが、馬鹿力の相棒の乗るバイクの前部から危険な香りのする音が漏れ出ているのをはっきりと耳にしており、今回の仕事で得られる報酬から高級バイク一台の修理代が飛んでいくのを呆れといら立ちの混じったため息をはいた。
――確かにアイツかいないと仕事はできないがなぁ。何ですぐに壊すんだよ。
「おい、コード!急ぐぜぇ!」突然前方から怒鳴るような調子で巨人の罵声が飛ぶと、痩身の若者は悪態をついたのがバレたのかとひどく狼狽した。こんなことを聞かれた日には壊されるのはモノだけで済むはずがない。しかし少し冷静になって考えてみればすぐにわかることであった。お互いフルフェイスを被っているのである。そうでなくとも強力な空気抵抗が耳を弄する騒音を発し、向こうの相手の声など全く聞こえないのである。「畜生驚かせんなよ、ヘッ」
 安心感からか、気分が高ぶり粋がったふうな独り言と人を喰ったような笑いがコードの薄い唇からついて出た。光曳との争いてタジタジになっていた時に比べ、随分態度がデカくなっている。
「何か言ったかぁ?あ?」頼りない背筋に雷撃の如き戦慄が走り、思わず車体を相棒とは反対方向にのけ反らせる。CB1300の男はそれを全く相手にせず、ようやくウォームアップが終わった100馬力のエンジンの回転数を上昇させ、変わり映えのしない街路灯が前方から浮かび上がり数秒後には後方の闇にのまれていくのを延々と繰り返す道程を急いだ。
 パートナーから全くの想定外の不意打ちを受け、後れを取ったコードが加速しようとNinja250のスロットルを開き薄っぺらいエグゾースト・ノートを響かせながら巨躯のライダーが駆るCB1300に近づく光景は、さながらよそ見をしていて隊列から遅れたカルガモのヒナが必死になって親鳥に追いつこうとしているのと何ら変わらない。
 自動車専用道ではなく一般の国道だというのに既に2台のメータは時速100kmに達しようとしている。道幅が広くて長い直線であったり緩いカーブになっていたりして走り屋が暴走しやすそうな区間は多くの場合LHシステムと呼ばれる自動速度取締システムが設置されているのだが、そのような事はお構いなしの様子である。
 対してNinjaの運び屋はそれを気にしているらしく、速度取締機の1000m位手前に現れる自動取締予告の青い看板をヘッドライトの照らし出す限られた視界の中で必死になって探している。町明かりがあれば余裕を持って探すことができるのだが、だだっ広い農地や山野を深く考えもせず一直線に突っ切るこの国道は沿道に民家もろくに見当たらない有様であった。人の気配が感じられたのはオマワリと対峙した駅の周りだけで、奴らが暗闇消え失せてからはずっとこんな調子である。
 フロントの風防をもってしても風の精霊の見えざる手がコードのフルフェイスを正面から押さえつけ、顎が少しのけ反った。慌ててメーターを確認すると、いつの間にか180kmを回っているではないか。CBが余裕をかましながら飛ばしているのについていくのと取締の看板を探すのに気を取られて、最も命に直結するスピードというパラメータを調節する余裕など全くなかった。
 ――こんな暗闇、ヘッドライトと街灯だけを頼りに走っているのに、このままじゃアイツにやられる前に明日の朝刊に国道でカーブを曲がりきれず20代男性が死亡とか載っちまうよ。