自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



ー第三章ー No.1



 少女は小さく溜め息を吐いた。

 その少女は、俯いて、手に持ったスマートフォンを見詰めた。
 その画面に映し出されているのは。


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「……自殺、かぁ」
 小さく呟いた少女は、そのままスマートフォンをカバンの中へ仕舞った。




No.02



「あー、眠い……」
 黎は歩きながら大きく欠伸をした。

「……あー、学校なんて無くなれば良いのに……」
 そんなことを呟きながら、足を進める。

 黎の通っている高校の近くの通学路だが、辺りに黎以外の生徒の姿は無い。
 遅刻、という言葉が黎の頭の中に浮かんだが、大して焦ることもなく、そのまま歩く。

 その時、自転車の車輪の音が聞こえた。
 その後に「おーっす!」という元気な声。

 キキッと音を立てて自転車が黎の隣で停まる。
「……明〔あかる〕」
 黎は、自転車に乗っている男子生徒の名前を口に出した。

 生まれつき少しだけ茶色の短髪に、ニコニコと笑った顔が印象的な少年――既望〔きぼう〕明。
 黎のクラスメイトで、一応友達。

「こんな時間にこんなとこ歩いてるってことは、黎も遅刻か?」
「………お前と一緒にすんな」
「まぁまぁ、後ろ乗りなよ」
 明が自転車の後ろを顎でしゃくる。

「………新学期早々遅刻すんのも嫌だしな」
 ぽつりと呟いた黎は、自転車の荷台に腰掛ける。

 九月に入ったばかりだが、やはりまだ夏の暑さは残っている。だから、風を切っていくように走る自転車は、乗っていて心地良かった。

「……しっかし、こういうのは普通、女の子を乗せるもんじゃねぇのか?」
 自転車をこぎながら明が言った。それを聴いた黎は、半眼になった。
「自転車に乗せたのは誰だ」
「オレだけれども」

 二人が乗った自転車が聖音高校の校門を通り過ぎた時、タイミングよく予鈴が鳴った。
 黎は動いている自転車から降りた。黎が降りたことによってバランスを崩したらしい明は、「うわ…!」とよろよろと進んだ。
「黎! 何、急に降りてんだよ! そして、オレを置いて先に教室に行こうとするな!」
 ぎゃあぎゃあと怒鳴ってくる明にひらひらと手を振り、昇降口へ向かう黎。

 スニーカーから上履きに履き替えたところで、ばたばたと足音がした。スニーカーを取るためにかかんで、顔を上げると、明が立っていた。
「お前なぁ、自転車置き場にくらい、付いてきてくれたって良いだろ!?」
 相当急いで来たらしい明は、肩で息をしている。
「悪い。それより、早くしないと遅刻するぞ」
 黎は自分の教室へと向かう。後ろで、明が靴を履き替える音が聞こえる。

「お前、さっきからオレを待とうとする気配りは無いのか!?」
 黎に追いついた明が、早歩きをしながら訊いてくる。
「……無いね」
 サラリと返し、教室のドアを開ける。
 教室には、黎と明以外の生徒がすでに登校しており、自分の席に座っていた。しかし、周りの席同士で話していて、ざわついているから、それほど目立たない。

 黎は、一番前の席の一番奥――つまり、窓際の席に着く。右隣の席には明。
「何でお前が隣かなぁ……」
 ぽつりと漏らした黎に、明が半眼になった。
「出席番号順でたまたま隣になったんだから仕方ないだろ。てか、その、オレが隣で嫌、みたいな言い方は何だよ」
「気のせいだよ」
「はぁ? 絶対違う――」
 しかし、明の言葉を遮るかのように本鈴が鳴った。それと同時に、教室のドアが開き、担任の陽炎太が入って来る。

「……きりーつ」
 明がどこか間の抜けたような号令をかけ、皆が立ち上がる。
「れーい」
 適当な浅い礼をしてすぐに座る。

 黎はチラリと隣の席の明を見た。
 こんなのがこのクラスの委員長などで大丈夫なのかと、密かに心配する黎だが、彼は意外と委員長に向いているようだった。
 名前通り明るく、男女関係なく話しかける。休み時間はもちろん、授業中でも煩くしている彼は、クラスのムードメーカー的存在だった。

「このクラスに転校生が来る」
「えぇぇーっ!?」
 クラスがざわついたが、一番大きな声を出したのは多分明だろう。

「男ですか、女ですか!?」
 明が手を挙げて訊く。
「……女」
「うおぉっ!」
 明が嬉しそうにガッツポーズをする。
 そんなにこのクラスに女が一人増えることが嬉しいのか、と黎は思った。黎はそんなのには興味は無い。

「ほら、入れ」
 陽炎太がドアの方に向かって言う。
 ガラリと音を立てて、ドアが開く。そして、一人の女子生徒が入って来る。
「おぉ!」
 クラスがざわつく。

「三森〔みもり〕ほのかです。よろしくお願いします!」
 にっこりと笑って言った女子生徒。

 肩より下、背中あたりまで伸びた艶やかな黒髪は、耳の下でツインテールに結ばれている。手足はスラリとしていて、背が高く、スタイルも良い。ぱっちりした目に、赤い唇。にこにこと笑った顔は、それなりに整っている。

「おい! 可愛くないか!?」
 興奮したように言ってくる明に、「……そーだねー」と棒読みで返す黎。
 可愛い、とは思う。しかし、それだけだ。別にそれ以上は何も感じない。

「お前ら、静まれ」
 陽炎太が少々苛立ちながら言ったのに対し、クラスは一瞬しんとした。

「じゃあ、三森、涙湖〔るいこ〕の隣の席な。涙湖、手を挙げろ」
 廊下側の一番後ろ――つまり隅の席に座っている女子生徒がおずおずと挙手をする。
 その左隣には、誰も座っていない机と椅子。

 涙湖麗〔れい〕。
 腰まで届く栗色の髪は、ゆるくカールがかかっている。綺麗な髪だと思うが、目が隠れるほどに伸ばされた前髪のせいか、暗い印象を受ける。内気な性格も関係しているのかもしれない。

 レイという同じ名前なのが、黎は気に入っていなかった。紛らわしい。まぁ仕方がない。
 黎は「はぁ」と溜め息を吐いた。

「ルイコさん? ……るい子って名前?」
 クラス中の視線がそちらへ向いている中、涙湖の隣の席まで行った転校生――三森ほのかは、涙湖ににこにこと笑いかける。それに対して、涙湖は俯いたままだった。
「…あれれ? 無視? まぁ良っか。よろしくね」
 全く気にしていない様子の三森ほのかは、にこにこと笑ったまま席に着いた。

 不思議な転校生だな、と思った黎は、まぁ関係ないけど、と机に突っ伏して目を閉じた。