As Story

作者/ 書き述べる ◆KJOLUYwg82



7話―(5)



 ウィルは岸壁のガードレールにもたれたまま思案に耽り、20分ほどその場から動くことはなかった。時々顔をあげ、どこか遠くの方を眺める時があり、いずれの場合も同じ方向を向いていたので、その方向に目的のモノがあるのだろう。しかし少年は目的地へ足を進めることを頑なに躊躇い、歯医者の扉の前に立ち尽くす子供のように同じ仕草を幾度も繰り返すばかりであった。
 今回の任務は悪条件が幾つも重なっており、麗牙のメンバー3名の命を預かる隊長にとってはあまり気の進む仕事ではなかった。
「よりによってチームの戦力も士気も大幅に落ちているこの時期に……」思わず全身の精気が抜けてしまうような深いため息をつき、珍しく任務への怨嗟の言葉を吐いた。
 殆どのECのチームは4、5名のメンバーで構成されており、麗牙光陰も例外なく4名のチームであるのだが、現在の麗牙は緊急の事情により2名で活動していた。しかも麗牙は攻撃を得意とする者と支援を得意とする者がそれぞれ2名ずついるのだが、この任務に携わっているのは支援の2名、つまり攻撃役がいないのである。
 もう一つの重大な懸念事項は、麗牙にとっては前代未聞の最大2か月にも及ぶ長期ミッションであるという点であった。麗牙光陰は組織としても個々の能力者としても極めて錬度が高いため、他のチームなら1週間程度かかる任務でも必ず1日で済ませてきた。わずかな失態が三途の川の渡しの片道切符になってしまうE.Cの任務の性質からすると、メンバーの年齢を鑑みても連続で任務遂行にあたれるのは3日が限度だと考えていた。
 漆黒のフードの深みに埋もれる双眸が虚ろに虚空を見上げ、ピンボケした夜空の映像が瞳に飛び込んでくるままにしていた。
 2か月――あまりに大きすぎる数字に、ウィルはこの任務が自分たちのものであるという実感が未だに持てないでいた。だがこの下見を順調に終えれば3時間ないし4時間後には本任務の最初の行動を起こすことになるのである。
 不意に少年が視線を最初に向けていた方向に戻した。長い任務の最初の目的地があるはずの方向である。彼の瞳は相変わらず憂鬱な気色に満ち溢れ、迷いが吹っ切れた様子は微塵も見られなかったが、その重圧に耐えようとする意志が確かに込められていた。
「麗牙は一人じゃない。隊長がこんなことでどうするんだ。しっかりしろ!ウィル!」
悩み多き隊長はようやくその右足を持ち上げ、前の地面をじっくりと踏みしめた。麗牙いやE.C創設以来最も困難を極める任務開始の5時間前であった。