自殺サイト『ゲートキーパー』

作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw



No.12



「 …はい。分かったよ」
 それまで一心不乱にノートパソコンを睨んでいた上弓が伸びをしながら言った。

「これ、見て」

 ノートパソコンを黎の方へ向けてくる。
 黎がそれを覗き込むと、一枚の写真が写し出されていた。

「依頼してきたのはこいつ、欅潤。隣街の高校二年生」
「けやき…じゅん――って、面白い名前ですね。漢字で書くと二文字だし」
「そんなことどうでも良いだろ」

 上弓の呆れたような突っ込みを聞きながら、黎はパソコンに映し出された写真をまじまじと見た。

 短めの黒髪に、眼鏡をしている少年。
 気が弱そうで、頼りない印象を受ける。

「 …まぁ、うん、そんだけ。じゃー、オレは寝るから」

 欠伸をして、部屋を出ていく上弓に「おやすみなさい」と言う。

 しかし、まだ午後七時前だ。

 一体どんな生活をしているのだろう?

 そう思いながら、黎も部屋を出て、古いアパートの二階へ上がり、一番奥の部屋へ入る。
 黎はこのコーポ・テオティワカンに一人で住んでいるのだ。上弓もこのアパートに住んでいる。
 ちなみに、大家は漆だ。

「飯作らねぇと… 」
 呟いて、黎はふと思った。

 ――漆さん、まだ帰ってない。

 まぁ、彼女のことだから心配はないだろうが。

 小さな台所で夕飯の準備をする。
 今日の夕飯は焼きそばだ。

 台所に焼きそばの良い香りが広がる。

「…あー、作りすぎたな…」

 皿に盛り付けた焼きそばを見て、黎は班眼で呟いた。
 一人で食べるのには少々多すぎる。

 その時、下で物音がした。多分、漆が帰ってきたのだろう。

「 …――」

 黎はふと考えた後、焼きそばを盛った皿を持ち、部屋を出た。

「漆さん、焼きそば食べますか?」
 古いドアをノックする。

「開けますよ?」
 返事がないが、黎はドアを開け、中へ入った。

「何、勝手に入ってんだよ」
 漆が少々不機嫌気味に言ってくる。

 しかし、黎は気にせずに言った。
「焼きそば作ったんです。一緒に食べましょうよ」

 漆は渋い表情をしたが、彼女の前に焼きそばを置き、にっこり笑った。

「さ、食べてください」




No.13



 黎は今日も昼休みになると、さっさと月影冬夜のあとを追った。
 昨日と同じく中庭に行くのかと思ったが、今日は屋上へと行った。

 屋上に出ていって話でもするかなぁ、と考える。
 漆に、接触しても良いとも言われた。

 よし、行くぞ、と心を決めたとき、話し声が聞こえてきた。

「お前ら、マジうぜぇんだよ… !」

 黎は屋上のドアに手を掛けたまま固まった。
 これは、誰の声だろう。
 しかし、黎の超人的な記憶力はその声をしっかりと覚えている。

 ――月影冬夜。

 あいつだ。あいつの声だ。

 そう思っていると、何かを殴る音が聞こえた。ついでに「がは… !」という呻き声。

 おいおいおい、何やってんだよ。
 音からして、ケンカだよなぁ。

「てめぇ、何するんだよ!」
「それはこっちのセリフだよ !!」

 再び、何かを殴る、鈍い音。
 そして、どさりと倒れる音。

 黎は恐る恐る屋上を覗いた。

 すると、月影冬夜が倒れた二人の前に仁王立ちしていた。

「 …うわぁ」

 つまりは、月影冬夜が二人の生徒相手にケンカして、勝ったというわけか。

「強… 」

 思わず声に出すと、月影冬夜がこちらを見た。

「あ――っ!」

 月影冬夜は目を見開いた。

「……………あ」

 ヤバい。ヤバいぞ、この状況。

 冷や汗が流れ落ちるのが分かる。

 もしかして、これを見ちゃったおれも、やられたりして――。

 そんなことが脳裏をよぎった瞬間、月影冬夜は大声で言った。

「ここで見たことは誰にも言わないでください!」

 黎がいない方のドアから逃げようとした月影冬夜の腕を掴んで、引き留めた。

「ここで見たことは誰にも言わないよ。だから」

「 …――?」
 月影冬夜は不安げな表情でこちらを見てくる。

「ちょっと、話さない?」




No.14



 と言うわけで、黎と月影冬夜は中庭のベンチに並んで腰かけている。

「……………あの、さぁ」
 お互い何も話さない気まずい雰囲気の中、黎が遠慮がちに口を開いた。

「さっきのことなんだけど――」

 すると、月影冬夜はずぅんと落ち込んだように頭を抱えた。

「あれ、月影冬夜くんがやったんだよね?」

 「あれ」というのは、二人の生徒が倒れていたことだ。
 訊かなくてもそうだと分かっているが念のため訊くと、案の定。

「そうだよ。僕がやったんだよ」
 低く、落ち込んだ抑揚のない声が黎の耳へ届く。

「………二人相手に?」
「……………うん」

 月影冬夜は顔を上げた。

「僕、キレたら周りが見えなくなって…後先考えずに殴って――」

 「はあぁぁぁ…」と大きな溜め息をつく月影冬夜に黎は訊いた。

「何でキレたの?」

 すると、月影冬夜は哀しそうに表情を歪めた。気がした。

「ちょっと、色々あって――」

 その色々が気になるのだが、月影冬夜の表情を見ると、話してはくれなさそうだ。

 仕方がないので、黎は違う話題を出す。
「昨日、万引きしてたよね?」

 月影冬夜は目を見開いた。

「何で、それを、知ってるの?」

 驚いたように黎を見る月影冬夜の顔は青ざめている。

「あー、覚えてない? おれ、あのとき君の足に引っかけた――」

 そう言うと、月影冬夜は少し考えた後言った。

「あのときの――」

 それきり黙りこんでしまう。

「あれ、君が万引きしたの?」

 例がの問いに、月影冬夜はふるふると首を横に振った。

「違うよ。気が付いたら、カバンに入ってて――、多分、クラスメイトの仕業だよ」
「そのクラスメイトに、そういうこと、よくされるの?」

 その質問にも、月影冬夜は首を横に振った。

「今回が初めてだけど…?」
「ふぅん」

 やっぱり、月影冬夜は虐められていないのか。なら、なぜ彼は自殺をしようとしているのだろうか。

 そのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「そろそろ戻らないと――」

 二人は校舎へ戻っていった。