As Story

作者/ 書き述べる ◆KJOLUYwg82



4話―(4)



「マネージャの岩倉から、今回の件のブリーフィング(概要説明のためのミーティング)で、お前は運び屋の経験は確か――」
「2年目だ」 コードが何の躊躇もなく返す。「あぁ、そうだったな、俺も覚えている。それでだ、運び屋ってのは依頼主も送り先も、そして運ぶ奴もワケありな奴らが多い。いや、そういうのしかいねぇ。だから運ぶものがスーパーの豆腐より軽くても一回の仕事で大手企業の役員の月収みてえな金が手に入るんだ。今回だってそうだ。無事こいつを届ければ、現金でこんだけもらえる」そう言ってブイの字を指で作った。コードの表情が僅かに固まった。
 覆面はそれを見逃さなかった。

――カネの話は岩倉から聞いてるから今さら驚かねぇよな。じゃああいつ、なんで動揺してんだよ。―― 動揺していたのはコードだけではなかった。バラクラバの奥で滝のように冷や汗をかきながら、平静を装ってさらに続ける。
「だから、俺たちの経歴ってのは滅多に表にでるこたぁない。知っているのは運び屋ブローカー(あそこ)の情報管理部門とボスだけだ。しかもその内容は自己申告だ。た内容の真偽は仕事の成果を見れば自ずとわかる。根暗の岩倉はただ依頼内容をロボットみてぇに連絡するだけだ」緊張のあまり口が乾き切っていたのに気づき、一息唾を飲み込む。アビーに見入っていたコードがつられた。

「それでだ、本来ならしちゃいけねえことなんだが……今までの依頼主のこともばれちまうからな。だが、今だけはどうしても確認しておきてぇんだ」アビーが語気を強める。思わずコードが数ミリ体をのけ反らせた。
「お前さんがやってきた運び屋の仕事って何なんだ?」
 コードが呆気にとられ、驚きの声を出しそびれた口を閉じそびれていた。だが、すぐに面相を正し、いつもの調子でそっけなく言い放った。

「郵便配達――」



「んだとお!き、貴様っ……」アビーが激昂のあまり呼吸亢進を起こし、自身の胸を掴んでかがみこんだ。コードが必死の反駁を見せた。
「か、金が欲しかったんだよぉ。いつまでたっても給料上がんないし。運び屋(これ)なら今までの経験生かせると思ってさあ!」
中途採用の面接試験でも受けているかのような回答だった。

「こんにゃろう!運び屋なめんじゃねええ!!」

 コードの胸ぐらをひっつかみ、ギリシャ神話を今に伝える星座をいつもより3mほど近くで拝ませてやった。……修羅場が始まった。


 二人が乱闘を始める少し前――覆面が突然静かになった時――、男たちの背後で蠢動するものがいた。勿論該当するものは一人しかいない。
アビーが光曳を締め上げている最中にコードが不意に現れた時に下に叩き落され、そのまま放置されていたのだが、アビーは光曳の脈が無い事 を確認したつもりであった。
人を絞殺したことは数知れない手練れの運び屋のアビーである。光曳の首が太いとはいえ、間違えるはずが無かった。だが、光曳の脂身の厚さはアビーの予想をはるかに上回るものであった。
 アビーが自分の脈を把握しきれていないことを察した光曳は機転を利かせ、古来から使われている相手の攻撃を制止させる欺瞞の手法――要は死んだふり――を実行した。
 熊にはこの手の欺瞞は通用しないことは周知の事実であるが、覆面を被った熊のような人間には功を奏したようであった。

「たし……か、……携帯」
 現在仲間割れ真っ最中の二人組に悟られないようにジャケットの左胸ポケットを探る。ズボンのポケットに入れる方が使い勝手が良いのだが、ズボンのサイズがぎりぎりで携帯を入れられるスペースが無いのである。体の右側を上に向けて横たわる姿勢になっているため、右腕を動かすのは賢明ではない。つまり、左手で左胸ポケットの携帯を取り出さなくてはならないのだ。体が特に柔らかいわけでもない光曳にとってそれは非常に難しい注文であった。
 背中の向こうでアビーがコードを激しく罵倒する声が聞こえる。時々飛び跳ねたり走り回る音がアスファルトをつたって極めて鮮明に聞こえてくる。がたいの大きいアビーが派手に動き回ると全身に振動が伝わってくる。物音からの推測ではあるが、まだ光曳が生きているうえに携帯電話を取り出そうとしていることに気づいていないようだ。

――もう少しだ!
 ポケットに手を入れるのに手こずっているうちに体の下敷きになっている腕がうっ血し、左手の感覚が定かでなくなりかけていた。これ以上時間をかけていられないと腹をくくった光曳は、音をたてないように細心の注意を払いながら上半身をわずかに丸める。
後ろの喧騒に変化はない。

――よし。

 ようやく携帯に手が届き、人差し指と中指で挟み込んで危なっかしくふらつかせながら取り出した。安堵の息を我慢し、静寂を保ったまま通報の準備をしようとした。その時……。

ブーン、ブーン、ブーン……。

 突然であった。携帯がメールを受信し、バイブレーション機能が作動したのだ。
 光曳の体が凍りつく。同時に後ろの物音も静まり返った。体が動いたのではないため、今は怪しまれることは無いはずだった。携帯電話は約10秒間振動し続けた。その間、二人組はついさっきまで仲間割れをしていたとは思えないほど同一の目標を監視していた。

 携帯の振動が止まった。それを見計らい細身の「郵便屋さん」が、光曳の希望的推測を粉砕するような一言で沈黙を破った。

「あいつ、生きてるな」 光曳の心臓が一回突き上げるように拍動した。