自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.21



「ただいま帰りましたー…」
「おー、お帰り」

 漆の部屋に入った黎は、そのままソファに横になった。

「…そこで寝るなよ」

 漆が半眼になって言ってくるのを無視して、向かいのソファに腰掛けている上弓に言った。

「上弓さん、欅潤って、賢いんですか?」
「…欅潤って誰?」
「………自殺希望者ですよ。忘れたんですか?」

 上弓は「あぁ、あいつね」と呟き、置いてあったノートパソコンを開き、何かを調べ始めた。
 多分、欅潤についてのことだろう。

 横になったままその様子を見つめていた黎は小さく溜め息をついた。

「溜め息なんかついたら、幸せ逃げてっちゃうよ?」

 上弓の冗談混じりの言葉に、しかし黎は静かな声で答えた。

「…幸せなんて、もともとありませんよ」

 部屋に沈黙が降り注ぐ。

「…馬鹿」

 目を閉じていた黎は、顔に冷たい水がかかったのを感じて目を開き、体を起こした。

「何するんですか!」

 ムッとしながら見ると、漆が水鉄砲を黎に向けていた。
 恐らく、あれを黎に飛ばしたのだろう。

 顔が濡れた黎はそれを手で拭きながら漆を睨んだ。
 漆は水鉄砲の水を誰もいない方向へ飛ばした。

「お前が馬鹿なこと言うからだよ」

 水鉄砲を弄りながら言った漆は、視線を上弓へ向けた。

「…で、欅潤は?」

 突然話を振られた上弓は少し慌てて、ノートパソコンを漆と黎の二人の見えるように置いた。

「欅潤はあんまり賢くないみたいですよ? 鳳音高校の二年生の後ろから五番目くらいっすから」

 ノートパソコンの画面には、欅潤の成績が表になって写し出されていた。
 点数はどれも低く、順位も後ろの方だ。

「…まぁ、鳳音高校は賢いから他の高校の生徒と比べると賢いと思うんすけどね」

 黎はじっとその画面を見つめ、軈て言った。

「これ、二年生だけの成績ですよね? 一年生の分、ありますか?」
「…ちょっと待てよ」

 面倒臭そうな表情をしながら、パソコンを操作する上弓。

「ほらよ」

 再び漆と黎にパソコンの画面を見せる。

「…――」

 入学当初はそれなりに良い成績で、順位も前から数えた方が早い。しかし、段々と点数は下がり、それと同時に順位も下がっていっている。

「…てことは、勉強が上手くいかなくて自殺ってとこですかね」

 黎が言うと、漆が頷いた。

「そうかもしれないな」

 そして、考えるように腕組みして、言った。

「明日、決行しよう」

 その言葉に、黎と上弓は小さく頷いた。




No.22



「…てか、叢雲剣はどうなったんだろう?」
 授業中、誰にも聞こえないような小さな声で黎は呟いた。
「すっかり忘れてたな…」

 何故だか月影冬夜を殺そうとしている少年――叢雲剣。
 彼は何故殺そうとしているのだろうか。
 いや、「殺そうとしている」と言うのはおかしいかもしれない。
 叢雲剣は「殺す」と言うよりは「殺してほしい」と思っているのだ。その二つの差は以外と大きい。

「どうなったんだろ…」

 まぁ、漆さんが何とかしてくれているだろう。
 そう考えて、黎は大きく欠伸をした。

 …はぁ、眠い。

 窓際の席なので、窓から爽やかな風が入ってきて気持ちがいい。

「あー、空が青い――」
 ぼんやりと空を見上げ、黎は呟く。

「おい、十六夜。こっちを向け」
 少々怒ったようなその言葉で黎は思考を現実世界へと引き戻された。

「話聴いてなかっただろ」

 数学の教師である、薄らハゲで太ってチビなそこら辺にいそうな中年の男性は、笑みを浮かべているが、目は笑っていない。

「聞いてましたよ」
 にへらと笑って言うと、短くなったチョークが黎の額に直撃した。
「あ…っ、いってぇ――」

 額を押さえ、机に突っ伏す黎を見た教師は授業を再開する。

「…くそぉ、陽炎太――」

 教師の名前をフルネームで呼び捨てすると、それを聞いた陽炎は再びチョークをこちらへ投げつけ、それは黎の額に直撃した。

「…っ」

 二度もチョークを投げてきやがって、こっちもシャーペンの一本や二本、刺してやろうか。
 と物騒なことを考えかけたとき。

 キーンコーンカーンコーン。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったので、黎はそれについて考えるのを止めた。

