自殺サイト『ゲートキーパー』
作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw

No.10
名前を宇佐美〔うさみ〕茉莉という。
二十歳で、聖音大学に通っている現役大学生。
そして、あの上弓玄の“元”彼女なのだ。
「けど、茉莉。何で別れたの?」
ソファに座らせ、冷えた麦茶を机の上に置くと漆は訊いた。
茉莉はひざに乗せて強く握った両手を見詰めていた。
「…実は―――」
ーーー
数時間前。
待ち合わせ場所である駅前で上弓を待っていた茉莉。
十分ほど遅れて上弓はやって来た。
そして、やって来るなり「今日、仕事があるからデート中止」と言い出した。
茉莉は、怒った。
「前から約束してたのに! 仕事ばっかり何よ!」
「仕方ないだろ…」
「もう良い! 玄となんか別れる!」
「………えぇ!?」
「さよなら!」
ーーー
「今考えると、もう自分何してるんだろう、とか思って。ほんと酷いこと言っちゃって……」
「はぁぁ」と盛大に溜め息をつく茉莉を見た漆は半眼になった。
これはもしかしなくても、自分のせいではないか。玄に無理やり仕事押し付けたから。おぉ、申し訳無い。
茉莉は右腕に着けたブレスレットを見詰めた。
「……本当わたし馬鹿ですね。後先考えずに、ちょっとイラーっときたからって…」
「…―――」
「玄だって、仕事、忙しいのに……」
実は、茉莉はこの自殺サイト『ゲートキーパー』について知っている数少ない人物なのだ。
「玄に電話かけてもつながらないし、わたしきっと嫌われたんですね…!」
「………えーと」
漆は再び半眼になった。
そんな漆を見た茉莉は、申し訳なさそうに立ち上がった。
「帰りますね。後で、電話してみようと思います」
そう言う茉莉に、漆は笑いながら言う。
「あんな奴、放っとけ。そのうち、向こうから寄ってくるよ」
「………そうですか?」
首を傾げる茉莉に、漆は頷く。
「だから、まぁ気にするな」
すると、茉莉は微かに笑った。
「そうですね。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる茉莉。
「…やっぱり、漆さんはわたしが困ったとき、いつも助けてくれますね」
「…そうか?」
「そうですよ。五年前も、そうでした」
茉莉の言葉に、漆は懐かしそうに目を細めた。
「もう、五年も経ったのか…」
惜しむように呟く漆に、茉莉はにっこりと笑う。
「そうですよ。時が過ぎるのは早いんですから」
そして、「じゃ、今日はありがとうございました」ともう一度礼を言い、部屋を出ようとした。しかし、ドアノブに手をかけたところで、漆の方を振り向いた。
「わたしがここに来たこと、玄には言わないでくださいね!」
「任せとけ」
茉莉はにっこり笑い、コーポ・テオティワカンをあとにした。
No.11
「ただいまー!」
ガチャリとドアが開く。
「………おかえり」
チラリと部屋へ入ってきた人物を見た漆は溜め息をついた。
「ん、何で溜め息なんかついてるんですか?」
上弓はニコニコと笑いながら訊いてくる。
「……別に。てか、何でお前がムーンを持ってる?」
上弓の腕に抱かれた黒猫を見た漆は不満げに訊いた。
「あぁ。黒樹小枝のところにいたので、連れて帰ってきました」
黒猫はニャアと鳴いて、上弓の手から離れ、漆の膝に飛び乗った。
漆は膝に乗った黒猫の頭を撫でる。
そして、上弓を見る。
「で、自殺依頼者の黒樹小枝は?」
「猫が好きな女の子でした。以上!」
「だから情報少ないんだよ!」
軽く上弓の脚を蹴ると、上弓は「痛い!」とオーバーリアクションをした。
「漆さんが黎じゃなくてオレに行かせるから――」
じとっと漆を見る上弓。
「…煩いなぁ。とにかく、情報聴き出せなかったんなら、ハッキングしろ。ほれ」
ノートパソコンを上弓に渡し、漆は黒猫を再び撫でる。
「……分かりましたよ。…て言うか、黎はどうしたんですか?」
ソファに座ってパソコンの電源を入れると上弓がふと訊いてきた。
「うん。自分の部屋に居るよ、多分」
「『多分』て…、まぁ良いですけど」
上弓はパソコンのキーボードをタイピングする。
「なぁ、上弓」
カタカタカタ。
「何ですか?」
カタカタカタ。
「茉莉のことだけど」
カタ。
「……………」
それまで順調に動いていた上弓の両手が急に止まった。まるで固まってしまったかのようだ。
「………とっとと仲直りしろよ」
「仲直りって何ですか! オレたちもう別れたんすよ!?」
上弓が立ち上がって言ってくる。
「………あぁ、悪い。じゃあ、とっとと縒りを戻せよ」
漆は苦笑しながら言った。
「………そんな簡単に――て言うか、漆さんには関係無いすよね?」
「関係あるよ。ものすごく」
「えー、そうすかぁ?」
だって、自分のせいで二人が本当に別れたら、居心地が悪いじゃないか。
No.12
ーーー
「今日から、よろしくね」
そう言って笑いかけてきた、男性と女性。
その人たちは優しくて。
慕っていた。
好き、だった。
だけど。
ある日、真っ赤に染まっていた。
全てが、真っ赤に染まった。
思い出は全て、赤い記憶に変わった。
ーーー
「…んー、嫌な夢見た――?」
黎は目を開けて、右手で前髪を掻き上げた。
嫌な夢を見ていた気がするが、それがどんなものだったのか思い出せない。
思い出したくないが、思い出せないのは気持ちが悪い。矛盾してる、と思う。
窓から朝日が差し込んできている。
今は何時だろう、と思い近くに置いてあった時計を手に取って見る。
朝の六時を過ぎたところだ。
「…早起きだなぁ」
溜め息をついて、仰向けに寝る。
セミが鳴いている。
どこかからは犬の鳴き声。
鳥の囀り。
たくさんの音。
「……ん―――っ」
黎は横に寝返りをうって、口許を押さえた。
吐き気がする。
悪い夢を、見たからだろうか。
どんな夢だったかは分からないが、なんとなくは分かる。
多分、あの二人の夢だ。
「……あ―――」
眦から涙がこぼれ落ちた。
黎は涙を拭うこともせずに目を閉じ、もう一度眠った。

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