As Story
作者/ 書き述べる ◆KJOLUYwg82

8(2)話―15
突入!突入!反吐を吐き、突っ伏しそうになっている己の魂に二度、鬼軍曹――いや、捕虜をジュネーブ条約に反して死の行軍をさせる敵国の下士官のように、非情な怒号を浴びせた。 月下の指揮官が血に飢えた白き狼の如く、食いしばる上下の歯の隙間をすり抜けてつばを吹き散らし、得たいの知れない次元のひずみのように見える執務室の入り口へ身を投じる。セミロングの黒髪を靡かせつつ、ディテクティブスペシャルを両手に構えた園香が、月下の餓狼の足元に映る漆黒の影の如くぴたりと足並みを揃え、物音も微塵のためらいもなく、執務室の入り口をすり抜ける――。
すぐに二人は部屋の左右に展開した。瞬く間に相棒の姿が霧の塊に呑み込まれていった。音のした方は入り口のほぼ正面。いくら霧が立ち込め、足音を完全に消していたとしても、正面から突っ込むのはあまりに軽率。ここに侵入するほどの手練れであれば、両目が潰れていても的確にかつ残忍な反撃を仕掛けてくるに違いなかった。コンピューター・グラフィクスのように均質な白一色の濃密な靄、多少の物音は吸収し、相手の上下左右前後の感覚を奪い去るこの空間は月下白狼のためのサバイバル・フィールドであった。園香の能力の範囲を1ミリも余すことなく物理法則を無視して疾駆する二人は、もやの中の微細なコントラストを察知し、時には風の如く、時には氷河の如くターゲットを追い詰め、任務を完遂するのだ。
ターゲットは二人、そしてどちらも組織の内部の人間だった。執務室をぐるりと一周し、数秒の斥候を終えた園香の表情に驚愕が浮かぶことはなかった。ひとつの事象を除いて――。
一人は以前、大崎の屋敷で会ったあの子。確かウィリアムって言ったっけ。あの容姿で麗牙光陰のリーダー。左のこめかみを流れ落ちようとした冷や汗が、短い白い筋となって凍りついた。
もう一人は――麗牙の少年以上に納得のいく解答だった。それは、大崎の後ろを金魚の糞のようについて回っているからというだけでなく、何を企んでいるのか全く分からない彼の不審極まりない一挙手一投足もその解答解説に含めておく必要がある。問題は、アイツの腕の先の黒い塊。3秒前に男の姿を一瞥した瞬間を思い出しただけでも背筋が凍りつくのが分かった。
天銀の能力については、大崎が一度口にしたことはあったがまさに発動している瞬間を見るのは初めてだった。恐らく相棒も冷や汗――は垂らさないかもしれないが、反吐のひとつくらいは霧の向こうから男に吐きかけているかも知れない。園香のサイボーグのように冷徹な表情から思わず含み笑いが漏れた。まだ十分に精神的な余裕は持ち合わせていた。そう、ここは彼らの「空間」。篠原の能力が相手の五感を奪い、園香の能力で相手の予想だにしないところから攻撃を繰り出す。
園香の右側を空間を逆周りに回っていた篠原とすれ違った。全て予定通り。刹那浮かび上がっていた篠原の姿は、両手の人差し指を伸ばし、オーバーアクション気味にターゲットのいるほうを向いていた。ちょっとしたおまけに左目を短くつむっていた。お前は半周、俺は一周したら突撃、という合図だった。そのようにポーズが決まっているわけではないが、園香には篠原の考えていることがありありと分かるのだ。
更に部屋を回るスピードを上げると、二人が描く円の中心に自らの体躯を突っ込ませていった。二人のターゲットを――そのとき既に、一人は消えうせていたが――羽交い絞めにするのは造作もないことだった。

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