自殺サイト『ゲートキーパー』
作者/羽月リリ ◆PaaSYgVvtw

No.4
「…って、明らかに情報少ないだろ」
自殺依頼者が住んでいるという家に向かいながら黎は渋面を作って呟いた。
今回の情報は、自殺依頼者の名前と住所だけだ。
少なすぎる。
ちなみにそれを漆に言うと、「情報を集めてくれる玄が途中でデートに行ったから」だそうだ。
「なぁにがデートだよ!」
何故デートを優先させる。仕事よりデートが大事か。
デートをするのは悪いとは思わないが、自殺依頼者をほっぽって行くのはどうだ。
あとで一発ぐらい殴ってやるか。
黎は冗談半分にそう思う。
「……着いた」
足を止めて、目の前に建つ家を睨む。
門ににある表札には、黒樹、の文字。
まさに日本家屋、と言ったところか。
和風な造りをした家は外から見ただけで、大きい、と感じるものだが、庭も広いものだった。
門を挟んで見ているので、はっきりとは見えないが、松の木などが植えられていて、小さな池もあるようだった。
威風堂々、という言葉が正にぴったりだと黎は思った。
「…うーん、広いなぁ」
なんとも複雑な表情をした黎がぽつりと呟く。
「コーポ・テオティワカンより広いんじゃないか…?」
コーポ・テオティワカンはその名の通り、コーポだ。集合住宅なのだ。
この家に何人住んでいるか知らないが、一戸建てに劣る集合住宅。
一体、何なのだ。
「…ま、それは置いといて、どうすっかな」
取り敢えず外回りでも確認しようと思った矢先、家の中から誰かが出てきた。
わ、逃げた方が良いのかな、などと思ったが、慌てて逃げるのも変だと思われる、どうしよう、などと迷っているうちにその人物は門の外までやってきた。
「…何か用ですか?」
門から出て、黎の姿を認めた女性の老人はにこりと優しく微笑んで訊いてきた。
笑顔を浮かべ、優しそうな雰囲気を醸し出している老人。
ぱっと見は綺麗な顔立ちをしているが、よく見ると顔には皺が深く刻まれているのが分かる。それでも、すらりとした鼻や優しげな光を灯した瞳、口紅を薄く塗った唇を見ると、数十年前はきっと美人であったのだろうということが窺える。
髪は薄い茶髪に染めているが、ところとごろ白髪が見える。
年は六十代後半から七十代前半、だろうか。
「…あぁ、はい」
駿巡した後に、黎は頷いた。
「そう。何かしら?」
首を傾げて黎の瞳を真っ直ぐに見詰める老人。
「黒樹小枝〔くろきさえ〕ちゃんは、いますか?」
ニコリと笑って訊き返す黎。
その瞬間、その老人の優しげな表情が曇った。
黒樹小枝とは今回の自殺依頼者の名前だ。
「……小枝の、友達?」
声のトーンを落として、訝しげに訊いてくる。
明らかに様子が変わった。
心の中でそう思いながら、黎自身は表情を全く変えない。
「はい」
しかし、本当は友達でも知り合いでもない。顔を合わせたことすらないのだから。
もし黒樹小枝が自分と年が違いすぎたら、この老人はどう思うだろうか、と少し焦る黎だが、老人は特に気にも留めずに早口に言った。
「あの子は今居ないから、又今度来てくれる?」
「……そうですね」
ニコリと笑って頷き、黎は一礼した。
「お忙しいところ、すみません。さようなら」
その場を一旦立ち去り、黎はその家の回りをぐるりと一周回った。
黎が再び門の前まで来ると、先程の老人の姿はすでに無かった。
「――黒樹、小枝」
黎は低く呟き、その和風造りの家を睨んだ。
No.5
先程の老人は、恐らく今回の自殺依頼者である黒樹小枝の祖母だろう。
しかし、彼女の名前を出した途端、老人は表情を曇らせた。態度も、それまでは優しげな雰囲気だったのに、急に冷たくなった。
一体何があるのだろう。
というのを黎は神社の賽銭箱の前にある石段に座ってぼんやりと考えていた。
何故そんな場所に居るかというと、暑さでへばった黎が丁度この神社を見付けたからだ。松の木が幾つも植えられていて、日陰になっているので心地がよい。
「…いやー、しかし暑すぎるなぁ」
真っ青な空を見上げて、ぼんやりと呟く。
あのあと、結局何も分かったことは無かった。
「…それも全て、上弓さんのせいだ!」
右手を固く握り締めて何も無い空間をギロリと睨む。
――あとで会ったら、絶対殴ってやる…!
