自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.28



 車に乗った黒樹小枝は、一人ずつの顔を見ていった。
 まず、隣に座っている少年。短めの黒髪で、腕組みをして、つまらなそうな表情をしている。
 次に、助手席に座っている、上弓と名乗った男性。先程から耳にイヤホンをつけ、ノートパソコンで何かを見ている。しかし、何を見ているのかは、黒樹小枝の位置からは死角になっていて分からなかった。
 そして、家に入ってきて、この車へと連れてきた、運転をしている女性。キャップとサングラスを外している。綺麗な顔立ちをしている。

 黒樹小枝は窓の外を眺めた。
 数分走ったが、どこに行くのだろう。

 その時、上弓が口を開いた。
「漆さん、警察に連絡しようとしてますよ」

 「漆さん」と呼ばれた女性は、運転したまま答えた。
「馬路で?」
「……あー、でも、弟君が止めてますね」

 上弓がイヤホンを外した。ノートパソコンから声が聞こえてくる。
『警察に言ったら、姉ちゃん殺すって言われただろ、お祖母ちゃん!』
『だからって、このままじゃ小枝が殺されちゃう……!』

 黒樹小枝は身を乗り出し、ノートパソコンを覗いた。そこには、祖母と弟が映っていた。祖母は電話の受話器を握り締めている。

「これ……わたしの家……どうして?」 
 黒樹小枝の問いに、漆が答える。
「さっき家に入った時に、小型カメラを置いていった」

 黒樹小枝は再びパソコンの画面を見た。

『小枝を死なせたくないの――!」
「お祖母ちゃん――」
 黒樹小枝は呟いた。

『だから! 言ったら、姉ちゃんが殺されるって!』
『嫌よ! でも、じゃあ、どうすれば――!?』

「玄、電話して、こっちに来るように言って」
 漆の言葉に、上弓は不満気な声を出した。
「なんでオレが――」
「私は運転中だから。ほら、早く」
「………分かりました」

 上弓は携帯電話を取り出し、電話をかけた。
 パソコンから着信音が聞こえる。

『もしもし?』
 怯えたような声がパソコンから聞こえる。
「あ、もしもし。黒樹小枝ちゃんがいる場所、教えますね」

 まるで、知り合いに電話をしているかのように普通に話す上弓。

『小枝は無事なの!?』
「今のところ無事ですよ」
『声を聴かせて!』
「え? あー、はい」

 そう言うと、上弓は携帯電話を黒樹小枝の方に向けた。

「ん、何か喋って」
「……お祖母ちゃん」
『小枝! 良かった、無事なのね!』
 携帯電話から、安堵したような声が聞こてきた。

「お祖母ちゃん――」

 黒樹小枝は俯いた。
 それを見た黎は、彼女に気付かれないように嘆息を吐いた。




No.29



 黒樹草汰と祖母は、車で黒樹小枝の元へ向かっていた。
 先程の電話で言われた場所は、車で家から十数分で着くところにある倉庫だった。

 助手席に座った黒樹草汰は、窓の外を眺めながら、ぼんやりと考えていた。
 家へやって来たあの女性は何故姉を殺そうとしているのか。

 その時、ふと黒樹草汰の頭の中を過ぎったものがあった。

「……自殺サイト『ゲートキーパー』――?」
「何か言った?」
 祖母が車を運転しながら訊いてくる。
 しかし、黒樹草汰の耳には届かなかった。

 自殺しようとしている姉。
 そして、そんな姉を殺しに来た女性。

「お祖母ちゃん――」
「……何?」
 黒樹草汰の言葉に、老人が反応する。

「姉ちゃんのことだけどさ」
「……」
「姉ちゃん、自殺しようとしてるんだよ」
「え……?」

 老人は目を見開いた。
 ちょうど信号機が赤に変わり、車を停止させる。そして、隣に座っている黒樹草汰のことを見た。

「草汰、何を言っているの?」
「だから、姉ちゃんは自殺しようとしてるんだって」
 黒樹草汰は前を見たまま答えた。 

「どうして、小枝が自殺なんて……」
「それは――」

 信号機が再び青に変わり、車を発進させる。
 黒樹草汰は目を伏せた。

 自殺動機。
 それは薄々気が付いていた。

 次の信号機でも赤になり、車が止まる。

「お祖母ちゃんのせいだよ」
「……え――」

 老人は目を見張った。これ以上無いほどに。

「お祖母ちゃんが、姉ちゃんを避けてるから、だから……!」

 自分だって、こんな生活は嫌だった。
 他の家族のように、仲良くしたかった。

「お祖母ちゃん……」

 黒樹草汰は小さな声で言った。

「今なら、まだ間に合うと思う……」

 老人は黙ったままだった。




No.30



「ん、着いたぞ」
 車を停めた漆が言った。

 黒樹小枝は辺りを見渡した。
 そこには、古い倉庫のようなものがいくつかあるだけだ。

「……ここは?」
 黒樹小枝の問いに、上弓がシートベルトを外しながら答えた。
「倉庫だよ。今はもう使われてないけどね」

 三人が車を降りたのを見て、黒樹小枝もそれに倣った。そして、そのあとを付いていく。

「どうやって死にたい?」
 倉庫に入ると、上弓が訊いてきた。
 黒樹小枝は目を閉じて、静かに答えた。
「……何でも、良いわ。だから、早くして」

 漆は拳銃を黒樹小枝に見せた。
「じゃあ、これで撃ち殺そうか?」
「…………えぇ」

 逡巡した素振りを見せたが、やがて頷いた黒樹小枝に拳銃を向ける漆。

「撃つぞ」
 冷静なその声を聞いた黒樹小枝は、強く目を閉じた。

 その時。










「やめて!!」

 鋭い悲鳴が聞こえた。





 漆は拳銃を構えたまま、声の主を見た。

「……お祖母ちゃん――」
 小さく呟いた黒樹小枝に、彼女の祖母は抱きついた。

「小枝を殺さないで!」
「お祖母ちゃん、どうしてここに――」
「そんなの、小枝が大切だからに決まってるでしょう!?」

 黒樹小枝を見詰めながら言う老人は涙を流していた。

「だって、お祖母ちゃん、今までわたしのこと――」
「ごめんね。今までずっと酷い扱いしてきて。でも、小枝は私の大事な孫だから……」

 そして、老人はもう一度、黒樹小枝を強く抱き締めた。

「だから、小枝、自殺なんて、考えないで……」
「お祖母…ちゃん」

 黒樹小枝の頬を涙が伝った。

「本当に、ごめんなさい。小枝……」

 何度も謝る祖母を見詰めながら、黒樹小枝は力無く首を横に振った。

「良いの。お祖母ちゃんが解ってくれたなら――」

 二人は泣きながら笑いあった。