自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.32



「…あー、暇だなー」
 車の中でぽつりと呟くと、タイミング良く、どこからか悲鳴のようなものが聞こえてきた。

「何だ?」

 大して慌てもせずに、漆は車のフロントガラス越しに外の様子を伺う。
 すると、ビルの近くで誰かが走り去っていった。
 暗くてよく分からないが、子供のようだ。多分、黎と同じくらいの。

「――、…よし」

 漆は少し考えたあと、車から降り、ビルへ向かって歩いていく。

 虫の鳴き声がするだけで、あとは何の音もしない。

 ゆっくりと歩を進めていくと、漆は一人の青年の姿を見つけた。

 外灯の灯りがその青年を照らしている。
 
 その青年はこちらに背を向けているので顔は見えないが、手に弓と矢を持っているのが分かる。
 そして、青年の正面にあるビルの壁には矢が三本突き刺さっている。それは丁度綺麗に正三角形になっていた。

「お前、こんなとこで何やってんの?」

 手に持っているものを見て誰だか判断した漆は半分呆れたような声でその青年に訊いた。

 訊かれた青年は、壁に突き刺さった矢を一本抜くと、こちらを見た。

「…何って……、悪者退治です」
 小首を傾げたあと、ニッコリと笑って言う青年に、漆は近付いてその青年の頭を叩いた。

「馬鹿か、お前は。あれほど人に向けて矢を射るなと言ったのに――! 玄、お前って奴は…!」

 すると、叩かれた頭を摩りながら上弓玄は口を尖らせた。
「漆さん、何するんですか。酷ーい」
「酷くない! …てか、誰に向けて射った!?」

 漆の問いに、彼はムッとする。

「何でオレが人に向けて射ったって決め付けるんですか?」
「お前が今までに何度も人に向けて射ってきたからだ!」
「……………うー」

 上弓はまた口を尖らせて、先程壁から引き抜いた矢を、矢筒に入れた。
 その様子を見ていた漆は詰め寄る。
「で、誰に向かって射った!?」

 上弓は二本目の矢を壁から引き抜き、それをまた矢筒へ入れ、少々不満げな表情で漆を見た。

「…叢雲剣でーす」
「あぁ!? あいつか。で、当たってないだろうな!?」
「もちろんです。漆さん、オレの弓道の上手さ、忘れましたか?」

 ニッコリと笑って首を傾げる上弓に、漆は早口に言う。
「忘れてないから怖いんだよ! 本気出したら心臓に一発でブスッだろ!」

 一気に喋って、それを想像した漆が顔を青ざめる。

「…あぁぁ、玄、お前って奴は本当に! 車に戻るぞ。お前は一人にしておけん!」

 最後の一本の矢を引き抜いた上弓の腕を取って漆は車へ戻っていく。

「………オレより年下の黎は一人にしてるのに何でオレは一人にしておけないんですか?」
「それはお前が子供みたいだからだ! 全然しっかりしてないからだ!」
「酷いですねー」

 「ははははは」と乾いた笑い声をあげる上弓に漆は半眼になった。




No.33



「…さ、ここから飛び下りなよ」

 屋上へやって来た欅潤は少年にそう言われ、ぼんやりと下を覗いた。

 地面は遥か下にある。

「ここからだったら、絶対死ねるよ」
 少年は口端を吊り上げた。
「ほら、さっさとしなよ」

 欅潤はもう一度、下を覗いた。

 風が吹いてくる。
 余りの高さに、くらり、と目眩がした。

「怖いの? 自分から、死にたいって言ってきたのに?」
 少年は挑発するように、口許に笑みを浮かべる。

「ほら、ここから飛び下りたら、全てが終わるんだよ?」
 少年は静かに言う。
「この世の嫌なことなんて、全て忘れられる。悲しいことも、苦しいことも、辛いことも、全て、忘れられる」

 じっと欅潤の目を見つめる。

「君は、どうする?」

 欅潤は、ただ目を見開いていた。
 その目は、何も写していない。

「―――あ…っ……」

 欅潤は、ゆっくりと柵に手をかけ、それを飛び越えた。

 ギリギリのところに立つ。
 あと一歩踏み出せば、確実に落ちる。

「――僕…は……っ!」

 その様子を、少年はただ黙って見ていた。




No.34



「ちょっと、待てって――」
 月影冬夜のそんな言葉が解っているのかいないのか、黒猫はどんどん奥へ進む。

 やがて、立ち止まり、壁をカリカリと引っ掻いた。

「…おい、何して――」

 そこが近くまで来て、それは壁ではなくエレベーターであることに気が付いた。

「これに、乗りたいのか?」
 すると、その言葉が解ったのかのように、ニャアと鳴いた。

 まさか、と思いながら、月影冬夜はエレベーターのボタンを押していた。
 少し経ってから、ポーンと音がして扉が開いた。
 黒猫がエレベーターに乗ったのを見て、月影冬夜は駿巡した後、そこに乗った。

 何階へ行こうかと、階が書かれたボタンの上で手をさ迷わせていると、黒猫がニャアと鳴いた。

「…え?」
 驚いて手を止めたそこは、屋上のボタン。

「屋上に、行きたいのか?」
 そう訊くと、黒猫は嬉しそうにニャアと鳴いた。

「…――」
 月影冬夜は屋上のボタンを押した。

 ポーンと音がして扉が開くと、そこは屋上だった。

 そこに、一人の人影。
 柵の、向こう側。何で、あんなところに。
 落ちる、危ない。
 あれは、誰?
 知っている。あの人を。
 あれは、あれは。

「――潤!!」

 無意識にその名を呼んでいた。