 先程が六限目だったので、今日はもう授業はない。
 生徒たちは部活に行くか、帰宅するかのどちらかだ。

 「今度は許さねぇぞ」と廊下を歩いている陽炎の後ろ姿を睨み、黎はさっさと校舎から出ていく。

 昇降口で上靴からスニーカーに履き替えると、黎はその横にある駐輪場へ向かった。
 そこに置いてある一台の自転車のカゴにスクールバッグを入れると、それに乗った。
 校門から出ると、黎が住んでいるコーポ・テオティワカンとは真逆の方向へと自転車を進める。

「…あー、風が気持ちいい」
 のんびりと呟いて、しかし足はそれなりに速く動かしてペダルを踏む。

「――っと、着いた」
 黎は自転車を止めて、目の前の家を見た。
 そこは、欅潤の家。

 自転車のカゴに入れていたスクールバッグから一通の手紙を取り出した。

 念のために黒い封筒の中身を確かめる。
 同じように黒い便箋が二つ折りにして入れられている。

 黒の便箋に白い文字で書かれている言葉は。

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      今夜、貴方の自殺を手伝います。

     午後十一時に、お迎えに上がります。



             自殺サイト『ゲートキーパー』


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No.23



 黎は手紙を欅潤の家のポストに入れると、一旦、コーポ・テオティワカンへ戻った。

「手紙、持っていきましたよ」
 部屋にいた漆と上弓にそう報告すると、漆は頷いた。
「ありがとう」

 上弓は先程からパソコンを弄っている。

「上弓さん、何をやってるんですか?」
 黎が訊くと、上弓はパソコンの画面を見せた。
「月影冬夜君に、メール」

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      僕はもうこの人生に嫌になった。

       だから、今夜、自殺をする。

       僕の最期は君に見てほしい。

     今すぐ、下の地図の場所に来てくれ。


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 その画面を見た黎は、差出人が欅潤になっているのに気が付いた。

「…成り済ましメールですか」
 黎の言葉に上弓はニヤリと笑った。
「叢雲剣君のお陰で、思い付いた」

 そして、そのメールは送信せずに保存をする。
 その様子を見ていた黎は訊いた。
「…って、いつ送信するんすか?」
「まー、十時半ぐらい? じゃねーと、作戦通りいかねーだろ」
「…あー、そうですね。けど、そんな上手くいきますかね?」

「私の作戦に文句でもあるか?」
 漆が半分怒ったように、半分笑いながら言った。

「………だって、不安ですもん」
 黎が半眼で言うと、漆は「ははは」と笑った。

「…あ、そう言えば、その叢雲剣はどうなったんすか?」
 黎が思い出したように言うと、漆は嘆息した。

「…それは、玄が――」
「何やったんすか?」

 ジロリと上弓を見ると、彼は再びパソコンを見せた。

「このメールを送った」

 そのメールの差出人は月影冬夜になっている。

 メールを声に出して読んだ黎は半眼になった。
「『今日の夜十一時、ここに来い』――って、何ですか? この内容………」

 因みに、地図の画像も一緒に送ってあり、その一角に丸印が付けられている。
 そこは、高層ビルだ。

「ここ、欅潤の自殺決行場所ですよね?」
「おう!」

 黎の問いに、上弓は元気良く答える。

「…てことは、欅潤と月影冬夜と叢雲剣の三人が揃うんすか」

 指を折って数えた黎に、漆は言った。

「…まぁ、三人が会うことはないけどな」

 そして、漆は時計を見た。
 午後七時。自殺決行まで、あと四時間ある。

「よし、腹拵えでもするか!」

 その言葉に、黎と上弓は目を輝かせた。

「…じゃ、お寿司が良いです!」
「宅配ピザでも!」

 意気込む二人を見て、漆は笑った。

「それは仕事が無事に終わったらな」