その時、ケータイの着信音が鳴った。
「………」
上弓への怒りが収まらないまま、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。
「何ですか?」
『随分不機嫌だな』
電話の相手は、呆れたように笑った。
「上弓さんのせいですよ。…で、何か用ですか? 漆さん」
苦虫を噛み潰したような表情をした黎。
『あー、特に何も。暇だったから』
「…何なんですか!」
呆れながら突っ込むと、漆は『ははは』と笑った。
『ごめんごめん。それで、黎はどう?』
「…全然収穫無しですよ。分かったのは、お祖母さんと一緒に暮らしてることぐらいですかね」
そう言ってから、その老人の様子がおかしいことも言うべきかと一瞬迷ったが、漆が話してきたので取り敢えず置いておくことにする。
『そうか、お祖母さんか。…両親は?』
「…分からないです。あ、そうそう、コーポ・テオティワカンよりも大きな家でしたよ。きっと金持ちですね」
本の少し嫌味を込めて言うと、そのコーポ・テオティワカンの大家である漆は『あのなぁ』と渋い声を出した。
『どんな家だか知らねーが、コーポ・テオティワカンだって十分広いぞ!』
「………いやいやいや、狭いですよ」
『煩い! …てか、もうすること無いなら帰ってこい』
「…そうですね」
神社で十分涼んだ黎は素直に頷き通話を終了する。
「さて…と、帰るか」
立ち上がって伸びをすると、腰骨がバキバキと鳴った。
神社の鳥居を抜けたとき、一人の少年とすれ違った。
何気無く振り返ってその少年を見ると、その少年は賽銭箱に小銭を入れ、何かを拝んでいた。
何を拝んでんだろう、と頭の隅で考えながら黎はコーポ・テオティワカンへと歩いた。
No.6
「ただいま帰りました――って、上弓さん、どうしたんですか?」
ドアを開けて中へ入った黎は、まるでこの世の終わりが来るのかと思うほどに落ち込んでいる上弓を見てぎょっとした。
「………あー、そいつはほっとけ」
漆が呆れ半分に言ったが、黎は上弓が何故そんなに落ち込んでいるのか気になった。
「…上弓さん、大丈夫ですか?」
ソファの上に足を上げ、膝を抱え込んでいる上弓の正面に座りながら、黎は上弓の顔を覗いた。
魂が抜けたような表情をしているな、と思った。
「……………そんなこと、オレに訊かないでよ」
普段の声とは全く違う弱々しい声が返ってきた。
「………漆さん、上弓さんはどうしたんですか?」
明らかに様子がおかしい上弓だ。
何かを知っているらしい漆を振り返って見ると、彼女は苦笑いした。
「…彼女に、フラれたそうだよ」
「………え」
もう一度上弓を見ると、彼は顔を膝にうずめ、「うえーん」と声をあげた。
「………それで、こんなに落ち込んでるんですか」
黎が半眼になって、呆然と呟いた。
「うん、そう」
渋い表情をして、漆が頷く。
「…まぁ、こいつは放っといて、自殺依頼者のことだけど――」
漆が黎の隣に腰かける。
もう少し上湯さんの話を聴きたい、と思った黎だが、仕事の方が重要なのでそれは置いておくことにする。
また後で詳しく聴こう、と決めて漆の話に耳を傾ける。
「自殺依頼者、黒樹小枝。聖音市の大きな家に住んでいる。情報は以上」
最後は上弓を睨みながら言った。
「…情報が少なすぎるから、動けませんよね」
黎も冷たい声で、上弓を睨みながら言う。
「困ったな………」
漆はわざとらしく言った。
上弓はというと、膝に顔をうずめたままだ。
「………おい、聴いてんのか。玄」
少々苛立ったような漆の言葉に、上弓は顔を上げた。
「ごめんなさいね、オレのせいですよ。そうですよ、オレのせいですよ。分かりましたよ、調べれば良いんでしょ。分かってますよ、分かってますとも!」
一気に言った上弓を、漆と黎はぽかんと見詰めた。
「………上弓さん、怒ってます?」
黎の問いに、上弓は即答した。
「怒ってないよ!」
しかし、怒っている。
黎と漆はそう思った。
「うん、まぁ調べろ。早急に」
漆はこくりと頷いてノートパソコンを上弓に渡した。

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