自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.4



「暑… 」
 コンビニへ向かいながら、黎は小さく呟いた。

 「暑い」と言えば、余計に暑く感じるが、この暑さはやはり「暑い」としか言い様がない。

 少し歩いたところで、コンビニが見えてきた。

 ドアを開けて中へ入ると、クーラーの冷気が火照った身体を冷やしていくのが感じられた。

「いらっしゃいませー」
 店員の面倒臭そうな声を聞きながら、少年は店内を見回した。

 何かあれば、このコンビニへ来るので、売り場の位置は完璧に把握している。
 それでも黎がキョロキョロと辺りを見回しているのは、人間ウォッチングのためだった。

 店内にいるのは、自分を含め六人。
 まず、雑誌を立ち読みしている中年のおじさん。
 黎と同じように学校帰りに立ち寄ったと思われる男子高生。黎と同じ制服を着ているので、同じ学校だと思われる。黎と違うのは、こちらが一人なのに対して、向こうは二人で楽しそうに会話していることか。
 もう一人、一人の少年。私服を着ているが、顔からして同い年くらいだろうと思われる。
 そして、面倒臭そうな表情をした男性店員が一人。

 そんな人間ウォッチングを楽しんだあと、黎はアイス売り場へと足を運び、アイスを適当に手に取っていく。
 ついでにコーラを一本手に取って、レジにそれらの物を置く。

「アイス三点とコーラで、425円です」

 言われた額をお釣りのいらないように出し、レシートと袋に入れられた商品を持って出口へと向かう。

 しかし、ドアを出ようとしたところで、同じように外へ出ようとしていた客とぶつかってしまった。
 先程見た、私服を着た少年だった。

 ぶつかった拍子に、その少年が持っていた鞄から菓子パンやジュースなどが床へ落ちた。

「 …あ… !」
 驚いたように少年が目を見開く。

「万引きだ !!」
 慌てたような店員の声が聞こえる。

「 …違う」
 小さく呟いた少年は、落ちた物をそのままに逃げ去ろうとした。

 しかし、少年はその場に盛大に転んだ。
 黎が少年の足に自分の足を引っ掻けたのだ。

 その間に店員がやってきて、少年を捕まえた。

「来い! 中で話を聴くから」
「違う! 僕じゃない!」
「言い訳をしてないで、さっさと来い!」
 怯えたように反抗していた少年だが、半強制的に少年は店員に連れていかれた。

 それをぼんやりと見ていた黎は、どこか違和感を感じた。

 ――違う! 僕じゃない!

 ただの言い逃れのように聞こえるが、黎には、少年の心からの叫びのように感じた。

「 …?」
 ついと顔を上げると、コンビニの奥にいる、黎と同じ高校の制服を着た二人の少年が声を押し殺して笑っていた。

 何となくこの万引き事件の裏が読めた気がする。
 最も、それは黎の単なる想像に過ぎないが。

「万引き… かぁ」
 黎は小さく呟いて、コーポ・テオティワカンへと急いだ。




No.5



「アイス買ってきましたよ――って、上弓さん、来てたんですか」

 先程と同じように散らかった部屋に、一人の男性が増えていた。

 上弓玄、二十歳。
 明るい茶色に染めた髪が目を引く。目が大きくて、それなりにイケメンである。

「よーっす、黎!」
「……………どうも」
 軽々しく声をかけてくる上弓に返事をしながら、黎は部屋の中へ入っていく。

 見ると、漆はイスに腰掛け、足を机の上に乗せている。そして、うちわでパタパタと自分を扇いでいる。

「行儀、悪いですよ」
 だらけきった漆に一言言ってから、先程コンビニで買った袋を差し出す。
「どうぞ」
「サンキュー」

 漆は早速袋からアイスを取り出し、それを食べ始める。

「上弓さんもどうぞ」

 自分の分のチョコアイスを取ってから、黎は袋ごと上弓に渡した。

 袋の中を見た上弓は、「俺も黎のアイスの方が良い」と文句を言った。
 しかし、黎はアイスをすでに食べ始めていて「嫌です」と一言言った。

「何で全部違う種類を買ってくるかなぁ… ?」
 ブツブツと上弓が言うが、黎は完全に無視している。

「チョコが良かった。バニラ嫌」

「で、仕事はどんなですか?」
 アイスをかじりながら黎が漆に訊くと、彼女は黎を睨み付けた。

「食事中に会話は禁物」
 簡潔にそう言って、漆はアイスを食べるのに没頭する。

「 …… そうっすか」
 半眼になって、それから室内を見回す。

 部屋はじめじめとしていて暑い。にも関わらず、部屋の窓はすべて閉まっている。クーラーがついているわけでもないのに。

「漆さん、いい加減、クーラー直してくださいよ」

 すると、漆は黎を一瞥したあと言った。
「そんな金あったら、お前らの給料増やすよ」

「 …あ、そう言えば、先月分のバイト代、貰ってませんよ!」
 それまでずっと黙ってアイスを食べていた上弓が漆に抗議する。

「あー、うるさい。来週には渡すから。色々と困ってるんだよ」
「だからって、こっちだって困ってます!」
「うるさい、黙っとけ」

 上弓はまだ釈然としない表情だったが、取り敢えずは口を閉じた。

「あー、それに比べて黎は良いねー」
 微かに笑いながら漆が言う。

「おれですか?」
 突然自分の名前を出された黎は少し驚いた。

「そうだよ。給料の取り立てしないし」
「取り立てって……………」

 ヤクザか何かですか、という言葉は口に出さない。

「と言うか、窓くらい開けてください」

 言いたかった言葉を言うと、漆は渋面を作った。

「無理だ」
「なんでですか?」
「窓が壊れて開かない」
「はぁ !?」

 そんなことがあるのかと思い、窓を開けようとしたが、しかし彼女の言う通り、名瀬か窓は開かなかった。

「どうなってんすか? これ… 」
 このアパートの古さに呆れながら黎が訊いた。

「知らん。取り付けが悪いんじゃね?」
「……………」

「錆びてるんだよ、きっと」
 上弓も自分の意見を言ってくる。

「どうでも良いです ……… 」
 このアパートの古さを改めて実感して、黎は小さく呟いた。