As Story

作者/ 書き述べる ◆KJOLUYwg82



4話―(6)



――おいおい、どっちのセリフだ!制服野郎!

 ベテランの運び屋が刹那、冷静さを失った。「野郎!俺の言ってることがわか……?!」

 アビーの背筋に戦慄がはしった。「コード!狙撃手を探せ!どこかにもう一人隠れてやがるはずだぁ!」呆然と突っ立っているだけの相棒に、声を殺して叫んだ。

「え?え?そ、狙撃手ぅ?!」頼りなさげな相棒が泣きそうな声を立てて狼狽した。

――んにゃろう、全然使いもんになってねえ!

「4……3……2……」
万事急須。アビーは最終決断を下した。「コードぉ!ずらかるぞ!」
出し抜けに二人が後方の交差点に向かって走り出し、進行方向に何か小さいものを放り投げた。そして、眼前に信じられないことが起きた。
突如高さ1mほどの虚空に2台のフルカウルタイプのバイクが現れ、そのまま地面をバウンドしながら落下、逃走者が器用にそれに跨ると即座にスロットルを全開にして加速し始めた。

 警官達が一瞬呆気にとられた。更に闇に息を潜める狙撃手が射撃する気配もない。代わりに、我に返った拳銃を構えた警官がアビーのバイクのタイヤに狙いを絞る。固より3人目の警官などいなかったのだ。逃走する目標(ターゲット)を抑止する狙撃手は今、手のひらより少し大きい程度の拳銃を握っていた。
目標は僅かの間に280mくらいまで離れ、ご丁寧に蛇行までしている。

 警官が僅かに吸気をし、息を止め、SIG P230を握り直す。

「……0」一方の警官が最後のカウントを終える。「風速ゼロ!ゼロインにい!はち!まる!カウントにい!」
 ゼロイン――つまり280m先のポイントで発射地点との相対高度が0になるよう、銃身とスコープを調整しろという意味である。通常は現地に来る前に試射ができるところで数十分、人によっては数時間かけて100m単位でおこなうものである。―― と距離を言い終えるのと狙撃手の警官が調整完了の意の靴を2回鳴らす動作したのはほぼ同時であった。息をつく間もなく早いカウントが始まる。「にぃ!いち!」

 全神経を左右に振れるタイヤの図形に集中する。視界がホワイトアウトし、黒い物体のみが視野の中央に映った。

パァァン……。

 バイクの爆音をかき消すような音が響き渡った。マンションの壁面に跳ね返り、2,3回こだまが続いた。「諏内……」カウントを告げた警官が祈るような気持ちでかすれるような声を発した事に、拳銃を握る狙撃手は気が付かなかった。
 目標までの距離280m。弾丸は、タイヤを捉えていた。タイヤが弾け飛び、大男が一気に姿勢を崩した。しかしガッツポーズをしようとした二人の警官は、再三にわたり現実離れした事態を目の当たりにすることになった。

 弾け飛んだはずのタイヤが瞬時に復元したのである。そして外から力でも加えられたかのように不自然にバイクの姿勢も復帰し、アビーたちは何事も無かったかのように闇の彼方に消え入った。挑発するように手を振りながら……。

 警官たちはただ立ち尽くすばかりであった。

――何だ、今のは……。

 お互いの顔を見合わせることも、対象者を取り逃がしたことを連絡するのも忘れていた。
 驚愕していたのは警官らだけではなかった。自分の状況が夢なのか現実なのか分別のつかない朦朧とした意識の中で、光曳も事の一部始終を否応なしに見せつけられていた。

 今日はあまりに事件が有り過ぎた。夢でも勘弁である。

 凸凹コンビの運び屋。――あいつら横文字で呼び合ってたけど日本人だよな?―― 何故かどうでもいいことが脳裏に浮かんだ。それにしてもあの装備やら乗り物は一体……。
 向こうの警官も普通じゃない。警察が一方的に発砲って聞いたことねぇよ。逃げられてしまってるが、異常な距離で射撃――いや、あれは最早「狙撃」というべきか――を成功させてる。
 最後に、そもそもの原因となった白い光……。

 光曳の脳が突如発生した大量の情報でオーバーフローし、路上で眠りに就いてしまった。

「君、大丈夫か――」

 満天の星と俄かに点きはじめたマンションの部屋の明かりに照らされる中、拳銃をホルスターに仕舞いながら二人の警官が横たわる巨漢の男に駆け寄っていった――。