As Story

作者/ 書き述べる ◆KJOLUYwg82



4話―(5)



 アビーがマスク越しに頭を掻きながら軽く言い放った。「へっ、すまねぇ。殺(や)ったと思ったんだがなぁ」おもむろにSIG P220をホルスターから取り出す。大男がここに現れた時に最初に持っていた、サプレッサーとの相性のいい拳銃である。

 最早光曳には選択の余地はなかった。後ろで何か取り出す音と共にガチャ、カチッ、と短く固い音が続く。それが何の音なのか、深く考える必要もなかった。
 自殺する勇気のない人間が自殺志願しているのではない限り、それこそ白豚の如く地べたに横たわっているのは明らかに得策ではない。
 アビーが少し足を開き、体勢の安定を確保する。そして1mほど前方に横たわっている光曳の後頭部にP220の銃口を向けた。ゴリラにも勝るとも劣らない巨大な手に収まっているP220が廉価なエアガンに見えてしまう。

「ぼちぼち逝くか……。お!」
 大男が腑抜けた声を立てた。アビーがP220を握りなおしている隙に光曳が飛び起き、マンションの方――アビーから見て右方向である――へ駈け出したのだ。だが動揺も束の間、アビーは落ち着き払って移動目標に照準を定めた。光曳が全くもって走るのが苦手なため、アビーとの距離もまだ10メートルと離れていない。拳銃でも正確に狙える距離である。
 コードが先の修羅場で痣のできた目で人間が命を絶たれる瞬間を見ようと瞳を全開にし、狂気の興奮をあらわにしていた。
 アビーがトリガーにかけた人差し指に力を込める。

「畜生!ちくしょう!ちくしょう!」

 あまりに唐突で理不尽な己の最期に絶叫しながら駆け抜けた。一瞬、拳銃を自分に向ける大男の姿が視野の右隅に映ったが、顔を向けることはなかった。
 光曳の声がやんだ瞬間、一条の赤い光芒が男の視野を真横に貫いた。
――死ぬのか……。―― そう思った途端、足の力が抜けその場に崩れ落ちた。

「何ぃ?!サツだ、アビー!PC(パトカー)が来やがった!」
「るせえ!んなこたぁお前よりわかってらぁ」

 余りにの喧騒に、付近の住民が通報したのだろう。サイレンは鳴らさないが赤色灯を明滅させながら1台のパトカーが2人の運び屋に接近してくる。
 唾を吐き捨てながら大男は逃走を図ろうと体を翻したが刹那の逡巡の後、踵を返した。

「どうしたんだよぉ。おい!逃げなきゃ!」

 無造作に伸びた髪を逆立てながらコードが叫んだ。しかし大男は動こうとしない。それどころか、相棒の右手にはFN Five-seveNが握られている。Five-seveNは口径が5.7mmと、一般的な拳銃の口径9mmと比べて小さいが、小銃並みの初速と弾丸の材質の改良で、貫通力はあの悪名高きトカレフTT-33を上回ることさえある。アビーのようなものが所持すると極めて厄介な代物だ。

「パトロールのポリ公なんざぁ丸腰みたいなもんよ」大男はにやけつきながら左手を腰に当て、Five-seveNを掌で回しながら言い放った。男の右手にあるマンションの明かりがチラホラと点きはじめた。

「おめぇら俺に目が合ったやつからぶっ殺す!」

 アビーがただでさえ馬鹿でかい声を更にはりあげた。幾つかの部屋でサッシの開けられる音が止まり、ピシャリと音を立てて閉じられた。更にもういくつかの部屋は再び蛍光灯が消され、暗闇の中で一部始終を見届けるようだった。

 アビーの目測で約150m。大凡の状況を把握しているのか二人の不審者からかなり離れたところにPCが止められ、二人の警官が車を降りた。

「そこで何をしている!」二人の警官が距離を詰めながら大男に叫びかけた。
「お互い拳銃もって、なにしてるんですかぁは、ねえよなあ!」

 アビーは嘲笑混じりの声で警官に返した。街灯に照らし出された警官の手に拳銃が握られているのが見えた。警察の場合は恐らくSIG P230かニューナンブM60系のものだろう。いずれにしても、火力・使い手ともにこちらが有利と確信していた。

 何回か警察官とのやり取りがあった。アビーたちを動揺させないように極めて慎重な内容の会話であった。アビーとの距離の詰め方もそれに輪をかけて遅々としたものであった。


――あいつら完全にビビッてやがる。もっと詰めてきやがれ。さっさと終わりにしてやらぁ。

 アビーはほくそ笑みながら射撃の姿勢をとった。アビーの射程は約35~40m。今はその中に入るのを待つのみであった。
お互いの持つ銃は、有効射程が50mだが、これは相手に効果的なダメージを与えられる威力を保てる距離である。加えてメーカー公表なら更にサバが読まれている可能性がある。一般的には拳銃の場合、20m離れた静止目標に当てるのも熟練を要する。
 計り知れないほどの修羅場を潜り抜けてきたアビーは、射撃に関して熟練した技能と才能を持ち合わせていた。

 二人の警官が足を止めた。その距離100m。まだお互いの顔の判別すらつかない。
「ん。なぜ止まる」 アビーが怪訝な表情をした。そして自らのキャリアとインスピレーションを引きずり出し、思索を巡らせ始めた。何者かと交信しているのだろうか?だがしゃべっている様子も、何か操作している様にも見えない。
 アビーの推測は直ぐに崩された。片方の警官が片膝をつき、拳銃をこちらに向けたのである。大男の表情が驚愕の色で埋め尽くされ、言葉を失った。だが、次の瞬間アビーは光曳の傍に駆け寄り、その銃口を頭部に向けた。

「てめぇら、下手な真似するとこいつの脳みそが酔っぱらいのゲロみたいに道端に散らばるぜぇ!」
「10数える間に。銃を下しなさい!10……9……」

 警官たちはアビーの警告を無視したばかりか、向こうから最後通牒を言い渡し、一方的にカウントダウンを始めた。